守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
アウクソーはマスターとディナーを楽しみたい
ダグラス・カイエンは一枚の案内状を眺めていた。
「……まだやってんのか。」
向かいに座るアウクソーが尋ねる。
「何が、でしょうか。」
「例の限定ディナーだヨ。」
カイエンは案内状をテーブルへ置いた。
以前。
ヘキサクス社から持ち込まれた特殊食品を、ホテルの料理長が安全な料理へ作り替えた。
その成果を集めた限定コース。
中でも目玉は、希少な赤ワインを使った、
牛ほほ肉の赤ワイン煮込み。
本来そのワインには、飲んだ人間へ妙な作用を起こす問題があった。
しかし加熱することで、その作用が完全に失われることが判明。
料理長はそれを、長時間煮込む料理へ利用した。
カイエンは腕を組む。
「アレ、うまかったんだヨ。」
「存じています。」
アウクソーは答えた。
「……そういや、お前は食ってねぇんだったナ。」
「はい。」
カイエンは案内状を見る。
「まだ残ってんなら、食っといた方がいいか。」
「そうですね。」
アウクソーは静かに答えた。
カイエンが立ち上がる。
「じゃあ行くか。」
「…………。」
アウクソーは動かなかった。
「何だヨ。」
「マスター。」
「何だ。」
「今のは、何でしょうか。」
「何って。」
カイエンは首を傾げる。
「メシ食いに行こうって話だろ。」
「そうではなく。」
アウクソーはカイエンを見る。
「私は以前、次回は同行すると申し上げました。」
「言ってたナ。」
「ですが。」
一拍。
「今回は、マスターから私をお誘いください。」
「…………。」
カイエンが固まった。
「俺が?」
「はい。」
「お前を?」
「はい。」
「メシに?」
「はい。」
「一緒に行くだろ?」
「ですから。」
アウクソーはほんの少し眉を寄せた。
「それを、マスターから仰ってください。」
「……面倒くせぇナ。」
「初対面の女性には、すぐに仰るのに。」
カイエンの動きが止まった。
「…………。」
アウクソーは静かだった。
「…………。」
「…………。」
カイエンは頭を掻く。
「まだ根に持ってんのかヨ。」
「何のことでしょう。」
「持ってんじゃねぇか!」
アウクソーは答えない。
カイエンは大きく息を吐いた。
そして。
改めてアウクソーを見る。
「……アウクソー。」
「はい。」
「今晩。」
一瞬だけ言葉に詰まる。
剣聖。
星団最強。
数え切れないほどの美女を口説いてきた男が。
なぜか今だけ、妙に言いづらそうだった。
「俺と、メシ食いに行かねぇか?」
アウクソーは。
ほんの少しだけ。
笑った。
「はい。」
「喜んで。」
カイエンは目を逸らした。
「……何だヨ。」
「何も。」
「笑ってんじゃねぇヨ。」
「笑っておりません。」
「笑ってるだろ。」
「いいえ。」
「絶対笑ってるヨ。」
アウクソーは、それ以上答えなかった。
その表情は。
いつもより、少しだけ柔らかかった。
◆
その日の夕方。
二人はホテルへやって来た。
レストランの受付で、スタッフが微笑む。
「ご予約のお名前をお願いいたします。」
カイエンが答える。
「ダグラス・カイエン。」
アウクソーが横を見る。
「…………。」
「何だヨ。」
「いいえ。」
「言っとくが今日は本名だぞ。」
「はい。」
「ヒューア・フォン・ヒッターじゃねぇからナ。」
「何も申し上げておりません。」
受付スタッフは端末を確認する。
「はい。ダグラス・カイエン様、二名様で承っております。」
「おう。」
「前回も当レストランをご利用いただき、ありがとうございました。」
カイエンの表情が固まる。
「…………。」
スタッフは続ける。
「前回はヒューア・フォン・ヒッター子爵様として――」
「忘れろ。」
「はい?」
「忘れろ。」
アウクソーが静かに付け加えた。
「本日は、ダグラス・カイエンです。」
「お前まで確認すんな!」
スタッフが少し困った顔になる。
「失礼いたしました。」
「いや、あんたは悪くねぇヨ。」
カイエンは頭を抱えた。
「記録が正確すぎるんだヨ、このホテル……。」
席へ案内される。
前回とは違う。
向かいに座っているのは。
名前も知らない美女ではない。
長い時間、自分の隣にいた存在だった。
ウェイターがメニューを開く。
「本日は、限定ディナーコースで承っております。」
カイエンが頷く。
「前と同じのでいい。」
「かしこまりました。」
アウクソーが確認する。
「例の赤ワインを使った料理もございますか。」
「はい。」
ウェイターが微笑む。
「牛ほほ肉の赤ワイン煮込みですね。」
「現在も数量限定でご提供しております。」
アウクソーが小さく頷く。
「楽しみです。」
カイエンが笑う。
「それ目当てだったのかヨ。」
「マスターが美味しいと仰っていましたので。」
「俺の感想、信用してんのか?」
「料理については。」
「そこ限定すんな!」
◆
最初の料理が運ばれてきた。
温かなスープ。
パン。
そして、いくつかの前菜。
カイエンは早速食べ始める。
「うまいナ。」
アウクソーも一口。
「はい。」
「こういう時くらい、もうちょい感想ねぇのかヨ。」
「美味しいです。」
「変わってねぇ。」
アウクソーはもう一口食べる。
「ですが。」
「ん?」
「こうしてマスターと二人で食事をすることは、あまりありませんでした。」
カイエンの手が止まる。
「そうだったか?」
「はい。」
「いつも一緒にいるだろ。」
「おります。」
「なら一緒に食ってんじゃねぇか。」
アウクソーは首を振った。
「違います。」
「何が。」
「同行していることと。」
少し間を置く。
「誘われて食事へ来ることは。」
「違います。」
カイエンは黙った。
アウクソーはスープを見る。
「私は、いつもマスターのお側におります。」
「おう。」
「ですから。」
言葉を選ぶ。
「……少しだけ。」
カイエンを見る。
「羨ましかったのです。」
「何が?」
「マスターに。」
「食事へ誘っていただける方が。」
カイエンは目を瞬いた。
「…………。」
アウクソーは視線を戻した。
「それだけです。」
カイエンは何も言わなかった。
料理を一口。
二口。
やがて。
「……悪かったナ。」
アウクソーが顔を上げる。
「謝っていただきたいわけではありません。」
「じゃあ何だヨ。」
「また。」
「ん?」
「次も誘ってください。」
「もう次の話かヨ!」
「はい。」
「今日まだ前菜だぞ!」
「予定は早めに確認した方がよいかと。」
「仕事が早ぇヨ!」
アウクソーの口元が。
ほんの少しだけ緩んだ。
◆
そして。
メイン料理が運ばれてきた。
皿の中央。
柔らかく煮込まれた牛ほほ肉。
濃厚な赤ワインのソース。
長時間煮込まれた肉は、ナイフを入れるだけで静かに崩れた。
アウクソーはそれを一口食べる。
「…………。」
カイエンが見る。
「どうだ?」
もう一口。
「…………。」
「おい。」
アウクソーはゆっくり飲み込んだ。
「美味しいです。」
カイエンが笑った。
「だろ?」
「はい。」
「だから言ったじゃねぇか。」
アウクソーはソースを少し味わう。
「赤ワインの香りがあります。」
「飲むと面倒なことになるワインだったらしいけどナ。」
「加熱すれば問題ないのでしたね。」
「ログナーのお墨付きだ。」
「でしたら安心です。」
カイエンは自分の皿を見る。
「ったく。」
「変なワインも、料理にしちまえばこんだけうめぇんだから分かんねぇもんだナ。」
アウクソーは静かに頷いた。
「料理長や開発された方々が。」
「捨てずに、使える形を考えたからでしょう。」
「そうだナ。」
カイエンは肉を口へ運ぶ。
「普通なら捨てて終わりだ。」
「はい。」
「使い方を変えりゃ、ちゃんと残る。」
アウクソーは一瞬。
カイエンを見る。
「マスター。」
「ん?」
「今の言葉。」
「何だ?」
「覚えておいてください。」
「何でだヨ。」
「特に意味はありません。」
「意味ある言い方だろ、それ!」
アウクソーは、また料理を口へ運んだ。
美味しかった。
味だけではなかった。
以前。
この席に座ったのは。
自分ではない誰かだった。
今夜は違う。
自分が誘われ。
自分が向かいに座り。
同じ料理を食べている。
それだけのことだった。
それだけのことが。
アウクソーには嬉しかった。
◆
食後。
デザートが運ばれてきた。
カイエンは珈琲を飲みながら言う。
「満足したか?」
「はい。」
即答だった。
「珍しく早ぇナ。」
「マスター。」
「何だ。」
「本日は、ありがとうございました。」
「別に大したことしてねぇヨ。」
「いいえ。」
「誘っていただきました。」
カイエンは頬を掻く。
「そんな大げさな話か?」
「私にとっては。」
「そうなのか。」
「はい。」
しばらく沈黙。
カイエンは窓の外を見る。
「……じゃあ。」
アウクソーを見る。
「また来るか?」
アウクソーは少し目を見開いた。
「はい。」
「今度は限定じゃなくてもいいだろ。」
「はい。」
「普通の飯でも。」
「はい。」
「俺が誘えばいいんだナ?」
アウクソーは。
今度ははっきり笑った。
「はい。」
カイエンは慌てる。
「そんな嬉しそうな顔すんなヨ!」
「しておりません。」
「してる!」
「いいえ。」
「さっきよりしてるだろ!」
そこへ。
ウェイターが伝票を持ってきた。
カイエンが手を伸ばす。
アウクソーも同時に手を伸ばした。
「私も。」
「いいヨ。」
カイエンが先に伝票を取る。
「今日は俺が誘ったんだからナ。」
アウクソーの手が止まる。
「…………。」
「何だヨ。」
「では。」
アウクソーは静かに手を引いた。
「ごちそうになります。」
カイエンの表情が固まった。
「…………。」
「マスター?」
「その台詞。」
「はい。」
「前にも聞いた気がするんだヨ……。」
脳裏によみがえる。
謎の美女。
豪華なディナー。
そして。
最後に正体を現した怪盗Xi。
カイエンの顔が引きつる。
アウクソーは静かに言った。
「ご安心ください。」
「私は。」
「途中で別人にはなりません。」
「そこは信用してるヨ!!」
レストランに、カイエンの声が響いた。
アウクソーは。
やはり少しだけ。
嬉しそうに笑っていた。