守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
その日、一行は駄菓子屋にいた。
昔ながらの、小さな店だった。
軒先には色あせたのぼり。
店内には、細長いガム、くじ付きのチョコ、棒付きの飴、粉ジュース、酢昆布、ミニカップのゼリー、よくわからないキャラクターのシール。
棚の上には、百円にも満たない小さな夢が、ぎっしりと並んでいる。
桂木弥子は、店に入った瞬間、目を輝かせた。
「駄菓子屋さんって、いいですよね!」
シン・アスカは、すぐに不安そうな顔をした。
「弥子さんが言うと、買い占め宣言に聞こえるんですけど」
「買い占めません!」
「本当に?」
「たぶん!」
「たぶんって言った!」
すえぞうは、棚の前で跳ねていた。
「おかし! おかし!」
アスラン・ザラは、すえぞうが商品棚に突っ込まないよう、自然に立ち位置を調整している。
「すえぞう、落ち着いて見ろ」
「ラムネ!」
「今、もう見つけたな」
怪盗Xiは、店内を見回していた。
懐かしそうな、しかしどこか警戒したような顔だった。
「こういう場所に紛れると、かえって見つけにくいんだよね」
「何がですか?」
シンが聞く。
Xiは肩をすくめた。
「悪意」
弥子は棚からラムネ菓子を一つ手に取った。
丸い粒が入った、レトロな袋。
色は白と水色。
包装もどこか懐かしい。
「これ、すえぞう好きそうですね」
「ラムネ!」
すえぞうが即座に反応した。
その声に、店の奥から駄菓子屋のおばちゃんが顔を出した。
「ああ、それねぇ。もう販売やめるんだよ」
弥子は首を傾げる。
「え、そうなんですか? 普通のラムネ菓子に見えますけど」
おばちゃんは、のんびりと笑った。
「学校の先生に怒られちゃってねぇ」
シンの眉がぴくりと動く。
「学校の先生に?」
「授業中に食べた子がいたらしくてね。まあ、詳しいことは知らないけど」
Xiの目が少し細くなった。
「……詳しいことは知らない、ね」
おばちゃんは棚の箱を指差した。
「だから今、在庫処分。ひとつ買ったら、もうひとつおまけ。そっちの小さい子には一個あげるよ」
「ラムネ!」
すえぞうが嬉しそうに袋へ手を伸ばした。
その時、Xiが袋の隅を見た。
小さな文字。
HEXSACS CANDY WORKS.
Xiの顔が変わった。
「待って」
弥子も、その文字を見た。
「……ヘキサクス?」
次の瞬間、弥子は叫んだ。
「すえぞう、ちょっと待って!」
だが、遅かった。
すえぞうは袋を開けていた。
「ラムネ!」
ぽいっ。
白い粒が、すえぞうの口に入った。
沈黙。
弥子の手が空中で止まる。
シンが目を見開く。
アスランが一歩踏み出す。
Xiが額に手を当てる。
「あー……」
弥子が震える声で言った。
「食べちゃった……」
シンが叫ぶ。
「食べた!!」
その瞬間。
Xiの端末が鳴った。
軽い電子音。
差出人不明。
件名。
『一族自慢の一品について』
Xiは画面を開いた。
そして、嫌そうな顔で読み上げる。
『我が一族の菓子工場で作らせた、特製のラムネ菓子だ。
常人が食べると、数時間ほど口の中でプチプチ鳴り続けるが……
慣れるとクセになる。』
沈黙。
直後。
すえぞうの口元で、小さな音がした。
ぷち。
ぱち。
ぷちぷち。
ぱちぱち。
すえぞうは目を丸くした。
「……」
ぷち。
すえぞうの目が輝いた。
「プチプチ!」
弥子が頭を抱えた。
「すえぞうー!!」
シンが叫ぶ。
「駄菓子屋にそんなもの並べるなよ!!」
おばちゃんは、きょとんとしていた。
「あら、本当に鳴るのねぇ」
「知らなかったんですか!?」
「いやあ、子どもたちが面白がってるのは見たけど、先生に怒られたからねぇ」
アスランは真面目に聞いた。
「メーカーから説明は?」
「“新感覚ラムネ”って書いてあったよ」
Xiが低く呟いた。
「あのクソ親父……今度は駄菓子かよ」
脳噛ネウロは、いつの間にか棚の前に立っていた。
そして、心底楽しそうに笑った。
「ククク……毒ではない。殺意でもない。ただ、口の中を数時間うるさくするだけの悪意か」
「笑い事じゃありません!」
弥子が叫ぶ。
「すえぞうの口の中がプチプチしてるんですよ!」
すえぞうは嬉しそうに跳ねる。
「プチプチ! ラムネ!」
シンはすえぞうを見て、少しだけ困った。
「……本人は楽しそうなんですけど」
弥子はさらに困った。
「それがまた困るんです!」
アスランはラムネの袋を受け取り、表示を確認した。
「成分表は普通に見えるな」
Xiは言った。
「普通に見えるのが一番危ない」
その後、一行は駄菓子屋の一角で、急きょ現物を隔離した。
おばちゃんは、悪気なく困っていた。
「そんなに悪いものだったのかい?」
弥子は、慌てて首を横に振った。
「おばちゃんが悪いわけじゃないです! たぶん!」
シンが言う。
「たぶんじゃなくて、悪いのはメーカーですよ」
Xiが即答した。
「悪いのはヘキサクスとシックス」
すえぞうの口の中では、まだ音が続いている。
ぷちぷち。
ぱち。
すえぞうは嬉しそうだった。
「プチプチ!」
「すえぞう、楽しいんですか?」
弥子が聞く。
「タノシイ!」
シンは顔を覆った。
「ハマってる……」
*
やがて、ログナー司令が到着した。
駄菓子屋の店先に立つログナー司令。
場違いなほど威圧感があった。
おばちゃんが少しだけ背筋を伸ばす。
「あらまあ、偉い人かい?」
Xiが小声で言う。
「偉い人というか、通行止めの人」
ログナーは、まずすえぞうを見た。
「摂取者はすえぞう殿のみか」
弥子が手を挙げる。
「はい! 未遂が私、摂取がすえぞうです!」
「未遂という言葉が駄菓子屋で出るのおかしいですよね」
シンが呟く。
ログナーはラムネの袋を確認し、すぐに検査を始めた。
毒物。
薬物。
精神誘導。
記憶改変。
味覚操作。
感情増幅。
魔界由来の力。
未知の微細機械。
食品添加物として認可されていない成分。
シンはまた顔をしかめた。
「ラムネ菓子の検査項目じゃない……」
「ヘキサクス製品だ」
ログナーは短く答えた。
結果は、しばらくして出た。
「毒性なし。薬物性なし。記憶改変なし。精神誘導なし。味覚操作なし。魔界由来の反応なし」
弥子は、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「ただし」
ログナーは続けた。
「口腔内で微細な発泡反応が持続する。摂取量にもよるが、実効時間は二時間から三時間程度」
シンが叫ぶ。
「それでも長いですよ!」
すえぞうは楽しそうに言った。
「プチプチ!」
ログナーは淡々と続ける。
「追加摂取により、持続時間が延長する可能性がある」
弥子は即座にすえぞうを見た。
「すえぞう、追加は駄目です!」
すえぞうは目を輝かせた。
「らむね もっと!」
「だめです!」
「もっと!」
シンが叫ぶ。
「延長希望してる!!」
Xiは苦い顔をした。
「あのクソ親父……“慣れるとクセになる”が本当に効いてるのが一番腹立つ」
ネウロは笑った。
「ククク……なるほど。これは苦痛ではない。騒がしさだ。大人にとっては不快でも、子どもやすえぞうにとっては遊びになる」
弥子は青ざめる。
「つまり、売れちゃうんですか?」
「売れるだろうな」
「駄目じゃないですか!」
ログナーは駄菓子屋のおばちゃんに向き直った。
「この商品の販売は中止してください」
おばちゃんは頷いた。
「そうするよ。先生にも怒られたしねぇ」
「残りの商品は私が購入し、回収します」
「助かるよ。捨てるのももったいなくてね」
シンが小さく言った。
「一番の被害者、おばちゃん説ありません?」
Xiは棚を見た。
「いや、すえぞうも被害者ではある」
すえぞうは楽しそうに跳ねている。
「プチプチ!」
「……本人が楽しんでるから、余計に判断が難しい」
アスランが真面目に言った。
その時、店の外から声がした。
「なんだ、面白そうなことしてるじゃねえか」
ダグラス・カイエンだった。
隣にはアウクソー。
さらに少し後ろから、レディオス・ソープとラキシスも歩いてくる。
どうやら、近くで合流する予定だったらしい。
カイエンは、すえぞうの口元から聞こえる音に気づいた。
ぷち。
ぱちぱち。
「……なんだそりゃ」
すえぞうは胸を張る。
「ラムネ! プチプチ!」
カイエンは、にやりと笑った。
「そんなにすえぞうがハマるなら、俺も一粒くらい食ってみるかナ」
ログナーが即座に言った。
「黙れカイエン。食うな」
カイエンは眉を上げる。
「二、三時間プチプチするだけだろ?」
「お前が二、三時間プチプチ鳴るのは迷惑だ」
「俺の口の中まで指揮すんなヨ」
「指揮が必要な口をしている」
シンが小さく震えた。
「最強格同士の会話が雑すぎる……」
アウクソーは静かに言った。
「マスター。今回はログナー司令の意見が正しいと思います」
「アウクソーまでそっちかヨ」
「マスターが二、三時間プチプチ鳴るのは、やはり迷惑です」
「言い切るナ」
ソープは、ラムネの袋を興味深そうに見ていた。
「口の中で数時間発泡が続くラムネか。地球の菓子は面白いね」
カイエンがにやりとした。
「な、アマ公もそう言ってる」
シンが固まる。
「アマ公!?」
アスランも一瞬、言葉を失った。
ソープは慣れているように微笑んだ。
「カイエン、相変わらずだね」
「お前もナ。昔から変なもんに興味持つ」
ログナーが低く言った。
「陛下を巻き込むな」
ソープは悪気なく続ける。
「でも、発泡時間を調整すれば――」
「陛下も通行止めです」
カイエンが顔をしかめた。
「俺と同じ扱いかヨ」
「同じ方向に危険です」
シンは思わず頷いた。
「納得してしまった……」
ソープは少し残念そうに言った。
「二、三時間は長いから、十五分くらいに抑えれば安全版になると思うんだけど」
ログナーが少し考える。
「安全版としては検討可能です」
シンがほっとした。
「お、珍しく通行可寄り」
ソープは続けた。
「あるいは三日くらいに」
「通行止めです」
シンが叫んだ。
「即落ちした!」
「さらに、音階をつけて、口の中で簡単なメロディが鳴るように」
「通行止めです」
Xiが額に手を当てた。
「駄菓子の改良案が全部怖い」
弥子はすえぞうを抱えるようにして言った。
「普通のラムネでいいです! 普通の、口の中で一日も数時間も鳴らないやつ!」
すえぞうが少し不満そうに言う。
「ぷちぷち しない?」
「しません」
「……ぷちぷち するのがいい」
シンが叫ぶ。
「普通のラムネが負けてる!!」
ラキシスは、そこで静かにソープの袖を引いた。
「ソープ様」
「何だい、ラキシス」
「私は、普通のラムネがいいです」
ソープは少し考えた。
「普通のラムネか」
ログナーがすかさず言った。
「通行可です」
Xiが小声で言う。
「姫様が止めると早いなあ」
弥子も頷いた。
「最終安全装置ですね」
カイエンが笑った。
「俺が言ったら?」
ログナーは即答した。
「黙れと言う」
「差がひでぇナ」
アウクソーが静かに言った。
「日頃の行いです、マスター」
「お前も遠慮ねぇな」
ネウロは、すえぞうの口元を観察しながら言った。
「悪意としては小さい。だが、小さいからこそ日常に入り込む。毒ではない。痛みもない。むしろ楽しい。だから人は自ら口に運ぶ」
Xiの表情が少し暗くなる。
「そういうところが、あのクソ親父らしいんだよ」
アスランは頷いた。
「危険物と断定しにくい。だから流通に紛れやすい」
ログナーは現物を回収用の袋に入れた。
「本品は販売停止、残品回収。学校、会議、潜入任務、式典、睡眠前の摂取は通行止め」
シンが言った。
「ほぼ全部駄目じゃないですか」
「休日の昼間に、すえぞう殿が一粒のみ摂取する場合は要監督」
弥子は真顔で繰り返した。
「監督つきラムネ……」
すえぞうはまだ言っている。
「らむね もっと!」
「今日はもう駄目です」
「もっと!」
「だーめーでーす!」
駄菓子屋のおばちゃんは、苦笑して棚を片付けた。
「いやあ、悪かったねぇ。そんな変な会社の商品だとは思わなかったよ」
弥子は慌てて言った。
「おばちゃんは悪くないです!」
シンも頷く。
「むしろ巻き込まれた側ですよ」
おばちゃんは、少しほっとしたように笑った。
「そうかい。じゃあ、お詫びに普通のラムネを持っていきな」
弥子の顔が明るくなる。
「いいんですか?」
「そっちは昔からある普通のやつだよ。先生にも怒られない」
シンがしみじみ言った。
「その安心感、大事ですね……」
すえぞうは普通のラムネを見た。
「ぷちぷち?」
弥子は首を横に振る。
「しません」
「……」
すえぞうは少し考えた。
「でも らむね!」
「はい、ラムネです」
すえぞうは嬉しそうに受け取った。
「らむね!」
その口の中では、まだ小さな音が鳴っていた。
ぷち。
ぱち。
ぷちぷち。
カイエンはその音を聞きながら、まだ少し未練がありそうだった。
「一粒くらい――」
「黙れカイエン」
「まだ何も言ってねぇヨ」
「言う顔だった」
ソープもラムネの袋を見ている。
「十五分版なら――」
「陛下」
「普通のラムネだね」
「通行可です」
ラキシスは満足そうに微笑んだ。
Xiはその様子を見て、肩をすくめた。
「今回、一番の被害者って誰なんだろうね」
シンは考えた。
「すえぞう……と言いたいところですけど、本人楽しんでますし」
弥子は言った。
「駄菓子屋のおばちゃんも、変な商品を卸されて、学校の先生に怒られて、在庫処分で大変です」
アスランは真面目にまとめた。
「つまり、被害者は複数いる」
ネウロは笑った。
「そして、加害者はわかりきっている」
Xiが低く言った。
「あのクソ親父」
ログナーは回収袋を閉じた。
「ヘキサクス製品。駄菓子であっても通行止め」
すえぞうが元気よく真似した。
「ツウコウドメ!」
シンが笑った。
「すえぞう、それ覚えちゃったんだ」
弥子は普通のラムネを手に、改めて言った。
「今日は、普通のラムネを買って帰りましょう」
すえぞうは頷いた。
「らむね!」
ぷちぷち。
「……まだ鳴ってますね」
シンが言った。
ログナーは時計を見た。
「あと二時間程度だ」
「長い!」
カイエンが笑う。
「やっぱ面白ぇじゃねえか」
ログナーは見ずに言った。
「黙れカイエン」
ソープは少しだけ笑った。
「地球の駄菓子は奥が深いね」
ログナーがすぐに言う。
「陛下。奥へ進まないでください」
ラキシスが微笑んだ。
「ソープ様、普通のラムネをいただきましょう」
「そうだね」
こうして、駄菓子屋での小さな事件は終わった。
ヘキサクス製の特製ラムネ菓子は回収された。
駄菓子屋のおばちゃんは棚を片付けた。
すえぞうは普通のラムネを手に入れた。
ただし、口の中ではまだ、しばらく音がしていた。
ぷち。
ぱち。
ぷちぷち。
すえぞうは、満足そうに笑った。
「プチプチ!」
弥子は深くため息をついた。
「……平和、なんでしょうか」
シンはすえぞうを見た。
楽しそうな顔。
回収された危険ラムネ。
困っていた駄菓子屋のおばちゃん。
止められるカイエン。
止められるソープ。
そして、まだ鳴っているプチプチ音。
「まあ……今回は、平和寄りですかね」
Xiは苦笑した。
「シックス案件にしてはね」
ネウロは愉快そうに笑った。
「小さな悪意は、小さな騒音を残して消えた。実にくだらん。だが、くだらんからこそ人間の日常に食い込む」
弥子は普通のラムネを一粒食べた。
口の中で、すっと溶ける。
何も鳴らない。
ただ、甘くて、少し酸っぱい。
「……普通のラムネって、いいですね」
シンが頷いた。
「今日はその結論でいいと思います」
すえぞうが隣で言った。
「でも ぷちぷち たのしい!」
弥子は頭を抱えた。
「明日は普通のラムネです!」
「ぷちぷち!」
「普通のラムネです!」
駄菓子屋の前で、すえぞうの口の中だけが、まだ小さく賑やかだった。