守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
避暑地の別荘のキッチンには、
買い出し班が持ち帰った食材がずらりと並んでいた。
鶏肉。
玉ねぎ。
人参。
カレールー。
米。
サラダ用の野菜。
飲み物いろいろ。
そして、なぜか睡眠の質向上を謳う乳酸菌飲料と、胃腸薬まで。
キラがレジ袋からそれを見つけて、止まる。
「……胃腸薬まで買ってる」
アウクソーが淡々と答えた。
「念のためです」
「何に備えてるの!?」
キラ。
カイエンが横から言う。
「やれやれ。
辛さに挑むなら、備えは大事だろう」
「いや、まだ挑むとは決まってないですよね!?」
露伴がもうメモしている。
「いい」
「食前の時点で予防線を張る人間関係、非常にいい」
「本当にメモらないでください!」
キラ。
泉が大きく息をついた。
「さあ、もう始めましょう」
「これ以上センセに変な観察材料を与える前に!」
「もう十分あると思うけどなあ……」
キラ。
役割分担は自然に決まった。
アウクソー
全体の段取りと火加減管理。
ラクス
下ごしらえ補助と盛り付け寄り。
弥子
食材担当兼味見役。
キラ
洗い物、米、進行補助。
泉
補助全般。主に「足りないものを取る」「落ちたものを拾う」「混乱を止める」。
承太郎
必要なら動く。基本は静観。
カイエン
最初は手を出さないが、面白そうなら混ざる。
ネウロ
見て笑う。
露伴
見て描く。
キラが頭を抱えた。
「最後の二人、戦力外なんだけど」
ネウロが鼻で笑う。
「吾輩の役目は人間観察だ」
「いや今は夕食作りだから!」
露伴も当然のように言う。
「僕はこの共同作業の空気を見ている」
「手伝ってよ!」
「それでは見えないものがある」
露伴。
泉がすかさず言う。
「あります!」
「洗ってないボウルとか見えてないでしょ今!」
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最初の難関は、たまねぎだった。
まな板に並ぶ、たまねぎ数個。
人数が人数なので、量もそれなりに要る。
アウクソーが包丁を手に取る。
「まず、たまねぎから」
弥子が手を上げる。
「あたしも切る!」
「助かります」
アウクソー。
ラクスも微笑む。
「では、わたくしも」
泉が慌てる。
「えっ、私もやったほうがいいですよね?」
キラが鍋を用意しながら言う。
「僕もやるよ」
「人数多いし」
結果、
たまねぎ担当は
アウクソー
ラクス
弥子
泉
キラ
という、ちょっとした修羅場になった。
承太郎はそれを一瞥して言う。
「多すぎだろ」
「たしかに」
キラ。
そして数分後。
泉が最初に泣いた。
「うっ……」
「目にしみる……!」
弥子もすぐ続く。
「うわっ、痛っ!
なにこれ、たまねぎ強い!」
キラも普通にやられる。
「ちょ、ほんとにきついなこれ……」
ラクスは少し目を細める程度で持ちこたえていた。
アウクソーは、ほぼ無表情のまま淡々と刻んでいる。
露伴が横で真顔でメモする。
「いい」
「たまねぎで涙を流す人間の表情には、演技では出ないものがある」
泉が涙目で振り向く。
「センセ!!」
「そういう時だけ感心しないでください!!」
弥子が鼻をすすりながら言う。
「うぅ……」
「ネウロ、なんか魔界777ツ能力(どうぐ)でどうにかならないの!?」
ネウロが即答する。
「断る」
「そんなことで吾輩の魔力を使わせるな」
「そんなことじゃないでしょ!」
弥子。
カイエンがソファからその様子を見て笑う。
「やれやれ」
「たまねぎひとつでこの騒ぎかい」
キラが涙目のまま言い返す。
「じゃあやってみてくださいよ!」
カイエンは立ち上がり、ふらりとキッチンへ来た。
「いいだろう」
「どれだ」
包丁を受け取り、たまねぎをひとつ手にする。
その所作が妙に無駄なく、
露伴の目が光った。
「ほう……」
カイエンは何でもないような顔で、
たまねぎをするすると刻み始めた。
速い。
しかも綺麗だ。
弥子が目を丸くする。
「うわ、上手っ」
泉も涙目のまま驚く。
「なんでそんなに普通にできるんですか!?」
カイエンは肩をすくめた。
「やれやれ。
昔、料理人の真似事をしたことがあってね」
「それ絶対さらっと流していい経歴じゃないですよね!?」
キラ。
アウクソーが静かに補足する。
「マスターは、必要であれば一通りなさいます」
露伴がメモする。
「伊達男、包丁も使える」
「非常にいい」
「メモるな!」
キラ。
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具材を炒め始めると、
今度は鍋の前で意見が割れそうになる。
弥子が言う。
「ねえ、ちょっとスパイス足していい?」
泉がすぐ警戒する。
「どのくらい?」
「ちょっと!」
「その“ちょっと”が怖いんだよなあ……」
キラ。
ラクスはやわらかく提案する。
「ベースはこのままにして、後で各自で調整するのはいかがでしょう」
「賛成」
キラ。
アウクソーも頷く。
「そのほうが確実です」
「辛味の好みは個人差がありますので」
ネウロが横から言う。
「ククク……
人間は辛味ひとつでも統一できんのだな」
承太郎が低く返す。
「統一する必要がねぇだけだ」
「承太郎さん、それ正しい」
キラ。
カイエンが棚のスパイス群を見ながら言う。
「ほう……
この別荘、ずいぶん物騒なものまで揃ってるな」
泉が振り向く。
「“物騒なもの”って言わないでください」
「ただの唐辛子です」
露伴がすかさず言う。
「いや、素材によっては十分物騒になる」
「センセは煽らないで!」
泉。
結局、カレーそのものは
無難なチキンカレー
として完成を目指すことになった。
辛さや追加スパイスは、後で各自。
ソース派も黙認。
その先は知らない。
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食卓に、チキンカレーが並ぶ。
湯気。
スパイスの香り。
炊きたての米。
思っていた以上に、ちゃんと“合宿の夕食”っぽい。
弥子が目を輝かせる。
「いただきまーす!」
キラもスプーンを手に取る。
「いただきます」
一口。
「……おいしい」
ラクスがやわらかく微笑んだ。
「よかったですわ」
アウクソーは全体を見ながら、静かに確認する。
「塩気は問題ありませんか?」
「大丈夫です」
キラ。
「かなりいい感じ」
泉もほっとした顔になる。
「よかったぁ……」
「なんとかちゃんとごはんになった……」
弥子はもう二口目に行っている。
「うまっ!」
「ねえこれ、じゃがいも入ってなくても全然いける!」
「だろう?」
泉。
「今日はこれで正解だったの!」
カイエンも食べて、少しだけ頷いた。
「悪くない」
「思ったよりちゃんとしてるな」
「“思ったより”は余計です」
アウクソー。
「はいはい」
カイエン。
承太郎は無言で食べていたが、
二口目へ自然に進んでいる時点で、
だいたい評価は高い。
ネウロはカレーを見て、少しだけ眉を動かした。
「ほう……」
「人間にしては、なかなかまともな色だ」
「何その評価!?」
弥子。
露伴は一口食べてから、少し考え込む。
「……いいな」
泉がぎくっとする。
「センセ、その“いいな”はどっちですか」
「料理ですか、空気ですか」
「両方だ」
露伴。
「同じ鍋を囲むだけで、誰がどういう速度で食べるか、何を先に口にするか、辛味をどう足すか――」
キラがスプーンを置きかける。
「始まった……」
露伴は構わず続ける。
「カイエンは様子を見てから少しだけ追加スパイス」
「弥子はまず勢い」
「ラクスは全体を見つつ食べる」
「アウクソーは最後まで管理している」
「承太郎さんは静かに食べる」
「ネウロは文句を言いながら食べる」
「キラ・ヤマトは食事中も全員を見ている」
「泉くんは達成感と不安が同居している」
「見すぎですよ!!」
泉。
ラクスが少しだけ笑った。
「でも、よくご覧になっていますのね」
「だから漫画家なんだ」
露伴。
「だから厄介なんですよ」
キラ。
食後。
皿を洗い、
鍋を片づけ、
リビングに少しだけゆるんだ空気が流れる。
初日の夕食は成功した。
誰も倒れていない。
誰も怒っていない。
熊も来ない。
怪異もまだ起きない。
ただ、妙に濃い人間たちが、
一緒にカレーを食べて、
ちょっとだけ共同生活っぽい空気になっているだけだ。
だが、それがすでに十分面白い。
露伴はその光景を見ながら、今日のメモへ書き足す。
・たまねぎで最初に泣いたのは泉
・弥子もすぐ泣く
・カイエン、包丁が上手い
・キラ、また中心
・ラクス、自然に整える
・アウクソー、全体管理
・カレー成功
・乳酸菌飲料、ラッシーの代替扱い
最後にひとこと。
――まだ一日目。
そしてその一文が、
なぜか少しだけ不穏だった。