守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
休日。
ホテルから少し離れた広場では、地域の商店や団体が参加する小さなバザーが開かれていた。
焼きそば、フランクフルト、焼き菓子、手作り雑貨。
その一角に、簡素なテントと長机が並んでいる。
看板に書かれていたのは、『鶏肉のグリーンカレー』
それだけだった。
怪盗Xiは、その看板の前で足を止めた。
「へぇ」
隣にいたバクスチュアルも、鍋から漂ってくる香りに顔を向ける。
「イイ匂イ」
「お腹空いた?」
「ウン」
Xiは財布を取り出した。
「じゃあ、これにしようか。こういうところのカレーって、意外と当たりだったりするんだよね」
「ウン」
二人分を注文する。
受け取った皿を見て、Xiは少し眉を上げた。
「……ずいぶん緑だな」
普通のグリーンカレーより、さらに鮮やかだった。
深い緑。
照明の加減によっては、宝石でも溶かしたような色に見える。
しかし香りそのものは悪くない。
ココナッツミルク。
香辛料。
鶏肉。
そして、青唐辛子らしい刺激的な香り。
Xiはスプーンですくった。
「いただきます」
一口。
少し甘い。
その直後。
辛味が追いかけてくる。
「……!」
Xiは目を見開いた。
「辛っ」
もう一口。
「でも、うまい」
隣を見る。
バクスチュアルは普通に食べていた。
「ウン。美味シイ」
Xiは少し驚いた。
「結構辛くない?」
「少シ」
「少し?」
バクスチュアルはまた一口食べる。
表情はほとんど変わらない。
Xiは自分の皿を見る。
そしてもう一口。
「いや、これ普通に辛いよ?」
「Xiサン、辛イノ苦手?」
「いや、そういう言い方されると僕が弱いみたいじゃないか」
「違ウ?」
「違う」
即答した。
ただし額には、少し汗が浮いていた。
◆
二人はテント脇の簡易テーブルで食べ続けた。
辛い。
しかし、ちゃんと美味しい。
鶏肉も柔らかい。
ココナッツの甘さと青唐辛子の辛さが交互に来る。
Xiは途中から完全に気に入っていた。
「これ、いいな」
バクスチュアルも頷く。
「ウン」
「ホテルのメニューにしてもいいくらいじゃない?」
その時だった。
後ろから聞き覚えのある声がした。
「あら!」
Xiのスプーンが止まる。
振り返る。
桂木遥が立っていた。
満面の笑顔だった。
「食べてくれたのね!」
Xiは、嫌な予感がした。
非常に嫌な予感だった。
「……何を?」
遥は嬉しそうに答えた。
「そのグリーンカレー。今日、私が作ったの!」
Xiの動きが止まった。
バクスチュアルは普通に食べ続けている。
Xiはゆっくり皿を見る。
もう一度、遥を見る。
「…………」
「どうだった?」
「ちょっと待って」
「?」
「今、なんて言った?」
「今日、私が作ったの」
Xiはスプーンを置いた。
「先に言ってよ!!」
少し離れたところから、弥子の声が飛んできた。
「やっぱりそうなるよね!!」
Xiが振り向く。
「弥子!」
「ごめん! 私もXiが食べてるの今気づいた!」
「看板に書いてよ! 『桂木遥製』って!」
弥子は真顔で答えた。
「それ書いたら誰も買わないと思う」
「なお悪いよ!!」
◆
そこへ、さらに何人かがやって来た。
ソープ。
ジョーイ係長。
そしてカイエン。
カイエンはXiの皿を見るなり、ぴたりと止まった。
「……それ」
Xiが睨む。
「何」
「遥さんの料理か?」
「らしいよ」
カイエンは一歩下がった。
「オレは食わん」
Xiは目を細めた。
「師匠、本当に学習したんだ」
「何回痛い目見たと思ってんだヨ!」
ソープが楽しそうに笑う。
「学習したねぇ」
カイエン。
「だから何回言うんだヨ!」
ジョーイ係長は、Xiとバクスチュアルの皿を覗き込んだ。
「で、味はどうなん?」
Xiは少し迷った。
「……美味しい」
「ホンマに?」
「普通に美味しい」
バクスチュアルも頷く。
「ウン。美味シイ」
ジョーイの目が光った。
「来た」
弥子。
「何が?」
「ついに来たで!」
ジョーイは両手を広げた。
「普通に美味い桂木遥料理!!」
弥子。
「その言い方も失礼だよ!」
「いや、重要やろ!」
ジョーイは完全に仕事の顔になっていた。
「変な副作用は?」
Xi。
「今のところない」
「運の前借りは?」
「ない」
「代謝暴走?」
「ない」
「五感全部暴走?」
「ない」
ジョーイは拳を握った。
「これや!!」
◆
その時。
Xiが鶏肉を一つ口に入れた。
噛む。
柔らかい。
もう一度噛む。
カチン。
「痛っ」
Xiは口を止めた。
「……何?」
小さな硬いものを舌で避け、慎重に取り出す。
緑色。
透明感のある、小さな欠片。
Xiは首を傾げた。
「骨?」
バクスチュアルが覗く。
「鶏ノ?」
「軟骨にしては硬すぎる」
ソープが手を差し出した。
「見せて」
Xiは嫌そうな顔をしながら渡す。
ソープは光にかざした。
「……へぇ」
弥子。
「その『へぇ』やめてください」
ソープは欠片を転がす。
鮮やかな緑。
内部まで透き通っている。
「これ、エメラルドっぽいね」
沈黙。
Xi。
「…………は?」
遥。
「まあ!」
弥子。
「また宝石!!」
ジョーイ。
「ちょっと待って」
カイエン。
「やっぱり出たナ」
Xiは頭を抱えた。
「普通に終わらないの!?」
◆
簡易分析。
結果。
ソープの予想は、ほぼ当たっていた。
天然のものと完全に同じかどうかはさらに調べる必要があるが、
少なくとも組成はエメラルドに極めて近い。
ジョーイは震えていた。
「……売れる」
ログナーが、いつの間にか後ろに立っていた。
「何がだ」
ジョーイが振り返る。
「いや、考えてみてください!」
指を折る。
「美味い!」
一本。
「特殊効果なし!」
二本。
「そして、たまにエメラルドの当たり付き!」
三本。
「売れますやん!!」
ログナー。
「食品から宝石が出てくる時点で売れん」
「そこを何とか!」
「ならん」
ソープが楽しそうに言う。
「でも、面白い商品ではあるね」
ログナー。
「陛下。商品化の話ではありません」
「分かってるよ」
ジョーイは遥に詰め寄った。
「再現できます!?」
遥。
「同じように作ればいいんでしょ?」
ジョーイ。
「はい!」
弥子。
「やめた方がいいと思う」
◆
数時間後。
試作二号。
ジョーイが一口食べた。
「…………」
遥。
「どう?」
ジョーイ。
「甘い」
「そう?」
「さっきよりだいぶ甘いです」
エメラルド。なし。
試作三号。
カイエンが遠くから警戒している。
ジョーイが一口。
「…………辛っ!!」
水。
「辛い辛い辛い!!」
Xiも少しだけ味見する。
「ッ!!」
すぐに水を飲む。
「これ、さっきのと全然違う!」
バクスチュアルも一口食べる。
「……ウン」
Xiが振り向く。
「え?」
「少シ辛イ」
Xi。
「少し!?」
バクスチュアルは普通に二口目を食べた。
「デモ、美味シイ」
Xiは唖然とした。
「君、辛さに強すぎない?」
カイエンが皿を覗き込む。
「それ、バスター砲級じゃねぇかヨ」
ソープは笑う。
「出力に個体差があるんだねぇ」
ログナー。
「食品に使う表現ではありません、陛下」
◆
試作四号。
味。ほぼ完璧。
辛さ。適度。
エメラルド。三個。
ジョーイは頭を抱えた。
「なんでや!!」
遥は首を傾げる。
「同じように作ったんだけど」
「同じ材料ですよね?」
「そうよ」
「同じ鍋?」
「そうよ」
「同じ手順?」
「たぶん」
ジョーイ。
「たぶん!?」
弥子は遠い目をしていた。
「お母さんの料理に再現性を求めた時点で……」
ジョーイ。
「せやけど惜しいねん!!」
「味はええ!」
「見た目もええ!」
「話題性なんか最高や!」
「なのに!」
両手で頭を抱える。
「品質管理ができへん!!」
ログナー。
「だから通行止めだ」
「分かってます!!」
◆
ソープは最初のカレーの鮮やかな色を眺めていた。
「これだけ緑だと、名前を付けたくなるね」
Xiが警戒する。
「何」
「ヤクト・ミラージュ」
Xi。
「やめて」
「グリーンレフト」
「やめてって」
カイエンが笑う。
「たまにバスター砲級の辛さになるしナ」
Xi。
「余計にやめてよ!!」
ソープ。
「ヤクト・ミラージュ・グリーンレフトカレー」
Xi。
「長い!!」
バクスチュアル。
「Xiサン、レフト候補」
Xiはバクスチュアルを見る。
「君まで乗らなくていいから!」
「ウン」
そう言いながら、バクスチュアルは激辛の試作三号を普通に食べていた。
Xi。
「それまだ食べるの?」
「美味シイ」
「口どうなってるの?」
◆
結局。
ヤクト・ミラージュ・グリーンレフトカレー。
通称。
ヤクト・ミラージュカレー。
正式商品化。
不可。
理由。
味が毎回違う。
辛さも毎回違う。
色も微妙に違う。
そして。
まれにエメラルドが生成される。
ジョーイ係長にとっては、これ以上なく惜しい商品だった。
「再現できたら絶対売れるのに……」
遥は困ったように笑った。
「また作りましょうか?」
ジョーイが一瞬だけ顔を上げる。
そして。
ログナーを見る。
ログナーは首を横に振った。
ジョーイは肩を落とした。
「……趣味の範囲でお願いします」
弥子。
「そこまで譲るんだ……」
◆
帰り道。
Xiはバクスチュアルと並んで歩いていた。
「結局、何も起きなかったね」
「ウン」
「エメラルドは出たけど」
「ウン」
「変なバフもデバフもなし」
「ウン」
Xiは少し考える。
「……じゃあ、当たりだったのかな」
バクスチュアル。
「美味シカッタ」
Xiは笑った。
「まあ、それはそうだね」
少し歩く。
バクスチュアルが言った。
「マタ食ベタイ」
Xi。
「……」
「辛イノ」
Xi。
「僕は普通の辛さでいいよ」
「Xiサン、辛イノ苦手」
「違うって!」
遠く。
バザー会場から遥の声が聞こえた。
「次はもう少し辛くしてみようかしら!」
Xiは振り返った。
「やめて!!」
その日。
桂木遥の料理から。
金でも。
白金でも。
真珠でもない。
新しい宝石が見つかった。
鮮やかな緑。
エメラルド。
そして同時に。
怪盗Xiは知った。
バクスチュアルは、妙に辛さに強い。
どちらがより意外だったか。
Xiには。
まだ決められなかった。