守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
ヘキサクス社、特殊食品倉庫。
ジョーイ係長は、段ボール箱から取り出した一枚の煎餅を見つめていた。
丸い。
香ばしい醤油色。
表面には、米粒の形がうっすらと残っている。
見た目だけなら、ごく普通の堅焼き煎餅だった。
箱に印刷された商品名を除けば。
一族自慢の爆裂咀嚼煎餅
噛みしめるたび、存在を主張する。
その一口を、周囲五メートルが聞き逃さない。
「煎餅に存在を主張させるな」
ジョーイ係長は箱を閉じようとした。
食品開発スタッフが言う。
「味については高評価です」
「前にも聞いたな、その言葉」
「国産米を使用し、二度焼きで水分を飛ばしています。醤油だれは、焦げた香りが立つよう複数回に分けて塗布されています」
「ちゃんと煎餅作っとるやないか」
「はい」
「ほな、何で最後に爆音を足した」
「会長承認を得るためです」
「食品開発部の苦労が一行で台無しや!」
ジョーイ係長は在庫表を確認した。
残数、六百四十袋。
一袋三枚入り。
内容量としては、決して処理できない数字ではない。
だが、静かな場所で食べれば、周囲五メートルに咀嚼音が響く。
図書館。
美術館。
電車。
夜の住宅街。
職場の休憩室。
病院の待合室。
どこを想像しても、苦情が先に歩いてくる。
「以前、試食された怪盗Xi様は、一日中、別の作用が出るのではないかと警戒されていました」
「何も起きひんかったんやろ?」
「咀嚼音以外は、何も」
「ほな、煎餅としては比較的まともやな」
「ヘキサクス基準では」
「その基準を外で口にするな」
ジョーイ係長は一枚取り出した。
「ここで食うたら、どうなる?」
「倉庫内に響きます」
「外に出よ」
◇
ヘキサクス社の中庭。
ジョーイ係長の周囲には、食品開発スタッフ、アスラン、シン、Xi、ログナーが集まっていた。
少し離れた場所では、弥子が袋を見つめている。
さらにその隣で、すえぞうが煎餅の香りに鼻を近づけていた。
「ハラへった!」
「まだ食べたらアカン。まず検査や」
ジョーイ係長が言うと、すえぞうは煎餅から顔を離した。
「エライ!」
「自分で言うんか」
ログナーは煎餅の分析結果を確認した。
「毒性なし。薬物性なし。精神干渉なし。記憶への作用なし。聴覚そのものを変化させる作用もない」
ジョーイ係長が尋ねる。
「音で鼓膜が破れたりは?」
「通常の距離ならない」
「耳元で食べたら?」
「禁止する」
アスランが続ける。
「同時に多数が噛んだ場合の検証も必要です。音そのものは衝撃波ではありませんが、至近距離で不意に発生すれば、驚いて転倒する可能性があります」
「煎餅で群集事故を起こしたないからな」
シンが袋を見た。
「そこまで考えて売る煎餅って何なんですか」
「ワシも知りたい」
ジョーイ係長は一枚手に取った。
「ほな、まずワシが食う」
端をかじる。
バリィィィィン!!
乾いた咀嚼音が、中庭へ大きく響いた。
シンが肩を跳ねさせる。
「でかっ!」
Xiは驚かなかった。
「前に聞いたからね」
「知っとってもデカいもんはデカいやろ!」
ジョーイ係長は、口の中の煎餅を噛んだ。
バリバリバリバリッ!
周囲五メートルへ、まるで拡声器を通したような音が広がる。
だが、屋外では音がそのまま空へ逃げていった。
室内で聞いた時ほど、圧迫感はない。
鳥が一羽、木の枝から飛び立った。
「鳥には悪いことしたな」
「味はどうですか?」
スタッフが尋ねる。
ジョーイ係長は、残りを噛みしめた。
「……美味い」
「ありがとうございます」
「堅さもちょうどええ。醤油も濃すぎへん。米の甘みも残っとる」
「開発部が調整しました」
「お前ら、ほんまに最後の一工程だけがアカンな!」
弥子が手を挙げた。
「私も味を確認します!」
「味だけやぞ」
「もちろんです!」
弥子は一枚受け取った。
香りを確認する。
「醤油の香りがいいです。少し焦げたところも美味しそうですね」
そして、迷いなくかじった。
バリィィィン!!
「香ばしいです!」
バリバリバリバリッ!
「噛むほど、お米の味が出ます!」
バリッ! バリバリッ!
シンが両耳を押さえた。
「感想より音の方が大きい!」
「でも、本当に美味しいですよ!」
「それは顔を見ればわかります!」
弥子は一枚をあっという間に食べ終えた。
「もう一枚、確認してもいいですか?」
「何をや」
「二枚目も同じ品質かどうかを」
「抜き取り検査みたいに言うな!」
今度はシンが一枚受け取った。
「俺も食べるんですか?」
アスランが答える。
「実際に販売するなら、初見の反応も確認した方がいい」
「アスランが食べればいいだろ!」
「俺は既に音量を把握している」
「何で俺だけリアクション担当なんだよ!」
シンは渋々、煎餅を口へ運んだ。
軽くかじる。
バリィィン!
「うわっ!」
自分の口から鳴った音に、自分で驚いた。
その反応を見て、弥子が笑う。
「わかっていても驚きますよね」
「弥子さん、平気すぎませんか!?」
「美味しいので」
シンはもう一口食べた。
バリバリッ!
「……でも、確かに味は美味しいな」
「やろ?」
「醤油の味だけじゃなくて、ちゃんと米の香りもあります」
食品開発スタッフが、わずかに胸を張った。
「焼き上げ温度を三段階に分けています」
「その技術を、音を大きくする方に使わなければ普通に売れたのに」
「会長承認が」
「もう聞いた!」
すえぞうが、残った煎餅をじっと見つめていた。
ジョーイ係長はログナーを見る。
「ここなら、一枚食べさせてもええか?」
「周囲に一般人はいない。通行可だ」
ジョーイ係長は一枚渡した。
すえぞうは嬉しそうにかじる。
バリィィィィン!!
「うまい!」
バリバリバリバリッ!
すえぞうは音を気にする様子もなく、最後まで食べ切った。
「うまい!」
弥子が満足そうに頷く。
「今回は、普通の煎餅と交換されませんでしたね」
Xiが言った。
「前は屋内だったからね」
「試食に協力してもろたんや。今回は一枚くらい、全部食べてもらわな」
すえぞうは胸を張った。
「エライ!」
ログナーがジョーイ係長へ尋ねた。
「どうする」
「商品は変えません」
スタッフが驚いた。
「咀嚼音を残すのですか?」
「残す」
「正常化しないのでしょうか」
「するで」
ジョーイ係長は、中庭の広さを見渡した。
「ただし、売る場所を変える」
◇
数日後。
人通りの多い観光商店街。
土産物店。
菓子店。
衣料品店。
軽食を扱う屋台。
通りには観光客の話し声と、店員の呼び込みが絶えず響いていた。
どこかで音楽が鳴っている。
子どもが笑う。
外国人観光客が写真を撮る。
静けさとは、最初から無縁の場所だった。
その一角に、黄色と赤の派手なのぼりが立っていた。
噛んだら響く!
爆音煎餅
咀嚼音、周囲約五メートル
味は本格堅焼き醤油
その下には、さらに大きな注意書き。
屋外の指定区域内でお召し上がりください
人の耳元で噛まないでください
電車、店内、宿泊施設、住宅地への持ち込み後の飲食は禁止
驚いている人へ無理に食べさせないでください
ジョーイ係長は看板を見上げた。
「注意書きの方が商品名より長いな」
アスランが答える。
「必要です」
「最後の一行、いるか?」
「必須です」
「ヘキサクス商品やと思うと、いるな……」
店舗を貸してくれた土産物店の主人が、少し不安そうに尋ねた。
「本当に売れるんですか?」
「普通の煎餅としては、売りません」
ジョーイ係長は答えた。
「ここで食べて、音まで楽しむ体験商品です」
「周りの店から苦情が来ませんかね」
「事前に説明して、販売時間も昼間だけに限定しました。音が届く範囲も確認済みです」
「売れ残った場合は?」
「こちらで引き取ります。まずは百袋だけ置かせてください」
「そこまで言うなら」
「ありがとうございます!」
ジョーイ係長は店舗前に立った。
隣には弥子。
反対側にはシン。
少し後ろに、すえぞう。
さらに離れて、アスランとログナーが安全管理を行っている。
Xiは屋台の端に寄りかかっていた。
「僕は手伝わないよ」
「他人事やないやろ。だいたいお前への嫌がらせ商品や」
「だから僕が売る理由はない」
「ほな半分手伝え!」
「それは嫌だ」
「即答すな!」
通りを歩く観光客が、派手なのぼりを見て足を緩める。
「爆音煎餅?」
「本当に音がするの?」
「普通の堅焼きじゃない?」
ジョーイ係長が声を上げた。
「はい! 見た目は普通、味は本格! ただし噛んだ音だけ普通やありません!」
客の一人が笑った。
「どれくらい大きいの?」
「今から実演します!」
ジョーイ係長は弥子を見る。
「頼むで、弥子ちゃん」
「任せてください!」
弥子は一枚受け取った。
「国産米を使った、堅焼きの醤油煎餅です。香りもすごくいいですよ」
一口かじる。
バリィィィィン!!
通行人が一斉に振り返った。
「うわっ!」
「何の音!?」
「煎餅!?」
弥子は気にせず噛み続ける。
バリバリバリバリッ!
「美味しいです! 醤油の焦げた香りが最高です!」
観光客から笑い声が起きた。
「本当に煎餅の音だ!」
「思ったよりデカい!」
「食べてる本人、平気なの?」
弥子は一枚を食べ終える。
「音は大きいですけど、味は本当にいいですよ!」
ジョーイ係長が続けた。
「はい! 音だけの商品やありません! 煎餅そのものも、開発スタッフが本気で作っとります!」
食品開発スタッフが、少し離れた場所で深く頭を下げた。
一組の若者が近づいてくる。
「一袋ください」
「ありがとうございます!」
「ここで食べてもいいんですよね?」
「指定区域内なら大丈夫です。ただし、友達の耳元で噛むのは禁止です」
「やろうと思ってた」
「先に止めてよかった!」
一人が袋を開けた。
もう一人がスマートフォンを構える。
「いくよ」
バリィィィン!
「でかっ!」
撮影していた友人が笑う。
「もう一回!」
「味も美味しい!」
バリバリバリッ!
その様子を見て、さらに客が寄ってきた。
「私も一袋」
「子どもでも食べられます?」
「堅焼きですので、小さなお子さんや歯の弱い方には、小さく割ってからお願いします」
「割っても音は鳴るの?」
「鳴ります!」
「じゃあ買います」
シンが小さく割った試食用の煎餅を配り始めた。
「こちら、試食です。音が大きいので、驚かないでください」
客が一口食べる。
バリッ!
「小さくても鳴る!」
「味は普通に美味しいでしょ?」
「ほんとだ。ちゃんと煎餅だ」
別の客がシンへ尋ねた。
「お兄さんも食べてみて」
「俺はさっき食べました」
「実演してよ」
「えっ」
ジョーイ係長が背中を押した。
「頼むで、初見リアクション担当!」
「もう初見じゃないですよ!」
「若者代表や!」
「勝手に代表にしないでください!」
シンは一枚かじった。
バリィィン!
周囲から拍手が起こる。
「拍手されるようなことじゃない!」
それでも煎餅を噛む。
「でも、味は本当に美味しいです。音を知ってて、ここで食べるなら面白いと思います」
その素直な感想に、同年代の客が数人並び始めた。
「一袋ください」
「俺も」
「三人で同時に食べたい」
アスランがすぐに近づいた。
「同時に噛む場合は三人まで。互いに距離を取り、周囲に高齢者や乳幼児がいないことを確認してください」
客が目を丸くした。
「煎餅の注意とは思えない」
「周囲へ影響する以上、必要です」
ジョーイ係長が小声で言う。
「コンパスの人に煎餅の食べ方を指導されとる……」
「安全管理です」
「わかっとるけど、絵面がおかしいねん」
◇
販売開始から三十分。
最初に用意した百袋のうち、四十一袋が売れた。
弥子は店頭で、美味しそうに試食を続けている。
バリィィン!
「この醤油味、本当に飽きません!」
バリバリバリッ!
「少し硬めなのもいいですね!」
ジョーイ係長が在庫箱を見る。
「弥子ちゃん、ちょっと待って」
「はい?」
「今日、何枚食べた?」
「試食ですか?」
「試食以外に何がある」
「自分で購入した分を含めていいですか?」
「買うたんか!?」
「十袋ほど」
「客引きが最大の客になっとる!」
「皆さんが美味しそうに食べるので、私も追加で欲しくなって」
「最初から一番美味しそうに食べとるのは弥子ちゃんや!」
すえぞうにも一枚渡された。
ジョーイ係長が周囲を確認する。
「今ならええで」
すえぞうがかじる。
バリィィィィン!!
「うまい!」
観光客から歓声が上がった。
「かわいい!」
「もう一回食べて!」
すえぞうは残りを噛む。
バリバリバリバリッ!
「うまい!」
さらに人が集まる。
ジョーイ係長は慌てて言った。
「はい! すえぞう君は販売員やありません! たまたま美味しく食べとるだけです!」
ログナーが低い声で言う。
「客寄せに使うな」
「本人が食べたい言うから渡しただけです!」
すえぞうが空の手を差し出した。
「ハラへった!」
「ほら!」
「追加は一枚までだ」
「ログナー、そこは許可するんやな」
「試食協力への報酬だ」
もう一枚を受け取ったすえぞうは、胸を張った。
「エライ!」
カイエンも人混みの向こうから現れた。
「なんだ、結構売れてるじゃねぇか」
「カイエン、買うてくれます?」
「屋外なら食っていいんだナ?」
ログナーが答える。
「指定区域内なら通行可だ」
「じゃあ一袋」
カイエンは代金を払い、その場で袋を開けた。
大きく一口。
バリィィィィン!!
ログナーが言う。
「うるさい」
「通行可って言っただろ!」
「許可と感想は別だ」
「うるせぇヨ!」
バリバリバリッ!
「お前も十分うるさい」
観光客たちが、そのやり取りを見て笑った。
ジョーイ係長が小声でスタッフへ言う。
「今日は勝手に宣伝してくれる人が多いな」
「係長の日頃の人徳でしょうか」
「ヘキサクスでその言葉を聞くとは思わんかった」
◇
正午を過ぎた頃。
用意した百袋は完売した。
本日分 完売
札を出すと、遅れて来た客から残念そうな声が上がった。
「もうないんですか?」
「午後の追加分を倉庫から持ってきます!」
「何時頃です?」
「一時間ほどお待ちください!」
「予約できます?」
「お一人五袋までで受け付けます!」
土産物店の主人が、驚いた顔で売上表を見ていた。
「本当に売れましたね」
「ありがとうございます!」
「味が良いのも大きいですね。音だけなら、一度見て終わりです」
「そうなんです」
ジョーイ係長は頷いた。
「音で足を止めてもろて、味で買ってもらう。逆やったら続きません」
「明日以降も扱えますか?」
「ぜひ!」
「店の前で食べてもらう条件は必要ですが、土産物としても面白い」
「持ち帰った後に食べる場所だけ、きちんと説明してください」
「わかりました」
「静かな電車で開けられたら、ワシら全員終わります」
「そこまでですか」
「五メートルの乗客全員に顔を覚えられます」
午後の追加分も、二時間ほどで売り切れた。
合計二百袋。
煎餅としては小さな販売実績。
特殊食品倉庫にとっては、初日として十分すぎる成果だった。
食品開発スタッフは、空になった段ボール箱を見つめていた。
「係長」
「何や?」
「お客様が、味を褒めてくださいました」
「聞いとったで」
「音だけではなく、醤油の香りや焼き加減を」
「お前らが作った煎餅や。ちゃんと伝わったな」
スタッフは静かに頷いた。
「はい」
「次に作る時は、普通に音の小さい煎餅も作ろな」
「会長承認が」
「売上表を先に見せたる!」
◇
その夜。
シックスの机へ販売報告書が提出された。
「爆裂咀嚼煎餅、観光商店街にて試験販売」
部下が読み上げる。
「初日販売数、二百袋。苦情ゼロ。軽微な驚愕、多数。笑い声、多数。追加販売の希望あり」
シックスは資料をめくった。
「咀嚼音は残したのか」
「はい」
「作用を取り除かずに売ったと」
「屋外の指定区域へ販路を限定しました」
「人間は不快に思わなかったのか」
「事前に効果を説明し、同意の上で購入しています。多くの客が、音を楽しんだとのことです」
シックスの目が細くなる。
「知っていれば、恐れないか」
「驚いてはおります」
「だが、怒らない」
「はい」
報告書には、購入客の感想が記載されていた。
思ったより音が大きくて笑った。
動画を撮ると面白い。
味が予想以上に本格的だった。
もう一度買いたい。
静かな場所では絶対に食べられない。
シックスは最後の一文で、わずかに笑った。
「場所を選ばせたか」
「ジョーイ係長は、商品を変えず、商品が問題にならない場所を選んだと報告しています」
「ほう」
「会長。次回製造分について、係長から申請が届いております」
「読め」
「爆音仕様と通常仕様の二種類を製造。爆音仕様は観光地および催事限定。通常仕様は一般小売り向け」
「通常仕様」
「咀嚼音が増幅されないものです」
「平凡だな」
「係長は、平凡な方が量を売れると」
「売れる平凡は正義、か」
「はい」
シックスは少し考えた。
「許可しろ」
部下が顔を上げる。
「通常仕様もですか?」
「売上の差を見たい」
「承知しました」
「ただし、爆音仕様は通常仕様より一枚多く入れろ」
「サービスでしょうか」
「静かな場所で、最後の一枚を食べるか迷わせる」
「……承知しました」
◇
翌朝。
ジョーイ係長は販売報告書と、追加注文書を確認していた。
「観光商店街から、週末ごとに二百袋」
「はい」
「別の観光地からも問い合わせ」
「はい」
「祭りと催事からも」
「はい」
「普通の煎餅として売るより、販路あるやないか!」
スタッフが新しい製造承認書を差し出した。
「次回製造が承認されました」
「ほんまか!?」
「爆音仕様と通常仕様、両方です」
「勝った!」
「ただし、爆音仕様は一枚増量せよとの指示です」
「会長がサービスするんか?」
「静かな場所で、残った一枚を食べるか悩ませるためだそうです」
「最後まで素直に商売させろ!!」
弥子が予約用紙を持ってやってきた。
「次回分、十袋お願いします」
「また最大の客が来た!」
「家では食べません。指定区域で食べます」
「十袋全部?」
「皆さんと分けます」
シンが後ろから言う。
「たぶん弥子さんが半分以上食べますよ」
「シン君も買うてくれるんやろ?」
「一袋だけです」
「一袋でも立派な客や!」
すえぞうが、予約用紙を覗き込む。
「ハラへった!」
「次の販売日まで待ってな」
「うっす!」
ジョーイ係長は、在庫表へ新しい記録を書き込んだ。
爆裂咀嚼煎餅
屋内販売、静穏区域での飲食:通行止め
屋外の指定区域、観光地、昼間の催事:条件付き通行可
効果を事前に明示
味への評価、高
初日販売数、二百袋
継続注文あり
静かな部屋では、迷惑だった。
何も知らずに食べれば、悪意だった。
だが、最初から音が出ると知り、音を出しても構わない場所で食べれば、それは一つの体験になった。
煎餅は変わっていない。
変わったのは、売る場所。
説明の仕方。
そして、食べる人の心構えだった。
「係長」
食品開発スタッフが尋ねた。
「今回の商品は、正常化したと言えるのでしょうか」
ジョーイ係長は、初日の売上表をファイルへ収めた。
「客が笑って、美味しい言うて、また買いたいと思った」
「はい」
「誰も騙してへん。誰も怪我してへん。店にも利益が出た」
「はい」
「ほな、十分正常や」
倉庫の奥には、まだ四百四十袋の爆音煎餅が残っている。
昨日までなら、不良在庫だった。
今日は、次の販売日を待つ商品だった。
ジョーイ係長は、新しい発注書を手に取った。
「次は三百袋、持っていくで!」
食品開発スタッフが頷いた。
「承知しました」
「試食分は別に確保しといてや」
「弥子様の分もですか?」
「販売分から買うてもらえ!」
倉庫に、久しぶりに明るい笑い声が響いた。