守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
ヘキサクス社の特殊食品倉庫。
ジョーイ係長は、積み上げられた段ボール箱の前に立っていた。
箱の側面には、黄色い粒の写真と、湯気を立てる缶の絵。
『濃厚コーンポタージュ』
『最後の一粒まで、忘れられない』
『飲み終わった後も、心に残る余韻』
ジョーイ係長は、最後の一文を二度読んだ。
「……どうせ、心やなくて缶の中に残るんやろ」
隣に立っていた食品開発スタッフが頷いた。
「はい」
「即答すな!」
「正確には、コーンの粒が飲み口直下の微細な段差へ引っかかり、最後まで出てこない構造です」
「構造で客をイラつかせるな!」
ジョーイ係長は在庫表を確認した。
『粒が出そうで出ない缶入りコーンスープ』
商品分類。
『飲料』
付加価値。
『飲み終える直前まで、粒への期待を持続させる』
「それを付加価値と呼ぶな!!」
「会長承認時の資料には、そのように」
「承認制度が壊れとる会社の資料を真顔で読むな!」
スタッフは一缶取り出した。
「以前、桂木弥子様が自動販売機で購入され、粒が出ないことを確認しています」
「被害者おるんか」
「健康被害はありません」
「ストレス被害は?」
「かなり」
「アカンやないか!」
ジョーイ係長は缶を受け取った。
中身はまだ入っている。
軽く振ってみる。
ちゃぷん。
粒らしきものが、缶の底で動いた。
「ちゃんとコーンは入っとるんやな」
「はい」
「ほな、なんで出てこん」
「飲み口の内部に、粒だけを止める微細な返しが設けられています」
「誰がそんなもん設計したんや」
「容器開発部です」
「暇なんか、あの部署は!」
ジョーイ係長はプルタブを開けた。
缶を傾ける。
黄色いスープは普通に出てくる。
だが、コーンの粒は出てこない。
もう一度振る。
傾ける。
粒が飲み口近くまで移動する気配はある。
しかし出ない。
「来とる」
「はい」
「飲み口のすぐそこまで来とるやろ」
「はい」
「ほな出ろや!」
缶は答えなかった。
ジョーイ係長は、さらに強く振った。
ちゃぷちゃぷちゃぷ。
飲み口へ傾ける。
スープが一滴落ちた。
粒は出ない。
「腹立つな、これ!」
「設計意図通りです」
「成功扱いすな!」
スタッフが尋ねる。
「販売候補から外しますか?」
「ちょっと待て」
ジョーイ係長は缶を机へ置いた。
側面を見る。
底を見る。
飲み口を見る。
そして、棚から業務用の缶オープナーを取った。
「係長?」
「飲み口から出えへんのやろ?」
「はい」
「ほな、上を全部開けたらどうなる」
「それは……」
ジョーイ係長は缶の天面を切り取った。
蓋を外す。
中には、濃厚な黄色いスープ。
そして底には、たっぷりのコーン粒が沈んでいた。
「入っとるやないか!」
「規定量が入っています」
「粒まで品質は問題ないんか?」
「はい。粒の食感、甘味、配合比率は高い評価を得ています」
「それを客に食わせろや!!」
ジョーイ係長はスプーンでスープをすくった。
コーンの粒が、普通についてくる。
「出るやないか」
「上部を全面開封しましたので」
「ほな、缶で飲ませへんかったらええんや」
スタッフが瞬きをした。
「缶で売らないのですか?」
「中身を売るんや」
「会長の意図した作用が失われます」
「失わせるのが正常化や!!」
◇
数時間後。
検査室には、開封されたコーンスープ缶が並べられていた。
ログナー司令。
アスラン・ザラ。
怪盗Xi。
桂木弥子。
すえぞう。
そして、ジョーイ係長と食品開発スタッフ。
弥子は缶を見るなり、表情を曇らせた。
「これ……」
Xiが尋ねる。
「知ってるの?」
「知っています。忘れられません」
弥子は重い声で言った。
「振っても、叩いても、角度を変えても、コーンの粒が出てこなかった缶です」
すえぞうが首を傾げた。
「コーン?」
「入っているのに出てこないんです!」
「デナイ?」
「出ないんです!」
シン・アスカが検査室へ入ってきた。
「コーンスープの話ですよね? なんでそんな因縁の相手みたいになってるんですか」
「食べ物を期待させておいて食べさせないのは、重大な裏切りです!」
「弥子さんにとってはそうですよね……」
ログナーは缶の構造を確認した。
「内容物には問題なし」
ジョーイ係長が尋ねる。
「毒性は?」
「なし」
「薬物性は?」
「なし」
「記憶への作用は?」
「なし」
「飲んだらコーン畑の幻覚が見えるとか」
「ない」
「粒を食べるまで眠れんようになるとか」
「ない」
「では、問題は」
アスランが缶の飲み口を見た。
「容器だけですね」
「そうなんですわ」
ジョーイ係長は、天面を全面開封した缶を示した。
「ここから全部出して、鍋で温める。カップか皿に移せば、粒も普通に食べられます」
Xiが言う。
「親父の悪意、缶切り一つに負けてる」
「それでええねん!」
弥子は身を乗り出した。
「本当に粒が出ますか?」
「出ます。見てください」
スタッフが、鍋へコーンスープを移した。
黄色いスープ。
コーンの粒。
すべて、缶の中から普通に流れ出る。
弥子の目が輝いた。
「出た!」
すえぞうも両手を上げる。
「コーン! デタ!」
シンが言った。
「普通のことなのに、すごい達成感がある!」
鍋で温めたスープが、白いカップへ注がれた。
スタッフがスプーンを添える。
弥子はスープを一口飲んだ。
表情が変わる。
「美味しいです」
ジョーイ係長が尋ねる。
「味は?」
「コーンの甘味が強くて、濃厚です。口当たりも滑らかで、塩気もちょうどいいです」
スプーンを入れる。
粒がすくわれる。
「……粒もあります!」
「そら入れたからな!」
弥子は、コーンの粒を噛みしめた。
「ちゃんと食べられます……!」
シンが苦笑する。
「普通のコーンスープで感動してる……」
「以前は、すぐそこにいるのに会えなかったんです!」
「遠距離恋愛みたいに言わないでください!」
すえぞうにも、小さなカップが渡された。
「コーン!」
一口飲む。
「うまい!」
粒をすくう。
「デタ!」
弥子が力強く頷く。
「出ますよね!」
「うっす!」
アスランは提供方法を確認した。
「一般消費者へ、缶のまま販売するのは避けるべきです」
「はい」
ジョーイ係長も頷く。
「飲み口から粒が出ないことを、面白がって買う人もおるかもしれません。せやけど普通の商品として売るには、苦情の方が多いでしょう」
ログナーが言う。
「既存在庫は、厨房で全面開封して使用する業務用食材としてなら、条件付きで通行可」
「よっしゃ!」
「条件は明記する」
ログナーは報告書へ書き込んだ。
一般小売り、缶からの直接飲用は通行止め。
業務用厨房において、天面を全面開封し、内容物を鍋へ移して使用する場合は通行可。
提供時は、コーンの粒を残さず盛りつけること。
弥子が言った。
「最後の条件、大事です!」
シンが言う。
「弥子さん専用の条件じゃありませんよね?」
「食品の尊厳です!」
Xiは缶を眺めた。
「親父は、粒が出ないところに価値があると思ってたんだろうな」
ジョーイ係長が答える。
「客が腹立てるだけの価値なんか、なくしてええ」
ログナーは短く頷いた。
「正しい」
◇
翌日。
ジョーイ係長は、あるホテルのレストランを訪れていた。
広いロビー。
磨かれた床。
朝食、ランチ、宴会料理を提供するレストラン。
ジョーイ係長の前には、料理長と仕入れ担当者が座っている。
テーブルの上には、コーンスープ缶。
安全性検査資料。
そしてジョーイ係長の新しい名刺。
料理長は名刺を読んだ。
「特殊食品在庫正常化責任者」
「そこは深く考えんといてください」
「特殊食品とは?」
「今回のコーンスープみたいな商品です」
「どこが特殊なのですか?」
ジョーイ係長は少し考えた。
隠すつもりはなかった。
「缶の飲み口から、粒が出ません」
料理長が缶を見る。
「一粒も?」
「一粒も」
「缶を振っても?」
「出ません」
「逆さにしても?」
「出ません」
「なぜ、そのような構造を?」
「そこは会社の偉い人の趣味です」
仕入れ担当者が顔をしかめた。
「それでは、お客様へ販売できないのでは?」
「缶のままでは売りません」
ジョーイ係長は答えた。
「この商品の価値は、缶やなくて中身です」
スタッフが缶の天面を全面開封した。
鍋へ移す。
スープと一緒に、コーンの粒がすべて流れ出した。
「厨房で開け、鍋で温め直してください」
ジョーイ係長は続ける。
「その上で、スープカップへ盛りつける。
クルトン、パセリ、生クリームを添えれば、一品として十分に提供できます」
料理長は鍋の中を見た。
「中身は悪くなさそうですね」
「味には自信があります」
「缶入りスープを温め直すことに、抵抗を持つお客様もいるかもしれません」
「缶入りやから悪いとは限りません」
ジョーイ係長は正面から答えた。
「安定した品質で保管できて、必要な分だけ使える。
厨房の手間も読める。
大事なんは、缶の中身が一品として出せる品質かどうかです」
料理長は少しだけ目を細めた。
「営業の方にしては、調理現場を考えていますね」
「売るだけ売って、厨房で使われへんかったらリピートは来ませんから」
「なるほど」
「一回仕入れてもらうんが目的やない。次も発注してもらうんが営業です」
料理長は、スープを弱火で温めた。
香りが立つ。
コーンの甘い香り。
乳製品のまろやかさ。
仕上げに、白いカップへ注ぐ。
クルトンを数個。
刻んだパセリ。
生クリームを少量。
缶から直接飲む商品だった面影は、ほとんどなかった。
料理長が一口飲む。
「濃厚ですね」
仕入れ担当者も飲む。
「缶入りとは思えません」
「粒も多い」
料理長がスプーンですくう。
コーンの粒が、きちんと入っている。
ジョーイ係長は胸を張った。
「粒は入っとるんです。出てこないだけで」
「それは容器の問題ですね」
「はい。せやから容器の問題が関係ない場所へ持ってきました」
料理長はもう一口飲んだ。
「朝食のスープ。ランチセット。宴会料理の一品。使い道はあります」
ジョーイ係長の表情が明るくなる。
「試験的に使っていただけますか?」
「まず、三十缶」
「ありがとうございます!」
「ただし、缶のまま客前へ出さない。厨房で全面開封する。粒を均等に盛りつける」
「こちらの販売条件と同じです!」
「味が好評なら、次は数量を増やします」
「ぜひお願いします!」
仕入れ担当者が尋ねた。
「通常の商品名で納品できますか?」
「もちろんです」
「『最後の一粒まで心に残る』という宣伝文句は」
「消します」
「即答ですね」
「今は一粒も残さず皿へ出す商品ですから!」
◇
試験提供の日。
ホテルレストランのランチセットに、コーンスープが加わった。
白いカップ。
クルトン。
パセリ。
コーンの粒。
ごく普通の、見栄えのよい一品だった。
ジョーイ係長と食品開発スタッフは、少し離れた席から客の反応を見ている。
そこには、弥子たちも招かれていた。
弥子はスプーンで、何度も粒をすくっていた。
「あります」
アスランが言う。
「ありますね」
「次の一口にもあります」
「均等に盛りつけるよう指示されています」
「最後まであります!」
「よかったですね」
シンは自分のスープを飲んだ。
「普通に美味しいです。クルトンも合いますね」
キラも頷く。
「缶の構造を知らなければ、普通のホテルのスープだと思うよ」
ラクスが微笑む。
「中身の良さが、ようやく正しく届きましたわね」
すえぞうは、クルトンを一つ食べた。
「カリカリ!」
次にコーンの粒を食べる。
「コーン!」
弥子が尋ねる。
「すえぞう、粒は出ましたか?」
「デタ!」
「ですよね!」
ジョーイ係長が言った。
「そこまで確認せんでも、皿に入っとる!」
弥子は一杯目を飲み終えた。
「もう一杯ください」
アスランが顔を上げる。
「弥子」
「一杯目は味の確認です」
「では、二杯目は?」
「粒の確認です」
「一杯目で確認できていました」
「クルトンとの相性も確認しないと」
「既に食べていました」
「では、総合確認です!」
ジョーイ係長は料理長を見た。
「追加、一杯お願いします」
「止めへんのですか!?」
「売上ですから」
「係長!」
料理長は笑いながら、二杯目を用意した。
周囲の客からも、好意的な声が聞こえる。
「コーンが甘い」
「クルトンと合うね」
「子どもも飲みやすそう」
「もう少し飲みたいな」
食べ終えた皿には、粒が残っていない。
缶の底にも残っていない。
コーンの粒は、すべて客の口へ届いた。
ジョーイ係長は、その光景を見ていた。
「これや」
スタッフが尋ねる。
「何がですか?」
「商品が、ちゃんと客に届くってことや」
「以前もスープ部分は届いていました」
「粒まで届いて、初めてコーンスープや!」
弥子が遠くから力強く頷いた。
「その通りです!」
シンが言う。
「食べ物の話なのに、妙に熱い……」
◇
試験提供は好評だった。
数日後。
ジョーイ係長の机へ、ホテルから正式な発注書が届いた。
「係長」
「今度は何や?」
「コーンスープ、追加五十缶です」
「五十!」
「朝食とランチで継続使用したいとのことです」
「粒は?」
「すべて提供できています」
「苦情は?」
「ありません」
「缶が振られすぎて凹んだとか」
「厨房で全面開封しているため、振っておりません」
「よっしゃ!」
ジョーイ係長は、在庫表を開いた。
『粒が出そうで出ない缶入りコーンスープ』
分類欄を書き換える。
一般小売り:通行止め
業務用食材:条件付き通行可
天面を全面開封し、鍋へ移して使用
粒を残さず提供すること
ホテルレストランでの販売実績あり
追加発注、五十缶
スタッフが表を見た。
「正常化しましたね」
「まだ在庫は残っとる」
「他のホテルやレストランにも提案できます」
「実績ができたからな」
「量販店へは?」
「出さん」
「缶のままでは?」
「出さん!」
「会長から、缶構造を維持せよと言われた場合は?」
「中身だけ売る!」
スタッフは静かに頷いた。
「承知しました」
◇
その日の夕方。
ジョーイ係長は、シックスへ販売報告を行った。
「コーンスープ、ホテルレストランでの採用が決まりました」
シックスは報告書を読む。
「缶のまま提供していないな」
「はい」
「粒は」
「全部出ました」
「全部か」
「一粒残らず」
シックスの目が、わずかに細くなる。
「それでは、最後の一粒を待つ人間の期待が失われる」
「最初から食べさせるための粒です!」
「飲み口直前まで来て、出ないことに意味がある」
「意味をなくしたんです!」
「私の意図を外したか」
ジョーイ係長は、少しだけ緊張した。
それでも答えた。
「食品の意図に戻しました」
室内が静まった。
食品開発スタッフたちは、ジョーイ係長の背後で息を止めている。
シックスは報告書へ視線を戻した。
「売上は」
「試験分三十缶。追加発注五十缶。今後、他店への提案も進めます」
「苦情は」
「ゼロです」
「客は満足したか」
「はい。粒まで全部食べました」
「そうか」
シックスは報告書を閉じた。
「好きにしろ」
ジョーイ係長は一瞬、聞き返しそうになった。
「……販売を続けてええんですか?」
「在庫正常化は、お前に任せた」
「ありがとうございます!」
「ただし」
ジョーイ係長の背筋が固くなる。
「次回製造時は、缶の底へ一粒だけ固定しろ」
「製造させる気なんですか!?」
「最後の一粒は必要だ」
「必要ありません!!」
「人間は、手に入らぬものへ執着する」
「コーンスープで人生哲学すな!!」
◇
ホテルレストランでは、その日もコーンスープが提供されていた。
クルトン。
パセリ。
滑らかなスープ。
そして、スプーンですくえるコーンの粒。
弥子は三杯目を飲み終えた。
アスランが言う。
「総合確認は終わりましたか?」
「はい」
「では、四杯目はありません」
「今度は継続品質の確認を」
「必要ありません」
「次回発注分との比較も」
「納品されていません」
すえぞうが元気に言った。
「コーン!」
弥子は笑った。
「ちゃんと出ましたね」
「デタ!」
シンがスープカップを見ながら言った。
「最初から皿に移せばよかったんですね」
Xiが答える。
「クソ親父の悪意って、たまに容器から出すだけで死ぬんだね」
ログナーは短く言った。
「今回は缶切りが勝った」
ジョーイ係長は、ホテルから届いた追加発注書を大切にファイルへ収めた。
「粒も出た」
スタッフが頷く。
「はい」
「売上も出た」
「はい」
「会長の案は?」
「次回製造時に、一粒を固定するよう指示が」
「それは出すな!!」
倉庫の棚から、コーンスープ缶が次々と運び出されていく。
捨てられるのではない。
缶の中で、粒を待たせ続けるためでもない。
ホテルやレストランの厨房へ運ばれ、開封され、温められ、一品の料理になるためだった。
出そうで出なかった粒は、ようやく出た。
客のスプーンへ。
客の口へ。
そして売上へ。
ジョーイ係長は、在庫表へ赤い判を押した。
・業務用として正常化
粒を出したかった男は、その日、五十缶分の粒を出すことに成功した。
ヘキサクス社の営業係長としては、小さな実績。
コーンの粒にとっては、大きな解放だった。