守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
カフェテラスに、一つの段ボール箱が届いた。
その時点で、怪盗Xiは嫌な顔をした。
「帰ってもらって」
宅配便の配達員が困惑する。
「えっ」
桂木弥子も目を丸くした。
「Xi、まだ差出人も見てませんよ!」
「最近、カフェテラスに届く食べ物で、ろくなことが起きてないから」
アスラン・ザラはXiの判断を否定しなかった。
「まず伝票を確認しましょう」
配達員から伝票を受け取る。
差出人欄には、見慣れすぎた名前があった。
『株式会社ヘキサクス』
Xiは配達員を見た。
「やっぱり持って帰ってくれる?」
「受取拒否ということでしょうか……?」
ログナー司令が、いつの間にかカフェテラスに立っていた。
「受け取る。配送員に責任はない」
配達員は安堵した顔で箱を置き、足早に去っていった。
Xiは段ボールを睨んだ。
「あのクソ親父……今度は何?」
箱の側面には、威勢のよい筆文字が並んでいた。
『米どころ直送』
『特製堅焼き煎餅』
『響き渡る、米の歯応え』
『一噛みごとに、香ばしさを共有』
シン・アスカが顔をしかめた。
「もう効果が書いてある気がする」
キラ・ヤマトも箱を読む。
「“響き渡る”と“共有”が気になるね」
ラクス・クラインは穏やかに言った。
「普通のお煎餅でしたら、歯応えの表現とも受け取れますけれど」
「ヘキサクス製品の場合、表現をそのまま受け取るべきです」
アスランは真顔だった。
すえぞうが箱を見上げる。
「せんべい?」
弥子がすえぞうを抱えるようにして止めた。
「まだですよ!」
「ハラへった!」
「それは知っています!」
Xiは箱の周りを歩き、上から下まで眺めた。
「開けた瞬間に爆発する?」
ログナーが答える。
「爆発物反応なし」
「煎餅の匂いを嗅ぐと人格が変わる?」
「精神干渉反応なし」
「箱の中に小型のシックスが入ってる?」
「入っていない」
シンがXiを見る。
「最後のはさすがにないでしょう」
「親父なら、やりかねないよ」
岸辺露伴が箱を観察していた。
「煎餅か。米を潰し、乾燥させ、焼き上げる。単純な食品に見えるが、地域によって製法も味付けも違う」
アスランが即座に言った。
「露伴。食べないでください」
「まだ食べるとは言っていない」
「見る顔が取材でした」
「取材して何が悪い」
「前回、取材と言ってぬか漬けを食べました」
泉京香が、露伴の隣から言った。
「その結果、半日ほど先生が漬物臭くなりました」
「いちいち蒸し返すな、泉くん」
「事実です」
ダグラス・カイエンは、箱を見ながら少し笑った。
「煎餅なら酒にも合いそうだナ」
ログナーは振り返らずに言った。
「食うな」
「まだ何もしてねぇヨ」
「食べる顔だった」
「最近、俺の顔を勝手に分類しすぎだろ」
アウクソーが静かに言った。
「マスター。今回は、ログナー司令の指示に従ってください」
「今回はって何だヨ」
「レモンサワー、梅干し、黒酢の前例がございます」
「並べるな」
ログナーは手袋をつけた。
「開封する」
Xiが少し後ろへ下がる。
「全員、伏せた方がいい?」
「必要ない」
「本当に?」
「本当だ」
箱が開けられた。
中には、個包装された丸い煎餅が並んでいた。
濃い醤油色。
表面には細かなひび。
焼き目は香ばしく、袋越しにも米と醤油の匂いが伝わってくる。
弥子の目が輝いた。
「美味しそう……!」
アスランがすぐに言う。
「弥子ちゃん!」
「食べません。まだ食べませんけど、絶対美味しいやつです」
すえぞうも箱へ近づく。
「せんべい!」
「すえぞうも待ってください!」
「うっす!」
Xiは一枚の袋を手に取り、裏面を確認した。
『HEXSACS RICE PRODUCTS』
「製造元は間違いなくヘキサクス」
シンが言う。
「それだけで十分危ないですよね」
ログナーは煎餅を検査した。
毒性。
薬物性。
記憶改変。
精神誘導。
味覚操作。
魔界由来。
未知の微細機械。
歯への異常な負荷。
唾液反応。
消化器への影響。
音響増幅作用。
シンは検査項目を見て、ため息をついた。
「煎餅一枚の検査項目じゃない……」
「ヘキサクス製品だ」
ログナーはいつも通り答えた。
Xiはまだ煎餅を睨んでいる。
「食べると歯が煎餅になるとかない?」
「ない」
「噛むたびに歯が一ミリずつ伸びるとか」
「ない」
「割れた破片が文字になるとか」
「ならない」
キラが苦笑する。
「Xi、かなり疑ってるね」
「当たり前だよ。あの親父が、普通の煎餅を送るわけない」
ネウロが、いつの間にか箱の横に立っていた。
「ククク……解析結果は単純だ」
弥子が振り返る。
「ネウロ、わかったんですか?」
「煎餅を噛んだ際に生じる振動を、周囲五メートルへ増幅して伝える。それだけだ」
Xiは眉を寄せた。
「……それだけ?」
「それだけだ」
「五分後に別の作用が出るとか」
「ない」
「食べ終わった後、歯が醤油色になるとか」
「ない」
「本当に?」
「疑い深い小僧だ」
「親父のせいだよ!」
ラキシスが、すえぞうを見た。
「すえぞう。少しだけ、食べてもらえる?」
Xiが頭を抱えた。
「姫様、すえぞう試験が完全に定着してる……」
弥子は不安そうに煎餅を見る。
「危険性は低いんですよね?」
ログナーが頷く。
「少量なら問題ない。ただし、音に注意」
すえぞうは煎餅を小さく割ったものを受け取った。
「せんべい!」
「ほんの少しですよ」
「うっす!」
すえぞうが煎餅を口へ運ぶ。
そして噛んだ。
バリィィィィン!!
カフェテラスに、乾いた破砕音が響き渡った。
シンが椅子から飛び上がる。
「でかっ!!」
店内の客が一斉にこちらを見る。
近くのテーブルにいた店員も手を止めた。
すえぞう自身は楽しそうだった。
「うまい!」
バリバリバリバリ!!
弥子が耳を押さえる。
「思ったより響く!」
キラは周囲を見た。
「だいたい五メートルくらいかな」
アスランは真面目に分析する。
「離れれば通常の咀嚼音に戻っている」
露伴は耳を澄ませた。
「音だけが不自然に鮮明だな。一噛みごとの割れ方までわかる」
泉が言った。
「先生、そこを観察しなくていいです」
「漫画家としては興味深い」
すえぞうはもう一度噛んだ。
バリィン!
「もっと!」
弥子は慌てて残りを回収した。
「普通の煎餅を用意します!」
「ふつう?」
「普通にバリバリ鳴る煎餅です!」
「うっす!」
Xiはすえぞうの様子をじっと見ている。
「……本当に、ただ音が大きいだけ?」
ログナーが答える。
「そうだ」
「お腹が異常に膨れたりしない?」
「しない」
「言葉が全部“バリバリ”になったり」
「ならない」
「記憶が」
「飛ばない」
「過去が」
「蘇らない」
「涙が」
「止まらなくならない」
「関節が」
「鳴らない」
シンが苦笑する。
「今までの被害一覧になってる……」
Xiはまだ納得していない。
「怪しい」
その時、Xiの端末が鳴った。
件名。
『一族自慢の一品について』
Xiは画面を開いた。
「来た。やっぱり何かある」
ログナーが言う。
「読み上げろ」
Xiは、警戒しながらメールを読んだ。
『我が一族の米どころで収穫した米を焼き上げた、特製の煎餅だ。
常人が食べると、噛む音が周囲五メートルに響き渡るが……
米の歯応えを、周囲の者とも共有できるように仕上げた。
慣れるとクセになる。』
沈黙。
シンが言った。
「……それだけ?」
キラも言った。
「解析通りだね」
ラクスは少しだけ安心したように微笑む。
「今回は、音が大きくなるだけなのですね」
Xiは端末を何度もスクロールした。
「続きは?」
「ない」
ログナーが答えた。
「添付ファイルは?」
「ない」
「文字を反転すると別の文章が出る?」
「出ない」
「メールを閉じた瞬間に爆発する?」
「しない」
Xiは端末を閉じた。
そして、しばらく黙った。
「あのクソ親父にしては……フツーだな」
シンが頷く。
「普通ではないですけど、ヘキサクス基準では普通ですね」
アスランも静かに言った。
「周囲への迷惑はあるが、健康被害はない」
ネウロは煎餅を眺めた。
「悪意としては小粒だ。音で周囲の集中を乱す。それ以上でも以下でもない」
露伴が一枚の煎餅へ手を伸ばした。
アスランが止める。
「露伴」
「効果は判明しただろう」
「カフェテラスです」
「一口だけだ」
「前回もそう言いました」
泉が言う。
「先生。原稿の構想中にご自分で食べて、ご自分で集中を乱す未来が見えます」
「僕はそこまで愚かじゃない」
露伴は煎餅を一口噛んだ。
バリィィン!
露伴の眉間に皺が寄った。
泉は冷静に言った。
「未来が実現しました」
「一口だけだ」
「ご自分で食べました」
「わかっている」
カイエンも一枚を眺めている。
「味は良さそうだナ」
ログナーが言った。
「食うな」
「音がでかいだけだろ」
「酒を飲みながら食べれば、周囲がうるさい」
「酒のつまみなら、多少音がしてもいいだろ」
「場所による」
アウクソーが静かに言った。
「マスター。宿泊施設の夜間はお控えください」
「食べる前提で話すなヨ」
「食べるお顔でした」
「俺の周り、顔を読む奴が多すぎるだろ」
弥子は煎餅を見つめている。
「音は大きい。でも、味は本当に美味しそう……」
アスランが言う。
「弥子ちゃん、店内では控えて」
「外ならいいですか?」
「それは……」
ログナーが答える。
「周囲五メートルに他者がいなければ通行可」
弥子の顔が明るくなった。
「やった!」
シンが驚く。
「通行可なんですか!?」
「健康被害はない。場所を選べばよい」
Xiはログナーを見た。
「本当に?」
「本当だ」
「食べると、あとで何か」
「起きない」
「翌朝になったら」
「起きない」
「親父が直接来るとか」
「それは製品の作用ではない」
「可能性はあるんだ」
「ないとは言っていない」
Xiは煎餅から一歩下がった。
「やっぱり食べない」
キラが笑う。
「Xiは最後まで疑うんだね」
「当然だよ。何もないこと自体が怪しい」
ラクスが穏やかに言った。
「疑うことも、ご自身を守るためには大切ですわ」
Xiは少しだけ照れたように視線を逸らした。
「まあね」
すえぞうが普通の煎餅をもらった。
「せんべい!」
ぱり。
普通の音だった。
すえぞうは少しだけ首を傾げる。
「ちいさい?」
弥子が笑う。
「これが普通です」
「うまい!」
「それで十分です!」
ログナーは報告書を作成した。
『ヘキサクス製堅焼き煎餅。
カフェテラスへ直送。
摂取時の咀嚼音を周囲約五メートルへ増幅する作用を確認。
毒性なし。薬物性なし。記憶改変なし。精神誘導なし。
歯、顎、消化器への異常なし。
味覚面での完成度は高い。
図書館、映画館、美術館、会議、潜入任務、就寝者の近く、岸辺露伴の執筆中における摂取は通行止め。
屋外かつ周囲五メートルに他者がいない場合は通行可。』
露伴が横から報告書を見る。
「なぜ僕の執筆中が個別に書かれている?」
泉が答えた。
「実例が発生したからです」
「君が書かせたのか?」
「必要な注意事項です」
ログナーは短く言った。
「事実だ」
露伴は不満そうだった。
Xiは報告書を覗き込み、もう一度確認する。
「本当に、これで全部?」
「全部だ」
「隠してない?」
「隠していない」
「シックスにしては悪意が弱くない?」
ログナーは少し考えた。
「私に聞くな」
*
その頃。
ヘキサクス食品開発部門では、一人のスタッフが完成品の煎餅を差し出していた。
「会長。完成しました」
シックスは、煎餅を一枚手に取った。
スタッフは胸を張る。
「我が一族の米どころで収穫した米を厳選し、
醤油の焦げ香、歯応え、口溶けまで調整した至高の堅焼き煎餅です」
シックスが一口噛む。
バリィィン!
室内に大きな音が響いた。
「悪意は?」
スタッフが答える。
「咀嚼音が周囲五メートルに響きます」
「それだけか」
スタッフは緊張した。
「はい」
シックスは少し考えた。
「それでいい」
スタッフは固まった。
「……それだけで?」
「それだけだ」
「歯が欠けたりは?」
「しない」
「食欲や記憶への干渉は?」
「ない」
「精神汚染や感覚異常は?」
「ない」
「食べ続けると、身体が米菓へ変化するとかは?」
「ない」
スタッフは、恐る恐るシックスを見た。
「会長」
「何だ」
「どこか具合でも悪いのですか?」
シックスの目が、わずかに細くなった。
「私を何だと思っている」
「銀歯が抜けるカレーに許可を出した方です」
「……」
「記憶を飛ばすチーズにも」
「もうよい」
「食欲を消す発酵乳飲料にも」
「もうよいと言った」
「医務室をお呼びしますか?」
「呼ぶな」
そこへ経理担当が入ってきた。
「失礼します。今回の商品ですが、追加効果の開発費が低額に収まりました」
少し遅れて、武器部門のジョーイ係長も顔を出した。
「何や。今回は煎餅食う音がうるさくなるだけなんか?」
「そうだ」
シックスは答えた。
ジョーイ係長は、疑い深そうにシックスを見た。
「会長、ホンマに大丈夫か?」
「なぜ皆、そこまで心配する」
「今までが今までやからや!!」
経理担当も資料を見ながら言った。
「ただし、商品としては通常販売に近い形が可能かもしれません」
ジョーイ係長が驚く。
「売れるんか!?」
「静かな場所では苦情が予想されますが、
屋外イベント、祭り、スポーツ観戦会場などでは、
効果を娯楽として訴求できる可能性があります」
ジョーイ係長の目が輝く。
「売れるやん!!」
シックスが言った。
「売るために作ったのではない」
「会社の商品は売るために作れ!!」
スタッフが小声で言った。
「味は本当に良いんです……」
ジョーイ係長は煎餅を一枚食べた。
バリィィン!
「うまいやん!」
バリバリバリ!
「普通に商品化しようや!」
シックスは静かに言った。
「Xiは疑ったか」
部下が報告する。
「最後まで、別の作用があるのではないかと疑い続けたようです」
「ならばよい」
ジョーイ係長が叫んだ。
「そこで満足すな!! 売れ!!」
*
一方、カフェテラスでは。
ヘキサクス製煎餅は回収された。
一部は解析用に保管。
残りは、周囲への迷惑が出ない場所でのみ試食可と判断された。
弥子は、少し離れた広場で一枚だけ食べた。
バリィィィン!
「美味しいです!」
遠くにいたシンが耳を押さえる。
「こっちまで聞こえる!」
カイエンも広場の端で酒と一緒に一枚食べた。
バリバリバリ!
「悪くねぇナ」
ログナーが離れた場所から言う。
「うるさい」
「煎餅に言えヨ」
すえぞうは普通の煎餅を食べている。
「うまい!」
ぱり。
普通の音だった。
Xiは最後までヘキサクス製煎餅を食べなかった。
箱を睨み、袋を透かし、匂いを嗅ぎ、説明文を読み、解析結果を何度も確認した。
そして、夕方になっても言った。
「……本当に音だけ?」
ログナーは、もう何度目かわからない答えを返した。
「音だけだ」
「怪しい」
「何もない」
「何もないのが怪しい」
ネウロが笑った。
「ククク……悪意を疑い続ける者にとっては、何も起きぬこと自体が罠になる。
シックスは煎餅一枚で、貴様の警戒心を一日拘束したわけだ」
Xiが固まった。
「……それが本当の悪意?」
ログナーが言う。
「考えすぎだ」
キラも苦笑する。
「今回は本当に、音が大きいだけだと思うよ」
ラクスが微笑んだ。
「たまには、そういうこともありますわ」
Xiは、まだ納得していない顔だった。
「あの親父に限って……」
カフェテラスには、普通の静けさが戻っていた。
記憶は飛ばなかった。
食欲も消えなかった。
涙も出なかった。
関節も鳴らなかった。
ただ、煎餅だけが大きく鳴った。
それだけだった。
怪盗Xiは、最後まで疑い続けた。
だが本当に、それだけだった。
たまには、こういうこともある。
たぶん。
***
今回初登場の「ジョーイ係長」は、本作オリジナルキャラクターです。
ヘキサクス社内において、
「会社の商品は売るために作れ!」という極めて常識的な主張を続ける、
関西弁の苦労人です。
なお、上司はシックスです。ご愁傷様です。