守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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アスラン・ザラは取材を止める

 いつものカフェテラス。

 

 昼下がりの光が、白いテーブルに落ちていた。

 

 人通りは多すぎず、少なすぎず。

 

 風は穏やかで、注文した紅茶の湯気が、かすかに揺れている。

 

 その席に座っていたのは、剣聖ダグラス・カイエン。

 

 そして、その傍らに控えるファティマ、アウクソーである。

 

 カイエンは、椅子に深く腰掛け、特に何をするでもなく、カップを眺めていた。

 

 アウクソーは、静かに向かいの皿へ視線を落としている。

 

 皿の上には、小さな焼き菓子が二つ。

 

「マスター。冷める前にどうぞ」

 

「わかってるヨ」

 

 カイエンは、焼き菓子を一つ摘んだ。

 

 食べる。

 

 少し黙る。

 

「……悪くねぇナ」

 

「では、もう一つも」

 

「急かすナ」

 

「急かしてはいません。観察しています」

 

「それを急かすって言うんだヨ」

 

 そんな、穏やかなようで穏やかではないような時間だった。

 

 そこへ、一人の青年が近づいてきた。

 

 アスラン・ザラである。

 

 アスランは、カイエンの席の前で立ち止まり、丁寧に頭を下げた。

 

「失礼します。ダグラス・カイエンさんですね」

 

 カイエンは目を上げた。

 

「そうだが。お前は?」

 

「アスラン・ザラです」

 

「ああ」

 

 カイエンは、少しだけ目を細めた。

 

「キラの友人です」

 

「ああ友達か」

 

「はい」

 

 アスランは、もう一度姿勢を正した。

 

「いつもキラがお世話になっています」

 

 カイエンは、一瞬だけ返答に困ったような顔をした。

 

「いや……どうってことはないヨ」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「マスター。こういう時は、もう少し丁寧にお返事を」

 

「してるだろ」

 

「今のは、照れ隠しが七割です」

 

「多いナ」

 

 アスランは少しだけ困ったように笑った。

 

「キラから、何度かお話は聞いています。カイエンさんには、いろいろと助けていただいたと」

 

「助けたってほどじゃねぇヨ。あいつが勝手に考えて、勝手に悩んで、勝手に少しマシな顔になっただけだ」

 

「それでも、ありがとうございます」

 

 アスランは真面目だった。

 

 あまりに真面目だった。

 

 カイエンは、その真面目さを見て、少し肩をすくめた。

 

「お前、肩に力入りすぎだナ」

 

「……よく言われます」

 

「だろうナ」

 

 アウクソーが小さく言った。

 

「マスター。初対面の方に、いきなり核心を突かないでください」

 

「突いたつもりはねぇヨ」

 

「突いています」

 

 アスランは、否定しなかった。

 

「たぶん、そう見えるんだと思います」

 

 カイエンはカップを置いた。

 

「真面目なのは悪くねぇ。けど、真面目すぎる奴は、面倒だ」

 

「それも、よく言われます」

 

「だろうナ」

 

「マスター」

 

 アウクソーが少しだけ咎めるように見た。

 

 カイエンは気にしなかった。

 

「座れヨ。立ったまま礼儀正しくされると、こっちが落ち着かねぇ」

 

「よろしいんですか」

 

「来たんだろ」

 

「はい。少し、お話をと思いまして」

 

 アスランは席についた。

 

 アウクソーが店員に視線を向け、紅茶を一つ追加した。

 

 その所作は自然だった。

 

 あまりに自然で、アスランは一瞬、戦場以外でこれほど隙のない動きを見るのは珍しいと思った。

 

 そして、同時に思った。

 

 この二人のいる席に、あの人が来たら危険だ。

 

 その予感は、数分後に的中した。

 

「奇遇だな」

 

 声がした。

 

 アスランは、反射的に振り向いた。

 

 岸辺露伴が立っていた。

 

 手にはスケッチブック。

 

 ポケットにはペン。

 

 表情は平静。

 

 しかし、目は完全に取材の目だった。

 

 アスランの警戒レベルが、即座に上がった。

 

「露伴先生」

 

「何だい、アスラン・ザラ。挨拶より先に警戒するのか」

 

「前例があります」

 

「失礼だな」

 

 カイエンは露伴を見て、口元を歪めた。

 

「また来たのか、漫画家」

 

「偶然だ」

 

 アウクソーが言った。

 

「露伴様。今回はお約束をしておりません」

 

「散歩の途中だ」

 

 アスランは露伴の手元を見た。

 

「そのスケッチブックは?」

 

「習慣だ」

 

「ペンは?」

 

「習慣だ」

 

「こちらを見た瞬間にページを開いたのは?」

 

「反射だ」

 

「取材ですね」

 

「君は本当に失礼だな」

 

 カイエンは少し笑った。

 

「お前、コイツ相手だと慣れてるナ」

 

「慣れたくはありませんでした」

 

 アスランは静かに言った。

 

「ですが、前回のトニオさんのお店での一件があります」

 

 露伴は眉をひそめた。

 

「あれは食事だ」

 

「食事中のキラとラクスを観察対象にしていました」

 

「漫画家が人間を観察するのは当然だ」

 

「限度があります」

 

「それを君が決めるのか?」

 

「今日に限っては、俺が止めます」

 

 カイエンが、面白そうに目を細めた。

 

「おお」

 

 アウクソーは、静かに頷いた。

 

「アスラン様の判断は妥当です」

 

 露伴はアウクソーを見た。

 

「君までそちら側か」

 

「こちら側です」

 

「即答だな」

 

「マスターを観察対象として扱われるのは困ります」

 

 カイエンはカップを持ち上げた。

 

「俺は別に、どうってことねぇけどナ」

 

「マスター」

 

 アウクソーの声が少し低くなった。

 

「露伴様の場合、“どうってことない”で済むとは限りません」

 

 アスランも頷いた。

 

「その通りです」

 

 露伴は不満そうに言った。

 

「まるで僕が危険人物みたいじゃあないか」

 

 アスランは答えた。

 

「少なくとも、取材対象の同意を得る前に内面へ踏み込もうとする点では危険です」

 

「踏み込むとは言っていない」

 

「では、はっきり確認します」

 

 アスランは露伴を正面から見た。

 

「ヘブンズ・ドアーの使用は全面禁止です」

 

 空気が、少しだけ止まった。

 

 カイエンは口笛を吹きそうな顔をした。

 

 アウクソーは当然のように頷いた。

 

 露伴は、明らかに不服そうだった。

 

「君に禁止される筋合いはない」

 

「あります」

 

「どこに」

 

「ここにいる方々への安全管理上の必要です」

 

「君はいつから警備担当になったんだ」

 

「前回からです」

 

 露伴は舌打ちした。

 

「警戒担当を自称するな」

 

「自称ではありません。必要に迫られています」

 

 カイエンが笑った。

 

「お前、面白ぇナ」

 

「面白くはありません」

 

「いや、面白ぇヨ。真面目に他人の取材を止めに来る奴なんて、そうはいねぇ」

 

「止める必要があるから止めています」

 

「だから面白ぇんだヨ」

 

 アスランは困ったように黙った。

 

 露伴は椅子を引いた。

 

「座っても?」

 

 アスランが即座に言った。

 

「取材しないなら」

 

「話を聞くだけだ」

 

「記録は?」

 

「必要ならする」

 

「許可制です」

 

「君は僕の編集者か?」

 

 背後から声がした。

 

「編集者ではありませんが、判断は近いと思います」

 

 泉京香ではない。

 

 アウクソーである。

 

 露伴は一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 カイエンが笑った。

 

「負けたナ、漫画家」

 

「負けていない」

 

「今のは負けだろ」

 

 露伴は、仕方なく椅子に座った。

 

 アスランは露伴の手元を見ている。

 

 露伴は不機嫌そうに言った。

 

「何だ」

 

「ペンを置いてください」

 

「置く必要はない」

 

「置いてください」

 

「メモも禁止か?」

 

「同意なしの人物記録は禁止です」

 

「横暴だな」

 

「前回の実績に基づく措置です」

 

 露伴は、しばらくアスランを睨んだ。

 

 アスランも視線を逸らさなかった。

 

 数秒後、露伴はペンをテーブルに置いた。

 

 カイエンが感心したように言った。

 

「お前、あの露伴にペン置かせたぞ」

 

「置かせたというか、置いていただきました」

 

「そこまで言葉選ぶか」

 

「選びます」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「アスラン様は、言葉を選びすぎる傾向があります」

 

「それも、よく言われます」

 

「本日三度目です」

 

「数えないでください」

 

 カイエンは楽しそうだった。

 

「で、アスラン。俺に何か用だったんだろ」

 

「はい」

 

 アスランは姿勢を正した。

 

「キラのことです」

 

 露伴の目が少しだけ動いた。

 

 アスランが即座に言った。

 

「露伴先生」

 

「まだ何も言っていない」

 

「今、キラの名前で反応しました」

 

「友人の名前が出れば反応くらいする」

 

「取材対象が増えた顔でした」

 

 カイエンが吹き出した。

 

「顔で止められてるじゃねぇか」

 

 露伴は不満そうに言った。

 

「君たちは最近、顔で決めつけすぎだ」

 

「顔に出ています」

 

「出していない」

 

「出ています」

 

 アウクソーが言った。

 

「出ています」

 

 露伴は黙った。

 

 アスランは話を戻した。

 

「キラは、あなた方と関わる中で、少し変わりました」

 

 カイエンは紅茶を飲んだ。

 

「悪い方にか?」

 

「いえ。たぶん、良い方にです」

 

「たぶん、か」

 

「キラは、何かを抱え込むところがあります。俺も人のことは言えませんが」

 

「だろうナ」

 

「マスター」

 

「いや、今のは本人も言っただろ」

 

 アスランは苦笑した。

 

「カイエンさんは、キラに何かを押しつけるわけではなく、ただ強い人としてそこにいてくれた。だから、キラも少し楽だったのかもしれません」

 

 カイエンは、少しだけ面倒くさそうに視線を逸らした。

 

「大げさだナ」

 

「大げさではありません」

 

「俺は、たいしたことはしてねぇヨ」

 

「それでも、ありがとうございます」

 

 アスランは、また頭を下げた。

 

 カイエンは、どうにも居心地が悪そうだった。

 

 アウクソーはその様子を見て、少しだけ柔らかく言った。

 

「マスター。お礼は受け取るべきです」

 

「わかってるヨ」

 

 カイエンは、少し間を置いてから言った。

 

「まあ、あいつは悪い奴じゃねぇ。強いし、脆い。変なところで諦めが悪い。だから、見てて退屈しねぇ」

 

 アスランは静かに頷いた。

 

「はい」

 

「お前も似たようなもんだがナ」

 

「俺がですか」

 

「お前も強い。で、面倒くせぇ」

 

 アスランは返答に困った。

 

 露伴が少し笑った。

 

「それは良い表現だな」

 

 アスランが即座に振り向いた。

 

「露伴先生」

 

「メモはしていない」

 

「記憶しましたね」

 

「人間は記憶するものだ」

 

「作品化は禁止です」

 

「君は本当に細かいな」

 

 カイエンはさらに笑った。

 

「お前、漫画家の天敵だナ」

 

「天敵になるつもりはありません」

 

「なってるヨ」

 

 アウクソーが言った。

 

「取材制御役としては、大変有効です」

 

「制御役……」

 

 アスランは少しだけ眉を寄せた。

 

「できれば、そういう役割は避けたいんですが」

 

「向いています」

 

「向いていたくありません」

 

 露伴が言った。

 

「まったくだ。向いているから困る」

 

 アスランは露伴を見た。

 

「困るのはこちらです」

 

「僕はまだ何もしていない」

 

「前回もそう言いました」

 

「そればかりだな」

 

「実績です」

 

 露伴は、ふとカイエンへ視線を向けた。

 

「しかし、せっかく君がいるんだ。ひとつくらい聞かせてくれてもいいだろう、剣聖」

 

 アスランの背筋がわずかに伸びた。

 

 カイエンは露伴を見た。

 

「何だヨ」

 

「君にとって、剣とは何だ?」

 

 アウクソーの表情がわずかに変わった。

 

 アスランも、露伴の方を見た。

 

 露伴は続ける。

 

「いや、もちろん取材ではない。雑談だ」

 

「その前置きがもう取材です」

 

 アスランが言った。

 

 露伴は苛立った。

 

「君は本当に話の腰を折るな」

 

「質問の刃先が内面に向いています」

 

「表現が物騒だな」

 

「物騒なのは質問です」

 

 カイエンは、二人のやり取りを眺めていた。

 

 そして、少しだけ口元を緩めた。

 

「別にいいヨ」

 

「マスター」

 

 アウクソーが止めようとした。

 

 カイエンは片手を上げた。

 

「答えたくないことは答えねぇ。読まれなきゃ、それでいい」

 

 アスランは露伴を見た。

 

「ヘブンズ・ドアーは禁止です」

 

「わかっている」

 

「本当に?」

 

「しつこい」

 

「確認です」

 

 露伴は両手を軽く上げた。

 

「使わない。これでいいか?」

 

「はい」

 

 カイエンは少し考えた。

 

「剣ってのはナ」

 

 露伴の目が鋭くなる。

 

 アスランもそれに気づく。

 

 だが、露伴はペンを取らない。

 

 取れない。

 

 アスランが見ているからだ。

 

「剣ってのは、便利な言葉だ」

 

 カイエンは言った。

 

「守るため、斬るため、誇るため、勝つため。いろんな理由をくっつけられる」

 

 アスランは黙って聞いていた。

 

「けど、結局は持った奴のもんだ。綺麗な理由をつけたところで、斬れば斬れる。殺せば死ぬ」

 

 露伴の表情が少しだけ変わった。

 

 アウクソーは、静かにカイエンを見ている。

 

「だから、剣を持つ奴は、自分が何をしてるか忘れちゃいけねぇ。忘れたら、ただの刃物だ」

 

 アスランは、少しだけ目を伏せた。

 

「……そうですね」

 

 カイエンはアスランを見た。

 

「お前は、忘れなさすぎる顔をしてる」

 

「忘れなさすぎる?」

 

「ああ。斬ったことも、止められなかったことも、選んだことも、全部持って歩いてる顔だ」

 

 アスランは何も言わなかった。

 

 露伴も、珍しく口を挟まなかった。

 

 カイエンは紅茶を飲んだ。

 

「重い荷物を持つのは勝手だが、持った荷物で自分を潰すなヨ」

 

 アスランは、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……カイエンさんも、そうだったんですか」

 

「さあナ」

 

 カイエンは笑った。

 

「俺の話は高いぞ」

 

 露伴が一瞬反応した。

 

 アスランが即座に言った。

 

「露伴先生」

 

「まだ何も言っていない!」

 

「今、“高いなら払える”という顔をしました」

 

「していない!」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「していました」

 

 カイエンは腹を抱えて笑いそうになった。

 

「お前、本当に信用ねぇナ」

 

 露伴は非常に不満そうだった。

 

「まったく、最近は取材がしづらい」

 

 アスランが目を細めた。

 

「取材だと認めましたね」

 

 露伴は黙った。

 

 カイエンが言った。

 

「負けだナ」

 

「うるさい」

 

 露伴はペンを取ろうとした。

 

 アスランが即座に手を伸ばし、ペンの上に自分の指を置いた。

 

 露伴の手が止まる。

 

「アスラン・ザラ」

 

「許可がありません」

 

「メモくらい」

 

「どの部分を?」

 

「今の剣の話だ」

 

「カイエンさんの許可を得てください」

 

 カイエンは少し考えた。

 

「名前出さねぇならいいヨ」

 

 露伴の目が輝く。

 

 アスランが続けた。

 

「個人が特定される特徴も不可です」

 

 露伴の目が曇る。

 

 アウクソーが言った。

 

「マスターの発言として扱わないこと」

 

 露伴の目がさらに曇る。

 

 アスランが言った。

 

「ヘブンズ・ドアーで補足情報を得ることも不可です」

 

 露伴はペンを置いた。

 

「それはもう、ただの一般論じゃあないか」

 

「それでお願いします」

 

 カイエンが笑った。

 

「いいじゃねぇか。一般論で」

 

「漫画として弱い」

 

「知るかヨ」

 

 アスランはほっとしたように、少し息を吐いた。

 

 露伴はその様子を見た。

 

「君、僕を止める時だけ妙に迷いがないな」

 

「必要なことだからです」

 

「自分のことになると迷うくせに」

 

 アスランは少しだけ黙った。

 

 カイエンが露伴を見た。

 

「おい、漫画家」

 

「何だ」

 

「今のはちょっと刺しすぎだ」

 

 露伴は肩をすくめた。

 

「観察結果だ」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「観察結果にも、出す時と出さない時があります」

 

 露伴は小さく息を吐いた。

 

「まったく。今日は四方から止められる」

 

 アスランは言った。

 

「止められるだけのことをしているからです」

 

「君は本当に容赦がないな」

 

「キラとラクスの時よりは、抑えています」

 

 露伴は一瞬黙った。

 

 カイエンはそれを見逃さなかった。

 

「へぇ。前はもっとキツかったのか」

 

「はい」

 

 アスランは即答した。

 

「かなり」

 

「本人の前で言うのか」

 

「事実です」

 

 アウクソーが小さく頷いた。

 

「事実は強いですね」

 

 露伴は不機嫌そうに紅茶を注文した。

 

 店員が少し困った顔でやって来る。

 

 注文を取り、去っていく。

 

 テーブルに、妙な静けさが戻った。

 

 アスランはカイエンを見た。

 

「すみません。騒がしくしてしまって」

 

「いや。退屈しねぇ」

 

「それはよかった……のでしょうか」

 

「いいんじゃねぇか」

 

 カイエンはアスランを見た。

 

「お前、キラのことで礼を言いに来たんだろ」

 

「はい」

 

「なら、言った。俺も聞いた。それで終わりだ」

 

「ありがとうございます」

 

「あと、漫画家を止めに来た」

 

「それは結果的に」

 

「結果的に、見事に止めたナ」

 

 アスランは複雑そうな顔をした。

 

「止めたくて来たわけではないんですが」

 

 露伴が小さく言った。

 

「十分止めている」

 

「必要でした」

 

「またそれか」

 

 アウクソーは、静かに紅茶を注ぎ直した。

 

「しかし、アスラン様がいらしたのは幸いでした」

 

「そうでしょうか」

 

「はい。マスターは、意外とご自分のことに無頓着ですので」

 

「意外じゃねぇだろ」

 

 カイエンが言った。

 

「そこは否定してください」

 

「無頓着なのは事実だ」

 

 アウクソーは、わずかに眉を寄せた。

 

「自覚があるなら、もう少し慎重になってください」

 

「善処するヨ」

 

「今の言い方は、しない時の言い方です」

 

 アスランが思わず小さく笑った。

 

 カイエンがそれを見る。

 

「笑えるじゃねぇか」

 

「……すみません」

 

「謝ることじゃねぇヨ」

 

 露伴は、その表情を見た。

 

 ほんの一瞬だけ、目が動く。

 

 アスランは即座に露伴を見た。

 

「露伴先生」

 

「今のも駄目なのか」

 

「駄目です」

 

「笑っただけじゃあないか」

 

「それを作品化する顔でした」

 

「君は僕の顔に詳しすぎる」

 

「詳しくなりたくはありませんでした」

 

 カイエンがまた笑った。

 

 露伴は完全に面白くなさそうだった。

 

 だが、ヘブンズ・ドアーは使わなかった。

 

 ペンも、勝手には取らなかった。

 

 それだけで、アスランの警戒は少しだけ下がった。

 

 少しだけである。

 

 やがて、露伴の紅茶が運ばれてきた。

 

 露伴はそれを一口飲み、言った。

 

「では、正式に許可を取ろう」

 

 アスランが身構える。

 

 アウクソーも静かに視線を向ける。

 

 カイエンは面白そうに待った。

 

 露伴はカイエンを見た。

 

「剣聖としてではなく、一人の人間として。今日の雑談から得た印象を、抽象化して作品に使ってもいいか?」

 

 アスランは露伴を見た。

 

 言い方が、いつもよりずっと慎重だった。

 

 アウクソーもそれを理解した。

 

 カイエンは少し考えた。

 

「俺だとわからねぇならナ」

 

「名前は出さない」

 

「ファティマも出すな」

 

「出さない」

 

「こいつらも巻き込むな」

 

 カイエンはアスランを指した。

 

 露伴は少しだけ不満そうにした。

 

「彼は面白いんだが」

 

 アスランが即座に言った。

 

「禁止です」

 

「わかった。出さない」

 

 アウクソーが言った。

 

「ヘブンズ・ドアー由来の情報ではないこと」

 

「使っていない」

 

「今後も使わないこと」

 

「しつこいな」

 

 アスランは言った。

 

「重要です」

 

 露伴は、少し間を置いてから頷いた。

 

「わかった。使わない」

 

 カイエンは頷いた。

 

「なら、いいヨ」

 

 露伴はペンを取った。

 

 今度は、アスランも止めなかった。

 

 ただし、見ていた。

 

 すごく見ていた。

 

「書きづらい」

 

「監視しています」

 

「堂々と言うな」

 

「堂々と監視します」

 

 カイエンは笑った。

 

「お前、ほんと面白ぇナ」

 

「褒め言葉として受け取っていいのか迷います」

 

「迷っとけ」

 

 露伴は短くメモを取った。

 

 そこには、名前も、具体的な特徴もなかった。

 

 ただ、短い言葉がいくつか並んでいる。

 

 剣。

 

 荷物。

 

 忘れなさすぎる者。

 

 刃物にならないための理由。

 

 アスランはそれを見て、少しだけ黙った。

 

「……それなら」

 

 露伴が言った。

 

「何だ」

 

「それなら、いいと思います」

 

 露伴は鼻を鳴らした。

 

「ようやく許可が出たか」

 

「俺が出すものではありません」

 

「出しているようにしか見えなかったがね」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「本日は、適切な制御でした」

 

「制御と言うな」

 

 露伴は不満そうだった。

 

 カイエンは焼き菓子の最後の一つを手に取った。

 

 そして、アスランへ向けて皿を少し押した。

 

「食うか?」

 

「え?」

 

「甘いもんは、頭にいいらしいぞ」

 

「いえ、俺は――」

 

「真面目に断るな。食えヨ」

 

 アスランは少し迷い、やがて焼き菓子を受け取った。

 

「いただきます」

 

 アウクソーが、ほんの少しだけ満足そうに見えた。

 

「マスター。珍しくお気遣いを」

 

「珍しくは余計だ」

 

 アスランは焼き菓子を食べた。

 

「……おいしいですね」

 

「だろ」

 

 露伴がそれを見た。

 

 アスランも見た。

 

「露伴先生」

 

「今のも駄目か?」

 

「駄目です」

 

「菓子を食べただけだろう」

 

「キラが関わる人間関係から派生した情景です」

 

「範囲が広すぎる!」

 

 カイエンが笑い、アウクソーも少しだけ目を細めた。

 

 やがて、席を立つ時間になった。

 

 アスランはカイエンとアウクソーに改めて頭を下げた。

 

「今日はありがとうございました」

 

「礼を言うほどじゃねぇヨ」

 

「いいえ。キラのことも、今日の話も」

 

 カイエンは立ち上がった。

 

「お前も、あんまり抱え込むなヨ」

 

 アスランは少しだけ黙り、頷いた。

 

「……善処します」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「今の言い方は、しない時の言い方です」

 

 カイエンが笑った。

 

「だとヨ」

 

 アスランは少し困ったように笑った。

 

「努力します」

 

「そっちの方がいいナ」

 

 露伴も席を立った。

 

「では、僕も失礼する」

 

 アスランが即座に言った。

 

「メモの内容は確認します」

 

「まだ疑うのか」

 

「はい」

 

「即答するな」

 

 露伴はスケッチブックを見せた。

 

 アスランは内容を確認する。

 

 名前なし。

 

 能力使用なし。

 

 個人特定につながる記述なし。

 

 ぎりぎり、通行可。

 

「……問題ありません」

 

「君に許可されるのは、実に腹立たしいな」

 

「許可ではなく確認です」

 

「同じようなものだ」

 

 アウクソーが言った。

 

「露伴様。本日は、節度ある取材でした」

 

「取材ではない」

 

 アスランが見た。

 

「露伴先生」

 

「……雑談だ」

 

 カイエンが言った。

 

「今のは負けだナ」

 

 露伴は何も言わなかった。

 

 その後。

 

 露伴は、本当にヘブンズ・ドアーを使わなかった。

 

 勝手にカイエンを読まなかった。

 

 アウクソーにも触れなかった。

 

 アスランの内面も覗かなかった。

 

 ただし、帰り際に一言だけ言った。

 

「アスラン・ザラ。君は取材対象としては厄介だが、非常に興味深い」

 

 アスランは即答した。

 

「取材しないでください」

 

「まだ何も」

 

「する顔でした」

 

「君は本当に」

 

 露伴は言いかけて、やめた。

 

 カイエンが笑っている。

 

 アウクソーが静かに見ている。

 

 これ以上言えば、また止められる。

 

 露伴は帽子もないのに、気分だけでつばを払うような仕草をした。

 

「まったく。今日は取材にならなかった」

 

 アスランは言った。

 

「それなら成功です」

 

 カイエンは、最後にぽつりと言った。

 

「アスラン」

 

「はい」

 

「お前、キラの友達ってより、保護者みてぇだナ」

 

 アスランは固まった。

 

 露伴が反応した。

 

 アスランが即座に振り向く。

 

「露伴先生」

 

「今のは僕じゃない!」

 

「今、記録しようとしました」

 

「していない!」

 

 アウクソーが言った。

 

「目がしました」

 

 カイエンが笑った。

 

「目がしました、だってヨ」

 

 アスランは真剣だった。

 

「今日はここまでです」

 

 露伴は深くため息を吐いた。

 

「君は本当に取材を止める男だな」

 

「はい」

 

 アスランは、少しだけ疲れた顔で答えた。

 

「止めます」

 

 こうして、いつものカフェテラスでの小さなお茶の時間は終わった。

 

 カイエンは少し退屈しなかった。

 

 アウクソーはマスターを守った。

 

 露伴は最低限のメモだけを許された。

 

 ヘブンズ・ドアーは、全面禁止のまま一度も使われなかった。

 

 そしてアスラン・ザラは、今日もまた、誰かの不用意な取材を止めたのである。

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