守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
コンパス管理下の大型機保管施設。
その一角には、白銀の巨大なモーターヘッドが鎮座していた。
アウト・ミラージュ。
怪物強盗Xiの専用機であり、A.K.D.の技術の粋を集めて建造された、シュペルターMark2とも呼ばれる騎体である。
現在は、正式な保管場所が決まるまでの暫定措置として、この施設に置かれている。
ただし、その暫定措置が始まってから、既に一カ月以上が経過していた。
そして、その一カ月間。
毎日のように、この機体を見つめ続けていた人物がいる。
アルバート・ハインライン。
コンパスの優秀な技術者である。
彼は、アウト・ミラージュの始動キーを複製しようとした。
しかし、精巧なスペアキーを作ったものの、複雑な認証機構によって始動には使えず、失敗に終わった。
また、それ以前には外観観察に加えて非破壊検査やスキャナーを使用し、機体の構造情報を取得していた。
それについてはアウクソーの指摘により、機密情報の取得が問題となり、データの廃棄を命じられている。
普通なら、そこで諦めるだろう。
しかし。
アルバート・ハインラインは普通ではなかった。
少なくとも。
技術者としての探究心に関しては。
* * *
その日。
キラ・ヤマトは、ラクス・クラインと共に、施設内の休憩スペースにいた。
そこにはXiとバクスチュアル、アスラン・ザラ、シン・アスカも同席していた。
話題は、コンパスの今後の活動について。
「……争いがなくなるのが一番なんだけどね」
キラが静かに言った。
「でも、現実にはそう簡単にはいかない」
ラクスが頷く。
「はい。争いを望まない人々を守るためにも、私たちには備えが必要です」
Xiは、少しだけ考え込んだ。
「……なんかさ」
「はい?」
「僕のアウト・ミラージュもそうだけど、力って難しいよね」
ラクスが微笑む。
「そうですね」
「強い力があれば、大切な人を守れるかもしれない。でも、それがあるから余計な争いを呼ぶこともある」
アスランが頷いた。
「力を持つことと、どう使うかは別問題だからな」
「うん……」
Xiは少し考えた。
「僕、以前は専用機なんていらないと思ってたんだよね。いろいろ面倒だし」
シンが苦笑する。
「今も面倒そうですけどね」
「実際、面倒だよ!」
Xiは即答した。
「置き場所決めなきゃいけないし、整備しなきゃいけないし、専用の輸送機まで用意されそうになるし!」
「輸送機?」
「ログナー司令がエア・ドーリーを手配しようとしてる!」
「……ああ」
アスランは納得したように頷いた。
「合理的だな」
「そこで納得しないで!!」
キラが小さく笑う。
ラクスも微笑んだ。
「ですが、Xiさん。以前よりも、ご自身の機体を大切に思われているのではありませんか?」
「……まあ、そうかも」
Xiは少し照れくさそうに答えた。
「自分でどうするか決めよう、とは思ってる」
バクスチュアルが小さく頷く。
「ウン」
ラクスは優しく言った。
「それでよろしいのだと思います」
そして。
「想いだけでも、力だけでも駄目なのです」
その言葉に、一同が静かになった。
「大切なのは、その力で何を成そうとするのか。そして、それを誰の意思で選ぶのか、ということなのでしょう」
キラが頷く。
「……うん」
そして、少しだけ表情を引き締めた。
「僕には、守りたい世界があるんだ」
その声には、確かな決意が宿っていた。
「そのための力をー」
その瞬間。
「新型MSできました!!」
ばぁん!!
休憩スペースの扉が勢いよく開いた。
「…………」
キラが固まった。
ラクスも目を瞬いた。
Xiがゆっくりと振り向く。
そこには。
大きな図面ケースを抱えたアルバート・ハインラインが、満面の笑顔で立っていた。
「…………」
しばらくの沈黙。
そして。
「タイミング!!」
Xiの絶叫が響き渡った。
* * *
「いやぁ、偶然とは恐ろしいものですね!」
アルバートは嬉しそうだった。
「キラさんが新たな力をお求めになった、まさにその瞬間に、私が新型機の設計を完成させていたとは!」
「いや、アルバートさん」
キラが困惑している。
「僕はそういう意味で言ったんじゃ……」
「分かっています! ですが、より優れた機体があれば、より多くの人々を守れる可能性が高まります!」
「……それは、そうかもしれませんけど」
Xiが割って入った。
「キラ! そこから同意しちゃ駄目!!」
「え?」
「アルバートは、そういう小さな肯定を足掛かりにして、どんどん話を進めるから!」
アルバートが首を傾げる。
「私は、より優れた機体を開発したいだけなのですが」
「そこが問題なんだよ!!」
アスランが眉間を押さえる。
「……それで、何を設計したんだ?」
「よくぞ聞いてくださいました!」
アルバートは図面ケースを開いた。
「実は、以前からフリーダム系統のさらなる発展について検討していたのですが、なかなか決定的な突破口が見つからなかったのです!」
「……それで?」
「ところが!」
アルバートが、格納庫の方を指さす。
「あそこにアウト・ミラージュが来たことで、状況が変わりました!」
Xiが固まった。
「…………」
「毎日の外観観察だけでも、一カ月以上続けていれば、様々な設計上の特徴が見えてきます!」
「……ちょっと待って」
「もちろん、以前のスキャナーで取得した画像データは、指示通り全て廃棄しました!」
「うん。そこは偉い」
「ですが!」
アルバートは自分の頭を指さした。
「この頭の中に残った知識や観察の記憶までは、消せませんからね!!」
Xiの顔が引きつった。
「その発言、嫌な予感しかしない!!」
アスランが厳しい顔になる。
「アルバート。廃棄した機密データを記憶しているからといって、自由に転用していいわけではないぞ」
「もちろんです!」
「……本当だな?」
「はい! 今回はアウト・ミラージュの機密技術そのものを再現するわけではありません!」
アルバートは胸を張った。
「その設計思想や機体構成から着想を得て、既存のモビルスーツ技術を用いて、独自の改良案を構築したのです!」
Xiが考え込んだ。
「……うわ」
「?」
「言ってることが、技術者としては分からなくもない……」
アルバートが嬉しそうに頷く。
「でしょう?!」
「でも、機密技術を参考にしたかどうかは、ちゃんと確認しないと駄目だよね?!」
アスランが即答した。
「当然だ」
アルバートは頷いた。
「その点は、審査を受けるつもりです!」
「……なら、いいけど」
キラが少し安心したところで。
「それでは!」
アルバートは図面を広げた。
「レッツ! テクノロジーフィードバック!!」
ばさっ!!
そこに描かれていたのは。
フリーダムガンダムの系譜を受け継ぎながら、従来とは大きく異なる外装構成を持つ、新型モビルスーツだった。
肩部から背部にかけて大きく広がる追加装甲。
翼のようなシルエット。
高機動戦闘を意識した脚部構造。
そして、どこか騎士を思わせる、洗練された姿。
「…………」
キラが息を呑んだ。
「……これは」
アルバートは誇らしげに言った。
「アウト・ミラージュの設計思想からヒントを得て、新たな発展を遂げたフリーダム系統の強化プラン!」
そして。
「アウトフリーダムガンダムです!!」
沈黙。
次の瞬間。
「それ駄目なやつですよ!!」
キラが叫んだ。
* * *
「……え?」
アルバートは、きょとんとしていた。
「まだ性能説明をしていませんが?」
「そういう問題じゃなくて!」
キラは困惑していた。
「名前からして、なんだか僕のフリーダムが変な方向へ進化したみたいじゃないですか!」
Xiが頷く。
「アウトフリーダムって、なんか自由の枠から飛び出しちゃった感じがするよね」
「そうそう!」
「……あるいは、自由を捨てちゃったとか」
「それは嫌だなぁ……」
アルバートが首を傾げる。
「ですが、既存の設計思想を打ち破るという意味では、むしろ適切な名称では?」
そこへ。
「……私は、結構カッコいいと思いますけど」
桂木弥子が、いつの間にか図面を覗き込んでいた。
ネウロと共に施設へ来ていたのである。
「弥子ちゃん?」
「アウトフリーダムって、なんか反骨精神の塊みたいな名前じゃないですか!」
弥子は目を輝かせた。
「誰にも縛られない! 既存の価値観なんて知るか! 俺は俺の道を行く! みたいな!」
Xiが目を丸くした。
「弥子ちゃん、厨二病なの?!」
「えっ?!」
弥子が驚く。
「だって、カッコいいじゃないですか!」
ネウロが笑う。
「ククク……確かに、無駄に大仰な名前だな」
「無駄って言うな!」
キラは図面を見つめた。
「……でも」
一同が振り向く。
「デザイン自体は、結構……」
アルバートの目が輝いた。
「でしょう?!」
「……あ」
Xiが悲鳴を上げる。
「キラ! 褒めちゃ駄目!!」
「えっ?!」
アルバートは止まらない。
「今回の改良案では、防御性能と機動性の両立を重視し、さらに機体の姿勢制御や推進機構についても新しい配置を検討しています!」
「……なるほど」
キラが真面目な顔になる。
「それなら、運用上の利点はあるかもしれませんね」
「そうでしょう!!」
アスランが顔をしかめた。
「キラ」
「……何?」
「まだ機密技術の転用がないことを確認していない」
「あ、そうだった」
Xiが胸を撫で下ろした。
「危なかった……」
キラは慌てて言った。
「アルバートさん、僕は設計努力まで否定するつもりはありません。でも、これに乗るとは言ってませんからね?」
「もちろんです!」
「……よかった」
「では、ご希望に合わせて改良すればよろしいのですね!」
「そうじゃないです!!」
キラの悲鳴が響いた。
* * *
「……それでは」
アルバートが、別の図面ケースを取り出した。
アスランが目を細める。
「……まだあるのか?」
「もちろんです!」
Xiが頭を抱えた。
「なんで『もちろん』なの……」
「アウトフリーダムだけではありません! アウト・ミラージュの設計思想からヒントを得て、イモータルジャスティスガンダムに代わる新たなジャスティス系統の強化プランも設計済みです!」
「…………」
アスランの表情が変わった。
アルバートが勢いよく図面を広げる。
「名付けて!」
ばさっ!!
「アウトジャスティスガンダム!!」
アスランが答えた。
「却下だ」
即答だった。
「早い!!」
アルバートが叫ぶ。
「まだ説明していません!」
「必要ない」
「しかし、こちらは近接戦闘能力と防御性能を大幅に強化した、新時代のジャスティス系統として!」
「却下だ」
「せめて図面を!」
「必要ない」
Xiが目を丸くする。
「アスラン、全く取り付く島がない!!」
アルバートは食い下がった。
「ですが! イモータルジャスティスに代わる、新たな戦闘能力を!」
「そもそも、俺がそれに乗るとは言っていない」
「…………」
「それに、アウト・ミラージュ由来の着想についても確認が必要だ」
「……はい」
「よって、現段階で採用する理由はない」
Xiが頷いた。
「……正論だ」
ところが。
弥子が、またしても図面に目を輝かせた。
「……アウトジャスティス」
その言葉を口の中で転がす。
「なんか、カッコいい……」
Xiが振り向く。
「……弥子ちゃん?」
「正義から外れた正義……」
「おい」
アスランの声が低くなる。
「闇堕ちした勇者とか、ダークヒーローみたいで!」
「弥子ちゃん、やっぱり厨二病でしょ?!」
「違いますよ!」
シンが、横から口を挟んだ。
「……でも、名前だけならちょっと分かります」
「シン」
アスランが言った。
「……はい?」
「乗るな」
「まだ何もしてませんよ!!」
Xiが両手を広げた。
「もう全員、名前だけで話を広げるのやめて!!」
アルバートは不思議そうだった。
「……私は真面目に開発したのですが」
「それは分かってる!!」
Xiが叫ぶ。
「分かってるから余計に困ってるんだよ!!」
* * *
その時。
「……ジャスティス系の強化プラン?」
聞き慣れた声がした。
一同が振り向く。
格納庫の方からやって来たのは、ソープダッシュだった。
明るい髪を揺らし、楽しそうに図面を覗き込む。
「へぇ。面白そうなことしてるねぇ」
Xiが固まった。
「……陛下」
「なぁに?」
「できれば、今は見ないでほしいんだけど」
「えー、どうして?」
「技術者同士が意気投合すると、絶対ろくなことにならないから!!」
しかし。
アルバートは、既に目を輝かせていた。
「レディオス・ソープ様!」
「はぁい」
「ぜひ、こちらの設計案についてご意見を!」
「いいよぉ」
「良くない!!」
Xiが叫ぶ。
ソープダッシュは図面を一瞥した。
「ふぅん……ここ、面白いね」
「でしょう?!」
「でも、せっかくなら背部のユニットをもう少し大胆にした方が」
アスランが顔を上げた。
「……待ってください」
「?」
「何を追加するつもりですか?」
ソープダッシュはにっこり笑った。
「……そういえば、あたしもジャスティス系の強化プランを考えたことがあるんだよね」
アスランの顔から表情が消えた。
「……やめてください」
「まだ何も言ってないよ?」
「嫌な予感しかしません」
ソープダッシュが楽しそうに笑う。
「インフィニット・サバイブ・ジャスティスガンダム!!」
沈黙。
そして。
「廃棄してください!!」
シンが叫んだ。
「なんでぇ?」
ソープダッシュは不思議そうだった。
「すごく強そうなのに」
アスランは額を押さえた。
「……またその案ですか」
「うん!」
「……前にも言いましたよね」
「何を?」
「追加装備の規模がおかしいと」
「えー」
ソープダッシュは首を傾げた。
「でも、ファトゥムにイレーザーエンジンを搭載すれば、大出力が確保できるし」
「やめてください!!」
アスランが叫んだ。
Xiも叫ぶ。
「なんでジャスティスにそんなもの載せようとするの?!」
ソープダッシュは平然と答えた。
「強くなるから?」
「発想が単純すぎる!!」
アルバートだけが目を輝かせていた。
「……イレーザーエンジン」
「うん」
「それは、非常に興味深いですね!」
「でしょう?」
「ぜひ、草稿を拝見したいです!」
「いいよぉ!」
Xiが悲鳴を上げた。
「技術交流を始めないで!!」
そこへ。
「陛下」
低く、静かな声が響いた。
ファルク・U・ログナーだった。
「……あ」
ソープダッシュが振り向く。
「ログナー」
「通行止めです」
「まだ設計図を見せるだけだよぉ」
「その後が問題です」
「えー」
「えー、ではありません」
Xiは、本気で安堵した。
「司令……ありがとう……」
ログナーはXiを一瞥した。
「……お前も大変だな」
「分かってくれる?!」
カイエンが、いつの間にか傍らに立っていた。
「なんだヨ、面白そうじゃねぇか」
「師匠?!」
「アウトジャスティスって、なかなか強そうな名前だナ」
「師匠までそっち側に行かないで!!」
カイエンは笑った。
「オレなら、乗ってみてもいいゼ」
「……えっ」
アルバートが目を輝かせる。
「本当ですか?!」
「冗談だヨ」
「…………」
アルバートが肩を落とした。
Xiが叫ぶ。
「技術者をからかわないで!!」
* * *
「……さて」
アスランが、ようやく場を仕切り直した。
「これで全部か?」
「……え?」
アルバートが瞬いた。
アスランの目が細くなる。
「……まだあるのか?」
「はい!」
Xiが頭を抱えた。
「なんでそんなに元気よく返事できるの?!」
アルバートは、最後の図面を取り出した。
「実は、フリーダム系、ジャスティス系と来ましたので、デスティニー系についても検討してみました!」
シンが顔を上げる。
「……え?」
アルバートが図面を掲げた。
「名付けて!」
「デスティニーガンダム・アウトシルエット!!」
沈黙。
数秒後。
シンが呟いた。
「……それは、ちょっと見たいかも」
Xiが勢いよく振り向いた。
「シンが危ない!!」
アスランが即座に言う。
「シン。戻ってこい」
「いや、見るだけですよ! 見るだけ!」
「だから危ないんだ!」
キラも苦笑した。
「シン。僕もさっき、そうやって興味を持ちかけたから」
「キラさんまで?!」
しかし。
アルバートは嬉しそうに図面を広げた。
「こちらはデスティニーの既存技術を発展させ、近接戦闘における応答性と機動性をさらに強化する構想です!」
シンが覗き込む。
「……へぇ」
「背部のシルエット構成を見直し、より幅広い状況に対応できるように!」
「……羽、増えてません?」
「気づきましたか!!」
Xiが叫んだ。
「会話を成立させないで!!」
弥子まで覗き込んでいる。
「わぁ、これもカッコいい!」
シンが頷く。
「ですよね?!」
「弥子ちゃん、シンを引きずり込まないで!!」
ソープダッシュも横から覗く。
「へぇ。光の翼をもっと派手にしてみたら?」
「……もっと派手になるんですか?!」
シンの目が輝いた。
「食いつくなァァァ!!」
アスランが、シンの肩に手を置いた。
「シン」
「……はい?」
「気持ちは分かる」
「……え?」
「だが、これも正式な技術審査を経ていない。まして、まだ構想段階だ」
「……はい」
「だから今は、採用を前提に話すな」
シンは少し考えた。
「……分かりました」
そして、名残惜しそうに図面を見た。
「……でも、見るくらいなら」
アスランは深いため息をついた。
「……見るだけだぞ」
「はい!」
Xiが目を丸くした。
「結局、見せるんだ?!」
アスランが静かに答えた。
「資料を確認することと、採用することは別だ」
「……なるほど」
Xiは少し考えた。
「……でも、その資料自体が問題ないかは、まだ分からないんだよね?」
「そうだ」
アスランは頷いた。
「だから、正式な審査が済むまでは外部への持ち出しも、実際の開発への着手も認められない」
アルバートが肩を落とす。
「……厳しいですね」
「当然だ」
その時。
「でも」
ラクスが静かに口を開いた。
一同が振り向く。
「新しい技術を考え、より良いものを作ろうとすること自体は、決して悪いことではありません」
アルバートが顔を上げた。
「……ラクス様」
「その熱意が、多くの人々を守る力になることもあるでしょう」
「……はい!」
ラクスは微笑んだ。
「ただし」
アルバートの背筋が伸びた。
「その力を、誰が、どのように使うのか。その意思を忘れてはなりません」
キラが、静かに頷いた。
「……ラクス」
「キラがその機体に乗るかどうかも、キラ自身が決めることです」
「……うん」
ラクスはアルバートを見た。
「そして、アウト・ミラージュから得られた知見が含まれるのであれば、その所有者や技術を管理する方々の意思も尊重する必要があります」
アルバートは、しばらく黙っていた。
そして。
「……確かに」
小さく頷いた。
「私自身、技術者としての興味が先行しすぎていたかもしれません」
Xiが目を丸くした。
「……アルバート?」
「いえ、機体をより良くしたいという気持ちは変わりませんが」
「……うん」
「だからこそ、正式な手順を踏むべきなのでしょうね」
Xiは少し安心した。
「……分かってくれたんだ」
アルバートは笑顔で頷いた。
「はい!」
「……良かった」
そして。
「では、正式な技術審査を申請してきます!!」
「早い!!」
Xiが叫んだ。
ラクスは、思わず微笑んだ。
アスランが深いため息をついた。
ログナーが言った。
「審査が終わるまで、その図面は保留だ」
「承知しました!」
「陛下の草稿もだ」
「えー」
「陛下」
「分かったよぉ」
Xiは、ようやく肩の力を抜いた。
「……終わった?」
キラが苦笑する。
「……たぶん」
しかし。
その横で。
アルバートは、まだ楽しそうだった。
「いやぁ、実に有意義な議論でした!」
Xiが振り向く。
「……何が?」
「今回、皆さんのご意見を伺ったことで、設計上の新たな課題も見えてきました!」
「……うん?」
「ですから、次はそれらを踏まえた改良案を!」
「もういいから!!」
* * *
その後。
アウトフリーダムガンダム。
アウトジャスティスガンダム。
デスティニーガンダム・アウトシルエット。
そして、ソープダッシュが持ち出したインフィニット・サバイブ・ジャスティスガンダム。
それらの草稿や設計案は、ひとまず正式な技術審査が行われるまで保留となった。
実際に製造された機体があるわけではない。
あくまで構想段階である。
ただし。
関係者全員の認識は、ほぼ一致していた。
このまま放置すると、いつか本当に造りかねない。
そして、それ以上に重要な問題があった。
そもそも。
アウト・ミラージュは、まだ仮置きなのである。
正式な保管先すら決まっていない。
にもかかわらず。
日常点検マニュアルが作られ。
関節構造の三次元画像が取得され。
始動キーが複製され。
今度は新型ガンダムの設計思想にまで影響を与えてしまった。
Xiは、疲れ切った顔で言った。
「……ねえ」
アスランが振り向く。
「何だ?」
「これ、もう正式な保管契約を結ばないと駄目じゃない?」
「……そうだな」
「置き場所だけじゃなくて、誰がどこまで触っていいかとか」
「必要だな」
「技術解析とか、改造とか、複製とか、他の機体への技術転用とか」
「……全部、明文化すべきだろう」
Xiは、天井を仰いだ。
「……なんで、ここまで来る前に決めなかったんだろう」
アスランが答えた。
「当初は一時的な保管だったからな」
「……そうだよね」
「ここまで多くの問題が発生するとは、想定していなかった」
「……そうだよね」
Xiは、ゆっくりとアルバートを見た。
「…………」
アルバートが首を傾げる。
「……何でしょう?」
「大体あなたのせいだよね?!」
「ええっ?!」
アルバートは、本気で驚いていた。
「私は、少しでもより良い整備や技術開発を行おうと努力していただけなのですが!」
「それが全部問題になってるんだよ!!」
アスランが言った。
「アルバート」
「はい?」
「今後は、正式な保管契約と技術管理規則に従ってもらう」
「もちろんです!」
「無断の解析、改造、複製は禁止だ」
「はい!」
「他機種への技術転用も、許可なしには認めない」
「……はい!」
Xiは、少しだけ安心した。
「……これでようやく」
アルバートが、そこで手を挙げた。
「質問があります!」
「……何?」
「既存の技術を使い、独自に着想を得て設計した場合は、どのような扱いになるのでしょう?」
「…………」
アスランが黙った。
Xiも黙った。
ログナーが腕を組んだ。
アウクソーが静かに言った。
「……その場合も、具体的な内容を確認する必要があります」
「なるほど!」
アルバートは嬉しそうに頷いた。
「では、そのための申請書類を用意します!」
「申請書類?!」
「はい! 正式な手続きなら問題ありませんよね?!」
Xiは、しばらく黙っていた。
そして。
「……アスラン」
「何だ?」
「やっぱり契約書、すごく細かくしよう」
「……そうだな」
ログナーが頷いた。
「必要だ」
アウクソーも静かに答えた。
「私も、技術機密に関する条項の確認に協力いたします」
「……ありがとう、アウクソーさん」
Xiは、本気で感謝した。
その横で。
アルバートは、相変わらず明るい笑顔だった。
「いやぁ、正式なルールが整備されるのは素晴らしいことです!」
「……うん」
「これで、今後の技術研究も安心して進められますね!」
「そういう意味じゃない!!」
* * *
コンパス・休憩スペース
夕方。
ようやく騒動から解放されたキラは、椅子に深く腰を下ろしていた。
「……疲れた」
ラクスが、そっと飲み物を差し出す。
「キラ。お疲れ様でした」
「……ありがとう、ラクス」
差し出されたのは、某乳酸菌飲料。
そして。
テーブルの上には、GABA配合チョコレート。
「……これ」
キラが小さく笑った。
「前にもお世話になったね」
「ふふ。少し休息を取られてはいかがでしょう」
「……うん」
Xiも、向かいの席に腰を下ろした。
「いやぁ、キラも大変だったね」
「……Xi」
「何?」
「……そもそも、アウト・ミラージュがここに来たから」
Xiが固まった。
「……え?」
「アルバートさんが、あんなに刺激を受けたんだよね」
「……うん?」
「それで、アウトフリーダムが」
「僕のせい?!」
アスランが、隣から口を挟んだ。
「直接の原因はアルバートだ」
「そうだよね!!」
「ただし、きっかけはアウト・ミラージュだ」
「アスランまで?!」
キラは、少しだけ笑った。
「冗談だよ」
「……もう!」
ラクスも微笑む。
「キラ。今日はもう、新型機のことは考えずに休みましょう」
「……うん」
キラは、GABAチョコレートを一粒口に入れた。
「……甘い」
その隣で。
「……あ」
弥子が、チョコレートの袋に目を留めた。
「GABAチョコ!」
キラが顔を上げる。
「……うん?」
「美味しそうですね!」
「……食べる?」
「いいんですか?!」
「……うん」
「ありがとうございます!」
弥子は嬉しそうに一粒食べた。
「美味しい!」
そして。
「……もう一個いいですか?」
「……どうぞ」
「ありがとうございます!」
ぱくっ。
「……あと一個」
「……うん」
Xiが慌てて口を挟んだ。
「弥子ちゃん! それキラのストレス対策用だから!」
「……えっ?」
弥子が固まった。
「そうなんですか?!」
「そうだよ!」
「じゃあ、私が食べちゃったら、キラさんのストレスが減らないですね!」
「……うん」
キラが、静かに頷いた。
「……なんだか、別のストレスが増えた気がする」
「…………」
弥子は、袋をそっとテーブルに戻した。
「……ごめんなさい」
ラクスが微笑んだ。
「大丈夫ですよ。予備もありますから」
「本当ですか?!」
弥子の顔が輝いた。
Xiが叫んだ。
「そこに食いつかないで!!」
ネウロが笑う。
「ククク……」
弥子が振り向く。
「ネウロ!」
「何だ?」
「笑わないでよ!」
「いや、実に面白い」
「何が?!」
ネウロはキラを見た。
「人間というものは、守りたいものがあるからこそ苦労するらしいな」
「…………」
キラは、少しだけ考えた。
「……そうかもしれないね」
ネウロが笑みを深くする。
「そして、その苦労を減らすために新たな力を求めれば、今度はその力が別の苦労を呼ぶ」
「……うん」
「ククク……実に愉快ではないか」
「愉快じゃないよ!!」
Xiが叫んだ。
その隣で、ラクスが静かに微笑んでいた。
「ですが」
一同が振り向く。
「それでも私たちは、考え続けなくてはならないのでしょうね」
キラが頷いた。
「……うん」
「誰かを守るための力が、誰かの意思を奪うものにならないように」
Xiも、静かに頷いた。
「……そうだね」
バクスチュアルが小さく言った。
「選ブコト、大事」
「うん」
Xiは笑った。
「僕も、最近ようやく分かってきたところだよ」
キラは、乳酸菌飲料を一口飲んだ。
「……僕も、まだ考え続けるよ」
ラクスが優しく頷いた。
「はい」
そして。
ようやく、穏やかな時間が訪れた。
……はずだった。
* * *
休憩スペースの扉が開いた。
「皆さん!」
アルバート・ハインラインだった。
Xiが即座に立ち上がった。
「もう帰って!!」
「まだ何も言っていません!」
「言わなくていい!!」
アルバートは、相変わらず笑顔だった。
「いえ、先ほどの設計案について、さらに検討を進めたところ、新しい改良点が見つかりまして!」
キラの肩が落ちた。
「……アルバートさん」
「はい!」
「今日は、もう休みたいです……」
「……あ」
アルバートは、ようやく気づいたように目を瞬いた。
「……申し訳ありません!」
素直に頭を下げる。
「確かに、休息も大切ですね!」
Xiが驚いた。
「……分かってくれた?」
「もちろんです!」
アルバートは笑顔で頷いた。
「十分な休養がなければ、優れた発想も生まれませんから!」
「……うん」
「ですから、私も一度休憩を取ってから、改めて設計を見直すことにします!」
「……そうして」
キラが安堵した。
そして。
アルバートは、元気よく言った。
「明日までには、さらに良い案をまとめておきます!!」
「休んでないじゃないかァァァァァ!!」
Xiの絶叫が響き渡った。
キラは、静かにチョコレートをもう一粒口に入れた。
ラクスが、そっと乳酸菌飲料を追加した。
アスランは、目を閉じた。
シンは、まだ少しだけデスティニーガンダム・アウトシルエットのことを考えていた。
そしてアルバートは。
相変わらず、目を輝かせていた。
日々研究。
日々勉強。
日々進歩。
それこそが、技術者のあるべき姿なのだから。
……ただし。
その進歩が周囲にどのような影響を与えるのかについては。
まだまだ研究の余地がありそうだった。