守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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ログナー司令は酒屋を救済する

 その日も暑かった。

 

 じりじりとした日差しが商店街のアスファルトを照らし、

 歩く人々の足取りを少しだけ鈍らせている。

 

 岸辺露伴は、日傘を差すでもなく、帽子を被るでもなく、

 いかにも不機嫌そうな顔で商店街を歩いていた。

 

「まったく……こう暑いと、取材どころじゃあないな」

 

 そう言いながら、露伴はふと酒屋の前で足を止めた。

 

 冷えたビール。

 冷えた炭酸。

 冷えた瓶。

 

 そういうものが、妙に魅力的に見える気温だった。

 

「たまにはビールでも買って帰るか」

 

 そう言って店に入ろうとした時。

 

 露伴は、店先に立つ女性に気づいた。

 イエッタだった。

 涼しい顔で、酒屋の前に立っている。

 

 買い物客の邪魔にならない位置。

 だが、明らかにただの通行人ではない。

 

 露伴は目を細めた。

 

「……あれは、たしかイエッタだったな」

 

 以前、少しだけ顔を合わせている。

 ああいう人物は忘れにくい。

 

 露伴は、店の中へ視線を向けた。

 

「酒屋の前にファティマ。

 となると……普通の買い物ではなさそうだ」

 

 店内に入ると、予想通りだった。

 

 冷蔵棚の前に、ログナー司令が立っていた。

 その隣にはアスラン・ザラ。

 

 そして、店主が困ったような顔で、黄色と銀色の缶を段ボールへ詰めている。

 

 露伴は眉を上げた。

 

「ログナー」

 

 ログナーは振り返った。

 

「漫画家」

 

「その呼び方はやめろ」

 

 露伴は冷蔵棚と段ボールを見る。

 

「なにかあったのかい?」

 

「通常業務だ」

 

「酒屋で?」

 

「酒屋でだ」

 

 露伴は、缶のラベルを読んだ。

 

『季節限定醸造』

 

『数量限定生産』

 

『からだ全体で味わう、搾りたてレモンの衝撃。』

 

「……レモンサワー?」

 

 アスランが静かに言った。

 

「露伴先生。飲まないでください」

 

「飲むわけないだろ。僕は見ているだけだ」

 

「貴方の“見ているだけ”は、あまり信用できません」

 

「失礼だな」

 

 その時、店主が申し訳なさそうに笑った。

 

「いやあ、お客さん。実はこの限定レモンサワー、ちょっと妙な苦情が来ましてね」

 

 ログナーが即座に言った。

 

「店主。余計なことは言うな。通行止めだ」

 

 露伴の目が光った。

 

「おいおいおいおい。面白そうなネタじゃないか」

 

「面白くない」

 

「数量限定レモンサワーに、通行止め。しかもログナーが回収している。

 面白くないわけがないだろう」

 

 アスランはため息をついた。

 

「やはり食いついた……」

 

 店主は、ログナーと露伴を交互に見た。

 

「言っちゃまずいんですかい?」

 

「まずい」

 

「でも、あの長い黒髪の兄さんなんか、三本も買ってましてねぇ」

 

 ログナーが店主を見た。

 

「店主」

 

 露伴が片手を上げた。

 

「待て。長い黒髪の兄さん?」

 

 アスランがわずかに視線を逸らした。

 

 露伴はそれを見逃さない。

 

「カイエンだな」

 

「通行止めだ」

 

「今ので確定した」

 

 露伴は笑った。

 

「剣聖ダグラス・カイエンが、数量限定レモンサワーに釣られて、何らかの被害を受けた。

 …違うか?」

 

 アスランが真面目に言う。

 

「本人の尊厳に関わります」

 

「尊厳への被害は、取材価値がある」

 

「そういうところです、露伴」

 

 ログナーは冷蔵棚から残りの缶をすべて取り出した。

 

「残りの商品は私が購入し、回収する」

 

 店主はほっとしたように頭を下げた。

 

「助かりますよ。限定品だからって仕入れたんですが、変な苦情が来て困ってましてねぇ」

 

「販売店側に責任はない」

 

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 

 露伴はラベルをもう一度読んだ。

 

「“からだ全体で味わう、搾りたてレモンの衝撃”……なるほど。広告文としては悪くない」

 

「効果を知ると悪質です」

 

 アスランが言った。

 

 露伴は目を細める。

 

「つまり、本当にからだ全体で味わう羽目になったわけか」

 

 ログナーは答えない。

 

 露伴はさらに笑った。

 

「汗だな?」

 

 アスランが少し固まった。

 

「……」

 

「やはり」

 

「露伴」

 

「カイエンが汗をかいた。そしてレモン。

 つまり、全身からレモン系の汗が出た。そういうことだろう?」

 

 ログナーは缶を段ボールに詰めながら言った。

 

「漫画家。取材は通行止めだ」

 

「推理は自由だ」

 

「自由にも制限がある」

 

「君が言うと重いな」

 

 そこへ、店の外からイエッタが静かに入ってきた。

 

「マスター。車両への積み込み準備はできています」

 

 露伴は彼女を見た。

 

「やはり君もいたか」

 

 イエッタは静かに会釈する。

 

「お久しぶりです、岸辺露伴様」

 

「覚えていたのか」

 

「はい」

 

 露伴は少し満足そうに頷いた。

 

「外で待っていた理由は?」

 

 イエッタは即答した。

 

「店内が狭く、私まで入ると一般のお客様の動線を妨げます。

 酒類回収の補助には、店外待機で十分でした」

 

 露伴はログナーを見た。

 

「なるほど。販売店に迷惑をかけないよう配慮しているわけだ」

 

「必要な処理だ」

 

「便利な言い方だな」

 

 アスランが店主に確認する。

 

「この商品を買った人から、ほかに連絡は?」

 

「二人ほど、、電話がありましたよ。

 

 一人は、たしか…服が妙にレモン臭くなったって。

 あとは、目に汗が入ってしみたとか」

 

 露伴は噴き出しそうになるのをこらえた。

 

「目に汗が入ってしみた……」

 

 ログナーが一歩前に出る。

 

「笑うな」

 

「いや、笑っていない」

 

「笑う顔だった」

 

 イエッタが静かに言った。

 

「顔に出ています」

 

 露伴は肩をすくめた。

 

「君もなかなか言うじゃないか」

 

「事実です」

 

 ログナーは会計を済ませた。

 

 缶はすべて正規価格で購入された。

 

 店主はレシートを差し出す。

 

「本当に助かりました。もうこういう変な限定品は、仕入れ先をちゃんと確認しますよ」

 

「仕入れ記録は後で確認させてもらう」

 

「ええ、構いません」

 

 露伴はビールの棚へ向かった。

 

「さて、僕は普通のビールを買うとするよ」

 

 アスランが言った。

 

「メーカーは確認してください」

 

 露伴が振り返る。

 

「君までそれを言うのか」

 

 ログナーも言った。

 

「確認しろ」

 

 露伴は渋々、缶のメーカー名を見た。

 

「……ヘキサクスではないな」

 

「通行可だ」

 

「君に酒の許可をもらう日が来るとは思わなかったよ」

 

 イエッタは、回収したレモンサワーの段ボールを静かに持ち上げた。

 

 露伴がそれを見る。

 

「それはどうするんだ?」

 

「解析後、保管または処理します」

 

 ログナーが言った。

 

「処理?」

 

「処理だ」

 

「またバッハトマにでも送るのかい?」

 

 アスランが少し驚く。

 

「露伴」

 

 露伴は笑った。

 

「冗談だよ」

 

 ログナーは何も言わなかった。

 

 露伴は少しだけ目を細めた。

 

「……否定しないんだな」

 

「通行止めだ」

 

「ますます面白い」

 

 店主は、いまいち事情を飲み込めないまま、棚を整理していた。

 

「でも、売り場からなくなると、ちょっと寂しいですねぇ。

 パッケージはよくできてたんですが」

 

 露伴も頷いた。

 

「広告としては優秀だ。問題は、商品が最悪だったことだな」

 

 アスランが言う。

 

「ヘキサクス製品は、見た目や説明が普通に成立している場合がある。そこが厄介です」

 

「実害が出るまで悪意に気づきにくいわけか」

 

「はい」

 

 露伴はビールを一本手に取った。

 

「なるほど。良い取材になった」

 

「取材ではありません」

 

 アスランが即座に言った。

 

 ログナーも言った。

 

「記事にするな」

 

「漫画家に向かって、面白いものを描くなと言うのは無理がある」

 

「描くな」

 

「なら、少し変える」

 

「変えても描くな」

 

 イエッタが静かに言った。

 

「露伴様。マスターが本気で止めています」

 

「わかっている。だから面白いんだ」

 

 アスランは額に手を当てた。

 

「露伴……」

 

 ログナーは段ボールを店外へ運ばせながら、最後に店主へ言った。

 

「同様の商品が届いた場合、販売前に連絡を」

 

「わかりました」

 

「苦情が来た場合も同じだ」

 

「ええ。ありがとうございます」

 

 露伴は会計を済ませ、ビールを袋に入れてもらった。

 

「しかし、ログナー。

 君は最近、駄菓子屋に酒屋に、ずいぶん地域商店を救済しているな」

 

「必要な処理だ」

 

「その言い方、本当に便利だ」

 

 店の外へ出ると、イエッタが車両に段ボールを積み込んでいた。

 

 露伴はその姿を見て言った。

 

「イエッタ。君は今回の件をどう思う?」

 

「ヘキサクス製品は迷惑です」

 

「簡潔だな」

 

「また、マスターの外貨支出が増えました」

 

 露伴は笑った。

 

「そこか」

 

 イエッタは淡々と続ける。

 

「販売店への補填は必要ですが、原因を作った者への評価は下がります」

 

 アスランが小さく言う。

 

「シックスへのヘイトが溜まっている……」

 

 ログナーは聞こえていた。

 

「記録しているだけだ」

 

 露伴は言った。

 

「それを人は怒っていると言うんだよ」

 

 ログナーは答えなかった。

 その沈黙が、むしろ答えのようだった。

 

 少し離れたところで、怪盗Xiが歩いてくるのが見えた。

 どうやら様子を見に来たらしい。

 

 回収された段ボールを見て、すぐに察した。

 

「あー。残り回収したんだ」

 

「正規購入でな」

 

 露伴が言う。

 

 Xiは苦笑した。

 

「またヘキサクスの嫌がらせが、地元商店の売上補填に変換された……」

 

 ログナーは短く言った。

 

「笑い事ではない」

 

「笑ってないよ。顔は笑ってるかもしれないけど」

 

 露伴はXiを見る。

 

「君の父親は、ずいぶん暇なんだな」

 

 Xiは深くため息をついた。

 

「それ、僕も言った」

 

 アスランが言う。

 

「暇なのではなく、悪意の形を変えて遊んでいるのだとネウロは言っていました」

 

 露伴は少し考えた。

 

「悪意の形を変える、か。言い得て妙だな」

 

 ログナーは段ボールを見た。

 

「その悪意の処理費用が、こちらに回っている」

 

 Xiは肩をすくめる。

 

「ほんと、ごめんね」

 

「お前が謝ることではない」

 

 ログナーは即座に言った。

 その言葉だけは、少しだけ優しかった。

 

 Xiは少し黙り、それから軽く笑った。

 

「そう言ってくれるのは助かるよ」

 

 露伴はその一瞬を見逃さなかった。

 

「……なるほど。君たちは、思ったより複雑な関係だな」

 

「露伴」

 

 アスランが警告する。

 

「わかっている。今は踏み込まない」

 

「今は、ですか」

 

「取材には時機がある」

 

 ログナーは露伴を見た。

 

「通行止めだ」

 

「まったく、便利な言葉だ」

 

 

 その日。

 

 ログナー司令の報告書には、こう記された。

 

『ヘキサクス製レモンサワー残品、酒類販売店より全数正規購入の上で回収。

 販売店側に悪意なし。

 苦情発生を確認。

 納入経路の確認を継続。

 酒類販売店への損害補填完了。

 外貨支出、また増加。

 シックス関連製品への警戒度を引き上げ。』

 

 最後に、一行。

 

『岸辺露伴と遭遇。取材欲を確認。要注意。』

 

 アスランはそれを見て、深く頷いた。

 

「そこは本当に要注意です」

 

 露伴は、少し離れた場所で普通のビールを袋から取り出しながら言った。

 

「聞こえているぞ」

 

 ログナーは答えた。

 

「聞かせている」

 

 Xiが笑う。

 

「ログナー、怒ってるね」

 

「記録しているだけだ」

 

 露伴は缶ビールのメーカー名をもう一度確認した。

 

「ヘキサクスではない。普通のビール。通行可、だったな」

 

 アスランが頷く。

 

「はい」

 

 露伴は、少しだけ笑った。

 

「普通というのは、なかなか貴重だな」

 

 Xiが言った。

 

「最近ほんとそう思うよ」

 

 イエッタは静かに車両の扉を閉めた。

 

「マスター。回収完了です」

 

 ログナーは頷いた。

 

「帰投する」

 

 露伴はその背中を見送りながら、呟いた。

 

「数量限定レモンサワー。すっぱい汗。

 剣聖の尊厳。酒屋救済。ログナーの外貨支出……」

 

 アスランが即座に言った。

 

「露伴。メモしないでください」

 

「していない」

 

「今、完全に頭の中で構成していました」

 

「君も鋭くなったな」

 

「露伴対策です」

 

 Xiが笑った。

 

「アスラン、露伴センサー育ってるね」

 

 露伴は少し不満そうだった。

 

「まったく。面白い題材ほど、周囲が止めに入る」

 

 ログナーは振り返らずに言った。

 

「当然だ」

 

 その声は、やはり冷たかった。

 

 だが酒屋の店主は、店先で深く頭を下げていた。

 

「ありがとうございました。また普通のお酒、買いに来てくださいね」

 

 露伴はビールの袋を軽く掲げた。

 

「今日は普通で十分だ」

 

 その言葉に、アスランもXiも、少しだけ頷いた。

 

 ヘキサクス製の数量限定レモンサワーは消えた。

 

 酒屋は救済された。

 

 露伴の取材欲は、完全には止まらなかった。

 

 そしてログナー司令のシックスへの評価は、またほんの少しだけ冷たくなった。

 ただし、普通のビールは冷えていた。

 

 それだけは、通行可だった。

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