守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
避暑地の別荘は、まだ完全には目を覚ましていなかった。
窓の外にはやわらかな朝靄。
木々の間を抜ける光は白く、
山の空気は冷たく澄んでいる。
そんな中、最初に起きていたのは、
やはりアウクソーだった。
静かに階段を下り、
足音も立てずにキッチンへ入る。
昨夜の片づけは済んでいる。
シンクは整い、作業台も空いている。
アウクソーはまず冷蔵庫を開け、
買っておいた朝食用のパン、ヨーグルト、飲み物を確認した。
次にお湯を沸かし、
食器を出し、
人数分の流れを頭の中で組み立てる。
その一連の動きに、迷いはない。
そこへ、もそもそとした足音が近づいてきた。
「……おはよー……」
桂木弥子だった。
髪は少し跳ねている。
目はまだ半分眠そう。
だが、腹だけは起きていた。
「なんか目が覚めた……」
「おなか空いた……」
アウクソーは振り向き、静かに一礼した。
「おはようございます」
「ちょうど朝食の準備を始めるところです」
弥子の目が一気に開く。
「やっぱり!」
「なんかキッチンに“食べ物の気配”あったもん!」
「気配で起きるの!?」
と、後ろから声。
泉京香だった。
まだ眠そうだが、弥子の気配に起こされたらしい。
「おはようございます、泉様」
アウクソー。
「おはようございます……」
泉はあくびを噛み殺しながら言う。
「早いですね、ほんとに」
弥子が胸を張る。
「早起きは三文の徳よ!」
泉が半目で返す。
「弥子ちゃんの場合、それ“徳”じゃなくて“朝食先取り”では?」
「否定できない!」
アウクソーは淡々とパンを並べ始めた。
「パンは軽く温めます」
「ヨーグルトと、ジャム類もございます」
弥子が冷蔵庫をのぞきこんで目を輝かせる。
「うわっ」
「ちゃんとヨーグルトある!」
泉が笑う。
「昨日買ってたでしょ」
「いや、あると嬉しくて!」
アウクソーは横目でそれを見つつ、
すでにコーヒー用と紅茶用のお湯を分けている。
泉が思わず言った。
「……すごい」
「朝のキッチンが、もう完全に回ってる」
「必要なだけです」
アウクソー。
弥子がパンの袋を抱えながら言う。
「この人ほんと強いなあ……」
二階から、次に下りてきたのはラクスだった。
髪も服装もきちんと整っていて、
起き抜け感がほとんどない。
「おはようございます」
と、やわらかく微笑む。
「おはようございます、ラクス様」
アウクソー。
弥子がじっと見る。
「ラクスさん、なんで朝からそんな完成されてるの……?」
泉も小さく頷く。
「分かります」
「私なんてまだ半分寝てますよ」
ラクスは少し困ったように笑った。
「慣れでしょうか」
「その“慣れ”が強いんですよ……」
泉。
ラクスは自然に皿を手に取る。
「何かお手伝いできますか?」
「でしたら、ヨーグルトをお配りいただけますか」
アウクソー。
「ええ、喜んで」
ラクス。
女子側の朝は、妙に平和だった。
そこへ、
一階の男子部屋側から、ふらっとキラが現れる。
「……おはよう……」
声に覇気がない。
弥子が即座に反応する。
「うわ、顔死んでる」
キラが椅子へ座り込みながら言う。
「いや、死んではない……」
「たぶん……」
泉が心配そうに言う。
「効かなかったんですか」
「睡眠の質向上飲料」
キラは少し考えてから答えた。
「効いた……とは思う」
「でも、男子部屋の環境がそれを上回った感じかな……」
弥子が吹き出す。
「そこまで!?」
ラクスがすぐにグラスを差し出した。
「では、朝のお飲み物を」
「ありがとう、ラクス……」
キラ。
アウクソーも静かに言う。
「胃腸薬は今朝は不要そうですね」
「今朝はって何ですか」
キラ。
「今朝はです」
アウクソー。
キラはそれ以上聞かないことにした。
さらに少し遅れて、
承太郎が下りてくる。
静かで、ぶれない。
朝でも承太郎は承太郎だった。
「……騒がしいな」
弥子がすぐ返す。
「朝よ!」
「だからだ」
承太郎。
その後ろからカイエンが現れる。
さすがに寝起き直後らしく、髪は少し無造作だが、
それでも妙に様になっているのが腹立たしい。
「やれやれ……」
「山の朝は少し早いな」
キラがパンを持ったまま言う。
「カイエンさん、ちゃんと眠れました?」
カイエンは少し笑う。
「ぼくは問題ない」
「問題があるとすれば、そっちだろう」
「やっぱりそう見えます?」
キラ。
「見える」
承太郎が即答。
「承太郎さんまで……」
最後に下りてきたのは、露伴だった。
ネウロはまだ来ない。
露伴は起きたてだというのに、
目だけは妙に冴えている。
「いい朝だな」
泉が反射で言う。
「センセ、その“いい朝だな”はだいたい何か始める時なんですよ」
「失礼だな」
露伴。
「今日はまだ、ただの感想だ」
キラが小声で言う。
「“まだ”ってつけるのやめてください」
露伴はテーブルにつくと、
目の前の朝食の光景を見てすぐに言った。
「ほう」
「もう回っているな」
泉が呆れる。
「“回っているな”じゃないですよ」
「アウクソーさんがほぼ一人で立ち上げたんです」
露伴がアウクソーを見る。
「やはり強いな」
アウクソーは静かに答える。
「恐縮です」
カイエンが椅子に腰かけながら言う。
「やれやれ」
「君がいてくれると、こういう時は助かるな」
「事実です」
アウクソー。
弥子が笑う。
「本人も否定しないの強い!」
しばらくして、
ようやくネウロが現れた。
「ククク……」
「人間どもは朝からよくそんなに動けるものだな」
弥子がパンをかじりながら言う。
「遅い!」
「吾輩は魔人だ」
ネウロ。
「人間基準で語るな」
「朝ごはん食べるなら人間基準でいいでしょ」
キラ。
ネウロはテーブルの上を見回す。
「ほう……」
「パン、乳製品、果実、飲料」
「ずいぶん慎ましい朝だ」
「慎ましいで悪かったな」
承太郎。
ネウロは鼻で笑う。
「魔界の朝食はもっと刺激的だぞ」
キラが額に手を当てる。
「出た」
弥子が即座に食いつく。
「何よ、魔界の朝食って」
ネウロが満足そうに言う。
「魔界の山菜は、もっと食う側の覚悟を試す」
「山菜の話に飛んだ!」
泉。
「まず見た目が毒々しい」
ネウロ。
「香りも強い」
「しかも採る時に胞子を撒き散らし、素手で触れると三日は痺れる」
弥子がパンを置いて叫ぶ。
「山菜じゃなくて罠じゃない!!」
承太郎が短く言う。
「くだらねぇ」
カイエンがコーヒーを飲みながら笑う。
「やれやれ。
それを山菜に分類する魔界が嫌だな」
露伴だけが妙に真剣だった。
「待て」
「今の“山菜じゃなくて罠”はいい」
「メモしていいか」
「するな!!」
キラ、泉、弥子の三人が綺麗に揃った。
山菜採りへ
ネウロのろくでもない魔界山菜話をきっかけに、
弥子の目が急に輝いた。
「……待って」
泉が嫌な予感を覚える。
「何ですか」
弥子はテーブルを指で叩いた。
「せっかく山間の別荘に来てるんだから」
「今日、近くの丘に山菜採り行こうよ!」
キラが止まる。
「えっ」
「いいじゃん!」
弥子。
「春の山なんだから、ふきのとうとかタラの芽とか、わらび、ぜんまい、こごみ、せり、うど、うるい!」
「絶対あるでしょ!」
露伴の目が、すっと細くなる。
「……いい」
泉が即座に振り向く。
「センセ、今“いい”って言いましたよね」
「言った」
露伴。
「自然環境下での共同行動、しかも採取行動」
「人間の役割分担と本性が出る」
「そこなんですよね、この人……」
泉。
キラは半分納得しながら、半分不安そうだ。
「でも、食べられる山菜とそうじゃないの、見分けないと危ないよね」
アウクソーが頷く。
「はい」
「そこは確認しながらにしましょう」
「私も見ます」
ラクスも微笑む。
「楽しそうですわね」
承太郎が短く言う。
「必要分だけなら付き合う」
カイエンは気だるげに肩をすくめた。
「やれやれ」
「山歩きか」
「まあ、退屈はせんだろう」
ネウロがくつくつ笑う。
「ククク……
よいではないか」
「人間どもが“食える草”を探して山をうろつく様は、実に滑稽だ」
「おまえも来るの!?」
キラ。
「騒音娘が行くなら、吾輩も行く」
ネウロ。
「その理屈ほんとに何なのよ」
弥子。
泉は空を見上げる。
「……またイベントが増えた」
露伴はもうスケッチブックを持っていた。
「増えたんじゃない」
「始まったんだ」
「その言い方が一番嫌なんですよ!」
泉。
キラは朝食の最後の一口を食べながら、
静かに思った。
たぶん今日は長い。
それだけは、はっきりしていた。
露伴の朝メモ
・最初に起きたのはアウクソー
・弥子は食欲で起床
・泉は巻き込まれ起床
・キラは明らかに寝不足
・乳酸菌飲料、やや効果あり
・ネウロの魔界山菜は罠
・本日の主題、山菜採り
・非常によい
最後に露伴は、少しだけ間を置いて書き足した。
――二日目、始動。