守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
コンパス管理下の大型機保管施設。
アウト・ミラージュが運び込まれてから、一カ月以上。
その間に、いつの間にかこの場所は『アウト・ミラージュ区画』と呼ばれるようになっていた。
もちろん、正式な保管契約を結んだわけではない。
あくまで仮置き。
暫定措置。
そのはずだった。
しかし。
「日々の点検用マニュアルなら、既に完成しています!」
アルバート・ハインラインが、分厚いファイルを掲げていた。
Xiは、しばらく絶句していた。
「…………」
「どうしました?」
「……それ、いつ作ったの?」
「もちろん、アウト・ミラージュの搬入直後からです!」
「最初から既成事実化する気満々だったの?!」
「違いますよ! 機体を預かる以上、適切な管理は必要でしょう?」
「それは、まあ……」
キラ・ヤマトが頷いた。
「アルバートさんの言うことも、そこは間違ってないよ。預かっている間に何かあったら困るし」
「……そうだよね」
Xiも渋々納得する。
所有者として、機体を適切に保管してもらえるのはありがたいことだ。
少なくとも、雨ざらしになっているよりは遥かに良い。
アルバートは嬉しそうにファイルを開いた。
「では、ご説明しましょう!」
「……その嬉しそうな顔が、なんか不安なんだけど」
「まず、機体周辺の安全確認、外装の異常確認、格納区画の温度・湿度管理、固定状態の確認、さらに緊急時の対応手順まで!」
「……うん」
「既に一カ月分以上の点検記録もあります!」
「……うん?」
「そして、このファイルが日常点検マニュアルの最新版です!」
Xiが表紙を見た。
『アウト・ミラージュ 日常点検マニュアル』
『第四版』
「…………」
Xiは、そっと指をさした。
「第四版?」
「はい!」
「……なんで、もう四回も改訂してるの?」
「運用しながら改善を重ねましたので!」
「仮置きの運用実績を積み上げないで!!」
アスラン・ザラが、横からファイルを覗いた。
「……内容そのものは妥当だな」
「アスラン?!」
「機体に触れずに確認できる項目が中心だ。安全管理としては必要だろう」
「そ、そうなんだ……」
Xiは少し安心した。
だが。
「ちなみに」
アスランがページをめくる。
「ここにある『標準格納状態』という表現は改めた方がいい」
「え?」
アルバートが首を傾げる。
「なぜです?」
「正式な保管契約がない以上、これは暫定状態だ」
「ああ、そういうことですか」
Xiが勢いよく頷いた。
「そう! そういうこと!!」
アルバートはペンを取り出した。
「では、『暫定標準格納状態』に修正します!」
「標準を消して!!」
早くも、先行きが怪しかった。
* * *
「……そもそもさ」
Xiはファイルをめくりながら言った。
「なんでこんなに書類が多いの?」
「大型機を保管する以上、当然ですよ」
アルバートが答える。
「こちらが毎日の点検記録、こちらが週次報告書、こちらが月次の設備利用記録、それから緊急時の連絡体制表です」
「……月次?」
「はい!」
「月次報告ができるくらい置いてるんだ……」
Xiの声が遠くなる。
キラが苦笑した。
「実際、一カ月以上経ってるからね」
「そうだけど!」
バクスチュアルが、隣から記録簿を覗く。
「……毎日、確認シテル」
「そうみたいだね」
「丁寧」
「うん。そこは本当にありがたいんだけど」
Xiは首を傾げた。
「なんか、もう……完全にここがアウト・ミラージュの居場所になっちゃってない?」
「まあ、現場の人間からすればそうなるだろうな」
アスランが答えた。
「毎日同じ機体が置いてあれば、そこを基準に作業手順を組む」
「それが怖いんだよ!」
アルバートは胸を張った。
「ご安心ください! 整備員の皆さんも、既にアウト・ミラージュの存在に慣れています!」
「慣れないで!!」
「通路の確保も完了しています!」
「いや、通路は確保して!」
「機体周辺の立入制限区域も設定済みです!」
「それも必要!」
「現場では『アウト・ミラージュ区画』という呼称が定着しました!」
「それは嫌!!」
アルバートが目を丸くした。
「……どこまでが駄目なんです?」
「僕も分からなくなってきたよ!!」
キラが笑いを堪えながら言った。
「Xi、保管に必要なことと、正式にここへ置くと決めることは、分けて考えた方がいいんじゃないかな」
「……そうだね」
Xiは一度、息を吐いた。
確かに、必要な点検まで否定するのは筋違いだ。
問題は、その積み重ねをもって、誰かが勝手に保管先を決めたことにしてしまうこと。
「……よし」
Xiは顔を上げた。
「じゃあ、ちゃんと確認するよ」
「どうぞ!」
アルバートが笑顔になる。
「点検って、具体的にどこまでやってるの?」
「基本的には外観確認です!」
「中には?」
「立ち入っていません!」
「装甲を開けたりは?」
「していません!」
「部品を外したり?」
「もちろん、していません!」
「……本当?」
「当然です!」
Xiは少しだけ胸を撫で下ろした。
「なんだ。それなら……」
しかし。
アルバートは、そこで付け加えた。
「非常に残念ですが!!」
「おい!!」
Xiが即座に反応した。
「なんで残念なの?!」
「だって、これほど興味深い機体が目の前にあるんですよ?! なのに内部構造を直接確認することすらできないなんて!」
「仮置きだよ! 勝手に内部に触ったら駄目じゃん!」
「だから我慢しているんです!」
「我慢してることをそんなに強調しないで!!」
アスランが眉間を押さえた。
「アルバート。お前の技術者としての好奇心は理解するが、管理責任とは別だ」
「分かっています!」
「ならいい」
「ただ、やはり内部構造を把握できれば、より高度な点検が可能になるのですが!」
「……アルバート」
「はい?」
「今のは要望か?」
「希望です!」
「同じだ」
Xiは頭を抱えた。
「もう、アルバートにとって『点検』と『研究』の境目が曖昧なんだよ!!」
「違います! 研究ではなく、構造の理解です!」
「それを研究って言うんだよ!!」
* * *
ところが。
話は、まだ終わらなかった。
「とはいえ、内部に触れられない以上、できることには限界がありますからね」
アルバートは別の端末を取り出した。
「そこで、非破壊検査と外観の写真撮影、それから簡易的なスキャナーによる確認も行いました!」
Xiが固まった。
「…………」
「おかげで、一部の関節構造については三次元画像も取得できました!」
「…………」
キラが顔を上げた。
「……アルバートさん?」
「はい?」
アスランの表情も変わる。
「今、何と言った?」
「ですから、非破壊検査と簡易的なスキャナーによる……」
「待って待って待って!!」
Xiが両手を突き出した。
「さっき、目視の範囲って言ったよね?!」
「ええ!」
「スキャナーは目視じゃないよね?!」
「広義の観察です!」
「広げるな!!」
「機体に損傷は与えていませんよ?!」
「そういう問題じゃない!!」
アルバートは、まだ納得していなかった。
「ですが、検査機器を使うこと自体は、一般的な大型機の管理でも行われています!」
「それは分かるけど、アウト・ミラージュは普通の大型機じゃないでしょ?!」
「そこが興味深いんです!」
「興味深がるな!!」
アスランが端末を受け取った。
「……外観写真だけではないな。関節部の内部に近い構造まで可視化されている」
「はい!」
「取得について、A.K.D.側の許可は?」
「……え?」
アルバートが瞬いた。
「施設内で使用を認められている検査機器ですが」
「機器の使用許可と、対象機体の技術情報を取得する許可は別だ」
「…………」
ここに来て、アルバートの表情が少し変わった。
「……確かに、そうですが」
その時だった。
「拝見してもよろしいでしょうか」
静かな女性の声がした。
一同が振り向く。
そこに立っていたのは、アウクソーだった。
ログナーの指示を受け、アウト・ミラージュの保管状況を確認しに来ていたのである。
アウクソーは端末の表示を確認した。
わずかに目を細める。
そして。
「……極秘機密です」
声の調子は変わらない。
「廃棄してください」
「えっ」
アルバートが固まった。
「ですが、これは非破壊検査で取得したもので」
「承知しています」
「機体には一切手を加えていません!」
「それも承知しています」
「でしたら!」
アウクソーは、静かに告げた。
「機体を傷つけていないことと、機密情報を取得してよいことは、別の問題です」
アルバートが言葉に詰まった。
Xiは思わず叫んだ。
「アウクソーさん、ありがとう!!」
* * *
「アウト・ミラージュは、A.K.D.の機密技術を用いたモーターヘッドです」
アウクソーは、穏やかな口調で説明を続けた。
「保管中の安全確認は必要です。しかし、保管目的を超えた構造情報の取得は、認められていません」
「……ですが」
アルバートが食い下がる。
「一部の構造が分かれば、異常の発見に役立つ可能性が!」
「必要な点検項目と、そのために開示できる情報は、A.K.D.側で判断します」
「では、取得済みのデータの一部だけでも保存を」
「廃棄してください」
「関節部分だけでも!」
「廃棄してください」
「私の研究メモは?!」
「内容を確認します」
「そこまで?!」
Xiが思わず口を挟んだ。
「そこまでだよ!!」
アスランも頷いた。
「当然だ。単にファイルを削除すれば済むという話でもない。保存先や複製の有無も確認する必要がある」
「……バックアップも?」
アルバートが尋ねた。
「もちろんだ」
「…………」
キラが申し訳なさそうに言った。
「アルバートさん。気持ちは分かるけど、今回はちゃんと対応しよう」
アルバートは、深いため息をついた。
「……分かりました」
アウクソーは頷いた。
「ありがとうございます。今後、安全上必要な検査があれば、先にご相談ください」
ちょうどそこへ、ログナーがやって来た。
報告を受けた彼は、端末を一瞥する。
「……そうか」
短い返事だった。
アルバートが慌てて説明する。
「ログナー司令! 決して悪意があったわけでは!」
「分かっている」
「なら!」
「だが、許可はしていない」
「…………」
「取得した技術情報の利用は、通行止めだ」
いつもの一言。
しかし、今回は重かった。
「記録の監査と、対象データの消去を確認する。今後は事前に承認された項目のみ実施しろ」
「……承知しました」
アルバートが肩を落とす。
Xiは、その姿を見て少し複雑な顔をした。
「……あのさ」
「はい?」
「アルバートが、壊したり盗んだりするつもりでやったんじゃないのは、僕も分かるよ」
「ありがとうございます!」
「でも、それと許可なく調べていいかは別だからね」
「……はい」
「僕だって、アウト・ミラージュのことを全部知ってるわけじゃない。だから、知らないうちに何かされるのは困るんだよ」
アルバートは、しばらく考えてから頷いた。
「……そうですね」
そこへ、バクスチュアルが小さく言った。
「Xiサンノ、機体」
Xiが振り向く。
「ウン」
「Xiサンガ、決メル」
「……そうだね」
Xiは、少しだけ笑った。
「ありがとう」
ログナーも、黙ってそれを見ていた。
* * *
その後。
取得された画像データは、アウクソーとコンパスの管理担当者の立ち会いのもと、保存先と複製の有無を確認した上で消去された。
保管作業の安全確認に必要な通常の記録は残し、機密技術に関わる情報のみを対象として処理された。
アルバートは最後まで名残惜しそうだったが、手続きには従った。
「……せっかく、あんなに綺麗な三次元画像が撮れたのに」
「未練を口に出さないで!!」
Xiのツッコミが飛ぶ。
アウクソーは静かに言った。
「正規の点検資料については、必要な範囲で提供できます」
アルバートの顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか?!」
「はい」
「では、機体の全構造図や制御系統の技術資料なども!」
「提供できません」
「即答?!」
「必要な範囲です」
「…………」
アルバートは再び肩を落とした。
アスランが、その様子を見て呟く。
「……今後の点検項目は、一度整理し直す必要があるな」
「そうだね」
キラも頷く。
「安全管理のために必要なことは続けたいし、機密情報の取り扱いははっきりさせないと」
Xiは腕を組んだ。
「でも、正式な保管契約はまだ決めてないよ?」
「もちろんだ」
アスランが答える。
「今はあくまで一時保管中の暫定管理規則だ」
「……そこ、大事だからね」
「分かっている」
アルバートも頷いた。
「では、マニュアルを改訂します!」
「……うん」
「第五版ですね!」
「もう第五版?!」
「改善を重ねることは大切です!」
「そうだけどさぁ!!」
キラが笑う。
「でも、今度はちゃんと『仮置き』って書いてもらおうか」
「そうだね!」
Xiは勢いよく頷いた。
「表紙にも大きく!」
「承知しました!」
* * *
翌日。
改訂されたマニュアルが、Xiの前に置かれた。
『アウト・ミラージュ』
『大型機一時保管区画』
『暫定日常点検マニュアル 第五版』
そして、表紙の中央には大きな文字。
《仮置き中》
「……よし!」
Xiが満足げに頷く。
「今度はちゃんと分かってるね!」
アルバートは胸を張った。
「もちろんです! Xiさんのご要望通り、暫定管理用として整理しました!」
「うんうん」
「点検範囲も、承認済みの外観確認と周辺環境確認に限定しています!」
「素晴らしい!」
「機密技術に関わるスキャンや解析も禁止事項として明記しました!」
「完璧じゃないか!」
Xiは思わず拍手した。
キラも笑顔になる。
「これなら安心だね」
「うん!」
アスランは黙ってページをめくっていた。
そして。
「……アルバート」
「はい?」
「この最後の項目は何だ?」
Xiが振り向く。
「え?」
アスランは一枚のページを示した。
そこには、
『今後の検討事項』
と書かれていた。
その下に。
『機体稼働時の状態確認』
『駆動系統の動作検証』
『操縦系統の反応確認』
『始動に必要な条件の調査』
Xiは、ゆっくりと顔を上げた。
「…………アルバート?」
「はい!」
「これ、何?」
「今後の検討事項です!」
「……なんで?」
「やはり、静止した状態での外観点検だけでは限界がありますから!」
「…………」
アルバートは、嬉しそうに説明を続けた。
「本当に適切な保管・整備を行うには、一度エンジンを始動して、実際に動作させた状態を確認するのが理想的なんですよ!」
Xiの顔が引きつった。
「……いや、待って」
「ですが、そのためには問題がありまして」
「問題?」
「はい!」
アルバートは、真剣な顔になった。
「始動キーを何とかして入手する方法を考えねばなりません!」
「考えなくていいッ!!」
格納庫に絶叫が響いた。
アスランが深いため息をつく。
「……アルバート」
「はい?」
「検討事項を追加する前に、所有者に相談しろ」
「まだ検討段階ですよ?!」
「だから言っている」
キラは苦笑しながらXiを見た。
「……また一つ、問題が増えたね」
「増やしてるの、アルバートだよ!!」
アルバートは、至極真面目な顔で言った。
「しかし、機体を動かさずに性能を把握するにも限界が」
「性能を把握するな!! 保管して!!」
バクスチュアルが小さく呟いた。
「……Xiサン、大変」
「うん……」
Xiは、アウト・ミラージュを見上げた。
巨大な白銀の騎体。
自分だけの専用機。
以前よりは、確かに愛着が湧いている。
置き場所も、自分で決めようと思うようになった。
だからこそ。
「……絶対、僕の知らないところで勝手に動かさせないからね」
そう呟くXiの横で。
アルバート・ハインラインは、まだ諦めていなかった。
「……実に惜しいですね」
「何が?!」
「始動キーさえあれば、整備の可能性が格段に広がるのですが」
「整備って言葉を便利に使わないで!!」
アスランが言った。
「アルバート」
「はい?」
「次に妙なことを考えたら、点検担当から外すぞ」
「……分かりました」
アルバートは、ようやく黙った。
しかし。
その頭の中で、一つの疑問が浮かんでいた。
始動キーが借りられないのなら、別の方法はないのだろうか。
もちろん、それを口にはしなかった。
今のところは。
そしてXiは、まだ知らない。
モーターヘッドの始動キーに、並々ならぬ興味を示しそうな者が、この世界線には他にもいることを。
かつて、カイエンのシュペルターのキーを盗んだことさえある。
魔界の住人が。
……いたりするのである。
* * *
ちなみに。
その日の午後。
格納庫の入口に、新しい表示板が設置された。
『アウト・ミラージュ区画』
その下には、小さく。
『※一時保管中』
と追記されていた。
Xiは、しばらくそれを眺めていた。
「…………」
通りかかった整備員が尋ねる。
「どうされました?」
「……これ、誰が作ったの?」
「ああ、アルバートさんが」
「やっぱりアンタかァァァァァ!!」
アルバートの仕事は、今日も早かった。