守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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岸辺露伴はぬか漬けを取材する

 カフェテラスに、木箱が届いた。

 それはもう、見た目だけなら完全に善意だった。

 

 薄い和紙に包まれ、紐で丁寧に結ばれている。

 箱の側面には、落ち着いた筆文字。

 

『季節の発酵便』

『昔ながらの熟成ぬか漬け』

『香り、深く。余韻、長く。』

『一口で、からだまで漬かる。』

 

 桂木弥子は、その文字を読んだ瞬間、目を輝かせた。

 

「ぬか漬け……!」

 

 アスラン・ザラが、すぐに制止した。

 

「弥子ちゃん、食べないでください」

 

「まだ食べてません!」

 

「目が食べていました」

 

「目は食べません!」

 

 すえぞうが箱を見上げる。

 

「ハラへった!」

 

「すえぞうも待ってください!」

 

「うっす!」

 

 怪盗Xiは、伝票を確認した。

 

 そして、顔をしかめた。

 

「差出人」

 

 シン・アスカが身構える。

 

「まさか」

 

 Xiは伝票をテーブルに置いた。

 

「株式会社ヘキサクス」

 

 その瞬間、カフェテラスの空気が一段冷えた。

 

「あのクソ親父……今度はぬか床かよ」

 

 キラ・ヤマトが苦笑する。

 

「発酵食品が続くね」

 

 ラクス・クラインは箱の文言を読んで、静かに首を傾げた。

 

「一口で、からだまで漬かる……少し、不穏ですわね」

 

 シンが言った。

 

「普通なら、味が染みてるって意味に読めますけどね」

 

「ヘキサクス製品の場合、文字通りの可能性がある」

 

 アスランは真顔だった。

 

 ダグラス・カイエンは、椅子にもたれながら箱を見た。

 

「ぬか漬けだろ。そんなに警戒するもんかヨ」

 

 ログナー司令が、いつの間にか立っていた。

 

「お前は黙っていろ」

 

「まだ何もしてねぇヨ」

 

「食べる顔だった」

 

 アウクソーが静かに言う。

 

「マスター。前例がございます」

 

「前例で俺を見るな」

 

 ログナーは木箱を見た。

 

「直送便か。販売店は関与していない。責任所在は明確だ」

 

 Xiが肩をすくめる。

 

「今回はお店の人を巻き込んでないだけ、まだマシかな」

 

「中身次第だ」

 

 ログナーは手袋をつけ、箱を開けた。

 

 中には、密封容器に入ったぬか漬けが並んでいる。

 

 きゅうり。

 なす。

 大根。

 にんじん。

 

 どれも見事な色合いだった。

 

 容器越しにも、発酵食品らしい深い香りがほんのり伝わってくる。

 

 弥子が、思わず喉を鳴らした。

 

「これは……白いご飯が……」

 

「弥子」

 

 アスランが呼ぶ。

 

「はい。食べません。食べませんけど、絶対ご飯に合うやつです」

 

 カイエンも興味を示した。

 

「酒のつまみに良さそうだナ」

 

 ログナーが即答する。

 

「食うな」

 

「だからまだ何もしてねぇヨ」

 

「今度は“つまむ顔”だった」

 

「俺の顔を分類すんな」

 

 岸辺露伴は、箱の中をじっと見ていた。

 

 目が、取材対象を見つけた時のそれになっている。

 

「ぬか漬けか。日本の食文化としては興味深いな。保存、発酵、家庭ごとのぬか床、代々受け継がれる味……取材価値がある」

 

 アスランが即座に反応した。

 

「露伴。食べないでください」

 

「食べるわけないだろ。僕は観察しているだけだ」

 

 泉京香が、露伴の横から言った。

 

「先生。その“観察”は、だいたい手が出ます」

 

「失礼だな、泉くん」

 

「前例がございます」

 

 カイエンが小さく笑った。

 

「お前も前例で見られてんじゃねぇか」

 

 露伴は不機嫌そうに言った。

 

「君にだけは言われたくない」

 

 ログナーは容器を開けるか迷った。

 

 だが密封状態のままでは、十分な反応確認ができない。

 

 ラキシスが、そっとすえぞうを見た。

 

「すえぞう」

 

「?」

 

「少しだけ、食べてもらえる?」

 

 Xiが顔を覆った。

 

「姫様、その判定方法が定着してるの怖いんだけど」

 

 弥子も慌てる。

 

「すえぞう、ほんのちょっとだけですよ! 変だったらすぐ言ってください!」

 

「うっす!」

 

 ログナーは少量を切り分けた。

 

 きゅうりのぬか漬け。

 

 厚さは薄い。

 

 すえぞうは、それをじっと見てから、ぱくりと食べた。

 

 もぐ。

 もぐ。

 そして、目を丸くした。

 

「くさい!」

 

 シンが吹き出しかけた。

 

「直球!」

 

 弥子が慌てる。

 

「すえぞう、食べ物にそういうこと言わない!」

 

 すえぞうは、もう一度もぐもぐした。

 

「うまい!」

 

 弥子が力強く頷いた。

 

「そこはわかる!!」

 

 キラが苦笑する。

 

「わかるんだ」

 

 すえぞうは手を上げた。

 

「もっと!」

 

 弥子はすぐに皿を遠ざけた。

 

「追加は普通のぬか漬けにしましょう!」

 

「ふつう?」

 

「普通のぬか漬けです。身体まで漬からないやつです」

 

「うっす!」

 

 ログナーはすえぞうの様子を観察した。

 

「すえぞう殿に重大な異常なし」

 

 Xiがぼそりと言う。

 

「すえぞう、なんか判定役としての経験値が上がってるよね」

 

「嫌な成長ですね……」

 

 シンが困った顔をした。

 

 全員が少しだけ安心した。

 

 その空気の隙間に、露伴の手が伸びた。

 

 きゅうりのぬか漬けを一切れ。

 ほんの一切れ。

 

 露伴はそれを指先でつまんだ。

 

 アスランが気づく。

 

「露伴!」

 

「ほんの一口だ」

 

「だから食べないでくださいと言いました」

 

「取材だよ。文化を知るには、味覚も重要だ」

 

 泉がため息をつく。

 

「先生は取材という言葉を便利に使いすぎです」

 

 露伴は、ぬか漬けを口に入れた。

 しゃくり。

 噛んだ瞬間、露伴の表情がわずかに変わった。

 

「……うまいな」

 

 弥子が身を乗り出す。

 

「やっぱり!?」

 

「漬かり具合がいい。塩気は強すぎず、酸味も立ちすぎていない。発酵の香りが深いが、野菜の食感を潰していない」

 

 カイエンがさらに興味を持つ。

 

「やっぱり酒に合いそうだナ」

 

 ログナーが短く言った。

 

「食うな」

 

「わかってるヨ」

 

「信用していない」

 

 Xiは露伴を見ていた。

 

「先生、褒めるくらい美味しいんだ」

 

 露伴は頷いた。

 

「これはかなり丁寧に漬かっている。悔しいが、食べ物としての完成度は高い」

 

 その瞬間、Xiの端末が鳴った。

 

 件名。

 

『一族自慢の一品について』

 

 Xiは、端末を見る前から嫌そうな顔をした。

 

「来た」

 

 ログナーが言う。

 

「読み上げろ」

 

 Xiは画面を見た。

 

 そして、心底うんざりした声で読み上げた。

 

『我が一族の漬物蔵で発酵させた、特製のぬか漬けだ。

 常人が食べると、発酵臭が丸一日身体から抜けなくなるが……

 ぬか床と共に生きる一体感を味わえるように仕上げた。

 慣れるとクセになる。』

 

 沈黙。

 

 シンが叫んだ。

 

「ぬか床と共に生きたくない!!」

 

 弥子も青ざめる。

 

「丸一日!?」

 

 キラが箱を見る。

 

「“香り、深く。余韻、長く。”って、そういう意味だったんだ……」

 

 ラクスが静かに言う。

 

「食後の余韻にしては、少し長すぎますわね」

 

 露伴は動きを止めた。

 

 泉が、ゆっくりと露伴の方を向く。

 

「先生」

 

「何だい」

 

「たしかに、ぬか床みたいな匂いがします」

 

 露伴は眉をひそめた。

 

「言い方に配慮がないな、泉くん」

 

「配慮して“ぬか床みたい”にしました」

 

「直接言うなら?」

 

「先生が漬物臭いです」

 

 シンが口元を押さえた。

 

 カイエンも笑いかけた。

 

 露伴が睨む。

 

「笑うな」

 

 泉は真面目だった。

 

「先生、今日の打ち合わせはオンラインにしましょう」

 

「僕を隔離する気か?」

 

「はい」

 

「即答するな」

 

 露伴は自分の袖を嗅いだ。

 

 少しだけ表情が歪む。

 

「……なるほど。これは確かに」

 

 Xiが申し訳なさそうに、しかし笑いをこらえながら言う。

 

「先生、半径一メートルくらいが漬物屋になってる」

 

「笑うなと言っただろ」

 

 ネウロが、いつの間にか露伴の背後に立っていた。

 

「ククク……人間が食べ物を漬けるはずが、食べ物の匂いに人間が漬かる。

 実にくだらん悪意だ」

 

 シンが振り返る。

 

「いつからいたんですか!?」

 

「発酵の匂いがしたのでな」

 

「今回だけは本当に匂いで来たっぽい!」

 

 ログナーはぬか漬けを解析した。

 

 毒性なし。

 薬物性なし。

 記憶改変なし。

 精神誘導なし。

 魔界由来なし。

 食品としての発酵状態は良好。

 塩分、酸味、旨味成分、いずれも高い水準。

 ただし摂取後、皮膚、吐息、衣服へ発酵臭が長時間残留。

 摂取量に比例して持続時間が延長。

 露伴の場合、一切れのため推定数時間から半日。

 丸一日は大量摂取時。

 

 泉がほっとする。

 

「先生、一切れでよかったですね」

 

 露伴は苦い顔をした。

 

「全くよくない」

 

 ログナーは結果を読み上げた。

 

「味は良い」

 

 弥子が思わず言った。

 

「やっぱり!」

 

「だが、摂取後の臭気残留が強い。取材、編集打ち合わせ、会議、接客、満員電車、映画館、美術館、サイン会、初対面の相手との会食前の摂取は通行止め」

 

 シンが叫んだ。

 

「サイン会でぬか漬け臭い漫画家、嫌すぎる!」

 

 露伴が睨む。

 

「言うな」

 

 泉が頷く。

 

「先生、今日サイン会がなくてよかったです」

 

「本当にそうだな」

 

 アスランが真面目に言った。

 

「露伴。次からは、取材対象を食べる前に確認してください」

 

「僕は一切れしか食べていない」

 

「一切れで十分発動しています」

 

 Xiが笑う。

 

「先生、今回は完全に取材で負けたね」

 

「負けていない。経験を得ただけだ」

 

 ネウロが口元を歪める。

 

「経験と臭気をな」

 

「黙れ」

 

 すえぞうは、露伴の近くに寄って鼻を動かした。

 

「くさい!」

 

「すえぞう」

 

 弥子が止める。

 

「うまい?」

 

 すえぞうが首を傾げた。

 

 露伴は少しだけ黙った。

 

「味はうまかった」

 

「エライ!」

 

 シンが小声で言う。

 

「今のエライ、どっちの意味なんでしょうね」

 

 Xiが答える。

 

「たぶん、露伴先生が大変って意味も入ってる」

 

 露伴は聞こえないふりをした。

 

 カイエンはぬか漬けを見ていた。

 

「そんなにうまいのか」

 

 ログナーが即座に言う。

 

「食うな」

 

「だから食わねぇって」

 

「酒のつまみに考えていた」

 

「考えただけだろ」

 

 アウクソーが静かに言った。

 

「マスター。考えた後に行動される前例がございます」

 

「お前まで」

 

 カイエンは少し未練がましくぬか漬けを見た。

 

「普通のぬか漬けならいいんだろ?」

 

「普通なら通行可」

 

 ログナーは答えた。

 

 ラキシスが微笑んだ。

 

「では、後ほど普通のぬか漬けを用意いたしましょう」

 

 すえぞうが手を上げる。

 

「うっす!」

 

 弥子も目を輝かせる。

 

「普通のぬか漬けなら、白いご飯と一緒に……!」

 

 アスランが少し警戒する。

 

「弥子。量は普通にしてください」

 

「普通にします。普通の人の普通とは言ってませんけど」

 

「そこが不安です」

 

 ソープが、ぬか漬けの容器を興味深そうに見ていた。

 

「普通のぬか漬けか。ぬか床の微生物相を管理すれば、

 味の再現性をかなり高められるね」

 

 ログナーが即座に言った。

 

「陛下、通行止めです」

 

「まだ何もしていないよ」

 

「微生物相を管理、とおっしゃいました」

 

「それは普通の研究だよ」

 

「陛下の普通は、しばしば国家事業になります」

 

 ラキシスがそっとソープの袖を引いた。

 

「ソープ様。私は、普通のぬか漬けがよろしいですわ」

 

 ソープは少し考え、穏やかに笑った。

 

「普通のぬか漬けか」

 

 ログナーが言う。

 

「通行可です」

 

 Xiが小声で言った。

 

「姫様ブレーキ、今日も発酵前に止めた」

 

 露伴は不満そうに言った。

 

「僕だけが発酵後みたいに言うな」

 

 泉がすぐに返す。

 

「実際、先生だけ発酵臭が残っています」

 

「君は本当に退路を残さないな」

 

「先生が取材と称して食べたからです」

 

 シンは笑いながら言った。

 

「泉さん、前回の健康茶がなくてもセイロニストですね」

 

「私は必要なことを言っているだけです」

 

 露伴は諦めたように肩をすくめた。

 

「そこが泉くんだ」

 

 ログナーは容器を閉じた。

 

「ヘキサクス製ぬか漬けは全数回収。食品としては通行止め。

 ただし、味覚面の完成度は高い。注意」

 

 弥子が言った。

 

「味が良いってところが危ないですね」

 

 アスランも頷く。

 

「食べたくなる分、厄介だ」

 

 Xiが小さく息を吐いた。

 

「あの親父、たまに本当に美味しいもの作るから腹立つんだよ」

 

 ネウロが笑う。

 

「美味だからこそ食べる。食べるからこそ残る。悪意としては単純だが、効果的だ」

 

 キラは露伴を見た。

 

「露伴先生、帰りは大丈夫ですか?」

 

「何がだい」

 

「電車とか」

 

 露伴は少しだけ沈黙した。

 

 泉が言った。

 

「先生、今日はタクシーにしましょう」

 

「車内に匂いがこもるだろう」

 

「では、徒歩で」

 

「僕を発酵散歩させる気か?」

 

 シンが耐えきれず笑った。

 

「発酵散歩……!」

 

 露伴は睨んだ。

 

「笑うな」

 

 泉は資料袋を抱え直した。

 

「先生、まずは風通しのいい場所に移動しましょう」

 

「編集者に換気扱いされる漫画家というのも、なかなかないな」

 

「先生が取材対象を食べたからです」

 

「二回言わなくていい」

 

 すえぞうが元気よく言った。

 

「くさい! エライ!」

 

「どっちの意味でもやめろ」

 

 露伴は疲れたように言った。

 

 

 ヘキサクス製のぬか漬けは回収され、代わりに普通のぬか漬けが用意されることになった。

 

 弥子は白いご飯のことを考えている。

 

 カイエンは酒のつまみのことを考えている。

 

 アスランは二人を警戒している。

 

 すえぞうは元気よく言った。

 

「ハラへった!」

 

 弥子が笑う。

 

「はい。普通のご飯を食べましょう」

 

「うっす!」

 

 露伴は少し離れた席に移動していた。

 

 風下だった。

 

 泉が資料を広げる。

 

「先生、打ち合わせを始めます」

 

「この状態で?」

 

「はい。オンラインにしなかっただけ、配慮しています」

 

「そういう配慮は要らない」

 

 泉は真面目に言った。

 

「先生、次から取材対象を口に入れる前に確認してください」

 

「わかったよ」

 

「本当ですか?」

 

「君までログナーみたいなことを言うな」

 

 ログナーは、報告書の最後にこう記した。

 

『ヘキサクス製ぬか漬け。

 直送便としてカフェテラスへ到着。

 すえぞう殿が少量摂取。重大な異常なし。

 岸辺露伴殿が取材目的で一切れ摂取。

 摂取後、発酵臭の残留を確認。

 毒性なし。薬物性なし。記憶改変なし。精神誘導なし。

 味覚面での完成度は高く、再摂取誘導性あり。

 取材対象としても、食品としても通行止め。

 普通のぬか漬けは通行可。』

 

 シンは最後の一行を見て、しみじみ言った。

 

「普通のぬか漬けって、ありがたいですね」

 

 キラが頷く。

 

「普通に美味しくて、普通に匂いが残らない」

 

 ラクスが微笑んだ。

 

「それで十分ですわ」

 

 Xiは回収容器を見ながら、ため息をついた。

 

「あのクソ親父……今度は人をぬか床にしたか」

 

 ネウロが笑う。

 

「ククク……人間は発酵を制御したつもりで、発酵に制御される。くだらぬが、悪くない」

 

 露伴は風下から言った。

 

「悪くないのは味だけだ」

 

 泉が即答した。

 

「先生の場合、匂いは悪いです」

 

「君は今日、絶好調だな」

 

「通常業務です」

 

 カフェテラスには、少しだけぬか漬けの香りが残っていた。

 

 味は良かった。

 確かに良かった。

 だが、良い味と良い商品は別である。

 

 ヘキサクス製のぬか漬けは、慣れるとクセになる旨さだった。

 そして、慣れる前に周囲が逃げる臭さだった。

 

 岸辺露伴は、それを身をもって取材した。

 本人は認めなかった。

 

「これは敗北じゃない。取材だ」

 

 泉は資料をめくりながら言った。

 

「では先生。今日の取材結果を一言でお願いします」

 

 露伴は少しだけ考えた。

 

 そして、渋々言った。

 

「……ぬか漬けは、普通のものに限る」

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