守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
怪盗Xiは、退屈していた。
退屈というのは、怪盗にとってあまり良い状態ではない。
何かを盗みたくなる。
誰かを驚かせたくなる。
少しだけ世界をずらして、そこにいる人間たちの反応を見たくなる。
そして、怪盗Xiは思った。
久しぶりに、あれをやろう。
「やあ、みんな」
コンパスの一室に、レディオス・ソープが入ってきた。
白い服。
柔らかな物腰。
穏やかな声。
少しだけ首を傾げる癖。
見る者の警戒心を、ふわりと横へずらすような微笑み。
キラ・ヤマトは顔を上げた。
「あ、ソープさん」
ラクス・クラインも微笑む。
「いらっしゃいませ、ソープ様」
シン・アスカは椅子から立ちかけた。
「こんにちは。今日は何の用件で……」
そこで、アスラン・ザラが眉を寄せた。
「……」
「どうしたんだい、アスランくん」
ソープは、いつものように笑った。
アスランはしばらく見つめてから、言った。
「嫌な予感がします」
シンが振り返る。
「えっ、もうですか?」
「ただし、いつもの嫌な予感とは少し種類が違う」
「そこまで分類できるんですか!?」
キラが苦笑した。
「アスラン、ソープさんを見るたびに警戒分類を増やしてない?」
「必要に迫られている」
「否定できないのがつらいな……」
ソープは、にこにこしている。
「ひどいなあ。僕は何もしていないよ」
「今のところは、です」
アスランは即答した。
その時だった。
部屋の隅で、すえぞうが首を傾げた。
「……」
すえぞうは、てとてとと、ソープの足元へ歩いていく。
そして、くんくんと匂いを嗅いだ。
「すえぞう?」
キラが不思議そうに見る。
ソープはしゃがんだ。
「やあ、すえぞう」
「そうぷ……」
「うん。僕だよ」
すえぞうは、もう一度くんくんした。
そして、羽をばさっと動かした。
「チガう!」
部屋が止まった。
シンが叫ぶ。
「えっ!?」
キラも目を丸くした。
「すえぞうが見破った!?」
すえぞうは胸を張った。
「ニオイ、チガう!」
ソープは一瞬きょとんとした。
次の瞬間、くすくすと笑った。
「うわ、そこかあ」
その声の質が、少し変わった。
姿はソープのまま。
だが、その笑い方は、明らかに違った。
アスランの目が鋭くなる。
「Xi!!」
「正解」
ソープの姿をした怪盗Xiは、肩をすくめた。
「いやあ、かなり似てたと思ったんだけどね」
シンが叫ぶ。
「似てたどころじゃないですよ! 今、普通にソープ様だと思いましたよ!」
「ありがとう」
「褒めてません!」
すえぞうがもう一度言う。
「そうぷ、チガう!」
「厳しいなあ、すえぞう」
その時、扉が開いた。
本物のレディオス・ソープが入ってきた。
「うん。やっぱり匂いまでは難しいんだね」
アスランが振り向いた。
「ソープ様」
「何だい?」
「何を監修しているんですか」
ソープは、悪びれずに答えた。
「姿勢と間の取り方を少しだけね。Xiが、僕の真似をもっと正確にしたいと言うから」
シンが頭を抱えた。
「本人監修の偽物!?」
キラは二人を見比べた。
ソープ。
ソープの姿をしたXi。
並んでみると、たしかに微妙な違いはある。
だが、ぱっと見ではかなりわからない。
ラクスも静かに目を細めた。
「声も、立ち居振る舞いも、とてもよく似ていますわ」
二人のソープは得意げに笑った。
「「でしょ?」」
ラクスは続けた。
「けれど、ソープ様ではありません」
「即答だね」
「当然ですわ」
ソープが微笑む。
「ラキシスにも先に見てもらったけれど、やっぱりすぐに見破られたよ」
アスランは少し安心したような、当然だというような顔をした。
「ラキシス姫様が騙されるようでは問題です」
「うん。そこは僕もそう思う」
Xiソープは肩を落とした。
「ラキシス姫様には、“とてもよく似ていますわ。でもソープ様ではありません”って、すごく優しく即死させられたよ」
シンが言った。
「優しい即死って何ですか」
「痛みが少ない現実だよ」
「余計わからない!」
そのやり取りを、ログナーが静かに見ていた。
いつの間にか、部屋の端に立っていた。
Xiソープは、その視線に気づいて顔を引きつらせた。
「あれ。ログナー司令、いたの?」
「いた」
「いつから?」
「最初からだ」
「最初から見てたなら止めようよ」
「評価していた」
その一言で、Xiソープの笑みが止まった。
「評価?」
ログナーは淡々と言った。
「姿、声、所作、間の取り方。地球圏における陛下の影武者として、実用性がある」
Xiソープは一歩下がった。
「ないよ?」
「ある」
「ないって言ったよね?」
「ある」
シンが小声で言った。
「始まった……」
アスランも、少しだけ同情した。
ログナーは続ける。
「すえぞう殿による匂い判定を除けば、キラ・ヤマト、シン・アスカ、ラクス・クラインに対して数秒以上の誤認が発生した」
「そこ数えないで」
「アスラン・ザラは違和感を覚えたが、即時断定には至らなかった」
アスランが少し悔しそうに眉を寄せた。
「……否定はできません」
「ほら、アスランにも通じた。影武者として十分だ」
「Xi、煽らないでください」
ログナーはさらに言った。
「陛下の地球滞在時における撹乱、危険回避、情報攪乱、およびお目付け役補助として、有用性を認める」
Xiソープの顔色が変わった。
「待って。お目付け役?」
「以前より検討中の任務だ」
「検討しないでって言ったよね?」
「言われた」
「じゃあ」
「却下した」
「僕の意見を!?」
ソープがのんびり言った。
「でもXi、今回は本当によく似ていたよ」
「本人が褒めないで! 逃げ道がなくなる!」
シンが叫んだ。
「逃げ道って言った!」
Xiソープは慌てて言った。
「違う違う。僕はただのイタズラでやったんだよ。採用試験じゃない」
ログナーは首を振る。
「採用試験ではない」
「そうだよね」
「実技評価だ」
「もっと悪い!」
キラが口元を押さえた。
「実技評価……」
ラクスも少しだけ笑っている。
Xiソープは、いよいよ焦った。
「いや、でも致命的な問題があるよね?
すえぞうにバレた。ラキシス姫様にもバレた。つまり影武者失格」
すえぞうが力強く言った。
「チガう!」
「そう。もっと言って、すえぞう」
ログナーは冷静に言った。
「すえぞう殿による識別は、本人確認手段として有効だ。
むしろ運用上の安全性が上がる」
Xiソープが固まった。
「そっちも採用されるの?」
「すえぞう殿は陛下識別要員として有用だ」
シンが叫ぶ。
「パスワードが匂いになった!」
ソープは感心したように頷いた。
「なるほど。生体認証だね」
アスランが即座に言う。
「感心しないでください」
そこへ、別の声が割り込んだ。
「俺は最初から気づいてたヨ」
カイエンだった。
いつの間に来たのか、壁際に寄りかかっている。
隣にはアウクソー。
カイエンは腕を組み、いつもの調子で言った。
「付き合いも長いしな」
アウクソーが静かに言った。
「マスターのは嘘ですね」
カイエンが顔をしかめた。
「おい」
シンが飛びついた。
「嘘なんですか!?」
「はい。三秒ほど迷っておられました」
「三秒なら気づいたうちだろ」
アスランが言う。
「迷ったんですね」
「うるせぇヨ」
Xiソープがにやりと笑った。
「剣聖でも三秒は騙せた、と」
「調子に乗るナ」
ログナーが静かに記録した。
「剣聖ダグラス・カイエンに対し、三秒間の識別遅延」
Xiソープが慌てる。
「記録しないで!」
「極めて高い変装精度だ」
「ほらまた採用理由が増えた!」
アウクソーは淡々と続ける。
「マスターは、見分けたというより、途中で“どちらでも面白い”と判断されました」
カイエンが少し目を逸らす。
「失礼なこと言うナ」
「事実です」
「まあ、どっちでも面白いとは思ったけどヨ」
シンが叫ぶ。
「当たってるじゃないですか!」
Xiソープは、ここぞとばかりに言った。
「でもほら、すえぞうにバレた。ラキシス姫様にもバレた。カイエンには三秒でバレた。影武者としては失格だよね?」
ログナーは即答した。
「逆だ」
「逆って言わないで」
「すえぞう殿、ラキシス様、剣聖級を除けば十分に通用する」
「判定基準が上澄みすぎる!」
シンが叫んだ。
ログナーは続ける。
「地球圏運用としては実用範囲だ」
「地球圏運用とか言わないで!!」
Xiソープは、ソープの姿のまま両手を広げた。
「それに、僕は“ソープ”には化けられても、“アマテラス陛下”には化けられない」
空気が少し変わった。
Xiはその変化を逃げ道だと思った。
「前にやったじゃないか。姿を寄せても、声を寄せても、光の演出まで足しても駄目だった。威光がない。意味がない。存在の密度が違う。君たちがそう言ったんだよ」
ログナーは頷いた。
「言った」
「つまり失格」
「現時点での不足項目だ」
Xiソープが固まった。
「不足項目?」
「そうだ」
「いや、そこは不可能って言ってほしかったんだけど」
「不可能とは言っていない」
「言ってよ!」
ログナーは真顔だった。
「姿、声、所作は合格圏。ソープ様としての再現度は高い。
課題は、陛下としての威光、意味、存在密度」
「課題にしないで」
「課題が明確なのは良いことだ」
「面接官みたいなこと言わないで!」
ソープが興味深そうに言った。
「威光の研修って、どうすればいいんだろうね」
「本人が乗らないで!」
Xiソープは叫んだ。
「まずは僕の隣に立って、圧に慣れるところからかな」
「それ研修じゃなくて精神負荷試験だよ!」
アウクソーが静かに言った。
「段階的な負荷試験は有効です」
「アウクソーまで!?」
カイエンが笑った。
「よかったな、後輩」
「後輩じゃない!!」
ログナーはさらに淡々と続ける。
「研修、検証、本人監修を重ねれば、限定的な影武者運用は可能と判断する」
「判断しないで!」
「レフトナンバー候補として、正式採用の検討価値がある」
Xiソープは、そこでついに変身を解いた。
白い姿がほどけるように消え、いつもの怪盗Xiが現れる。
「はい終わり! 変身解除! イタズラでした!」
ログナーが頷いた。
「変身解除の判断が早い。危機察知能力も高い」
「評価を続けないで!!」
「逃走判断、状況把握、変装精度、危機回避。いずれも高水準」
「やめて! 採用理由が増える!」
すえぞうがXiの周りを回りながら言った。
「そうぷ、チガう!」
「そうだよ、違うよ。ほら、影武者失格」
「すえぞう殿による識別反応も迅速。併用すれば本人確認体制は強化される」
「すえぞう、裏切られた気分だよ」
「ハラへった!」
「急にいつものすえぞうに戻った!」
キラは笑いをこらえながら言った。
「でも、たしかにすごい精度だったよね」
「キラ、褒めないで」
「いや、本当に。僕、最初は普通にソープさんだと思ったし」
「それを言うとログナーが喜ぶ」
ログナーは表情を変えずに言った。
「喜んではいない。評価している」
「もっと怖い」
ラクスは穏やかに言った。
「Xi様。イタズラとしては、少し完成度が高すぎましたわね」
「ラクスまで」
「完成度が高すぎるイタズラは、時に仕事になります」
シンがうなずいた。
「名言っぽいけど怖い!」
アスランは腕を組んだ。
「Xi。今回ばかりは自業自得だ」
「アスランに言われると重いなあ」
「なぜだ」
「君も真面目にやった結果、いつの間にかカイエンの稽古参加者になってたじゃないか」
アスランは黙った。
シンがすかさず言う。
「それはそう!」
「シン」
「すみません。でもそれはそうです!」
カイエンがにやりと笑う。
「弟子入りしてねぇんだろ?」
「していません」
「じゃあ、Xiも採用されてねぇんじゃねぇか?」
Xiがぱっと顔を上げる。
「そう! それ! カイエン、もっと言って!」
カイエンは続けた。
「まだな」
「余計な一言!!」
アウクソーが静かに補足した。
「現状、採用前評価段階です」
「言い方が一番嫌だ!」
ログナーは、Xiを見る。
「契約条件については、後日整理する」
「整理しないで!」
「報酬、任務範囲、守秘義務、変装使用条件、すえぞう殿による本人確認手順」
「すえぞうまで契約に入ってる!」
「必要だ」
「必要じゃない!」
ソープは楽しそうに言った。
「でもXi、もし僕に化けられるなら、僕が何か危ないことを考えた時に、
代わりに少しだけ外に出てもらうこともできるね」
アスランが即座に反応する。
「ソープ様。それは、ソープ様の危険な思いつきを外部に出さないための影武者ですか」
「そうだね」
シンが叫んだ。
「お目付け役兼影武者だ!」
Xiは青ざめた。
「待って。僕がソープ様に化けて、ソープ様の危険な思いつきを止めるの?」
ログナーが頷く。
「そうだ」
「本人より責任が重くない!?」
「陛下の外部行動を制御する補助任務だ」
「怪盗の仕事じゃない!」
「怪盗としての技術が役立つ」
「そこを評価しないで!!」
ラクスが微笑む。
「Xi様。責任あるお役目は、信頼の証でもありますわ」
「信頼しないでほしい時もあるんだよ」
キラが言った。
「珍しいね、Xiがこんなに慌てるの」
「キラ、君たちはわかってない。盗んだものなら、返すか隠すか逃げるか選べる。
でも契約は違う。責任が袋に詰まって渡されるんだ」
シンが首を傾げた。
「それ、前にも似たようなこと言ってませんでした?」
「言ったよ。だから怖いんだよ」
ログナーは淡々としたまま言った。
「責任を理解している点も評価できる」
「しまった!」
Xiは頭を抱えた。
「何を言っても評価に変換される!」
すえぞうが羽をばさばさした。
「ハラへった!」
「すえぞうは自由でいいなあ!」
ソープは少し考えてから言った。
「じゃあ、今日は正式採用ではなく、候補として保留にしよう」
Xiはすぐに顔を上げた。
「保留?」
「うん。Xiが嫌がっているなら、無理に決めるのはFor youじゃないから」
ログナーがソープを見る。
「陛下」
「何?」
「その判断は通行可です」
「そう?」
「はい」
Xiは胸を撫で下ろした。
「助かった……」
だが、ログナーは続けた。
「ただし、候補者リストから外す理由にはならない」
Xiの表情が崩れた。
「助かってなかった!」
「今後の研修、検証、本人監修、すえぞう殿による匂い判定、ラキシス様による最終確認を経て、再評価する」
「再評価しないで!」
カイエンが笑った。
「よかったな。道が残ったぞ」
「残さないで!」
アウクソーが言った。
「マスター。Xi様は本気で嫌がっておられます」
「そうか?」
「はい」
Xiは勢いよく頷いた。
「そうだよ! 僕はただ、ちょっと陛下に化けて驚かせたかっただけなんだ!」
アスランが冷静に言った。
「ちょっとした出来心が、重大責任に繋がることもある」
「今日の教訓みたいに言わないで」
シンが腕を組んだ。
「でも、今回に限っては本当にそれですね」
「シンまで!」
キラは笑った。
「まあ、Xiらしいというか」
ラクスも頷く。
「イタズラの完成度が高すぎたのですわ」
ソープはXiに近づき、ぽんと肩に手を置いた。
「よく似ていたよ、Xi」
「だから本人が褒めると逃げ道がなくなるんだってば!」
ログナーが静かに言った。
「逃げ道も含めて評価対象だ」
「ミラージュ騎士団怖い!!」
Xiの叫びが、部屋に響いた。
その後、ログナーは記録をまとめた。
『怪盗Xiによるレディオス・ソープ変装試験。
本人監修あり。
すえぞう殿により匂いで即時識別。
ラキシス様は事前確認にて即時識別。
剣聖ダグラス・カイエン、約三秒の識別遅延。
キラ・ヤマト、シン・アスカ、ラクス・クライン、数秒以上誤認。
アスラン・ザラ、違和感を認識するも即断には至らず。
地球圏における影武者運用、および陛下お目付け補助として有用性あり。
陛下としての威光、意味、存在密度は未達。今後の研修課題。』
Xiはそれを覗き込み、悲鳴を上げた。
「研修課題って書かれてる!!」
ログナーは判を押した。
「保留」
「採用より怖い保留だよ!」
ソープは楽しそうに笑った。
「次は、もう少し匂いの部分を考えてみようか」
「次を作らないで!」
すえぞうが元気よく叫ぶ。
「そうぷ、チガう!」
Xiはすえぞうを抱え上げた。
「すえぞう、君だけが頼りだ。次も絶対に見破って」
「ハラへった!」
「頼りになるのかならないのか!」
カイエンが笑う。
「まあ、頑張れヨ。影武者候補」
「候補じゃない!」
アウクソーが静かに言った。
「現状、正式採用前の保留候補です」
「もっと嫌な言い方!!」
アスランは小さく息を吐いた。
「Xi。今回の件でわかったことがある」
「何?」
「ソープ様の真似は、危険だ」
「今さら!?」
シンが深く頷いた。
「本当に今さらですけど、真理ですね」
キラも頷いた。
「ソープさんに化けると、ソープさんの責任も近づいてくるんだね」
ラクスは微笑んだ。
「姿を借りるということは、役目の影も近づくということですわ」
Xiは黙った。
そして、少しだけ遠い目をした。
「……盗むだけなら、楽だったんだけどなあ」
ログナーが言った。
「ならば盗むな」
「そこに戻る?」
「当然だ」
ソープは笑った。
「でも、面白かったね」
アスラン、シン、キラ、ログナーが同時に言った。
「「その言葉が一番危険です」」
すえぞうだけが、元気に叫んだ。
「ハラへった!」
怪盗Xiは、影武者に採用されたくなかった。
少なくとも、本人は強くそう主張した。
だが、その日の記録には、確かにこう残された。
『怪盗Xi。
陛下影武者候補として、保留。
本人は強く否定。
なお、否定反応の速さも評価対象。』
Xiはその最後の一文を見て、机に突っ伏した。
「もう、何をしても逃げられない気がする……」
ログナーは静かに言った。
「気のせいではない」
「否定して!!」