守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
いつものカフェテラス。
前回の交易会議により、AKDの地球圏向け輸出品は、
ようやく平和的な方向へまとまりつつあった。
星団銘菓。
すえぞうぬいぐるみ。
すえぞう柄ハンカチ。
すえぞう柄タオル。
すえぞう柄文房具。
一部保留として、ミラージュ騎士団支給品の高品質日用品。
そして、展示用としてなら可能性のある、LEDミラージュ剣材カトラリー。
少なくとも、バスター砲を現金化しようとしていた前回よりは、かなり健全である。
たぶん。
「でもさ」
机の端で、すえぞうぬいぐるみを指先で揺らしながら、Xiが言った。
「販路は広い方がいいよね」
キラ・ヤマトは、すでに嫌な予感がしていた。
「あなたがそう言うと、少し警戒したくなるんですが」
「ひどいなあ。僕、ちゃんと商売の話をしてるよ?」
Xiは笑顔だった。
笑顔だったが、キラはもう、その笑顔をあまり信用していない。
ログナー司令が淡々と言った。
「お前の商売は、しばしば窃盗と隣接している」
「隣接してるだけだよ」
「越境するだろうが」
「たまにね」
「認めるな」
ラクス・クラインは、穏やかに紅茶を置いた。
「けれど、販路を広げるという考え自体は悪くありませんわ。外貨獲得が目的でしたら、コンパスだけに限る必要はないかもしれません」
ソープは頷いた。
「そうだね。コンパスに全部買ってもらうのも、悪いし」
キラは小さく息を吐いた。
「その感覚があるなら、最初からバスター砲を提案しないでください」
「もう提案してないよ」
「前回しました」
「過去の話だね」
「そんなに古くないです」
ソープは少し考え込んだ。
「コンパス以外で、地球圏に販路を持っていて、星団の品物を扱えそうな相手か……」
Xiが、にこりと笑った。
「例えば……スピードワゴン財団とか?」
その名前を聞いて、キラとラクスが顔を上げた。
「スピードワゴン財団ですか」
ラクスが言った。
「たしか、空条承太郎様に関わりのある組織ですわね」
ソープは、ぽんと手を打った。
「承太郎くんか。そういえば、以前少し手伝ったことがあったね」
ログナーは資料をめくった。
「承太郎殿の所有していた二輪車を、陛下が修理されています」
「そうそう」
ソープは穏やかに笑った。
「承太郎くん、あの時、借りはできた、みたいな顔をしてたし」
キラは小声で言った。
「顔でわかるんですか……」
ログナーが答えた。
「承太郎殿の場合、言葉数が少ないので、顔と態度で読むしかありません」
「それはそれで難しそうですね」
Xiは楽しそうに続けた。
「財団なら、星団銘菓も、すえぞうグッズも、職員向け福利厚生とか、研究施設の売店とか、使い道ありそうだよね」
ログナーはXiを見た。
「お前はなぜ、財団の施設運用に詳しそうな顔をしている」
「また顔で判断してる」
「では質問を変える。スピードワゴン財団の倉庫や研究施設の配置を、すでに調べていないだろうな」
Xiは笑った。
「……」
「黙るな」
キラは額を押さえた。
「やっぱり嫌な予感が当たった……」
ラクスは苦笑しながらも、話を戻した。
「ですが、承太郎様にご相談するのは、よいかもしれませんわ」
「じゃあ、呼んでみようか」
ソープがそう言った、ちょうどその時だった。
「呼ぶ前から、だいたい嫌な予感はしていたぜ」
低い声がした。
カフェテラスの入り口に、空条承太郎が立っていた。
帽子のつばに手をやり、いつものように無愛想な顔をしている。
ただし、その視線は机の上に並んだ品々を一通り確認していた。
星団銘菓。
すえぞうぬいぐるみ。
すえぞう柄タオル。
血の十字架入りボールペン。
LEDミラージュ剣材カトラリー。
そして、なぜか資料の端に残っている「バスター砲 参考資料」の文字。
承太郎は無言で、その紙だけを裏返した。
「やれやれだぜ」
キラが即座に言った。
「その反応、すごく正しいと思います」
ソープは嬉しそうに手を振った。
「承太郎くん、ちょうどよかった」
「よくねぇ」
「少し相談があって」
「だろうな」
承太郎は椅子に腰を下ろした。
ラクスが丁寧に会釈する。
「承太郎様。お久しぶりですわ」
「ああ」
キラも軽く頭を下げた。
「お久しぶりです」
Xiは手を振った。
「やあ、承太郎さん」
承太郎はXiを見た。
「てめーはまた何かやる気だな」
「挨拶がひどいなあ」
「当たってるだろうが」
ログナーが静かに頷いた。
「珍しく、私と同意見です」
「珍しく、は余計だ」
承太郎は机の上の品物へ視線を落とした。
「で、何を財団に押し込む気だ」
「押し込むだなんて」
ソープは少しだけ困ったように笑った。
「今回は、ちゃんと平和的な交易品だよ」
キラが小さく言った。
「今回は、というところに全てが出ていますね」
ソープは星団銘菓の箱を開けた。
「まずは、これ。星団銘菓」
承太郎は中身を見た。
美しく包装された菓子。
見た目も香りも良い。
妙な危険性はなさそうだった。
「……これは普通だな」
キラがほっとした。
「そうですよね」
ログナーが頷く。
「保存性、輸送性、話題性ともに良好です。財団職員向け、来客用、式典用としても使えるかと」
承太郎は箱を一つ手に取り、裏面の表示を見た。
「変な効能はねぇだろうな」
ソープは首を傾げた。
「変な効能?」
「食ったら体が光るとか、眠らなくなるとか、そういうやつだ」
「普通のお菓子だよ」
キラが念を押した。
「本当に普通ですよね?」
ソープは笑った。
「たぶん」
「たぶん!?」
ラクスが穏やかに言った。
「まずは少量から、試験的に導入するのがよろしいかもしれませんわね」
承太郎は頷いた。
「それなら話は通せる」
ソープの顔が明るくなった。
「ありがとう」
「借りは借りだからな」
承太郎は帽子のつばを押さえた。
「あのバイクの件は、忘れちゃいねぇ」
ソープは嬉しそうに微笑んだ。
「助かるよ」
ログナーが静かに言った。
「古い借りは通行可、ということですね」
Xiが笑った。
「いいね。ログナーさんの検問、たまに通れるんだ」
ログナーはXiを見た。
「お前は別だ」
「僕の借りは?」
「借りる前に盗るだろうが」
「信用ないなあ」
「信用を盗んだ覚えはないか」
「それは盗れないね」
「だから無い」
次に、ソープはすえぞうぬいぐるみを手に取った。
「それから、これ」
承太郎はぬいぐるみを見た。
長い尾。
丸い体。
つぶらな目。
妙に愛嬌がある。
「……何だ、これは」
「すえぞう」
ソープが腹を押した。
『はらへった!』
ぬいぐるみが鳴いた。
承太郎は黙った。
キラも黙った。
ラクスは微笑んだ。
Xiは笑っている。
ログナーは資料に目を落としている。
ソープがもう一度押した。
『うっす!』
承太郎は数秒沈黙し、それから低く言った。
「……財団の職員には、こういうのが好きな奴もいるだろうな」
ソープはぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ」
「菓子とぬいぐるみなら、話は通す」
キラは心から安堵した。
「よかった……」
ラクスも嬉しそうに頷く。
「子どもたちへの寄贈品としても喜ばれそうですわ」
「ただし」
承太郎はぬいぐるみを指差した。
「夜中に勝手に鳴る機能は付けるな」
キラが強く頷いた。
「本当にそれです」
ソープは少し残念そうにした。
「自動音声、面白いと思ったんだけど」
「やめろ」
ログナーも資料に書き込む。
「自動音声機能、初期設定オフ。承太郎殿の意見と一致」
Xiが言った。
「夜中に研究施設で“はらへった!”って鳴ったら面白そうだけどね」
承太郎とログナーが同時に言った。
「「やめろ」」
Xiは目を丸くした。
「意見合いすぎじゃない?」
キラが小声で言った。
「これは合いますよ……」
ソープは次に、ハンカチとタオルを取り出した。
「日用品もあるよ。ハンカチ、タオル、メモ帳、マグカップ」
承太郎は一枚、ハンカチを手に取った。
手触りは良い。
縫製も良い。
上質だった。
とても上質だった。
ただし中央に、赤い血の十字架が大きく入っていた。
承太郎は無言でハンカチを戻した。
「柄を変えろ」
キラが力強く頷いた。
「本当にそれです」
ソープは不思議そうだった。
「品質はいいでしょ?」
「品質はいい」
承太郎は言った。
「だが、財団の売店にこれを並べると、別の組織に見える」
ラクスは上品に微笑んだ。
「意匠が、少し力強すぎますわね」
ログナーは頷いた。
「ミラージュ騎士団支給品ですので」
キラが言った。
「そこを直しましょう」
ソープは考えた。
「じゃあ、すえぞう柄にする?」
承太郎は短く答えた。
「そっちにしろ」
キラも頷く。
「そっちにしてください」
ラクスも微笑んだ。
「ええ。すえぞう柄でしたら、柔らかい印象になりますわ」
Xiがハンカチを持ち上げた。
「でも、血の十字架入りも限定版なら高く売れるんじゃない?」
ログナーが即座に奪い取る。
「お前は限定版という言葉で治安を悪化させるな」
「商売の話だよ」
「転売の匂いがする」
「鼻がいいね」
「お前が臭う」
「ひどいなあ」
続いて、ソープは銀色のカトラリーセットを承太郎に見せた。
「これはどうかな。LEDミラージュの剣と同じ素材で作ったカトラリー」
承太郎は黙った。
キラは身構えた。
ラクスは興味深そうに眺めた。
Xiはすでにフォークを一本持っていた。
ログナーの手が伸びる。
「返せ」
「まだ使ってないよ」
「使う前に取り上げるから管理と言うんだ」
承太郎はカトラリーを一本手に取り、重さを確かめた。
「……丈夫そうだな」
ソープは嬉しそうに言った。
「普段使いしている分には、まず折れないよ」
キラが言った。
「普段使いの定義を確認したいです」
ログナーが説明する。
「肉、魚、野菜、硬いパン、骨、装甲板程度なら問題なく切れます」
承太郎はカトラリーを置いた。
「食器として売れ」
ソープは頷いた。
「食器だよ?」
「違う。食器として売れ。工具や武器や研究対象として売るな」
キラが小さく拍手した。
「すごく的確です」
ラクスは微笑んだ。
「展示品や高級記念品としてなら、財団でも興味を持たれるかもしれませんわね」
承太郎は少し考えた。
「少数ならな。大量に流すな」
「どうして?」
ソープが聞く。
承太郎は短く答えた。
「ろくでもねぇ使い方をする奴が出る」
全員の視線が、自然とXiに向いた。
Xiはにこにこしていた。
「僕?」
ログナーが言った。
「代表例だ」
「まだ何もしてないよ」
「する顔だ」
承太郎はXiを見た。
「てめーには売るな」
「ひどいなあ。僕、支給されてるのに」
ログナーが即座に言った。
「支給したのは、管理下に置くためだ」
「便利だから?」
「危険だからだ」
「似たようなものじゃない?」
「違う」
キラは疲れたように言った。
「カトラリー一つで、こんなに会議が長引くとは思いませんでした」
承太郎は、机の端に裏返された資料をちらりと見た。
「で」
低い声だった。
「これは何だ」
ソープは視線を逸らした。
「参考資料」
「バスター砲と書いてあるな」
キラが即座に言った。
「買いません!」
承太郎も即座に言った。
「財団も買わねぇ」
「研究資料としてなら」
「ダメだ」
「展示用なら」
「ダメだ」
「模型なら?」
承太郎は一拍置いた。
「動かねぇなら考える」
キラが叫んだ。
「考えないでください!」
ラクスがくすりと笑う。
「模型でも、ソープ様が作られると少々不安ですわね」
ログナーが頷いた。
「陛下の模型は、しばしば模型の範囲を逸脱します」
「ひどいなあ」
ソープは少し不満そうだった。
「動いた方が面白いのに」
承太郎は帽子のつばを押さえた。
「やれやれだぜ」
そして、机の上の交易品をもう一度見渡した。
「菓子。ぬいぐるみ。すえぞう柄の日用品。この三つは、財団に話を通してやる」
ソープは嬉しそうに頷いた。
「ありがとう、承太郎くん」
「カトラリーは、少数の展示用か研究用に限る。血の十字架入りは柄を変えろ。バスター砲は論外だ」
キラは深く頷いた。
「完璧な判断です」
ラクスも微笑む。
「たいへん助かりますわ」
ログナーは資料に書き込んだ。
「スピードワゴン財団向け販路。星団銘菓、すえぞうグッズ、すえぞう柄日用品。
承太郎殿の仲介により通行可」
Xiがひょいと覗き込む。
「僕の財団施設見学は?」
承太郎が言った。
「不可だ」
ログナーも言った。
「通行止めだ」
Xiは肩をすくめた。
「二重封鎖かあ」
「当然だ」
「当然だな」
承太郎とログナーの声が、また重なった。
キラは思わず笑った。
「そこは本当に相性いいですね」
承太郎は不機嫌そうにした。
「冗談じゃあねぇ」
ログナーも無表情で言った。
「同感です」
Xiは楽しそうに笑っている。
「でも、販路は広がったね」
ソープは頷いた。
「うん。これで外貨獲得も少し安心かな」
ラクスは優雅に紅茶を口に運んだ。
「よい形で文化交流が進みそうですわ」
キラも、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
「少なくとも、バスター砲よりはずっといいです」
すえぞうぬいぐるみが、机の上で小さく鳴った。
『はらへった!』
承太郎はぬいぐるみを見た。
「……本当に売れるのか、これ」
ラクスが微笑んだ。
「売れると思いますわ」
ソープも嬉しそうだった。
「かわいいでしょ?」
Xiが言った。
「限定版、作る?」
キラが即座に言った。
「血の十字架入りはやめてください」
ログナーが資料に書き込む。
「限定版の意匠は要審査」
承太郎が言った。
「変な機能も付けるな」
ソープは少し考えた。
「“もっとはらへった!”は?」
「やめろ」
「やめてください」
「通行止めです」
承太郎、キラ、ログナーの声が、今度は三つ重なった。
ソープは困ったように笑った。
「人気出ると思うんだけどなあ」
ラクスはくすりと笑った。
「まずは通常版から、ですわね」
交易会議第三回。
結論。
スピードワゴン財団への販路は、空条承太郎の仲介により開通。
星団銘菓とすえぞうグッズは有望。
すえぞう柄日用品も通行可。
LEDミラージュ剣材カトラリーは、少数限定で要検討。
血の十字架入り支給品は、意匠変更。
バスター砲は、引き続き全面通行止め。
そして、Xiの財団施設見学も、当然ながら通行止めである。
承太郎は席を立つと、ソープへ短く言った。
「借りは返す。だが、面倒ごとは増やすな」
ソープは笑った。
「できるだけ気をつけるよ」
キラは小声で言った。
「できるだけなんだ……」
ログナーが資料を閉じる。
「陛下の場合、古い借りは通行可でしたが、新しい問題の発生経路はまだ封鎖が必要です」
Xiが笑った。
「じゃあ次は、どの道を開ける?」
ログナーはXiを見た。
「お前の道は、しばらく全て通行止めだ」
「ひどいなあ」
承太郎は帽子のつばを押さえ、低く呟いた。
「やれやれだぜ」
その声は呆れていた。
だが、机の上のすえぞうぬいぐるみを見た時だけ、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
『うっす!』
ぬいぐるみが鳴いた。
承太郎は、何も言わなかった。