守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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ジョーイ係長は在庫正常化を命じられる

 翌朝。

 ジョーイ係長は、いつもより少しだけ早く出社した。

 

 昨日のカレーフェスで、安全版の「至高のカレー」は完売した。

 食品開発スタッフが本来作りたかった味は、多くの客に喜ばれた。

 売上も出た。

 アンケートの評価も高かった。

 

 現場としては、十分すぎる成果である。

 

 ただし。

 その成果を報告するために開かれた会議で、ジョーイ係長はシックス本人へ言ってしまった。

 

『売れる平凡は正義や!!』

『会社の商品は、売るために作るもんです』

 

 昨日の自分を思い出す。

 

「……ワシ、生きとるよな?」

 

 ジョーイ係長は自分の頬をつねった。

 痛い。

 生きている。

 

「まあ、命があるだけマシか……」

 

 そう呟きながら、営業管理部の執務室へ入った。

 そして、自分の机の前で止まった。

 

「…………」

 

 机がなかった。

 

 正確には、机が見えなかった。

 

 段ボール箱。

 段ボール箱。

 さらに段ボール箱。

 

 床から積み上げられた箱が、机を完全に取り囲んでいる。

 

 箱の側面には、見覚えのある六角形の企業ロゴ。

『HEXSACS』

 

「……なんや、これ」

 

 近くにいた食品開発スタッフが、静かに振り返った。

 

「おはようございます、係長」

 

「おはようやない」

 

「朝の挨拶ですが」

 

「それはわかっとる。なんでワシの机が物流倉庫になっとるんや」

 

 スタッフは、一枚の書類を差し出した。

 

「本日付の辞令です」

 

 ジョーイ係長は、嫌な予感を抱きながら受け取った。

 

 辞令には、簡潔な文章が記されていた。

 

ジョーイ係長を、特殊食品在庫正常化責任者に任命する。

 

担当業務

滞留在庫の販売および販路開拓。

販売不能商品の安全化、改修、再利用。

廃棄費用および保管費用の削減。

苦情、回収、損失に関する対応。

その他、会長が必要と認めた業務。

 

なお、職位および給与に変更はない。

 

 ジョーイ係長は、二度読んだ。

 

 三度読んだ。

 

 そして叫んだ。

 

「責任だけ増えとるやないか!!」

 

 スタッフは静かに頷いた。

 

「私も、そのように読み取りました」

 

「読み取るまでもないわ!」

 

「役職は係長のままです」

 

「せやから何も偉なってへん!」

 

「給与も据え置きです」

 

「そこを念押しすな!」

 

 ジョーイ係長は、最後の一文を指差した。

 

「それに、この『その他、会長が必要と認めた業務』って何や」

 

「会長が必要と認めた業務です」

 

「それで何でも押しつけられるやろ!!」

 

 スタッフは、机を囲む段ボール箱を見た。

 

「既に押しつけられております」

 

「事実で殴るな!」

 

 ジョーイ係長は、箱と箱の隙間から自分の机を覗き込んだ。

 

 机の中央に、小さな黒い箱が置かれている。

 

「今度は何や」

 

「新しい名刺です」

 

「頼んでへんぞ」

 

「会長命令で、昨夜のうちに印刷されました」

 

「人事と印刷部門、こういう時だけ仕事早すぎひんか!?」

 

 ジョーイ係長は黒い箱を開けた。

 

 新品の名刺が、整然と詰められている。

 

 恐る恐る一枚取り出した。

 

株式会社ヘキサクス

営業管理部 係長

特殊食品在庫正常化責任者

ジョーイ

 

 肩書が二段になっていた。

 

「長いわ!!」

 

「印象には残ります」

 

「不良在庫押しつけられた人としてな!」

 

 名刺の裏面には、さらに業務内容が印刷されていた。

 

滞留在庫の販売

危険商品の安全化

販路開拓

苦情対応

損失回収

その他、会長が必要と認めた業務

 

「最後の一行を名刺の裏にまで入れるな!!」

 

「取引先にも業務範囲が伝わります」

 

「取引先に、ワシが何でも屋やと伝わるだけや!」

 

 ジョーイ係長は名刺箱を持ち上げた。

 

「……これ、何枚刷った?」

 

「五千枚です」

 

「五千!?」

 

「会長は『すべての在庫を正常化するまで使うだろう』と」

 

「長期戦どころか、定年までやらせる気やないか!」

 

 スタッフは少し考えた。

 

「在庫量から計算すると、五千枚で足りるかどうか」

 

「計算すな!!」

 

 その時、執務室の奥の扉が静かに開いた。

 空気が変わった。

 

 シックスが入ってきた。

 

 ジョーイ係長は反射的に背筋を伸ばした。

 

「か、会長」

 

 シックスは、段ボール箱に囲まれたジョーイ係長を見た。

 

「辞令は読んだか」

 

「読みましたけど……」

 

「不満か」

 

「不満しかありません!」

 

 室内が静まり返った。

 

 食品開発スタッフたちは、仕事をしているふりをしながら耳を澄ませている。

 

 ジョーイ係長は、一瞬だけ昨日の会議を思い出した。

 

 また言ってしまった。

 

 だが、もう遅い。

 

 シックスは怒るでもなく、静かにジョーイ係長を見ていた。

 

「お前は昨日、売れる平凡は正義だと言った」

 

「……言いました」

 

「会社の商品は、売るために作るものだとも」

 

「言いましたけど、それは普通版のカレーの話です」

 

「ならば証明してみせろ」

 

「何をです?」

 

 シックスは、机を囲む段ボール箱へ視線を移した。

 

「倉庫に眠る我が一族の商品を、すべて利益へ変えろ」

 

「全部!?」

 

「お前なら売れるのだろう?」

 

「ワシが言うたんは、安全で美味い商品を作ったら売れるって話や! 危険物を全部売り払えるとは言うてへん!」

 

「安全にして売ればよい」

 

「簡単に言わんといてください!」

 

「再利用してもよい」

 

「用途が見つからんかったら?」

 

「お前の責任だ」

 

「ほら出た!!」

 

 ジョーイ係長は辞令を握りしめた。

 

「これは罰ですか? 新規事業ですか?」

 

 シックスはわずかに笑った。

 

「結果による」

 

「成功したら新規事業、失敗したら処罰って意味やないですか!」

 

「理解が早いな」

 

「褒められても嬉しない!」

 

 シックスは机上の名刺を一枚手に取った。

 

「肩書も用意した」

 

「名刺が五千枚も刷られとりました」

 

「足りぬなら追加しろ」

 

「追加したくないです!」

 

「売れる平凡が正義ならば、お前の正義を実践してみせろ」

 

 ジョーイ係長は、一瞬だけ黙った。

 

 シックスは怒っているのかもしれない。

 会長へ反論した罰として、販売不能な在庫を押しつけた。

 そう考えれば自然だった。

 

 だが、シックスが本当に罰だけを与えるつもりなら、

 もっと直接的な方法はいくらでもある。

 

 降格。

 解雇。

 配置転換。

 

 あるいは、机の上に積まれたHEXA-BOOSTを飲ませることだってできる。

 それをせず、売ってみせろと言った。

 

 ジョーイ係長には、シックスの真意がわからなかった。

 わからないままの方が、たぶん安全だった。

 

「……わかりました」

 

 ジョーイ係長は名刺を机に戻した。

 

「売れるもんは売ります。安全に直せるもんは直します」

 

「そうか」

 

「ただし」

 

 ジョーイ係長は、シックスをまっすぐ見た。

 

「売ったら人が壊れるようなもんは、売りません」

 

 食品開発スタッフたちが息を止めた。

 

 シックスは何も言わない。

 

 ジョーイ係長の背中に、冷たい汗が流れた。

 

 やはり言いすぎたかもしれない。

 数秒の沈黙。

 

 シックスは静かに答えた。

 

「好きにしろ」

 

「……ええんですか?」

 

「正常化の方法は、お前に任せた」

 

「後で『売らなかったから失敗』とか言いません?」

 

「結果を見る」

 

「また一番困る答えや!」

 

 シックスは踵を返した。

 

 扉の前で一度だけ立ち止まる。

 

「ジョーイ」

 

「はい」

 

「私に歯向かってまでカレーを売ろうとしたのだ。期待している」

 

 ジョーイ係長の顔が引きつった。

 

「それ、褒めてます?」

 

 返事はなかった。

 

 シックスは執務室から出ていった。

 扉が閉まる。

 

 数秒後。

 

 ジョーイ係長の膝から力が抜けた。

 

「……怖ぁ」

 

 食品開発スタッフが近づいてくる。

 

「係長、会長に期待されましたね」

 

「朗報みたいに言うな!」

 

「左遷ではありませんでした」

 

「役職そのままで不良在庫全部背負わされたんやぞ! 左遷より範囲広いわ!」

 

 ジョーイ係長は、最も近くに積まれていた段ボール箱を見た。

 

 箱の側面には、大きく商品名が印刷されている。

 

『HEXA-BOOST』

 

 ジョーイ係長の顔が強張った。

 

「……これ、ワシに飲めいう意味ちゃうやろな」

 

「指示書には『処理せよ』とだけ」

 

「意味が広すぎる!」

 

 スタッフが在庫表を差し出した。

 

「HEXA-BOOSTは現在、倉庫に三百二十ケースございます」

 

「多いな!」

 

「以前、繁忙部門向けに大量製造されましたので」

 

「働く意味を忘れるやつやろ、これ」

 

「はい。疲労感を抑える一方で、疲労と同時に働く意味まで忘れます」

 

「その説明を平然とすな!」

 

 ジョーイ係長は赤い油性ペンを取った。

 

 在庫表のHEXA-BOOSTの欄に、大きく書き込む。

 

販売禁止

社内配布禁止

飲用禁止

安全性再確認まで封印

ログナー司令側へ連絡

 

 スタッフが尋ねる。

 

「売らないのですか?」

 

 ジョーイ係長は即答した。

 

「売上と労災を交換してどうすんねん。これは在庫やない。証拠品や」

 

 スタッフたちは少しだけ目を見開いた。

 

「承知しました」

 

「せやけど」

 

 ジョーイ係長は在庫表を見た。

 

「これ、廃棄損はワシの部署につくんか?」

 

「正常化計画上は、係長の担当損失です」

 

「やっぱりワシの責任やないか!!」

 

 そこへ、受付担当者が慌てて入ってきた。

 

「係長。外部からお客様です」

 

「朝から誰や」

 

「AKDミラージュ騎士団総司令、ファルク・U・ログナー閣下です」

 

 ジョーイ係長は固まった。

 

「……誰?」

 

 スタッフが説明する。

 

「昨日、危険版の至高のカレーを回収された方です」

 

「あの白い人か!」

 

「AKD総司令であり、ミラージュ騎士団の指揮官です」

 

「肩書の規模がワシと違いすぎるやろ!」

 

「危険商品の引き渡し協議に来られたものと思われます」

 

 ジョーイ係長は自分の新しい名刺を見た。

 

「まさか」

 

 スタッフが名刺箱を差し出した。

 

「初めてのご使用ですね」

 

「相手が重すぎる!!」

 

     ◇

 

 応接室。

 

 ジョーイ係長は、ソファに座るログナー司令の前へ進んだ。

 

 ログナーの隣には怪盗Xiとアスラン・ザラ。

 

 Xiはジョーイ係長の胸元の社員証を見て、すぐに気づいた。

 

「あれ。肩書、増えてる」

 

「見るな」

 

「特殊食品在庫正常化責任者?」

 

「声に出すな!」

 

 アスランが真面目に言った。

 

「昨日のカレー販売を受けて、新たな役職に就かれたのですか」

 

「役職やない。仕事だけ増えたんや」

 

 ログナーは静かにジョーイ係長を見た。

 

「責任者になったと聞いた」

 

「情報早すぎません?」

 

「危険食品の在庫が動く以上、把握する必要がある」

 

「せやけど正式辞令、今朝出たばっかりですよ」

 

「ヘキサクス側から連絡があった」

 

 ジョーイ係長は天井を仰いだ。

 

「会長、自分で押しつけて、自分で外部に通知しとる……」

 

「業務上は適切だ」

 

「こういう時だけ適切なんが腹立つ!」

 

 スタッフが、ジョーイ係長の横で小さく咳払いした。

 

「係長。名刺を」

 

「わかっとる」

 

 ジョーイ係長は、新品の名刺を一枚取り出した。

 

 緊張しながら、両手で差し出す。

 

「株式会社ヘキサクス、営業管理部係長。

 兼、特殊食品在庫正常化責任者のジョーイです」

 

 口に出すと、想像以上に長かった。

 

 ログナーは両手で名刺を受け取った。

 

 一度、肩書を読む。

 

「特殊食品在庫正常化責任者」

 

「真顔で復唱せんといてください」

 

「正式な肩書だ」

 

「せやけど刺さるんですわ」

 

 ログナーも名刺を取り出した。

 

 白地に、極めて簡潔な文字。

 

A.K.D.

ミラージュ騎士団総司令

ファルク・U・ログナー

 

 ジョーイ係長は、差し出された名刺を両手で受け取った。

 

 自分の名刺を見る。

 

『営業管理部係長』

 

『特殊食品在庫正常化責任者』

 

 ログナーの名刺を見る。

 

『ミラージュ騎士団総司令』

 

 ジョーイ係長は呟いた。

 

「名刺一枚の格差が怖い……」

 

 Xiが吹き出した。

 

「確かに」

 

 アスランは真面目だった。

 

「名刺交換自体は成立しています」

 

「成立しても絵面がおかしいねん!」

 

 ログナーは、ジョーイ係長の名刺を丁寧に名刺入れへ収めた。

 

「責任者として確認する」

 

「はい」

 

「在庫は、すべて販売する必要はない」

 

 ジョーイ係長が顔を上げる。

 

「会長は売れと言うてますけど」

 

「正常化とは、販売だけを意味しない」

 

 ログナーは淡々と続ける。

 

「危険なものを封印する。

 回収する。

 改修する。

 用途を変更する。

 廃棄する。

 

 それも正常化だ」

 

 ジョーイ係長は、少しだけ目を見開いた。

 

「……その一言、辞令に書いてほしかったですわ」

 

「書かれていないのか」

 

「『その他、会長が必要と認めた業務』だけは書いてあります」

 

「広すぎる」

 

「司令さんでもそう思います!?」

 

 Xiが笑う。

 

「親父らしいよね」

 

「笑い事ちゃう!」

 

 ログナーはHEXA-BOOSTの資料を受け取った。

 

「これは全数引き渡し対象だ」

 

「お願いします」

 

「販売しようとは思わなかったのか」

 

「売りませんよ」

 

 ジョーイ係長は即答した。

 

「働く意味を忘れさせる栄養ドリンクなんか、売上になる前に社員が壊れます。

 そんなん商売やない」

 

 ログナーは短く頷いた。

 

「適切な判断だ」

 

 ジョーイ係長は、わずかに肩の力を抜いた。

 

「ありがとうございます」

 

 Xiがジョーイ係長を見た。

 

「意外とちゃんとしてるんだね」

 

「意外とは何や!」

 

「親父の会社の係長だから」

 

「ワシまで一緒にすな!」

 

 アスランが言った。

 

「危険商品を売らない判断ができる方なら、協力できます」

 

「助かります」

 

「ただし、安全性が確認できない商品の販売は認められません」

 

「そこは最初からわかってます」

 

「試食販売も、検査後です」

 

「わかっとります」

 

「“少しくらいなら”という判断も」

 

「それ、カイエンさん向けの注意やないですか?」

 

「念のためです」

 

 ジョーイ係長はため息をついた。

 

「ワシ、これから毎回あんたらの通行判定受けなアカンのですか?」

 

 ログナーが答える。

 

「必要に応じて行う」

 

「外部監査つき不良在庫処分担当や……」

 

「在庫正常化責任者だ」

 

「正式名称で呼ばれる方がつらい!」

 

     ◇

 

 一行は、ヘキサクスの食品倉庫へ移動した。

 

 巨大な倉庫。

 高い天井。

 奥まで続く棚。

 

 そこには、これまで製造された一族自慢の商品が眠っていた。

 

 ローズヒップ。

 

 至高のカレー。

 

 下痢を誘発する刺身用バラムツ。

 

 匂いで記憶が飛ぶチーズ。

 

 ゾウの糞から回収したコーヒー豆。

 

 食べると前世と対話するキノコ。

 

 HEXA-BOOST。

 

 皮脂や角質を溶かす入浴剤。

 

 粘膜が溶けるパイナップル。

 

 初恋を忘れるチョコレート。

 

 顎が笑顔で固定されるガム。

 

 相手の本音まで見える目薬。

 

 蚊音まで爆音になる耳かき。

 

 歯が削れる歯ブラシ。

 

 存在が消える香水。

 

 くしゃみが爆音になるわさび。

 

 喋る声すべての声が拡大されるのど飴。

 

 摩擦係数がゼロになるオリーブオイル。

 

 手から物が離れなくなるハンドクリーム。

 

 赤いものを見ると食欲が増すトマト。

 

 高級舌になるキャビア。

 

 汗が赤くなるヴィンテージワイン。

 

 語彙が幼児化するプリン。

 

 食べても満腹にならないドーナツ。

 

 中の粒が出そうで出ないコーンスープ缶。

 

 咀嚼音が五メートルに響く煎餅。

 

 ジョーイ係長は、在庫一覧を見た。

 

 次に、倉庫全体を見た。

 

 もう一度、在庫一覧を見る。

 

「……終わるんか、これ」

 

 スタッフが答える。

 

「五千枚の名刺を使い切る頃には、一部は」

 

「一部!?」

 

 Xiが棚を見ながら言った。

 

「親父、よくこれだけ作ったよね」

 

「感心すな!」

 

 ログナーは、倉庫内を一通り確認した。

 

「まず分類しろ」

 

「分類?」

 

「販売可能。改修可能。転用可能。封印。廃棄」

 

 ジョーイ係長はメモを取る。

 

「なるほど」

 

「分類できないものは、検査まで保留」

 

「全部売れ言われたけど、売らん選択肢もあると」

 

「ある」

 

 アスランも頷く。

 

「販売によって生じる損害が、利益を上回る商品もあります」

 

「ほとんどそう見えるけどな」

 

 Xiが言った。

 

「親父は採算で作ってないから」

 

「会社の会長が、それ言われて納得すな!」

 

 食品開発スタッフが、棚の一角を指差した。

 

「販売候補になりそうな商品もございます」

 

「どれや」

 

「象の糞から回収したコーヒー豆です」

 

 ジョーイ係長は顔をしかめた。

 

「いきなり字面が強いな!」

 

「衛生処理済みです。毒性、薬物性、精神干渉、記憶作用はありません」

 

 ログナーが資料を確認する。

 

「品質管理が適切なら、販売可能性はある」

 

「まとも枠なんか、これ」

 

 Xiが袋を見た。

 

「親父にしては普通だね」

 

「ゾウの糞から回収した豆を普通扱いする会社が嫌や!」

 

 スタッフは、さらに説明する。

 

「希少性があり、香りと風味も高く評価されています」

 

「値段は?」

 

「一杯換算で、かなりの高額設定が可能です」

 

 ジョーイ係長の目が少しだけ変わった。

 

「……利益率は?」

 

「高いです」

 

「在庫数は?」

 

「限定二百袋です」

 

「賞味期限は?」

 

「十分残っています」

 

 ジョーイ係長は、コーヒー豆の袋を手に取った。

 

 象の絵。

 高級感のある黒と金の包装。

 英字で記された商品名。

 

 見た目だけなら、確かに高級コーヒーだった。

 

「副作用はほんまにないんやな?」

 

 ログナーが答える。

 

「現時点では確認されていない」

 

「味は?」

 

「良好です」

 

 食品開発スタッフが胸を張った。

 

「我々が真面目に焙煎しました」

 

「会長の追加注文は?」

 

「特にありませんでした」

 

「途中で飽きたんか?」

 

 Xiが言う。

 

「あり得る」

 

 ジョーイ係長は少し考えた。

 

 そして、赤札ではなく、黄色い札を袋へ貼った。

 

販売候補

衛生・品質・表示を再確認

高級珍品市場での販売を検討

 

 スタッフが言う。

 

「最初の商品にしますか?」

 

 ジョーイ係長は倉庫を見回した。

 

 危険物。

 尊厳破壊商品。

 用途不明の商品。

 健康被害を引き起こす商品。

 

 その中で、象の糞から回収したコーヒー豆は、奇妙なほど輝いて見えた。

 

「ええか」

 

 ジョーイ係長は、スタッフたちへ向き直った。

 

「まずは、死なへんやつからや」

 

「はい」

 

「売っても誰も壊れへん」

 

「はい」

 

「訴訟にもならへん」

 

「おそらく」

 

「おそらくを取れ!」

 

「衛生検査後に確定します」

 

「よし」

 

 ジョーイ係長は、新しい名刺を一枚取り出した。

 

 特殊食品在庫正常化責任者。

 

 まだ見慣れない肩書。

 

 自分から望んだ仕事ではない。

 

 給料も増えない。

 

 責任だけは、倉庫一棟分ある。

 

 だが。

 

 普通版の至高のカレーは売れた。

 

 スタッフの技術は、本物だった。

 

 この倉庫にも、売れるものが眠っているかもしれない。

 

「やったるわ」

 

 ジョーイ係長は名刺を胸ポケットへ入れた。

 

「会長が作った不良在庫、全部仕分けしたる」

 

 Xiが言った。

 

「頼もしいね」

 

「他人事やと思って」

 

「他人事じゃないよ。だいたい僕への嫌がらせだから」

 

「ほな半分手伝え!」

 

「それは嫌だ」

 

「即答すな!」

 

 ログナーは、ジョーイ係長の名刺をもう一度確認した。

 

「必要なら連絡しろ」

 

「名刺に書いてある番号へ?」

 

「そうだ」

 

 ジョーイ係長は、ミラージュ騎士団総司令の名刺を見た。

 

「ワシ、コーヒー豆売る相談でAKD総司令へ電話してええんですか?」

 

「危険性確認ならば構わない」

 

「名刺交換した相手の規模と相談内容が釣り合わへん……」

 

 アスランが言った。

 

「安全に関する問題なら、規模は関係ありません」

 

「真面目に答えられると、余計怖いわ」

 

 ログナーは倉庫を出る前に、一度だけ振り返った。

 

「ジョーイ係長」

 

「はい」

 

「在庫を売ることだけが責任ではない」

 

「え?」

 

「売ってはならないものを止めることも、責任者の仕事だ」

 

 ジョーイ係長は、少しだけ黙った。

 

 そして頷く。

 

「覚えときます」

 

「それでよい」

 

 ログナーたちは倉庫を出ていった。

 

 残されたジョーイ係長は、もう一度在庫一覧を開いた。

 

 販売可能。

 

 改修可能。

 

 転用可能。

 

 封印。

 

 廃棄。

 

 項目を書き足す。

 

 最初の一行。

 

『象の糞から回収したコーヒー豆』

 

 分類。

 

『販売候補』

 

 ジョーイ係長は、深く息を吸った。

 

「まずはコーヒーや」

 

 食品開発スタッフが頷く。

 

「試飲されますか?」

 

「普通の人間が飲んでからや」

 

「係長は普通の人間では?」

 

「ここで働いとる時点で、最近自信なくなってきたわ!」

 

 倉庫の奥には、まだ大量の箱が眠っていた。

 

 爆音の煎餅。

 

 粒が出ないコーンスープ。

 

 赤い汗を流すワイン。

 

 一個で満腹になる唐揚げ。

 

 食べた気がしないドーナツ。

 

 正論だけが出る健康茶。

 

 そして、名刺五千枚。

 

 ジョーイ係長の在庫正常化計画は、始まったばかりだった。

 

 左遷ではない。

 

 昇進でもない。

 

 ただ、売れないものを全部任されただけである。

 

 正式名称は、特殊食品在庫正常化責任者。

 

 社内での通称は、まだ決まっていなかった。

 

 だが、食品開発スタッフの一人が、小声で呟いた。

 

「不良債権担当……」

 

「聞こえとるぞ!!」

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