守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
部屋割りが終わり、
全員の荷物もだいたい落ち着いた頃には、
外の空気が少しだけ夕方に傾き始めていた。
残る大仕事はひとつ。
今夜の夕食である。
露伴がリビングの中央で腕を組む。
「よし」
「食材の補充が必要だ」
泉がすぐ反応する。
「はい」
「冷蔵庫の中身、思ったよりちゃんとしてましたけど、
この人数だと絶対足りません」
弥子がすかさず言う。
「じゃあ、今日は何作るの?」
キラが少し考える。
「別荘の初日だし、あんまり複雑じゃないほうがいいよね」
アウクソーが静かに頷いた。
「でしたら、カレーがよろしいかと」
「量も調整しやすく、人数にも対応できます」
ラクスもやわらかく微笑む。
「良いと思いますわ」
弥子が手を叩いた。
「よし、カレー!」
「合宿っぽい!」
ネウロが鼻で笑う。
「ククク……
人間は集団生活になると、すぐ鍋物かカレーに逃げるな」
「逃げるんじゃないの!」
弥子。
「定番なの!」
承太郎が低く言う。
「食えりゃ何でもいい」
「それを言うと終わるんだよなあ……」
キラ。
カイエンはソファにもたれたまま言った。
「カレーか」
「悪くない」
「で、何の肉を使う?」
「チキンでいきましょう」
泉がきっぱり言う。
「ここで好み聞き始めると絶対まとまりません」
キラが即頷く。
「正しい」
露伴も珍しくすぐ同意した。
「合理的だな」
弥子が不満げに口を尖らせる。
「えー、じゃがいもは?」
「知らん」
泉。
「即答!?」
「知りません!」
泉。
「入れるかどうかで揉める未来しか見えません!」
アウクソーが静かに言った。
「では、今回は入れない方向で」
「火の通りも考えますと、そのほうが早いかと」
「決まった」
キラ。
「カレーにじゃがいも無しか……」
弥子。
「でもまあ、今日は許す!」
「誰目線なのよ……」
泉。
食材のリストを書き出しながら、露伴が言う。
「買い出し組と留守番組に分ける」
泉がすぐ警戒する。
「センセ」
「また“人間関係を見るために”とか言わないでくださいね」
「言う」
露伴。
「でしょうね!!」
露伴はまったく気にせず続けた。
「買い出し班は、アウクソー、カイエン、キラ・ヤマト、ラクス、僕」
「なんでセンセが入るんですか?」
泉。
「観察のためだ」
露伴。
「やっぱり!!」
「留守番組は、ネウロ、弥子、承太郎さん、泉くん」
泉が固まる。
「……待ってください」
「こっち、私が一番苦労する班じゃないですか?」
弥子が首を傾げる。
「そう?」
「そうですよ!!」
泉。
「ネウロさんいるし、弥子ちゃんいるし、承太郎さんは静かすぎるし!」
承太郎が帽子を押さえた。
「面倒ならおまえも買い出し行け」
「いや、そしたらこっち誰がまとめるんですか!」
泉。
ネウロが楽しそうに言う。
「ククク……
よいではないか。留守番もまた、ひとつの舞台だ」
「舞台にしたくないんですよ!」
泉。
キラが小声で言う。
「……泉さん、ごめん」
「なんでキラくんが謝るんですか」
泉。
「でも、ありがとう……」
ラクスがやさしく言う。
「泉さん、こちらのことはお任せくださいませ」
「それ、買い出し班に言われると何も安心できないんですけど!?」
泉。
アウクソーは淡々と確認する。
「では、まず必要なものを」
「鶏肉、玉ねぎ、人参、ルー、米」
「追加で飲み物と、朝食用のパン類もあるとよいかと」
カイエンが口を挟む。
「酒は?」
「最低限で」
アウクソー。
「最低限、ねえ」
カイエン。
「“最低限”です」
アウクソー。
キラが思わず笑う。
「アウクソーさん、ほんと強いなあ……」
露伴はすでにメモしている。
「いい」
「買い出しの時点で、すでに役割が見える」
「見なくていいんですよ!」
キラ。
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買い出し組が出る前、
留守番組ではすでに軽く不穏な空気が漂っていた。
弥子がソファに座って言う。
「で、あたしたちは何すればいいの?」
泉が答える。
「留守番です」
「雑!」
ネウロがにやりとする。
「騒音娘にはちょうどいい役目だ」
「なによそれ!」
承太郎は窓際に立ったまま短く言う。
「騒ぐな」
「まだ騒いでないし!」
弥子。
「これから騒ぐだろ」
承太郎。
「否定できないのが悔しい……」
泉はメモを見ながら言う。
「とりあえず、こっちはキッチンの片づけと、
使う鍋とか皿とか出しておきましょう」
「それくらいならできますよね?」
弥子が胸を張る。
「できる!」
ネウロが横から言う。
「壊さずに済めばな」
「壊さないわよ!」
承太郎が低く言う。
「包丁は触るなよ」
「なんでそんなに信用ないの!?」
弥子。
泉がぼそっと呟く。
「なんとなくです……」
買い出し班、出発
買い出し班は車で近くのスーパーへ向かうことになった。
運転はキラ。
助手席にアウクソー。
後部座席にカイエン、ラクス、露伴。
この時点でキラは少し疲れていた。
「……なんで僕が運転までしてるんだろう」
露伴が即答する。
「一番安定しているからだ」
「そういうところだよ!」
キラ。
カイエンが窓の外を眺めながら言う。
「まあ、坊やはそういう星の下なんだろう」
「雑な運命論で片づけないでくださいよ」
ラクスが穏やかにフォローする。
「キラは運転もお上手ですもの」
「ありがとう、ラクス……」
「でも、それで全部引き受けることになるのが問題なんだよね……」
アウクソーが助手席で静かに言った。
「キラ様」
「帰りにこちらを購入してもよろしいでしょうか」
差し出されたスマホ画面には、
例の睡眠の質向上を謳う乳酸菌飲料が映っていた。
キラが止まる。
「……あ」
カイエンが後ろから言う。
「必要だろう?」
露伴も珍しく頷く。
「睡眠不足の顔もリアリティはあるが、今回は取材対象として消耗されすぎると困る」
「おまえは黙ってて!!」
キラ。
ラクスがやさしく言う。
「良いと思いますわ」
「キラ、昨夜あまりお休みになれていなかったでしょう?」
キラが観念したように言う。
「……そんなに分かりやすい?」
アウクソーは即答した。
「かなり」
「即答だ……」
カイエンが肩を揺らして笑う。
「やれやれ」
「男子部屋の環境が悪すぎたか」
「分かってるなら少しは自重してくださいよ……」
露伴がぼそりと言う。
「だが、二日目の夜に自分から『僕はリビングのソファでいいよ』と言い出す顔も見てみたい」
「見なくていい!!」
キラ。
「あとそれ、ちょっと現実味あるからやめて!」
ラクスが少しだけ真面目な顔で言った。
「それはあまりよくありませんわね」
キラはバックミラー越しに苦笑した。
「ラクス、そこはほんとに止めてね……」
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地元の中規模スーパー。
別荘地向けなのか、
観光客向けの食材や土産物も少し置いてある。
アウクソーがカートを押しながら淡々と指示する。
「まず鶏肉です」
「そのあと玉ねぎ、人参、ルー、米」
「買い忘れ防止のため、この順で回ります」
「了解」
キラ。
「ずいぶん手慣れてるな」
露伴。
「必要なだけです」
アウクソー。
カイエンは酒売り場に目が行っていた。
「ほう……
地酒もあるのか」
「後でです」
アウクソー。
「君、ほんとに容赦ないな」
ラクスは飲み物コーナーを見ながら微笑む。
「カレーですから、何か冷たいものも必要ですわね」
キラが冗談めかして言う。
「ラッシー……は、さすがにないかな」
アウクソーが乳酸菌飲料の棚を見る。
「近いものならございます」
露伴が横からメモする。
「よい」
「カレーと乳酸菌飲料」
「現代的でいい」
「何がだよ……」
キラ。
そこでカイエンが牛乳コーナーの前で止まった。
「……坊や用の安眠飲料か」
「だからそんな言い方しないでくださいってば!」
ラクスが一本手に取る。
「では、これは必要ですわね」
「そこまで全員に認められると逆に傷つくんだけど!?」
露伴は真顔で言う。
「必要なものを必要と言って何が悪い」
「おまえは本当に黙っててほしい!」
アウクソーは淡々と買い物かごへ入れた。
「今夜の分と、念のため明日の分も」
キラが天を仰ぐ。
「二本確定なんだ……」
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その頃、別荘では。
泉がキッチンで鍋を出し、
弥子が皿を並べ、
承太郎が窓の外を見ている。
ネウロはソファでくつろいでいた。
一見すると穏やか。
だが、穏やかなだけで終わるはずもなかった。
弥子が戸棚の奥を開けて叫ぶ。
「あっ」
「ねえ泉さん、この別荘、やたらスパイスある!」
泉が振り向く。
「え?」
「なんか本格的!」
「露伴先生って意外とこだわる派?」
ネウロがくつくつ笑う。
「ククク……
あの漫画家、どうせ“料理の匂いまで取材になる”とでも思っているのだろう」
「言いそう~……」
泉。
承太郎がぼそりと言う。
「面倒だな」
「それはほんとにそうです」
泉。
弥子は棚の瓶を見ながら言う。
「でもこれ、ちょっと面白い」
「買い出し組戻ってきたら、少し本格寄りにしてもいいかも」
「勝手なことするなよ」
承太郎。
「しないわよ! 相談してから!」
弥子。
ネウロがにやりとする。
「相談の結果、貴様の食欲が勝つ未来しか見えんな」
「うるさい!」
泉がそのやりとりを見て、思った。
……なんだかんだで、もう回ってる。
うるさい。
面倒。
だが、妙に自然だ。
それがこの別荘でいちばん怖いことかもしれなかった。
買い出しを終えた頃には、
日がだいぶ傾いていた。
今夜はまだ、熊も出ない。
怪異も起きない。
大きな事件もない。
あるのは、
妙に濃い人間たちが、
別荘という閉じた場所で、
一緒にカレーを作ろうとしている事実だけだった。
だが、それだけで十分に面白い。
露伴はレジ袋を持ちながら、すでにそう思っていた。
「いい」
「非常にいい」
キラが荷物を持ち直しながら言う。
「……センセがそう言う時って、だいたいろくでもないですよね」
露伴は否定しなかった。
それがいちばん嫌だった。