守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
アスラン・ザラは、自爆しなかった。
それは、とても良いことだった。
少なくとも、キラ・ヤマトはそう思っていた。
ラクス・クラインも、そう思っていた。
シン・アスカも、口では色々言いながら、内心ではそう思っていた。
カガリ・ユラ・アスハなら、おそらくもっと強くそう思っただろう。
だが、その情報がレディオス・ソープの耳に入った時、事態は少し違う方向へ転がった。
コンパスの一室。
会議用の長机の上に、一冊の資料が置かれていた。
表紙には、整った文字でこう書かれている。
『IJ-MBT応用時 生存性強化プラン』
そして、その下に小さく。
『仮称:Infinite Survive Justice』
アスランは、表紙を見た。
見た瞬間、閉じた。
「要りません」
ソープは目を瞬かせた。
「まだ開いていないよ?」
「開く前からわかります」
シンが横から覗き込んだ。
「……インフィニット、サバイブ、ジャスティス?」
声に出した瞬間、シンの表情も固まった。
「また増えた!!」
「増えていないよ」
ソープは穏やかに言った。
「これは機体案ではない」
アスランは、さらに警戒した。
「では何ですか」
「検討メモだ」
「メモに機体名を付けないでください」
「機体名ではないよ。仮称だ」
「仮称が一番危険なんです」
キラが苦笑した。
「ソープ様の仮称って、だいたい設計図の一歩手前なんですよね……」
「ひどいなあ」
ソープは笑った。
「今回は本当に、前回の反省を踏まえているんだよ」
アスランの目が細くなる。
「前回の反省」
「うん。インフィニットセーフジャスティス案は通行止めになった」
「なりました」
「だから今回は、通行止めを破るつもりはない」
その言葉に、部屋の隅に立っていたログナーが、わずかに眉を動かした。
ソープは続ける。
「ただ、通行止めの看板が立っているなら、その周囲の地形を調べることはできる」
シンが嫌な顔をした。
「それ、抜け道探してません?」
「探していない。測量しているだけだよ」
ログナーが静かに言った。
「陛下。通行止めの看板の横に、測量杭を打たないでください」
「まだ杭は打っていないよ」
「陛下の測量は、しばしば国道になります」
「スケールがでかい!」
シンが叫んだ。
アスランは真顔で言った。
「国道にしないでください」
ソープは、少し困ったように笑った。
「でも、これは本当にFor youなんだ」
「その言葉が出た時点で危険です」
「アスランくんは、自爆ではなく、剣で道を開くことを選んだ」
その言葉に、部屋の空気が少し変わった。
キラがアスランを見る。
ラクスも、静かに目を伏せた。
シンは黙った。
採石場跡での稽古。
剣聖ダグラス・カイエンが見せた、頂きの一端。
マキシマム・バスター・タイフォーン。
そして、アスランが自分の剣で道を開くという可能性。
それは、ただの新技ではなかった。
自分を犠牲にして終わらせるのではなく、生きたまま、守るために斬るという選択だった。
「それは良いことだと思う」
ソープは言った。
「アスランくんが生きて帰る選択肢を持つのは、とても良いことだ」
アスランは黙っていた。
そこだけは、否定できなかった。
ラクスが静かに言った。
「自爆ではなく、剣で道を開いたのですね」
アスランの表情が、わずかに動いた。
ラクスは続ける。
「生き抜くことは、大切ですわ。アスラン」
「ラクス……」
「けれど」
ラクスは、閉じられた資料の表紙を見た。
「その言葉を機体名に背負わせるとなると、少し切実すぎます」
「ありがとうございます」
アスランは、深く頷いた。
ソープは首を傾げた。
「では、名前を変えればいいのかな」
「そこではありません」
即答だった。
シンも即座に乗った。
「そこじゃないです!」
キラは表紙をもう一度見た。
「でも、セーフよりサバイブの方が、名前としてはちょっとカッコいいよね」
アスランがキラを見た。
「キラ」
「いや、受け入れるべきって意味じゃないよ。ただ、前回より拒否しづらい名前にしてきたなって」
「そうなんだよ」
岩場に腰掛けるような気軽さで、窓際にいたXiが言った。
いつの間にいたのか、誰も聞かなかった。
聞くまでもなかった。
「セーフは“ギリギリ助かった”感じがある。でもサバイブは“生き抜いた”感じがある。アスランっぽいよね」
「Xi」
アスランの声が低くなる。
「なぜお前がここにいる」
「面白そうだったから」
「なぜこの資料の内容を知っている」
「見たから」
「いつ」
「今」
「ではなぜ、剣聖天技応用時の機体負荷などという話が資料になっている」
Xiは笑った。
「見てた人ならいるよ」
シンが叫んだ。
「やっぱりお前か!」
「僕は“面白かった”って言っただけだよ。ソープ様が勝手に設計思想まで育てたんだ」
ログナーが淡々と言った。
「種を撒いた時点で同罪だ」
「厳しいなあ」
「妥当です」
ログナーの声には揺らぎがなかった。
ソープは資料を開いた。
アスランは一歩下がった。
「開かないでください」
「見るだけならいいだろう?」
「見るだけで済む資料ではありません」
キラが覗いた。
「……あ、もう内部フレームの負荷分散案がある」
シンが身を乗り出した。
「それメモじゃないですよね!?」
「メモだよ」
ソープは真顔で言った。
「図が多いだけだ」
「図が多いメモは設計図です!」
資料の一ページ目には、インフィニットジャスティスを思わせる機体シルエットが描かれていた。
ただし、その背部ユニットは明らかに大型化している。
肩部には追加装甲。
腰部には姿勢制御用らしきスラスター。
脚部には、既存のビームブレイドとは別に、負荷逃がし用の可動フレームらしきものまで描かれている。
アスランは目を閉じた。
「……具体的すぎます」
「アスランくんが剣聖天技をMSで応用した場合、機体全体に瞬間的なねじれ応力が発生する可能性がある」
「応用しません」
「必要になれば、考えると言ったと聞いたけど」
「誰からですか」
全員の視線がXiに向いた。
Xiは両手を上げた。
「僕は事実を共有しただけだよ」
「共有しないでください」
「情報共有は大事だよ?」
ログナーが言った。
「今回の共有先は不適切だ」
「おっと」
ソープは気にせず説明を続けた。
「だから、サバイブ案では、まずコクピット周辺の多重防護を強化する。次に、剣聖天技応用時の反動を逃がすため、フレーム全体に衝撃分散機構を入れる。さらに、背部ユニットには高機動離脱用の推進系を追加して」
「作る気じゃないですか!」
シンが叫んだ。
「検討だよ」
「検討の解像度じゃない!」
キラは資料をめくりながら言った。
「ソープ様、これ、もし本当に作ったら強いとは思います」
「キラ!」
アスランが即座に反応する。
キラは慌てて手を振った。
「違う違う! 受け入れろって意味じゃない!
ただ技術的に見ると、すごく完成度が高いっていうか」
「キラくんはわかってくれると思った」
「わかるけど通しません」
「残念だなあ」
ラクスが微笑んだ。
「技術的完成度と、本人が望むかどうかは別ですわ」
「その通りです」
アスランは深く頷いた。
ソープは少し考えた。
「では、アスランくんが望む形にすればいい」
「望んでいません」
「自爆しなくて済む機体は、望まない?」
「自爆しないために新型機を作る必要はありません」
「でも、自爆以外の選択肢を増やすのは良いことだよ」
その言葉は、正しかった。
だからこそ、アスランは少し黙った。
シンも、今回はすぐに叫ばなかった。
キラが小さく息を吐く。
ラクスは、アスランの横顔を見ていた。
ソープの善意は、本物だった。
アスランを死なせたくない。
アスランが自分を犠牲にしなくても済むようにしたい。
アスランが剣で道を開くなら、その剣を支える機体を作りたい。
それは、確かにFor youだった。
ただし、受け取る側の防衛線を、斜め上から越えてくるだけで。
「……ソープ様」
アスランは、静かに言った。
「俺は、死にたいわけではありません」
部屋が静かになる。
「自爆を選んだ過去があることは、否定しません。
あの時は、それしかないと思った。俺ごと終わらせれば止められると、そう考えた」
シンは黙っていた。
キラも、ラクスも。
「でも、今は違います。自分を犠牲にする以外の道があるなら、そちらを選びたい」
ソープは、真剣に聞いていた。
「なら」
「だからこそ」
アスランは言葉を重ねた。
「その選択を、機体名や追加装備に預けたくありません」
ソープの目が、少しだけ細くなる。
「自分の剣で選ぶ?」
「はい」
アスランは頷いた。
「生きて帰るのは、機体の名前に決めてもらうことではありません。
俺自身が決めることです」
ラクスが、微笑んだ。
「ええ」
その声は、とても静かだった。
「アスランは、自分の剣で道を開くのですわね」
「はい」
シンが、少し照れくさそうに鼻をこすった。
「……それなら、まあ」
Xiも、珍しく茶化さなかった。
ログナーは、資料を一瞥した。
「陛下」
「うん」
「本件、検討メモの段階で通行止めとします」
「メモまで?」
「陛下のメモは危険です」
「ひどいなあ」
「事実です」
アスランが即答した。
「賛成です」
ソープは腕を組んだ。
「しかし、生還率向上という目的自体は」
「目的は否定しません」
アスランは言った。
「ですが、インフィニットサバイブは拒否します」
シンが頷いた。
「タイトル回収した」
「何の話だ」
アスランが眉をひそめる。
キラは少し笑った。
「じゃあ、名称を変えるとかではなく、既存機体の安全点検程度なら?」
「それなら許容できます」
アスランは答えた。
ソープの顔が明るくなる。
「では、既存インフィニットジャスティスの安全点検および剣聖天技応用時の」
「後半を付けないでください」
「安全点検のみ」
ログナーが確認する。
「安全点検のみです」
ソープは少し残念そうに言い直した。
「安全点検のみ、だね」
ラクスが微笑む。
「それなら、For youですわ」
「なるほど」
ソープは頷いた。
「For youにも、通行可の形があるんだね」
ログナーが言った。
「ございます。相手の望む形であれば」
Xiが小さく笑った。
「ソープ様、抜け道測量失敗?」
「失敗ではないよ。地形理解が深まった」
「前向きだなあ」
「創意工夫は大事だからね」
アスランが警戒した。
「その創意工夫を、機体案に向けないでください」
「じゃあ、名称だけなら」
「向けないでください」
「インフィニットリターンジャスティス」
「帰還を前提にするのは良いですが、機体案は不要です」
「インフィニットライブジャスティス」
シンが叫んだ。
「ライブ会場みたいになってきた!」
Xiが笑う。
「Rock 'n' rollって言うし、ちょうどいいんじゃない?」
「よくない」
アスランの即答は、鋭かった。
ソープはさらに考える。
「インフィニットホームカミングジャスティス」
「長いです」
「インフィニットノーセルフデストラクトジャスティス」
「直接的すぎます!」
シンが叫んだ。
キラは口元を押さえていた。
「でも、理念はわかりやすいね」
「キラ」
「ごめん」
ラクスが小さく笑った。
「名前ではなく、約束にすればよいのではありませんか」
「約束?」
ソープが尋ねる。
ラクスはアスランを見た。
「自爆ではなく、剣で道を開く。けれど、必ず帰ってくる」
アスランは、ラクスの言葉を受け止めた。
その言葉は、機体名よりも重く、けれど押しつけではなかった。
アスランは静かに頷いた。
「努力します」
シンが顔をしかめた。
「努力します、じゃなくて、帰ってくるって言ってくださいよ」
アスランは少しだけ困ったような顔をした。
「……帰ってくる」
シンは頷いた。
「よし」
キラも微笑んだ。
「うん。それが一番いい」
ソープは資料を閉じた。
「わかった。インフィニットサバイブ案は通行止め」
「案ではなくメモです」
ログナーが訂正した。
「メモであっても通行止めです」
「厳しいなあ」
「必要です」
その時、通信端末が鳴った。
キラが画面を確認する。
「あ、カガリからだ」
アスランが少し身構えた。
「カガリ?」
通信が繋がる。
画面に映ったカガリは、どこか急いでいる様子だった。
『アスラン。今、変な機体名が聞こえたんだが』
部屋の空気が止まった。
アスランはXiを見た。
Xiは笑顔で視線を逸らした。
「Xi」
「情報共有って大事だよね」
『インフィニットサバイブジャスティスとは何だ』
アスランは即答した。
「存在しない」
『本当だな?』
「本当だ」
ソープが横から言った。
「仮称だよ」
「ソープ様!」
アスランとシンの声が重なった。
カガリの目が細くなる。
『仮称がある時点で危険だろう』
アスランは深く頷いた。
「その通りだ」
『アスラン』
「何だ」
『お前が自爆ではなく、生きて帰る道を選ぶのは良いことだ』
「……ああ」
『だが、変な名前の機体に乗る必要はない』
「乗らない」
『それでいい』
カガリは少しだけ表情を緩めた。
『お前は、お前の剣で道を開け。そして帰ってこい』
アスランは、少しだけ目を伏せた。
「わかった」
シンが小声で言った。
「惚れ直してる……」
「シン」
「すみません」
カガリは聞こえていたらしく、少し赤くなった。
『シン!』
「すみません!!」
部屋に少しだけ笑いが戻った。
ソープは資料を抱えた。
「つまり、今日の結論は」
ログナーが先に言った。
「インフィニットサバイブ案、通行止め」
アスランが続ける。
「生存性強化を名目にした新型案も通行止め」
シンが続ける。
「剣聖天技をMSでやる前提も通行止め!」
Xiが笑って言う。
「でも、必要になれば考える余地は」
「ない」
アスランは即答した。
少し間があった。
「……基本的には」
シンが叫んだ。
「そこを曖昧にするから駄目なんですよ!!」
キラが苦笑した。
「まあ、アスランだから」
ラクスは穏やかに言った。
「けれど、帰ってくる約束はしました」
カガリが画面の向こうで頷いた。
『それでいい』
ソープは小さく頷いた。
「なら、今回のFor youは、安全点検まで」
ログナーが確認する。
「安全点検までです」
「名称案は?」
「通行止めです」
「メモは?」
「回収します」
「厳しいなあ」
「必要です」
ログナーは資料を手に取った。
表紙の『Infinite Survive Justice』の文字を見て、静かに閉じる。
「陛下」
「何?」
「次回から、仮称を付ける前にご相談ください」
「仮称にも相談が必要?」
「必要です」
アスランは心から同意した。
「必要です」
シンも頷いた。
「絶対必要です」
Xiだけが楽しそうに笑っていた。
「じゃあ次は、コードネームならいいのかな」
ログナーがXiを見る。
「その抜け道も通行止めだ」
「まだ言ってないのに」
「言う顔だ」
「出してるんだよ」
「なお悪い」
アスランは、閉じられた資料を見た。
インフィニットサバイブジャスティス。
名前だけなら、確かに悪くはなかった。
生き抜く正義。
自爆ではなく、生きて帰るための機体。
けれど、それは機体の名前にするものではない。
自分で選ぶことだ。
自分の足で踏み込み、自分の剣で道を開き、自分の意志で帰ってくる。
それでいい。
アスラン・ザラは、インフィニットサバイブを拒否した。
ただし、生きて帰ることまでは拒否しなかった。
その点だけは、確かに大きな前進だった。
*
なお、後日。
回収されたはずの資料の片隅に、ソープの手書きでこう追記されていた。
『安全点検プランとして再整理。
名称なし。
ただし、帰還支援思想は残す。
For youとは、相手が受け取れる形にすること。』
ログナーはそれを確認し、しばらく沈黙した。
そして、判を押した。
「通行可」
ただし、その下に赤字で追記した。
『機体名を付けた時点で、再度通行止め』
アスランは、それを見て深く頷いた。
「妥当です」
シンも頷いた。
「超妥当です」
Xiは笑った。
「惜しかったね、インフィニットサバイブ」
アスランは即答した。
「惜しくない」
その声は、迷いなくまっすぐだった。