守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
いつものカフェテラス。
穏やかな陽射し。
香り高い紅茶。
遠くから聞こえる、誰かの談笑。
その平和な空間の一角で、レディオス・ソープは、珍しく真剣な顔をしていた。
その向かいに座るログナー司令もまた、いつになく重い表情で資料をめくっている。
資料の束は、妙に分厚い。
しかも、ところどころに「飲食費」「食材補填」「緊急補給」「追加発注」「フローズンヨーグルト」という単語が見え隠れしていた。
なお、本日の席にラキシスはいない。
理由は、誰も口にしない。
口にした者から順に、ログナーによって通行止めにされるからである。
「陛下、やはり……」
ログナーが低い声で言った。
「そうだね。ログナー」
ソープは困ったように微笑む。
「地球圏の外貨獲得が必要みたいなんだ」
同席していたラクス・クラインが、小首を傾げた。
「まあ。どうかなさったんですの?」
「最近、少し出費がかさんでね」
ソープは、あくまで穏やかに言った。
「何と言うか……予想外の支出が」
ログナーが資料を閉じた。
「陛下。予想外というより、想定外です」
「同じじゃない?」
「規模が違います」
キラ・ヤマトは、その資料を見ないようにしていた。
何となく、見てはいけないものだと本能が告げていた。
ラクスは柔らかく微笑む。
「それでは、なにかAKDからコンパスに売ってくださるものがあれば、
購入を検討できるかもしれませんわ」
ソープの顔が明るくなった。
「本当?」
「はい。もちろん、コンパスの活動に役立つものに限りますけれど」
「じゃあ、バスター砲とか?」
キラが即座に言った。
「いりません!」
あまりにも即答だった。
ソープは不思議そうに瞬きする。
「どうして? 便利だよ」
「便利の基準が違います!」
キラは両手を机についた。
「そもそもコンパスは平和維持組織です。星団規模の決戦兵器みたいなものを買う場所じゃありません!」
「でも、威嚇にはなるよ」
「威嚇で済む出力じゃないですよね!?」
ログナーが淡々と補足した。
「キラ殿の判断は妥当です。コンパスの運用規模でバスター砲を導入した場合、敵勢力より先に予算委員会が消滅します」
「予算委員会なら、まだいいんじゃないかな」
「よくありません、陛下」
ラクスが微笑んだまま言う。
「ソープ様。もう少し穏やかな品物はございませんか?」
「穏やか」
ソープは真剣に考えた。
「では、モーターヘッド用の予備装甲とか」
「置き場がありません」
キラが即答した。
「じゃあ、ミラージュマシンの索敵装置」
「規格が違いすぎます」
「エネルギーソード」
「誰が使うんですか!」
「アスランなら使えるんじゃない?」
その場にいないアスランの胃が、どこかで痛んだ気がした。
キラは頭を抱えた。
「ソープ様、アスランに変な武器を持たせないでください。ただでさえ本人が変な方向に真面目なんです」
「失礼な。アスランはちゃんと真面目だよ」
「だから危ないんです!」
ログナーは資料の別ページをめくった。
「陛下。コンパス側への売却候補としては、非戦闘用途の物資を優先するべきかと」
「非戦闘用途」
「はい。医療、救助、通信、補給、食料、工芸品などです」
ソープは頷いた。
「なるほど。じゃあ、ファティマ用の調整ベッド」
「売ってはいけません」
ログナーが即座に言った。
キラも即座に頷いた。
「それは僕でもわかります」
ラクスも静かに微笑む。
「倫理的にも、政治的にも、たいへん難しいですわね」
「じゃあ、もっと無難に」
ソープは少し考えた。
「星団銘菓」
ログナーは頷いた。
「それは無難です」
ラクスも微笑んだ。
「素敵ですわ」
「それと、ラキシス監修フローズンヨーグルト製造機」
ログナーが資料を閉じた。
「陛下」
「何?」
「その商品展開は通行止めです」
「また?」
キラが思わず聞いた。
「あの、どうして今のが通行止めなんですか?」
ログナーの視線がキラへ向いた。
キラは背筋を伸ばした。
「キラ殿」
「はい」
「その疑問は通行止めです」
「僕にも!?」
「はい。キラ殿にもです」
ラクスがくすりと笑った。
「キラ。ここは察して差し上げましょう」
「……そうする」
ソープだけが、不思議そうに首を傾げていた。
「でも、ラキシスは喜ぶと思うんだけど」
「ですから通行止めです」
「ログナー、今日はずいぶん強いね」
「会計資料を見た後ですので」
その言葉に、キラはますます資料から目を逸らした。
見たら戻れない気がした。
「そんなに出費が?」
ラクスが穏やかに尋ねる。
ログナーは一拍置いて答えた。
「先方の売上には、大きく貢献しました」
「先方?」
「飲食店です」
ソープが明るく言った。
「トニオさんのお店だよ」
キラは固まった。
ラクスは微笑んだまま、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……まあ」
ログナーは淡々と続ける。
「ただし、食材庫、仕込み、翌日の営業機会、店主殿の精神的余裕を考慮すると、純粋な黒字と呼べるかは判断が分かれます」
「誰がどれだけ食べたんですか……」
キラが小声で呟いた。
ログナーが言った。
「その疑問も通行止めです」
「全部通行止めじゃないですか!」
「この件に関しては、通れる道の方が少ない」
ソープは少し寂しそうに言った。
「僕にも教えてくれないんだよね」
「陛下の心の平穏のためです」
「そんなに?」
「はい」
ログナーの声には、一切の迷いがなかった。
ラクスは話題を戻すように、優雅に紅茶を置いた。
「それでは、コンパスとして購入できるものを改めて検討いたしましょう。星団銘菓はよろしいとして、ほかに文化交流に向いたものはございませんか?」
ソープは少し考える。
「モーターヘッドの模型」
キラの表情が少しだけ明るくなった。
「模型なら……まあ、文化交流としては」
「内部構造まで完全再現で、動力炉も小型化して――」
「やっぱりダメです!」
「動かない方がいい?」
「絶対に動かない方がいいです!」
ログナーが頷いた。
「キラ殿の意見に賛成です。陛下の“模型”は、時折実機の安全基準を超えます」
「ひどいなあ」
「事実です」
ソープはさらに考えた。
「では、星団の工芸品」
「それは良いと思いますわ」
ラクスが微笑む。
「装飾品や織物でしたら、平和的な交流にもなります」
「それなら、ラキシスの好みで選んでもらうと――」
ログナーが即座に言った。
「陛下」
「何?」
「ラキシス様を商品企画会議に呼ぶ経路は通行止めです」
「どうして?」
「関連支出が増えます」
ソープは黙った。
キラも黙った。
ラクスは微笑んだまま何も言わなかった。
しばしの沈黙。
その沈黙を破ったのは、背後から聞こえた軽い声だった。
「外貨獲得なら、僕が手伝おうか?」
Xiだった。
いつの間にか、カフェテラスの椅子に座っていた。
なぜいるのかは、誰も聞かない。
聞くと面倒だからである。
ログナーは振り返らずに言った。
「帰れ」
「まだ何も言ってないよ」
「言う前に通行止めだ」
「ひどいなあ。僕、外注候補なのに」
「外貨獲得と窃盗を同じ棚に並べるな」
Xiはにこにこと笑う。
「じゃあ、合法的に高く売れそうなものを盗んでから――」
「黙れ」
ソープは楽しそうに言う。
「Xiは面白いね」
ログナーは即答した。
「面白いで済ませるには被害範囲が広すぎます」
「それは言いすぎじゃない?」
「言い足りないくらいです」
Xiは肩をすくめた。
「じゃあ、コンパスに売るならこれなんてどう?」
どこからともなく、きらりと光る小さな鍵を取り出した。
その瞬間、ログナーの手が無言で伸びる。
「返せ」
「まだ使ってないよ」
「使う前に取り上げるから管理と言うんだ」
キラはその鍵を見て、嫌な予感を覚えた。
「それ、何の鍵ですか?」
ログナーが即答した。
「通行止めです」
Xiが楽しそうに言った。
「トニオさんの食材庫」
空気が止まった。
「Xi」
ログナーの声が、いつもより低い。
「今の発言は通行止めだ。発言者ごと封鎖する」
「うわあ、物理的」
ソープがぱちぱちと瞬きした。
「トニオさんの食材庫?」
ログナーは無言でXiの襟首を掴んだ。
「陛下。今の発言はお忘れください」
「でも、どうしてトニオさんの食材庫の鍵がここに?」
「その疑問も通行止めです」
「僕の周り、通行止めばかりだね」
「陛下の心の平穏を守るためです」
ラクスはにこやかに言った。
「ログナー司令。外貨獲得より先に、情報統制が必要そうですわね」
「まったくもって、その通りです」
キラは疲れた顔で言った。
「とりあえず、バスター砲も、モーターヘッドも、イレーザーエンジンも買いません」
「イレーザーエンジンはまだ言ってないよ」
「言われる前に拒否しました!」
ソープは少し残念そうにした。
「じゃあ、何なら買ってくれる?」
ラクスは優雅に微笑んだ。
「まずは、星団銘菓から」
ログナーが付け加える。
「フローズンヨーグルト関連は除外で」
「また?」
ソープは首を傾げた。
「なんで?」
ログナーはきっぱり言った。
「陛下」
「うん」
「その疑問は通行止めです。ほかを当たってください」
Xiが襟首を掴まれたまま笑う。
「ほかって、契約書の署名欄?」
ログナーはXiを見た。
「理解が早いな」
「やっぱりそこに誘導するんだ」
「封鎖とは、誘導でもある」
「ミラージュナイト怖いなあ」
「お前が一番怖い」
キラは遠い目をした。
「ラクス……僕、今日の会議は何を決めればいいんだろう」
ラクスは穏やかに答えた。
「コンパスは、バスター砲を買わない。まずはそれでよろしいのでは?」
「それは最初から決まってたよ……」
ソープは紅茶を飲みながら、少しだけ考え込んだ。
「でも、バスター砲って現金化できないかな」
キラがすぐに顔を上げた。
「できません!」
「中古兵器市場とか」
「出さないでください!」
「オークション」
「もっとダメです!」
「メルカリ」
「絶対ダメです!!」
ログナーが静かに頷いた。
「陛下。バスター砲を個人間取引に流す経路は、私が責任をもって通行止めにします」
「ログナーまで」
「国家のためです」
「ラキシスのためでも?」
ログナーは一瞬だけ黙った。
「……陛下の心の平穏のためです」
ラクスは微笑んだ。
キラは胃を押さえた。
Xiはログナーに襟首を掴まれたまま、まだ笑っていた。
そして、ラキシスは不在だった。
もちろん。
本件における、最大の通行止めである。