守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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アスラン・ザラはマヨネーズを買ってくる

 レンタルキッチンには、油の香ばしい匂いが広がっていた。

 

 広い調理台。

 並べられた鶏肉。

 下味用のボウル。

 片栗粉と小麦粉。

 付け合わせの野菜。

 大量の皿。

 そして、なぜか少し厳粛な空気。

 

 桂木弥子は、腕まくりをして宣言した。

 

「今日は、ちゃんと自分たちで唐揚げを作ります!」

 

 その横で、すえぞうが羽をばたばたさせた。

 

「カラアゲ!」

 

 シン・アスカは、ボウルの中の鶏肉を見ながら言った。

 

「弥子さん。その“ちゃんと”っていうのは……」

 

「安全で、普通で、おいしい唐揚げです」

 

「ああ……」

 

 Xiは思い出した。

 

 以前の移動販売車。

 

 ヘキサクス系列の唐揚げ。

 

 すえぞうが一個で腹いっぱいになった、あの異常な唐揚げ。

 

 コスパは良かった。

 

 言い方は最悪だが。

 

「今回はヘキサクス関係なしです!」

 

 弥子は力強く言った。

 

「自分たちで作るから安心です!」

 

 脳噛ネウロが、少し離れたところで笑っていた。

 

「貴様が“安心”と言うと、量の面で安心できんな」

 

「量は普通です!」

 

 シンは調理台の鶏肉を見た。

 

 明らかに普通ではない量があった。

 

「普通……?」

 

 怪盗Xiは椅子に腰掛け、肘をついて眺めていた。

 

「弥子基準なら普通なんじゃない?」

 

「その基準を採用していいんですか?」

 

 シンが言うと、すえぞうが元気よく叫ぶ。

 

「フツウ!」

 

「すえぞう、今のは覚えなくていい」

 

 その時、扉が開いた。

 

 アスラン・ザラが、買い物袋を両手に提げて入ってきた。

 

「遅れてすまない。足りないものを買ってきた」

 

「ありがとうございます、アスラン」

 

 シンが袋を受け取る。

 

 アスランは中身を確認しながら並べていった。

 

「サラダ用の野菜、追加の油、キッチンペーパー、レモン、それからマヨネーズだ」

 

 シンの目が、まずレモンで止まった。

 

「……念のため言っておきますけど」

 

「何だ」

 

「唐揚げに勝手にレモン絞るなよ」

 

 Xiが吹き出した。

 

「最初にそこ?」

 

 シンは真剣だった。

 

「大事だろ! かけたい人がかける! かけたくない人にはかけない! これは唐揚げ平和条約だ!」

 

 弥子も深く頷いた。

 

「唐揚げの主権は個人にあります」

 

「唐揚げの主権」

 

 アスランは少し考え、真面目に頷いた。

 

「わかった。レモンは各自の判断に任せる」

 

「軍事作戦みたいに確認しなくていいです」

 

「食の衝突は避けるべきだ」

 

「それはそうですけど!」

 

 すえぞうがレモンを覗き込む。

 

「レモン?」

 

「酸っぱいぞ」

 

「スッパイ!」

 

 そして、弥子の視線はマヨネーズへ移った。

 

 白い容器。

 

 金色のラベル。

 

 少し高級そうなデザイン。

 

「おお……マヨネーズ!」

 

 弥子の目が輝いた。

 

「唐揚げにマヨネーズ、いいですね!」

 

「付け合わせのサラダにも使えると思った」

 

 アスランは言った。

 

「普通に棚に並んでいた」

 

 弥子が手を伸ばす。

 

 その瞬間。

 

「待って」

 

 Xiの声が、少しだけ低くなった。

 

 弥子の手が止まる。

 

「Xi?」

 

「そのメーカー、見せて」

 

 アスランは、マヨネーズをXiへ渡した。

 

 Xiはラベルを見る。

 

 そして、眉間に皺を寄せた。

 

「……ヘキサクス・ファームズ」

 

 シンの顔が引きつった。

 

「またですか!?」

 

 弥子も固まった。

 

「ヘキサクス……」

 

 すえぞうが首を傾げる。

 

「ヘキ?」

 

 Xiは小さく舌打ちした。

 

「あのクソ親父……今度はマヨネーズかよ」

 

 アスランの表情が曇る。

 

「すまない。普通の商品だと思った」

 

「いや、アスランのせいじゃない」

 

 Xiは即座に言った。

 

「普通の棚に普通の顔して並んでる方が悪い」

 

 ネウロは、にたりと笑った。

 

「市場に紛れる悪意か。前回の缶スープと同じ系統だな」

 

「でも、まだ何かあると決まったわけでは……」

 

 弥子はマヨネーズを見つめていた。

 

 揚げ油の音がする。

 

 じゅわっ、という音。

 

 衣がきつね色になっていく匂い。

 

 唐揚げは、もうすぐ完成する。

 

 目の前にはマヨネーズ。

 

 唐揚げ。

 

 マヨネーズ。

 

 唐揚げ。

 

 弥子の警戒心と食欲が、真正面からぶつかった。

 

「弥子」

 

 Xiは静かに言った。

 

「ヘキサクスの“まだ大丈夫”は、大丈夫じゃない」

 

 シンが思わず頷く。

 

「経験者の言葉が重い……」

 

 だが、弥子の目は揺れていた。

 

「でも、唐揚げが……」

 

「食欲に負けるな!」

 

 シンが叫ぶ。

 

「まだ負けてません!」

 

 ネウロは愉快そうに眺めていた。

 

「ククク……食欲と危機管理のせめぎ合いか。なかなか良い顔をする」

 

「見物しないで!」

 

 その間にも、唐揚げは揚がった。

 

 黄金色。

 

 衣はさくさく。

 

 湯気が立ち、肉汁の気配がある。

 

 すえぞうが前のめりになった。

 

「カラアゲ!」

 

「熱いから待て!」

 

 シンが慌てて止める。

 

 弥子は、皿の前で深呼吸した。

 

「確認します」

 

「何をですか」

 

「マヨネーズが安全かどうかを」

 

「食べて確認するのは駄目です」

 

 アスランが即座に言った。

 

 弥子は残念そうにうなずいた。

 

「では、ほんの少しだけ……」

 

「それも駄目です」

 

「舌先に一滴だけ」

 

「駄目です」

 

「香りだけ」

 

「香りもやめておいた方がいい」

 

 Xiが言った。

 

「ヘキサクス製品は、入口を増やさない方がいい」

 

 その時。

 

 Xiの端末が鳴った。

 

 軽い電子音。

 

 差出人不明。

 

 件名。

 

『一族自慢の一品について』

 

 Xiの顔色が変わった。

 

「……来た」

 

 シンが身構える。

 

「何ですか?」

 

 Xiは画面を開いた。

 

 短い文章が表示される。

 

『我が一族の農場で採れた卵で作らせた、特製のマヨネーズだ。

 

 常人が食べると、全ての食べ物が“実家の母親が作った唐揚げの味”にしか感じられなくなるが……

 

 慣れるとクセになる。』

 

 沈黙。

 

 弥子の手には、すでに唐揚げがあった。

 

 その唐揚げには、ほんの少しだけマヨネーズが付いていた。

 

 口に運ぶ直前だった。

 

 弥子は、その文面を読んだ。

 

 そして。

 

 顔から血の気が引いた。

 

「……」

 

「弥子さん?」

 

 シンが不安そうに声をかける。

 

 弥子は震える手で、唐揚げを皿に戻した。

 

 Xiも、端末を持ったまま固まっていた。

 

 そして、二人が同時に叫んだ。

 

「危なかった!!」

 

「危なかった!!」

 

 シンが叫ぶ。

 

「本当にギリギリじゃないですか!!」

 

 弥子は胸を押さえた。

 

「あと一秒遅かったら、私の食生活が終わるところでした!」

 

「そこまで!?」

 

 シンは驚いた。

 

「いや、“実家の母親が作った唐揚げの味”って、普通は懐かしい味とか、家庭の味とか、そういう……」

 

「違います!!」

 

 弥子の声は本気だった。

 

 普段の食欲とは別種の必死さがあった。

 

「私にとって、それは味ではありません。災害です」

 

「災害!?」

 

 Xiが額に手を当てた。

 

「ああ、そうか。弥子の母親って……」

 

 ネウロが、愉快そうに笑った。

 

「桂木遥。料理の腕前は壊滅的。弥子からはテロ行為と恐れられている」

 

「ネウロ、説明しないで!」

 

「調理器具を買うためにホームセンターの工具売り場へ向かう女だ」

 

 シンが固まった。

 

「工具売り場?」

 

「作った料理が、しばしば無機物のような何かへ変貌する」

 

「料理の話ですよね!?」

 

 弥子は真剣に頷いた。

 

「はい。だから危なかったんです」

 

 シンは、メールの文面をもう一度見た。

 

『実家の母親が作った唐揚げの味』

 

 普通なら、郷愁。

 普通なら、温かさ。

 普通なら、家庭の味。

 だが、桂木弥子にとっては違う。

 

 それは、桂木遥の料理。

 つまり、食卓に発生する局地災害。

 

 シンは青ざめた。

 

「……それ、弥子さんに対しては完全に特効兵器じゃないですか」

 

 ネウロは笑った。

 

「ククク……無差別兵器に見せかけて、弥子に対しては精密誘導弾に近い」

 

「笑い事じゃない!」

 

 弥子が叫んだ。

 

「唐揚げが工具売り場の味になるところだったんですよ!」

 

「工具売り場の味って何!?」

 

「わかりません! でもそういう方向です!」

 

 すえぞうが不安そうに唐揚げを見る。

 

「カラアゲ……コワイ?」

 

 Xiはすぐにマヨネーズを遠ざけた。

 

「すえぞう、大丈夫。これは食べない。絶対食べない」

 

「マヨ……」

 

「悲しそうにしないで。今回は本当に駄目」

 

 アスランは顔を曇らせた。

 

「すまない。俺が買ってきたばかりに」

 

 Xiは首を横に振った。

 

「アスランのせいじゃない。普通の棚に並んでる商品を全部疑えっていう方が無理だ」

 

「だが」

 

「だが、じゃない」

 

 Xiの声が少し強くなった。

 

「あの親父が悪い」

 

 ネウロが言った。

 

「正しい。今回に関しては、アスラン・ザラの自責は味を重くするだけだ」

 

 アスランは一瞬黙った。

 

「……わかった」

 

 シンが小声で言う。

 

「責任感をマヨネーズに混ぜないでください……」

 

 Xiが頷いた。

 

「それ。重くなるから」

 

「どういう意味だ」

 

「アスラン味になる」

 

「どういう意味だ」

 

 その後、マヨネーズはすぐに隔離された。

 

 唐揚げの皿からも、マヨネーズが付いてしまった一個は除去された。

 

 弥子は悲しそうにそれを見た。

 

「唐揚げが一個……」

 

「命の方が大事です」

 

 シンが言った。

 

「食の命も大事です」

 

「今回は本当にやめましょう」

 

 

 数十分後。

 

 レンタルキッチンの調理台に、ヘキサクス・ファームズ製マヨネーズが置かれていた。

 

 周囲には、誰も触れないように距離が取られている。

 

 ログナー司令は容器を手に取り、静かに確認した。

 

「未摂取か」

 

 弥子が勢いよく手を挙げた。

 

「未摂取です! 未遂です! 寸前でした!」

 

 Xiも頷いた。

 

「本当にギリギリだった」

 

 ログナーはアスランを見る。

 

「購入経路は」

 

「近くのスーパーです。通常の棚に並んでいました」

 

「レシートは」

 

「あります」

 

 アスランは即座に出した。

 

 シンが小声で言った。

 

「さすがアスラン……」

 

 ログナーは受け取り、確認する。

 

「通常流通品に偽装されているな」

 

 Xiが吐き捨てるように言った。

 

「あのクソ親父……」

 

 ログナーによる検査が始まった。

 

 毒物。

 薬物。

 精神誘導。

 記憶改変。

 味覚操作。

 感情増幅。

 魔界由来の力。

 未知の微細機械。

 食品添加物として認可されていない成分。

 

 シンは、検査項目を聞いて顔をしかめた。

 

「マヨネーズに対する検査じゃない……」

 

「ヘキサクス製品だ」

 

 ログナーは短く答えた。

 

 やがて結果が出た。

 

「毒物反応なし」

 

 弥子が息を吐く。

 

「薬物反応なし。記憶改変なし。精神誘導なし。魔界由来の反応なし」

 

 シンも少し安心した。

 

「じゃあ、死ぬとかではないんですね」

 

「死にはしない」

 

 ログナーは言った。

 

「だが、味覚連想に干渉する作用がある」

 

 弥子の表情が引きつる。

 

「味覚連想……」

 

「摂取後、一定時間、口にした食品の風味を“実家の母親が作った唐揚げ”に近似して認識させる」

 

 シンが言った。

 

「それ、人によっては懐かしい味になるんですよね?」

 

「そうだ」

 

 ログナーは頷く。

 

「一般的には、家庭の味、郷愁、安心感へ接続する可能性がある」

 

 弥子は震えた。

 

「私の場合は」

 

「桂木遥氏の料理記憶へ接続する」

 

 ログナーの声は冷静だった。

 

 だからこそ怖かった。

 

「弥子さんに対しては、極めて危険です」

 

 シンが真顔になった。

 

「やっぱり特効兵器じゃないですか」

 

 ネウロは笑った。

 

「食とは記憶だ。家庭の味、懐かしさ、安心感。それらを利用して、すべての味を一色に塗り潰す。だが弥子の場合、その記憶の先にあるのは安心ではない」

 

「テロです」

 

 弥子は即答した。

 

「テロ行為です」

 

 Xiは、マヨネーズ容器を睨んだ。

 

「至高のマヨネーズ、ね。笑わせる」

 

 ネウロが言う。

 

「至高ではない。支配だ」

 

「そう。それ」

 

 Xiの声が低くなる。

 

「あいつは、何でも自分の味にしたがる」

 

 アスランは静かに言った。

 

「食べる人の記憶や心を、無視している」

 

 Xiは少しだけ笑った。

 

「アスラン、いいこと言うね。あの親父に一番ないやつだ」

 

 ログナーは、容器を封印用の袋へ入れた。

 

「本品は回収する。食品としては通行止めだ」

 

「当然です!」

 

 弥子が力強く言った。

 

 すえぞうも羽をばたばたさせる。

 

「ツウコウドメ!」

 

「すえぞうが覚えた」

 

 シンが言った。

 

 その時、弥子が不安そうに唐揚げを見た。

 

「唐揚げ会は……中止ですか?」

 

 すえぞうも沈んだ声を出す。

 

「カラアゲ……」

 

 その空気を破るように、扉が開いた。

 

「お困りのようデスね」

 

 入ってきたのは、トニオ・トラサルディーだった。

 

「トニオさん!」

 

 弥子の顔がぱっと明るくなる。

 

 シンが驚く。

 

「来てくれたんですか?」

 

「ログナーさんから、食品に関する問題と聞きマシタ」

 

 トニオは封印されたマヨネーズを一瞥した。

 

 そして、静かに眉を寄せた。

 

「これは、料理ではアリマセン」

 

 ネウロの笑みが深くなる。

 

「ほう」

 

 トニオは続けた。

 

「食べる人の記憶を、勝手に一つの味で塗り潰す調味料など、料理ではアリマセン。料理は、素材と、食べる人の心を大切にするものデス」

 

 弥子は、真剣に頷いた。

 

「はい!」

 

 アスランは少しだけ頭を下げた。

 

「俺が買ってきたものです。すみません」

 

「アスランさんは悪くありマセン」

 

 トニオは優しく言った。

 

「悪いのは、食べる人の心を無視したマヨネーズデス」

 

 Xiが呟く。

 

「ほんと、その通り」

 

 弥子は恐る恐る聞いた。

 

「でも、マヨネーズが……」

 

 トニオは微笑んだ。

 

「では、ワタシが作りマス」

 

 シンが目を丸くする。

 

「今からですか?」

 

「ハイ。卵、オイル、酢、塩、少しのマスタード。良い材料があれば、マヨネーズはすぐ作れマス」

 

 弥子の目が輝いた。

 

「手作りマヨネーズ!」

 

 すえぞうも跳ねた。

 

「マヨ!」

 

 トニオは手を洗い、ボウルを用意した。

 

 卵黄。

 酢。

 塩。

 マスタード。

 そこへ、細く油を垂らしながら、泡立て器で混ぜる。

 

 ゆっくり。

 丁寧に。

 少しずつ、とろみが増していく。

 

 淡い黄色。

 なめらかな艶。

 柔らかな酸味の香り。

 弥子は息を呑んだ。

 

「マヨネーズって……こうやって作れるんですね……!」

 

「作れマス」

 

 トニオは微笑む。

 

「でも、ただ混ぜるだけではアリマセン。素材の声を聞きながら、少しずつ合わせていきマス」

 

 ネウロが笑った。

 

「シックスのマヨネーズは、全てを自分の記憶へ沈める。こちらは素材を立たせる。真逆だな」

 

 Xiは腕を組んだ。

 

「なんか、もう作ってる途中で負けてる気がする」

 

「何に?」

 

 シンが聞く。

 

「ヘキサクスの“至高”って言葉に」

 

 ネウロは言った。

 

「当然だ。あちらは支配で、こちらは料理だ」

 

 トニオは出来上がったマヨネーズを小さな器へ移した。

 

「どうぞ。唐揚げに少しだけつけてみてクダサイ」

 

 弥子は慎重に、揚げたての唐揚げへトニオ特製マヨネーズをつけた。

 

 今度は、誰も止めなかった。

 

 弥子は口に運ぶ。

 

 噛む。

 

 衣がさくりと鳴る。

 

 肉汁が広がる。

 

 そこへ、卵のコクと柔らかな酸味が重なる。

 

 だが、唐揚げの味は消えない。

 

 むしろ、衣の香ばしさと鶏肉の旨味が、はっきり立ち上がる。

 

 弥子の目が潤んだ。

 

「……唐揚げが」

 

 シンが少し身構える。

 

「何ですか?」

 

「唐揚げの味がします……!」

 

「そこから!?」

 

 弥子は真剣だった。

 

「食べ物が食べ物の味をするって、すごいことなんです!」

 

 ネウロが笑った。

 

「貴様の家庭環境を考えると、妙な説得力があるな」

 

「うるさい!」

 

 弥子はもう一口食べた。

 

「唐揚げは唐揚げです。マヨネーズはマヨネーズです。でも、一緒になると、ちゃんともっとおいしいです!」

 

 ネウロが頷いた。

 

「上書きではなく、増幅か」

 

「格が違います」

 

 弥子は力強く言った。

 

 トニオは嬉しそうに微笑んだ。

 

「グラッツェ」

 

 すえぞうも、唐揚げに少しだけマヨネーズをつけて食べた。

 

「ウマい!」

 

 シンも試した。

 

「うわ……本当にうまい。唐揚げが重くならない」

 

 アスランも一口食べた。

 

「……おいしいです」

 

「よかったデス」

 

 トニオは微笑む。

 

 Xiは少し遅れて唐揚げを食べた。

 

 そして、苦笑した。

 

「腹立つなあ」

 

「何がですか?」

 

 シンが聞く。

 

「あのクソ親父のマヨネーズより、こっちの方がずっと“至高”って感じがするところ」

 

 ネウロが言った。

 

「だから言っただろう。支配と料理は違う」

 

「うん。ほんと、それ」

 

 弥子は付け合わせのサラダにも、トニオ特製マヨネーズを少しつけた。

 

「サラダもちゃんとサラダの味がします!」

 

「そこも感動ポイントなんですか」

 

 シンが少し笑った。

 

「感動ポイントです!」

 

 唐揚げ会は続いた。

 

 レモンは、各自の判断でかけた。

 

 シンは最後まで「勝手に絞るなよ」と注意していた。

 

 弥子は唐揚げ、サラダ、野菜スティック、さらにはパンにまでトニオ特製マヨネーズを試した。

 

 すえぞうは「マヨ!」と「カラアゲ!」を交互に叫んだ。

 

 アスランは食材の片付けを手伝いながら、何度も容器のラベルを確認していた。

 

 Xiはそれを見て苦笑する。

 

「アスラン、そこまで見なくても大丈夫だよ」

 

「確認は必要だ」

 

「まあ、今回に限ってはそうだね」

 

 アスランは少し黙ってから言った。

 

「今後は、買い出し時にメーカーも確認する」

 

「責任感を買い物袋に詰めすぎないで」

 

「どういう意味だ」

 

「重くなるって意味」

 

 シンが笑いをこらえた。

 

「ちょっとわかります」

 

 ログナーは、封印したヘキサクス製マヨネーズを回収した。

 

「本品は解析後、保管する」

 

 弥子が不安そうに聞く。

 

「保管……?」

 

「証拠品としてだ」

 

「食べないですよね?」

 

「食べない」

 

「絶対に?」

 

「絶対に」

 

「よかったです」

 

 ネウロが言った。

 

「食べてもよいぞ、弥子。すべてが桂木遥の唐揚げ味になるだけだ」

 

「絶対嫌です!」

 

 弥子は叫んだ。

 

 シンも青ざめる。

 

「それ、弥子さんにとっては本当に兵器ですね……」

 

 Xiが低く言った。

 

「兵器だよ。少なくとも弥子には」

 

 すえぞうが不安そうに聞いた。

 

「カラアゲ……?」

 

 弥子はすえぞうの前に、トニオ特製マヨネーズをつけた唐揚げを置いた。

 

「大丈夫です。こっちは本物です」

 

「ホンモノ!」

 

 すえぞうは嬉しそうに食べた。

 

 その日。

 

 山盛りだった唐揚げは、ほぼ消えていた。

 

 トニオ特製マヨネーズも、かなり減っていた。

 

 シンはテーブルを見て言った。

 

「結果的に、普通の市販マヨネーズよりずっと豪華になりましたね」

 

 弥子は満足そうに頷いた。

 

「はい! 最高でした!」

 

 Xiは会計と材料費のメモを見て、遠い目をした。

 

「またヘキサクスの悪意が食費に変換された……」

 

 ネウロは愉快そうに笑った。

 

「だが、いつも通りではある」

 

「その締め方、最近多くない?」

 

「事実だ」

 

 トニオが追加の唐揚げを皿に乗せて言った。

 

「おかわり、揚がりマシタ」

 

 弥子とすえぞうが同時に反応した。

 

「おかわり!」

 

「カラアゲ!」

 

 Xiは天井を見た。

 

「……結果的に、前回より高くついてない?」

 

 ネウロは笑った。

 

「慣れるとクセになるな」

 

 Xiは即座に言った。

 

「その言い方やめて!」

 

 数日後。

 

 ログナー司令の報告書には、こう追記されていた。

 

『ヘキサクス・ファームズ製マヨネーズ。

 毒性なし。

 身体被害なし。

 味覚連想固定化作用あり。

 一般的には家庭料理の記憶へ誘導。

 桂木弥子に対しては、桂木遥氏の料理記憶へ接続するため、特に危険。

 食体験の多様性を破壊する悪質な食品。

 食品として通行止め。

 トニオ・トラサルディー氏による手作りマヨネーズにて代替。

 唐揚げ会は無事続行。

 会計、想定より増加。』

 

 ログナーは最後に一行、追記した。

 

『なお、レモンは各自の判断に委ねること』

 

 シンはそれを見て、力強く頷いた。

 

「ここ、大事です」

 

 弥子も頷く。

 

「唐揚げの主権ですから」

 

 アスランも真面目に言った。

 

「食の衝突は避けるべきです」

 

 Xiは笑った。

 

「唐揚げ一つで、みんな真面目だね」

 

 ネウロは口元を歪めた。

 

「日常とは、そういうものだ」

 

 すえぞうが皿を覗き込む。

 

「カラアゲ?」

 

 弥子はにっこり笑った。

 

「また作りましょうね!」

 

 Xiは一瞬、嫌な予感がした。

 

「……次は、材料のメーカー確認からね」

 

 ログナーが静かに頷いた。

 

「通行可」

 

 こうして、唐揚げ会は終わった。

 

 シックスの“至高のマヨネーズ”は、誰の舌にも届かなかった。

 

 代わりに残ったのは、トニオ特製の手作りマヨネーズの味と、揚げたての唐揚げの香り。

 

 そして、弥子の心からの一言だった。

 

「食べ物が食べ物の味をするって、幸せですね」

 

 ネウロは笑った。

 

「貴様にしては、珍しくまともな結論だ」

 

 弥子は胸を張った。

 

「今日の私は、食の平和を守りました」

 

 シンが深く頷いた。

 

「今回は本当にそうだと思います」

 

 その横で、すえぞうが元気よく叫んだ。

 

「カラアゲ!」

 

 そして、シンは最後まで念を押した。

 

「だから、唐揚げに勝手にレモン絞るなよ」

 

 その声に、全員がなぜか深く頷いた。

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