守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
町内会の小さなイベントを数日後に控えた午後。
桂木遥は、買い物袋を提げて商店街を歩いていた。
今度の催しでは、町内会の有志で軽食を出すことになっている。
遥が担当するのは、カレーだった。
「何人分くらいだったかしら……」
そんなことを考えながら歩いていると。
「カレーを作るのかい?」
不意に声をかけられた。
遥が振り返る。
長い黒髪。
髭。
そして、妙に印象に残る笑顔。
シックスだった。
もっとも。
遥は彼が何者なのか知らない。
「ええ。今度、町内会のイベントがあるんです」
「なるほど」
シックスは微笑んだ。
「それなら、ちょうどいいものがある」
懐から小さな包みを取り出す。
「私の一族に伝わる、特製のカレールーでね」
「まあ」
遥の目が輝いた。
「いただいていいんですか?」
「ああ」
シックスは包みを差し出す。
「慣れるとクセになる味だ」
「ありがとうございます!」
遥は何の疑いもなく受け取った。
もちろん。
シックスは説明していない。
そのカレールーには。
常人が食べれば、口内の金属製の詰め物や銀歯が抜け落ちるほどの刺激を伴う、彼の一族自慢の余計な作用が仕込まれていることを。
「それでは、存分に使うといい」
「はい!」
遥は笑顔で頭を下げた。
シックスも笑った。
ただし。
こちらの笑顔の意味は、まったく違った。
◆
イベント当日。
広場にはテントが並んでいた。
焼きそば。
フランクフルト。
菓子。
飲み物。
そして。
カレー。
桂木弥子が町内会のテントへやって来ると、母親が大鍋の前に立っていた。
「お母さん、手伝いに来たよ」
「あら弥子。ちょうどよかった」
「どう? カレー」
「できてるわよ」
遥が鍋の蓋を開けた。
弥子は中を見る。
「…………」
しばらく動かなかった。
遥。
「どうしたの?」
弥子。
「お母さん」
「なあに?」
「これ、カレーだよね?」
「そうよ?」
弥子はもう一度鍋を見る。
青かった。
ものすごく青かった。
水色ではない。
紺色でもない。
澄んだ、鮮烈な青。
食欲という概念に対して正面から喧嘩を売っているような色だった。
「なんで!?」
「何が?」
「なんでカレーがこんなに青いの!?」
遥も鍋を見る。
「綺麗でしょう?」
「料理に対して最初に出てくる感想じゃないよ!!」
遥は不思議そうに首を傾げた。
「フツーに作っただけなんだけど」
弥子は頭を抱えた。
「またそれ!!」
◆
そこへシン・アスカがやって来た。
「何かすごい色してますね」
弥子。
「シン、食べる?」
「なんで俺で試そうとするんですか!」
「いや、そういうつもりじゃ」
シンは青い鍋を覗き込んだ。
匂いは。
普通にカレーだった。
むしろ、かなり良い匂いがする。
「見た目だけですね、変なの」
遥。
「味見してみる?」
シンは少し迷った。
そして。
「……まあ、少しだけなら」
一皿。
青いカレーが盛られる。
シンはスプーンを持ち、一口。
「…………」
弥子。
「どう?」
もう一口。
「うまい」
弥子。
「え?」
「普通にうまいですよ」
シンは首を傾げる。
「ちょっと辛いけど、コクもあるし」
遥が嬉しそうに笑う。
「よかった」
シン。
「見た目さえ気にしなければ、フツーに食えます」
背後から。
「なるほど」
声。
岸辺露伴だった。
泉京香も一緒にいる。
「先生!? またこういうところに!」
露伴は青いカレーを凝視していた。
「この色は凄いな」
泉。
「褒めるところですか!?」
露伴。
「食欲を減退させそうな色なのに、匂いは明らかにカレーだ」
身を乗り出す。
「人工着色料か?」
遥。
「使ってませんよ」
露伴。
「ならどうやってこの色に?」
遥。
「フツーに作っただけです」
露伴の目が輝いた。
「面白い」
弥子。
「先生まで!!」
◆
少し離れた場所から。
その様子を見ていた男がいた。
シックスだった。
本来なら。
今頃。
数人は口元を押さえているはずだった。
誰かの銀歯が落ちる。
誰かの詰め物が外れる。
そんな小さな混乱を眺めるつもりだった。
だが。
シンは二杯目を食べていた。
「これ、見た目慣れると普通ですね」
シックス。
「…………」
露伴も少量を口にしている。
「味はまともだ」
シックス。
「…………」
泉。
「先生、“まとも”って褒めてるんですか?」
露伴。
「見た目と味の落差がいい」
シックスの眉がわずかに動いた。
そこへネウロまで現れた。
「ほう」
青い鍋を見る。
「人間界にもずいぶん毒々しい料理があるものだな」
弥子。
「見た目だけだから!」
ネウロ。
「では我輩は食わん」
「最初から食べる気ないでしょ!」
シックスは黙っていた。
ネウロが彼に気づく。
口元が歪む。
「何だ。貴様もいたのか」
「……見物だ」
「そうか」
ネウロは、シンの皿を見る。
「ずいぶん評判が良いではないか」
シックス。
「…………」
「何か不満でも?」
「黙れ」
◆
そのうち。
弥子が気づいた。
「そういえば、お母さん」
「なあに?」
「このカレー、いつもの作り方?」
「だいたい」
嫌な言葉だった。
「ルーは?」
「もらったの」
弥子の動きが止まる。
「……誰に?」
遥は少し考えた。
「なんか……髭を生やした、ロン毛の親切なおじさん」
弥子。
「怪しさ大爆発じゃん!!」
遥。
「そう?」
「そうだよ!!」
弥子は周囲を見回す。
そして。
少し離れた場所で、しれっと立っているシックスを見つけた。
「…………」
シックス。
「…………」
弥子。
「アンタかァ!!」
シックスは肩をすくめた。
「何の話かな」
「お母さんにカレールー渡したでしょ!」
「食材を提供しただけだ」
「絶対なんか仕込んでるでしょ!!」
「失礼だな」
ネウロ。
「仕込んでいる顔だが」
シックス。
「貴様は黙っていろ」
◆
ログナーとソープも呼ばれた。
事情を聞いたログナーの第一声は。
「全員、いったん販売を止めろ」
ジョーイ係長も飛んできた。
「またですか!?」
弥子。
「またです!」
ジョーイ。
「今度は何が!」
弥子。
「シックスのカレールーを、お母さんが調理しました!」
ジョーイ。
「混ぜたらアカンもん混ざっとる!!」
シックスが不満そうに言う。
「私のカレーを一緒にするな」
弥子。
「原因の片方が何言ってるの!」
ログナーは成分を確認する。
しばらくして。
「妙だな」
シックスの目が細くなる。
「何がだ」
「お前の通常のカレーに見られる作用が出ていない」
シックス。
「……何?」
ログナー。
「口内の金属製補綴物へ影響する成分反応が、ほぼ確認できん」
弥子。
「じゃあ銀歯は抜けないの?」
「ああ」
シン。
「じゃあ普通に食えるじゃないですか」
シックスが嫌そうな顔をした。
「……普通に食える?」
シン。
「はい」
もう一口食べる。
「味は良いですよ」
露伴。
「確かに」
シックス。
「…………」
露伴は青いカレーを観察しながら続ける。
「むしろ元の状態より、こちらの方が取材対象としては面白い」
シックス。
「貴様は黙っていろ」
露伴。
「なぜ僕が?」
◆
シックスは遥の方を向いた。
「何をした?」
遥。
「え?」
「私が渡したルーに、何をした」
「フツーにカレーを作っただけですけど」
「そんなはずはない」
遥は少し考える。
「あ」
全員が注目した。
遥。
「最初、なんか辛すぎかなぁ……って思ったから」
シックス。
「……だから?」
遥。
「蜂蜜で調節したわ」
シックス。
「そういう問題ではない!」
弥子。
「今日一番大きい声出した!」
遥。
「じゃあ牛乳かしら?」
シックス。
「それも違う!」
「ヨーグルト?」
「違う!!」
「りんごも少し」
「調味料の一覧を聞いているのではない!」
遥。
「でもカレーの話でしょう?」
弥子。
「そこは合ってるんだけど!!」
ソープは隣で楽しそうだった。
「面白いねぇ」
ログナー。
「陛下」
「言っただけだよ」
◆
その時。
カチン。
シンのスプーンが何かに当たった。
「ん?」
皿の中から、小さな青い粒を取り出す。
「何だこれ」
弥子。
「まさか」
ソープが受け取る。
光にかざす。
透明感のある。
濃い青。
「……サファイアみたいだね」
弥子。
「また宝石!!」
遥。
「まあ!」
「“まあ”じゃない!!」
シックスだけは。
別の意味で固まっていた。
「…………」
ソープ。
「どうしたの?」
シックス。
「待て」
青い粒を奪うように受け取る。
「これはどこから出た?」
シン。
「カレーですけど」
「そんなことは分かっている!」
さらに皿。
もう一皿。
別の客が食べ残した皿。
一粒。
また一粒。
全部に入っているわけではない。
だが。
いくつか。
サファイアらしき青い粒が見つかった。
ジョーイの顔が引きつる。
「……何食分出しました?」
遥。
「二十食くらい?」
「見つかったんは?」
ログナー。
「今のところ四粒だ」
ジョーイ。
「じゃあ、もう客の腹ん中に入っとる可能性あるやん!!」
弥子。
「そこ!!」
急に現実的な問題になった。
露伴はむしろ目を輝かせる。
「料理中にサファイアが生成された?」
泉。
「先生、喜ばないでください!」
◆
簡易分析。
結果。
少なくとも。
サファイアに極めて近い物質だった。
シックスは黙り込んでいた。
珍しく。
本当に理解できていない顔だった。
ネウロが楽しそうに言う。
「どうした」
「…………」
「貴様の悪意より、この女の料理の方が強かったか?」
シックス。
「違う」
「では説明してみろ」
「…………」
ネウロ。
「できんのか」
シックス。
「黙れ」
弥子。
「ちょっと」
全員が弥子を見る。
弥子はシックスを指差した。
「アンタ、もしかして」
「何だ」
「お母さんに負けたの?」
「負けていない」
「でも仕込んだ効果、消されたんでしょ?」
「消されたのではない」
「じゃあ何?」
「……分からん」
一瞬。
静かになった。
ソープ。
「シックスが分からないんだ」
ログナー。
「陛下。楽しそうに言わないでください」
◆
ジョーイは腕を組んでいた。
「味よし」
シックス。
「何を始める気だ」
「見た目のインパクトよし」
「やめろ」
「副作用なし」
「やめろと言っている」
「しかも、たまにサファイア付き」
目が輝く。
「これ、イベント限定なら!」
ログナー。
「再現できん」
ジョーイ。
「分かってますわ!!」
ソープ。
「でも売れそうだねぇ」
ログナー。
「陛下」
「分かってるって」
シックス。
「なぜ私のカレーが商品企画会議にかけられている」
弥子。
「もうアンタのカレーじゃないんじゃない?」
シックス。
「…………」
それが一番。
気に入らなかったらしい。
◆
シックスは遥の前に立った。
「もう一度作れ」
遥。
「カレーを?」
「ああ」
「いいですよ」
弥子。
「やるの!?」
◆
翌日。
同じルー。
同じ鍋。
同じ材料。
可能な限り同じ手順。
遥はカレーを作った。
全員が見守る。
完成。
蓋を開ける。
茶色。
普通のカレーだった。
シックス。
「…………」
遥。
「あら」
弥子。
「普通だ」
ソープ。
「普通だね」
ログナー。
「普通だな」
シンが一口食べる。
「普通にうまいです」
サファイア。
なし。
銀歯への作用。
なし。
シックス。
「…………」
遥。
「今日は普通にできましたね」
シックスの眉が動く。
「昨日も普通に作ったと言っただろう!!」
遥。
「そうでしたっけ?」
弥子。
「お母さんに再現性を求めちゃダメなんだって!」
シックス。
「なぜだ!!」
弥子。
「こっちが知りたいよ!!」
◆
その日の夕方。
シックスは一人。
青いカレーの分析結果を眺めていた。
彼の仕込んだ作用。
消失。
原因。
不明。
カレーの青色化。
原因。
不明。
サファイア生成。
原因。
不明。
翌日の再現実験。
失敗。
シックスは紙を置いた。
「……理解できん」
珍しく。
心の底から。
そう呟いた。
少し離れた場所では。
遥が弥子に話している。
「今度はシチューにしてみようかしら」
弥子。
「もう新作考えなくていいよ!」
ソープ。
「僕は見てみたいな」
ログナー。
「陛下」
ネウロ。
「我輩もだ」
弥子。
「増えないで!!」
そして。
シックスは。
その会話を聞きながら。
小さく顔をしかめた。
悪意は。
善意に敗北した。
……のではない。
少なくとも。
本人はそう主張するだろう。
ただ。
確実に言えることが一つだけあった。
シックスの悪意は。
桂木遥の善意1000%の調理工程を通過した結果。
何かよく分からない青いカレーと、サファイアに上書きされた。
嘘は。
一つもなかった。