守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
いつものカフェテラスは、穏やかだった。
天気はよく、風は冷たすぎず、テーブルの上には紅茶と焼き菓子が並んでいる。
レディオス・ソープ。
ラキシス。
キラ・ヤマト。
ラクス・クライン。
シン・アスカ。
アスラン・ザラ。
桂木弥子。
すえぞう。
怪盗Xi。
そして、少し離れた席に、ダグラス・カイエンとアウクソー。
脳噛ネウロは、いつの間にか椅子に座っていた。
ログナー司令は、紅茶には手をつけず、資料に目を通している。
平和だった。
少なくとも、弥子が前回の唐揚げ会について話し始めるまでは。
「それでですね、本当に危なかったんですよ!」
弥子は、両手で身振りを交えながら言った。
「ヘキサクス製のマヨネーズで、全部の食べ物が“実家の母親が作った唐揚げの味”になるところだったんです!」
シンが深く頷く。
「マジで寸前でした。唐揚げにマヨネーズつけて、口に入れる直前でしたからね」
すえぞうが羽をばたばたさせる。
「カラアゲ! マヨ!」
Xiは紅茶を飲みながら、嫌そうな顔をした。
「あのクソ親父……タイミングまで最悪だったよ」
キラは少し考えた。
「えっと、話の流れとしては危なかったんだよね?」
「はい!」
弥子は力強く頷いた。
「危なかったです!」
「でも、そのあとトニオさんが来て、手作りマヨネーズを作ってくれたんだよね?」
「はい!」
弥子の顔が明るくなる。
「それはもう、すっごくおいしかったです!」
キラは沈黙した。
そして、ぽつりと言った。
「……それ、普通に羨ましいんだけど」
弥子は固まった。
「え?」
ラクスも、上品に微笑みながら言う。
「揚げたての唐揚げに、トニオ様の手作りマヨネーズ……それは、とても楽しそうですわ」
シンが慌てて言った。
「いや、楽しかったですけど! 発端は危険物ですよ!?」
ラクスは頷く。
「もちろんです。危険だったことは理解しています」
少し間を置いて、ラクスは続けた。
「ですが、唐揚げと手作りマヨネーズは、とても魅力的ですわ」
「ラクスまで……」
アスランが少し困ったように言う。
カイエンも焼き菓子をかじりながら言った。
「揚げたて唐揚げに、トニオの特製マヨか」
アウクソーが静かに見る。
「マスター。羨ましそうですね」
「羨ましいに決まってるだろ」
シンが思わずツッコむ。
「素直!」
カイエンは肩をすくめた。
「危険物はごめんだが、飯は別だナ」
ラキシスは、静かに弥子を見ていた。
「トニオ様の、手作りマヨネーズ……」
ソープが微笑む。
「ラキシス?」
ラキシスは、そっと目を伏せた。
「いえ、ソープ様。少し、想像しただけです」
ログナーが資料から目を上げた。
「姫様。その“少し”は、追加注文につながる可能性があります」
ラキシスは優雅に微笑んだ。
「まあ、ログナー。私はただ、想像しただけです」
「想像から行動までの距離が、時に短くなられます」
Xiが小さく笑う。
「言い方は丁寧だけど、かなり警戒されてるね」
弥子は慌てて手を振った。
「違うんです! そこ、羨ましがるところじゃなくて、本当に危なかったところなんです!」
キラは申し訳なさそうに笑った。
「ごめん。でも、揚げたて唐揚げにトニオさんの手作りマヨネーズは強いよ」
カイエンが頷く。
「強ぇナ」
ラクスも頷く。
「強いですわね」
ラキシスも頷いた。
「強いですわ」
「みんな食べ物の話になると、強さで語るんですね!?」
弥子が叫んだ。
ネウロは、口元を歪めていた。
「ククク……シックスの悪意が、結果的に料理への羨望へ変換されたか。実に愉快だ」
Xiは顔をしかめる。
「愉快じゃないよ。あのマヨ、弥子には特効兵器だったんだから」
「桂木遥氏の料理記憶へ接続する味覚連想固定化作用、だったな」
ログナーが淡々と言う。
キラが眉をひそめた。
「弥子ちゃんのお母さんの料理って、そんなに……?」
弥子は真顔で言った。
「食卓に発生する局地災害です」
ラクスが少し固まった。
「局地災害……」
シンが補足する。
「調理器具を買いにホームセンターの工具売り場へ行くレベルらしいです」
カイエンが手を止めた。
「料理の話だよナ?」
「料理の話です」
弥子は即答した。
ソープは、そこで少し興味深そうに目を細めた。
「でも、面白いね」
その場にいたアスラン、シン、キラ、ログナーが、ほぼ同時に言った。
「その言葉が一番危険です」
ソープは驚いたように目を瞬かせた。
「そんなに?」
Xiが言う。
「そんなに」
シンも頷く。
「ソープ様の“面白い”は、だいたい設計とか研究とか試作に繋がるんです」
キラは苦笑した。
「たぶん、普通の人の“へえ、面白いね”とは少し違うんですよね」
ソープは少し考えた。
「マヨネーズというのは、卵と油と酢の乳化だろう?」
ログナーが静かに言った。
「陛下」
「まだ何もしていないよ」
「説明が始まった時点で、警戒段階です」
ソープは笑った。
「ヘキサクス製品は、食べる人の記憶を一色に塗り潰す。トニオさんのマヨネーズは、素材の味を引き立てる。つまり、同じ調味料でも思想がまったく違う」
ラクスが微笑む。
「それは、確かに興味深いですわ」
アスランが少し警戒した。
「ラクス、乗らないでくれ」
「乗ってはいません。ただ、考え方として興味深いと思っただけです」
ソープは嬉しそうに頷く。
「つまり、マヨネーズには“支配する調味料”と“引き立てる調味料”がある」
Xiが顔をしかめる。
「今、分類が始まった」
ログナーが言う。
「陛下。調味料開発自体は通行止めではありません」
「そうだよね」
「ですが、ヘキサクス製品に対抗する調味料兵器の開発は要審査です」
「兵器ではないよ。For foodだよ」
アスランが眉を寄せた。
「For youの次はFor foodですか」
シンが叫ぶ。
「嫌な予感しかしない!」
弥子は両手を合わせた。
「でも、トニオさんのマヨネーズは本当においしかったです。唐揚げは唐揚げの味がして、マヨネーズはマヨネーズの味がして、でも一緒になるともっとおいしくて」
ラキシスが静かに聞いていた。
「それは、素敵ですわね」
ラクスも頷く。
「ええ。食べる人の記憶を奪うのではなく、食べる人の時間を豊かにする味ですわ」
ネウロは笑った。
「シックスの悪意は、今日も日常の価値を証明したわけだ」
Xiはため息をついた。
「そういうまとめ方、腹立つなあ」
ソープは考え込んでいる。
「トニオさんに教われば、僕もマヨネーズを」
「陛下」
ログナーの声が少し低くなる。
「わかっているよ。作るとしても普通のものだ」
「陛下の普通は、しばしば普通ではありません」
シンが頷いた。
「それは本当にそうです」
ソープは少し残念そうに紅茶を飲んだ。
「では、まずはトニオさんの店で食べるところからかな」
ラキシスが微笑んだ。
「ソープ様」
「何だい、ラキシス」
「それは、とてもよろしいと思いますわ」
ログナーが静かに資料へ何かを書き込んだ。
『トニオ・トラサルディー氏の店への訪問。要予算確認』
Xiはそれを見て、肩をすくめた。
「また高くつきそうだね」
ネウロが言った。
「だが、いつも通りではある」
「だから、その締め方やめてって」
*
その頃。
バッハトマ魔導帝国、首相官邸。
重い扉の向こうに、ひとつの荷物が届いていた。
黒い箱。
丁寧な梱包。
宛名は、ボスヤスフォート。
差出人は。
『株式会社ヘキサクス』
側近が箱を持って、静かに一礼する。
「陛下。荷物が届いております」
ボスヤスフォートは、椅子に深く座ったまま目を上げた。
「誰からだ」
「株式会社ヘキサクス、とのことです」
「知らん名だな」
「食品のようです」
「食品を首相官邸に送るな」
側近は箱を開けた。
中には、高級そうなマヨネーズが一本。
金色のラベル。
添え状。
『慣れるとクセになる、一族自慢の一品です』
ボスヤスフォートは、しばらくそれを見た。
「ふざけた文言だ」
「毒見を手配いたします」
側近が言う。
だが、ボスヤスフォートは手を上げた。
「不要だ」
「陛下?」
「私が見る」
側近は一瞬、目を伏せた。
「危険です」
「危険であるならば、なおさらだ」
ボスヤスフォートは、静かに言った。
「臣下に先に舐めさせるほど、私は小さくない」
その言葉だけなら、君主としての度量があった。
威厳もあった。
問題は、対象がマヨネーズだったことだけだ。
ボスヤスフォートは銀の小さなスプーンを取った。
ほんの少量。
香りを確かめる。
「……悪い香りではない」
だが、気に入らない。
妙に上品で、妙に完成されている。
その奥に、薄く笑っているような悪意がある。
ボスヤスフォートは、それを舐めた。
沈黙。
側近は息を止めている。
「陛下」
「……唐揚げだ」
「は?」
「母の唐揚げの味がする」
側近は困惑した。
「母上の唐揚げとは」
「知らん」
「知らない?」
「余の記憶にはない」
「では、何の味なのですか」
ボスヤスフォートは、静かに眉を寄せた。
「だから不快なのだ」
側近は、何も言えなかった。
ボスヤスフォートは水を飲んだ。
少し間があった。
「水が唐揚げだ」
「水が」
「茶を」
「はい」
側近が茶を差し出す。
ボスヤスフォートは一口飲んだ。
さらに沈黙。
「茶も唐揚げだ」
「……」
「不快だな」
怒鳴りはしなかった。
だが、部屋の空気が重くなった。
添え状を読む。
『常人が食べると、全ての食べ物が“実家の母親が作った唐揚げの味”にしか感じられなくなるが……
慣れるとクセになる。』
ボスヤスフォートは、添え状を机へ置いた。
「慣れるか」
側近が慎重に尋ねる。
「処分いたしますか」
「いや」
「では、保管を?」
「使い道はある」
「食品として、でしょうか」
ボスヤスフォートは、ゆっくりと目を細めた。
「嫌がらせとしてだ」
側近は頭を下げた。
「承知しました」
ボスヤスフォートは、金色のラベルをもう一度見た。
「株式会社ヘキサクス、か」
「調査いたします」
「しろ」
彼は、しばらく不機嫌そうに黙っていた。
「茶を替えろ」
「はい」
「いや、今は何を飲んでも同じか」
「……」
「不快だ」
*
一方、その頃。
ログナー司令は、別室で報告書へ一行を加えていた。
『ヘキサクス製マヨネーズ。
解析済み検体の一部を、敵性勢力への心理的撹乱物資として転送。
差出人名義は株式会社ヘキサクス。
シックス製品であることに偽りなし。』
Xiがそれを覗き込み、顔を引きつらせた。
「それ、差出人偽装じゃない?」
「虚偽ではない」
ログナーは静かに言った。
「製造元はヘキサクス関連だ」
「でも、送ったのログナー司令だよね」
「転送しただけだ」
「言い方」
ネウロは愉快そうに笑った。
「悪意が悪意へ渡り、さらに別の悪意へ加工される。実に人間らしい」
シンが叫んだ。
「マヨネーズを悪意の中継点にしないでください!」
アスランは真面目な顔で言った。
「本当に大丈夫なんですか」
「ボスヤスフォートなら、自ら確かめる可能性が高い」
ログナーが言う。
「そこは読んでいた」
Xiが少し笑った。
「君主としては立派だけど、試したのがマヨネーズなんだよね」
キラは微妙な顔をした。
「それ、立派って言っていいのかな」
ラクスは、そっと紅茶を置いた。
「臣下を先に危険へ晒さないという意味では、度量はあるのかもしれません」
シンが言う。
「でもマヨネーズですからね」
カイエンが笑った。
「マヨネーズで度量を測られる王ってのも、嫌な話だナ」
ソープは、少し興味深そうに言った。
「でも、味覚連想を利用した心理的撹乱か。やっぱり面白いね」
アスラン、シン、キラ、ログナーがまた同時に言った。
「その言葉が一番危険です」
ラキシスは微笑んだ。
「ソープ様。まずは、トニオ様のマヨネーズをいただきに参りましょう」
ソープはすぐに顔を明るくした。
「そうだね」
ログナーは資料へ追記した。
『陛下、調味料研究へ向かう前に、トニオ氏の料理を食す方向へ誘導。通行可』
弥子はほっと息を吐いた。
「食べる方向なら安心ですね!」
Xiが言った。
「安心かなあ。会計は安心じゃない気がする」
すえぞうが元気よく叫ぶ。
「カラアゲ!」
ラクスが上品に微笑む。
「唐揚げも、よろしいですわね」
ラキシスも静かに頷いた。
「ええ。唐揚げも、マヨネーズも」
ログナーがさらに一行書き足した。
『姫様の注文量に注意』
Xiはそれを見て笑った。
「結局、どこに行っても警戒項目が増えるね」
ネウロは笑った。
「日常とは、そういうものだ」
弥子は胸を張った。
「日常は大事です!」
シンも頷く。
「あと、唐揚げに勝手にレモンを絞らないことも大事です」
アスランは真面目に言った。
「食の衝突は避けるべきだ」
キラが苦笑する。
「そこ、まだ続いてるんだ」
カイエンは焼き菓子を食べながら言った。
「唐揚げは戦争になるからナ」
アウクソーが静かに補足する。
「マスターはレモンを少量だけ好まれます」
「言わなくていいヨ」
ラクスが微笑む。
「では、各自の判断で」
ラキシスも頷いた。
「ええ。各自の判断で」
ソープは、楽しそうに言った。
「やっぱり、食べ物は面白いね」
今度は全員が、ほんの少しだけ身構えた。
そして、ログナーだけが静かに言った。
「陛下。面白いままで止めてください」
ソープは笑った。
「努力するよ」
Xiは小さく呟いた。
「それが一番信用できないんだよね」
*
その頃、バッハトマ首相官邸では。
ボスヤスフォートが、まだ不機嫌そうに茶を見ていた。
「……まだ唐揚げだ」
側近は深く頭を下げるしかなかった。
そして、金色のマヨネーズは、厳重に保管庫へ移された。
食品としてではない。
嫌がらせとして。
悪意は、別の悪意の手に渡った。
それが良いことなのか悪いことなのかは、誰にもわからなかった。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
唐揚げに勝手にレモンを絞るよりは、まだ平和だった。