守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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怪盗Xiはアスランの責任を知らない

 いつものカフェテラスで、岸辺露伴はスケッチブックを開いていた。

 

 向かいにいるのは、剣聖ダグラス・カイエン。

 

 その隣には、アウクソー。

 

 少し離れた席には桂木弥子がケーキを食べており、泉京香は紅茶を片手に、露伴の挙動を監視していた。

 

「だから、質問は一つだけだ」

 

 露伴は言った。

 

「剣聖にとって、“斬る”とは何か。これだけでいい」

 

「その“一つだけ”から増えるんだろ」

 

 カイエンは面倒くさそうに言った。

 

「増えない」

 

「増えるナ」

 

「先生、増えます」

 

 泉が即座に言った。

 

 露伴は不満げに泉を見る。

 

「泉君。君は僕の担当編集だろう。作家の探究心を少しは尊重したまえ」

 

「尊重しています。ですが、相手が答えたくないことまで聞くのは止めます」

 

「答えたくないとは言っていないだろう」

 

 露伴がカイエンを見る。

 

 カイエンは、焼き菓子を一つ口に放り込みながら言った。

 

「答える気もねぇけどナ」

 

「ほら」

 

 泉が言った。

 

 露伴は眉をひそめた。

 

「君たちは創作というものを――」

 

「露伴」

 

 その時、背後から落ち着いた声がした。

 

 全員が振り返る。

 

 そこに立っていたのは、アスラン・ザラだった。

 

 整った姿勢。

 硬めの表情。

 まっすぐな視線。

 そして、何かを止めるために来たような空気。

 

「カイエンさんが迷惑がっています」

 

 露伴は少し目を細めた。

 

「また君か、アスラン・ザラ」

 

「また、です」

 

 アスランはきっぱりと言った。

 

「今日は、カイエンさんに無理な取材をしないでください」

 

「取材ではない。質問だ」

 

「露伴の質問は、取材です」

 

 泉が頷いた。

 

「それはそうですね」

 

「泉君まで」

 

 カイエンは少し笑った。

 

「助かったヨ。こいつ、しつけぇからナ」

 

「カイエンさんが答えたくないなら、答える必要はありません」

 

 アスランはそう言って、露伴のスケッチブックへ視線を向けた。

 

「メモも、本人の許可を取ってからにしてください」

 

 露伴は鼻を鳴らした。

 

「君は本当に、僕の創作活動に対して警戒心が強いな」

 

「前例があります」

 

「便利な言葉だな、前例というのは」

 

 泉は少し安心したように息を吐いた。

 

「アスランさんが来てくださって助かりました」

 

 アスランは軽く頭を下げた。

 

「いえ。通りかかっただけです」

 

 その答えは、自然だった。

 誰も疑わなかった。

 少なくとも、その時点では。

 

 弥子が、ふと顔を上げた。

 

「あ、アスランさんもケーキ食べます?」

 

 テーブルの上には、なぜかケーキ皿が複数並んでいた。

 

 チーズケーキ。

 チョコレートケーキ。

 モンブラン。

 フルーツタルト。

 

 弥子にとっては、まだ軽食の範囲だった。

 

 アスランは一度、首を横に振った。

 

「いえ、俺は……」

 

「遠慮しないでください。このチーズケーキ、すごくおいしいですよ」

 

「……では、少しだけいただきます」

 

 泉が微笑んだ。

 

「アスランさんらしいですね」

 

 弥子も嬉しそうに皿を差し出す。

 

「どうぞ!」

 

 アスランは丁寧にフォークを受け取り、小さく一口食べた。

 

「……おいしいですね」

 

「ですよね!」

 

 弥子は満面の笑みを浮かべた。

 

 ここまでは、完璧だった。

 

 怪盗Xiは、内心で笑っていた。

 ログナー司令は多忙で不在。

 キラもシンもいない。

 ラクスもいない。

 アスラン本人も、ここにはいない。

 

 場所は、いつものカフェテラス。

 観客は、弥子、露伴、泉、カイエン、アウクソー。

 

 少し危ない面子ではある。

 だが、面白い。

 

 成功すれば楽しい。

 失敗すれば、「やっぱり影武者には向いていない」とログナー司令に言い訳できる。

 

 趣味と実益を兼ねた、ちょうどいいイタズラだった。

 

「アスランさん、こっちのモンブランも食べます?」

 

 弥子が言った。

 

 Xiは一瞬、判断した。

 

 アスランなら遠慮する。

 だが、さっき一度遠慮した。

 なら、二度目はどうか。

 少しくらいなら、自然だろう。

 

「……では、もう少しだけ」

 

 弥子は嬉しそうに皿を寄せた。

 

「どうぞどうぞ!」

 

 泉が、そこで少しだけ首を傾げた。

 

「……あら」

 

 偽アスランは、平静を装った。

 

「何か?」

 

「いえ。アスランさん、今日は少し素直ですね」

 

「そうでしょうか」

 

「ええ。いつもなら、もう一度くらい遠慮なさる気がします」

 

 弥子もフォークを止めた。

 

「あ、たしかに。いつものアスランさんなら、『いや、本当に俺は』って言いそうです」

 

「……そうですか」

 

 露伴が面白そうに笑った。

 

「なるほど。遠慮の回数に違和感があるわけか」

 

「露伴。観察対象にしないでください」

 

 偽アスランは即座に言った。

 

 露伴は肩をすくめる。

 

「その反応は本物っぽい」

 

 カイエンは、じっとアスランを見ていた。

 

「お前」

 

「はい」

 

「今日、足が軽いナ」

 

「足、ですか」

 

「ああ。前に見た時より、地面に責任を埋めてねぇ」

 

 弥子が目を丸くした。

 

「地面に責任!?」

 

 泉は少し考えた。

 

「抽象的ですが、少しわかる気がします」

 

「わかるんですか!?」

 

 弥子が驚く。

 

 カイエンは続けた。

 

「本物は、立ってるだけで何か背負ってる。で、背負いすぎてる」

 

「ひどい言い方ですね」

 

 偽アスランは言った。

 

 カイエンは笑った。

 

「だが、本人なら今のを否定する前に少し考える」

 

 偽アスランは黙った。

 

 露伴の目が輝いた。

 

「面白い」

 

「面白がらないでください」

 

「いや、面白い。顔、声、姿勢、反応はかなり近い。だが、責任感、自責、遠慮、警戒心。その配分が少し違う」

 

 泉が露伴を睨んだ。

 

「先生。今、完全に取材の顔です」

 

「これは取材じゃない。検証だ」

 

「同じです」

 

 偽アスランは、内心で舌打ちした。

 

 まずい。

 顔も声も姿勢も似せた。

 露伴への警戒も再現した。

 カイエンをかばる行動も、ケーキへの遠慮も入れた。

 それでもまだ足りない。

 

 アスラン・ザラ、再現項目が多すぎる。

 

 その時。

 

「……何をしている」

 

 背後から声がした。

 

 今度こそ、本物の声だった。

 

 全員が振り向く。

 

 そこに、アスラン・ザラが立っていた。

 

 偽アスランと、本物のアスラン。

 

 二人のアスランが、カフェテラスで向かい合う。

 

 弥子が叫んだ。

 

「アスランさんが二人!?」

 

 露伴が立ち上がる。

 

「ほう」

 

 泉はすぐに眉を寄せた。

 

「Xiさんですね」

 

 偽アスランは苦笑した。

 

「バレるの早くない?」

 

 本物のアスランは、静かに偽物を見据えた。

 

「俺の姿で、何をしている」

 

「ちょっとしたイタズラだよ」

 

「俺の姿で軽く言うな」

 

「そこ?」

 

「そこだ」

 

 カイエンが笑った。

 

「並ぶとわかりやすいナ」

 

 弥子は二人を見比べた。

 

「あ、本当だ……本物のアスランさんの方が、なんというか」

 

「重い?」

 

 露伴が言う。

 

 弥子は申し訳なさそうに頷いた。

 

「はい……」

 

 アスランは眉を寄せた。

 

「どういう意味ですか」

 

 カイエンが言った。

 

「その反応が重い」

 

 泉も静かに頷いた。

 

「本物ですね」

 

「泉さんまで」

 

 偽アスランは肩をすくめた。

 

 そして、姿をほどいた。

 

 アスランの輪郭が揺れ、怪盗Xiの姿へ戻る。

 

「はい、失敗。本人が来たらバレた。弥子にも泉さんにも違和感を持たれた。カイエンにも途中から見抜かれた。露伴にも検証された」

 

 Xiはわざとらしく両手を広げた。

 

「つまり、影武者としては失格だよね。ログナー司令にはそう言っておいて」

 

 カイエンがにやりと笑った。

 

「逃げる気満々だナ」

 

「逃げ道を確保するのは怪盗の基本だよ」

 

 アスランは真面目に言った。

 

「ログナー司令には、事実をそのまま伝えるべきだ」

 

 Xiは顔をしかめた。

 

「その“事実をそのまま”が一番困るんだよ」

 

「なぜだ」

 

「君に化けるの、途中まで成功してたから」

 

 露伴がすかさず言った。

 

「認めたな」

 

 泉は鞄からメモ帳を取り出した。

 

「事実確認としては、本人不在時には一定時間成立。露伴先生の取材制止も高精度。ケーキの受け取りで遠慮回数に違和感。カイエンさんが立ち方に違和感。本人登場後、即時破綻」

 

「泉さん、まとめないで」

 

「正確な報告には必要です」

 

「必要じゃない」

 

 アスランが言った。

 

「必要だ」

 

「本人が一番困ることを言わないで」

 

 カイエンはアスランを見た。

 

「まあ、こいつにしてはよくやってたんじゃねぇか?」

 

「カイエンさん」

 

「ただ、お前の責任までは知らねぇみてぇだナ」

 

 その言葉に、Xiが少しだけ黙った。

 

「……責任」

 

「ああ」

 

 カイエンは言った。

 

「お前は顔と声と癖は盗める。けど、そいつが何を背負って立ってるかまでは盗めねぇ」

 

 露伴も頷いた。

 

「そこだ。偽物は、アスラン・ザラの“形”をしていた。だが、アスラン・ザラの“重さ”を知らなかった」

 

 弥子が小さく言った。

 

「責任の味が薄かった、みたいな……」

 

 泉が感心したように弥子を見る。

 

「弥子さん、それは少しわかりやすいです」

 

 Xiは、しばらく黙っていた。

 

 そして、苦笑した。

 

「あちゃー……なるほどね」

 

 その声には、いつもの軽さがあった。

 だが、少しだけ違うものも混じっていた。

 

「アスランの責任を知らない、か」

 

 本物のアスランは、Xiを見る。

 

「知る必要はない」

 

「優しいね」

 

「違う。俺の責任は、俺のものだ」

 

 Xiは目を細めた。

 

「そういうところだよね」

 

「何がだ」

 

「重いところ」

 

 アスランは黙った。

 

 カイエンが笑う。

 

「本物だナ」

 

 露伴が頷く。

 

「本物だ」

 

 泉も頷いた。

 

「本物ですね」

 

 弥子も頷いた。

 

「本物のアスランさんです」

 

「……」

 

 アスランは少しだけ困った顔をした。

 

 Xiは肩をすくめた。

 

「まあいいや。これは失敗。

 ちゃんとログナー司令には、不適格って報告しておいて」

 

 泉が言った。

 

「不適格ではなく、再現課題あり、ですね」

 

「言い換えないで」

 

 露伴が楽しそうに言った。

 

「課題は、責任感、自責、遠慮、警戒心の再現。特に責任感の厚みだな」

 

「先生もまとめないで」

 

 カイエンが続ける。

 

「あと足だナ。軽い」

 

「剣聖まで」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「Xi様。マスターの指摘は、今回は比較的正確です」

 

「アウクソーまで!」

 

 Xiは頭を抱えた。

 

「何でみんな、失敗を改善点に変換するのさ」

 

 アスランは少し考えてから言った。

 

「ログナー司令なら、多分そうする」

 

「一番聞きたくない予想!」

 

 その予想は、後日、的中した。

 

 

 ログナーは、泉がまとめた報告書を読んでいた。

 

 目の前にはXi。

 

 なぜかアスランも同席している。

 

「怪盗Xiによるアスラン・ザラ変装実験」

 

「実験じゃない。イタズラ」

 

「本人不在環境において一定時間成立」

 

「成立してない。最終的にバレた」

 

「最終的にバレるのは当然だ。本人が来た」

 

「そこは失格理由でしょ」

 

「本人登場時の破綻は評価対象外とする」

 

「評価対象外にしないで!」

 

 ログナーは続ける。

 

「露伴殿への制止行動は高精度。桂木弥子殿への遠慮は初回成功、二度目で不足。泉京香殿が違和感を認識。剣聖ダグラス・カイエンは立ち方および足運びの軽さを指摘」

 

 Xiは椅子に沈んだ。

 

「ちゃんと報告されてる……」

 

「当然だ」

 

 ログナーは淡々と言った。

 

「課題は明確だ」

 

「その言い方、やめて」

 

「アスラン・ザラに化けるには、責任感、遠慮、自責、警戒心の再現が不足している」

 

「不足してていいんだよ」

 

「特に責任感の再現が不十分」

 

「だから責任感は盗めないんだって」

 

「ならば研修が必要だ」

 

 Xiは固まった。

 

「……何の?」

 

「責任感研修」

 

「一番嫌な研修!!」

 

 アスランが真面目に言った。

 

「俺にも必要でしょうか」

 

 Xiが振り向いた。

 

「君は増やさないで! 十分あるから!」

 

 ログナーはアスランを見た。

 

「アスラン・ザラについては、責任感を減らす方向の調整が必要かもしれない」

 

 アスランは黙った。

 

「……そうでしょうか」

 

「そうだ」

 

 Xiは思わず笑った。

 

「ほら、アスランも研修対象じゃないか」

 

「Xi」

 

 ログナーの声が低くなる。

 

「お前は逃げるな」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 ログナーは報告書に判を押した。

 

『怪盗Xi。

 アスラン・ザラ変装、一定水準で成立。

 ただし責任感の再現に課題。

 本人は強く不適格を主張。

 なお、その主張も責任回避傾向として記録。』

 

 Xiは最後の一文を見て、頭を抱えた。

 

「もう何を言っても評価される……」

 

 ログナーは言った。

 

「評価している」

 

「やめて」

 

 アスランは、少しだけXiに同情した。

 

「Xi」

 

「何?」

 

「俺に化けるのは、やめた方がいい」

 

 Xiは深く頷いた。

 

「うん。思ったより面倒だった」

 

「そういう意味ではない」

 

「そういう意味もあるよ」

 

 ログナーは静かに資料を閉じた。

 

「次回までに、責任感の基礎を」

 

「次回がある前提で話さないで!!」

 

 Xiの叫びが響いた。

 

 怪盗Xiは、アスラン・ザラの姿を盗めた。

 声も、仕草も、警戒の言葉も、それなりに盗めた。

 だが、アスラン・ザラの責任までは知らなかった。

 

 そして、知らなかったことを指摘された結果。

 それは失格理由ではなく、研修課題になった。

 

 

 Xiは、しばらくカフェテラスに現れなかった。

 

 理由を聞かれた時、彼はこう答えたという。

 

「退屈より責任の方が怖い時もあるんだよ」

 

 なお、ログナーの記録には、こう追記されていた。

 

『責任への恐怖を自覚。

 研修効果の兆候あり』

 

 Xiは、それを見て叫んだ。

 

「兆候にしないで!!」

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