守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
街の一角にある、馴染みのカフェテラス。
穏やかな午後の日差しの下、四人の男女がテーブルを囲んでいた。
レディオス・ソープ。
ダグラス・カイエン。
桂木弥子。
そして、怪物強盗Xiである。
「……で、結局」
Xiは、目の前のコーヒーカップを置いた。
「二泊三日の合宿って話になったけど、具体的には何をするの?」
カイエンは、椅子の背にもたれながら答えた。
「剣の稽古だろ」
「それは分かってるよ!」
「じゃあ、何が問題なんだヨ?」
「場所とか、日程とか、訓練の内容とか!」
「ま、その辺はこれから決めりゃいいだろ」
「……師匠」
「ん?」
「本当に何も考えてなかったんだね?!」
カイエンは、悪びれる様子もなく笑った。
「ハハッ! 細けぇことは後でいいんだヨ」
「細かくない!!」
そんな師弟のやり取りを聞きながら、ソープは楽しそうに紅茶を飲んでいた。
「僕は温泉がいいなぁ」
「……陛下?」
「景色が良くて、大きなお風呂があるところ」
「……うん」
「それで、美味しいご飯が食べられたら最高だね」
「旅行の希望条件しか出てこない!!」
弥子が、ぱっと顔を上げた。
「私もご飯が美味しいところがいいです!」
「弥子ちゃん?!」
「できれば、ご当地グルメがいっぱいあるところ!」
「君も食べ物の話しかしてない!!」
カイエンが笑った。
「いいじゃねぇかヨ。稽古が終わったら遊んだって」
「それはそうだけど!」
「朝から晩まで剣振ってるつもりか?」
「……いや、そこまでは」
「じゃ、温泉でも入って疲れを取ればいいだろ」
「…………」
Xiは、少し考えた。
確かに、それは理にかなっている。
訓練の後、身体を休めることも大切だ。
「……まあ、そうだね」
するとソープが、満面の笑みで頷いた。
「でしょ? じゃあ温泉で決まり!」
「待って!! 何か違う!!」
Xiは頭を抱えた。
どうやら、この三人に任せていると、
合宿の目的が温泉旅行に置き換わってしまいそうだった。
「……もう。まずは稽古する場所から考えようよ」
「おう」
「師匠は、どういう場所がいいの?」
「そうだナ……」
カイエンは、少しだけ真面目な顔になった。
「広くて、周りに迷惑が掛からねぇ場所だナ。足場も多少変化があった方がいい」
「……足場?」
「平らな床の上だけで戦うわけじゃねぇだろ?」
「……ああ」
「土、砂利、石ころ。そういう場所でも、ちゃんと重心を保てるようにしときたいナ」
「なるほど……」
Xiが頷く。
「……それなら、広い河原とか?」
「悪くねぇナ」
「ただし、川に落ちたりしない場所でね!」
「分かってるヨ」
「師匠の『分かってる』は、ちょっと信用できないんだよ!!」
カイエンは、不満そうに眉を上げた。
「……オマエ、オレを何だと思ってんだヨ?」
「星団最強の剣聖」
「おう」
「……ただし、それ以外の部分には不安が残る人」
「おい!!」
弥子が、何気なく付け加えた。
「でも、カイエンさんって、今までいろいろありましたもんね」
「……何がだヨ?」
「ヘキサクスの食品とか、うちのお母さんの料理とか」
「…………」
「レモンサワーで酸っぱい匂いになったこともありましたし」
「思い出させんなヨ!!」
Xiが、真顔で頷く。
「だから、今回の訓練計画はアウクソーさんに確認してもらおうと思ってる」
「信用ねぇナ……」
「剣の腕は信用してるよ!!」
ソープが、楽しそうに笑った。
「じゃあ、バクスチュアルにも手伝ってもらえばいいね」
「……あ、それはいいかも」
「二人でXiの身体の使い方を確認してもらえば、無理のない訓練になると思うよ」
「……うん。それなら安心だね」
そこでカイエンが、コーヒーを一口飲んだ。
「……オレの立場は?」
「もちろん、師匠は剣を教える人だよ」
「……ま、そりゃそうか」
どうやら、そこは納得したらしい。
◆ 漫画家、乱入
「……ほう」
不意に、背後から声がした。
「なかなか面白そうな話をしているじゃあないか」
Xiは、振り返った。
「……露伴先生?」
そこには、岸辺露伴が立っていた。
手には小さなスケッチブック。
どうやら、近くの席で取材の構想を練っていたらしい。
「剣聖ダグラス・カイエンが、怪物強盗Xiを直接指導する……か」
「……うん」
「しかも、二泊三日の合宿?」
「……そうだけど」
露伴の目が、興味深そうに細められる。
「僕も行くぞ」
「いきなり?!」
Xiが声を上げた。
「露伴先生、今、僕たちの話を聞いてただけだよね?!」
「ああ」
「なんで、それで同行が決まるの?!」
「決まったとは言っていない。同行させろと言っているんだ」
「言い方が強い!!」
露伴は、平然と続けた。
「剣聖が弟子に剣を教える。その技術だけじゃあない。
指導方法や、弟子が何を考えて動くかにも興味がある」
「…………」
「まして、その弟子は怪物強盗だ。普通の人間とは能力も違う」
「……まあ、そうだけど」
「これは取材する価値がある」
「僕を研究対象みたいに扱わないでよ!!」
カイエンは、愉快そうに笑った。
「ハハッ! 別に構わねぇゼ。見学するだけならナ」
「師匠!!」
露伴は、満足そうに頷いた。
「そうか。なら話は早い」
「早くない!!」
「……ところで、場所は?」
「……まだ決まってないよ」
「ほう?」
露伴は、テーブルに置かれたメモを覗き込んだ。
そこには、Xiが書いた簡単な条件が並んでいた。
『広い場所』
『周囲に迷惑を掛けない』
『足場に変化がある』
『宿泊施設が近い』
『温泉』
『食事が美味しい』
露伴は、最後の二項目を見た。
「……後半だけ急に観光旅行になっているな」
「僕もそう思う!!」
ソープが、にっこり笑った。
「温泉は大事だよ」
弥子も頷いた。
「ご飯も大事です!」
「……そうだな。否定はしない」
露伴は、少し考えた。
「だったら、会津なんてどうだ?」
その瞬間。
弥子が、勢いよく身を乗り出した。
「会津?!」
「……お、おう」
「会津若松ですか?!」
「ああ。あの辺りには歴史的な建造物や古い町並みもあるし、取材対象としても面白い」
「……会津か」
Xiも、思い出した。
以前、みんなで訪れた東山温泉。
美しい風景と、温泉旅館。
そして、数々の騒動。
「……前も会津に行ったよね」
ソープが嬉しそうに頷いた。
「うん! 楽しかったね!」
「……いろいろあったけどね」
弥子は、両手を合わせた。
「私、また行きたいです!!」
「……弥子ちゃん」
「なかじまの煮込みソースカツ丼、すっごく美味しかったですし!」
「やっぱりそこか!!」
「前は三杯でしたから、今度はもっと食べたいです!」
「記録更新を狙うな!!」
露伴が、少し呆れたように弥子を見た。
「君は、何をしに行くつもりなんだ?」
「もちろん、Xi君の応援ですよ!」
「……そうか」
「それと、カツ丼です!」
「……そっちが本命に聞こえるな」
「露伴先生まで言う?!」
その時、カイエンが口を開いた。
「……会津なら、芦ノ牧温泉ってのはどうだ?」
Xiが首を傾げる。
「……芦ノ牧?」
「東山温泉とは別の場所だろ。川沿いに温泉宿があるって話じゃねぇか」
ソープが、興味を示した。
「へぇ。川沿いなんだ」
「おう。河原もあるんじゃねぇか?」
Xiは、少し考えた。
「……大川の河原なら、広いところもありそうだね」
「そうそう。そこなら足場の稽古にも使えそうだナ」
「……なるほど」
これは、悪くない話だった。
もちろん、実際に訓練に使える場所かどうかは、事前の確認が必要だろう。
だが、少なくとも候補地としては魅力的だった。
「……じゃあ、芦ノ牧温泉を候補にしてみようか」
ソープが、ぱっと笑った。
「やった! 温泉!」
弥子も両手を上げた。
「やった! 会津!」
露伴は、スケッチブックを開いた。
「歴史と風土の取材もできそうだな……」
カイエンは、満足そうに頷いた。
「稽古場もありそうだしナ」
Xiは、四人を順番に見た。
「…………」
そして、ため息をつく。
「……なんかさ」
「ん?」
「同じ場所に行くのに、全員の目的が違わない?!」
誰も否定しなかった。
◆ 編集部にも都合がある
「……さて」
露伴は、携帯電話を取り出した。
「泉くんに連絡しておくか」
Xiが、嫌な予感を覚える。
「……露伴先生?」
「何だ?」
「まさか、泉さんにも来てもらうつもり?」
「当然だろう。取材の準備も必要だし、日程の調整もある」
「……本人の予定は?」
「これから聞く」
「……それならいいけど」
露伴は、電話を掛けた。
『はい! 泉です!』
「泉くん。今度、会津へ取材に行くぞ」
『……会津、ですか?』
「ああ。二泊三日だ」
『先生、何の取材ですか?』
「剣聖が怪物強盗を鍛える」
『…………』
「ついでに、会津の歴史と風土も調べる」
『…………』
「どうだ?」
『どうだと言われましても!!』
Xiが、思わず顔を覆った。
「……ああ、いつものだ」
電話の向こうで、泉の声が続く。
『そもそも先生! 剣聖の稽古って、漫画の取材になるんですか?!』
「なるかどうかは、取材してから決める」
『順番が逆です!!』
「面白いものを見つけてから企画を考えるのが、僕のやり方なんだよ」
『……それは知ってますけど!』
「それで、泉くん。君も来られるか?」
『……えっ、私もですか?』
「ああ。同行してくれると助かる」
少しの沈黙。
『……会津ですか』
「どうした?」
『いえ、温泉もあるんですよね?』
「ああ。芦ノ牧温泉を候補にしている」
『……それなら、ちょっと行ってみたいかも……』
露伴が、にやりと笑った。
「じゃあ決まりだな」
『待ってください! まだ編集部の許可も取ってません!!』
「分かった。まず確認してくれ」
『……先生が素直に引き下がると、逆に怖いんですけど』
「失礼だな」
露伴は電話を切った。
Xiは、呆れたように言った。
「……露伴先生、泉さんも結構大変だね」
「何がだ?」
「……いや、何でもないよ」
カイエンが笑った。
「ま、いいじゃねぇか。同行者が増えて賑やかになるナ」
Xiは、コーヒーを一口飲んだ。
「……これ以上増えないよね?」
その時。
「ククク……何やら、面白そうな計画を立てているではないか」
「…………」
Xiは、ゆっくりと振り向いた。
そこには、脳噛ネウロが立っていた。
「……ネウロ」
「我が輩を置いて、家畜だけを遠出させるつもりか?」
弥子が、顔をしかめる。
「ちょっと! 誰が家畜よ!」
「貴様以外に誰がいる?」
「私だって言ってない!!」
Xiは、ため息をついた。
「……弥子ちゃんが行くなら、ネウロも来るだろうとは思ってたけどさ」
「当然だ。我が輩としても、剣聖による怪物強盗の調教には興味がある」
「稽古だよ!! 調教じゃない!!」
「ククク……大差あるまい」
「大ありだよ!!」
カイエンが、楽しそうに笑った。
「おう、ネウロ。見に来るか?」
「無論だ」
「師匠! 面白がって誘わないで!!」
Xiは、テーブルに突っ伏した。
どうやら参加希望者は、まだまだ増えそうだった。
◆ 気がつけば団体旅行
その後。
Xiたちは、場所をコンパスの会議室へ移した。
さすがに、カフェテラスで全てを決めるわけにはいかない。
特に、今回の合宿はA.K.D.の費用補助が絡んでいる。
まずは、ログナー司令に相談する必要があった。
「……つまり」
ログナーは、Xiが持参したメモに目を通した。
「剣術訓練の候補地は、会津の芦ノ牧温泉周辺ということか」
「……うん」
「訓練場所は?」
「大川の河原を考えてるんだけど、まだ確認してない」
「なるほど」
ログナーは頷いた。
「現地の管理者に利用の可否を確認しておけ。天候や増水時の代替場所も必要だな」
「……うん」
Xiは、少し安心した。
ようやく、ちゃんとした訓練計画の話になっている。
「剣術指導はカイエン。訓練の安全管理はアウクソーとバクスチュアルに担当してもらう予定だよ」
「妥当だ」
「陛下も、騎士としての指導に協力してくれるって」
「……陛下」
ログナーがソープを見る。
「何?」
「訓練に用いる装備については、事前に内容をご確認させてください」
「分かってるよ」
「MHを現地へ持ち込む必要はありません」
「……えー」
「陛下」
「冗談だよぉ」
Xiが、すかさず口を挟んだ。
「今の間は絶対に冗談じゃなかったよね?!」
ログナーは、それ以上追及しなかった。
その代わり、手元の書類へ一行書き加えた。
『MHおよび大型機動兵器の持ち込みなし』
Xiは、それを見て安堵した。
「……司令、ありがとう」
「当然の措置だ」
さて。
ここまでは良かった。
問題は、その次である。
「……ところで、Xi」
「……何?」
「同行者は何名だ?」
「…………」
Xiは、隣にいたソープを見た。
ソープは、にっこり笑った。
「ラキシスも一緒に行きたいって」
「……ああ、うん。姫様も来るよね」
弥子も、嬉しそうに手を挙げた。
「すえぞうも誘いました!」
「……うん。それも聞いてる」
ネウロが口を開く。
「我が輩も同行するぞ」
「……知ってる」
露伴も頷いた。
「泉くんも、編集部の都合がつけば参加する」
「……うん」
Xiは、指を折って数え始めた。
「……僕、師匠、陛下、姫様、アウクソーさん、バクスチュアル……」
「…………」
「弥子ちゃん、ネウロ、露伴先生、泉さん……」
「…………」
「それに、すえぞう……」
Xiは、顔を上げた。
「……十人と一匹?」
ログナーが、無言で頷いた。
「……多いな」
「僕もそう思う!!」
カイエンが、気楽に言った。
「ま、十人くらいなら大したことねぇだろ」
「師匠の大したことない基準が分からない!!」
ログナーは、しばらく考えていた。
そして、口を開いた。
「……そうなると、会計と旅行全体の調整を担当する者が必要だな」
「……うん」
「訓練だけならば、アウクソーたちで管理できる。
しかし、宿泊や交通機関、同行者ごとの費用負担は別の話だ」
「……そうだよね」
「……キラ准将に相談してみるか」
「…………」
Xiは、目を瞬かせた。
「……キラ?」
「ああ。コンパス側の連絡調整にも慣れているだろう」
「……いや、でも」
「無理に引き受けさせるつもりはない。本人の希望を聞けばいい」
「……それなら」
Xiは、頷いた。
「ちょっと相談してみようかな」
◆ キラ・ヤマト准将にお願い
しばらく後。
コンパスの別室。
呼ばれてやって来たキラ・ヤマトは、話を聞き終えると、しばらく黙っていた。
「……つまり」
「……うん」
「Xiの剣術訓練を兼ねて、二泊三日の温泉旅行に行くんだね?」
「……そうなんだけど」
「参加希望者が増えたから、旅費の計算や宿泊の手配を手伝ってほしい、と」
「……うん」
Xiは、少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「……ごめん。なんか面倒なこと頼むことになっちゃって」
キラは、小さく笑った。
「ううん。大丈夫だよ」
「……本当?」
「うん。それに、Xiが剣術の訓練をするっていうのは、僕も良いことだと思うし」
「……ありがとう」
キラは、少し考えた。
「……ただ、僕も参加するとなると、ラクスに相談しないとね」
「……あ、そうだよね」
すると。
「その必要はありませんわ」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、ラクス・クラインが部屋へ入ってきたところだった。
「……ラクス?」
キラが、少し驚いた顔をした。
ラクスは、穏やかに微笑んだ。
「お話は伺っていました」
「……え?」
「Xiさんの剣術合宿でしょう?」
「……うん」
「それでしたら、私もご一緒したいですわ」
Xiが、目を瞬かせる。
「……ラクスも?」
「ええ」
ラクスは、にっこり笑った。
「キラも、最近は何かと忙しくしていますから」
「……ラクス」
「たまには、二人で温泉に出かけるのも良いと思います」
キラは、少し照れたように笑った。
「……そうだね」
Xiは、その様子を見て少し安心した。
どうやら、キラ自身も旅行を楽しみにしてくれそうだった。
「……じゃあ、二人とも来てくれる?」
キラが頷いた。
「うん。会計や手配も手伝うよ」
「ありがとう!」
ラクスも微笑んだ。
「私も、皆さんとご一緒できるのを楽しみにしています」
ところが。
「……あ、そうだ」
Xiは、ふと思い出した。
「弥子ちゃんとすえぞうも来るんだけど……」
キラが頷いた。
「……その、食事のことなんだけど」
キラの笑顔が、わずかに固まった。
「…………」
ラクスは、楽しそうに微笑んでいる。
「ふふ。弥子さんも、すえぞうも、とてもよく召し上がりますものね」
「……うん」
「それなら、お食事はビュッフェ形式の宿が良いかもしれませんね」
キラが、はっとした。
「……あ、それはいいね」
「……そうなの?」
「うん。食事代が定額なら、人数分の予算を立てやすいから」
「……なるほど!」
Xiは、感心した。
さすが、コンパス准将。
こういう現実的な問題への対応は早い。
「……じゃあ、夕食はビュッフェ形式がいいかもね」
「そうしようか」
ラクスが、にっこり笑った。
「ふふ。弥子さんも喜びますね」
Xiは頷いた。
「……うん」
そして、ふと思った。
弥子とすえぞう。
食べ放題。
定額。
「…………」
「……Xi?」
「……いや、何でもないよ」
Xiは、少しだけ嫌な予感を覚えた。
今度は、旅館の方が心配になってきたのである。
◆ 予算は無限ではありません
再び会議室。
ログナー司令の前に、今回の旅行計画が提出された。
キラも加わり、ようやく全体の調整が始まった。
「……では、費用について整理する」
ログナーは、落ち着いた口調で言った。
「陛下、姫様、カイエン、アウクソー、Xi、バクスチュアル」
名前を呼ばれたXiが頷く。
「……うん」
「この六名については、訓練に必要な旅費と宿泊費をA.K.D.側で負担する」
「……ありがとう、司令!」
「騎士の訓練に必要な費用だ。特別なことではない」
ログナーは続けた。
「ただし、Xi」
「……何?」
「これによって、お前がミラージュ騎士団への入団を承諾したことにはならない」
「…………」
「訓練を受けることと、騎士団に所属することは別の話だ」
Xiは、少し驚いた顔になった。
「……司令」
「何だ」
「……ちゃんと区別してくれるんだね」
「当然だ」
ログナーは、平然と答えた。
「選ぶのはお前だろう」
「…………」
Xiは、少しだけ笑った。
「……うん。ありがとう」
すると、弥子が手を挙げた。
「あのー、私たちは?」
ログナーは、弥子を見た。
「他の同行者についても、現地での宿泊費程度なら、A.K.D.側から補助を出そう」
「……えっ!」
弥子の顔が明るくなった。
「本当ですか?!」
「ああ。ただし、全額負担というわけではない」
「……はい?」
「現地での個人的な飲食費、観光費、追加注文などは、各自で負担してもらう」
「…………」
弥子の顔が、少し曇った。
「……追加注文も?」
「当然だ」
「……えー」
ネウロが、愉快そうに笑った。
「ククク……当然だ、家畜め」
「誰が家畜よ!!」
「我が輩の食費は掛からんからな」
「それはずるい!!」
「ずるくないよ!!」
Xiが、思わずツッコんだ。
「ネウロが普通のご飯を食べないのは、今に始まった話じゃないでしょ!!」
ログナーは、次に露伴を見た。
「岸辺露伴。取材に関する費用は、そちらで処理してもらいたい」
露伴は、平然と頷いた。
「ああ。泉くんに頼んである」
その瞬間。
「露伴センセ?!」
会議室の入口から、泉京香の声が響いた。
どうやら、編集部との調整を終えてやって来たらしい。
「……泉くん」
「先生! また勝手に編集部の経費にしようとしてませんか?!」
「会津の歴史や風土を取材するんだ。問題ないだろう」
「だから、取材費として認められる範囲があるんです!!」
「……細かいな」
「細かくありません!!」
泉は、ひと息ついた。
そして、Xiたちに向き直った。
「……すみません。お騒がせしました」
「……い、いや」
「でも、私も会津には行ってみたいですし、取材として認められる部分については編集部と相談しました」
露伴が、満足そうに頷く。
「ほら、問題ないだろう」
「先生の個人的な飲食費まで編集部に請求しないでくださいね?!」
「……分かっているよ」
Xiが、そっとキラに囁いた。
「……キラ」
「……何?」
「……今回、会計が一番大変そうだね」
キラは、苦笑した。
「……うん。そうかもしれないね」
その横で、バクスチュアルが静かに口を開いた。
「キラ准将。費用、区分スル」
「……うん。お願いできる?」
「宿泊、交通、訓練、個人負担」
「そうだね。領収書も分けておこう」
「ウン」
Xiは、ほっとした。
キラとバクスチュアルがいれば、少なくとも会計処理は何とかなりそうだ。
……たぶん。
◆ 姫様にも、一応確認を
さて。
ここでログナー司令には、もう一つ確認しておかなければならない相手がいた。
「……姫様」
ラキシスが、優雅に微笑んだ。
「はい、ログナー」
「今回の旅行ですが、あくまでXiの騎士修行が主目的です」
「ええ、承知しています」
「観光や食事が中心とならないよう、ご配慮をお願いいたします」
「まあ、ログナー」
ラキシスは、にっこり笑った。
「ソープ様もご一緒ですから、心配は不要ですよ」
「…………」
ログナーは、しばらく黙った。
「……姫様」
「はい?」
「むしろ陛下もご一緒だからこそ、心配しているのですが」
「司令、よく言った!!」
Xiが、思わず声を上げた。
ソープは、不満そうに頬を膨らませた。
「えー。僕、ちゃんとXiの稽古を手伝うつもりだよ?」
「……陛下」
「何?」
「訓練用の機材についても、事前承認が必要です」
「分かってるよぉ」
すると、ラキシスが優しく言った。
「大丈夫ですよ。私もソープ様と一緒に、Xiさんのお稽古を見守りますから」
「……ありがとうございます、姫様」
Xiは、安心したように笑った。
だが。
「それに、会津の美味しいお料理も楽しみですもの」
「…………」
Xiの笑顔が、わずかに固まった。
「……姫様?」
「ふふ。以前いただいたお料理も、とても美味しかったですし」
「……あ、はい」
「今度も、いろいろいただきたいですね」
その時。
「カツドン!!」
元気な声が響いた。
ラキシスの足元で、すえぞうが嬉しそうに跳ねていた。
「まあ、すえぞう。あなたも楽しみなのね」
「カツドン!! モット!!」
弥子が、目を輝かせる。
「すえぞう! 今度も一緒に食べようね!」
「ウン!!」
「私は、前回の三杯を超えたいなぁ!」
「カツドン!!」
Xiは、頭を抱えた。
「もう! 稽古の話が完全に消えてる!!」
ログナーは、静かにキラを見た。
「……キラ准将」
「……はい」
「食費の追加注文分は、必ず個人負担として区分しておいてくれ」
「……承知しました」
キラの返事には、どこか疲れた響きが混じっていた。
◆ そして、十二名と一匹
会議も終盤に差しかかった。
キラが、参加予定者を改めて確認する。
「……では、今のところ参加予定は十二名ですね」
「……十二名?!」
Xiが、驚いた顔になる。
「いつの間にそんなに増えたの?!」
「……ええと」
キラは、メモを読み上げた。
「Xi、カイエンさん、ソープさん、アウクソーさん、バクスチュアル、ラキシスさん」
「……うん」
「弥子さん、ネウロ、露伴先生、泉さん」
「……うん」
「それから、僕とラクス」
「…………」
「以上、十二名」
Xiは、しばらく黙った。
「……すえぞうは?」
ラキシスが答える。
「私と一緒に寝ますから、お布団は要りませんよ」
すえぞうが、嬉しそうに鳴いた。
「うっす!!」
キラが、少し考える。
「……じゃあ、添い寝の幼児一名という扱いで相談してみようか」
「…………」
Xiは、すえぞうを見た。
すえぞうも、Xiを見た。
「…………」
「カツドン!!」
「君は幼児というよりドラゴンだけどね!!」
ラキシスが、微笑んだ。
「ふふ。すえぞうはまだ小さいですから」
「……まあ、そうなんだけど」
キラは、メモに書き加えた。
『大人十二名』
『添い寝幼児一名(すえぞう)』
『宿泊施設への受け入れ確認が必要』
「……これで人数は整理できたね」
「……うん」
「お部屋は、三人部屋を四つくらいで考えてみようか」
「……そうだね」
露伴が、すかさず口を開いた。
「取材する都合もあるから、僕はカイエンと近い方がいいな」
ネウロも笑う。
「ククク……ならば、我が輩も同室にしよう」
Xiは、二人を見た。
「…………」
そして、カイエンを見た。
「……師匠」
「何だヨ?」
「……その二人と同じ部屋になって、大丈夫?」
「ハハッ! 面白そうじゃねぇか」
「面白そうって言っちゃった!!」
キラは、静かにメモを取った。
『A室候補:カイエン、ネウロ、露伴』
その横で、ソープが手を挙げた。
「じゃあ、僕はXiと一緒がいいな!」
「……陛下?」
「お目付け役なんでしょ?」
「……うん」
「だったら、同じ部屋の方が安心じゃない?」
「…………」
Xiは、少し考えた。
確かに、その通りである。
……不安がないわけではないが。
「……分かったよ」
キラが、頷いた。
「じゃあ、僕も同じ部屋にしようかな」
「……キラ?」
「何かあったら、連絡や手配を手伝えるし」
「……ありがとう」
キラは、メモに書き加えた。
『B室候補:ソープ、Xi、キラ』
すると、ラクスが口を開いた。
「では、私は弥子さんと泉さんのお部屋にご一緒してもよろしいでしょうか?」
弥子が、嬉しそうに頷いた。
「もちろんです!」
泉も笑った。
「ぜひ! よろしくお願いします!」
『D室候補:ラクス、弥子、泉』
残るのは。
ラキシス、アウクソー、バクスチュアル。
そして、すえぞうである。
ラキシスが、にっこり笑った。
「それでしたら、私たちは一緒のお部屋ですね」
アウクソーが、丁寧に一礼した。
「よろしくお願いいたします、姫様」
バクスチュアルも、小さく頷いた。
「ヨロシク、オ願イシマス」
すえぞうが、嬉しそうに鳴いた。
「ウン!!」
キラは、最後の部屋割りを書き加えた。
『C室候補:ラキシス、アウクソー、バクスチュアル+すえぞう』
「……よし」
キラは、ペンを置いた。
「とりあえず、部屋割りの案はできたね」
Xiは、少し感心した。
「……すごい。ちゃんとまとまった」
しかし。
その直後。
Xiは、あることに気づいた。
「……待って」
「……何?」
「……A室って、師匠とネウロと露伴先生だよね?」
「うん」
「……B室は、陛下と僕とキラ」
「そうだね」
「…………」
Xiは、キラを見た。
「……キラ」
「……うん?」
「大丈夫? ちゃんと眠れる?」
「…………」
キラは、少し考えた。
そして、苦笑した。
「……たぶん?」
「自信なさそう!!」
カイエンが笑った。
「ハハッ! 夜は温泉入って寝りゃいいだろ」
露伴が頷く。
「そうだな。昼間は取材で忙しくなりそうだ」
ネウロが笑う。
「ククク……夜の方が面白いかもしれんぞ」
「何をする気だよ!!」
ソープが、楽しそうに言った。
「温泉卓球とか!」
「…………」
Xiは、カイエンを見た。
カイエンは、にやりと笑った。
「お、いいナ。久しぶりにヤルか!」
「卓球台を壊すようなことはしないでよ?!」
ログナーが、静かに書類を取り出した。
「……施設や備品を破損した場合、原因者が修繕費を負担するものとする」
「司令、準備がいい!!」
「必要なことだ」
カイエンは、不満そうに言った。
「……信用ねぇナ」
「だから剣の腕は信用してるってば!!」
◆ これって、本当に合宿?
会議が終わり、参加者たちが少しずつ席を立ち始めた。
ログナーは、最後にXiへ声を掛けた。
「……Xi」
「……何、司令?」
「今回の旅行について、一つ確認しておく」
「……うん」
「訓練が主目的であることに、変更はないな?」
Xiは、頷いた。
「……もちろん」
「ならば、訓練計画はカイエンとアウクソーに作成させよう。
バクスチュアルにも確認を頼む」
「……ありがとう」
「宿泊と交通機関については、キラ准将たちが調整する」
「……うん」
「それぞれの役割が明確なら、大きな問題にはならんだろう」
Xiは、少し考えた。
それから、穏やかに笑った。
「……なんだかさ」
「……何だ?」
「最初は、僕がアウト・ミラージュをちゃんと使えるようになるための稽古だったのに……」
「……ああ」
「いつの間にか、みんなが楽しみにする旅行になっちゃったね」
ログナーは、少しだけ表情を和らげた。
「……嫌か?」
「…………」
Xiは、しばらく考えた。
剣聖カイエンが稽古をつけてくれる。
ソープも、騎士として指導してくれる。
アウクソーとバクスチュアルが、訓練を支えてくれる。
そして、たくさんの仲間たちが、同じ場所へ出かけようとしている。
「……ううん」
Xiは、小さく首を振った。
「……大変そうだけど、ちょっと楽しみかも」
「……そうか」
「……うん」
ログナーは、静かに頷いた。
「ならば、良い合宿にしてこい」
「……ありがとう、司令」
Xiは、笑った。
それは、以前の彼ならば、なかなか見せなかった表情だった。
誰かに与えられた役割ではなく。
誰かに押しつけられた義務でもなく。
自分で選んだこと。
そして、その選択を、周りのみんなが応援してくれている。
だから。
「……うん。頑張ってくるよ」
Xiは、そう答えた。
◆ ところが、まだ終わらない
「Xiくーん!」
会議室を出ようとしたところで、弥子が駆け寄ってきた。
「……何、弥子ちゃん?」
「今度、改めてコンパスに遊びに来てもいいですか?」
「……うん。別にいいけど」
「アウト・ミラージュ、正式に保管することになったんですよね?」
「……そうだよ」
「じゃあ、もう一度見せてください!」
Xiは、少し笑った。
「……いいよ。見学できる範囲ならね」
「ありがとうございます!」
弥子は、嬉しそうに頷いた。
「今度は、すえぞうも連れてきますね!」
「……うん。分かった」
Xiは、特に深く考えずに答えた。
以前から、すえぞうとは何度も顔を合わせている。
弥子が一緒に連れてくること自体、別に珍しくもない。
何の問題もないはずだった。
……少なくとも、Xiはそう思っていた。
その時。
「ところで、Xi」
ソープが、楽しそうに口を開いた。
「……何、陛下?」
「今度の合宿、僕も何か用意しておこうかな」
「……用意?」
「うん。練習用の道具とか」
「…………」
Xiは、ソープを見た。
ソープは、にっこり笑っている。
「……陛下」
「何?」
「普通の道具にしてね?」
「もちろん!」
「……本当に?」
「うん! 丈夫で、使いやすくて、安全なやつ!」
「…………」
Xiは、少しだけ安心した。
しかし。
「……ちなみに、どのくらい丈夫なの?」
「そうだねぇ……」
ソープは、少し考えた。
「カイエンが本気で打ち込んでも折れないくらいかな?」
「…………」
カイエンが、興味深そうに顔を上げた。
「ほう。そいつは面白そうだナ」
「師匠!!」
ソープが、嬉しそうに頷いた。
「でしょ?」
「陛下!!」
Xiは、頭を抱えた。
「誰も本気で打ち込んでいいなんて言ってないからね?!」
すると、アウクソーが、静かに口を開いた。
「マスター。Xiさんへの打ち込みは、習熟度に応じた強さに調整してください」
「……分かってるヨ」
バクスチュアルも、小さく頷いた。
「Xiサン、無理、シナイ」
「……うん。ありがとう」
Xiは、二人を見た。
「……やっぱり、稽古の段取りは二人にお願いして正解だったよ」
カイエンが、不満そうに呟いた。
「……だから信用ねぇナ」
ソープは、楽しそうに笑っていた。
その横で、弥子が一言。
「それじゃあ、私は会津の美味しいお店を調べておきますね!」
「弥子ちゃんは稽古と関係ないじゃないか!!」
「えー! 大事ですよ!」
「……大事だけどさ!!」
さらに、すえぞうが元気よく鳴いた。
「カツドン!!」
Xiは、ゆっくりと天井を仰いだ。
「…………」
そして、ぽつりと呟いた。
「……ねえ、バクスチュアル」
「ハイ?」
「……本当に、これって僕の合宿なんだよね?」
バクスチュアルは、少し考えた。
「……ウン」
「……うん」
「Xiサンノ、稽古」
「……そうだよね」
バクスチュアルは、静かに続けた。
「ソシテ……」
「……ん?」
「……ミンナノ、旅行」
「…………」
Xiは、目を瞬かせた。
そして。
「……そっか」
少しだけ笑った。
「……まあ、それも悪くないかな」
その直後。
弥子「Xi君! なかじまさん、今度は何杯食べてもいいですか?!」
「だから僕の稽古がメインだってばァァァ!!」
いつもの悲鳴が、コンパス本部に響き渡った。
こうして。
怪物強盗Xiの剣術合宿は、いつの間にか、
十二名とドラゴン一匹による会津・芦ノ牧温泉旅行へと姿を変え始めていた。
もっとも。
これから先、さらに厄介な出来事が待ち受けていることを、Xiはまだ知らなかった。
その原因となるのは、ある一人の技術者。
そして。
すえぞうという名の、食いしん坊なLEDドラゴンである。