守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
「……本当に、ソープ様には内緒ですね?」
ラキシスは、少しだけ楽しそうに言った。
場所は、トニオ・トラサルディーの店の前だった。
岸辺露伴の紹介で、桂木弥子も、ラキシスも、ログナーも、以前この店を訪れたことがある。
料理を食べると、体調が良くなる。
悪いところが、良くなる。
そして何より、美味い。
桂木弥子にとっては、それだけで十分だった。
「はい!」
弥子は力強く頷いた。
「今日はソープ様もネウロもいません。つまり、遠慮なく食べられます!」
ラキシスは微笑んだ。
「まあ。素晴らしい日です」
「素晴らしいと評してよい日かは、まだ判断を保留します」
後ろから、ログナー司令が静かに言った。
丁寧な声だった。
ただし、あまり歓迎している声ではない。
その隣では、Xiが手を後ろで組んで、にこにこと店を眺めている。
さらに、弥子の足元では、すえぞうがぱたぱたと揺れていた。
「はらへった!」
すえぞうが言った。
弥子は嬉しそうに笑った。
「すえぞうもやる気満々です!」
ログナーは、すえぞうを見た。
弥子を見た。
ラキシスを見た。
そして、最後にXiを見た。
「桂木弥子殿」
「はい」
「確認しますが、本日の同行者は、姫様と、そちらの小動物と、外注候補の怪物強盗という認識でよろしいか」
「友達です!」
「定義が広すぎます」
すえぞうが言った。
「うっす!」
Xiが笑う。
「返事してるし、友達でいいんじゃない?」
ログナーはXiを見た。
「お前は黙っていろ。分類上、お前も災害寄りだ」
「ひどいなあ。僕、今日は護衛だよ?」
「まだ正式契約前の外注候補だ。護衛を名乗るなら、まず他人の財布から手を離せ」
Xiは少しだけ目を丸くした。
「バレた?」
「バレないと思ったなら、採用試験は不合格だ」
「まだ採用する気なんだ」
「逃げられると思うな」
弥子は乾いた笑いを浮かべた。
「えっと……仲、いいんですね?」
Xiは即答した。
「よくないよ」
ログナーも即答した。
「よくする予定もない」
ラキシスが微笑んだ。
「まあ。息が合っていらっしゃるのね」
「合ってない」
「合ってないよ」
二人の声が重なった。
その時、店の扉が開いた。
「イラッシャイマセ」
トニオ・トラサルディーが、いつものように穏やかに頭を下げる。
「桂木様、ラキシス様。本日モお待チシテオリマシタ」
「こんにちは、トニオさん!」
弥子が元気よく言った。
ラキシスも優雅に会釈する。
「またお邪魔いたします」
すえぞうが言った。
「はらへった!」
トニオは、すえぞうを見た。
「……オ連レ様、デスカ?」
ログナーが答えた。
「食べる二名と、食べる一体と、盗む一名です」
Xiが不満そうに言う。
「紹介が悪いよ、ログナーさん」
「正確だろうが」
「僕、今日はまだ何も盗ってないよ」
「“まだ”をつけるな。自白に近い」
トニオは一瞬だけ厨房の奥へ視線を向けた。
食材の量を確認する料理人の目だった。
「本日ハ、皆様ノ体調ニ合ワセタ特別ナコースを――」
弥子が言った。
「全部ください!」
ラキシスも静かに続けた。
「わたくしも、同じものを」
すえぞうが言った。
「はらへった!」
トニオは笑顔のまま、少しだけ固まった。
「……全部、デスカ?」
「はい!」
「ええ。今日は、少しだけ羽を伸ばしたい気分ですの」
ログナーが言った。
「トニオ殿。その“少し”という言葉を信用してはいけません」
「ログナー」
ラキシスがたしなめるように言う。
ログナーは頭を下げた。
「失礼しました姫様。ですが事実です」
弥子は首を傾げた。
「ラキシスさんって、そんなに食べるんですか?」
ラキシスは、にこりと微笑んだ。
「ソープ様の前では、控えております」
弥子は目を輝かせた。
「つまり今日は本気なんですね!」
「ええ。少しだけ」
ログナーは静かに言った。
「今の“少し”も信用しない方がよいでしょう」
Xiは楽しそうに笑う。
「前にバクスチュアルと来た時も思ったけど、この店って面白いよね。料理で体の悪いところが治るんでしょ?」
「そうです!」
弥子が言った。
「すごいんですよ、トニオさんの料理!」
「じゃあ、僕も食べたら、ちゃんとした護衛になれるかな?」
ログナーは即答した。
「無理だ。料理人に過大な期待をするな」
「即答ひどくない?」
「お前の人格矯正まで厨房に押しつける気はない」
「バクスチュアルは喜んでたよ」
Xiは思い出すように言った。
「“アジ、トイウモノハ、キケンデス”って」
弥子は少し笑った。
「それ、喜んでたんですか?」
「たぶん。あの子、そういう顔してた」
ログナーは言った。
「少なくとも、お前よりは礼儀がある」
「比較対象が僕だと、だいたい誰でも勝てるよね」
「理解があるようで何よりだ」
店内に案内される。
席に着くと、弥子はすでに準備万端だった。
ラキシスは上品にナプキンを広げる。
すえぞうはテーブルの端で皿を見つめている。
Xiは店の内装を観察している。
ログナーはXiを観察している。
トニオは厨房へ戻り、料理を始めた。
最初の一皿が運ばれてくる。
鮮やかな野菜の前菜。
香りだけで、弥子の目が輝いた。
「いただきます!」
ラキシスも静かに手を合わせる。
「いただきます」
すえぞうが言った。
「うまい!」
トニオが思わず振り返る。
「マダ食ベテイマセン!」
弥子は真面目に言った。
「気持ちが先に食べてるんです」
ログナーが言う。
「説明になっていませんが、現象としては否定できません」
そして、食事が始まった。
前菜が消えた。
スープが消えた。
パスタが消えた。
魚料理が消えた。
肉料理が消えた。
そして、なぜかもう一度前菜が来た。
弥子は食べていた。
いつものように、食べていた。
ラキシスは優雅に食べていた。
優雅だった。
優雅だったが、皿の減り方は弥子とほぼ同じだった。
すえぞうは、短い手足をぱたぱたさせながら食べていた。
「はらへった!」
「食べながら言ってる……」
弥子が感心したように言う。
ラキシスは微笑んだ。
「元気でよろしいです」
ログナーは伝票を見ていない。
まだ見ていない。
見たくないからだった。
その隣で、Xiが言った。
「ログナーさん」
「何だ」
「食材庫のトマト、半分切ったよ」
「なぜ知っている」
「さっき見たから」
「厨房に入るなと言ったはずだ」
「入ってないよ。通気口から見ただけ」
ログナーは一秒だけ黙った。
「もっと悪い。お前は護衛か害獣か、立場をはっきりさせろ」
「自由業かな」
「なら契約書に判を押せ。所属をはっきりさせてやる」
「短期でお願いしたいなあ」
「お前の希望は聞いていない」
「契約って双方の合意が必要じゃない?」
「合意するまで逃がさない」
弥子がフォークを止めた。
「それ、合意って言うんですか?」
ラキシスはにこにこと言った。
「ログナーは熱心ですね」
ログナーはラキシスに向かって、丁寧に答えた。
「危険物管理の一環です、姫様」
Xiが自分を指差す。
「僕、危険物なんだ」
ログナーはXiを見る。
「生物扱いしているだけ感謝しろ」
「上司って怖いなあ」
「まだ上司ではない」
「じゃあ何?」
「採用予定者を逃がさない担当者だ」
「もっと怖い言葉出てきた」
その間にも、料理は続いた。
トニオは燃えていた。
料理人として。客の体調を整える者として。
そして、食材庫を守る者として。
「次ハ、娼婦風スパゲティをオ持チシマス!」
弥子が手を上げる。
「おかわりお願いします!」
ラキシスが微笑む。
「わたくしも」
すえぞうが言う。
「はらへった!」
トニオが厨房の方を見た。
それから客席を見た。
それから、もう一度厨房を見た。
「……承知シマシタ!」
ログナーが静かに言った。
「トニオ殿」
「ハイ」
「補給線が崩壊する前に申告してください」
「補給線」
弥子が言った。
「ログナーさん、食事に来ただけですよ?」
ログナーは弥子を見た。
「桂木殿。貴女と姫様とすえぞう殿が同時に席へ着いた時点で、
これは食事ではなく作戦行動です」
「私、そんなに食べませんよ!」
Xiが言った。
「え?」
ラキシスが少し目を瞬かせる。
すえぞうが言った。
「うっす!」
ログナーは淡々と言った。
「全員、異議を唱える顔ではありませんね」
弥子は黙って、次の皿に向き直った。
食べる。
さらに食べる。
また食べる。
トニオの料理は美味かった。
体の奥から力が湧いてくるようだった。
弥子の目は冴え、ラキシスの肌はさらに輝き、すえぞうは何だかつやつやしている。
Xiはそれを眺めながら言った。
「これ、ソープ様が見たらどう思うかな」
ラキシスの動きが、ほんの少し止まった。
弥子のフォークも止まった。
すえぞうは止まらなかった。
「はらへった!」
ログナーはXiを見た。
「お前」
「何?」
「その報告は通行止めだ。ほかを当たれ」
Xiは笑った。
「ほかって誰?」
「墓地だ」
「うわあ。報告先が急に物騒」
ログナーは低く言った。
「陛下への報告経路は封鎖した。抜け道も封鎖済みだ」
「じゃあ僕が抜け道を探して――」
「お前用に塞いである」
「準備がいいね」
「お前がいるからだ」
Xiは少し楽しそうに肩をすくめた。
「僕、まだ短期契約にも同意してないんだけどなあ」
「正式契約前に、すでに手間だけは正規団員以上だ」
「評価高い?」
「迷惑度がな」
ラキシスは、口元にナプキンを当てて微笑んだ。
「ログナー」
ログナーはすぐに姿勢を正す。
「はい、姫様」
「ソープ様には」
「ご安心ください。本件の報告は通行止めです」
「まあ」
ラキシスは満足そうに微笑んだ。
弥子が小声で言う。
「ログナーさん、頼もしすぎる……」
Xiも頷いた。
「隠蔽上手いね」
ログナーはXiだけを見た。
「外交判断だ。お前が言うと処分対象だ」
「誰が?」
「お前だ」
「わかりやすいなあ」
やがて、テーブルには空の皿が積み上がった。
トニオは額に汗を浮かべていた。
だが、その表情は晴れやかだった。
「皆様……体調ハ、イカガデスカ?」
弥子は力強く答えた。
「最高です!」
ラキシスは優雅に頷く。
「とても良い気分ですわ」
すえぞうが言った。
「うっす!」
ログナーも静かに言う。
「店主殿。見事です」
「アリガトウゴザイマス」
「ですが次回からは、事前に兵站計画を立てることを推奨します」
「兵站」
トニオは、その言葉を噛みしめた。
Xiが手を上げた。
「ねえログナーさん」
「何だ」
「食材庫の鍵、複製しといたよ」
ログナーは無言で手を出した。
「返せ」
「まだ使ってないよ」
「使う前に取り上げるから管理と言うんだ」
「外注護衛に対して扱い悪くない?」
「外注候補だ。正式契約前に余計な経路を開拓するな」
「じゃあ、正式契約したら?」
「もっと厳しくなる」
「夢がないなあ」
「お前に夢を見せる部署ではない」
その時、ラキシスが静かに言った。
「トニオ様」
「ハイ」
「デザートをいただけますか?」
弥子が即座に続く。
「私もお願いします!」
すえぞうも言った。
「はらへった!」
トニオの笑顔が、初めて少しだけ引きつった。
「マダデスカ!?」
ログナーは目を閉じた。
「店主殿。請求書は私へ」
Xiが言う。
「ソープ様じゃなくて?」
ログナーは即答した。
「その請求経路も通行止めだ」
「徹底してるなあ」
「姫様の平穏、陛下の胃、そしてこの店の尊厳を守る。それが本日の任務だ」
弥子は呟いた。
「食事に来ただけなのに、任務が重い……」
デザートが出た。
ジェラート。
ティラミス。
パンナコッタ。
フルーツ。
そして、なぜか追加のフローズンヨーグルト。
ラキシスの目が、少しだけ輝いた。
弥子も目を輝かせた。
すえぞうも揺れた。
「はらへった!」
三方向から、デザートが消えた。
トニオは厨房で小さく十字を切った。
ログナーは会計伝票を見た。
一度見た。
もう一度見た。
静かに折りたたんだ。
Xiが覗き込もうとする。
「いくら?」
ログナーは伝票を懐に入れた。
「見るな」
「国家機密?」
「姫様関連予算だ。お前には早い」
「正式契約したら見られる?」
「見せない」
「じゃあ契約しなくていいかな」
「逃げ道は通行止めだ」
「便利だね、その台詞」
「お前相手には特にな」
食後。
ラキシスは満足そうだった。
弥子も満足そうだった。
すえぞうは満足げに丸くなっていた。
Xiは何かを企んでいる顔だった。
ログナーは、それを見ていた。
「Xi」
「何?」
「何を考えている」
「別に」
「その“別に”は通行止めだ。吐け」
「じゃあ、露伴先生にだけ報告するのはどうかなって」
弥子が慌てた。
「露伴先生、絶対面白がって漫画にしますよ!」
ラキシスが少し困ったように微笑む。
ログナーはXiの襟首を掴んだ。
「岸辺露伴への道も通行止めだ」
「広域封鎖だ」
「お前がいるからな」
「じゃあ僕の記憶だけでも――」
「それは後で検閲する」
「ミラージュナイトって護衛じゃなくて検問なんだね」
ログナーは言った。
「相手による。お前の場合は封鎖対象だ」
店を出る時、トニオは深々と頭を下げた。
「本日ハ、アリガトウゴザイマシタ」
弥子は笑顔で言った。
「ごちそうさまでした! すごく美味しかったです!」
ラキシスも上品に言う。
「また参ります」
すえぞうが元気よく言った。
「うっす!」
トニオは一瞬だけ、厨房の方を見た。
それから、笑顔で言った。
「……オ待チシテオリマス」
ログナーは静かに補足した。
「次回は、国家予算の承認を取ってからにしてください」
ラキシスは微笑んだ。
「大げさです」
弥子も笑った。
「そうですよ。食事ですから」
すえぞうが言った。
「はらへった!」
ログナーは、空を見た。
「……次回は、さらに食材が必要です」
Xiが笑う。
「報告する?」
ログナーは言った。
「その報告は通行止めだ。ほかを当たれ」
「ほかって、どこ?」
ログナーはXiを見た。
「契約書の署名欄だ」
Xiは少しだけ顔をしかめた。
「そこに誘導するの、ずるくない?」
「封鎖とは、誘導でもある」
「ミラージュナイト怖いなあ」
「安心しろ」
ログナーは淡々と言った。
「お前が一番怖い」
その日の出来事は、ソープのもとへ届かなかった。
トニオの店の食材庫が一時的に沈黙したことも。
ラキシスが、ソープの知らないところでフローズンヨーグルトを追加したことも。
弥子とすえぞうが、それに当然のようについていったことも。
Xiが食材庫の鍵を複製しかけたことも。
すべて、通行止めである。
ただし。
翌日、ソープはラキシスを見て、少しだけ首を傾げた。
「ラキシス」
「はい、ソープ様」
「なんだか、今日はとても元気そうだね」
ラキシスは微笑んだ。
「気のせいです」
少し離れた場所で、ログナーは静かに目を伏せた。
Xiはにやにやしていた。
弥子は目を逸らした。
すえぞうは言った。
「うっす!」
ソープはますます首を傾げた。
「……何かあった?」
ログナーは静かに言った。
「陛下」
「何だい、ログナー」
「その疑問は通行止めです。ほかを当たってください」
ソープは困ったように笑った。
「僕まで?」
ログナーは淡々と答えた。
「今回は、陛下までです」
ラキシスは、何事もなかったように微笑んでいた。