守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

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黄金のハヤシライス
桂木遥は久しぶりに料理をしたい 前編


昼下がり。

ホテルのレストラン。

 

大きな窓から柔らかな日差しが差し込み。

落ち着いた音楽が、静かに流れていた。

 

桂木弥子は。

向かいに座る母親を見ていた。

 

桂木遥。

 

「こういうところで二人でご飯食べるの、久しぶりねぇ。」

 

遥は楽しそうにメニューを眺めている。

 

弥子も頷いた。

「そうだね。」

 

今日は事件でも仕事でも特殊食品の試食でもない。

 

ただの母娘での昼食。

少なくとも。

弥子は、そのつもりだった。

 

「弥子。」

「何?」

「これが、あなたがよく言ってたカレー?」

 

遥がメニューを指差す。

 

そこにはホテル特製 LEDカレー

と書かれていた。

 

「そうそう。」

弥子は嬉しそうに頷く。

 

「これ美味しいんだよ。」

「へぇ。」

 

遥は興味深そうに文字を見る。

 

「LEDって、電球みたいね。」

 

「そこから説明すると長いんだけど。」

 

「長いの?」

 

「ちょっとだけ。」

 

弥子は苦笑する。

 

「元々は、ヘキサクスって会社が作ったカレーなんだけど。」

 

「うん。」

 

「いろいろあって。」

 

「うん。」

 

「安全な部分だけ残して、ここの料理長さんが作り直して。」

 

「ふうん。」

 

「それをXiがLEDカレーって名前つけたの。」

 

遥が目を丸くする。

 

「Xi君が?」

 

「うん。」

 

「意外ねぇ。」

 

「本人に言ったら怒ると思うよ。」

 

遥は笑う。

 

「じゃあ、今日はそれにしましょう。」

「賛成。」

 

二人は注文した。

 

     ◆

 

しばらくして二皿のカレーが運ばれてきた。

 

立ち上る香り。

深みのある褐色のルー。

柔らかく煮込まれた牛肉。

 

遥が少し身を乗り出す。

 

「いい匂い。」

 

「でしょ?」

 

二人は手を合わせる。

「いただきます。」

 

遥が一口。

そして。

少し目を見開いた。

 

「あら。」

 

弥子が笑う。

 

「どう?」

「美味しい。」

「でしょ!」

 

遥はもう一口。

「辛いけど、ただ辛いだけじゃないのね。」

 

「そうなんだよ。」

 

「お肉も柔らかいし。」

 

「そうそう。」

 

弥子も楽しそうに食べる。

 

遥は頷いた。

 

「弥子が何度も食べるの、分かるわ。」

 

「何度もっていうか。」

 

「かなり食べてるけど。」

 

「でしょうね。」

「そこ即答しないで。」

 

穏やかな時間だった。

母と娘。

 

美味しい料理。

静かな昼下がり。

 

何の問題もない。

本当に。

 

何の問題もないはずだった。

 

     ◆

 

遥がふと。

近くにいたスタッフへ尋ねた。

 

「これ、本当に元は会社の商品だったんですか?」

 

スタッフが微笑む。

 

「はい。ヘキサクス社で開発されたカレーが原型でございます。」

「へぇ。」

 

遥は興味津々だった。

スタッフは続ける。

 

「ただし、

 現在お出ししているものは、安全な基礎処方を元に、

 料理長が改良したものになります。」

 

弥子のスプーンが。

ほんの少し止まった。

 

嫌な予感。

 

「安全な?」

遥が聞き返す。

 

スタッフは少し困ったように笑う。

「元々の商品には、少々特殊な作用がございまして。」

 

遥の目が輝く。

 

「特殊?」

 

弥子が口を挟む。

 

「お母さん。」

「何?」

「そこ、そんなに食いつかなくていいから。」

 

スタッフは説明する。

 

「以前の商品は、辛さのあまり…」

 

一拍。

 

「銀歯などの歯科金属が外れることがございました。」

 

遥。

「まあ。」

 

弥子。

「ほらぁ!!」

 

遥はむしろ楽しそうだった。

 

「銀歯が?」

「はい。」

 

「辛くて?」

「正確には、特殊作用によるものでございます。」

 

「面白いわねぇ。」

 

弥子は頭を抱えた。

 

「面白くないよ!」

 

「だってカレー食べて銀歯が抜けるのよ?」

「だから面白くないんだって!」

 

スタッフが慌てて付け加える。

 

「現在は、その作用は完全に除去されております。」

 

弥子が頷く。

 

「今のは本当に安全だから。」

 

遥はカレーを見る。

 

「でも。」

 

「元は銀歯が抜けたのね。」

 

「そこに戻らなくていいから!」

 

     ◆

 

その時。

背後から低い声が聞こえた。

 

「懐かしいな。」

 

弥子の表情が固まる。

ゆっくり振り返る。

 

そこにいたのは脳噛ネウロ。

 

「ネウロ君」

 

「何が懐かしいの?」

 

ネウロはカレーを見る。

「魔界にも似たものがあった。」

 

弥子。

「似たのあるの!?」

 

遥が楽しそうに振り返る。

 

「まあ。」

 

ネウロは笑った。

 

「辛さのあまり、食べた者の歯が抜けるカレーが一時期流行した。」

 

弥子。

「流行らせるな!!」

 

遥。

「魔界でもカレーって食べるの?」

「人間界のものと同じと思うな。」

 

ネウロは淡々と続ける。

「地方によっては、辛さを測る際

 何本の歯が抜けたかを基準にしたこともある。」

 

弥子が即座に突っ込む。

「スコヴィル値を使って!!」

 

ネウロは鼻で笑う。

「脆弱な人間の尺度など知らん。」

「こっちが普通なの!」

 

遥は面白そうに聞いていた。

「それで、そのカレーはどうなったの?」

 

弥子。

「お母さんも質問しないで!」

 

ネウロは答える。

 

「廃れた。」

 

「やっぱり。」

 

「理由は。」

 

ネウロは少し考える。

 

「歯が抜ける程度では刺激が足りなくなったからだ。」

 

弥子。

「魔界怖い!!」

 

遥は感心したように頷いた。

「料理って奥が深いのねぇ。」

 

弥子が慌てる。

「今の話から料理の奥深さを学ばないで!!」

 

     ◆

 

遥は自分のカレーを見た。

 

もう一口。

ゆっくり味わう。

 

「でも。」

 

「何?」

 

「面白いわね。」

 

弥子の警戒心が一気に上がった。

 

「何が?」

 

「最初は問題があったのに。」

 

「作り直して。」

 

「ちゃんと美味しくして。」

 

「名前まで付いて。」

 

「今はこうして、普通にみんなが食べてるんでしょう?」

 

弥子は少しだけ安心した。

 

「うん。」

 

「それはそう。」

 

遥は笑う。

 

「料理って、工夫するの楽しいわよね。」

 

弥子の顔から血の気が引いた。

 

「…………。」

 

ネウロの口元がわずかに吊り上がった。

 

遥はとても明るい声で言った。

 

「よし。」

 

弥子。

「何が?」

 

「久しぶりに。」

 

遥は笑顔だった。

 

「私も料理しようかな。」

 

時間が止まった。

 

弥子のスプーンが皿の上へ落ちた。

 

カラン。

 

「…………。」

 

ネウロ。

「ほう。」

 

弥子がゆっくり母を見る。

 

「お母さん?」

「何?」

 

「今。」

「何て言った?」

 

「料理しようかなって。」

「…………。」

 

弥子の額に冷たい汗が浮かんだ。

 

「何で?」

 

遥が不思議そうにする。

 

「久しぶりに作りたくなったのよ。」

 

「何を?」

「まだ決めてない。」

 

弥子は少し安心する。

 

「そっか。」

「じゃあ決めなくていいよ。」

 

遥。

「どうして?」

 

「思いつかなくても人生困らないから!」

 

ネウロが愉快そうに笑う。

 

「何を怯えている、弥子。」

 

「お前は黙ってて!」

 

「母親が久方ぶりに料理をするのだ。」

 

「喜べ。」

 

「食べる側になってから言って!!」

 

ネウロは即答した。

 

「断る。」

 

「ほらぁ!!」

 

     ◆

 

ネウロは実に楽しそうだった。

 

「桂木遥。」

 

「何?」

 

「作れ。」

 

弥子。

 

「煽るな!!」

 

遥。

「ネウロ君も食べてくれる?」

 

「我輩は食わん。」

 

「なんでよ!」

 

ネウロは弥子を見る。

 

「食べる者ならそこにいる。」

 

弥子が自分を指差す。

 

「私!?」

 

「娘だろう。」

 

「娘を実験台にするな!」

 

遥が頷く。

 

「そうねぇ。弥子ならいっぱい食べてくれるし。」

 

「お母さんまで!!」

 

ネウロはさらに楽しそうになる。

 

「安心しろ。」

 

「何が!」

 

「危険であるほど貴様の反応も面白くなる。」

 

「安心要素ゼロ!!」

 

     ◆

 

そしてちょうど、その近くを一人の青年が通りかかった。

 

白い服。

金髪。

レディオス・ソープ。

 

話の一部を聞いていたらしい。

 

「料理?」

 

弥子の動きが止まった。

 

「…………。」

 

遥が振り返る。

 

「あら。」

 

ソープが尋ねる。

 

「何か作るんですか?」

 

「そうなの。」

 

遥は嬉しそうに答える。

 

「久しぶりに料理しようかなって。」

 

ソープの目が輝いた。

 

弥子はその表情を知っていた。

非常によくない表情だった。

 

「面白そうだね。」

 

弥子。

「言った!!」

 

ソープが首を傾げる。

 

「何が?」

 

「何でもないです!」

 

「いや、あります!」

 

遥が言う。

 

「でも。」

 

「家の台所じゃ、ちょっと狭いのよねぇ。」

 

ソープは即答した。

 

「場所なら僕が用意するよ。」

 

弥子。

「用意しないで!!」

 

「厨房設備も。」

 

「いらないです!」

 

「材料も用意できる。」

 

「揃えなくていいです!」

 

遥が嬉しそうに笑う。

 

「まあ。助かるわ。」

 

弥子。

 

「助けなくていい!!」

 

ソープ。

「何か必要な設備ある?」

 

遥は少し考える。

 

「そうねぇ。」

 

弥子が割って入る。

 

「包丁と鍋だけでお願いします!!」

 

ソープ。

「それだけ?」

 

「それだけで十分です!」

 

ネウロが横から口を挟む。

 

「もっと用意してやれ。」

 

弥子。

「ネウロォ!!」

 

「せっかくの機会だ。」

 

「設備は多い方が良い。」

 

ソープが頷く。

 

「そうだね。」

 

弥子は頭を抱えた。

 

「意気投合しないで!!」

 

     ◆

 

遥は楽しそうだった。

 

ソープも楽しそうだった。

 

ネウロはもっと楽しそうだった。

 

その場で一人。桂木弥子だけが。

未来を悲観していた。

 

「……嫌な予感しかしない。」

 

ネウロが笑う。

 

「良かったな、弥子。」

 

「何が。」

 

「最高の環境が整ったぞ。」

 

弥子は叫んだ。

 

「最悪の環境だよ!!」

 

ホテルのレストランに弥子の声が響いた。

 

 

 

その日ホテルの厨房ではまだ誰も知らなかった。

 

LEDカレーに刺激を受けた一人の女性と、

面白がって設備を用意する一人のMHマイスターと、

安全圏から事態を煽る一人の魔人によって、

新たな料理が生まれようとしていることを。

 

そして

その料理がなぜか黄金に輝くことになるなど。

 

この時の弥子は。

まだ知らなかった。

 

(後編へ続く)

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