守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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ネウロは商店街の謎を喰いたい

 その商店街では、奇妙な現象が起きていた。

 

 祭りではない。

 特売日でもない。

 テレビ取材が来たわけでもない。

 有名人が訪れたという話もない。

 

 にもかかわらず、その日だけ、売上が跳ねた。

 

 コロッケ屋。

 たこ焼き屋。

 団子屋。

 焼き鳥屋。

 ジェラート屋。

 肉まん屋。

 ドーナツ屋。

 クレープ屋。

 

 どの店も、前日比で明らかな増加。

 しかも、不自然なほどに分散されていた。

 

 一店舗だけが極端に売れたわけではない。

 買い占めでもない。

 店主が悲鳴を上げるほどの混乱もない。

 

 ただ、商店街全体を、端から端まで丁寧になぞるように、売上が伸びている。

 

 その報告を見た者なら、こう思うだろう。

 何があったのか、と。

 そして、その“何が”を好む者がいた。

 

「弥子」

 

 商店街の入口で、脳噛ネウロは足を止めた。

 

 桂木弥子は、隣で紙袋を抱えていた。

 紙袋の中身は、近くの店で買った焼き菓子である。

 

 もちろん、調査前の軽い腹ごしらえだった。

 

「何?」

 

「この通りから、謎の匂いがする」

 

 弥子は、少しだけ目を逸らした。

 

「……気のせいじゃないかな」

 

「貴様が目を逸らす時点で、気のせいではない」

 

「いや、でも事件とかじゃないし」

 

「事件である必要はない」

 

 ネウロは、商店街の奥を見た。

 

 その目は、すでに獲物を探す魔人のものだった。

 

「謎であればよい」

 

 弥子は嫌な予感しかしなかった。

 

「ちなみに、どんな謎?」

 

「なぜ、何の催しもない日に、商店街全体の売上が不自然に跳ねたのか」

 

「……」

 

「コロッケ屋、たこ焼き屋、団子屋、焼き鳥屋、ジェラート屋、肉まん屋、ドーナツ屋、クレープ屋。いずれも同日に売上増。しかも客の流れは一方向ではなく、複数店舗を順に回った形跡がある」

 

「……」

 

「この商店街に、何者かが通過した」

 

 ネウロはにやりと笑った。

 

「そいつは、売上だけを残して消えた」

 

 弥子は小さく言った。

 

「それ、謎っていうか……」

 

「何だ」

 

「食べ歩きです」

 

 ネウロは沈黙した。

 

 商店街の入口に、少しだけ風が吹いた。

 

 ネウロはゆっくりと弥子を見た。

 

「食べ歩き」

 

「うん」

 

「貴様が」

 

「私だけじゃないよ!」

 

「つまり共犯がいるのか」

 

「食べ歩き仲間って言って!」

 

 ネウロは、売上表のコピーを片手に歩き出した。

 

「ならば確認する。これは単なる食欲の通過痕なのか。それとも、その下に別の謎が潜んでいるのか」

 

「たぶん食欲だけだと思うけどなあ」

 

「貴様の“たぶん”ほど信用できぬものはない」

 

「ひどい!」

 

 一軒目はコロッケ屋だった。

 

 店主は、揚げたてのコロッケを並べているところだった。

 

「ああ、あの日のお嬢ちゃんか」

 

 店主は弥子を見るなり笑った。

 

「この前はたくさん買ってくれてありがとな」

 

「いえいえ! おいしかったです!」

 

 弥子は元気に答えた。

 

 ネウロは店先を見回す。

 

「この店の売上は、当日、通常の一・四倍。極端ではないが、明らかに上昇している」

 

 店主は少し驚いた。

 

「何だい、あんた。税務署か?」

 

「税務署ではない。謎を喰う者だ」

 

「は?」

 

 弥子が慌てて割って入る。

 

「気にしないでください! ちょっと変な探偵です!」

 

「ちょっとではない」

 

「自覚して!」

 

 ネウロは店主に聞いた。

 

「その日、何か特別なことはあったか」

 

「いや、別に。あんたらの連れが来たくらいだな」

 

「連れ」

 

「白い変な鳥みたいなのと、上品なお姫様みたいな人と、若い兄ちゃんと、きっちりした女の人と、妙に笑ってる兄ちゃんと、静かな女の子」

 

 ネウロは弥子を見た。

 

「貴様、パーティーを組んでいたのか」

 

「食べ歩きの同行者です!」

 

「構成が不自然だ。大食い、謎生物、姫、兵士、編集者、怪盗、ファティマ」

 

「言い方!」

 

 店主は首を傾げた。

 

「まあ、みんなで人数分買ってくれただけだよ。追加もなかったし、行儀はよかったぜ」

 

 ネウロは目を細めた。

 

「追加なし」

 

「うん。あの女の人が、ちゃんと人数分って言ってたな」

 

「泉さんだ……」

 

 弥子は少しだけ遠い目をした。

 

 ネウロはつまらなそうに言った。

 

「統制された食欲か」

 

「統制って言わないで」

 

「野放しではない分、謎の味が薄い」

 

「味わおうとしないで!」

 

 二軒目はたこ焼き屋だった。

 

 鉄板の上で、たこ焼きがくるくると回っている。

 

 ネウロはその動きを見ながら言った。

 

「丸いものが焼かれ、回転し、舟に乗せられる」

 

「たこ焼きの説明が魔界っぽい」

 

 店主は弥子を見るなり笑った。

 

「あ、この前の! 熱いのにすごい勢いで食べそうだった子!」

 

「食べそうだっただけです!」

 

「食べただろう」

 

 ネウロが言った。

 

「食べたけど!」

 

 店主は笑いながら言った。

 

「でも、あの若い兄ちゃんがずっと注意してたな。熱いから一口で行くなって」

 

「シンだ」

 

 弥子はうなずいた。

 

「あと、白い子にも言ってたな」

 

 その時、背後から声がした。

 

「ハラへった!」

 

 弥子とネウロが振り向く。

 

 すえぞうがいた。

 

 なぜかいた。

 

 弥子は驚いた。

 

「すえぞう!? いつの間に!」

 

「ハラへった!」

 

 ネウロはすえぞうを見た。

 

「こいつか」

 

「違う! 単独犯じゃない!」

 

「共犯か」

 

「だから食べ歩き仲間!」

 

 すえぞうはたこ焼きを見つめていた。

 

「タコ!」

 

 ネウロは少しだけ目を細めた。

 

「この生物、見た目に反して、学習と嗜好の関連が妙に早いな」

 

「食べ物限定だと思う」

 

「貴様と同種だな」

 

「やめて!」

 

 店主がたこ焼きを差し出す。

 

「一舟どうだい?」

 

 すえぞうが目を輝かせた。

 

「うっす!」

 

 弥子は財布を出しかけた。

 

 その手を、ネウロが見た。

 

「調査中だ」

 

「でも、すえぞうが」

 

「調査中だ」

 

「でもたこ焼きが」

 

「貴様も食べる気だな」

 

「一個だけ!」

 

「一個で済んだ試しがあるのか」

 

 弥子は黙った。

 

 結局、一舟だけ買った。

 

 ネウロは食べなかった。

 

 弥子とすえぞうが食べた。

 

「熱っ!」

 

「ハラへった!」

 

「だから熱いってば!」

 

 ネウロは言った。

 

「貴様らは、痛覚より食欲が先に来るのか」

 

「そこまでじゃない!」

 

 三軒目、団子屋。

 

 店主は、あの日のことをよく覚えていた。

 

「みたらし、あんこ、草団子を一本ずつだったね。切り分けて食べてたよ」

 

 ネウロは言った。

 

「効率が悪い。大量に食うなら一本ずつ人数分でよい」

 

 弥子は胸を張った。

 

「加減してたんです!」

 

「貴様が?」

 

「私だけじゃなくて、姫様も!」

 

「ほう」

 

 ネウロは、売上表を見る。

 

「確かに、売上増はあるが、買い占めではない。各店で少量ずつ、しかし広範囲に購入している」

 

「そうそう」

 

「つまり、商店街全体を一つの巨大な皿として扱ったわけだ」

 

「言い方!!」

 

 すえぞうが言った。

 

「ゼンブ!」

 

「ほら、証言が出た」

 

「すえぞう!」

 

 その時、団子屋の前に、静かな足取りで二人が近づいてきた。

 

 ラキシスと、バクスチュアルだった。

 

 ラキシスはネウロを見ると、穏やかに微笑んだ。

 

「まあ。ネウロさんも商店街へ?」

 

 ネウロはラキシスを見た。

 

「貴様も関与しているな」

 

「少しだけですわ」

 

 弥子が小さく言った。

 

「姫様、そこはたぶん否定しない方が」

 

 ネウロは言った。

 

「“少しだけ”という言葉の中に、複数店舗分の糖分と油分が含まれている」

 

 ラキシスは口元に手を当てて微笑んだ。

 

「それでも、前よりは加減しましたよ」

 

 バクスチュアルが静かに頷いた。

 

「ラキシスハ、考エテ、食ベテイマシタ」

 

 ネウロはバクスチュアルを見る。

 

「貴様は観察者か」

 

「安全管理補助、デス」

 

「安全管理補助」

 

 ネウロは少しだけ面白そうにした。

 

「この群れには、食欲を制御する係が複数必要らしいな」

 

「群れって言わないで!」

 

 弥子が叫んだ。

 

 ラキシスは団子を見ていた。

 

「草団子、香りがよろしいですわね」

 

 バクスチュアルが言った。

 

「甘イノニ、草デス」

 

「ええ。先日もそう仰っていましたわね」

 

 ネウロはそのやり取りを聞いて、少しだけ目を細めた。

 

「食味の記憶が定着している。単なる摂取ではなく、経験として記録しているのか」

 

 弥子は言った。

 

「バクスチュアルさん、ちゃんと楽しんでたよ」

 

 バクスチュアルは、少しだけ沈黙した。

 

「楽シカッタ、ト、思イマス」

 

 ラキシスが嬉しそうに微笑んだ。

 

 ネウロはそれを見た。

 

「……ふん」

 

「何?」

 

「謎ではない」

 

「そうだよ」

 

「だが、ただの消費でもない」

 

 弥子は少しだけ笑った。

 

「でしょ?」

 

 四軒目、焼き鳥屋。

 

 ここでは、シン・アスカが合流した。

 

「何やってるんだ?」

 

 シンは弥子とすえぞう、ラキシス、バクスチュアル、そしてネウロを見て、眉をひそめた。

 

「この組み合わせ、また何か起きてるのか?」

 

 弥子が言った。

 

「ネウロが、商店街の売上が跳ねた謎を調べてるの」

 

 シンは一瞬黙った。

 

「……それ、俺たちが食べ歩きしたからだろ」

 

「うん」

 

「謎じゃないだろ!」

 

 ネウロはシンを見た。

 

「貴様は当日の制御役か」

 

「制御役って何だよ」

 

「熱いたこ焼きを前にした飢えた者たちへ、声による制止を試みた者」

 

「言い方は変だけど、だいたい合ってるのが嫌だな!」

 

 すえぞうが焼き鳥を見つめる。

 

「ハラへった!」

 

 シンが即座に叫んだ。

 

「串は危ないからな!」

 

「うっす!」

 

「返事はいいんだよ、返事は!」

 

 ネウロは感心したように見た。

 

「なるほど。条件反射で叫ぶのか」

 

「俺を犬みたいに言うな!」

 

 バクスチュアルが静かに言った。

 

「シンノ声ハ、届キマス」

 

「そうかな……届いてるかな……」

 

「返事ハ、シテイマス」

 

「行動がついてこないんだよ!」

 

 ラキシスは楽しそうに微笑んだ。

 

「シンさんがいらっしゃると、にぎやかですわ」

 

「褒められてる気がしないんですけど」

 

 弥子は焼き鳥屋の店主に聞いた。

 

「この前って、迷惑じゃありませんでした?」

 

「いやいや、むしろありがたかったよ。ちゃんと人数分で、店先も散らかさなかったし。串も戻してくれたし」

 

 シンは胸を撫で下ろした。

 

「よかった……」

 

 ネウロは言った。

 

「犯行後の痕跡処理も丁寧だな」

 

「犯行じゃない!」

 

 五軒目、ジェラート屋。

 

 ここでネウロの表情が、少し変わった。

 

 ショーケースには、色とりどりのジェラート。

 

 当日、売上が特に大きく跳ねた店の一つである。

 

「ここは危険だった」

 

 シンが真顔で言った。

 

「種類が多いから」

 

 弥子がうなずく。

 

「全部おいしそうだったんだよね」

 

 すえぞうも言った。

 

「ゼンブ!」

 

「だから全部って言うな!」

 

 ラキシスは静かに微笑んだ。

 

「でも、追加はいたしませんでしたわ」

 

 バクスチュアルが頷く。

 

「一人一ツ。ダブルマデ」

 

 ネウロは店員に聞いた。

 

「その日、何か異常はあったか」

 

 店員は少し考えた。

 

「異常というほどでは……ただ、皆さんすごく真剣に味を選んでました」

 

「味を選ぶだけで異常になる集団か」

 

「やめて」

 

 弥子が言った。

 

 店員は笑った。

 

「でも、楽しそうでしたよ。いろんな味を少しずつ交換していて」

 

 ネウロは弥子を見た。

 

「交換」

 

「はい」

 

「購入数を抑えつつ味の種類を増やす手段か」

 

「その言い方だと戦術みたい」

 

「食欲の戦術だ」

 

 ラキシスが言った。

 

「皆で分け合うと、いろいろな味を楽しめますもの」

 

 ネウロは少しだけ考えた。

 

「なるほど。個々の購入量は抑えながら、経験値を最大化する」

 

 シンが嫌そうな顔をした。

 

「急に分析しないでくれ」

 

 バクスチュアルはショーケースのミルクと抹茶を見ていた。

 

「白イノト、緑」

 

 ラキシスが微笑む。

 

「また召し上がりますか?」

 

 バクスチュアルは少しだけ迷った。

 

「調査中、デス」

 

 ネウロが言った。

 

「食えばよい」

 

「えっ」

 

 弥子が驚いた。

 

「ネウロが食べ物を勧めた!?」

 

「味覚の記憶を再確認することで証言の精度が上がる」

 

「それっぽく言ってるけど、ただ食べていいってことだよね?」

 

「貴様は黙っていろ。どうせ食う」

 

「食べるけど!」

 

 結局、ジェラートは少しだけ買った。

 少しだけ。

 

 ただし、人数が多いので、見た目にはそれなりの量だった。

 ネウロは食べなかった。

 

 ただ、売上表に何かを書き込んでいた。

 

「謎の味は薄いが、構造は見えてきた」

 

 シンが聞いた。

 

「構造?」

 

「これは、一人の大食いによる一点突破ではない」

 

 ネウロは言った。

 

「複数の食欲が、制御役を伴い、商店街全体へ均等に分散された現象だ」

 

 弥子は言った。

 

「楽しそうに言ってるけど、ただの食べ歩きだよ」

 

「ただの食べ歩きでここまで売上に痕跡を残すな」

 

「それは……まあ……」

 

 シンが頭を抱える。

 

「反論しきれないのが嫌だ」

 

 六軒目、肉まん屋。

 

 湯気が上がる。

 

 すえぞうが見た。

 

「ケムリ!」

 

 シンが言った。

 

「湯気!」

 

 ネウロが言った。

 

「このやり取りも当日行われたのか」

 

「はい」

 

 シンは疲れた声で答えた。

 

「ほぼ同じやつを」

 

 弥子が笑った。

 

「再現度高いね」

 

「再現したくてしてるわけじゃない!」

 

 肉まん屋の店主は、当日の一行を覚えていた。

 

「四種類を一つずつだったな。肉まん、あんまん、ピザまん、角煮まん。人数で分けて食べてたよ」

 

 ネウロは言った。

 

「ここでも分割か」

 

 ラキシスは頷いた。

 

「少しずついただきましたわ」

 

 バクスチュアルが言った。

 

「食ベル前カラ、手ガ、温カカッタデス」

 

 ネウロはそれを聞いた。

 

「食べる前から快を得る食品か」

 

 弥子は言った。

 

「冬の肉まんってそういうところあるよね」

 

 シンも頷く。

 

「わかる」

 

 ネウロはつまらなそうに言った。

 

「貴様らは単純だな」

 

「お前が言うな!」

 

 七軒目、ドーナツ屋。

 

 店主は、店先でミニドーナツを袋詰めしていた。

 

「ああ、この前の人たち。ミニドーナツ詰め合わせ買ってくれたね」

 

 ネウロは売上表を見る。

 

「ここも上昇幅がある」

 

 弥子が胸を張った。

 

「でも、普通サイズ全種類は買いませんでした!」

 

「威張ることか」

 

「加減です!」

 

 シンが言った。

 

「いや、本当にあれは加減だったと思う。あの状況でミニに抑えたのは偉い」

 

 弥子は嬉しそうにした。

 

「でしょ!」

 

 ネウロは呆れた。

 

「基準が低い」

 

 バクスチュアルは、ドーナツを見ていた。

 

「穴ガ、アリマス」

 

 ネウロが反応した。

 

「穴」

 

「ハイ」

 

「欠けているにもかかわらず、商品として成立している」

 

 バクスチュアルは頷いた。

 

「無イ所モ、形ノ一部デス」

 

 ネウロは少しだけ、ほんの少しだけ、面白そうな顔をした。

 

「ほう」

 

 弥子が小声で言った。

 

「ネウロが食べ物以外でちょっと興味持った」

 

 シンが小声で返す。

 

「今の、ちょっといいこと言ってたからな」

 

 ラキシスはバクスチュアルを見て、嬉しそうに微笑んだ。

 

 Xiがいれば何か言っただろう。

 だが、この場に彼はいなかった。

 

 と、思った瞬間だった。

 

「呼んだ?」

 

 Xiがいた。

 

 弥子が驚く。

 

「うわっ、いつから!?」

 

「ドーナツ屋のあたりから」

 

 シンが叫んだ。

 

「今だよ!」

 

 ネウロはXiを見た。

 

「貴様か」

 

「何が?」

 

「この売上の裏に、小さな不正の匂いもある」

 

 Xiは笑った。

 

「えー、何のことかな」

 

 バクスチュアルが静かに言った。

 

「Xiハ、限定ドーナツノ領収書ヲ、混ゼマシタ」

 

「それ言う?」

 

 ネウロの口元が上がった。

 

「ほう」

 

 Xiは両手を軽く上げた。

 

「未遂だよ。泉さんとバクスチュアルに止められた」

 

「貴様の小悪党じみた試みは、謎としては浅い」

 

「ひどいなあ」

 

「だが、香りづけ程度にはなる」

 

「香りづけ扱い?」

 

 弥子が言った。

 

「ネウロ、変な方向で興味持たないでよ」

 

「安心しろ。本筋ではない」

 

 シンが言った。

 

「じゃあ本筋は?」

 

 ネウロはドーナツ屋の前から、商店街の奥を見た。

 

「食欲だ」

 

「結局それかよ!」

 

 最後はクレープ屋だった。

 

 甘い匂いが漂う。

 

 当日の締めの店である。

 

 店員は、笑顔で覚えていた。

 

「皆さん、すごく楽しそうでしたよ。特に白い子が、クリームを鼻につけちゃって」

 

「うっす!」

 

 すえぞうはなぜか胸を張った。

 

 シンが即座に言った。

 

「威張るところじゃない!」

 

 ネウロはクレープ屋の売上を見た。

 

「ここは締めとして機能している」

 

 弥子が言った。

 

「締めって言うと、ラーメンみたい」

 

「貴様の場合、締めの後に二次会がありそうだな」

 

「失礼な!」

 

「ないのか」

 

「……場合による」

 

「ほら見ろ」

 

 ラキシスは、クレープ屋のメニューを見ていた。

 

「いちごのクレープ、おいしかったですわ」

 

 バクスチュアルが小さく言った。

 

「オソロイ」

 

 ラキシスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「ええ。お揃いでしたわね」

 

 ネウロはそのやり取りを聞き、少しだけ興味を失ったような顔をした。

 

「なるほど」

 

 弥子が聞いた。

 

「何かわかった?」

 

「この売上異常に、悪意はない」

 

「最初から言ってる!」

 

「犯罪性も薄い」

 

「薄いっていうか、ないよ!」

 

「Xiの領収書混入未遂を除けばな」

 

 Xiが笑った。

 

「僕のせいで完全無罪じゃなくなってるね」

 

 シンが叫んだ。

 

「笑うな!」

 

 バクスチュアルが言った。

 

「Xiハ、反省シマス」

 

「はいはい」

 

「返事ガ、軽イデス」

 

「うっす」

 

 すえぞうが反応した。

 

「うっす!」

 

 シンが頭を抱えた。

 

「変なところで通じるな!」

 

 ネウロは、商店街の中央で立ち止まった。

 

 そして、売上表を折りたたんだ。

 

「結論を述べる」

 

 弥子たちは、なんとなく並んだ。

 

 弥子。

 すえぞう。

 ラキシス。

 シン。

 バクスチュアル。

 Xi。

 

 商店街の店主たちも、少し離れて見ている。

 

「この売上上昇は、事件ではない」

 

「うん」

 

「災害でもない」

 

「うん」

 

「犯罪でもない」

 

 Xiが口を開きかけた。

 

 バクスチュアルが見た。

 

 Xiは閉じた。

 

「ただし、一部に不適切経費申請未遂あり」

 

「そこ拾うんだ」

 

 ネウロは続けた。

 

「これは、複数の食欲が、制御役と安全管理補助と護衛兼監視対象を伴って、商店街を横断した結果発生した売上の波である」

 

 シンが言った。

 

「言い方が長い!」

 

「要するに」

 

 ネウロは、弥子とすえぞうを見た。

 

「食欲の通過痕だ」

 

 弥子は黙った。

 

 すえぞうは胸を張った。

 

「うっす!」

 

 シンが言った。

 

「納得するな!」

 

 ラキシスは楽しそうに微笑んだ。

 

「でも、商店街の皆さまに喜んでいただけたなら、よかったです」

 

 商店街の店主たちは、口々に言った。

 

「また来てくれよ」

「今度は新作も出しておくから」

「次は熱いの気をつけてな」

「白い子用に小さく切るか?」

 

 すえぞうが言った。

 

「ハラへった!」

 

 シンが叫んだ。

 

「今は調査中だろ!」

 

 ネウロは弥子を見た。

 

「弥子」

 

「何?」

 

「今回の謎は、味が薄い」

 

「平和だったからね」

 

「悪意も殺意もなく、欲望だけがある」

 

「食欲だね」

 

「だが」

 

 ネウロは商店街を見回した。

 

「欲望がここまで秩序立って流れる様は、少しだけ珍しい」

 

 弥子は笑った。

 

「それ、褒めてる?」

 

「調味料程度には評価している」

 

「相変わらずわかりにくい!」

 

 その時、泉京香が商店街の入口からやって来た。

 

 手にはファイル。

 

 領収書整理済みの、あのファイルである。

 

「やはり、こちらにいらしたんですね」

 

 弥子が言った。

 

「泉さん!」

 

 泉はネウロを見た。

 

「売上異常の調査でしょうか」

 

 ネウロは目を細めた。

 

「用意がいいな」

 

「必要になる気がしました」

 

 弥子は苦笑した。

 

「実際なりましたね……」

 

 泉はファイルを開いた。

 

「こちらが当日の購入記録、店舗別支払い額、追加注文の有無、すえぞうさんの安全管理記録、Xiさんの不適切経費申請未遂記録です」

 

 Xiが言った。

 

「最後の、まだ残ってるんだ」

 

「残します」

 

 バクスチュアルが言った。

 

「再発防止デス」

 

 ネウロはファイルを見た。

 

「貴様、なかなか有用な人間だ」

 

 泉は少しだけ迷った。

 

「褒め言葉として受け取ってよろしいのでしょうか」

 

 弥子が言った。

 

「ネウロからなら、たぶんかなり上位の褒め言葉です」

 

「そうですか」

 

 泉はファイルを閉じた。

 

「今回の件は、商店街への売上貢献として処理済みです。ログナー司令からも、条件付きで通行可との判断が出ています」

 

 ネウロは言った。

 

「通行可」

 

「はい」

 

「ならば、次も起きるのか」

 

 全員が少し黙った。

 弥子は目を逸らした。

 

 すえぞうは言った。

 

「ハラへった!」

 

 ラキシスは微笑んだ。

 シンは頭を抱えた。

 Xiは笑った。

 

 バクスチュアルは静かに言った。

 

「起キル、ト、思イマス」

 

 泉は淡々と答えた。

 

「ただし、次回は店舗数と上限金額を事前設定します」

 

 ネウロは笑った。

 

「ならば、次は食欲の流れがどう変化するか見ものだな」

 

 弥子が嫌そうな顔をした。

 

「ネウロ、また見に来る気?」

 

「謎があればな」

 

「ただの食べ歩きだよ」

 

「ただの食べ歩きが、売上表にこれほどの痕跡を残すならば、それは観察対象だ」

 

 シンが小声で言った。

 

「露伴先生みたいなこと言い出した……」

 

 泉が即座に言った。

 

「その比較は要注意です」

 

 Xiが笑った。

 

「露伴先生がいたら、完全に取材してたね」

 

「だから呼びませんでした」

 

 泉は即答した。

 

 ネウロは少しだけ興味を持ったように言った。

 

「露伴もこの件を知っているのか」

 

「知っています」

 

「取材したがったか」

 

「当然です」

 

「ふむ」

 

 弥子が慌てた。

 

「ネウロ、露伴先生に謎として提供しようとか思ってないよね?」

 

「謎としては薄い。奴に渡すほどでもない」

 

「よかった……のかな?」

 

 泉は冷静に言った。

 

「いずれにせよ、取材化は要審査です」

 

 ネウロは笑った。

 

「貴様らの周囲は、何でも審査と通行止めで固められているな」

 

 Xiが言った。

 

「主に僕と露伴先生のせいかな」

 

 バクスチュアルが頷いた。

 

「ハイ」

 

「即答だね」

 

 シンも言った。

 

「否定できないだろ」

 

 ラキシスは、穏やかに商店街を見た。

 

「けれど、皆さま楽しそうでしたわ」

 

 弥子も頷いた。

 

「うん。楽しかったです」

 

 すえぞうも言った。

 

「うっす!」

 

 ネウロは、つまらなそうにしながらも、どこか納得したように言った。

 

「謎は喰えなかった」

 

「そうだね」

 

「だが、別のものは商店街が喰った」

 

「別のもの?」

 

「売上だ」

 

 弥子は笑った。

 

「それはいいことじゃん」

 

「人間社会ではな」

 

 ネウロは歩き出した。

 

「帰るぞ、弥子」

 

「え、もう?」

 

「この謎は消化不良だ。別の謎を探す」

 

「言い方!」

 

 すえぞうが言った。

 

「ハラへった!」

 

 ネウロはすえぞうを見た。

 

「貴様は常に消化前だな」

 

「うっす!」

 

「褒めていない」

 

 弥子は苦笑しながら、ネウロの後を追った。

 

 商店街には、今日もコロッケの匂いと、たこ焼きの音と、団子の甘い香りがあった。

 

 事件ではない。

 

 災害でもない。

 

 犯罪でもない。

 

 ただ、少しだけ不自然に売上が跳ねた日があった。

 

 その理由は、弥子とすえぞうとラキシスたちが、楽しく、加減しながら、しかし確実に食べ歩いたからである。

 

 ネウロにとって、それは喰うほどの謎ではなかった。

 

 だが、商店街にとっては、なかなか良い一日だった。

 

 

 後日。

 

 ログナー司令のもとに、泉京香から追加報告が届いた。

 

『脳噛ネウロ氏が売上異常に興味を示し、現地確認を実施。事件性なし。食欲の通過痕との評価』

 

 ログナーは、その一文をしばらく見た。

 

「食欲の通過痕」

 

 そして、静かに判を押した。

 

「……通行可だな」

 

 ただし、その下に一文を加えた。

 

『次回以降、売上異常が謎として検知される可能性あり。ネウロ氏の動向に注意』

 

 さらに、もう一文。

 

『Xi関連経費は引き続き要確認』

 

 商店街は平和だった。

 

 少なくとも、次の食べ歩きまでは。

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