守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
岸辺露伴は、トニオ・トラサルディーの店へ向かっていた。
目的は食事である。
少なくとも、表向きは。
「……まあ、食事をしながら観察することは、漫画家として当然の行為だ」
誰に言うでもなく、露伴はそう呟いた。
前回、怪盗Xiとファティマ・バクスチュアルを取材しようとした時、露伴はラキシスに止められた。
途中の言葉を、先に読んではいけない。
その言葉は、今でも少しだけ露伴の中に残っている。
納得したわけではない。
ただ、理解はした。
だから今日は、読まない。
ヘブンズ・ドアーは使わない。
ただ食べて、見て、聞いて、描く。
それなら文句はないはずだ。
「まあ、ログナー司令がいなければ、だが」
露伴は不機嫌そうに言いながら、店の前に立った。
看板には、いつも通り。
トラサルディー。
扉を開ける。
「イラッシャイマセ、露伴先生」
トニオは、いつものように笑顔で迎えた。
だが。
露伴は、その笑顔を見た瞬間に眉を動かした。
「……トニオさん」
「ハイ?」
「何かあったな」
トニオは一瞬だけ動きを止めた。
「イエ。何モ」
「嘘だな」
露伴は店内を見回した。
テーブルはきれいに整えられている。
床も磨かれている。
厨房も清潔だ。
だが、違和感があった。
いつもの、仕込みの香りが薄い。
野菜の青い香り。
ソースを煮込む香り。
焼いたパンの香り。
それらが、ほとんどない。
露伴は目を細めた。
「仕込みをしていない。いや、できないのか」
トニオは少し困ったように笑った。
「スミマセン、露伴先生」
「何だ」
「本日ハ……食材ガ、モウ、アリマセン」
露伴は黙った。
「食材がない?」
「ハイ」
「この店で?」
「ハイ」
「トマトは」
「アリマセン」
「魚介は」
「アリマセン」
「肉は」
「アリマセン」
「チーズは」
「少シダケ」
「デザートは」
トニオは目を逸らした。
「アリマセン」
露伴の目が、鋭く光った。
「フローズンヨーグルトは?」
トニオは沈黙した。
その沈黙だけで十分だった。
露伴は、ゆっくりと笑った。
「……事件だな」
「事件デハ、アリマセン。オ客様デス」
「僕にとっては同じだ」
露伴は手帳を開いた。
「この店の食材庫が空になる。しかもフローズンヨーグルトまで消える。これはただの食事ではない。描くべき現象だ」
「露伴先生」
「誰が来た?」
トニオは困った顔をした。
「オ客様ノ個人情報ハ」
「言わなくていい。現場が語っている」
露伴は厨房の方へ歩きかけた。
トニオが慌てて止める。
「露伴先生、厨房ハ」
「入らない。見るだけだ」
「見ルノモ、少シ」
露伴は店内の端に立ち、視線だけを動かした。
空になった木箱。
異様な数の洗い上げられた皿。
妙に減っているカトラリーの位置。
そして厨房の通気口に、ごく小さな擦り傷。
露伴は笑った。
「なるほど」
「何ガ、デスカ」
「犯人は複数だ」
「犯人デハ、アリマセン」
「まず、桂木弥子」
トニオは何も言わない。
「彼女なら食べる。これは説明不要だ」
トニオは何も言わない。
「次に、すえぞう」
トニオの眉が、わずかに動いた。
露伴は見逃さなかった。
「当たりだな」
「何モ、言ッテイマセン」
「そしてラキシス」
トニオは沈黙した。
露伴は、さらに笑みを深くする。
「フローズンヨーグルトの消失量が決め手だ。桂木弥子だけなら、もっと全方向に消える。だが今回は、デザートの中でも偏りがある。優雅に選びながら、しかし確実に量を食べる者がいた」
トニオは小さく言った。
「露伴先生、推理ガ鋭スギマス」
「漫画家だからな」
露伴は通気口の傷を指差した。
「そして、もう一人いる。食べる者ではなく、覗く者だ」
トニオはまた黙った。
「怪盗Xi」
その瞬間、店の扉が開いた。
「へえ」
軽い声がした。
「僕、現場にいないのにバレてるんだ」
Xiだった。
にこにこと笑っている。
その後ろには、桂木弥子。
さらに、すえぞう。
そして。
ラキシス。
最後に、ログナー司令が入ってきた。
露伴は、嫌そうな顔をした。
ログナーは露伴を見た瞬間、挨拶より先に言った。
「おい、漫画家」
露伴は眉間に皺を寄せた。
「また第一声がそれか」
ログナーは表情を変えない。
「姫様に失礼のないように」
「僕はまだ何もしていない」
「貴様の“まだ”を消すために言っている」
Xiが笑った。
「ログナーさん、それ僕にもよく言うよね」
ログナーはXiを見た。
「お前は黙れ。今回の傷跡の半分はお前だ」
「半分も?」
「誇るな」
弥子は慌てて言った。
「あの、露伴先生! 昨日はただ食べただけです!」
すえぞうが元気よく言った。
「はらへった!」
弥子はすえぞうを見た。
「今それ言うと、説得力が減る!」
ラキシスは穏やかに微笑んでいた。
「露伴様。本日はお食事にいらしたのですか?」
露伴は姿勢を整えた。
ラキシスの前では、一応礼儀を忘れない。
「そのつもりだったよ。だが、今日は食材がないらしい」
ラキシスは少しだけ目を瞬かせた。
「まあ」
ログナーが静かに言う。
「トニオ殿。昨日の件なら、請求処理は済ませたはずですが」
トニオは丁寧に頭を下げた。
「ハイ。アリガトウゴザイマシタ」
露伴の目が光った。
「請求処理?」
ログナーは露伴を見た。
「その単語は通行止めだ」
「まだ単語だぞ」
「単語の時点で止める」
「君は言葉狩りでも始める気か」
「姫様に関する不穏な言葉なら、必要に応じて狩る」
露伴は手帳にペンを走らせた。
ログナーが即座に言った。
「おい、漫画家」
「何だ」
「書くな」
「今のは君の台詞だ」
「私の台詞でも、姫様に関わるなら不可だ」
「君、自分の発言まで検閲するのか」
「必要ならする」
Xiが小さく拍手した。
「すごいなあ。自分で自分の道も通行止めにできるんだ」
ログナーはXiを睨む。
「お前の逃げ道ほどではない」
「僕の逃げ道は多いよ?」
「だから塞いでいる」
「まだ正式契約してないのに?」
「正式契約前に通気口を使う奴を放置できるか」
露伴は、その会話を聞きながらペンを止めた。
「通気口」
Xiは口を押さえた。
「あ」
ログナーは低く言った。
「墓穴を掘るな。いや、掘れ。そこに埋める」
弥子が青ざめた。
「ログナーさん、言い方!」
Xiは楽しそうに笑った。
「でも露伴先生、すごいね。僕が通気口から食材庫を見たの、よくわかったね」
露伴は少し得意げに言った。
「傷の位置だ。大人が使う場所じゃない。子供の体格、あるいは人間離れした柔軟性を持つ者。しかも食材庫に興味がある。怪盗Xiしかいない」
「僕、褒められてる?」
ログナーが即答する。
「犯罪未遂の証拠を突きつけられている」
「まだ盗ってないよ」
「まだをつけるな」
露伴は手帳にタイトルを書いた。
『姫君はなぜフローズンヨーグルトを三度求めたか』
ログナーが一歩近づいた。
「おい、漫画家」
露伴は手帳を閉じた。
「見るな」
「その原稿は通行止めだ」
「原稿ですらない。ネーム以前のメモだ」
「では、そのメモが通行止めだ」
「横暴だな」
「貴様の前歴を考えれば適正だ」
露伴はログナーを睨んだ。
「僕は今回は読んでいない。ヘブンズ・ドアーも使っていない。現場を観察して推理しただけだ」
ログナーは冷たく言った。
「姫様の食事記録を事件扱いし、食材庫の被害状況から皿数を割り出し、フローズンヨーグルトの消失量を題名に使う。これを失礼と言わずに何と言う」
露伴は少し黙った。
「……リアリティ」
「失礼だ」
「漫画家にとっては褒め言葉だ」
「姫様を題材にする時点で、褒め言葉の前に許可を取れ」
ラキシスは穏やかに言った。
「ログナー。露伴様は、悪い方ではありませんわ」
ログナーは即座に頭を下げる。
「承知しております、姫様」
露伴は少し勝ち誇ったように見た。
ログナーは続けた。
「悪意がないので、なお厄介です」
露伴の顔が歪んだ。
「本人の前で厄介者扱いするな」
「厄介者だ」
「言い切ったな」
弥子はおそるおそる手を上げた。
「あの……私の食べた分だけなら描いてもいいんじゃないですか?」
露伴の目が光った。
「それもいい。謎の女子高生が一軒のイタリア料理店の在庫を――」
「やっぱりダメです!」
弥子は即座に撤回した。
「私だけ犯人みたいになる!」
すえぞうが言った。
「うっす!」
露伴はすえぞうを見た。
「その生物も描きたい」
すえぞうは胸を張った。
「はらへった!」
弥子はすえぞうを抱えた。
「すえぞう! 今は黙ってて!」
Xiが露伴の手帳を覗き込もうとした。
「ねえ、その原稿に僕のことも載る?」
露伴は手帳を引いた。
「触るな」
ログナーも同時にXiの襟首を掴んだ。
「触るな」
Xiは二人を見比べた。
「お、意見が合った」
露伴は言った。
「漫画家の原稿に勝手に触るな」
ログナーは言った。
「貴様は原稿泥棒にまでなるな」
Xiは肩をすくめた。
「怪物強盗としては、ちょっと興味あったんだけどな」
「盗むな」
「売るな」
ログナーと露伴の声が、同時に響いた。
弥子が思わず言った。
「そこは一致するんですね……」
トニオが控えめに口を開いた。
「あの、露伴先生」
「何だ」
「本日ハ食材ガ少ナイノデ、料理ハ難シイデスガ、珈琲ナラ」
露伴はトニオを見た。
「珈琲か」
トニオは頷く。
「ハイ」
露伴は少し考えた。
「なら、珈琲を飲みながら証言を聞こう」
ログナーが言った。
「証言も通行止めだ」
「店主にまで検閲するのか」
「トニオ殿を貴様の取材対象にするな」
トニオは困ったように微笑んだ。
「ワタシハ、料理人デス」
露伴は言った。
「料理人だからこそ、食材庫が空になる過程を最も正確に見ている」
ログナーは短く言った。
「おい、漫画家」
「何だ」
「姫様に失礼のないように、と言ったはずだ」
「僕は食材庫の話をしている」
「姫様の食事量を、食材庫経由で測ろうとしている」
「……鋭いな」
「貴様がわかりやすいだけだ」
ラキシスは、少しだけ困ったように微笑んだ。
「露伴様」
「何だい」
「昨日は、とても楽しいお食事でしたの」
「だろうね」
露伴は正直に言った。
「だから描きたい」
ラキシスは柔らかく微笑んだ。
「でしたら、“皆で美味しくいただきました”とだけ」
露伴は目を細めた。
「それでは漫画にならない」
「そうですの?」
「葛藤、発見、意外性、緊張、推理、そして食欲。全部あるんだぞ」
弥子は小声で言った。
「食欲だけでだいぶ押し切ってる気がしますけど……」
すえぞうが言った。
「うっす!」
Xiが笑う。
「僕の窃盗未遂も入れたら、緊張感出るんじゃない?」
ログナーはXiを見た。
「お前は自分の罪状を増やすな」
「でも描かれたら有名になるよ?」
「貴様はすでに十分悪名がある」
「褒めてる?」
「処理対象としてだ」
露伴はページをめくった。
「いいじゃないか。こうしよう。固有名詞は変える。姫君とは書かない。フローズンヨーグルトとも書かない」
ログナーは露伴を見た。
「では何と書く」
露伴は少し考えた。
「白い冷たいもの」
ログナーの目が冷えた。
「おい、漫画家」
「何だ」
「余計に怪しい」
弥子が吹き出しかけた。
Xiは肩を震わせている。
ラキシスは口元に手を当てた。
「まあ」
露伴は不満そうに言った。
「わかった。なら、“ある甘味”だ」
「不可だ」
「“食後の一品”」
「不可だ」
「“店主を震わせた注文”」
「完全に不可だ」
露伴は頭を抱えた。
「何も描けないじゃあないか!」
ログナーは淡々と言った。
「そう言っている」
「君、担当編集より厳しいぞ」
「担当編集は姫様を守らない」
「その論理で来られると、反論が面倒だ」
「反論も通行止めだ」
露伴はログナーを睨んだ。
「便利に使いすぎだ、その台詞」
ログナーは平然と言った。
「貴様相手には特にな」
その時、Xiが小さく手を上げた。
「じゃあさ、露伴先生」
「何だ」
「僕が昨日のことを話してあげようか」
弥子がぎょっとした。
「Xi!?」
ラキシスが少しだけ目を細める。
ログナーはXiの襟首を、さらに強く掴んだ。
「その口は通行止めだ」
Xiは笑った。
「まだ何も言ってないよ」
「言う顔だ」
露伴はぽつりと言った。
「このシリーズ、みんな僕の顔を読みすぎじゃあないかと思っていたが、君も同じ扱いを受けているんだな」
Xiは楽しそうに言った。
「ログナーさん、僕にはもっと雑だよ」
ログナーは答えた。
「お前は雑に扱わないと増える」
「僕、菌かなにか?」
「災害だ」
「分類がひどいなあ」
すえぞうが言った。
「はらへった!」
ログナーはすえぞうを見た。
「……そちらの方が、まだ素直です」
弥子は苦笑した。
「すえぞう、褒められてるよ」
すえぞうは元気よく言った。
「うっす!」
トニオが、そっと珈琲を出した。
露伴の前に一杯。
ラキシスの前に一杯。
ログナーの前に一杯。
弥子の前には、少し甘い飲み物。
すえぞうの前には何もない。
すえぞうは皿を見た。
「はらへった!」
トニオは申し訳なさそうに言った。
「本日ハ、本当ニ食材ガ」
ラキシスが微笑んだ。
「すえぞう、今日は我慢ですわ」
すえぞうは背筋を伸ばした。
「うっす!」
露伴は、その一瞬を見た。
そして、またペンを取りそうになった。
ログナーが言った。
「おい、漫画家」
露伴はペンを置いた。
「わかったよ」
少しだけ、店内が静かになった。
露伴は珈琲を一口飲んだ。
悔しいが、美味い。
食材がなくても、トニオの出すものは美味い。
露伴は手帳を開いた。
ログナーが構える。
露伴は言った。
「書く。ただし、こうだ」
そして、露伴はゆっくり書いた。
ある日、トラサルディーの食材庫が空になった。
店主は何も語らなかった。
客も何も語らなかった。
だが、皿はすべてを知っていた。
弥子が小声で言った。
「なんか、いい感じに怖い……」
Xiは笑った。
「皿視点の漫画?」
露伴は続けた。
そこに何があったのか。
誰がどれだけ食べたのか。
それは誰にも語られない。
なぜなら――
ログナーが低く言った。
「露伴」
露伴はペンを止めた。
「わかっている」
そして、最後の一行を書いた。
その記録は、通行止めである。
ログナーはしばらく黙っていた。
露伴は言った。
「これならいいだろう」
ログナーは手帳を見た。
ラキシスを見た。
弥子を見た。
すえぞうを見た。
Xiを見た。
そして、露伴を見た。
「……通行可だ」
露伴は眉を上げた。
「君に許可されると、腹が立つな」
「なら不許可にするか」
「やめろ」
Xiが笑った。
「よかったね、露伴先生。検問突破」
ログナーはXiを見た。
「お前は突破できていない」
「僕、何もしてないのに」
「昨日した」
「根に持つなあ」
「食材庫の鍵を複製しようとした件は別途処理する」
Xiは視線を逸らした。
「その話も通行止めにしない?」
「しない」
「自分に都合のいい時だけ開通するんだ」
「当然だ」
露伴は少し笑った。
「ログナー司令。君はやはり面白いな」
ログナーは冷たく返した。
「貴様に面白がられる筋合いはない」
「ある。漫画家が面白いと思ったら、それはもう題材だ」
「おい、漫画家」
「わかっている。そこは通行止めだろう」
ログナーは短く言った。
「理解が早くなったな」
「慣れたくはないがね」
ラキシスは、静かに微笑んでいた。
「露伴様」
「何だい」
「昨日のお食事、とても楽しかったのです」
露伴は少しだけ表情を緩めた。
「そうか」
「ですから、その楽しさだけは、どこかに残していただけると嬉しいですわ」
露伴は、ほんの少しだけ黙った。
それから、手帳の端に小さく書き足した。
食事とは、秘密を増やす行為でもある。
ラキシスは、それを見て微笑んだ。
「素敵ですわ」
ログナーは手帳を覗き込んだ。
露伴は即座に閉じた。
「見るな」
ログナーは言った。
「今の一文は通行可だ」
露伴は不満そうに言う。
「だから、君に許可されると腹が立つ」
その時、トニオが店の奥から戻ってきた。
「実ハ、夕方ニハ追加ノ食材ガ届キマス」
その場の空気が、少しだけ変わった。
弥子の目が輝いた。
ラキシスの表情が、ほんのわずかに明るくなった。
すえぞうが言った。
「はらへった!」
Xiがにやにやした。
「ログナーさん」
ログナーは目を閉じた。
「言うな」
「まだ何も言ってないよ」
「言う顔だ」
露伴は面白そうに言った。
「これは第二幕か?」
ログナーは即座に言った。
「本日の営業は通行止めだ」
弥子が叫んだ。
「ええっ!?」
ラキシスは小さく首を傾げた。
「少しだけでも」
ログナーはラキシスに向き直り、丁寧に頭を下げた。
「姫様。昨日の時点で、店主殿の兵站は崩壊寸前です」
「まあ。大げさですこと」
「大げさで済むなら、私は請求書を見て沈黙しておりません」
露伴の目が光った。
「請求書」
ログナーは露伴を見た。
「その単語は通行止めだ」
「今、君が言った」
「聞かなかったことにしろ」
Xiが笑う。
「ソープ様には?」
ログナーは即答した。
「通行止めだ」
「露伴先生には?」
「通行止めだ」
「バクスチュアルには?」
ログナーは少しだけ黙った。
Xiは、にやりと笑った。
ログナーは低く言った。
「お前が余計なことを言わない限り、通行止めにする必要はない」
Xiは肩をすくめた。
「じゃあ言わない」
露伴は少し意外そうにXiを見た。
「君にしては素直だな」
Xiは笑って言った。
「バクスチュアルに変な心配かけると、あとで面倒だからね」
ラキシスは嬉しそうに微笑んだ。
「よろしいことですわ」
ログナーはXiを見た。
「そこだけは評価する」
「採用点上がった?」
「減点幅が少し縮んだ」
「厳しいなあ」
露伴は手帳を閉じた。
「まあいい。今日はここまでにしておこう」
ログナーは言った。
「賢明だ」
「君に言われると腹が立つと言っている」
「何度でも言う。賢明だ」
トニオは深々と頭を下げた。
「露伴先生、本日ハ申シ訳アリマセン」
「いや」
露伴は店内を見回した。
空の食材庫。
妙にきれいな皿。
疲れているが、どこか満足そうな料理人。
秘密を隠す姫。
目を逸らす女子高生。
腹を空かせる謎の生物。
面白がる怪物強盗。
そして、すべての取材経路を塞ぐ司令。
露伴は少し笑った。
「料理は食べられなかったが、悪くない取材だった」
ログナーが即座に言った。
「おい、漫画家」
露伴は片手を上げた。
「わかっている。描かない」
そして少しだけ間を置いて、付け加えた。
「少なくとも、姫君の皿数はな」
ログナーは露伴を睨んだ。
「その言い方も通行止めだ」
露伴は笑った。
「君、そろそろ本当に編集者になれるぞ」
「貴様の担当だけは御免だ」
「僕も御免だ」
弥子は苦笑した。
「そこも一致するんですね……」
すえぞうが言った。
「うっす!」
店を出る時、ラキシスはトニオに振り返った。
「トニオ様。また参りますわ」
トニオは笑顔で頭を下げた。
「オ待チシテオリマス」
少しだけ、間があった。
「……食材ヲ、多メニ用意シテ」
弥子は笑った。
「私もまた来ます!」
すえぞうも言った。
「はらへった!」
ログナーは空を見上げた。
「次回は、補給計画を事前に立てます」
Xiが笑う。
「報告する?」
ログナーはXiを見た。
「その報告は通行止めだ」
「ほかを当たれ?」
「契約書の署名欄を当たれ」
Xiは顔をしかめた。
「最後にそこへ誘導するの、ずるくない?」
ログナーは淡々と言った。
「封鎖とは、誘導でもある」
露伴はそのやり取りを見て、笑った。
「やはり描きたいな」
ログナーは振り返った。
「おい、漫画家」
露伴は肩をすくめた。
「冗談だ」
「貴様の冗談は信用しない」
「だろうな」
その日の露伴の手帳には、短いメモだけが残った。
トラサルディーにて、食材消失事件。
関係者、全員黙秘。
司令官による検問、極めて強固。
姫君は微笑む。
謎の生物は空腹。
怪盗は未遂。
女子高生は目を逸らす。
そして最後に、少しだけ大きな字で。
その原稿は通行止めだ。
露伴はその一文を見て、しばらく考えた。
「……タイトルとしては、悪くないな」
その瞬間、どこからともなくログナーの声がした気がした。
「不可だ」
露伴は手帳を閉じた。
「本当に、どこまでも邪魔な男だ」
だが、その顔は少しだけ楽しそうだった。