守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
岸辺露伴が出版社経由で借りた避暑地の別荘は、
山間の木立に囲まれた、妙に立派な建物だった。
石造りの門柱。
手入れの行き届いた庭。
広いリビングに、二階の寝室、地下には保存庫まである。
静かな環境で取材と執筆を行うには、申し分ない。
……本来なら。
「センセ」
泉京香が、別荘の鍵を片手に言った。
「何度でも確認しますけど、今回は本当に“静かに取材する”んですよね?」
露伴は玄関ホールを見回しながら答える。
「そのつもりだ」
「“つもり”って言いましたよね今」
「うるさいな、泉くん」
露伴。
「今回はかなり絞った」
「呼ぶのは最小限だ」
泉が指を折る。
「ええと……」
「空条承太郎さん」
「ダグラス・カイエンさん」
「アウクソーさん」
「キラ・ヤマトさん」
一拍。
「……その時点で全然“最小限”に聞こえないんですけど」
「必要な人材だ」
露伴は平然としている。
「承太郎さんは基準点になる」
「キラ・ヤマトは調整役として優秀だ」
「そしてカイエンとアウクソーは、今回の主要観察対象だ」
泉は深く息をついた。
「人を研究サンプルみたいに言わないでくださいね……」
露伴は当然のように無視した。
「とにかく、これで十分だ」
「余計なノイズがなければ、今回はかなり見えるはずだ」
泉はその言い方に嫌な予感しかしなかったが、
言っても無駄だと知っているので、とりあえず荷物を置いた。
そして数時間後。
最初に来たのは承太郎だった。
車を降り、周囲を一瞥し、最低限の荷物だけを持って玄関へ来る。
「……別荘か」
「承太郎さん」
露伴は腕を組んだまま頷く。
「来てくれたか」
「やれやれだぜ」
承太郎は露伴よりも泉を見た。
「本当に呼ばれたのか」
泉が疲れた笑みを浮かべる。
「はい……」
「ほんとに……」
承太郎はそれ以上は言わなかった。
この時点で、だいたい察したのだろう。
次に来たのはカイエンとアウクソーだった。
黒の服に長い髪。
避暑地の別荘に現れても、妙に絵になる男である。
その少し後ろに、静かに荷物を持つアウクソー。
露伴の目が自然と細くなる。
「来たか」
カイエンは別荘の外観を見上げ、
気だるげに口元を上げた。
「ほう……」
「漫画家先生、思ったより趣味がいいな」
「僕の趣味じゃない」
露伴。
「出版社の別荘だ」
「それは失礼」
カイエン。
「では、出版社の趣味がいいのか」
アウクソーが静かに一礼する。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ」
露伴はアウクソーを見る。
「来てもらえて助かる」
泉がその言い方に眉をひそめる。
「センセ、その“助かる”って取材的な意味ですよね?」
「当然だ」
「でしょうね!」
承太郎が横で短く言った。
「うるせぇな」
「すみません!」
と泉が反射で謝る。
この時点ではまだ、
露伴の計画通りだった。
そして、キラ・ヤマトが来る。
「すみません、ちょっと道が混んでて――」
玄関へ入ってきたキラを見て、
泉は初めて少し安心した顔になる。
「よかった……常識人が来た……」
「えっ」
キラが戸惑う。
「泉さん、そんなに大変でした?」
「もうすでに少し」
泉。
露伴はキラを見て頷いた。
「来たか」
「これで最低限のメンバーは揃った」
「最低限って言葉の定義、おかしくないですか」
キラ。
だが、そのキラのすぐ後ろに、もう一人いた。
ふわりとした髪。
やわらかな笑み。
上品な身のこなし。
ラクス・クラインだった。
露伴がぴたりと止まる。
「……君は聞いていないな」
ラクスはにこやかに一礼した。
「はじめまして」
「ZAFTの歌姫です」
泉が目を丸くする。
承太郎は無言。
キラは頭を抱えかけている。
露伴が一拍遅れて言う。
「自己紹介が強いな」
キラが慌てる。
「いや、その、ラクスは……」
「僕が行くって話したら、一緒に来るって」
ラクスは柔らかく微笑んだ。
「キラがいらっしゃるので」
泉が小声で言う。
「増えた……」
露伴はラクスを見つめた。
前回まで接点はなかった。
だが一目で分かる。
この女も、ただ者ではない。
声の置き方、笑い方、場の取り方。
柔らかいのに、妙に主導権を持つ気配がある。
露伴はすぐに結論づけた。
「……まあいい」
キラが振り向く。
「いいんですか」
「君も十分、観察対象ではある」
露伴。
「よくないですよその言い方!」
キラ。
ラクスは静かに笑うだけだった。
ここまでは、露伴にとって「想定外だが許容範囲」だった。
本当に想定外だったのは、そのさらに三十分後である。
別荘の庭先から、
聞き覚えのある元気な声が響いた。
「キラーー!!」
キラが固まる。
「……あっ」
泉が青ざめる。
「えっ」
「この声ってまさか」
玄関の扉が勢いよく開く。
桂木弥子が入ってきた。
「やっほー!」
「別荘って聞いて来ちゃった!」
「どこで聞いたの!?」
キラ。
「なんとなく!」
「なんとなくで来る距離じゃないよね!?」
そして、その後ろからゆっくり入ってくる影。
脳噛ネウロだった。
「ククク……」
「騒音娘が来るなら、吾輩も来る」
露伴が眉をひそめる。
「なぜいる」
弥子がずかずか上がり込む。
「なによその顔」
「歓迎しなさいよ!」
「していない」
露伴。
「君は呼んでいない」
「細かいこと気にしない!」
弥子。
「人数多いほうが楽しいでしょ!」
「楽しいかどうかで別荘に来るな」
泉。
ネウロが口元を吊り上げる。
「よいではないか、漫画家」
「人間関係のノイズが欲しかったのだろう?」
露伴は数秒黙った。
それから、ゆっくり全員を見回す。
カイエンとアウクソー
承太郎
キラとラクス
弥子とネウロ
そして泉
当初の想定より明らかに多い。
明らかにうるさい。
明らかに面倒だ。
だが――
露伴の目が少しだけ細くなった。
「……まあ」
「悪くない」
泉が即座に振り向く。
「よくないです!!」
「増えてますからね!?」
承太郎がぼそりと言う。
「やれやれだぜ」
キラが天を仰いだ。
「またこうなるのか……」
ラクスは穏やかに言う。
「賑やかなほうが、皆さまらしいのではありませんか?」
「ラクスが言うと反論しづらいんだよなあ……」
キラ。
カイエンは荷物を置きながら小さく笑う。
「やれやれ」
「漫画家先生、静かな取材のつもりだったんじゃないのかい」
露伴はあっさり答えた。
「計画は修正すればいい」
「人間が増えれば反応も増える」
「むしろ好都合だ」
「うわ、もう受け入れた」
泉。
アウクソーが静かに周囲を見回して言う。
「寝具と食材の再確認をしたほうがよさそうです」
泉がぱっとそちらを見る。
「そうなんですよ!」
「そこなんですよ今いちばん大事なの!」
アウクソーは落ち着いて続けた。
「食材は追加が必要かもしれませんが、調理自体は問題ないかと」
弥子が即座に言う。
「任せなさい!」
「あたし、食べるだけじゃないわよ!」
露伴が目を上げる。
「ほう」
弥子が胸を張る。
「料理もできるの!」
ネウロが鼻で笑う。
「ククク……食材が減る速度もなかなかだがな」
「うるさい!」
ラクスがやわらかく微笑んだ。
「わたくしも、お手伝いできますわ」
キラが頷く。
「ラクスは料理できるから、大丈夫」
アウクソーも静かに言う。
「でしたら、私は全体の手順を見ます」
泉が呆然とする。
「えっ」
「待ってください」
「この中で、私だけ何もできない人みたいになってません?」
露伴が即答した。
「泉くん、だから君は帰っていいよ」
泉が絶叫する。
「今それ言います!?」
「ていうか帰りませんよ!!」
「ここまで来て一人で帰れるわけないじゃないですか!!」
承太郎が低く呟く。
「まともだな」
キラも思わず頷いた。
「うん……」
露伴は少しだけ不満そうだったが、
アウクソーが淡々と間取りを確認し、
ラクスが食器棚を見に行き、
弥子が冷蔵庫を開け、
キラが慌てて全員を追い、
ネウロが勝手にソファへ座るのを見て、
結局言った。
「……まあいい」
「全員、しばらくここにいろ」
弥子がすぐ反応する。
「うわ、正式に居座れた!」
「最初からそのつもりだっただろう」
キラ。
カイエンはリビングの窓際へ歩きながら、外の森を見た。
「避暑地の別荘、ねえ……」
「悪くない」
「少なくとも退屈はしなさそうだ」
ネウロが笑う。
「ククク……
それは保証しよう」
「保証しなくていいよ」
キラ。
露伴はスケッチブックを取り出しながら、
目の前の光景を見た。
想定外。
騒がしい。
だが、確かに面白い。
カイエンとアウクソーの距離感。
キラとラクスの自然な並び。
ネウロと弥子の騒音。
承太郎の静けさ。
そして、その全体を見ている自分。
「いい……」
露伴が小さく呟く。
「これは、思ったよりずっといい」
泉がその横で呻く。
「センセがそう言う時って、だいたいろくでもないんですよね……」
露伴は否定しなかった。
それが何より嫌だった。
その夜、露伴のメモ
・当初の招待対象は4名
・実際には8名+編集
・想定外の増員により反応密度上昇
・キラ+ラクス
・カイエン+アウクソー
・ネウロ+弥子
・承太郎は単独で安定
・泉は苦労人
・非常によい
最後に露伴は、一番下へこう書き足した。
――招いた時点でもう取材は始まっている。