守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
いつものカフェテラス。
前回、バスター砲、モーターヘッド本体、イレーザーエンジン、そして各種星団級超技術の輸出案が、キラ・ヤマトとラクス・クライン、そしてログナー司令の判断により軒並み通行止めとなった。
結果として、レディオス・ソープによる外貨獲得計画は、より平和的な方向へ修正されることになった。
すなわち。
食品。
菓子。
日用品。
雑貨。
キャラクターグッズ。
いわゆる、民生品である。
机の上には、AKDから持ち込まれた交易品のサンプルが並べられていた。
箱に入った星団銘菓。
美しい織物。
文房具。
ハンカチ。
タオル。
マグカップ。
カトラリー。
そして、小さな白いぬいぐるみ。
一見すれば、たいへん穏やかな交易会議である。
一見すれば。
「今回は大丈夫だと思うんだ」
ソープは、にこにこと言った。
「ちゃんと民生品にしたからね」
キラは慎重に頷いた。
「そうですね。少なくとも、前回よりはかなり平和的だと思います」
「バスター砲はやめたし」
「最初から選択肢に入れないでください」
ラクスは、机の上に並んだサンプルを優雅に眺めていた。
「でも、とても素敵ですわ。星団のお菓子や工芸品でしたら、文化交流としても喜ばれると思います」
「よかった」
ソープは嬉しそうに言った。
「ログナーも、今回は反対しないよね?」
ログナー司令は資料を見ていた。
無言だった。
「ログナー?」
「陛下」
「うん」
「商品そのものは、前回よりは大幅に改善されています」
「ほら」
「ただし」
ログナーは顔を上げた。
「一部の商品については、意匠と素材に問題があります」
キラは嫌な予感を覚えた。
ラクスも、穏やかな笑みのまま、少しだけ視線を動かした。
ソープは首を傾げる。
「意匠と素材?」
「はい」
ログナーは、まず一本のボールペンを手に取った。
白い軸。
金属の質感。
細部まで丁寧に仕上げられた、非常に上質な筆記具だった。
ただし、その側面には、赤い血の十字架がびしっと刻まれている。
「こちら、ミラージュ騎士団支給用の筆記具です」
「書きやすいんだよ」
ソープが言った。
「壊れにくいし、インクも乾きにくいし」
キラはボールペンを見つめた。
「……品質は、すごく良さそうですね」
ラクスも頷く。
「ええ。手に馴染みそうですわ」
「だよね」
ソープは嬉しそうにした。
キラは、もう一度ボールペンを見た。
赤い血の十字架。
どう見ても、ただの会議用筆記具ではない。
「でも、コンパスの備品として配るには、ちょっと圧が強いです」
「圧?」
「圧です」
ラクスは柔らかく言った。
「意匠としては美しいのですが、配布先によっては、少し誤解を招くかもしれませんわね」
「誤解?」
ソープは不思議そうにした。
「これ、ミラージュのマークだよ?」
「だからです」
キラが即答した。
「平和維持機構の備品に、血の十字架が刻まれたボールペンは、かなり強いです」
その時、横からXiがひょいと手を伸ばした。
「でもこれ、投げたら刺さるよ」
ログナーの手が、即座に伸びた。
「実演するな」
「まだ投げてないよ」
「投げる顔だ」
Xiはにこにこしている。
キラは額を押さえた。
「やっぱりただのボールペンじゃないじゃないですか……」
ソープは真面目に言った。
「いや、普通に書く分にはただのボールペンだよ」
「普通じゃない使い方ができる時点で怖いんです!」
ログナーは淡々と資料に書き込んだ。
「筆記具。品質は良好。ただし、民生版は意匠変更を要検討」
「マークを小さくすればいいかな」
ソープが言う。
キラは即答した。
「できれば消してください」
ログナーは少し考えた。
「では、裏面に」
「入れる前提を捨ててください!」
次にソープが取り出したのは、ハンカチだった。
手触りは柔らかい。
白を基調とした上品な布地。
縁取りも美しく、縫製も見事だった。
ラクスが手に取って、微笑む。
「まあ。こちらは本当に素敵ですわ。肌触りもよくて、刺繍も丁寧です」
キラも少し安心したように言った。
「これは良いですね。こういう日用品なら、コンパスでも扱いやすいと思います」
そこで、ラクスはハンカチを広げた。
中央に、赤い血の十字架。
びしりと。
かなり大きく。
キラは黙った。
ラクスは微笑んだまま、少しだけ角度を変えて眺めた。
「……力強い意匠ですわね」
ログナーが頷く。
「ミラージュ騎士団支給品ですので」
キラは静かに言った。
「支給品の圧が強いんですよ」
ソープは不思議そうだった。
「でも、ただのハンカチだよ?」
キラはタオルを手に取った。
そこにも血の十字架。
メモ帳にも血の十字架。
マグカップにも血の十字架。
携帯用の手鏡にも血の十字架。
どれも品質はいい。
とてもいい。
だが、揃って並ぶと、カフェテラスの机の上だけ妙に軍事儀礼めいた空気になる。
「ただの日用品が、全部“これから最終決戦に向かう人へ支給される備品”みたいに見えるんです」
「キラ、言い方」
ラクスがくすりと笑った。
Xiはハンカチを一枚持ち上げた。
「でもこれ、いい布だね。顔を隠すのに使えそう」
ログナーが即座に奪い取る。
「盗賊用途に転用するな」
「まだしてないよ」
「する顔だ」
「ログナーさん、最近僕の顔で判断しすぎじゃない?」
「お前は顔に出る」
「出してるんだよ」
「なお悪い」
ソープは少し考えた。
「じゃあ、民生版は血の十字架を小さくして、端っこに入れるとか」
キラが言った。
「できれば、すえぞう柄とかの方がいいです」
「すえぞう柄」
ソープは目を輝かせた。
「それはいいね」
机の上に置かれていた白いぬいぐるみ。
すえぞうぬいぐるみを、ソープが手に取った。
長い尾。
小さな翼。
つぶらな目。
丸っこく、どこか憎めない顔。
ラクスの表情が、明らかに柔らかくなった。
「まあ。これは愛らしいですわ」
キラも頷く。
「これなら平和的ですね」
「音声機能もあるよ」
ソープが腹の部分を押した。
すえぞうぬいぐるみが鳴いた。
『はらへった!』
キラは黙った。
ラクスは微笑んだ。
Xiは笑った。
ログナーは目を閉じた。
「もう一つあるよ」
ソープがもう一度押す。
『うっす!』
ラクスは頷いた。
「これは売れますわね」
キラも、少し悩んでから頷いた。
「まあ……これは確かに。かわいいですし」
Xiが言った。
「限定版で血の十字架入りにしたら?」
キラが叫んだ。
「かわいい方向に進んだのに戻さないでください!」
ログナーは冷静に言った。
「通常版、すえぞう柄。限定版、ミラージュ仕様」
「ログナーさんまで乗らないでください!」
「商機は逃すべきではありません」
「商機と圧がセットになってるんですよ!」
ラクスはすえぞうぬいぐるみを手に取り、そっと撫でた。
「こちらは、子どもたちにも喜ばれそうですわね」
『はらへった!』
ラクスは微笑んだ。
「……少し、食育にも使えるかもしれません」
キラは小声で言った。
「食欲を煽りそうだけどね」
次に、ソープは小さな箱を開けた。
中には、銀色に輝くカトラリーが整然と並んでいる。
フォーク。
ナイフ。
スプーン。
どれも美しく、流線型の造形をしていた。
ラクスは目を細める。
「まあ。こちらも素晴らしい仕上がりですわ」
「それはね」
ソープは得意げに言った。
「LEDミラージュの剣と同じ素材で作ったカトラリーだよ」
キラは固まった。
「食器に使う素材じゃないです!」
「でも、丈夫だよ」
「丈夫の方向性が違います!」
ログナーは淡々と説明した。
「通常使用で折れることは、まずありません。肉、魚、野菜、硬いパン、骨、装甲板程度なら問題なく切れます」
「最後がおかしいです!」
Xiがフォークを一本手に取る。
「金庫も開くかな」
ログナーが即座に言った。
「開けるな」
「開くかどうかの確認だけ」
「確認も通行止めだ」
「これ、僕にも支給されたやつと同じ?」
「お前に支給したのは管理下に置くためだ。自由に持ち出すためではない」
「でも便利だよ。折れないし」
「便利の用途を間違えるな」
キラはカトラリーを見つめた。
「コンパスの食堂に置いたら、絶対に事故が起きます」
ラクスは少し考えてから言った。
「一般配布ではなく、展示用や記念品としてなら検討できるかもしれませんわ」
キラが慌てて言う。
「ラクス、検討するんだ!?」
「技術工芸品としては、たいへん価値がございますもの」
ログナーが資料に書き込む。
「LEDミラージュ剣材カトラリー。一般使用不可。展示用・高額記念品として要検討」
キラは頭を抱えた。
「要検討になった……」
ソープは少し嬉しそうだった。
「よかった。全部ダメじゃなくて」
「全部ダメではありません」
ログナーは言った。
「ただし、売り方を間違えると外交問題になります」
「カトラリーで?」
「カトラリーで、です」
Xiが笑った。
「コンパスの会食でナイフが装甲板を切ったら、ちょっとした事件だよね」
「お前は事件を楽しむな」
「まだ起こしてないよ」
「起こす顔だ」
キラは深く息を吐いた。
「食品はどうですか。星団銘菓。これなら大丈夫ですよね?」
ソープは嬉しそうに箱を開けた。
そこには、美しく包装された菓子が並んでいた。
色鮮やかで、香りも良い。
ラクスが一つ手に取った。
「これは本当に素敵ですわ」
キラもようやく安心した。
「これなら問題なさそうですね」
ログナーも頷いた。
「星団銘菓は、最有力候補です。保存性、輸送性、話題性、いずれも良好です」
「やっと普通の話になった……」
キラは心からそう言った。
その時、Xiが箱の一つを指差した。
「これは?」
ソープが答える。
「ラキシスが好きなお菓子だよ」
ログナーが即座に言った。
「陛下」
「何?」
「ラキシス様監修版の商品展開は通行止めです」
「お菓子も?」
「はい」
キラが恐る恐る尋ねる。
「どうしてですか?」
ログナーはキラを見た。
「キラ殿」
「はい」
「その疑問も通行止めです」
「また僕にも!?」
ラクスがくすりと笑った。
「キラ。そこは察して差し上げましょう」
「……そうする」
ソープは少し残念そうにした。
「ラキシスが選ぶと、いいものになると思うんだけど」
ログナーは静かに言った。
「いいものになるでしょう」
「じゃあ」
「ただし、関連支出が増えます」
ソープは黙った。
キラも黙った。
ラクスは微笑みだけを保った。
Xiは笑った。
「姫様、食べる方にも参加しそうだしね」
ログナーがXiを見た。
「その発言は通行止めだ」
「まだ具体的なことは言ってないよ」
「具体的に言う前に止めている」
「徹底してるなあ」
「陛下の心の平穏のためだ」
ソープは不思議そうに首を傾げた。
「最近、僕の周りの道、だいぶ通行止めじゃない?」
ログナーは即答した。
「安全確保です」
「僕の?」
「主に、陛下の心の」
ラクスは、すえぞうぬいぐるみを机に戻した。
「では、現時点での採用候補をまとめましょう」
ログナーが資料を開く。
「採用候補。星団銘菓。すえぞうぬいぐるみ。すえぞう柄ハンカチ、タオル。すえぞう柄文房具」
キラは頷いた。
「そのあたりなら、かなり平和的ですね」
「保留。血の十字架入り文房具、日用品。LEDミラージュ剣材カトラリー」
「保留に残るんですね……」
「通行止め。バスター砲、モーターヘッド本体、イレーザーエンジン、ラキシス様監修フローズンヨーグルト関連、Xiによる非正規販売ルート」
Xiが手を上げた。
「最後の、僕だけ名指し?」
「当然だ」
「まだルート作ってないよ」
「作る顔だ」
「顔で通行止めにされるの、だいぶ厳しくない?」
「お前に関しては、顔で足りないくらいだ」
キラは疲れたように笑った。
「でも、方向性は見えてきましたね」
ラクスも頷く。
「ええ。星団銘菓とすえぞう関連グッズを中心に、まずは小規模な文化交流として始めるのがよろしいかと」
ソープは少し考えた。
「じゃあ、すえぞうぬいぐるみの限定版は?」
キラは警戒した。
「どんな限定版ですか?」
「鳴き声が増える」
「それはいいと思います」
「“もっとはらへった!”とか」
キラは黙った。
ラクスは少し笑った。
Xiは吹き出した。
ログナーは目を閉じた。
「陛下」
「何?」
「それは、購買者の食費を増やす恐れがあります」
「そうかな?」
「少なくとも、ラキシス様のお近くには置かない方がよいでしょう」
「どうして?」
「その疑問は通行止めです」
ソープはまた困ったように笑った。
キラはすえぞうぬいぐるみを見た。
血の十字架入りボールペンを見た。
LEDミラージュ剣材カトラリーを見た。
星団銘菓を見た。
そして、深く息を吐いた。
「平和的な交易って、難しいですね」
ラクスは優雅に紅茶を口へ運んだ。
「ですが、少しずつ形になってきましたわ」
Xiは、いつの間にか星団銘菓を一つ手に持っていた。
ログナーが無言で手を差し出す。
「返せ」
「まだ食べてないよ」
「食べる前に取り上げるから管理と言うんだ」
「僕、外注候補なのに扱いひどくない?」
「外注候補が会議中の商品サンプルに手を出すな」
「味見だよ」
「窃盗だ」
ソープは楽しそうに笑った。
「賑やかでいいね」
キラは小声で言った。
「賑やかの方向性がだいぶ危険ですけどね……」
その時、すえぞうぬいぐるみが、誰も押していないのに小さく鳴った。
『はらへった!』
全員が一瞬、黙った。
ソープが目を輝かせる。
「自動音声機能もいいね」
キラは即答した。
「それは切れるようにしてください」
ログナーは資料に書き込む。
「自動音声機能。初期設定オフ」
ラクスは微笑んだ。
「それなら安心ですわ」
Xiが言った。
「でも、夜中に急に鳴ったら面白いよね」
ログナーがXiを見た。
「お前が仕込む経路は通行止めだ」
「まだ何もしてないのに」
「する顔だ」
カフェテラスには、穏やかな風が吹いていた。
机の上には、星団銘菓。
すえぞうぬいぐるみ。
血の十字架入り日用品。
折れないカトラリー。
そして、通行止めの文字が増えていく会議資料。
交易会議第二回。
結論。
星団銘菓とすえぞうグッズは、有望。
ミラージュ騎士団支給品は、品質は極めて高い。
ただし。
血の十字架は、コンパス備品に向かない。
少なくとも、キラ・ヤマトの胃には向かなかった。