守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
そこは、豆の種類が多いことで知られる喫茶店だった。
壁際には、産地ごとに分けられたコーヒー豆の瓶が並び、店内には静かな香りが満ちている。
いつものカフェテラスよりも落ち着いていて、声を張るのが少しためらわれるような空気。
だからこそ、今日の話には向いていた。
陛下には、まだ聞かせられない話である。
席に座っているのは、ラキシス。
ログナー司令。
Xi。
そして、ファティマ・バクスチュアル。
少人数だった。
少人数にした。
少なくとも、ログナーはそのつもりだった。
「ログナー。こちらでよろしかったの?」
ラキシスは、静かにカップを置いた。
その所作はいつも通り優雅で、店内の落ち着いた空気にもよく馴染んでいる。
ログナーは丁寧に頭を下げた。
「はい、姫様。本日の話には、このくらい静かな場所が適切かと」
Xiが、メニューをぱらぱらとめくりながら笑った。
「陛下に聞かれたくない話だもんね」
ログナーはXiを見た。
「お前は言い方を選べ」
「選んでるよ。だいぶ柔らかくした」
「ならば、さらに柔らかくして黙れ」
「ひどいなあ」
バクスチュアルは、カップから立ちのぼる湯気をじっと見ていた。
「コノ……カオリ……」
Xiが少しだけ目を細める。
「前にも来た店だよ。覚えてる?」
バクスチュアルは、ほんのわずかに頷いた。
「忘レナイ……ト……思ッタ、場所」
ラキシスは優しく微笑んだ。
「バクスチュアル姉様」
バクスチュアルはラキシスを見た。
「ラキシス。コーヒーノ香リハ、不思議デス」
「ええ。わたくしも、そう思いますわ」
ログナーは軽く咳払いをした。
ここで空気に流されるわけにはいかない。
本題は、香りの話ではない。
少なくとも、建前上は。
「姫様。本日は、先日より進めておりました地球圏向け交易計画の結果報告です」
「ええ。伺います」
ラキシスは穏やかに言った。
ログナーは資料を開いた。
「星団銘菓、すえぞう関連商品、すえぞう柄日用品、LEDミラージュ模型。これらについて、コンパスおよびスピードワゴン財団方面で、おおむね販路確保の見込みが立ちました」
「まあ。それは良かったです」
「特に、すえぞう関連商品は反応が良好です。サンダードラゴンによる監修も通りましたので、商品としての筋も通っています」
Xiがにやにやした。
「つまり、すえぞうが外貨を稼ぐ時代だね」
ログナーは言った。
「言い方を選べ」
「“星団最強存在の幼体による国際的キャラクター展開”?」
「もっと悪い」
バクスチュアルが、静かにXiを見る。
「Xi。軽イデス」
「バクスチュアルまで?」
「事実デス」
Xiは肩をすくめた。
「今日、味方が少ないなあ」
「普段から多くない」
ログナーが淡々と言った。
ラキシスは、楽しそうに口元へ手を添えた。
「それで、交易はうまく行きそうなのですね」
「はい」
ログナーは頷いた。
「少なくとも、当初案であったバスター砲の現金化よりは、はるかに健全です」
「ソープ様らしいですこと」
「陛下の発想としては純粋なのですが、地球圏の各組織には刺激が強すぎます」
Xiが笑った。
「バスター砲、売れたら一発で外貨獲得できたのにね」
ログナーは視線だけを向けた。
「その販路は、永久に通行止めだ」
「永久なんだ」
「永久だ」
バクスチュアルが静かに言った。
「兵器ヲ売ルヨリ、菓子ト、すえぞうノ方ガ、ヨイデス」
「正論だね」
Xiが言う。
「バクスチュアルは、最近すごく正論を言う」
「最近デハ、アリマセン」
バクスチュアルは淡々と返した。
「Xiガ、正論ヲ避ケテイルダケデス」
ログナーが資料から顔を上げた。
「バクスチュアル。実に的確だ」
「ログナー司令。私ハ、見タママヲ、言ッタダケデス」
「それが一番刺さる」
Xiは少しだけ笑った。
「二人とも、僕を会議の議題にしないでほしいなあ」
「お前は隙あらば議題になる」
「扱いがひどい」
「扱いに見合う行動をしている」
ラキシスは、静かにコーヒーを一口飲んだ。
そして、ログナーを見た。
「それで、ログナー」
「はい」
「本題は、交易の報告だけではありませんね?」
ログナーは、ほんの一瞬だけ沈黙した。
さすが姫様。
と言うべきか。
この場を用意した時点で、察されていたのだろう。
「はい、姫様」
ログナーは資料を閉じた。
「交易の成功により、今後の外貨収入には一定の見込みが立ちました」
「ええ」
「したがって、今後の……その」
ログナーは言葉を選んだ。
非常に選んだ。
「地球圏における食べ歩き費用につきましても、ある程度は対応可能かと」
ラキシスの表情が、ほんの少しだけ明るくなった。
「まあ」
Xiが小声で言った。
「姫様、今ちょっと嬉しそう」
「黙れ」
ログナーが即座に言った。
バクスチュアルも続けた。
「黙ルノガ、ヨイデス」
「二人から?」
Xiは楽しそうだった。
ラキシスは、口元に手を当てて微笑んでいる。
「それでは、また弥子さんや
すえぞうとご一緒できますわね」
「はい。可能です」
ログナーは、深く一礼した。
「ただし、姫様」
「何かしら?」
「可能であれば……加減をお願いいたします」
空気が止まった。
店内の時計の音が、やけに大きく聞こえた。
Xiが、肩を震わせている。
バクスチュアルは無表情のまま、ログナーを見ている。
ラキシスは、静かに目を瞬かせた。
「加減、ですの?」
「はい」
ログナーは真剣だった。
「陛下の心の平穏、店主殿の食材庫、そして交易事業の継続性のためです」
「そんなに食べていましたかしら」
Xiが口を開きかけた。
ログナーが即座に言った。
「その証言は通行止めだ」
「まだ何も言ってないよ」
「言う顔だ」
「出してるんだよ」
「なお悪い」
バクスチュアルが、Xiを見た。
「Xi。顔ニ出スナラ、黙ル意味ガ、アリマセン」
「バクスチュアル、今日は本当に厳しいね」
「ラキシスノ前デス。言葉ハ、選ブベキデス」
ラキシスは微笑んだ。
「バクスチュアル姉様は、お優しいのですね」
バクスチュアルは少しだけ首を傾けた。
「ラキシス。優シイカハ、ワカリマセン」
「いいえ。お優しいです」
「……ソウ、デスカ」
ほんのわずかに、バクスチュアルの表情が揺れた。
Xiはその横顔を見て、少しだけ笑った。
ログナーは見逃さなかった。
「Xi」
「まだ何もしてないよ」
「余計なことを言う前に釘を刺している」
「バレてるなあ」
「顔に出すからだ」
「出してるんだよ」
「なお悪い」
ラキシスはカップを置いた。
「けれど、ログナー。ソープ様には、やはり内緒ですのね」
「はい」
ログナーは即答した。
「少なくとも、詳細な皿数、追加注文数、フローズンヨーグルトの数量、ならびにトニオ殿の翌営業日への影響については」
Xiが笑った。
「それ、ほぼ全部じゃない?」
「お前は黙れ」
バクスチュアルが静かに続けた。
「ラキシス」
「はい、バクスチュアル姉様」
「秘密ハ、悪イモノデハ、アリマセン」
「まあ」
「ダガ、秘密ガ増エスギルト、ログナー司令ノ仕事ガ、増エマス」
ログナーは一瞬だけ沈黙した。
「……正確だ」
ラキシスは、申し訳なさそうにログナーを見た。
「ログナー。ご迷惑をおかけしましたのね」
ログナーは即座に頭を下げた。
「迷惑などではございません、姫様。職務です」
Xiが言った。
「職務って便利だね」
「お前の面倒を見ることも、職務に含まれつつある。極めて遺憾だが」
「まだ正式契約してないよ」
「だからこそ面倒なんだ」
バクスチュアルがXiを見る。
「Xi。短期契約デモ、仕事ハ仕事デス」
「バクスチュアルまでログナーさん側?」
「必要ナ時ハ、ソチラ側デス」
「必要ない時は?」
「Xiノ隣デス」
Xiは少しだけ黙った。
そして、照れ隠しのように笑った。
「そっか」
ラキシスは、そのやり取りを見て優しく微笑んだ。
「お二人は、仲がよろしいのですね」
Xiは即答した。
「いいよ」
バクスチュアルも静かに答えた。
「悪クハ、アリマセン」
ログナーは資料を閉じた。
「話を戻します」
「逃げた」
Xiが言った。
「お前が逸らした」
ログナーはラキシスへ向き直る。
「姫様。交易の成功により、今後も食べ歩きそのものは通行可です」
「通行可」
ラキシスは少し楽しそうに繰り返した。
「ですが、可能であれば、
一店舗あたりの注文量を少し抑えていただけますと、非常に助かります」
「少し、ですのね」
「はい。少しで結構です」
Xiが小声で言った。
「本当に少しで足りるのかな」
「黙れ」
ラキシスは、少し考えた。
「では、次回は前菜を一周減らしますわ」
ログナーは黙った。
Xiは肩を震わせた。
バクスチュアルは、静かに言った。
「ラキシス」
「何かしら、バクスチュアル姉様」
「ソレハ、加減ト呼ブニハ、弱イデス」
ログナーは深く頷いた。
「バクスチュアル。今日ほどお前を頼もしく思ったことはない」
Xiが言った。
「僕は?」
「お前は黙っていろ」
「ひどいなあ」
ラキシスは、少しだけ困ったように微笑んだ。
「では、デザートのおかわりを一度だけ減らすというのは?」
ログナーは慎重に言った。
「大きな前進です」
Xiが吹き出した。
「それで大きな前進なんだ」
「黙れと言ったはずだ」
バクスチュアルが言う。
「ラキシス。弥子ト、すえぞうガ、一緒ノ時ハ、特ニ注意デス」
「ええ。あのお二人とご一緒すると、とても楽しくて」
「楽シイノハ、ヨイコトデス」
バクスチュアルは、ゆっくりと言った。
「ダガ、楽シイ時ホド、食ベル量ハ、増エマス」
ラキシスは少しだけ目を丸くした。
「バクスチュアル姉様は、よくご覧になっているのですね」
「私ハ……見ルコトガ、多イデス」
バクスチュアルは、自分のカップを見た。
「食ベル者。笑ウ者。困ル者。黙ッテ支払ウ者」
ログナーが静かに言った。
「最後は私ですね」
「ハイ」
「否定できない」
Xiが楽しそうに言った。
「黙って支払う者、かっこいいね」
「お前が請求書を増やす側でなければな」
「僕は食材庫の鍵を複製しようとしただけだよ」
「だけ、ではない」
バクスチュアルが静かに言った。
「Xi。鍵ハ、返シナサイ」
「もう返したよ」
「複製ハ?」
Xiは笑った。
「……」
「Xi」
バクスチュアルの声が、少しだけ低くなった。
Xiは肩をすくめた。
「わかった。あとで渡す」
ログナーの目が細くなった。
「やはり残していたか」
「使ってないよ」
「使う前に取り上げるから管理と言うんだ」
「みんな同じこと言うなあ」
ラキシスは、可笑しそうに微笑んだ。
「ログナー。費用の件は、わたくしも気をつけます」
「ありがとうございます、姫様」
「ただ」
ログナーの背筋が、わずかに伸びた。
「ただ?」
「おいしいものを、皆でいただく時間は、とても大切ですわ」
「はい」
「弥子さんも、すえぞうも、とても嬉しそうに召し上がります。
わたくし、そのお顔を見ていると、つい」
ラキシスは、少しだけ目を伏せた。
「もう少しだけ、と」
ログナーは沈黙した。
Xiも、珍しく茶化さなかった。
バクスチュアルが、ラキシスを見た。
「ラキシス」
「はい」
「ソレハ、悪イコトデハ、アリマセン」
バクスチュアルは言った。
「食事ハ、身体ヲ満タシマス。ダガ、時ニ、心モ満タシマス」
ラキシスは静かに微笑んだ。
「ええ」
「ダカラ、全部ヲ止メル必要ハ、アリマセン」
ログナーは頷いた。
「私も、そこまで申し上げるつもりはありません」
Xiがにやりとした。
「じゃあ、食べ歩きは通行可?」
ログナーは答えた。
「通行可だ」
ラキシスの表情が、ほんの少し明るくなる。
ログナーは続けた。
「ただし、暴走は通行止めです」
Xiが笑った。
「結局そこに戻るんだ」
「当然だ」
バクスチュアルは、カップを両手で包むように持った。
「ラキシス。次ハ、食ベル前ニ、少シ考エル。ソレデ、十分デス」
「少し考える」
「ハイ」
「それなら、できそうですわ」
ログナーは深く一礼した。
「姫様。そのお言葉だけで、かなりの前進です」
Xiが言った。
「ログナーさん、今日ずっと前進してるね」
「ようやく道が開きかけている」
「通行可?」
「条件付きでな」
ラキシスは微笑んだ。
「では、次の食べ歩きは、条件付きで通行可ですわね」
「はい」
ログナーは答えた。
「ただし、陛下への詳細報告は引き続き通行止めです」
「ソープ様には、秘密」
「陛下の心の平穏のためです」
ラキシスは、少しだけ楽しそうに笑った。
「では、これはわたくしたちだけの秘密ですわね」
Xiが指を立てた。
「秘密が増えたね」
ログナーが言う。
「増やすな」
バクスチュアルが静かに言った。
「秘密ハ、扱イ方ガ、大事デス」
「重いね」
「軽ク扱ウ者ガ、近クニ、イマス」
Xiは自分を指差した。
「僕?」
「ハイ」
「即答だ」
ログナーは資料を片付けた。
「本日の結論をまとめます」
ラキシスは頷く。
「お願いしますわ」
「第一。交易計画はおおむね成功。今後の外貨収入により、食べ歩き費用は一定範囲で確保可能」
「ええ」
「第二。ラキシス様の食べ歩きは通行可。ただし、注文量については可能な範囲で加減をお願いする」
「努力いたしますわ」
「第三。陛下への詳細報告は通行止め」
「はい」
「第四。Xiによる食材庫の鍵の複製、抜け道、余計な販路、証言の横流しはすべて通行止め」
「僕だけ項目が多いなあ」
「第五。バクスチュアルは、引き続きXiの監視補助を期待する」
バクスチュアルは静かに頷いた。
「承知シマシタ」
Xiが言った。
「補助じゃなくて味方じゃないの?」
「味方デス」
バクスチュアルはXiを見る。
「ダカラ、止メマス」
Xiは、少しだけ黙った。
それから、笑った。
「それなら仕方ないね」
店内には、コーヒーの香りが静かに満ちていた。
ラキシスはカップを持ち上げる。
「ログナー。ご報告、ありがとう」
「恐れ入ります、姫様」
「バクスチュアル姉様も、ありがとうございます」
バクスチュアルは静かに答えた。
「ラキシスガ、楽シイナラ、ヨイデス」
「ええ。とても」
Xiはメニューを閉じた。
「じゃあ、今日は何か食べる?」
ログナーの目が鋭くなった。
「Xi」
「軽食だよ。軽食」
「その軽食がどこまで軽いかが問題だ」
ラキシスは楽しそうに言った。
「では、今日は控えめに」
ログナーは慎重に聞いた。
「姫様の“控えめ”とは」
ラキシスは少し考えた。
「ケーキを一つ」
ログナーは、わずかに安堵した。
「通行可です」
ラキシスは続けた。
「四人で、それぞれ一つずつ」
「通行可です」
Xiがにやにやした。
「追加は?」
ログナーが即座に言った。
「通行止めだ」
バクスチュアルが静かに言う。
「今日ハ、一ツデス」
ラキシスは微笑んだ。
「はい、バクスチュアル姉様」
しばらくして、四つのケーキが運ばれてきた。
ラキシスは上品に。
バクスチュアルは少し不思議そうに。
Xiは面白がるように。
ログナーは、ようやく肩の力を少し抜いて。
それぞれ、静かに食べた。
追加注文はなかった。
その日、ログナーは確かに一つ、道が開いたと思った。
食べ歩きは通行可。
暴走は通行止め。
そして、陛下への報告も、今はまだ通行止めである。
コーヒーの香りの中で、ラキシスは小さく微笑んだ。
「おいしいですわね」
バクスチュアルが、ゆっくりと頷いた。
「ハイ。コノ味ハ……覚エテイマス」
Xiが言った。
「いい秘密だね」
ログナーは、珍しくそれを否定しなかった。
「今回に限ればな」
そして、誰もいない席の分だけ、ソープの心の平穏は守られた。