守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
避暑地の別荘の裏手にある露天風呂には、
やわらかな湯気が静かに立ちのぼっていた。
木立に囲まれた石組みの湯船。
頭上には、澄んだ夜空。
遠くで虫の声が聞こえ、山の空気はひんやりとしている。
夕食と片づけを終えた女子組は、
先に風呂を使うことになっていた。
桂木弥子。
ラクス・クライン。
アウクソー。
泉京香。
脱衣所に入った瞬間、弥子がまず叫ぶ。
「うわぁぁぁぁ!!」
「なにここ、めっちゃいい!!」
泉が服をたたみながら言う。
「声が大きい」
「別荘中に響きますって」
「だってほんとにいいじゃん!」
弥子。
「露天風呂だよ!?」
「しかも山の中! 旅館じゃなくて別荘の裏にこれってずるい!」
ラクスはやわらかく微笑んだ。
「たしかに、とても素敵ですわね」
アウクソーはタオルを整えながら静かに言う。
「湯温もちょうど良さそうです」
泉がその落ち着きに少し感心する。
「アウクソーさん、こういう時もほんとにぶれませんね……」
「必要以上に騒ぐことではありませんので」
アウクソー。
弥子が振り向く。
「その“必要以上”って言い方がもう強いんだよなあ」
ラクスがくすっと笑う。
「でも、弥子さんが喜んでおられるのも自然だと思いますわ」
「ほら!」
弥子。
「ラクスさんは分かってる!」
泉がぼそりと言う。
「いや、分かってるうえでやさしく受け流してるだけな気がする……」
四人が湯船へ入る。
「はぁ~~~~っ……」
と、弥子が秒で溶けた。
「気持ちいい……」
「なにこれ……」
「人類、なんで毎日露天風呂に入らないの……」
泉が肩まで浸かりながら苦笑する。
「毎日入れる環境じゃないからですよ」
ラクスは静かにお湯へ身を沈める。
「とても落ち着きますわね」
アウクソーも無駄のない動きで入る。
「ええ」
「風の温度との差が心地よいです」
弥子が湯の中で伸びながら言う。
「うわー、もう駄目」
「あたしここに住みたい」
「さっきも別荘見て同じこと言ってませんでした?」
泉。
「いいものは何回でも言うの!」
弥子。
しばらく、
ほんの少しだけ静かな時間が流れた。
湯の音。
虫の声。
木の葉が揺れる気配。
その静けさを、
最初に破ったのはやっぱり弥子だった。
「ねえ」
泉が目を閉じたまま答える。
「嫌な予感しかしないです」
「なんで!?」
弥子。
「まだ何も言ってない!」
ラクスが穏やかに言う。
「お聞きしましょうか」
弥子はにやっとした。
「キラってさ」
「普段からあんなに大変そうなの?」
泉が片目を開ける。
「来た」
ラクスは一拍だけ置いて答えた。
「ええ」
「比較的いつも、あのような感じですわね」
弥子が湯の中でぱしゃっと手を動かす。
「だよね!?」
「今日見てて思ったもん!」
「なんであんないつも調整役なの!?」
アウクソーが静かに言う。
「自然にそうなってしまうのでしょう」
「周囲をよく見ておられますから」
泉も頷いた。
「分かります」
「止める人がいない時に、ちゃんと止めるんですよね」
弥子がふう、と息をつく。
「うん……」
「ネウロと一緒にいると特に分かる」
「あいつ、放っとくとほんと好き放題するし」
「自覚はあるんですね」
泉。
「あるわよ!」
弥子。
「だからたまに気の毒になるの!」
ラクスはお湯の表面を見ながら、少しだけ微笑んだ。
「キラはそういう方ですもの」
その声はやわらかい。
だが、そこで会話が終わる感じもある。
弥子はそれを察したのか、
少しだけ目を細めて言った。
「……ラクスさんってさ」
「なんか優しい言い方するのに、たまに“そこで打ち止めね”って空気出すよね」
泉が吹き出しかける。
「言うんだ、それ」
ラクスはきょとんとした顔をする。
「まあ」
「そう見えますか?」
「見える!」
弥子。
「でも嫌な感じじゃないの」
「“あ、ここで止まっとこ”って分かる感じ」
アウクソーが小さく頷く。
「それは、お強いのでしょう」
泉がちょっと感心する。
「なんか今、きれいに言語化されましたね……」
ラクスは少し困ったように笑った。
「そのようなつもりはありませんのに」
「つもりがなくてあれなら、なお強いんですよ」
泉。
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露天風呂の夜気は、
会話を少しだけ素直にさせる。
弥子が、ふとアウクソーを見る。
「アウクソーさんってさ」
「いつもカイエンさんの近くにいるよね」
アウクソーは落ち着いて答える。
「そうですね」
「大変じゃない?」
弥子。
「いや、カイエンさんって嫌な人じゃないけど、
なんかこう……普通の人ではないじゃん?」
泉が少しだけ慌てる。
「弥子ちゃん、その言い方」
「いやでもそうでしょ!?」
弥子。
「悪口じゃないよ!?」
アウクソーは特に気分を害した様子もなく、静かに言った。
「ええ」
「普通ではありません」
泉が止まる。
「本人肯定した……」
ラクスもわずかに笑う。
「そうですわね」
アウクソーは続けた。
「ですが、マスターはあのようなお方ですので」
「説明になってるようで、なってないような……」
泉。
「でも分かる気はする」
弥子。
「あの人、“そういう人”なんだよね」
「ええ」
アウクソー。
「そして、あのようなお方だからこそ、助けられることもあります」
弥子がちょっとだけ真面目な顔になる。
「ふーん……」
ラクスが静かに言う。
「おそばにいるからこそ、見えるものもございますものね」
アウクソーはわずかに目を伏せた。
「はい」
その一言は、いつもより少しだけ柔らかかった。
泉はそれを見て思う。
この四人、案外悪くない。
最初はどうなることかと思ったけれど、
露天風呂という場もあるのか、
思ったよりちゃんと会話になっている。
……その時だった。
弥子がまたぱっと顔を上げた。
「で、ラクスさんは?」
泉が嫌な予感を覚える。
「何がですか」
「キラとどういう感じなの?」
泉が額を押さえた。
「来たぁ……」
ラクスは静かに瞬きをした。
「どういう、とは?」
「いやもうそのまんま!」
弥子。
「今日もずーっと自然に横にいたし!
料理でも買い出しでも、なんかもう夫婦感あったし!」
泉が小声で言う。
「言うなあ……」
ラクスはごくやわらかく微笑んだ。
「キラは大切な方ですわ」
弥子が湯の中でじたばたする。
「うわ、強っ!!」
泉も思わず笑う。
「真正面から来た……」
アウクソーは静かに目を伏せたまま、
少しだけ口元を和らげていた。
ラクスは続ける。
「ですから、そばにおります」
「それだけですわ」
弥子はしばらく何か言いたそうにしていたが、
結局ふうっと息をついた。
「……なんか」
「真正面すぎて、これ以上いじれない」
泉が頷く。
「分かります」
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だが真面目な空気は、長くは続かなかった。
弥子が急に空を見上げる。
「うわっ」
「星、めっちゃきれい!」
そして勢い余って立ち上がりかける。
泉が即座に言う。
「座って!!」
ラクスも同時に、穏やかな声で言った。
「弥子さん」
「露天風呂では、お静かに」
ぴたり、と弥子が止まる。
「あっ、はい」
泉が目を丸くする。
「止まった……」
アウクソーも静かに言う。
「ラクス様のお言葉は、よく通りますね」
ラクスは少し困ったように微笑んだ。
「そのようなことは……」
弥子が素直に座り直しながら言う。
「いや、なんか今のは逆らっちゃ駄目なやつだった」
泉がものすごく同意する。
「分かる」
四人はそこで、小さく笑った。
夜の露天風呂に、
やわらかな笑いがひとつだけ溶ける。
湯あたりするほど長くは入らず、
そろそろ上がろうかという空気になる。
泉がタオルへ手を伸ばしながら言う。
「……思ってたより平和でしたね」
弥子が即答する。
「えっ、そう?」
「そうですよ!」
泉。
「もっと女子会って大変なことになるかと……」
ラクスは微笑む。
「皆さま、とてもお話しやすかったですわ」
アウクソーも頷いた。
「ええ」
「落ち着いた時間でした」
弥子はちょっとだけ得意げになる。
「でしょ?」
「まあ、あたしがいるから賑やかではあったけど!」
泉が苦笑する。
「そこは否定しません」
ラクスは最後に静かに言った。
「では、次は男性陣にお譲りしましょうか」
その一言で、空気がまた切り替わる。
男子風呂回という、
別方向に濃そうな予感が全員の頭をよぎった。
泉が小さく呟く。
「……あっちはあっちで大変そう」
弥子がにやっと笑う。
「キラ、生きてるかな」
ラクスがやさしく言う。
「きっと、大丈夫ですわ」
アウクソーだけは、ほんの少しだけ間を置いた。
「……そうであるとよいのですが」
泉が止まる。
「えっ」
弥子が笑う。
「うわ、アウクソーさんがそう言うとちょっと不安!」