守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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アスラン・ザラは弟子入りしない

 いつものカフェテラスではなかった。

 

 そこは、町外れにある採石場跡だった。

 

 切り立った岩肌。

 

 乾いた砂地。

 

 ところどころに転がる砕けた石。

 

 建物はない。

 

 人通りもない。

 

 多少の音が響いても、驚く者はいない。

 

 少なくとも、剣聖ダグラス・カイエンが「少し見てやる」と言い出した場合、最低限必要な条件は揃っている場所だった。

 

「……なぜ、俺はここにいるんでしょうか」

 

 アスラン・ザラは、手にした訓練用の木剣を見下ろしながら言った。

 

 カイエンは、少し高い岩に腰掛けている。

 

 隣にはアウクソー。

 

 少し離れたところには、シン・アスカが腕を組んで立っていた。

 

「お前が剣を使うって言ったからだヨ」

 

 カイエンは軽く答えた。

 

「MS戦闘の話です」

 

「身体の使い方は同じだ」

 

「同じでしょうか」

 

「同じにしろ」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「マスター。説明が乱暴です」

 

「伝わるだろ」

 

「伝わっていません」

 

 シンがすかさず言った。

 

「アスラン、本当にやるんですか?」

 

「見学だけのつもりだった」

 

「その木剣持ってて見学は無理があるでしょう!」

 

 アスランは木剣を見た。

 

 たしかに、見学の姿ではなかった。

 

「俺は弟子入りしたつもりはない」

 

「誰も弟子入りしろとは言ってねぇヨ」

 

 カイエンは立ち上がった。

 

「ちょっと歩け」

 

「歩く?」

 

「ああ。斬る前に、まず歩け」

 

 アスランは真面目に頷いた。

 

「わかりました」

 

 シンは眉を寄せた。

 

「え、そこからなんですか?」

 

「基礎だろ」

 

 カイエンが言う。

 

「いや、基礎なら普通、畳とか、床とか、ちゃんとした場所でやるんじゃ……」

 

「実戦で畳なんか敷いてくれねぇヨ」

 

「それはそうですけど!」

 

 アウクソーが淡々と言った。

 

「マスターの基礎は、一般的な基礎より少し荒れています」

 

「少し!?」

 

 シンの声が採石場跡に響いた。

 

 アスランは、砂地の上をゆっくり歩いた。

 

 石を避ける。

 

 足場を確認する。

 

 目線は前。

 

 木剣を構えたまま、数歩。

 

 カイエンは黙って見ていた。

 

「止まったナ」

 

 アスランは足を止めた。

 

「今、ですか」

 

「今だ」

 

「石がありました」

 

「石くらいあるヨ」

 

「踏み込む位置を修正しました」

 

「修正する前に、足が死んでる」

 

 アスランの表情が変わった。

 

「足が……」

 

 カイエンは、自分の足元に転がっていた小石を軽く蹴った。

 

「お前は考えすぎる」

 

「考えなければ、判断を誤ります」

 

「考えるなとは言ってねぇ。考える前に足を殺すなって言ってんだヨ」

 

 アスランは黙った。

 

 シンも、少しだけ口を閉じた。

 

 カイエンは続ける。

 

「迷った時、お前は上半身より先に足が止まる。足が止まると、剣も死ぬ。剣が死ぬと、次はお前が死ぬ」

 

 シンは思わず呟いた。

 

「……なんで数歩見ただけで、そこまでわかるんだよ」

 

 アウクソーが答えた。

 

「マスターですので」

 

「説明になってます?」

 

「なっています」

 

 アスランはもう一度、歩いた。

 

 今度は、石を避けすぎない。

 

 砂に足を取られかけても、上半身を崩さない。

 

 木剣の先は、前を向いたまま。

 

 カイエンは、少しだけ目を細めた。

 

「飲み込みは早いナ」

 

「ありがとうございます」

 

「ただ、礼を言うたびに固くなる」

 

「……すみません」

 

「謝るな。さらに固くなる」

 

 シンが頭を抱えた。

 

「アスランにとって難易度高い指導だ……」

 

 カイエンは岩から降りた。

 

「次だ」

 

「はい」

 

「相手が見てるお前は、もう古い」

 

 シンが眉を寄せた。

 

「もう意味がわからない」

 

 アスランは少し考えた。

 

「相手の認識に残っている自分と、実際の位置をずらす、ということですか」

 

「まあ、そうだナ」

 

 アウクソーが言った。

 

「アスラン様の説明の方が正確です」

 

「うるせぇヨ」

 

 カイエンは砂地へ立った。

 

「分身しようと思うな。残像を作ろうとも思うな。相手が斬ろうとした場所に、さっきまでのお前を残せ。今のお前は、もう別の線にいる」

 

「パラレルアタックの基礎、ですか」

 

「基礎の基礎だ」

 

 シンが言った。

 

「今の説明で基礎の基礎なんですか?」

 

 カイエンは答えなかった。

 

 ただ、一歩動いた。

 

 それだけだった。

 

 そう見えた。

 

 だが、シンの目には、カイエンが二人に見えた。

 

 一人は、さっきまで立っていた場所に。

 

 もう一人は、すでにアスランの横に。

 

 遅れて、砂だけが舞った。

 

「分身!?」

 

 シンが叫んだ。

 

「いや、今、分身しましたよね!? デスティニーならできますけど、生身でやるやつじゃないでしょう!」

 

「してねぇヨ」

 

 カイエンは平然と言った。

 

「しました!!」

 

 アウクソーが静かに言う。

 

「見えたなら、まだ初歩です」

 

「基準が怖い!!」

 

 アスランは、カイエンの動いた跡を見ていた。

 

「高速移動による残像ではなく、相手の視線と判断を先にずらす……」

 

「そうだ」

 

 カイエンは頷く。

 

「速さだけでやると、速い奴には通じねぇ。見てる場所、踏む場所、斬ると思わせる線。全部ずらせ」

 

 アスランは木剣を握り直した。

 

「やってみます」

 

 シンが慌てる。

 

「え、今のを!?」

 

「基礎だと言われた」

 

「基礎の概念がおかしいんですよ!」

 

 アスランは動いた。

 

 一歩。

 

 踏み込み。

 

 だが、足場の石に意識が向いた一瞬、木剣の先がわずかに揺れた。

 

 カイエンの木剣が、軽くアスランの肩に触れる。

 

「死んだナ」

 

「……はい」

 

「足場を見た」

 

「見ました」

 

「相手も見ろ。足場も見ろ。剣も殺すな」

 

「はい」

 

 シンが言った。

 

「要求が多い!」

 

 アウクソーが答えた。

 

「実戦ですので」

 

「実戦じゃなくて稽古ですよね!?」

 

「マスターにとっては近いものです」

 

「やっぱり基準が怖い!」

 

 アスランは何度も踏み込んだ。

 

 最初は止まる。

 

 次は崩れる。

 

 その次は、木剣が遅れる。

 

 さらに次は、踏み込みだけが先に行く。

 

 カイエンは、そのたびに軽く打った。

 

 肩。

 

 腕。

 

 膝。

 

 木剣。

 

 痛みはある。

 

 だが怪我はない。

 

 寸止めよりも正確で、手加減よりも冷たい打ち方だった。

 

「お前は、止める剣だナ」

 

 不意に、カイエンが言った。

 

 アスランの動きが止まる。

 

「止める剣?」

 

「勝つためだけじゃねぇ。殺すためだけでもねぇ。誰かが行き過ぎる前に止める剣だ」

 

「……」

 

「悪くねぇ。けど、迷いすぎると止める前に斬られるぞ」

 

 アスランは黙った。

 

 シンも、今回は茶化さなかった。

 

 アウクソーは静かに見ている。

 

「もう一回だ」

 

 カイエンが言った。

 

「はい」

 

 アスランは踏み込んだ。

 

 今度は、わずかに違った。

 

 足場を見た。

 

 だが、目は相手から切らない。

 

 木剣の先は揺れない。

 

 相手が見るアスランと、実際に踏むアスランが、少しだけずれた。

 

 カイエンの木剣が、今度は肩に触れなかった。

 

 触れる前に、アスランが横へ抜けていた。

 

「お」

 

 カイエンが笑った。

 

「少しは見えたナ」

 

 シンが驚いた。

 

「今、アスランも一瞬ずれた……?」

 

「まだ分身じゃねぇヨ」

 

 カイエンが言う。

 

「でも、入口だ」

 

 アスランは息を整えた。

 

「ありがとうございます」

 

「礼で固まるな」

 

「……はい」

 

 その時だった。

 

 岩場の上から、ぱちぱちと小さな拍手が聞こえた。

 

「面白いね」

 

 全員がそちらを見た。

 

 怪盗Xiが、岩の上に座っていた。

 

 いつからいたのか。

 

 いや、たぶん最初からいた。

 

「Xi」

 

 アスランが眉を寄せる。

 

「何をしている」

 

「見学。外注ミラージュナイト見習い一号としては、二号候補の様子を見ておこうかなって」

 

「二号ではない」

 

 シンが叫んだ。

 

「一号も認めていいのか、それ!」

 

 カイエンが言った。

 

「勝手に番号振るナ」

 

 Xiは岩から軽く飛び降りた。

 

「足さばきかあ。逃げ足なら僕も得意だよ」

 

「逃げるのと、消えるのは違うヨ」

 

「盗む時にはどっちも使うけどね」

 

 アウクソーが即座に言った。

 

「用途が不適切です」

 

 シンが言う。

 

「それ以前に犯罪だ!」

 

 Xiは楽しそうに笑っていた。

 

 だが、カイエンの目は笑っていなかった。

 

「お前はまず、逃げ道を剣筋に混ぜる癖を直せ」

 

 Xiの笑みが、ほんの少し止まった。

 

「そこまで見てたんだ」

 

「見えるヨ」

 

「やっぱり面白いね」

 

「面白がる前に直せ」

 

「はいはい」

 

「返事が軽い」

 

 アウクソーが言った。

 

 Xiは肩をすくめた。

 

「じゃあ、真面目に見学するよ」

 

 シンが小声で言った。

 

「絶対真面目じゃない」

 

「聞こえてるよ」

 

「聞こえるように言った」

 

 次は、ディレイアタックの基礎だった。

 

 カイエンは木剣を肩に置き、アスランへ向き直る。

 

「次は遅らせる」

 

 シンが警戒した。

 

「何をですか」

 

「斬った結果だヨ」

 

「意味がわからない!」

 

 アスランは考えた。

 

「打ち込んだ瞬間に効果を出すのではなく、相手の反応を誘ってから本命を通す……?」

 

「まあ、そんな感じだナ」

 

 アウクソーが言う。

 

「またアスラン様が説明を補完されています」

 

「わかりゃいいだろ」

 

 カイエンは木剣を軽く振った。

 

 遅い。

 

 そう見えた。

 

 アスランは受けようとした。

 

 だが、木剣が触れるはずの瞬間、力の向きがずれた。

 

 受けたと思った力は空へ逃げ、遅れて逆側から打撃が来た。

 

 アスランの木剣が弾かれる。

 

「っ!」

 

「今のは受けたんじゃねぇ。受けさせられた」

 

 カイエンは言った。

 

「相手が反応したところを斬る。反応させてから、遅れて本命を入れる。急ぐだけが剣じゃねぇ」

 

 アスランは手の痺れを確認した。

 

「……MS戦闘でも、フェイントや時間差攻撃はあります。ただ、今のはもっと」

 

「もっと何だ」

 

「相手の判断を、こちらの技の一部にしている」

 

 カイエンは笑った。

 

「飲み込み早ぇナ。本当に面倒くせぇけど」

 

「褒めてます?」

 

「半分くらいナ」

 

 シンが言った。

 

「アスラン、今の理解できたんですか?」

 

「理屈は」

 

「理屈は、ってことはやる気ですね!?」

 

「できるとは言っていない」

 

「でもやる顔してる!」

 

 Xiが楽しそうに言った。

 

「アスランって真面目だから、危ないことも真面目に覚えるよね」

 

 アスランがXiを見る。

 

「危ないこととして覚えるつもりはない」

 

「でも応用はするでしょ」

 

「必要なら」

 

 シンが叫んだ。

 

「ほら!」

 

 カイエンは次に、木剣を下ろした。

 

「最後は、風を斬る」

 

 シンは一歩下がった。

 

「今度は何ですか」

 

「真空斬り。ソニックブレードの入口だ」

 

 アウクソーが即座に言った。

 

「マスター。周囲への被害を考えてください」

 

「弱くやるヨ」

 

「マスターの“弱く”は信用できません」

 

 シンが青ざめた。

 

「すごく不安になる会話なんですけど!?」

 

 カイエンは足元の枯れ枝を拾い、少し離れた岩の上に置いた。

 

 剣先が届く距離ではない。

 

 カイエンは木剣を軽く振った。

 

 音は小さかった。

 

 だが、枯れ枝が二つに割れた。

 

 遅れて、岩肌に細い線が入る。

 

 シンが叫んだ。

 

「届いてない! 今、剣届いてないですよね!?」

 

「届かせてねぇからナ」

 

「じゃあ何が届いたんですか!」

 

 アスランは、岩肌の線を見ていた。

 

「……剣速で生じた圧。いや、空気そのものを刃として制御している……?」

 

「近い」

 

 カイエンは言った。

 

「ただ振るな。剣が届かねぇなら、届くものを使え」

 

 シンが頭を抱えた。

 

「なんで理解できるんだよ、アスラン!」

 

 アスランは答えなかった。

 

 ただ、目の前にあるものを見ていた。

 

 自分が知っている剣。

 

 MSのビームサーベル。

 

 ジャスティスの近接戦闘。

 

 ファトゥムの軌道。

 

 自分の判断。

 

 自分の迷い。

 

 それらが、今見たものと重なっていく。

 

 カイエンは木剣を肩に担いだ。

 

「今日はここまでだナ」

 

 その言葉に、シンが心底ほっとした顔をした。

 

「よかった……」

 

 だが、アスランは木剣を下ろさなかった。

 

 しばらく沈黙してから、静かに言った。

 

「カイエンさん」

 

「あ?」

 

「最後に、頂きの高さの一端を見せていただけませんか」

 

 空気が止まった。

 

 シンがアスランを見た。

 

「アスラン?」

 

 アウクソーが、わずかに表情を変える。

 

「マスター?」

 

 Xiも、笑みを浮かべたまま黙った。

 

 アスランは続けた。

 

「俺も、生身で剣は使える方だと思っていました。MSでも、近接戦闘には自信があります」

 

 彼は、採石場の砂地に立っていた。

 

 先ほどまで、自分の足が何度も止まった場所に。

 

「ですが、今日、上には上がいると知りました」

 

 カイエンは黙って聞いている。

 

「その先を、少しだけ見ておきたいんです」

 

 シンは何か言いかけたが、言えなかった。

 

 Xiも、茶化さなかった。

 

 アウクソーだけが、静かに言った。

 

「マスター。一端で済ませてください」

 

 カイエンは笑った。

 

「しつけぇナ」

 

「必要です」

 

「わかってるヨ」

 

「マスターの“わかっている”は信用できません」

 

 シンが小声で言った。

 

「今から何が起きるんですか……」

 

 カイエンは、木剣ではなく、自分の剣を抜いた。

 

 それだけで、空気が変わった。

 

 乾いた風が、止まったように感じた。

 

 アスランは息を呑む。

 

 シンの口も自然と閉じた。

 

 Xiの笑みが、少しだけ薄くなる。

 

 盗むでも、逃げるでもない。

 

 そこにあるのは、ただの到達点だった。

 

 カイエンは採石場跡の奥を見た。

 

 人はいない。

 

 建物もない。

 

 あるのは、古い岩壁と、崩れかけた採石場の一角だけ。

 

「露伴もいねぇし、たまにはいいだろ」

 

 シンが叫んだ。

 

「その理由で危ない技を出そうとしないでください!」

 

 アウクソーは言った。

 

「マスター。一端です」

 

「ああ」

 

 カイエンは剣を肩に置くように構えた。

 

 そして、笑った。

 

「Rock 'n' roll!!」

 

 次の瞬間。

 

 採石場の一角が、消えた。

 

 爆発ではなかった。

 

 光でもなかった。

 

 斬撃が見えたわけでもない。

 

 ただ、そこにあったはずの岩肌が、巨大な獣にえぐり取られたように消えていた。

 

 遅れて、乾いた轟音が響く。

 

 砂が舞った。

 

 風が戻った。

 

 シンは、しばらく声が出なかった。

 

 そして、出た。

 

「いやいやいやいやいや!!」

 

 いつもの倍は大きかった。

 

「軽く!? 今のが軽く!? 軽くで地形変えたんですか!?」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「はい。軽くです」

 

「基準!!」

 

 アスランは、消えた岩壁を見ていた。

 

 言葉が出ない。

 

 出ないまま、ただ見ている。

 

 カイエンは剣を収めた。

 

「頂きってほどのもんじゃねぇヨ」

 

 アスランはゆっくり首を振った。

 

「いいえ」

 

 その声は静かだった。

 

「今のは、確かに頂きの一端です」

 

 Xiが、少し遅れて笑った。

 

 だが、いつもの軽い笑いではなかった。

 

「……なるほどね」

 

 カイエンが見る。

 

「あ?」

 

「外注見習いって言葉、ちょっと軽く使いすぎたかも」

 

 シンが驚いたようにXiを見た。

 

「お前が反省っぽいこと言うと逆に怖いな」

 

「反省じゃないよ。認識の更新」

 

 Xiは、消えた岩肌を見た。

 

「剣聖ダグラス・カイエンって、面白い人だとは思ってたけど」

 

 その目は、いつもより少しだけ真面目だった。

 

「これは、盗めるものじゃないね」

 

 カイエンは鼻を鳴らした。

 

「当たり前だヨ。盗めるなら苦労しねぇ」

 

「でも、真似したくはなる」

 

「危険です」

 

 アウクソーが即座に言った。

 

 カイエンも言う。

 

「お前はまず逃げ道を剣筋に混ぜる癖を直せ」

 

「やっぱりそこなんだ」

 

「そこだ」

 

 Xiは少しだけ肩をすくめた。

 

「……やっぱり凄いね」

 

 その言葉に、シンは何も言わなかった。

 

 茶化せなかった。

 

 アスランは木剣を置き、深く頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

「真似すんなヨ」

 

「今はできません」

 

 カイエンは少し笑った。

 

「今は、か」

 

 シンが慌てて叫んだ。

 

「アスラン!? そこは“しません”って言ってください!」

 

 アスランは消えた岩壁を見たまま言った。

 

「必要になれば、考える」

 

「ほら!!」

 

 Xiが楽しそうに言う。

 

「インフィニットジャスティスでやったら、すごそうだね」

 

「やらない」

 

 アスランは即答した。

 

 少し間があった。

 

「……必要がなければ」

 

「条件つけた!」

 

 シンが叫んだ。

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「マスター。影響が出ています」

 

「俺のせいかヨ」

 

「半分ほどは」

 

「残り半分は?」

 

「アスラン様の真面目さです」

 

 カイエンは笑った。

 

「なら仕方ねぇナ」

 

 シンは頭を抱えた。

 

「仕方なくないです!」

 

 Xiがアスランの横に来た。

 

「じゃあ、外注ミラージュナイト見習い二号として」

 

「二号ではない」

 

「まだね」

 

「まだ、でもない」

 

 カイエンが言った。

 

「弟子入りしてねぇんだろ?」

 

「はい」

 

 アスランは即答した。

 

「俺は弟子入りしたつもりはありません」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「ですが、本日の内容は稽古です」

 

 シンが勢いよく頷いた。

 

「そうですよ! 完全に稽古でしたよ!」

 

「弟子入りではありません」

 

 アスランは真面目に言った。

 

「ご指導を受けただけです」

 

 シンが叫んだ。

 

「それを世間では弟子入りって言うんじゃないですか!?」

 

 Xiが笑う。

 

「少なくとも、外注見習い候補ではあるよね」

 

「違う」

 

 アスランは即答した。

 

 カイエンは、そんな三人を見て、面倒くさそうに、それでいて少し楽しそうに笑った。

 

「まあ、真面目な奴は伸びるヨ。面倒くせぇけどナ」

 

 アスランはもう一度、頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「礼で固まるな」

 

「はい」

 

 アウクソーは、採石場跡の消えた一角を見た。

 

「マスター。後始末はどうなさいますか」

 

「採石場跡だろ」

 

「跡地であっても、地形を変えすぎです」

 

 シンが言った。

 

「そこ、もっと強く言ってください!」

 

 Xiが軽く手を挙げる。

 

「僕、後始末は得意だよ」

 

 カイエンが即座に言った。

 

「盗むなヨ」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「言う顔だ」

 

「出してるんだよ」

 

「なお悪い」

 

 アスランは、そのやり取りを聞きながら、もう一度消えた岩壁を見た。

 

 自分の剣は、まだ途中にある。

 

 自分の足は、まだ止まる。

 

 自分の判断は、まだ迷う。

 

 それでも。

 

 その先に、道があることは見えた。

 

 たとえそこが、畳の上ではなく、荒れた採石場跡から始まる道だったとしても。

 

 アスラン・ザラは、弟子入りしていない。

 

 少なくとも、本人はそう主張した。

 

 だが、その日、彼は剣聖ダグラス・カイエンから足さばきを学び、分身の入口を見て、遅延の理を知り、真空斬りの基礎を目にし、最後には頂きの一端まで見せられた。

 

 シン・アスカは、帰り道で何度も言った。

 

「いや、あれは弟子入りだろ」

 

 アスランは何度も答えた。

 

「違う」

 

 Xiは笑っていた。

 

「外注見習い二号」

 

「違う」

 

 アウクソーは静かに言った。

 

「現状、稽古参加者です」

 

「ほら!」

 

 シンが叫ぶ。

 

「稽古って言った!」

 

 カイエンは歩きながら、面倒くさそうに言った。

 

「どっちでもいいヨ」

 

 そして、少しだけ口元を緩めた。

 

「次は、もう少し足場の悪いところでやるか」

 

 シンが絶叫した。

 

「これ以上!?」

 

 アスランは、ほんの一瞬だけ考えた。

 

「……必要であれば」

 

「アスラン!!」

 

 採石場跡に、またシンの声が響いた。

 

 その日の稽古は終わった。

 

 弟子入りは、していない。

 

 たぶん。

 

 少なくとも、書類上は。

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