守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇   作:ギアっちょ

345 / 346
アルバート・ハインラインはニワトリを研究したい

 コンパス本部。

 

 大型機動兵器の格納施設には、今日も白銀の巨人が静かに佇んでいた。

 

 MH(モーターヘッド)、アウト・ミラージュ。

 

 怪物強盗Xiのために用意された専用機である。

 

 先日、ようやく正式な保管契約が結ばれ、この機体はコンパスの施設で継続的に保管されることになった。

 

 整備や点検についても、A.K.D.とコンパスの間で細かな取り決めが交わされている。

 

 特に、無断でのスキャン、機体内部の解析、改造、複製、始動実験などは厳禁。

 

 そのあたりについては、既に何度も問題が起きていた。

 

 そして。

 

「……よし!」

 

 怪物強盗Xiは、格納施設の一角に立っていた。

 

「今日も異常なし、っと」

 

 隣では、バクスチュアルが点検記録を確認している。

 

「外観、異常ナシ。保管環境、正常」

 

「うん。良かった」

 

 Xiは、アウト・ミラージュを見上げた。

 

「……それにしても、ようやく落ち着いたね」

 

「ウン」

 

「もう『一時保管』じゃないし」

 

「正式、保管」

 

「……うん」

 

 Xiは、少し笑った。

 

 この機体をどう扱うのか。

 

 どこに置くのか。

 

 誰に整備を任せるのか。

 

 いろいろと面倒な問題があったが、ようやく一段落した。

 

 あとは、Xi自身が、いつかこの機体を使えるようになればいい。

 

 そのための剣術合宿も、少しずつ計画が進んでいる。

 

「……ま、まずは生身の稽古からだけどね」

 

 その時。

 

「Xiくーん!」

 

 格納施設の入口から、元気な声が響いた。

 

「……ん?」

 

 Xiが振り向く。

 

 そこには、桂木弥子が立っていた。

 

「こんにちはー!」

 

「あ、弥子ちゃん。いらっしゃい」

 

 Xiは、笑顔で手を振った。

 

「今日は見学に来たんだね」

 

「はい! アウト・ミラージュが正式に保管されることになったって聞いて、改めて見せてもらおうと思って!」

 

「うん。見学できる場所は限られてるけどね」

 

「大丈夫です!」

 

 弥子は、にっこり笑った。

 

「それと、今日はもう一人連れてきました!」

 

「……ああ、そうだったね」

 

 Xiは、弥子の足元を見た。

 

 そこには。

 

「うっす!」

 

 妙に大きな、黄色っぽい生き物がいた。

 

「……こんにちは、すえぞう」

 

「ハラへった!」

 

「挨拶の次はそれかよ!!」

 

 Xiは、思わず笑った。

 

 LEDドラゴンの幼生、すえぞう。

 

 その小さく愛嬌のある姿からは想像しにくいが、れっきとしたドラゴンである。

 

 そして、その食欲は凄まじい。

 

「……弥子ちゃん。すえぞう、お昼は?」

 

「ちゃんと食べてきましたよ!」

 

「……そうなの?」

 

「はい!」

 

 Xiは、すえぞうを見た。

 

「…………」

 

 すえぞうも、Xiを見た。

 

「ハラへった!」

 

「食べてきたんだよね?!」

 

 バクスチュアルが、小さく頷いた。

 

「通常、運転」

 

「……本当にね」

 

 Xiは、苦笑した。

 

◆ でっかいニワトリ?

 

 その時だった。

 

「おや?」

 

 格納施設の奥から、聞き覚えのある声がした。

 

「桂木さん、こんにちは!」

 

 振り向くと、資料を抱えた男が近づいてきた。

 

 アルバート・ハインライン。

 

 コンパスの技術者であり、優秀な研究者である。

 

 そして。

 

 アウト・ミラージュを目にして以来、数々の騒動を巻き起こしてきた人物でもあった。

 

「あ! アルバートさん!」

 

 弥子が、笑顔で挨拶する。

 

「こんにちは!」

 

「はい、こんにちは!」

 

 アルバートも、嬉しそうに笑った。

 

「今日はアウト・ミラージュの見学ですか?」

 

「はい!」

 

「そうですか! 私も現在、許可された範囲で保管状況の確認を行っているところでして!」

 

 Xiが、すかさず口を挟んだ。

 

「……アルバート」

 

「はい?」

 

「本当に、許可された範囲だけだよね?」

 

「もちろんです!」

 

「……スキャンとかしてない?」

 

「していません!」

 

「……内部解析とか」

 

「していません!」

 

「……始動キーの複製とか」

 

「あれはもう反省しましたから!!」

 

「……ならいいけど」

 

 アルバートは、少し困ったように笑った。

 

「信用がありませんねぇ……」

 

「実績があるからね!!」

 

 その時。

 

 アルバートは、弥子の足元にいる生き物に気づいた。

 

「……おや?」

 

 すえぞうが、アルバートを見上げる。

 

「うっす!」

 

「…………」

 

 アルバートは、目を瞬かせた。

 

「……桂木さん」

 

「はい?」

 

「その、でっかいニワトリは……?」

 

「…………」

 

 Xiが、ゆっくりとアルバートを見た。

 

「……ニワトリ?」

 

「ええ。いや、ニワトリにしては妙ですね……」

 

 アルバートは、すえぞうをじっと観察した。

 

「体型は鳥類に近いようにも見えますが、脚の構造が……いや、そもそも羽毛が……」

 

「…………」

 

「……ちょっと待ってください」

 

 アルバートの表情が変わった。

 

「これは……ニワトリじゃない……?」

 

 弥子が、明るく答えた。

 

「あ! アルバートさん、紹介しますね!」

 

「……はい?」

 

「すえぞうです!」

 

 弥子は、足元のすえぞうに声を掛けた。

 

「すえぞう! アルバートさんに挨拶して!」

 

 すえぞうは、元気よく顔を上げた。

 

「ハラへった!!」

 

「…………」

 

 アルバートが固まった。

 

「…………」

 

 Xiは、ため息をついた。

 

「……通常運転だなぁ」

 

 アルバートが、ゆっくりと口を開く。

 

「……今」

 

「……ん?」

 

「……しゃべりました?」

 

「うん」

 

「……人間の言葉を?」

 

「……まあ、一応ね」

 

 すえぞうが、得意そうに胸を張った。

 

「エライ!」

 

「…………」

 

 アルバートの目が、みるみる大きくなっていった。

 

「……この体型、この骨格……」

 

「…………」

 

「……まさか」

 

 Xiは、嫌な予感がした。

 

「……アルバート?」

 

 アルバートは、すえぞうを指さした。

 

「これがドラゴン?! LEDドラゴンの幼生!!」

 

「……うん。そうだけど」

 

「なんということだァァァ!!」

 

「うわっ?!」

 

 アルバートの大声に、Xiが飛び上がった。

 

 すえぞうも、驚いたようにアルバートを見る。

 

「うっす!」

 

 だが、アルバートは止まらなかった。

 

「素晴らしい! 実に素晴らしい!!」

 

「……アルバート?」

 

「伝説的な生命体、LEDドラゴン! その幼生が、今、私の目の前に!!」

 

「……あのさ」

 

「それも、これほど小さな姿で! しかも人間の言葉を理解する!!」

 

「……うん」

 

「これは、ぜひ詳しく調べなければ!!」

 

「…………」

 

 Xiは、目を閉じた。

 

「……始まっちゃった」

 

◆ 痛いことはしません!

 

「桂木さん!」

 

「は、はい?!」

 

 アルバートが、勢いよく弥子に向き直った。

 

「そのでっかいニワトリ……いえ、すえぞう君!」

 

「……はい」

 

「ぜひぜひ、私に詳しく調べさせてください!!」

 

「…………」

 

 弥子は、すえぞうを抱き寄せた。

 

「……え?」

 

「ご安心ください! 痛いこととかは一切しませんので!」

 

「…………」

 

 弥子は、少し考えた。

 

 そして。

 

「なんか怖いんで駄目です!!」

 

「えええっ?!」

 

 アルバートが、心底驚いた顔になる。

 

「な、なぜですか?!」

 

「だって、いきなり調べさせてくださいって……!」

 

「いえ、もちろん純粋な学術的関心からでして!」

 

「……それが怖いんです!」

 

 すえぞうは、弥子の腕の中から顔を出した。

 

「うっす!」

 

 アルバートが、ぱっと笑顔になった。

 

「おお! すえぞう君自身は、協力的なようですね!」

 

「違うと思う!!」

 

 Xiが、即座に否定した。

 

「すえぞう! 君、何に返事したか分かってる?」

 

「うっす!」

 

「分かってないよね?!」

 

 アルバートは、少し首を傾げた。

 

「……そうでしょうか?」

 

「そうだよ!」

 

 Xiは、すえぞうを見た。

 

「……あのさ、アルバート」

 

「はい?」

 

「この子、今はこんな姿だけど、LEDドラゴンなんだよ?」

 

「ええ! それが素晴らしいんです!」

 

「……いや、だから」

 

 Xiは、少し真面目な顔になった。

 

「幼体だからって、下手なことしない方がいいと思うよ。

 本人は、自分がどういう存在なのか、まだよく分かってないかもしれないけどさ」

 

「…………」

 

「それに、この子が『うっす!』って言ったからって、

 何をしてもいいわけじゃないからね」

 

 アルバートは、しばらく黙った。

 

 そして、頷いた。

 

「……なるほど」

 

「……分かってくれた?」

 

「はい。確かに、本人の意思をきちんと確認する必要がありますね」

 

「……そうそう」

 

 Xiは、少し安心した。

 

 ところが。

 

「では、まず同意確認のための手順を作成して……」

 

「…………」

 

「すえぞう君が理解できる形式で、観察内容を説明する必要がありますね!」

 

「…………」

 

「そのうえで、非接触型の生体スキャナーによる……」

 

「結局スキャンする気じゃないか!!」

 

「いえ! あくまで正式な手続きを踏んでからですよ?!」

 

「手続きが済めば必ず許可されると思わないで!!」

 

 アルバートは、少し困った顔をした。

 

「……なかなか難しいものですねぇ」

 

「……当たり前だよ」

 

 Xiは、すえぞうを見た。

 

「僕だって、勝手にいろいろ決められるのは嫌だったしね」

 

「…………」

 

 その言葉に、アルバートは少しだけ表情を変えた。

 

 Xiは続ける。

 

「知らない相手に、いきなり身体を調べさせてって言われたら、

 普通は警戒するでしょ?」

 

「……確かに」

 

「だから、まずは普通に仲良くなってよ」

 

「……仲良く?」

 

「うん。すえぞうは研究対象じゃなくて、すえぞうだから」

 

 アルバートは、少し考えた。

 

「……そうですね」

 

 そして、改めてすえぞうに向き直る。

 

「……すえぞう君。はじめまして」

 

 すえぞうは、アルバートを見た。

 

「うっす!」

 

「私はアルバート・ハインラインと申します。よろしくお願いします」

 

「ハラへった!」

 

「……あ、はい」

 

 Xiが、苦笑する。

 

「……まずは、その返事に慣れるところからだね」

 

◆ 研究者、もう一名追加

 

「……何だか賑やかだね」

 

 そこへ、レディオス・ソープがやって来た。

 

「あ、陛下」

 

 Xiは、振り向いた。

 

「弥子ちゃんが、すえぞうを連れて遊びに来たんだよ」

 

「へぇ!」

 

 ソープは、嬉しそうに笑った。

 

「こんにちは、すえぞう!」

 

「うっす!」

 

「元気だねぇ」

 

 弥子も笑顔で挨拶した。

 

「こんにちは、ソープさん!」

 

「こんにちは、弥子ちゃん」

 

 その横で。

 

 アルバートが、ソープを見た。

 

「……ソープ様」

 

「ん?」

 

「こちらのすえぞう君について、何かご存じですか?!」

 

「……すえぞう?」

 

「はい! LEDドラゴンの幼生だそうで!」

 

「ああ。もちろん知ってるよ」

 

「……本当ですか?!」

 

「うん」

 

 ソープは、にっこり笑った。

 

「前に、すえぞうを使って、ちょっと面白い実験を考えたことがあるんだ」

 

「…………」

 

 Xiの表情が変わった。

 

「……陛下?」

 

「何?」

 

「……その話は」

 

 ソープは、楽しそうに続けた。

 

「コーヒーの果実を食べてもらってね」

 

「…………」

 

「その消化過程を利用したら、変わったコーヒー豆ができるんじゃないかなって」

 

「…………」

 

 アルバートの目が輝いた。

 

「コーヒーの果実?!」

 

「うん。コーヒーチェリー」

 

「なるほど! コピ・ルアクのように、消化器官を経由した豆の性質を調べるわけですね?!」

 

「そうそう!」

 

「しかも、対象はLEDドラゴン!!」

 

「面白いでしょ?」

 

「実に興味深い!!」

 

 Xiは、ゆっくりと両手を広げた。

 

「……陛下」

 

「うん?」

 

「その実験、前にも禁止したよね?!」

 

「……うん」

 

「通行止め!! です!!」

 

「えー」

 

 アルバートが、驚いた顔になる。

 

「……えっ?! 既に研究計画があったのですか?!」

 

「あったけど中止したんだよ!!」

 

「それは残念ですねぇ……」

 

「残念がらないで!!」

 

 ソープは、少し不満そうに言った。

 

「だって、実際にどうなるかは、やってみないと分からないでしょ?」

 

「やらなくていいんだよ!」

 

「……そうかなぁ」

 

「そう!!」

 

 弥子も、すえぞうを抱えながら頷いた。

 

「すえぞうは実験動物じゃないですから!」

 

「ハラへった!」

 

「……本人も、そう言ってます!」

 

 Xiは、弥子を見た。

 

「……いや、それはたぶん違う意味だと思うよ」

 

 アルバートが、真面目な顔で口を開いた。

 

「……ですが、確かに興味深いテーマです」

 

「……アルバート?」

 

「未知の生命体の消化器官が、植物由来の物質にどのような影響を与えるのか……」

 

「…………」

 

「実験しないまでも、理論上の検討だけなら……」

 

「やめて!! もう研究会になってる!!」

 

 ソープは、愉快そうに笑った。

 

「アルバートって、本当に研究が好きなんだね」

 

「ええ! 未知のものを知ることこそ、研究者の喜びですから!」

 

「僕もそう思うよ!」

 

「…………」

 

 Xiは、二人を交互に見た。

 

「……ねえ、弥子ちゃん」

 

「はい?」

 

「……この二人、似てない?」

 

「……すっごく似てます」

 

「……だよね」

 

 ソープとアルバートは、楽しそうに研究談義を続けている。

 

 Xiは、深いため息をついた。

 

「……研究者って、好奇心にブレーキがないのかなぁ……」

 

 バクスチュアルが、静かに答えた。

 

「ブレーキ、必要」

 

「……うん。ものすごく必要だね」

 

◆ すえぞう、旅行に行く

 

 その後。

 

 一同は、コンパスの休憩スペースへ移動した。

 

 弥子は持参したお菓子を取り出し、すえぞうと一緒に食べ始めている。

 

「はい、すえぞう」

 

「うっす!」

 

「美味しい?」

 

「ウマイ!」

 

「良かった!」

 

 それを見て、アルバートが感心したように頷いた。

 

「……なるほど。食事に対する反応も、実に興味深いですね」

 

「……アルバート」

 

 Xiが、じろりと睨んだ。

 

「……普通に見てるだけですよ!」

 

「……ならいいけど」

 

 その時。

 

 弥子が、思い出したように口を開いた。

 

「そういえばXi君、今度の旅行、楽しみですね!」

 

「……ああ、合宿のこと?」

 

「はい!」

 

 Xiは、頷いた。

 

「今、キラたちが宿泊先とか交通機関を調べてくれてるところだよ」

 

「わぁ! 楽しみです!」

 

 すえぞうが、顔を上げた。

 

「カツドン!!」

 

「ふふ。そうだね!」

 

 弥子は、嬉しそうに頷いた。

 

「会津に行ったら、美味しいカツ丼を食べようね!」

 

「カツドン!!」

 

 アルバートが、首を傾げた。

 

「……カツ丼?」

 

 弥子が、笑顔で答える。

 

「はい! 会津の『なかじま』さんってお店に、すっごく美味しい煮込みソースカツ丼があるんですよ!」

 

「……ほう!」

 

「前に行った時は、私、三杯食べたんです!」

 

「……三杯?」

 

「はい! 今回はもっと食べたいです!」

 

 Xiが、すかさず口を挟んだ。

 

「だからって、無制限に注文していいわけじゃないからね?!」

 

「えー!」

 

 アルバートは、すえぞうを見た。

 

「……なるほど。すえぞう君も、そのカツ丼がお好きなのですね?」

 

「カツドン!!」

 

「……そうなの?」

 

 Xiは、首を振った。

 

「いや、まだ食べたことないんだよ」

 

「……え?」

 

「今回が初めてになる予定」

 

「……初めて?」

 

 アルバートの表情が変わった。

 

「……ということは」

 

「…………」

 

「LEDドラゴンの幼生が、初めてカツ丼を摂食する瞬間を観察できるわけですね?!」

 

「だから研究の話に戻さないで!!」

 

「ですが、初回の反応は一度しか記録できない貴重な機会でして!」

 

「その貴重な機会は、すえぞう本人に楽しませてあげようよ!!」

 

「……なるほど」

 

 アルバートは、少し考えた。

 

「……確かに、本人にとっては初めての味ですからね」

 

「……うん」

 

「……ぜひ、楽しい体験にしてもらいたいものです」

 

「……そうそう!」

 

 Xiは、ほっとした。

 

 ようやく話が通じた。

 

 ところが、その直後。

 

「……ところで、Xiさん」

 

「……何?」

 

「今度の旅行は、二泊三日なのですか?」

 

「……うん」

 

「キラ准将も参加されるとか?」

 

「……そうだけど」

 

 アルバートは、少し考えた。

 

 そして、にっこり笑った。

 

「……なるほど!」

 

「…………」

 

 Xiは、嫌な予感がした。

 

「……アルバート?」

 

◆ 親切な申し出

 

「それでしたら!」

 

 アルバートが、勢いよく立ち上がった。

 

「皆さんが旅行されている間、私が責任をもって、このでっかいニワト……いえ、すえぞう君をお預かりして、お世話させていただきます!!」

 

「…………」

 

 Xiが、目を瞬かせた。

 

 弥子も、きょとんとした。

 

「……え?」

 

「二泊三日でしたら、十分対応可能です!」

 

「……いや、あの」

 

「食事も用意いたしますし、安全な場所も確保いたします!」

 

「…………」

 

「もちろん、研究設備も充実しておりますので!」

 

「今、研究設備って言ったよね?!」

 

 Xiが、即座に突っ込んだ。

 

「い、いえ! あくまで安全管理のためです!」

 

「……怪しいなぁ」

 

 弥子も、すえぞうを抱き寄せた。

 

「それに、すえぞうも旅行に行きますよ?」

 

「…………」

 

 アルバートが、固まった。

 

「……え?」

 

 Xiが、頷いた。

 

「うん。すえぞうも一緒に連れていくから、大丈夫だよ」

 

「…………」

 

「姫様と一緒に温泉旅館に泊まるんだ」

 

「…………」

 

「だから、お留守番してもらう必要はないんだよ」

 

 しばしの沈黙。

 

 そして。

 

「……なるほど」

 

 アルバートは、ゆっくりと頷いた。

 

「……LEDドラゴンの幼生が、温泉旅行に同行する……」

 

「……うん」

 

「……しかも、会津の名物料理を初めて食べる……」

 

「……そうだね」

 

「…………」

 

 アルバートの目が、再び輝いた。

 

「では、私もぜひ旅行に同行させていただいて、観さ……」

 

「今回は既に大所帯なんで!!」

 

「えええっ?!」

 

 Xiの即答に、アルバートがのけぞった。

 

「な、なぜですか?!」

 

「もう参加者が十二人いるんだよ!」

 

「……十二人?」

 

「それに、すえぞう!」

 

「……十三名!」

 

「十二人と一匹!!」

 

 アルバートは、少し考えた。

 

「……では、私一人くらい増えても……」

 

「増えません!!」

 

「宿泊先は、自分で手配します!」

 

「駄目!」

 

「交通費も、自費で構いません!」

 

「駄目!!」

 

「現地では別行動にいたします!」

 

「……本当?」

 

「はい! すえぞう君の食事や睡眠、入浴時の生態を、少し離れた場所から……」

 

「全然別行動じゃないじゃないか!!」

 

 弥子が、呆れたように言った。

 

「アルバートさん、すえぞうをずっと観察するつもりなんですか?」

 

「いえ! もちろん、休息時間も設けます!」

 

「そういう問題じゃないです!!」

 

 すえぞうは、お菓子を食べながら元気よく鳴いた。

 

「うっす!」

 

 アルバートが、ぱっと笑った。

 

「ほら! すえぞう君も歓迎してくれているようです!」

 

 Xiが、頭を抱えた。

 

「だから、すえぞうの『うっす!』を全部同意として扱うなァァァ!!」

 

 ソープは、隣で楽しそうに笑っている。

 

「アルバート、本当に行きたいんだねぇ」

 

「もちろんです!」

 

「ふふ。残念だったね」

 

「……ソープ様!」

 

「何?」

 

「ぜひ、私の分もすえぞう君の様子を……」

 

「陛下に頼まないで!!」

 

 Xiが、二人の間に割って入った。

 

「今回の旅行は研究合宿じゃないの!! 僕の剣術合宿なの!!」

 

 アルバートは、ようやく言葉を止めた。

 

「……あ」

 

「……何?」

 

「……そうでしたね」

 

「……そうだよ」

 

 アルバートは、少し申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「……失礼しました。すえぞう君のことばかり考えてしまいまして」

 

「……うん」

 

「Xiさんの訓練が主目的でしたね」

 

「……分かってくれた?」

 

「はい!」

 

 Xiは、ようやく安心した。

 

 だが。

 

「……しかし、貴重な研究観察の機会が……」

 

「だから駄目なんだよ!!」

 

 その日のコンパス本部には、Xiの悲鳴が何度も響き渡った。

 

◆ お留守番のお仕事

 

 しばらく後。

 

 アルバートも、どうにか落ち着きを取り戻した。

 

 Xiは、ひと息ついてから口を開いた。

 

「……あのさ、アルバート」

 

「……はい」

 

「旅行には連れていけないけど、別に君のことが嫌いなわけじゃないからね」

 

「……え?」

 

「研究したい気持ちは分かるんだよ」

 

「…………」

 

「でも、すえぞうはすえぞうだから。嫌がることや、よく分からないことを、勝手にしちゃ駄目だよ」

 

 アルバートは、静かに頷いた。

 

「……はい」

 

「……それに」

 

 Xiは、格納施設の方へ目を向けた。

 

「君には、コンパスでの仕事があるでしょ?」

 

「……お仕事?」

 

「うん。僕たちが旅行に行っている間も、アウト・ミラージュはここにあるんだから」

 

「…………」

 

 アルバートの表情が、ぱっと明るくなった。

 

「……なるほど!!」

 

「……うん」

 

「私が責任をもって、保管施設の安全管理を!」

 

「……そうそう」

 

「外観点検、保管環境の確認、設備の状態監視などを!」

 

「……うん」

 

 Xiは、人差し指を立てた。

 

「ただし、契約で認められている範囲だけね!」

 

「もちろんです!」

 

「……勝手にスキャンしない」

 

「はい!」

 

「……勝手に中を開けない」

 

「はい!」

 

「……始動キーを複製しない」

 

「……はい!」

 

「……陛下がいないからって、独自に改造しない」

 

「しませんよ!!」

 

 Xiは、ほっと息を吐いた。

 

「……よし。それなら安心だね」

 

 バクスチュアルも、小さく頷いた。

 

「契約、遵守」

 

「……うん」

 

 アルバートは、真面目な顔で言った。

 

「分かりました。皆さんが旅行されている間も、許可された業務を責任をもって行います!」

 

 Xiは、微笑んだ。

 

「……ありがとう、アルバート」

 

「いえいえ!」

 

 アルバートも笑った。

 

「ぜひ、旅行を楽しんできてください!」

 

「……うん」

 

「そして、Xiさんの剣術訓練が実りあるものとなるよう、お祈りしています!」

 

「……ありがとう」

 

 Xiは、少し嬉しくなった。

 

 アルバートは好奇心が強すぎて、しばしば問題を起こす。

 

 しかし、根は決して悪い人物ではない。

 

 こうして話せば、ちゃんと理解してくれるのだ。

 

「……じゃあ、行ってくるよ」

 

「はい!」

 

「お土産話も持ってくるから」

 

「ありがとうございます!」

 

 アルバートは、にっこり笑った。

 

「特に、すえぞう君が会津で何を何食分召し上がったか、ぜひ詳しく!」

 

「…………」

 

 Xiは、目を閉じた。

 

「……アルバート」

 

「はい?」

 

「やっぱり、諦めてないよね?!」

 

「いえいえ! 単なる興味です!」

 

「その興味が怖いんだよ!!」

 

 弥子が、笑った。

 

「でも、お土産話くらいならいいんじゃないですか?」

 

「……まあ、それはいいけどさ」

 

 Xiは、すえぞうを見た。

 

「……すえぞう。会津に行ったら、美味しいものいっぱい食べようね」

 

 すえぞうは、勢いよく顔を上げた。

 

「カツドン!!」

 

「……うん。カツ丼もね」

 

「ハラへった!」

 

「だから、今お菓子食べてるじゃないか!!」

 

 すえぞうは、嬉しそうに笑っていた。

 

◆ 技術者の小さな進歩

 

 弥子たちが帰る時間になった。

 

 格納施設の入口で、アルバートは再びすえぞうに声を掛けた。

 

「……すえぞう君」

 

「うっす!」

 

「今日は会えて嬉しかったです」

 

「……?」

 

「また機会があれば、遊びに来てくださいね」

 

 すえぞうは、しばらくアルバートを見ていた。

 

 そして。

 

「うっす!」

 

 元気よく返事をした。

 

 アルバートは、嬉しそうに笑った。

 

「……ありがとうございます!」

 

 Xiは、その様子を見て少し驚いた。

 

 今回は、スキャナーも出さない。

 

 測定器も出さない。

 

 研究計画書も持ち出さない。

 

 ただ、普通に挨拶をしている。

 

「……アルバート」

 

「はい?」

 

「……そういうのでいいんだよ」

 

「……え?」

 

「まずは、仲良くなるところからさ」

 

 アルバートは、少し考えた。

 

 そして、頷いた。

 

「……なるほど」

 

 Xiも、頷く。

 

「うん」

 

「……分かりました」

 

 アルバートは、穏やかに笑った。

 

「では、次に会う時には、まずすえぞう君の好きなものでも聞いてみましょう」

 

「……うん。それならいいね」

 

 弥子が、楽しそうに口を挟んだ。

 

「きっと食べ物の話ですよ!」

 

 すえぞうが、勢いよく鳴いた。

 

「カツドン!!」

 

「……ほらね!」

 

 アルバートは、思わず笑った。

 

「ハハハ! なるほど。カツ丼が楽しみなのですね!」

 

「うっす!!」

 

 Xiも、笑った。

 

 すえぞうはまだ、煮込みソースカツ丼を食べたことがない。

 

 ただ、弥子やソープからその話を聞き、今から楽しみにしているだけなのだ。

 

 それでも。

 

 本人にとっては、それで十分なのだろう。

 

「……じゃあ、またね。アルバート」

 

「はい! 皆さん、お気をつけて!」

 

 Xiたちは、格納施設を後にした。

 

 その背中を、アルバートは穏やかな表情で見送っていた。

 

 ……のだが。

 

「…………」

 

 しばらくして。

 

 アルバートは、ふと考えた。

 

「……そういえば」

 

 手元の資料を見つめる。

 

「LEDドラゴンの幼生……」

 

「…………」

 

「……いずれ、成長すると……」

 

「…………」

 

 アルバートは、目を輝かせた。

 

「成長過程の記録という、長期的な研究テーマも……!!」

 

 その瞬間。

 

 遠くから、Xiの声が響いた。

 

「アルバートォォォ!!」

 

「えええっ?! 聞こえてたんですか?!」

 

 どうやら、まだ少し修行が必要らしい。

 

◆ そのころ、コンパスの事務室

 

 同じ頃。

 

 キラ・ヤマト准将は、会津合宿の旅行計画書を眺めていた。

 

「……よし」

 

 宿泊希望者は十二名。

 

 すえぞうは、受け入れ条件を確認したうえで添い寝枠として相談する。

 

 候補地は芦ノ牧温泉。

 

 交通機関は鉄道を基本とし、現地での移動手段も検討する。

 

 訓練場所は大川の河原を候補とし、利用可否と安全条件を確認する。

 

 そして。

 

「……問題は、昼食だね」

 

 キラは、メモを見た。

 

『会津若松市・なかじま』

 

『煮込みソースカツ丼』

 

『参加者十二名+すえぞう』

 

『食事数、要確認』

 

 キラは、少し考えた。

 

「……弥子さんが前回三杯食べたんだよね」

 

 隣にいたバクスチュアルが、頷いた。

 

「ウン」

 

「……今回は、もっと食べたいって言ってたし」

 

「ウン」

 

「……すえぞうも、初めてカツ丼を食べるんだよね」

 

「ウン」

 

「…………」

 

 キラは、ペンを置いた。

 

「……何人前くらい、準備してもらえばいいんだろう?」

 

 バクスチュアルは、少し考えた。

 

 そして。

 

「……三十人前?」

 

「…………」

 

 キラは、目を瞬かせた。

 

「……十二人と、すえぞう一匹で?」

 

「ウン」

 

「…………」

 

 キラは、ゆっくりと頭を抱えた。

 

「……そうか」

 

 そして、ぽつりと呟いた。

 

「これ、お店を貸し切りにした方がいいかもしれないね……」

 

 旅行の本格的な手配は、まだ始まったばかりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。