守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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ジョーイ係長は数字まで正常化したい

 株式会社ヘキサクス。

 営業管理部。

 

 ジョーイ係長の机には、紙の山が築かれていた。

 

 売上報告書。

 在庫評価表。

 製造原価明細。

 回収費用。

 補償記録。

 試作品の廃棄報告。

 取引先との契約書。

 さらに、株主総会用資料の作成要領。

 

 山の向こう側から、ジョーイ係長の手だけが伸びる。

 

 一枚の書類を取る。

 読む。

 机へ置く。

 次の書類を取る。

 読む。

 眉間の皺が増える。

 

「……なんやねん、これ」

 

 机の端に置かれた紙袋から、香ばしい匂いが漂っていた。

 

 ホテルから差し入れられた、からあげ六式。

 正常化された新しい六式である。

 

 胃を降伏させる特殊油は使われていない。

 一個食べても、夕食は終わらない。

 もう一個食べたいと思わせる、軽い衣と豊かな肉汁。

 

 ジョーイ係長は一個取り、かじった。

 ざくっ。

 

「美味い」

 

 もう一個へ手を伸ばす。

 そして、目の前の収支表を見る。

 

「唐揚げは軽うなったのに、数字が腹に重すぎるわ……」

 

 画面には、特殊食品事業の損益が表示されていた。

 

特殊食品事業部門

 

売上高:増加

継続契約件数:増加

正常化商品返品率:極めて低い

重大事故件数:ゼロ

 

営業損益:赤字

 

「なんでや!!」

 

 ジョーイ係長の声が、営業管理部へ響いた。

 

 周囲の社員たちは一瞬だけ顔を上げた。

 

 だが、最近ではこの程度の叫びに慣れている。

 

「また特殊食品ですか?」

 

 近くの社員が尋ねた。

 

「今度は数字が特殊や!」

 

「数字まで?」

 

「何でも特殊にしたらええいうもんやないぞ!」

 

     ◇

 

 午前十時。

 経理部の会議室。

 

 ジョーイ係長の正面には、経理担当者が三名座っていた。

 

 中央にいるのは、眼鏡をかけた女性だった。

 

 机の上へ、分厚いファイルを置く。

 

「特殊食品正常化事業の収支について、ご説明します」

 

「お願いします」

 

「まず、正常化後の商品販売だけを見た場合、事業は黒字です」

 

 ジョーイ係長の表情が明るくなる。

 

「やっぱり!」

 

「象の珈琲、コーンスープ、煎餅、ラムネ、ヴィンテージワインの厨房用販売、LEDカレー用香辛料、からあげ六式用調味液」

 

 経理担当者は一覧を読み上げる。

 

「いずれも、販売開始後の粗利益は確保されています」

 

「定期発注もあります」

 

「はい。ホテルとの契約は安定しています。喫茶店、駄菓子店、酒販店からの継続注文も確認されています」

 

「ほな、何で赤字なんです?」

 

「こちらです」

 

 経理担当者が、別の資料を差し出した。

 

 ジョーイ係長は受け取る。

 

 最初のページ。

 

特殊作用追加研究費

 

 次のページ。

 

会長特別指示試作品製造費

 

 次。

 

対象者反応確認用配送費

 

 さらに次。

 

不適合商品の回収、封印および廃棄費

 

 その次。

 

商品使用者への補償費

 

 まだある。

 

対Xi嗜好調整研究費

 

「……ちょっと待ってください」

 

「はい」

 

「最後のやつ、何です?」

 

「対Xi嗜好調整研究費です」

 

「読み上げてほしいんやない!」

 

 ジョーイ係長は書類を机へ置いた。

 

「何を調整したんです?」

 

「Xi氏が好んでいる、または好むと推定された食品へ、会長の求める特殊作用を追加するための研究費です」

 

「嫌がらせ費用やないか!」

 

「会計上、その名称の勘定科目はありません」

 

「作らんでええです!」

 

「ですので、食品研究開発費として処理されています」

 

「処理すな!」

 

「支払いは発生しておりますので、何らかの科目には計上しなければなりません」

 

「経理としては正しいのが余計に腹立つ!」

 

 経理担当者は、淡々と次のページを開いた。

 

「からあげ六式の場合、基礎レシピの開発費は通常の商品開発費です」

 

「はい」

 

「その後、特殊油、多孔質衣材、満腹信号刺激成分の研究費が追加されています」

 

「全部いらんかったやつです」

 

「旧版の製造設備費」

 

「いらん」

 

「被害報告後の回収費」

 

「最初から作らんかったら要らん」

 

「密封保管費」

 

「今も金かかっとる!」

 

「今回の正常化試験費」

 

「それは必要です」

 

「正常化版の商品化費」

 

「それも必要です」

 

「このすべてが、“からあげ六式関連費用”として同じ事業へ計上されています」

 

 ジョーイ係長は頭を抱えた。

 

「売れる唐揚げを作った利益で、売れへん唐揚げを作った費用を背負っとる……」

 

「正確には、旧版の損失を正常化版の利益が補填しています」

 

「正常化事業いうより、会長の後始末事業やないですか!」

 

「そこは、当部からはコメントできません」

 

「せんでええです。ワシが言います」

 

     ◇

 

 経理担当者は、さらに資料を示した。

 

「食品部門の赤字額が大きい理由は、もう一つあります」

 

「まだあるんですか」

 

「特殊作用の研究は、食品部門単独では行えません」

 

「でしょうな」

 

「材料研究部、化学部門、医療技術部門、兵器開発部門の設備が、一部使用されています」

 

 ジョーイ係長の動きが止まる。

 

「兵器開発部門?」

 

「はい」

 

「ラムネや唐揚げに?」

 

「爆音煎餅の音響増幅技術、発声増幅喉飴、くしゃみを爆発音へ変える山葵などは、関連技術の使用料が計上されています」

 

「食品に兵器部門の社内使用料を乗せるな!!」

 

「使用した以上、部門間取引が必要です」

 

「使わせた人間に請求してください!」

 

「現在は食品事業の研究開発費です」

 

「請求書の宛先が間違っとる!」

 

 経理担当者は眼鏡を押し上げた。

 

「ジョーイ係長」

 

「何です?」

 

「それを株主総会で説明する必要があります」

 

 会議室が静かになった。

 

「ワシが?」

 

「特殊食品在庫正常化責任者として」

 

「係長ですよ?」

 

「はい」

 

「取締役でも、部長でもない」

 

「はい」

 

「原因を作った会長は?」

 

「会長として出席されます」

 

「出席するだけですか!?」

 

「会長への質問は株主の判断です」

 

「ワシへの質問は?」

 

「かなり想定されます」

 

 経理担当者は、想定質問一覧を差し出した。

 

なぜ赤字事業を継続するのか。

 

なぜ危険商品を開発したのか。

 

正常化後の商品に、将来性はあるのか。

 

責任者は誰か。

 

開発部門の責任をどう考えるか。

 

会長の個人的意向が経営判断へ影響した事実はあるか。

 

 ジョーイ係長は、最後の一文を読み直した。

 

「これ、答えたら会長に刺さりますやん」

 

「事実を説明してください」

 

「答えへんかったら、ワシら現場に刺さりますやん」

 

「事実を説明してください」

 

「経理、強いな……」

 

     ◇

 

 午後。

 

 食品開発部。

 

 ジョーイ係長は、開発主任たちを集めた。

 

 テーブルには、商品ごとの費用明細が並んでいる。

 

「先に言います」

 

 ジョーイ係長は、全員を見回した。

 

「正常化した商品は黒字です」

 

 小さなどよめきが起きた。

 

「ホテルからの定期発注もある。珈琲も、スープも、カレーも、唐揚げも売れとる」

 

 開発主任が尋ねる。

 

「では、事業全体の赤字は」

 

「会長指示で追加した特殊作用」

 

 空気が重くなる。

 

「その研究費、設備費、回収費、補償費、保管費。全部足したら、正常化商品の利益を超えます」

 

 若い開発スタッフが、視線を落とした。

 

「私たちが作った費用です」

 

「違う」

 

 ジョーイ係長が即座に否定した。

 

「でも、実際に開発したのは」

 

「美味いもんを作ったんは、あんたらや」

 

「特殊作用も、私たちが」

 

「命令されてやろ」

 

「拒否できなかった責任はあります」

 

 ジョーイ係長は、しばらく黙った。

 

「ほな聞くけど」

 

「はい」

 

「最初のコーンスープ、味は悪かったか?」

 

「いいえ」

 

「至高のビーフカレーC-0は?」

 

「完成していました」

 

「からあげ六式の下味は?」

 

「今もホテルで使われています」

 

「ヴィンテージワインは?」

 

「異常成分が加えられる前は、極めて高品質でした」

 

 ジョーイ係長は、資料を一枚ずつ指した。

 

「開発部は、売れる商品を作っとった」

 

 誰も口を開かない。

 

「売れへん理由を後から足されたんや」

 

 開発主任の手が、膝の上で強く握られる。

 

「株主総会では、食品開発部にも責任を問う声が出るでしょう」

 

「はい」

 

「上の人間の中には、現場の判断ミスやったことにしたい者もおる」

 

 若いスタッフが顔を上げた。

 

「係長は、どうするのですか」

 

「数字を分ける」

 

「分ける?」

 

「基礎食品開発費と、特殊作用追加費を別にする」

 

 ジョーイ係長はホワイトボードへ書き始めた。

 

基礎食品開発

特殊作用追加

旧版製造

回収、補償、保管

正常化

正常化後売上

継続契約収益

 

「今まで一つにまとめられとった数字を、工程ごとに分ける」

 

「そんなことが可能ですか」

 

「伝票も指示書も残っとる」

 

「しかし、会長特別指示案件の一部は」

 

「曖昧に処理されとるな」

 

「はい」

 

「ほな、誰が、いつ、何を追加させたか、全部記録を洗う」

 

「株主総会まで、時間がありません」

 

「寝なきゃええ」

 

「係長」

 

「冗談や」

 

 ジョーイ係長は少し笑った。

 

「半分は」

 

「半分は本気なのですね」

 

「逃げたら全部あんたらの責任にされるかもしれへん」

 

 その言葉に、誰も笑わなかった。

 

「ワシは、それが一番気に入らん」

 

 ジョーイ係長は開発主任を見る。

 

「LEDカレーを作った人間に、銀歯を抜いた責任まで背負わせへん」

 

 別のスタッフを見る。

 

「美味い唐揚げの下味を作った人間に、胃を降伏させた油の責任まで押しつけへん」

 

 さらに全員を見る。

 

「商品を正常化したんや」

 

 ジョーイ係長は言った。

 

「次は、責任の向きも正常化する」

 

     ◇

 

 そこから、数字の発掘が始まった。

 

 倉庫に残された古い開発記録。

 会長室から送られた指示書。

 試作品の製造申請。

 部門間設備使用記録。

 配送伝票。

 回収命令。

 被害報告。

 一つの商品につき、数十枚。

 

 古いものでは、保存形式すら統一されていない。

 

「この管理番号、二つの商品で使われています」

 

「会長案件は途中で名称が変わることがある」

 

「“Xi贈答用”から“市場反応確認用”に」

 

「市場に出してへんやろ!」

 

「贈答品扱いです」

 

「銀歯が抜ける贈答品を送るな!」

 

 別の机。

 

「この費用、飲料開発になっていますが、実際には加湿器です」

 

「食品部門に入れるな!」

 

「会長が飲料と同じ香料を使わせたので」

 

「香りが同じなら同じ事業になるんか!?」

 

「当時の担当者が、処理先に困ったものと思われます」

 

「気持ちはわかるけど、今ワシが困っとる!」

 

 開発スタッフだけでは足りず、経理部と営業管理部も加わった。

 

 夜になっても、会議室の灯りは消えなかった。

 

 机の中央には、ホテルから届いたLEDカレーと、からあげ六式。

 

「差し入れです」

 

 料理長からのメッセージが添えられている。

 

数字の正常化には参加できませんが、

先へ進む皆様の力になれば幸いです。

 

 ジョーイ係長は蓋を開けた。

 

 カレーの香りが広がる。

 

「温かいうちに食べよ」

 

 全員が手を止めた。

 

 紙と数字に埋もれていた顔が、少しだけ緩む。

 

「美味しいですね」

 

「唐揚げも軽い」

 

「もう一個食べられます」

 

「それが正常や」

 

 ジョーイ係長は、カレーを一口食べた。

 

 辛さ。

 

 牛肉。

 

 玉ねぎ。

 

 香辛料。

 

 開発者と料理長が、過去から先へ進めた味。

 

「このカレーを、失敗作の数字に戻させへん」

 

 開発主任が、静かに頷いた。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 分類作業の結果が、少しずつ形になった。

 

 最初に、コーンスープ。

 

基礎商品開発:黒字化可能

特殊容器追加:大幅な追加費用

回収、正常化:一時費用

業務用販売:継続黒字

 

 象の珈琲。

 

原料調達、安全検査:適正

再現装置構想:未実施

限定販売:黒字

取引先継続率:高

 

 ラムネ。

 

基礎製品:低価格商品として成立

長時間発音作用:追加費用

表示、販売場所限定による正常化

販売実績:好調

 

 ヴィンテージワイン。

 

熟成資産価値:高

異常成分追加:商品価値毀損

加熱調理による利用:黒字

在庫希少性により、継続性に制限

 

 LEDカレー。

 

基礎処方C-0:商品化可能水準

危険辛味追加:損失原因

ホテル共同開発:正常化費用

香辛料定期契約:継続黒字

 

 からあげ六式。

 

下味および調理設計:高評価

特殊油、衣材追加:損失原因

ホテル共同開発:正常化費用

調味液定期契約:継続黒字

 

 数字を分けると、輪郭が見えた。

 

 食品の基礎部分は、ほとんどの商品で成立している。

 

 赤字を生んでいるのは、最後に追加された特殊作用。

 

 そして、その特殊作用を原因とする回収、保管、補償。

 

 開発主任が集計表を見つめる。

 

「ここまで、はっきり出るとは」

 

「会長の悪意、採算悪すぎるやろ」

 

 ジョーイ係長が言った。

 

「悪意に採算を求めるな、と会長は」

 

「株主は求めるわ!!」

 

 経理担当者が数字を確認する。

 

「正常化事業単独では、営業黒字です」

 

「単年度ですか」

 

「はい。初期の検査費用を含めても、現在は黒字へ転換しています」

 

「将来分は?」

 

「現行の契約が継続した場合、利益は増加します」

 

「ホテルだけやないですよね」

 

「喫茶店、駄菓子店、酒販店も含みます」

 

 ジョーイ係長は、椅子へ深く座った。

 

「間違ってへんかった」

 

「何がです?」

 

「売れるもんを売って、危ないもんは止める」

 

「はい」

 

「相手が必要なものを出して、次も買うてもらう」

 

「はい」

 

「普通の商売したら、ちゃんと黒字になった」

 

 経理担当者は頷いた。

 

「数字が証明しています」

 

 ジョーイ係長は、その言葉を噛み締めた。

 

 だが、経理担当者は続ける。

 

「ただし」

 

「何です?」

 

「この分類を株主総会資料へ掲載するには、経営側の承認が必要です」

 

「誰の?」

 

「会長、および担当取締役です」

 

「一番見せたくない人らに、先に見せるんですか」

 

「正式な資料ですので」

 

「企業統治、面倒くさいなぁ……」

 

     ◇

 

 午後。

 役員会議室。

 

 ジョーイ係長と経理担当者。

 食品開発主任。

 そして、数名の取締役が出席していた。

 

 最も上座に、シックスが座っている。

 彼は資料を一枚ずつ眺めていた。

 

「正常化商品は黒字」

 

「はい」

 

 ジョーイ係長が答える。

 

「赤字の主因は、特殊作用の追加研究費」

 

「はい」

 

「回収、補償、封印費用も、その結果だと」

 

「その通りです」

 

 財務担当取締役が口を開いた。

 

「分類方法について、異論があります」

 

「どこです?」

 

 ジョーイ係長が尋ねる。

 

「特殊作用も商品の一部として開発されています。基礎食品と分けるのは、恣意的ではないでしょうか」

 

「売れへん原因だけ、後から足されとるんです」

 

「しかし、一つの商品として発売された」

 

「せやから、結果として損失が出た」

 

「ならば、商品全体を開発した食品部門の責任です」

 

 食品開発主任の表情が強張った。

 

 ジョーイ係長は、取締役を見る。

 

「食品部門が、赤い汗を出す成分を勝手に足したと思ってるんですか」

 

「指示があったとしても、技術的に実行したのは現場です」

 

「命令を拒否せんかった責任があると?」

 

「組織とは、そういうものです」

 

「便利な言葉ですな」

 

「何がです?」

 

「上の命令で失敗したら、実行した下の責任。成功したら、経営判断の成果」

 

 会議室の空気が冷える。

 

「ジョーイ係長。言葉を慎んでください」

 

「慎んだ結果、現場に全部背負わせる気ですか」

 

「株主へ説明可能な形へ整理する必要があります」

 

「説明しやすい形やなく、正しい形にせなアカンでしょう」

 

 財務担当取締役は資料を閉じた。

 

「では、あなたは株主総会で、会長の経営判断が損失の原因だったと説明するのですか」

 

「数字がそう言うとります」

 

 シックスが、そこで初めて口を挟んだ。

 

「面白いな」

 

 ジョーイ係長がシックスを見る。

 

「会長」

 

「続けろ」

 

「止めへんのですか」

 

「なぜ止める」

 

「あなたに刺さる資料ですよ」

 

「私が命じたことだ」

 

 食品開発主任が顔を上げる。

 

 財務担当取締役も、わずかに表情を変えた。

 

 シックスは平然と続けた。

 

「Xiを困らせるために作らせた」

 

「会長!」

 

 財務担当取締役が制止しようとする。

 

「事実だ」

 

 シックスは資料の数字へ指を置いた。

 

「売上より悪意を優先した。その結果が、この損失だ」

 

 ジョーイ係長は、しばらく言葉を失った。

 

「……認めるんですか」

 

「否定する理由がない」

 

「株主総会でも?」

 

「尋ねられれば答える」

 

 財務担当取締役が慌てる。

 

「会長、それでは経営責任を問われます」

 

「問わせればいい」

 

「解任動議が出る可能性も」

 

「それも株主の権利だ」

 

 シックスは笑った。

 

「私の悪意に、株主がどのような値を付けるのか。興味がある」

 

 ジョーイ係長の顔が引きつる。

 

「追及される側が、見物人みたいな顔せんといてください!」

 

「お前は利益を示せ」

 

「会長は?」

 

「私は悪意を示す」

 

「役割分担したみたいに言うな!!」

 

 シックスは資料を閉じた。

 

「分類は、このままでいい」

 

 財務担当取締役が驚く。

 

「会長」

 

「改竄しても、いずれ露見する」

 

「改竄ではなく、会計上の整理です」

 

「ジョーイの整理の方が、私にはわかりやすい」

 

「ありがとうございます……で、ええんですかね」

 

 ジョーイ係長は複雑な表情をした。

 

「ただし」

 

 シックスが続ける。

 

「開発部を守るだけでは足りない」

 

「何がです?」

 

「会長指示だったという証拠を、株主が求める」

 

「指示書があります」

 

「私の署名がないものも多い」

 

「口頭指示やからです」

 

「ならば、現場が勝手に忖度したと主張する者も出る」

 

 財務担当取締役は黙っている。

 

 その沈黙が、何よりの証明だった。

 

 ジョーイ係長は眉をひそめた。

 

「会長本人が認めても?」

 

「私が総会で、必ずお前の望む形で答える保証はない」

 

「さっき答える言うたでしょう!」

 

「尋ねられれば、だ」

 

「言葉遊びせんといてください!」

 

 シックスは、楽しそうに笑った。

 

「証人を用意しろ」

 

「証人?」

 

「私が、誰を困らせるために作らせたか」

 

 ジョーイ係長の表情が消えた。

 

 会議室にいる全員が、同じ人物を思い浮かべた。

 

 怪物強盗Xi。

 

 シックスの体細胞から作られた、会長の子ども。

 

 異常商品の主な標的。

 

 会長の悪意を、最も直接的に受けてきた当事者。

 

「……あの人を、会社の総会へ呼べと?」

 

「呼ぶかどうかは、お前が決めろ」

 

「会長は、自分で呼ばへんのですか」

 

「私が呼べば来ない」

 

「ワシが呼んでも来ませんよ!」

 

「ならば、説得しろ」

 

「簡単に言うな!」

 

 シックスは椅子へ背を預けた。

 

「伏せたままでは、札は盤面を変えないぞ」

 

「誰が伏せたんですか」

 

「お前だ」

 

「まだ一回も手札に入れてへんわ!」

 

     ◇

 

 会議の後。

 

 ジョーイ係長は、廊下の窓際に立っていた。

 

 手には完成した株主総会資料。

 

 正常化事業は黒字。

 

 基礎食品開発は成功。

 

 損失の原因は、後付けされた悪意。

 

 数字は揃った。

 

 取引先の実績もある。

 

 開発スタッフの技術も証明できる。

 

 それでも、最後の一点が弱い。

 

 会長が、私的な目的で商品へ異常作用を追加させた。

 

 その対象者。

 

 Xi本人の証言。

 

 開発主任が、少し離れた位置から声をかけた。

 

「頼むのですか」

 

「わかりません」

 

「Xiさんへ」

 

「会社を継げとか、経営に参加しろとか、絶対嫌がります」

 

「私たちも、そこまでは望んでいません」

 

「証言だけ言うても、会長との因縁を人前で話すことになります」

 

「はい」

 

「本人にとっては、会社の赤字なんか知ったこっちゃないでしょう」

 

「それでも」

 

 開発主任は、手に持った小さな紙袋を見た。

 

 ホテルで買った、からあげ六式。

 

「Xiさんは、LEDカレーの名前を考えてくださいました」

 

「そうですね」

 

「料理を作った人たちの仕事も、見てくれた」

 

「はい」

 

「係長が頼めば、話だけでも聞いてくださるのでは」

 

 ジョーイ係長は、しばらく答えなかった。

 

 Xiは怪物強盗だ。

 

 会社の金庫を破り、物を盗み、シックスを苛立たせる。

 

 責任を嫌い、自由を好み、他人の都合で動く人物ではない。

 

 だが。

 

 バクスチュアルと食事をした日、彼は二人分の代金を払った。

 

 開発者と料理長が先へ進めたカレーへ、名前を残した。

 

 会社を嫌っていても、そこで働く人間すべてを嫌っているわけではない。

 

「一度だけ」

 

 ジョーイ係長が言った。

 

「頼みに行きます」

 

「ありがとうございます」

 

「まだ引き受けてもろたわけやないです」

 

「それでも」

 

 開発主任は頭を下げた。

 

「お願いします」

 

 ジョーイ係長は、頭を掻いた。

 

「ワシ、営業係長やったはずなんですけどね」

 

「今もそうです」

 

「取引先探して、在庫直して、商品売って、株主総会の資料作って、怪物強盗へ証人依頼」

 

「業務範囲が広いですね」

 

「広いで済ますな!」

 

     ◇

 

 営業管理部へ戻る。

 

 机の上には、完成した資料が置かれた。

 

 表紙。

 

第百二十七回定時株主総会

 

特殊食品事業および正常化事業に関する報告

 

 その隣には、想定質問集。

 

 そして、取引先から届いた書面。

 

 喫茶店。

 

象の珈琲は、適切な説明と数量管理のもとで好評です。

今後も継続取引を希望します。

 

 駄菓子店。

 

煎餅、ラムネともに、注意事項を理解したお客様から再購入があります。

担当者の説明も誠実でした。

 

 ホテル。

 

コーンスープ、LEDカレー、からあげ六式は、当ホテルの継続商品となっています。

特殊食品正常化部門との取引継続を希望します。

 

 酒販店。

 

既存取引先を優先する姿勢に、信頼を感じています。

 

 ジョーイ係長は、一枚ずつ目を通した。

 売上だけではない。

 数字へ直接は表れにくいものも、積み上がっている。

 

 信用。

 継続。

 再注文。

 現場の誇り。

 

「これも、全部持って行く」

 

 ジョーイ係長は資料を鞄へ入れた。

 

 最後に、一枚の名刺を取り出す。

 以前、ホテルで交換したものではない。

 

 連絡先だけが、乱雑な字で書かれた小さなカード。

 

怪物強盗 Xi

 

緊急時以外は連絡しないこと。

 

 ジョーイ係長は、それを見つめた。

 

「どう考えても、本人にとっては緊急やないよなぁ……」

 

 だが、開発スタッフにとっては違う。

 

 働く場所。

 

 積み上げてきた技術。

 

 自分たちが本当に作りたかった商品。

 

 それを守れるかどうかの瀬戸際だった。

 

 ジョーイ係長は端末を手に取る。

 

 番号を入力する。

 

 通話ボタンの上で、指が止まる。

 

「……明日にするか」

 

 指を離す。

 

 すぐに、首を横へ振る。

 

「明日言うてたら、ずっと明日になる」

 

 もう一度、通話ボタンへ指を置く。

 

 押した。

 

 呼び出し音。

 

 一回。

 

 二回。

 

 三回。

 

 そして。

 

『はい』

 

 聞き慣れた、気楽そうな声がした。

 

『誰?』

 

 ジョーイ係長は姿勢を正した。

 

「株式会社ヘキサクス、営業管理部のジョーイです」

 

『切っていい?』

 

「早い早い早い!!」

 

『クソ親父の会社からの電話なんて、ろくな話じゃないだろ』

 

「今回は、会長からの嫌がらせ商品についてです」

 

『やっぱりろくでもない』

 

「ただし、あんたに送る話やありません」

 

『じゃあ何?』

 

 ジョーイ係長は、机の上の資料を見た。

 

 LEDカレー。

 

 からあげ六式。

 

 開発者たちの数字。

 

 会長の悪意。

 

 株主総会。

 

「Xiさん」

 

 声が少しだけ低くなる。

 

「一度、会って話を聞いてもらえませんか」

 

 電話の向こうが静かになった。

 

『……株主総会の話?』

 

 ジョーイ係長の目が見開かれる。

 

「何で知っとるんです?」

 

『怪盗だからね』

 

「その説明で何でも済ますな!」

 

『嫌だよ』

 

 即答だった。

 

「まだ内容言うてません!」

 

『クソ親父と会社員と株主が、数字で殴り合う場所だろう? 絶対に嫌だ』

 

「だいたい合ってますけど!」

 

『僕を巻き込まないでよ』

 

「会社を継いでくれとは言いません」

 

 ジョーイ係長は、言葉を選んだ。

 

「経営に参加してくれとも、会長を追い落としてくれとも言いません」

 

『じゃあ?』

 

「商品が誰を困らせるために作られたか」

 

 一度、息を吸う。

 

「それだけ、証言してほしいんです」

 

 電話の向こうから、返事はない。

 

「銀歯が抜けるカレーも、赤い汗のワインも、粒が出ないスープも」

 

『スープは僕に届いてないよ』

 

「細かい訂正はあとでお願いします!」

 

『僕への嫌がらせ全部、っていうのは正確じゃない』

 

「そこも含めて、本人の言葉が必要なんです」

 

『……誰を守るため?』

 

 ジョーイ係長は、迷わなかった。

 

「作った人らです」

 

 また沈黙。

 

「美味いカレーを作った人間が、銀歯を抜いた責任まで背負わされそうなんです」

 

『……』

 

「下味を作った人間が、胃を降伏させた油まで、自分の失敗やったことにされそうなんです」

 

『それで、僕?』

 

「会長の悪意を、一番よう知っとる当事者ですから」

 

 ジョーイ係長は、椅子へ座り直した。

 

「お願いします」

 

 電話の向こうで、誰かの声がした。

 

 ぎこちないカタカナ。

 

『Xiサン。誰?』

 

『ジョーイ係長』

 

『LEDカレー、ノ人?』

 

『そう』

 

『困ッテル?』

 

 Xiが、小さく息を吐いた。

 

『……詳しい話は、会ってから聞く』

 

「来てくれるんですか?」

 

『話を聞くだけだよ』

 

「十分です!」

 

『株主総会へ出るとは言ってない』

 

「わかってます!」

 

『会社を継ぐ話が一言でも出たら、その場から消えるからね』

 

「ワシもあんたを会長にする気はありません!」

 

『本当に?』

 

「今の会長一人で手いっぱいです!!」

 

 電話の向こうで、Xiが少し笑った。

 

『じゃあ、明日』

 

「ありがとうございます」

 

『まだ礼を言わないでよ』

 

「それでも、ありがとうございます」

 

 通話が切れる。

 

 ジョーイ係長は、しばらく端末を持ったまま動かなかった。

 

 やがて、椅子の背へ身体を預ける。

 

「……伏せカード、手札には入ったか」

 

 まだ場には出ていない。

 

 切るかどうかも決まっていない。

 

 本人が協力する保証もない。

 

 だが、盤面を変えられる可能性は生まれた。

 

 株主総会まで、あと二日。

 

 商品は正常化された。

 

 数字も、ようやく本来の姿へ戻った。

 

 次に正常化しなければならないのは。

 

 誰が何を作り。

 

 誰が何を壊し。

 

 誰がその責任を負うべきなのか。

 

 その向きだった。

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