守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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ログナーは食事代を交易で補填したい

 翌日。

 

 ホテルレストランの入口には、一枚の張り紙が掲げられていた。

 

食材補充および仕込み直しのため、

本日のランチ営業を休止いたします。

ディナー営業は、午後六時より再開予定です。

 

 張り紙の前に、白い男が立っていた。

 

 ファルク・U・ログナー。

 

 A.K.D.ミラージュ騎士団総司令。

 

 昨夜、ラキシス、桂木弥子、すえぞうの三名による食事を、

 最後まで静かに見届けた人物である。

 

 ログナーは、張り紙を一度読んだ。

 もう一度読んだ。

 表情は変わらない。

 

 ただし、三秒ほど沈黙した。

 

「……三日前では足りないな」

 

「何がです?」

 

 背後から声がした。

 

 振り返ると、鞄を抱えたジョーイ係長が立っていた。

 

「次回来店時の事前連絡だ」

 

「次回あるんですか」

 

「姫様は、また来ると仰った」

 

「ああ……」

 

 ジョーイ係長も張り紙を見る。

 

 そして、ゆっくりとログナーへ視線を戻した。

 

「これ、昨日のせいですか?」

 

「そうだ」

 

「三人で?」

 

「実質三人だ」

 

「ホテルのレストラン、三人でランチ営業止めたんですか!?」

 

「正式に注文し、正式に提供され、正式に支払った結果だ」

 

「合法なら何してもええわけやないでしょう!」

 

「違法性の話はしていない」

 

「わかっとりますわ!」

 

 ジョーイ係長は張り紙をもう一度見た。

 

「朝食は?」

 

「宿泊客用の食材は事前に分けてあったそうだ」

 

「そこは守ったんですね」

 

「料理長の判断だ」

 

「現場が優秀で助かりましたな……」

 

 ホテルの自動扉が開いた。

 

 中から料理長が現れる。

 

「ログナー司令。ジョーイ係長。お待ちしておりました」

 

 料理長は二人へ頭を下げた。

 

 疲れは見える。

 

 だが、表情は明るかった。

 

「昨日はありがとうございました」

 

 ログナーが張り紙を指す。

 

「礼を言われる状況か」

 

「料理人としては、大変嬉しい一夜でした」

 

「食材庫は」

 

「朝食用を除き、ほぼ空です」

 

「冷蔵庫は」

 

「本日の仕入れ分が、間もなく届きます」

 

「デザートは」

 

「何も残っておりません」

 

 ログナーは短く頷いた。

 

「そうか」

 

 ジョーイ係長が料理長を見る。

 

「ほんまに全部食べたんですか?」

 

「正確には、すべて料理として提供し、完食していただきました」

 

「言い方が料理人やなぁ……」

 

「廃棄は一切ありません」

 

「それは素晴らしいですけど、翌日休業しとるんですよ!」

 

「売上としては、通常のランチ営業数日分に相当します」

 

「商売として成功して、営業として失敗してる!」

 

「次回への課題です」

 

 料理長の目には、反省よりも意欲があった。

 

 昨夜、料理を出すたびに三人が喜んだ。

 

 限定のヴィンテージワインだけではない。

 

 オムレツも、グラタンも、ナポリタンも、フライドポテトも。

 

 料理人たちが日々磨いてきた技術を、一皿ずつ正面から評価してもらえた。

 

 厨房の在庫は空になった。

 

 だが、料理人の気持ちは満たされていた。

 

「次回は、さらに余裕を持って仕入れます」

 

 料理長が言った。

 

 ログナーは即答した。

 

「七日前に連絡する」

 

「三日前ではなく?」

 

「昨夜の消費量を再計算した。三日前では調達が間に合わない可能性がある」

 

「承知しました」

 

「想定量は事前に提出する」

 

 ジョーイ係長がログナーを見る。

 

「提出できるんですか?」

 

「姫様へ確認する」

 

「ラキシス様、“少しだけ”って答えません?」

 

 ログナーは黙った。

 

「答えますよね?」

 

「数量で回答していただく」

 

「できるんです?」

 

「していただく」

 

 決意だけは固かった。

 

     ◇

 

 ホテルの会議室。

 

 ログナーとジョーイ係長。

 

 ホテル支配人、料理長、購買担当者が、テーブルを囲んでいた。

 

 支配人が最初に頭を下げる。

 

「昨夜のお食事代につきましては、全額受領しております。また、大量のご注文ではございましたが、すべてお客様のご希望に応じて提供したものです」

 

「承知している」

 

「ですので、本日のランチ休止について、A.K.D.側へ補償を求める意図はございません」

 

「それも承知している」

 

「では、本日のご用件は?」

 

 ログナーはテーブルの上へ、一枚の資料を置いた。

 

「補填だ」

 

 支配人が困惑する。

 

「先ほど、補償は不要と」

 

「損失を金銭で埋める話ではない」

 

 ログナーは続ける。

 

「昨夜の食事代は支払った。だが、A.K.D.から現地へ通貨が一方的に流出したことに変わりはない」

 

 ジョーイ係長が小声で言う。

 

「姫様が晩ご飯食べただけで、国家収支の話になっとる……」

 

「継続的に利用するなら、A.K.D.側からも価値を供給する必要がある」

 

 支配人が資料を見る。

 

「ホテル向けのリネン製品……ですか?」

 

「ああ」

 

 資料には、A.K.D.宮廷工房で製造される繊維製品の概要が記されていた。

 

 テーブルナプキン。

 テーブルクロス。

 給仕用ハンカチ。

 厨房用クロス。

 客室用リネン。

 

 どれも宮廷で実際に使用される品を、民生用に調整したものだった。

 

「昨夜、こちらのナプキンを確認した」

 

 ログナーが言った。

 

「品質に問題があるという意味ではない。

 だが、洗濯耐久性と汚れの除去性能について、A.K.D.製品が上回る可能性がある」

 

 購買担当者が資料を読む。

 

「洗濯可能回数が、当ホテルの現用品の三倍以上……」

 

「試験値だ」

 

「ワイン、油脂、トマトソースへの耐汚染性も」

 

「汚れないわけではない。通常の洗濯で落ちやすい繊維構造になっている」

 

 料理長が顔を上げた。

 

「昨夜のナポリタンにも?」

 

「ああ」

 

「すえぞう様の口元が、真っ赤になっていましたので」

 

「ワインの作用ではない。ソースだ」

 

「存じております」

 

 ジョーイ係長が資料を横から確認する。

 

「価格は?」

 

「仮設定だ」

 

「高いですな」

 

「耐用期間を含めて計算を」

 

「初期費用だけ見たら、現場は尻込みします」

 

「品質は高い」

 

「性能が良くても、今の洗濯設備で扱えへんかったら意味ないです」

 

 ログナーがジョーイ係長を見る。

 

「どうする」

 

「まず一か月の試験導入です」

 

 ジョーイ係長は支配人たちへ向き直った。

 

「ナプキンと厨房用クロスを少量、無償サンプルとして使ってもらいます。今の洗濯業者さんにも回して、汚れ落ち、縮み、乾燥時間、アイロンの手間まで確認してください」

 

「無償で?」

 

「試用品です。本契約の話は、現場の皆さんが使えると判断してからにしましょう」

 

 購買担当者が頷く。

 

「それなら検討できます」

 

「年間契約も、いきなり全部切り替える必要はありません。一部の宴会場やレストランから始めて討できます」

 

「年間契約も、いきなり全部切、問題がなければ増やす」

 

 ジョーイ係長はログナーを見る。

 

「これでどうです?」

 

「妥当だ」

 

「良かった。総司令官に営業の説明するん、妙に緊張しますわ」

 

「お前の担当だ」

 

「特殊食品在庫正常化責任者の仕事ですか、これ?」

 

「ホテルとの取引だ」

 

「また担当範囲が増えとる!」

 

     ◇

 

 支配人が資料を置いた。

 

「一つ、確認させてください」

 

「何だ」

 

「この取引は、昨夜のお食事代を取り戻すためのものでしょうか」

 

「違う」

 

 ログナーは即答した。

 

「食事代は、食事への対価として完結している」

 

 支配人の表情が少し緩む。

 

「こちらが受けた恩を理由に、不必要な商品を買わせる意図もない」

 

「それを聞いて安心しました」

 

「必要なら契約しろ。不要なら断れ」

 

「随分、率直ですね」

 

「取引は継続できなければ意味がない」

 

 ジョーイ係長が、少し意外そうにログナーを見る。

 

「司令、ちゃんと商人の考え方してますやん」

 

「国家間交易だ」

 

「そこ、絶対譲らへんのですね」

 

 ログナーは購買担当者へ尋ねる。

 

「現在の仕入れ先との契約期間は」

 

「あと六か月です」

 

「ならば、その契約を破棄する必要はない」

 

「よろしいのですか?」

 

「売れたからといって、既存の相手を切る理由にはならない」

 

 ジョーイ係長の目が、少しだけ鋭くなる。

 

「……その通りです」

 

「試験導入は追加需要の範囲で行え。既存業者との信頼を損なうな」

 

「司令」

 

「何だ」

 

「ちょっと見直しましたわ」

 

「評価を求めていない」

 

「そういうとこですよ」

 

     ◇

 

 商談が一段落したところで、料理長が別の資料を取り出した。

 

「実は、もう一つご相談がございます」

 

「聞こう」

 

「次回、ラキシス様方がお越しになる場合の食材調達についてです」

 

 資料には、昨夜使用された食材の一覧が記されていた。

 

 卵。

 牛肉。

 鶏肉。

 魚介。

 乳製品。

 野菜。

 パン。

 ジャガイモ。

 デザート用食材。

 

 そして、一本の線で囲まれた項目。

 

フライドポテト

予想使用量の四倍

 

 ジョーイ係長が見る。

 

「ポテト、そんなに出たんです?」

 

「ラキシス様もお気に召したようで」

 

「姫様が?」

 

「非常に美味しいと」

 

 ログナーが答えた。

 

「姫様の仰る通りだ」

 

「司令まで肯定したら、次回もっと増えますよ!」

 

 料理長が続ける。

 

「大量に仕入れれば対応は可能です。

 ただし、通常営業分と分けて確保する必要があります」

 

「費用は事前に支払う」

 

「費用だけではなく、仕入れ先との調整が必要です」

 

「A.K.D.側から調達可能な食材を確認する」

 

 ジョーイ係長が首を横に振った。

 

「何でもA.K.D.から持ってくるのはアカンです」

 

「理由は」

 

「現地の料理は、現地の食材と仕入れ先で回っとるんです。そこへ急に国外品を大量投入したら、今までの業者さんとの関係が崩れます」

 

「では、どうする」

 

「ホテルが使ってる仕入れ先へ、事前に増量発注する。A.K.D.は予約金と特別輸送が必要な時だけ支援する」

 

「食材そのものではなく、調達能力を補うのか」

 

「その方が、地元にもお金が回ります」

 

 ログナーは数秒考えた。

 

「採用する」

 

 料理長が安堵した。

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、ヴィンテージワインは増えない」

 

「承知しております」

 

「牛ほほ肉の煮込みは一人一皿だ」

 

「そちらは厳守します」

 

 ジョーイ係長が笑う。

 

「その一皿を守るために、アラカルトが山ほど必要なんですけどね」

 

「次回は終了時刻も設定する」

 

「閉店時間まで食べる前提になっとる!」

 

「昨夜の実績に基づく判断だ」

 

     ◇

 

 A.K.D.宮廷工房。

 

 数日後。

 

 ホテル向けリネンの試作品が、長い作業台に並べられていた。

 

 純白のテーブルナプキン。

 落ち着いた色の厨房用クロス。

 繊細な織りのテーブルクロス。

 端には、ごく小さなA.K.D.の紋章が入っている。

 

 ソープは一枚のナプキンを手に取り、光へ透かしていた。

 

「汚れだけを選択的に分解する繊維にすれば、洗濯そのものが不要になるね」

 

 ログナーが答える。

 

「陛下。その機能は必要ありません」

 

「でも、ワインの色素を分子単位で判別して」

 

「通常の洗濯で落ちる性能があれば十分です、陛下」

 

「自動で折り畳む機能は?」

 

「不要です」

 

「使用者の体温に合わせて手触りを変えるのは」

 

「ナプキンです、陛下」

 

「そうだね」

 

 ソープは、少し残念そうにナプキンを置いた。

 

 隣にいたラキシスが、別の試作品へ触れる。

 

「とても柔らかいです」

 

「姫様用の宮廷仕様から、装飾を減らしています」

 

「普通に洗濯できるのですか?」

 

「はい」

 

「でしたら、それがよろしいです」

 

 ソープがラキシスを見る。

 

「自分で汚れを消す布の方が便利じゃない?」

 

「ソープ様」

 

「うん?」

 

「普通に洗濯できる布がよろしいです」

 

「そう?」

 

「はい」

 

「では、そうしよう」

 

 ログナーは、密かに息をついた。

 

 ホテル用ナプキンの兵器化は回避された。

 

 工房の職人が尋ねる。

 

「刺繍は、このA.K.D.紋章だけでよろしいでしょうか」

 

「業務用はそれでいい」

 

 ラキシスが、小さな布見本を一枚持ち上げる。

 

「こちらは?」

 

「売店向けハンカチの試作品です」

 

 布の隅には、小さくデフォルメされたすえぞうが刺繍されていた。

 

「まあ。可愛らしいです!」

 

 ログナーが職人を見る。

 

「誰の案だ」

 

「ラキシス様がお食事された記念に、と商務局から」

 

「うまい!」

 

 いつの間にか作業台の向こう側に、すえぞうがいた。

 

 刺繍された自分を見て、満足そうに胸を張っている。

 

「食べ物ではない」

 

 ログナーが言った。

 

「エライ!」

 

「評価へ切り替えたか」

 

 ラキシスはハンカチを見ながら微笑む。

 

「ホテルのお子様にも、喜んでいただけそうですわ」

 

「姫様が承認されると、正式商品になります」

 

「よろしいのでは?」

 

 ログナーは数秒沈黙した。

 

「試験販売に限定する」

 

「うっす!」

 

     ◇

 

 一か月後。

 

 ホテルでは、A.K.D.製リネンの試験使用が続いていた。

 

 赤ワイン。

 トマトソース。

 バター。

 コーヒー。

 

 通常のホテル営業で付着するさまざまな汚れ。

 

 洗濯業者から戻ってきたナプキンは、縮みも少なく、手触りも保たれていた。

 

 アイロンの時間も短い。

 

 乾燥後の折り目も整えやすい。

 

 給仕からの評判も良かった。

 

「軽いのに、皿を持つ時に滑りにくいですね」

 

「洗濯後も端が波打たない」

 

「トマトソースが一度で落ちた」

 

 購買担当者は、試験結果をまとめた。

 

 初期価格は高い。

 しかし、使用可能期間と洗濯費用を含めれば、長期的には現用品より安い。

 

 ホテル支配人は、正式契約書へ署名した。

 

「まずはレストランと宴会場の一部で導入します」

 

 ログナーも署名する。

 

「供給量は契約通りに確保する」

 

 ジョーイ係長が契約書を確認した。

 

「無理な数量入れてませんね?」

 

「入れていない」

 

「納期も?」

 

「守れる」

 

「返品条件は?」

 

「記載した」

 

「よろしい。ええ契約です」

 

「お前が作成した契約書だ」

 

「確認は何回してもええんです」

 

 商談が終わろうとした時、支配人が別の書類を出した。

 

「それから、売店用のハンカチについてですが」

 

「試験販売分か」

 

「完売しました」

 

 ログナーが顔を上げる。

 

「何枚だ」

 

「百枚です」

 

「一週間で?」

 

「三日です」

 

 ジョーイ係長が驚く。

 

「すえぞう柄が?」

 

「子ども連れのお客様に人気でして」

 

 支配人は販売記録を見せた。

 

「A.K.D.紋章入りも好評ですが、すえぞう柄は、“このホテルでたくさん食べた不思議な生き物”として説明すると」

 

「説明するな」

 

 ログナーが即座に止めた。

 

「ですが、実話ですので」

 

「食事量を宣伝材料にするな」

 

「では、“A.K.D.から来た元気な生き物”と」

 

「それでいい」

 

 ジョーイ係長が小声で言う。

 

「だいぶ譲りましたな」

 

「事実の範囲だ」

 

 支配人は続ける。

 

「追加で、三百枚をお願いしたいのですが」

 

「供給可能だ」

 

「また、大判サイズのナプキン型ハンカチも要望があります」

 

「大判?」

 

「お食事をたくさん召し上がるお客様向けとして」

 

 ジョーイ係長がログナーを見る。

 

「誰を参考にしたんでしょうね」

 

「聞くな」

 

     ◇

 

 A.K.D.会計局。

 

 ホテルとの取引開始から、さらに一か月後。

 会計担当者がログナーへ報告書を提出した。

 

「ホテル向けリネン、売店用ハンカチ、厨房用クロスの輸出収入を集計しました」

 

「収支は」

 

「先日のラキシス様御一行の食事代、および翌日のランチ営業休止による推定機会損失を上回っております」

 

「そうか」

 

「食事代を補填した上で、黒字です」

 

 ジョーイ係長が横から報告書を覗く。

 

「ほんまに取り返した……」

 

「取り返してはいない」

 

 ログナーが訂正する。

 

「食事代は支払った。交易で別の利益を得ただけだ」

 

「会計上は補填されてますやん」

 

「意味が違う」

 

「総司令官、そこ細かいですな」

 

 会計担当者が次のページを開く。

 

「また、ホテル側はリネン購入による長期経費の削減が見込まれています」

 

「双方に利益がある」

 

「はい。地元の食材業者とも、次回来店時の増量供給契約が結ばれました」

 

「食材庫の補填も完了か」

 

「さらに、昨夜の特別対応を行った厨房スタッフへ、ホテル側から臨時手当が支給されています」

 

 ジョーイ係長が笑う。

 

「外貨、食材、厨房スタッフの残業代、リネン。いろいろ補填されましたな」

 

「必要な処理だ」

 

「残ってるん、弥子ちゃんたちの胃袋くらいですか」

 

「それは補填するな」

 

     ◇

 

 その日の午後。

 

 ラキシスは、ホテルから届いた新しいハンカチを眺めていた。

 

 淡い色の布。

 

 端には、小さなすえぞうの刺繍。

 

「可愛らしいですわ」

 

「エライ!」

 

 すえぞうも気に入っていた。

 

 弥子は、ホテルから送られてきた案内状を読んでいる。

 

A.K.D.宮廷工房製リネン正式採用記念

特別ディナー再開のお知らせ

 

 弥子の目が輝いた。

 

「ログナーさん!」

 

「何だ」

 

「食事代を上回る利益が出たんですよね?」

 

「ああ」

 

「ホテルの食材も、次回分を確保できるようになったんですよね?」

 

「ああ」

 

「ということは」

 

「次の食事を許可したわけではない」

 

「まだ何も言ってません!」

 

「顔に書いてある」

 

 ラキシスが案内状を受け取る。

 

「また皆様で参りたいですわ」

 

「姫様」

 

「今度は、きちんと七日前にお知らせいたします」

 

「食事量も申告してください」

 

「少し多めで」

 

「数量でお願いします」

 

 弥子が手を挙げる。

 

「メニューの上から順番で!」

 

「それは数量ではない」

 

「前回と同じくらい!」

 

「前回を基準にするな」

 

 すえぞうが元気よく声を上げた。

 

「ハラへった!」

 

「今は食事の予定を決めているだけだ」

 

「ハラへった!」

 

「そうか」

 

 そこへソープがやってきた。

 

「ホテルとの取引、うまくいったんだって?」

 

「はい、陛下。正式契約が成立しました」

 

「ラキシスたちが食べたことで、新しい交易が生まれたんだね」

 

「結果としては、その通りです」

 

「食事をすればするほど交易が増えて、交易が増えれば次の食事代ができる」

 

 ジョーイ係長の顔が引きつる。

 

「陛下、その理屈を完成させんといてください」

 

 ソープは楽しそうに続ける。

 

「食欲を動力にした経済循環かな。面白いね」

 

 ログナーが静かに言った。

 

「陛下。それ以上、先へ進まれませんよう」

 

「食べる量に応じて、自動的に輸出品を」

 

「必要ありません、陛下」

 

 ラキシスが微笑む。

 

「ソープ様。普通にお食事を楽しんで、普通に交易をしましょう」

 

「そう?」

 

「はい」

 

「では、そうしよう」

 

 危険な国家経済理論は、完成前に止められた。

 

 ジョーイ係長は胸をなで下ろした。

 

「危なかった……食欲本位制が始まるとこやった……」

 

「何だ、それは」

 

「ワシにもわかりません!」

 

     ◇

 

 後日。

 

 ホテルレストランは通常営業へ戻っていた。

 入口に臨時休業の張り紙はない。

 

 テーブルには、新しいA.K.D.製ナプキン。

 

 売店には、紋章入りとすえぞう柄のハンカチ。

 

 厨房には、洗いやすく丈夫なクロス。

 

 食材業者との増量供給計画も整っている。

 

 支配人が、新しい予約表を確認した。

 

七日後

ラキシス様御一行

四名

備考:想定食事量については、ログナー司令より別紙提出予定

 

 支配人は、別紙を開いた。

 

 そこには細かな数字とともに、最後の一行が記されていた。

 

なお、上記は最低想定量とする。

 

 料理長が、それを見て笑った。

 

「今度は準備できます」

 

 給仕が尋ねる。

 

「本当に足りるでしょうか」

 

 料理長は少し考えた。

 

「多めに仕入れましょう」

 

「どれくらい?」

 

「別紙の二倍」

 

 その判断は賢明だった。

 

 A.K.D.の外貨は、交易によって補填された。

 

 ホテルの食材は、計画的に補填されることになった。

 

 厨房スタッフの労力も、手当と感謝によって報われた。

 

 リネンは新しくなり、ホテルには新しい名物商品まで生まれた。

 

 ただ一つ。

 

 ラキシス、弥子、すえぞうの胃袋だけは、

 何を入れても補填された状態にならなかった。

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