守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
ヘキサクス社、特殊食品倉庫。
ジョーイ係長は、半透明の小袋を光に透かしていた。
中には、淡い水色と桃色の小さなラムネが数粒。
見た目は、駄菓子屋に並んでいても誰も疑わない、ごく普通の菓子だった。
ただし、商品名の下に書かれた説明は普通ではない。
一族自慢の持続発泡ラムネ
一粒で、二時間から三時間。
飲み込んだ後も、口の中で弾け続ける。
静寂を忘れたい者へ。
「最後の一行が完全に余計や」
ジョーイ係長が袋を机へ置く。
食品開発スタッフが、製品資料を開いた。
「炭酸成分を微細な多層構造へ封入し、唾液との反応を段階的に起こすことで、長時間の刺激を実現しています」
「技術だけ聞いたら、めっちゃ頑張っとるな」
「開発には三年を要しました」
「その三年を、何で子どもの授業妨害に使うたんや!」
「会長の承認条件が、通常のラムネより長く不快感を残すことでしたので」
「また最後の承認だけが悪い!」
ジョーイ係長は販売履歴を確認した。
以前、街の駄菓子屋で販売されたことがある。
子どもには好評。
味も良好。
健康被害もなかった。
だが、学校へ持ち込んだ児童が授業中に食べたことで問題となり、販売停止。
残っていた商品は回収され、倉庫へ積まれていた。
「商品が悪いというより、売り方と食べる場所が悪かったんやな」
「当時、効果時間の説明はありませんでした」
「学校への持ち込み禁止も?」
「ありません」
「一日何粒までとかは?」
「ありません」
「何を説明して売っとったんや!」
「味と価格を」
「肝心なとこ全部抜けとる!」
ジョーイ係長は袋を一つ取り上げた。
「在庫は?」
「個包装換算で、四千八百粒です」
「多いな」
「回収後も製造ラインがしばらく稼働していました」
「販売停止後も作っとったんか!?」
「生産停止の申請に、会長の承認が必要でしたので」
「承認待ちの間に在庫増やす会社があるか!!」
◇
検査室。
テーブルの上には、ラムネ、安全性検査資料、水、時計。
ログナー。
アスラン。
シン。
Xi。
弥子。
すえぞう。
そしてジョーイ係長と食品開発スタッフが集まっていた。
ログナーが検査結果を読む。
「毒性なし。薬物性なし。依存作用なし。記憶、精神、味覚への干渉なし」
ジョーイ係長が尋ねる。
「歯が溶けたりは?」
「通常の菓子と同程度だ」
「口の中で爆発したり」
「しない」
「三時間後に突然、全部まとめて弾けるとか」
「ない」
「食べた人間が、会話の最後に必ず『パチパチ』言うようになるとか」
「ない」
シンが言った。
「係長、ヘキサクス商品への疑い方に慣れてきましたね」
「慣れたないわ!」
アスランは販売資料を見ていた。
「問題は、効果時間と摂取場所ですね」
「そうやな」
「授業中、会議中、映画館、図書館、就寝前。これらの直前には食べない方がいい」
「就寝前もアカンか」
「口内の刺激が続けば、眠りを妨げる可能性があります」
「学校への持ち込みは?」
アスランは即答した。
「禁止です」
Xiが笑う。
「学校に持っていかなければ、ただの面白いラムネだよね」
「お前は食うたんか?」
「前に一粒だけ」
「どうやった?」
「味は悪くなかったよ。親父の商品だから、その後ずっと何か起きると思って警戒したけど」
「今回は効果が説明通りあるやろ」
「説明通りだからこそ、別の効果を隠してる可能性がある」
「お前、親父への信頼が逆方向に強いな」
弥子が袋を見つめる。
「味の確認は必要ですよね?」
「一粒だけやで」
「二粒食べた場合の持続時間も」
「確認せんでええ」
「個体差の検査を」
「煎餅の抜き取り検査と同じ手を使うな!」
弥子は一粒受け取った。
口に入れる。
カリッ。
すぐに小さな音が鳴った。
パチ。
ぱちぱち。
ぱちっ。
「甘酸っぱくて美味しいです!」
弥子が口を開くたび、かすかな音が混じる。
「炭酸の刺激も、痛いほどではありません。口の中で少しずつ味が戻ってくる感じです」
パチパチッ。
シンが顔を近づける。
「本当にまだ鳴ってる」
「楽しいですよ」
パチッ。
「もう一粒食べると、もっと楽しく」
「一日一粒や!」
アスランが止めるより早く、ジョーイ係長が袋を遠ざけた。
すえぞうもラムネを見ている。
「ハラへった!」
ログナーが言う。
「一粒なら通行可だ」
ジョーイ係長が一粒渡す。
すえぞうはすぐに口へ入れた。
ぱちぱちっ。
「うまい!」
パチッ。
すえぞうは自分の口元を指差した。
「パチパチ!」
「気に入ったみたいやな」
「うっす!」
シンも一粒食べる。
ぱち。
「味は普通に美味しいな」
ぱちぱちっ。
「でも、これが三時間続くのか……」
「食べる前に知っとれば、それ込みで楽しめるやろ」
「授業前だったら最悪ですけどね」
アスランが真顔で言った。
「だから学校には持ち込ませない」
まだ目の前に子どもはいないのに、既に教師のようだった。
ログナーは販売条件を記入する。
健康上の危険なし。
一日一粒を推奨。
効果時間、二時間から三時間。個人差あり。
学校、塾、映画館、図書館、会議、就寝前の摂取は非推奨。
小学生以下には、効果を説明した上で販売。
学校への持ち込みは禁止。
条件付き通行可。
「よっしゃ」
ジョーイ係長が頷く。
「まずは、前に売ってた駄菓子屋さんへ持っていく」
Xiが尋ねた。
「また子どもが学校へ持っていったら?」
アスランが答えた。
「俺が注意する」
「アスランが直接?」
「必要なら」
シンが呟く。
「ラムネ一粒に対する警備が重い……」
◇
翌日の放課後。
街の小さな駄菓子屋。
店先には、色とりどりの菓子と玩具が並んでいた。
その一角に、新しい販売箱が置かれている。
帰ってきた!
パチパチラムネ
一粒で二~三時間
一日一粒
学校には持っていかないこと!
駄菓子屋の店主が、注意書きを読んだ。
「今度はずいぶん、細かく書いてあるねぇ」
「前回はご迷惑をおかけしました」
ジョーイ係長は深く頭を下げた。
「商品自体の安全性は確認しました。せやけど、授業中に食べたら先生も困ります。効果も時間も、全部説明して売ります」
「子どもたちは、ずっと惜しがってたよ」
「ほんまですか?」
「店の前を通るたび、“もう売らないの?”って聞く子もいてね」
「それはありがたいですわ」
アスランが箱の位置を確認する。
「子どもが勝手に取れないよう、会計台の近くへ置いてください」
「はいはい」
「一人一粒。複数購入する場合は、別の日に食べるよう伝えてください」
「お兄さん、学校の先生かい?」
「違います」
シンが横から言う。
「先生より真面目です」
やがて、ランドセルを背負った子どもたちが通りの向こうからやってきた。
一人が、店頭の箱に気づく。
足を止める。
「……あれ?」
隣の子も覗き込む。
「これ、前のラムネじゃない?」
「あっ!」
次の瞬間、三人が店へ駆け寄った。
「パチパチラムネだ!」
「また売ってる!」
「もう買えないと思った!」
声を聞いた別の子どもたちも集まってくる。
「えっ、復活したの!?」
「これ、口の中でずっと鳴るやつ!」
「おばちゃん、一個ください!」
「僕も!」
「三つ!」
「待て待て待て!」
ジョーイ係長が両手を広げた。
「一列に並ぶ! 押さん! 学校帰りに店先で群集事故起こすな!」
子どもたちは不満そうにしながらも、すぐに列を作った。
「前は二個おまけでくれたよ!」
「前は販売停止前の在庫処分や! 今回は正式販売や!」
「ケチ!」
「会社は売上を出さなアカンのや!」
最前列の少年が、ラムネを指差す。
「一個ください」
ジョーイ係長が袋を渡す前に尋ねた。
「効果時間、覚えとるか?」
「二時間くらい」
「二時間から三時間。個人差あり」
「知ってる」
「一日一粒」
「知ってる」
「それから」
アスランが一歩前へ出た。
子どもたちを見渡す。
真剣な顔で言った。
「学校には持ち込むなよ!」
子どもたちが静かになった。
一人が手を挙げる。
「食べなければ、ランドセルに入れてもいい?」
「駄目だ」
「帰りの会が終わってから食べるのは?」
「学校の敷地内では食べるな」
「下校中なら?」
「歩きながら食べるな。帰宅してからにしろ」
「家の前なら?」
「家へ入って、保護者に確認してからだ」
少年が隣の友達へ囁く。
「このお兄さん、すげえ厳しい」
シンも小声で答える。
「俺もそう思う」
別の子が言った。
「でも、学校に持っていってまた販売中止になったら困る!」
「そうだよ!」
「お前、前に授業中食べただろ!」
「一回だけだよ!」
「その一回でなくなったんだぞ!」
「今度やったら絶交だからな!」
子どもたちは、アスランに注意される前に互いを監視し始めた。
ジョーイ係長が感心する。
「商品の存続がかかると、急に自治が生まれるな」
「また買えなくなるのは困るもん!」
「その気持ちを忘れんといてな!」
最初の少年が、その場で保護者へ電話して確認した。
許可を得て、一粒を口へ入れる。
ぱちっ。
ぱちぱちぱち。
少年の顔が明るくなった。
「これこれ!」
「前と同じだ!」
「まだ鳴ってる?」
「鳴ってる!」
別の子も食べる。
「懐かしい!」
「何が懐かしいんだよ。そんな昔じゃないだろ」
「でも、もう食べられないと思ってたんだもん!」
前の商品を知らない子が、不思議そうに見る。
「そんなに面白いの?」
「ずっと口の中で鳴るんだよ」
「痛くない?」
「全然。ラムネも美味しい」
「僕も欲しい!」
子どもが子どもを呼び、列はさらに伸びた。
食品開発スタッフが、販売数を記録する。
「係長。以前購入された児童一名が、新規顧客四名を連れてきました」
「子どもの口コミ、営業より速いやないか!」
「十五分で、五十粒販売しました」
「早すぎる!」
弥子も店先で一粒食べていた。
ぱちぱちっ。
「甘酸っぱくて、本当に美味しいですよ!」
子どもが尋ねる。
「お姉ちゃん、まだ鳴ってる?」
「鳴っています!」
パチッ。
「すげえ!」
「もう一粒食べたいくらいです!」
ジョーイ係長が振り返る。
「子どもを口実に二粒目を要求すな!」
「販売促進の実演です」
「一粒目で十分できとる!」
すえぞうの口元からも、小さな音が続いていた。
ぱち。
「パチパチ!」
子どもたちが集まる。
「この子も食べてる!」
「まだ鳴ってる?」
「うっす!」
ぱちぱちっ。
「うまい!」
「かわいい!」
ジョーイ係長は慌てて説明する。
「はい! すえぞう君は販売員やありません! 一粒食べて楽しんどるだけです!」
ログナーが店の向かい側から言う。
「二粒目はない」
「ハラへった!」
「別の菓子にしろ」
「うっす!」
駄菓子屋の店主が普通のビスケットを渡す。
「今日はこっちにしようね」
「うまい!」
子どもたちは、さらに笑った。
◇
駄菓子屋では、用意した百五十粒が一時間も経たずに完売した。
本日分 売り切れ
次回入荷予定あり
札を見た子どもが肩を落とす。
「もうないの?」
「明日の分を追加で持ってくるで」
「予約できる?」
「駄菓子の予約を受ける日が来るとは思わんかった!」
店主が注文書へ数字を書く。
「次は三百粒、お願いできるかい?」
「三百!?」
「今日買えなかった子もいるからね」
「わかりました。何とか用意します!」
食品開発スタッフが小声で言う。
「係長。街頭販売分との合計を考えると、在庫が不足する可能性があります」
「販売初日に供給不足かい!」
「以前は、回収場所が足りないことが問題でした」
「今日は売る物が足りへん! 正常化が極端や!」
◇
同じ日の午後。
若者向けの衣料品店や雑貨店が並ぶ繁華街。
歩行者天国の一角に、ヘキサクス社の街頭販売ブースが設けられていた。
中央には、派手な手書きPOP。
ナウいヤングにバカウケ!
一粒でお口がフィーバー!
二~三時間パチパチ!
学校へ持ち込むのはチョベリバ!
ジョーイ係長は、看板を見上げていた。
「……誰や、これ作ったん」
隣に立つ田中和子が、静かに手を挙げた。
「私です」
「田中さんかい!」
「若い方に親しみを持っていただける表現を調べました」
「いつの資料で調べたんや」
「会社の広告資料室に保管されていた雑誌です」
「何年前の雑誌や!?」
「発行年までは確認しておりません」
シンがPOPを指差した。
「全部古いですよ!」
「そうなのですか?」
「ナウいもヤングもバカウケも、今は普通に使いません!」
田中は少し困ったように看板を見る。
「書き直した方がよいでしょうか」
通りかかった若者が、POPを見て笑った。
「何これ。レトロでかわいい」
隣の友人がスマートフォンを向ける。
「写真撮ろう。チョベリバって久しぶりに見た」
「親が使ってたって聞いたことある」
ジョーイ係長は、書き直そうとしていたペンを止めた。
「……田中さん」
「はい」
「そのままでええ」
「古いのでは?」
「古すぎて一周回っとる!」
販売ブースには、パチパチラムネの小袋が並んでいる。
田中は、かつてヘキサクスレディとして街頭に立ち、
商品の正体も知らされないまま試供品を配っていた。
今日は違う。
商品の効果。
持続時間。
注意事項。
安全性。
価格。
すべて説明を受けている。
ジョーイ係長は、田中へ改めて念を押した。
「今回は黙って渡したらアカンで」
「はい」
「一粒で二時間から三時間。学校や映画館の前は避ける。一日一粒。全部説明して、それでも欲しい人に売る」
「説明すると、受け取っていただけないのでは?」
「受け取らん人には渡さん。それでええ」
「以前は、できるだけ多く配るよう指示されました」
「前の仕事は忘れてくれ」
「無理に渡さなくてよいのですね」
「当たり前や!」
田中は商品を一粒取り出した。
「実演するのでしょうか」
「できる?」
「以前、試食配布の際に、実演経験はあります」
「その経験、ちょっと怖いな」
田中はラムネを口に入れた。
ぱち。
ぱちぱちっ。
表情はほとんど変わらない。
口の中だけが賑やかだった。
ジョーイ係長は頷く。
「そのままでいこ」
「笑顔を作った方がよいでしょうか」
「無理に作らんでええ。田中さんの淡々とした感じが、たぶん強い」
田中は通行人へ向き直った。
「こちら、一粒食べると、二時間から三時間ほど口の中でパチパチし続けるラムネです」
若者二人が足を止める。
「三時間?」
「はい。効果には個人差があります」
ぱちぱちっ。
「私は現在、十二分目です」
「まだ鳴ってるの?」
「鳴っています」
パチッ。
若者が笑った。
「めっちゃ冷静なのに、口の中だけずっと祭りじゃん」
「痛くないんですか?」
「痛みはありません。甘酸っぱい味です」
ぱちっ。
「学校、図書館、映画館、会議、就寝前にはおすすめしません」
「会議もダメなんだ」
「二時間以上、口の中で音が続きますので」
「それ、動画撮っていいですか?」
「構いません。ただし、効果には個人差がある旨もお伝えください」
「説明が真面目すぎる!」
二人は一袋ずつ購入した。
一人がその場で一粒食べる。
ぱちぱちぱちっ。
「ほんとに鳴る!」
「味も普通にうまい!」
もう一人が動画を撮る。
「三時間パチパチするラムネ、何分続くか検証します!」
それを見た別の若者たちが集まってくる。
「何それ?」
「口の中でずっと鳴るラムネ」
「このPOP、ヤバい」
「ナウいヤングにバカウケだって」
「逆に欲しい」
田中は同じ説明を繰り返した。
「一日一粒を推奨しています」
ぱちっ。
「授業や会議の前には食べないでください」
ぱちぱちっ。
「友人へ渡す場合も、効果時間を説明してください」
表情を変えずに、正確に説明する。
そのたびに口の中から小さな音がする。
若者たちは、田中の実演を見るために足を止めた。
そして話を聞き、納得した上で商品を買った。
ジョーイ係長は、少し離れた場所から売上を数えていた。
「田中さん、強いな」
食品開発スタッフが頷く。
「開始三十分で、八十二袋です」
「駄菓子屋より単価高いのに?」
「田中様を撮影した動画を見て来た方もいます」
「もう広がっとるんか!」
一人の若者が、田中へ声をかけた。
「田中さん、まだ鳴ってますか?」
「はい。現在四十七分目です」
パチッ。
「すげえ。さっきより少なくなった?」
「少し間隔が長くなりました」
「同じの三袋ください」
「学校へは持ち込まないでください」
「大学生だから大丈夫です」
アスランが横から言う。
「大学でも、講義中には食べるな」
「はい……」
シンが苦笑する。
「対象年齢が上がっても注意するんですね」
「授業は授業だ」
「アスラン、ラムネの校則になってるぞ」
Xiがブースの端から眺めていた。
「田中さん、前より人が寄ってくるね」
ジョーイ係長が答える。
「商品のことを知って、ちゃんと説明しとるからな」
「前は逃げられてたのに」
「黙って怪しいもん差し出されたら、普通は逃げるわ!」
田中は、若い女性二人へ商品を渡した。
「ありがとうございます」
「田中さんも一袋持って写真撮ってください」
「私もですか?」
「そのPOPの前で」
田中は困ったようにジョーイ係長を見る。
「撮ってもろたらええやないですか」
「どのような顔をすれば」
「普通でええです」
「普通の顔ですか」
田中はラムネの袋を持ち、POPの横に立った。
表情は静か。
口の中からは、まだパチパチと音がする。
若者たちは写真を撮って、満足そうに笑った。
「田中さん、最高!」
「また買いに来ます!」
「ありがとうございます」
若者たちが去った後、田中は小さく呟いた。
「名前を覚えていただきました」
「そら、名札つけとるからな」
「以前は、何度会っても覚えていただけないことが多くて」
ジョーイ係長は、少しだけ言葉を止めた。
「今日は、田中さんがちゃんと説明して、ちゃんと売ったからや」
「以前とは違うのでしょうか」
「全然違います」
「商品を渡して、代金をいただいただけですが」
「相手が欲しい言うて、納得して買うてくれた。それが販売です」
田中の口元で、小さく音が鳴った。
ぱちっ。
「普通の販売は、楽しいですね」
「せやろ」
ジョーイ係長は笑った。
「うちの会社では、普通が一番難しいけどな」
◇
午後四時。
街頭販売分、三百袋。
完売。
本日分 完売しました
次回入荷をお待ちください
完売札の横には、例のPOPがそのまま残されていた。
ナウいヤングにバカウケ!
シンが売上表を見た。
「本当にバカウケしてしまった……」
食品開発スタッフが報告する。
「購入者層は、十代後半から二十代が中心です」
「ほんまにヤングやったな」
「ナウかったかどうかは不明です」
「報告書にナウいかどうかの欄を作るな!」
田中の口の中では、既に音がほとんどしなくなっていた。
時折、ごく小さく鳴るだけだ。
ぱち。
「二時間五十二分です」
ジョーイ係長が時計を見る。
「ほぼ説明通りやな」
「はい」
「しんどくなかった?」
「少し落ち着きませんでしたが、事前に知っていたので問題ありません」
「また実演頼める?」
「次回もお仕事をいただけるのですか?」
「今日の売上見て、頼まん理由あるかい!」
田中は少しだけ目を丸くした。
「では、次回も説明します」
「今度はちゃんと日当も出します」
「前は出ませんでした」
「前の雇い主を呼べ!!」
「闇バイトの募集元でしたので、連絡先は既に消えています」
「ほんまに前の職歴が重い!」
◇
その夜。
ヘキサクス社の会議室。
ジョーイ係長は、販売結果を報告していた。
「駄菓子屋、百五十粒完売。次回注文、三百粒」
食品開発スタッフが続ける。
「街頭デモ販売、三百袋完売。別会場から出店依頼が二件」
「苦情は」
シックスが尋ねる。
「ゼロです」
「学校では」
「持ち込み事例なし。再販を知った児童同士で、自主的に注意し合っております」
「子どもが規則を守ったか」
「また販売停止になるのが嫌やそうです」
「失う恐怖が、秩序を生んだ」
「そういう解釈せんといてください!」
シックスは販売写真を見る。
子どもたちの列。
ラムネを食べて笑う弥子とすえぞう。
真顔で注意するアスラン。
街頭で実演する田中和子。
そして、派手なPOP。
「ナウいヤングにバカウケ」
シックスが読み上げた。
ジョーイ係長が顔をしかめる。
「そこは忘れてください」
「ナウいとは何だ」
「今風の、という意味やった言葉です」
「ヤングは」
「若者です」
「バカウケしたのか」
「しました」
「ならば正しい説明だ」
「時代的には間違っとるんです!」
シックスは報告書をめくった。
「商品には手を加えていない」
「はい。効果時間を表示して、販売場所と個数を制限しただけです」
「不快感は」
「わかって食べる分には、面白い刺激です」
「子どもは、再販を喜んだ」
「はい」
「以前、販売を止めたログナーも認めたか」
「条件付き通行可です」
シックスはわずかに笑った。
「禁止されたものが戻ると、人間は以前より欲しがる」
「普通に人気商品が復活しただけです!」
「在庫は」
スタッフが答える。
「駄菓子屋、街頭販売、面白雑貨店からの注文を合計すると、十日以内に不足する見込みです」
「再製造しろ」
ジョーイ係長が目を見開いた。
「ええんですか!?」
「売れるのだろう」
「売れます!」
「ならば作ればいい」
「普通の商売の会話が成立しとる……!」
「ただし」
ジョーイ係長の表情が固まった。
「次回は、宿題を始めるとパチパチ音が止まる仕様を検討しろ」
しばらく沈黙した。
ジョーイ係長が言う。
「それ、親御さんにバカ売れしますわ」
シックスが黙った。
「宿題終わるまで鳴り続ける仕様にしたら、勉強応援菓子として売れます」
食品開発スタッフも頷く。
「教育関連商品として、新規販路が期待できます」
「悪意を足そうとして、商品価値上げんといてくださいね!」
シックスは、少し不満そうに資料を閉じた。
「好きにしろ」
「よっしゃ、追加生産承認!」
◇
翌朝。
特殊食品倉庫。
ジョーイ係長の机には、注文書が山のように積まれていた。
「駄菓子屋から三百粒」
「はい」
「街頭販売、次回五百袋」
「はい」
「面白雑貨店、二百袋」
「はい」
「若者向け量販店、試験販売三百袋」
「はい」
「在庫は?」
「現在の受注分を差し引くと、マイナス四百二十袋です」
「在庫表でマイナス出すな!!」
「追加生産は、最短で十二日後です」
「間に合わへん!」
「駄菓子屋の子どもたちから、予約が入っています」
「駄菓子が予約商品になっとる!」
「田中様の次回実演日についても問い合わせが」
「商品やなくて田中さんに固定客ついとるやないか!」
そこへ田中和子が現れた。
今日も、特徴のない服装。
どこにでもいそうな、穏やかな中年女性。
ただし胸には、昨日と同じ名札がついている。
実演販売担当
田中和子
「おはようございます」
「おはようございます。今日も来てくれたんですか?」
「次回販売用の説明資料を覚えようと思いまして」
「真面目やなぁ」
「学校へは持ち込ませないこと。効果時間は二時間から三時間。一日一粒。就寝前は避ける」
「完璧です」
「POPも新しく作りますか?」
ジョーイ係長は少し考えた。
「前のをそのまま使いましょ」
「古いのでは?」
「売れた文句は、もう販売実績や!」
シンが入口から顔を出す。
「本気で『ナウいヤング』を続けるんですか?」
「ナウいヤングにバカウケしたんやから、しゃあない!」
アスランも入ってくる。
「POPには、学校持ち込み禁止をもっと大きく書いてください」
「まだ大きくするんか?」
「子どもが読む部分だ」
「商品名より校則が目立つわ!」
弥子が予約票を持ってくる。
「追加で一袋お願いします」
「一日一粒やで!」
「一袋を一日で食べるとは言っていません」
「その理屈は正しいけど、不安や!」
すえぞうも後ろからついてくる。
「パチパチ!」
「次の販売日まで待ってな」
「うっす!」
ジョーイ係長は、新しい在庫正常化記録を開いた。
持続発泡ラムネ
健康被害なし。
効果時間の明示必須。
学校への持ち込み禁止。
駄菓子屋での再販、完売。
街頭デモ販売、完売。
若年層から高評価。
旧購入者から多数の再販希望あり。
追加生産決定。
実演販売担当、田中和子。
以前は、何も知らされないまま商品を配っていた女性がいた。
以前は、効果を知らされないまま商品を買った子どもたちがいた。
以前は、問題が起きてから、すべて回収された。
今回は違う。
田中は、知っていることをすべて説明した。
子どもたちは、守るべき約束を知った。
店は、安心して商品を並べた。
客は、何が起きるか知った上で買った。
そして、笑った。
「係長」
田中が尋ねる。
「これは、正常化したのでしょうか」
ジョーイ係長は、積み上がった注文書を見た。
「買った人が、また買いたい言うとる」
「はい」
「売った店も、次を欲しい言うとる」
「はい」
「誰も騙されてへん。学校にも迷惑かけてへん」
「はい」
「ほな、正常です」
田中は、静かに頷いた。
「普通のお菓子になったのですね」
「パチパチが三時間続く時点で、普通とは言いにくいけどな」
ジョーイ係長は、追加生産の申請書へ判を押した。
「でも、ちゃんとした商品にはなった」
倉庫に積まれていたパチパチラムネは、もう不良在庫ではない。
子どもたちが再会を待つ商品。
若者が動画を撮りたくなる商品。
田中和子の名前を、誰かが覚えてくれる商品。
そしてヘキサクス社が、急いで追加生産しなければならない人気商品だった。
ジョーイ係長は、鳴り続ける電話を取った。
「はい、ヘキサクスのジョーイです!」
受話器の向こうから、面白雑貨店の担当者の声が聞こえる。
『ナウいヤングにバカウケするラムネについてですが』
「その商品名で覚えんといてください!!」