守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
数日後。
例の駄菓子屋の前には、また子どもたちが集まっていた。
学校帰りらしい小学生たち。
ランドセルを背負ったまま、店先の棚を覗き込んでいる。
「えー!? あのプチプチラムネ、もう無いの!?」
「この前のやつ! 口の中で鳴るやつ!」
「放課後ならいいじゃん!」
「授業中に食べたやつが悪いんだよ!」
駄菓子屋のおばちゃんは、申し訳なさそうに笑っていた。
「ごめんねぇ。学校の先生に怒られちゃってねぇ。もう置けないんだよ」
「えー!」
「ちょっとだけ!」
「一個だけ!」
「だめだめ。あれはもう販売中止」
おばちゃんは、苦笑しながら棚を片付けている。
その様子を少し離れた場所から見ていた桂木弥子は、複雑な顔をした。
「やっぱり、子どもたちには人気だったんですね……」
シン・アスカが頭を抱える。
「そりゃ小学生には刺さりますよ。口の中で二、三時間プチプチする駄菓子なんて、絶対好きですもん」
すえぞうも、隣で元気よく頷いた。
「ぷちぷち たのしい!」
「すえぞうは乗らないでください!」
弥子は慌てて言った。
怪盗Xiは腕を組み、露骨に嫌そうな顔をしている。
「あのクソ親父……子ども向けには本当に販促成功してるのが腹立つ」
アスラン・ザラは真面目に言った。
「だが、学校や家庭から苦情が出るのは避けられないな」
「授業中にプチプチ鳴ったら終わりですからね」
シンが頷く。
その時。
店先に、白い影が立った。
ログナー司令だった。
白い長衣。
冷たい表情。
胸元の赤いミラージュマーク。
駄菓子屋という生活感に満ちた空間に、明らかに似合わない威圧感。
子どもたちは、一斉に黙った。
「……でかい」
「こわい」
「白い」
「何者?」
シンが小声で呟く。
「子どもは正直だ……」
ログナーは、おばちゃんに向かって静かに言った。
「先日の商品の件です」
「ああ、この前の偉い人」
「残りの商品は私が購入し、回収します」
おばちゃんは目を丸くした。
「いいのかい? 助かるよ。捨てるのももったいなくてねぇ」
「販売店側に損害を出す必要はありません」
ログナーは淡々と言った。
その声は冷たいようでいて、言っていることは妙に優しかった。
弥子が小声で言う。
「司令、顔は怖いけど、やってることは優しいですね」
Xiも頷いた。
「怖い顔で地域貢献してる」
シンが慌てる。
「顔は怖いって言わないでください」
ログナーは、在庫分のラムネをすべて正規の値段で購入した。
おばちゃんは、申し訳なさそうに商品を袋へ詰める。
「いやあ、本当に助かるよ。学校の先生にも怒られるし、
子どもには文句言われるし、どうしたもんかと思ってたんだよ」
「以後、仕入れ先不明の商品には注意してください」
「そうするよ」
ログナーは頷いた。
そこで一人の子どもが、恐る恐る手を挙げた。
「あのー」
「何だ」
「じゃあ、もうプチプチラムネないの?」
「ない」
「えー」
「通行止めだ」
「つうこうどめ?」
すえぞうが胸を張った。
「ツウコウドメ!」
子どもたちは、なぜか少し感心した。
「なんか言葉かっこいい」
「つうこうどめ」
「禁止って意味?」
シンが頭を押さえた。
「変な言葉が流行りそう……」
ログナーは少し考えた。
「代替を用意する」
弥子が首を傾げる。
「代替?」
ログナーは駄菓子屋の棚を見る。
「通常のラムネ、くじ付きチョコ、棒付き飴、ゼリー、その他の通常商品を一定数購入する。危険商品の販売停止による不満を、通常商品の購入補助で緩和する」
子どもが目を輝かせた。
「つまり?」
弥子が笑顔で翻訳した。
「普通のお菓子が、ちょっとお得に買えるってことです!」
子どもたちは一斉に歓声を上げた。
「やったー!」
「普通のラムネ二個買える!?」
「くじ付きチョコもいい!?」
「飴も!?」
ログナーは頷く。
「授業中に食べないなら通行可」
「やったー!」
おばちゃんは、心底ほっとしたように笑った。
「助かるねぇ。子どもたちも喜ぶし、うちも売上になるし」
Xiが腕を組んだまま言った。
「ヘキサクスの嫌がらせが、駄菓子屋の売上補填に変換された……」
脳噛ネウロが、いつの間にか店先の影に立っていた。
「ククク……悪意が地域経済を刺激する。実に人間らしい」
「そのまとめ方嫌です」
シンが言った。
そこへ、ダグラス・カイエンがやってきた。
隣にはアウクソー。
カイエンは、駄菓子屋の前で子どもたちに囲まれながら商品を買い取っているログナーを見て、にやりと笑った。
「良かったナ、ログナー。近所の子どもに泣かれなくて済んで」
「黙れカイエン」
「優しいじゃねぇか」
「お前の口も回収するぞ」
シンが驚く。
「回収対象が増えた!」
カイエンは肩をすくめた。
「怖ぇ顔して駄菓子買い占めてんだから、そりゃ目立つだろ」
「正規購入だ」
「言い方の問題じゃねぇヨ」
アウクソーが静かに言った。
「マスター。ログナー司令は販売店への補填と危険商品の回収を同時に行っています。
今回は非常に適切です」
「わかってるヨ。だからからかってんだろ」
「性格が悪いです、マスター」
「お前、最近遠慮ねぇナ」
子どもが、普通のラムネを手にしながら呟いた。
「でも、あのプチプチも良かったなぁ」
すえぞうが即座に反応した。
「ぷちぷち たのしい!」
弥子が慌てる。
「すえぞう、そこで同意しない!」
その一言を聞いて、レディオス・ソープの目がわずかに輝いた。
「安全版に需要が……!」
ログナーが即座に振り向く。
「陛下、通行止めです」
ソープは、いつの間にかラキシスとともに店の前にいた。
「まだ何もしていないよ」
「需要を認識した時点で警戒段階です」
「十五分だけプチプチする安全版なら?」
「要審査です」
「五分なら?」
「陛下」
「口の中で短いメロディを」
「通行止めです」
シンが叫ぶ。
「普通のお菓子から離れていく!」
ラキシスは、そっとソープの袖を引いた。
「ソープ様」
「何だい、ラキシス」
「ソープ様。普通のラムネで」
ソープは、少し考えた。
「普通のラムネか」
ログナーがすかさず言う。
「通行可です」
Xiが小声で言った。
「姫様、ほんと強いなあ」
カイエンも笑う。
「俺が言ったら?」
「黙れと言う」
「差がひでぇ」
アウクソーが淡々と補足した。
「日頃の行いです、マスター」
子どもたちは、普通のラムネやチョコを買って満足そうだった。
おばちゃんも、ようやく普段の調子を取り戻している。
「はい、くじは一回ね」
「あ、当たりだ!」
「よかったねぇ。じゃあもう一本」
弥子はその様子を見て、嬉しそうに言った。
「なんだか、本当に平和になりましたね」
シンも頷いた。
「プチプチラムネはなくなったけど、普通のお菓子でちゃんと楽しい。
これでいいんですよ」
すえぞうは普通のラムネを食べていた。
「らむね!」
「プチプチしませんけど、ラムネはラムネです」
弥子が言うと、すえぞうは少し考えてから頷いた。
「らむね うまい!」
「よかった……!」
その時だった。
通りすがりの中学生たちが、店先で足を止めた。
制服姿の三人組。
彼らの視線は、駄菓子ではなく、ログナー司令に釘付けだった。
「……なにあの人」
「白いコート……?」
「胸に赤いマークついてる」
「やば……かっこいい……」
シンが小声で言った。
「変な方向に刺さってる」
Xiも頷く。
「中二病の扉が開いた音がしたね」
中学生の一人が、ほとんど呟くように言った。
「……白き通行止めの司令官……」
シンは頭を抱えた。
「その称号、やめた方がいいと思う!」
カイエンは楽しそうに笑った。
「良かったナ、ログナー。近所の中坊にモテてるぜ」
「黙れカイエン」
中学生の一人が、小さく拳を握った。
「……“黙れカイエン”……かっこいい……」
「そこ刺さるんですか!?」
シンが叫んだ。
ログナーは、当然のように無視していた。
だが、中学生たちの視線は、ログナーの胸元にある赤いミラージュマークへ移っていた。
「なあ、あのマーク、どっかで見たことない?」
「え?」
「ほら、駅前の玩具屋。ロボットのプラモの箱にあったやつ」
「あー! 白いやつ!」
Xiがそれを聞き、にやりと笑った。
「おや」
ソープも少し楽しそうに目を細めた。
「地球圏向け輸出品かな」
*
数日後。
駅前の小さな玩具店。
棚の一角に、最近入荷したばかりのプラモデルが並んでいた。
地球圏向け輸出用。
1/100 LEDミラージュ。
白い騎体。
鋭いシルエット。
そして箱に描かれた、赤いミラージュマーク。
例の中学生たちが、そこで足を止めた。
「……あ」
「どうした?」
「これ……あのカッコいい人のコートについてたマークだ!」
友人たちも箱を見る。
「ほんとだ!」
「え、これあの人の所属機体?」
「やば……かっこいい……」
玩具店のおじさんが、のんびり言った。
「最近入ったやつだよ。星団なんとかっていうロボットらしいねぇ」
少年は、箱を手に取った。
「LEDミラージュ……」
その目は、もう戻れないところへ向かっていた。
*
数日後。
ログナー司令の報告書には、次のように記載された。
『ヘキサクス製ラムネ菓子の残品は、全数正規購入の上で回収。
販売店の損害を最小化。
近隣児童向けに通常菓子の購入補助を実施。
学校・PTA方面からの追加苦情なし。
地域駄菓子店の売上、一時的に増加。
また、近隣玩具店にてLEDミラージュの販売数が微増。
原因は、駄菓子店訪問時の当方服装およびミラージュマークへの反応と推定。
意図した販促ではない。』
その報告書を覗き込んだシンが、思わず言った。
「司令、地域経済を刺激してる……」
Xiは笑いをこらえた。
「駄菓子屋救済からプラモ販売までつながった。ヘキサクス、完全に赤字だね」
ソープは嬉しそうに頷いた。
「やはりラインナップを充実させたのは通行可だったね」
ログナーは静かに言った。
「今回の販売増加は、意図したものではありません」
カイエンがにやにや笑う。
「良かったナ、ログナー。お前のコスプレでプラモ売れてるぜ」
「黙れカイエン」
「褒めてんだヨ」
「なお悪い」
ラキシスは上品に微笑んだ。
「でも、ログナー。駄菓子屋の方も、玩具店の方も喜ばれたのでしょう?」
ログナーは少しだけ間を置いた。
「結果としては」
弥子が笑った。
「司令、やっぱり優しいですね」
「必要な処理をしただけです」
シンが小声で言う。
「そういうところが優しいんですよね」
すえぞうは普通のラムネを掲げた。
「らむね!」
ログナーは、すえぞうを見た。
「通常品か」
「ふつう!」
「通行可」
すえぞうは嬉しそうに跳ねた。
「ツウコウカ!」
Xiが笑う。
「すえぞう、新しい言葉覚えた」
ネウロは愉快そうに口元を歪めた。
「シックスの悪意が、駄菓子屋を救い、子どもを喜ばせ、模型を売った。実に滑稽だ」
Xiは腕を組む。
「あのクソ親父、絶対納得しないだろうね」
*
その頃、駄菓子屋では
おばちゃんが、いつも通り店番をしていた。
棚には普通のラムネ。
くじ付きチョコ。
棒付き飴。
小さなゼリー。
そして、子どもたちの笑い声。
「あのおっきい白い人、また来ないかな」
「通行止めの人?」
「普通のラムネ買ってくれた人」
「今度は玩具屋も行こうぜ。あのマークのロボ、かっこよかった」
おばちゃんは、のんびり笑った。
「また来てくれるといいねぇ」
*
その頃、ログナー司令は、どこかで小さくくしゃみをした。
カイエンが横目で見る。
「噂されてんじゃねぇの」
「黙れカイエン」
カイエンは笑った。
「それ、近所の中坊にウケてたぞ」
ログナーは答えなかった。
ただ、報告書の最後に一行だけ追記した。
『地域経済への影響、軽微ながら良好。
今後もヘキサクス製品の流通監視を継続。
通常の駄菓子および模型販売については通行可。』
そして、その下に小さく。
『なお、店頭販促としての出動要請は通行止め。』
ソープがそれを見て、少しだけ残念そうに言った。
「まだ何も言ってないよ?」
ログナーは、静かに答えた。
「言う顔でした」
ラキシスは微笑んだ。
「ソープ様。普通にお買い物へ参りましょう」
「そうだね」
ログナーは頷いた。
「通行可です」
こうして、駄菓子屋の小さな騒動は、ようやく本当に終わった。
プチプチラムネは消えた。
普通のラムネは残った。
子どもたちは笑った。
おばちゃんは助かった。
玩具店ではLEDミラージュが何個も売れた。
そして、ログナー司令は知らぬ間に、近所の中学生の中二心と地域経済を刺激していた。
シンは最後に、しみじみと言った。
「……シックス案件だったはずなのに、最終的に町がちょっと元気になってません?」
Xiは肩をすくめた。
「たまには、悪意が負けることもあるんだよ」
ネウロは愉快そうに笑った。
「いや。悪意は負けたのではない。別の価値へ変換されたのだ」
弥子は普通のラムネを一粒口に入れた。
甘くて、少し酸っぱい。
何も鳴らない。
「普通って、いいですね」
すえぞうも隣で頷いた。
「ふつう うまい!」
その言葉に、全員が少しだけ笑った。
駄菓子屋の前には、今日も小さな夢が並んでいた。
ただし、口の中で数時間鳴り続ける夢だけは、通行止めだった。