守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
◆ いざ、会津へ!
朝。
コンパス本部の集合場所には、旅行用の鞄を持った一行が集まっていた。
「……よし」
キラ・ヤマト准将は、手元の名簿を確認した。
「全員、揃ってるね」
怪物強盗Xi。
剣聖ダグラス・カイエン。
レディオス・ソープとラキシス。
ファティマのアウクソーとバクスチュアル。
桂木弥子、脳噛ネウロ。
岸辺露伴と担当編集者の泉京香。
そして、キラ自身とラクス・クライン。
合計十二名。
さらに。
「カツドン!!」
ラキシスの傍らで、小さなLEDドラゴンが元気よく鳴いた。
「……すえぞうも、元気だね」
キラは、苦笑した。
「うっす!」
「……うん。良かった」
Xiは、その様子を見ながら、小さく息を吐いた。
「……ついに今日かぁ」
今回の目的は、Xiの剣術合宿。
剣聖カイエンと、天位クラスの腕を持つソープによる、二泊三日の特別稽古である。
行き先は、福島県会津地方。
芦ノ牧温泉。
だが、参加者の大半は、どうやら別の目的も楽しみにしているらしい。
「Xi君!」
弥子が、嬉しそうに声を掛けた。
「いよいよですね!」
「……うん」
「会津のカツ丼!!」
「そっちかよ!!」
Xiが、即座に突っ込んだ。
弥子は、きょとんとした顔になる。
「え? もちろん、Xi君の稽古も応援しますよ?」
「……ありがとう」
「でも、まずはお昼ご飯ですね!」
「間違ってはいないけど!!」
ラキシスも、楽しそうに微笑んだ。
「ふふ。私も楽しみです」
ソープが、隣で頷く。
「僕も! 会津って、いろいろ美味しいものがあるんでしょ?」
「……うん。そうみたいだけど」
Xiは、少し不安になった。
「……陛下、今回は僕の稽古がメインだからね?」
「分かってるよ!」
「……本当に?」
「もちろん!」
ソープは、にっこり笑った。
「美味しいものを食べて、温泉に入って、元気になって稽古すればいいんだよ!」
「…………」
Xiは、少し考えた。
「……まあ、それはそうか」
カイエンが、愉快そうに笑った。
「ハハッ! そんなに構えなくたっていいんだヨ」
「……師匠?」
「オマエ、以前から稽古はしてるだろ? 今回はその続きをやるだけだ」
「……うん」
「ま、少しは本格的になるけどナ」
「…………」
Xiの表情が固まった。
「……少し?」
「おう」
「……師匠の『少し』って、信用していいの?」
アウクソーが、穏やかに答えた。
「ご安心ください。訓練内容と休息時間については、私とバクスチュアル姉様が確認いたします」
「……ありがとう、アウクソーさん」
バクスチュアルも頷いた。
「Xiサン。無理、シナイ」
「……うん」
Xiは、少し安心した。
その時。
「……では、出発前にひとつ」
ログナー司令が、姿を現した。
「今回の合宿は、Xiの剣術技量の向上を目的とする。カイエン、指導を頼む」
「おう。任せとけヨ」
「アウクソー、バクスチュアル。安全管理を頼む」
「承知しました」
「ウン」
ログナーは、ソープへ向き直った。
「陛下」
「何?」
「……くれぐれも、現地で余計な実験をなさらぬよう」
「えー」
Xiが、すかさず口を挟んだ。
「司令!! もっと強く言って!!」
「陛下。通行止めです」
「……まだ何もしてないのに」
ソープは、少し不満そうだった。
ログナーは、構わず続けた。
「では、良い合宿を」
そして、キラに向き直る。
「キラ准将。道中の取りまとめを頼む」
「はい!」
キラは、しっかり頷いた。
その手には、参加者名簿。
もう一方の手には、旅程表。
鞄の中には、GABAチョコと乳酸菌飲料。
準備は万端だった。
……少なくとも、本人はそう思っていた。
◆ 准将、点呼を取る
出発駅。
一行は、キラの案内で改札へ向かっていた。
「それじゃあ、皆さん。乗車前にもう一度、人数を確認します」
キラは、名簿を見た。
「Xi」
「はい」
「カイエンさん」
「おう」
「ソープさん」
「いるよ!」
「ラキシスさん」
「はい」
「アウクソーさん、バクスチュアル」
「はい」
「ウン」
「弥子さん」
「はいっ!」
「ネウロさん」
「……我が輩も数に入れるのか」
「もちろんです」
「ククク……律儀なことだ」
「岸辺露伴さん、泉さん」
「いるぞ」
「はい!」
「ラクス」
「はい、キラ」
「……よし」
キラは、名簿にチェックを入れた。
「十二名、全員揃ってるね」
すると。
「カツドン!!」
すえぞうが、元気よく鳴いた。
「……あ、すえぞうも」
キラは、苦笑した。
「ちゃんといるね」
ラキシスが、微笑む。
「ふふ。もちろんです」
すえぞうは、ラキシスのそばで、嬉しそうに身体を揺らしていた。
鉄道会社との事前確認も済ませてあり、移動中は指定された携行用の設備で、安全に過ごせるよう準備されている。
ただし。
「……すえぞう」
Xiが、しゃがみ込んだ。
「電車の中で、勝手に歩き回っちゃ駄目だよ?」
「うっす!」
「……それと、知らない人の食べ物を取っちゃ駄目」
「うっす!」
「……あと、車内の備品は食べ物じゃないからね?」
「うっす!」
キラが、少し心配そうに言った。
「……Xi」
「……何?」
「……分かってるのかな」
「…………」
Xiは、すえぞうを見た。
「……多分、大丈夫」
「……多分?」
「僕だって、そこまでは保証できないよ!!」
弥子が、明るく言った。
「大丈夫ですよ! 私が見てますから!」
Xiは、少し安心した。
「……そうだね。弥子ちゃんが一緒なら……」
そこで、ふと気づいた。
「…………」
「……Xi君?」
「……いや」
Xiは、首を振った。
「食べ物が関係する場面だと、むしろ二人で何かやりそうだなって……」
「えー?!」
弥子は、不満そうだった。
すえぞうは、元気だった。
「カツドン!!」
「まだ着いてないから!!」
◆ 新幹線の中で
列車は、静かに走り出した。
窓の外を、街並みが流れていく。
やがて建物の密度が減り、広い空と田園風景が見えてきた。
「……へぇ」
Xiは、窓の外を眺めた。
「こうしてみんなで遠出するのも、久しぶりだね」
隣に座るカイエンが、頷いた。
「そうだナ」
「……しかも、今回は僕の稽古が目的だなんて」
「何だヨ。今さら緊張してんのか?」
「……少しね」
Xiは、苦笑した。
「自分で決めたことだけど、やっぱり剣聖に稽古をつけてもらうって、
簡単な話じゃないでしょ」
カイエンは、しばらくXiを見た。
そして。
「……ま、オレにできることは教えてやるヨ」
「……うん」
「オマエがどこまで覚えるかは、オマエ次第だ」
Xiは、頷いた。
「……分かってる」
少しだけ、静かな時間が流れた。
ところが。
「……ところで、カイエン」
通路の向こうから、岸辺露伴が声を掛けた。
「……ん?」
「以前から聞きたかったんだが」
露伴は、既に手帳を開いていた。
「剣聖の技術というのは、身体能力そのものが重要なのか? それとも判断力の問題なのか?」
「…………」
カイエンは、露伴を見た。
「……どっちもだヨ」
「なるほど。では、どちらがより重要なんだ?」
「……状況によるナ」
「具体的には?」
「…………」
Xiが、そっとカイエンを見た。
カイエンは、少し考えて答えた。
「……そうだナ。例えば、相手がオレより速く動けたとしても、
次に何をするか読めりゃ対処できる」
「ほう!」
露伴の目が輝いた。
「つまり、単純な反射速度だけではないわけだ」
「おう」
「では、その予測は経験に基づくものなのか?」
「……まあ、そういう場合もあるナ」
「そういう場合?」
「……ああ」
「それ以外は?」
「…………」
カイエンは、窓の外を見た。
「……長い話になるゼ?」
露伴は、満足そうに笑った。
「望むところだ」
「…………」
Xiは、少し目を閉じた。
「……師匠」
「……何だヨ」
「……頑張って」
「オマエも少しは助けろヨ!!」
そこへ、ネウロが口を挟んだ。
「ククク……剣聖の技量とは、実に興味深い。ならば、質問を少し変えてみよう」
カイエンが、嫌な顔をした。
「……何だヨ」
「その絶対的な強さゆえに、日常では油断しやすいのではないか?」
「…………」
「例えば、妙な食べ物や飲み物を不用意に口にするとかな」
「テメェ!!」
Xiが、思わず吹き出した。
「……ぷっ!」
カイエンが、振り向く。
「オイ、Xi!」
「……ご、ごめん!」
「笑うなヨ!」
「だって……!」
Xiは、肩を震わせた。
「師匠、前にもレモンサワーで酷い目に遭ってたし……!」
「蒸し返すな!!」
露伴は、手帳に何かを書き込んだ。
「……なるほど。剣聖にも、意外な弱点がある」
「書くなヨ!!」
キラは、少し離れた席で、そのやり取りを聞いていた。
「…………」
そして、鞄からGABAチョコを取り出した。
ラクスが、隣で微笑む。
「キラ。もう召し上がるのですか?」
「……うん」
キラは、苦笑した。
「……何となく、必要になる気がして」
「ふふ」
ラクスは、優しく笑った。
「でも、皆さん楽しそうですわね」
「……そうだね」
キラも、微笑んだ。
確かに。
賑やかではあるが、こうして皆で旅をするのは悪くない。
……少なくとも、今のところは。
◆ 会津へ向かう車窓
郡山で乗り換え、一行は磐越西線へ。
車窓には、山々と田園の景色が広がっていた。
「……綺麗ですねぇ」
泉京香が、嬉しそうに声を上げた。
「都会とは全然違いますね!」
ラクスも、窓の外を眺めている。
「ええ。山々の景色が、とても美しいですわ」
ラキシスも、にっこり笑った。
「こういう場所を旅するのも、いいものですね」
ソープが、楽しそうに言った。
「うん。空気も良さそうだし!」
Xiは、窓の外を見た。
山々の稜線。
広がる田畑。
遠くに見える、雄大な磐梯山。
「……いい景色だね」
バクスチュアルが、頷いた。
「ウン。キレイ」
その横で。
「……ねえ、弥子ちゃん」
「はい?」
Xiは、弥子を見た。
「……今、お腹空いてる?」
「はい!」
「……やっぱり」
弥子は、嬉しそうに笑った。
「もう、すっごく楽しみなんです!」
「……うん」
「なかじまさんの煮込みソースカツ丼!」
「……そうだね」
「前回の三杯も美味しかったんですけど、今回はもっと食べたいなって!」
「…………」
Xiは、少し考えた。
「……八杯だっけ?」
「はい!」
「……食べきれるの?」
「もちろんです!」
弥子は、胸を張った。
「それに、厚切りとかヒレとか、いろいろありますし!」
「……うん」
すえぞうが、顔を上げた。
「カツドン!!」
「そうだね、すえぞう!」
弥子が、笑顔で答える。
「もう少しで食べられるよ!」
「カツドン!!」
Xiは、二人を見た。
「…………」
そして、キラを見た。
「……キラ」
「……何?」
「……僕、ちょっと心配になってきた」
「……うん」
キラは、静かに頷いた。
「……僕もだよ」
そんな二人の心配をよそに。
列車は、順調に会津へと向かっていた。
◆ 会津若松、到着!
そして。
「……着いた!」
会津若松駅。
一行は、駅の改札を抜けた。
駅前には、会津らしい風情が漂っている。
「……へぇ!」
ソープが、嬉しそうに周囲を見回した。
「ここが会津若松なんだね!」
「うん」
Xiも、周囲を見た。
「なんだか、落ち着いた街だね」
露伴は、早くも手帳を取り出している。
「……なるほど。城下町としての歴史が、今でも街のあちこちに残っているわけか」
泉が、嬉しそうに頷いた。
「先生、今回の取材にも使えそうですね!」
「当然だろう」
ネウロは、少し退屈そうに周囲を見ていた。
「……人間の歴史など、我が輩には大した興味はないがな」
弥子が、すかさず言った。
「じゃあ、あんたは何しに来たのよ!」
「ククク……貴様らがどのような醜態を晒すか、見物に来たのだ」
「帰れ!!」
カイエンが、愉快そうに笑った。
「ハハッ! 相変わらずだナ!」
キラが、旅程表を確認した。
「それじゃあ、まずは昼食だね」
その瞬間。
「やったぁ!!」
弥子が、歓声を上げた。
ラキシスも、嬉しそうに微笑む。
「ふふ。楽しみですね」
すえぞうが、元気よく鳴いた。
「カツドン!!」
Xiは、思わず苦笑した。
「……もう完全に食事旅行だね」
カイエンが、肩をすくめた。
「ま、腹が減ってちゃ稽古もできねぇだろ」
「……それはそうだけどさ」
キラは、人数を確認した。
「じゃあ、みんな一緒に行こう」
こうして。
一行は、会津若松市内の食堂「なかじま」へ向かった。
◆ なかじま、貸切営業
昼。
会津若松市内。
一行は、目的の食堂へ到着した。
「……ここだね」
キラが、店の前で立ち止まった。
「……うん!」
弥子が、嬉しそうに頷いた。
「ここです! ここ!」
その顔は、既に満面の笑みだった。
「久しぶりだなぁ……!」
すえぞうが、顔を上げた。
「カツドン!!」
「そうだよ、すえぞう!」
弥子は、優しく声を掛けた。
「ここで、初めてカツ丼を食べるんだよ!」
「うっす!」
Xiは、少し笑った。
「……良かったね、すえぞう」
店の入口には、事前に打ち合わせた団体予約の案内が出されていた。
今回は、まとまった数量の注文があるため、店側の厚意と仕込みの調整によって、昼の一部時間帯を貸切にしてもらっている。
キラは、入口で店員に声を掛けた。
「こんにちは。先日、団体予約の件でお電話したヤマトです」
「ああ! お待ちしておりました!」
店員が、笑顔で迎えた。
「十二名様と、小さなお連れ様ですね」
「はい。よろしくお願いします」
「どうぞ、お入りください」
その時。
「あっ!」
弥子が、嬉しそうに声を上げた。
「こんにちは! 桂木弥子です!」
店員が、弥子を見た。
そして、ぱっと笑顔になった。
「ああ! 以前、煮込みソースカツ丼を三杯召し上がったお客様ですね!」
「覚えててくださったんですか?!」
「ええ。とても美味しそうに召し上がっていただいたので」
「わぁ! 嬉しいです!」
弥子は、満面の笑みだった。
Xiが、そっとキラに囁いた。
「……キラ」
「……うん?」
「……本当に覚えられてるんだね」
「……すごいね」
ネウロが、愉快そうに笑った。
「ククク……胃袋だけで名を残すとは、さすが我が家畜だ」
「誰が家畜よ!!」
店員は、少し首を傾げた。
「……お連れ様、とても賑やかですね」
キラは、困ったように笑った。
「……はい。すみません」
「いえいえ。どうぞごゆっくり」
幸い、今回の団体については事前に説明してある。
すえぞうについても、店側が了承した範囲で同席することになっていた。
ラキシスが、丁寧に頭を下げた。
「お世話になります」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
すえぞうも、元気よく鳴いた。
「うっす!」
店員が、目を丸くした。
「……まあ」
そして、にっこり笑った。
「元気なお子さんですねぇ」
Xiは、少し考えた。
「……ええと、子どもというか……」
ソープが、楽しそうに答えた。
「ドラゴンなんだよ!」
「…………」
店員が、固まった。
キラが、慌てて口を挟んだ。
「あの! 事前にご説明した同行者です!!」
「あ、はい! 承っております!」
店員は、すぐに笑顔へ戻った。
Xiは、深いため息をついた。
「……陛下、もう少し説明の順番を考えて……」
ソープは、きょとんとした顔だった。
「……何で?」
「……もういいよ」
◆ 三十人前の真相
席に着いた一行。
店員が、注文内容を確認した。
「では、本日のお料理ですが……」
キラが、頷く。
「はい」
「元祖煮込みソースカツ丼を中心に、厚切り、ヒレ、エビ煮込み丼を含めて、三十人前までご用意できるよう調整しております」
「ありがとうございます!」
「ただ、厨房の都合がありますので、何回かに分けてお出しする形になります」
「もちろんです」
キラは、丁寧に頭を下げた。
店員が、少し笑った。
「……それにしても」
「……はい?」
「本当に、十三名様で三十人前なんですね」
「…………」
キラは、少しだけ目を閉じた。
「……はい」
Xiが、そっと口を挟んだ。
「……あの、無理な注文をしてすみません」
「いえいえ。事前にご相談いただけたので、こちらも準備ができましたから」
店員は、笑顔で答えた。
「それに、せっかく来ていただいたんですもの。美味しく召し上がっていただければ、何よりです」
弥子が、ぱっと顔を上げた。
「はい!!」
その返事の良さに、一同が思わず笑った。
キラは、手元の注文表を確認した。
「……それじゃあ、予定どおりで」
バクスチュアルが、記録を読み上げる。
「桂木弥子サン、八杯」
「はい!」
「ラキシス姫様、五杯」
「はい」
「すえぞう、六杯」
「カツドン!!」
「他、九名。一杯ズツ」
「……うん」
キラが、頷いた。
「合計二十八杯。あと二杯分は、希望があれば追加で」
Xiは、少し安心した。
「……ちゃんと計算できてるね」
「うん」
キラは、微笑んだ。
「これなら大丈夫だと思う」
その時。
ラキシスが、ソープへ向き直った。
「ソープ様」
「何?」
「厚切りのカツ丼も、とても美味しそうですね」
「うん。いいねぇ!」
「あとで、もう一杯いただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん!」
「ふふ。ありがとうございます」
「…………」
Xiが、ゆっくりとキラを見た。
「……キラ」
「……うん」
「……残り、一杯になりそう」
「……そうだね」
すると。
「キラさん!」
弥子が、元気よく手を挙げた。
「……はい?」
「私も、ヒレ煮込みソースカツ丼を追加したいです!」
「…………」
キラは、静かに天井を見上げた。
「……うん」
そして。
「三十人前、全部埋まったね……」
Xiが、思わず叫んだ。
「まだ食べ始めてないのに!!」
◆ 煮込みソースカツ丼、登場!
しばらくして。
厨房から、食欲をそそる香りが漂ってきた。
「……あっ!」
弥子が、ぱっと顔を上げた。
「来ました!!」
店員が、お盆を運んでくる。
「お待たせしました。元祖煮込みソースカツ丼です」
湯気の立つ丼。
香ばしいソースの匂い。
ふんわりとした卵に包まれたカツ。
その下には、白いご飯。
「……おお!」
カイエンが、目を細めた。
「旨そうじゃねぇかヨ!」
ソープも、嬉しそうに笑った。
「わぁ! いい匂い!」
ラクスが、静かに頷いた。
「とても美味しそうですわね」
露伴は、丼をじっと見ていた。
「……なるほど」
泉が、首を傾げた。
「先生?」
「普通のソースカツ丼とは違うな」
「……ええ」
「ソースを使った煮込みカツ丼というわけか。面白い」
露伴は、箸を手に取った。
「……いただこう」
各々の前に、注文した丼が運ばれていく。
弥子は、既に目を輝かせていた。
「……いただきます!!」
ぱくっ。
「…………」
弥子の表情が、ぱっと明るくなった。
「んんんっ!! 美味しい!!」
Xiは、思わず笑った。
「……良かったね」
「はい!!」
弥子は、嬉しそうに頷いた。
「これです! この味!!」
ソースの風味。
柔らかな卵。
カツの旨味。
それらが、ご飯とよく合う。
「……確かに、これは旨ぇナ」
カイエンも、満足そうに頷いた。
「普通のカツ丼とは、また違う良さがある」
ソープが、嬉しそうに言った。
「うん! 美味しいね!」
ラキシスも、静かに箸を進めていた。
「……本当に」
その表情は、実に幸せそうだった。
「ソープ様。とても美味しいです」
「良かったね、ラキシス!」
「はい」
Xiは、その様子を見て少し安心した。
「……姫様、すごく優雅に食べてるね」
キラも、頷いた。
「……うん」
だが。
数分後。
ラキシスの前には、空になった丼が置かれていた。
「……ごちそうさまでした」
「…………」
Xiが、目を瞬かせた。
「……え?」
ラキシスは、にっこり笑った。
「次の一杯をお願いできますか?」
「…………」
Xiは、ソープを見た。
「……陛下」
「何?」
「……姫様、もう一杯食べ終わったの?」
「うん!」
「……早くない?」
ソープは、楽しそうに笑った。
「ラキシス、美味しいものはたくさん食べるからね!」
「…………」
Xiは、少し考えた。
「……そうだったね」
ラキシスは、次の丼を楽しみにしている。
その姿は、いつもと変わらず優雅だった。
ただし。
食べる速度と量だけが、まったく優雅ではなかった。
◆ LEDドラゴン、カツ丼初体験
そして。
「……さて」
Xiは、ラキシスの傍らにいるすえぞうを見た。
「すえぞう」
「うっす!」
「……いよいよだね」
すえぞうの前にも、専用に取り分けられた煮込みソースカツ丼が用意された。
まだ、食べたことのない料理。
だが、弥子やソープから、何度も話を聞かされていた料理。
会津のカツ丼。
すえぞうは、それをじっと見つめていた。
「…………」
ラキシスが、優しく声を掛ける。
「すえぞう。初めてのカツ丼ですよ」
「……カツドン?」
「ええ。美味しいですよ」
すえぞうは、少し首を傾げた。
そして。
「カツドン!!」
元気よく鳴いた。
弥子が、嬉しそうに言った。
「さあ、すえぞう! 食べてみて!」
Xiも、微笑んだ。
「……うん。ゆっくり味わってね」
すえぞうは、丼を見た。
じーーーーっ。
そして。
ぺろっ。
「…………」
長い舌が、するりと伸びた。
ぱくっ。
むしゃむしゃ……。
ごくん。
「…………」
Xiが、目を瞬かせた。
「……あれ?」
すえぞうの前には。
空っぽの器があった。
「…………」
キラが、目を丸くした。
「……え?」
弥子が、驚いた声を上げた。
「……もう食べちゃった?!」
すえぞうは、しばらく黙っていた。
「…………」
一同が、その様子を見守る。
そして。
すえぞうの顔が、ぱっと明るくなった。
「ウマイ!!」
ラキシスが、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ。気に入ったのですね!」
「ウマイ!! モット!!」
すえぞうは、元気よく鳴いた。
Xiが、思わず叫んだ。
「噛めよ!!」
カイエンが、大笑いした。
「ハハハッ!! 気に入ったみてぇだナ!」
ソープも、楽しそうに笑った。
「うん! 良かったね!」
キラが、慌てて器を確認する。
「……あっ、器は残ってる!」
Xiが、ほっと息を吐いた。
「……良かったぁ……」
ラクスが、くすっと笑った。
「ふふ。ちゃんとお行儀がよろしいのですね」
Xiは、空の器を見た。
「……いや、器を食べないのが普通なんだけど……」
すえぞうが、また鳴いた。
「モット!!」
ラキシスが、優しく頷いた。
「はいはい。次の一杯をいただきましょうね」
Xiは、少し考えた。
「……姫様」
「はい?」
「……すえぞう、今、何を食べたか分かってるのかな」
ラキシスは、にっこり笑った。
「美味しいカツ丼ですよ」
「……うん」
「それで十分ではありませんか?」
「…………」
Xiは、少し考えた。
そして、笑った。
「……そうだね」
その横で。
露伴が、スケッチブックを開いていた。
「……これは興味深いな」
Xiが、振り向く。
「……先生?」
「LEDドラゴンの幼生が、人間の料理にこれほど明確な反応を示すとは」
「…………」
「しかも、器を残して中身だけを正確に食べている」
「……うん」
「これは、なかなか描きがいがある」
Xiは、少し嫌な予感がした。
「……先生」
「何だ?」
「アルバートに報告するための観察記録とかじゃないよね?!」
露伴は、不満そうな顔をした。
「失礼だな。僕は漫画家だぞ」
「……うん」
「描くために観察しているんだ」
「……それも、なんか怖いんだけど!!」
ネウロが、愉快そうに笑った。
「ククク……未知の味覚に目覚めた竜か。人間どもの食文化も、案外馬鹿にできんな」
弥子が、得意そうに胸を張った。
「でしょ?! 会津のカツ丼、美味しいんだから!」
ネウロは、弥子を見た。
「……貴様が作ったわけでもあるまい」
「そうだけど!!」
こうして。
すえぞうは、生まれて初めて煮込みソースカツ丼を食べた。
そして。
一杯目を、ほとんど一瞬で完食した。
……残り五杯。
先は、まだ長かった。
◆ 女王たちの昼食
食事は、順調に進んでいた。
……少なくとも、厨房の皆さんの努力によって。
「……お待たせしました。追加の煮込みソースカツ丼です」
「ありがとうございます!」
弥子が、元気よく受け取る。
既に、何杯目なのか。
Xiは、途中から数えるのをやめていた。
「……弥子ちゃん」
「はい?」
「……今、何杯目?」
「七杯目です!」
「…………」
Xiは、目を瞬かせた。
「……七杯?」
「はい!」
「……もう?」
弥子は、嬉しそうに笑った。
「やっぱり美味しいですねぇ!」
Xiは、思わず苦笑した。
「……うん。美味しいけどさ」
その隣では。
ラキシスが、五杯目のカツ丼を優雅に食べていた。
「……ふふ」
ソープが、微笑みながら見守る。
「ラキシス、美味しい?」
「はい、ソープ様。とても美味しいです」
「良かったね!」
「……ええ」
Xiは、二人を見た。
「…………」
そして、キラへ向き直った。
「……キラ」
「……何?」
「……姫様、五杯目だよね」
「……うん」
「……ソープ様、まったく驚いてないね」
「……そうだね」
その時。
ソープが、こちらを見た。
「Xi、どうしたの?」
「……いや」
Xiは、少し考えた。
「……姫様、よく食べるなぁって」
ソープは、不思議そうに首を傾げた。
「……そう?」
「……うん」
「ラキシス、普段から美味しいものはたくさん食べるよ?」
「…………」
Xiが、固まった。
「……普段から?」
「うん!」
「…………」
Xiは、思わず頭を抱えた。
「そっかぁ……普段からだったかぁ……!!」
カイエンが、愉快そうに笑った。
「ハハッ! 今さら何言ってんだヨ!」
Xiが、振り向く。
「……師匠も知ってたの?」
「そりゃそうだろ。姫様だゼ?」
「姫様だからこそ、もう少し控えめかと思ってたよ!!」
ラキシスは、少しだけ頬を赤くした。
「まあ、Xiさん」
「……はい?」
「そんなに驚かれると、少し恥ずかしいです」
「……あっ」
Xiは、慌てた。
「ご、ごめんなさい!」
ラキシスは、にっこり笑った。
「ふふ。お気になさらず」
そして。
「……ところで、ソープ様」
「何?」
「厚切りのカツ丼も、いただいてよろしいでしょうか?」
「もちろん!」
Xiは、思わずキラを見た。
「……キラ」
「……うん」
「……六杯目、確定だね」
「……そうだね」
キラは、静かに注文表を見た。
残りの予備は、二杯。
そのうち一杯が、今、使われようとしている。
そして。
「キラさーん!」
弥子が、手を挙げた。
「……はい?」
「私も、ヒレ煮込みソースカツ丼を追加でお願いしたいです!」
「…………」
キラは、目を閉じた。
「……うん」
そして。
「……これで、三十杯だね」
Xiが、思わず叫んだ。
「綺麗に使い切ったァァァ!!」
◆ コンパス准将、再び胃を痛める
しばらくして。
キラは、注文数の最終確認をしていた。
「……ええと」
バクスチュアルが、記録を読み上げる。
「桂木弥子サン。九杯」
「……うん」
「ラキシス姫様。六杯」
「……うん」
「すえぞう。六杯」
「……うん」
「他、九名。一杯ズツ」
「……うん」
バクスチュアルが、静かに結論を告げた。
「合計、三十杯」
キラは、頷いた。
「……計算どおりだね」
Xiが、少し呆れた顔で言った。
「……最初の予定は二十八杯だったけどね」
「……うん」
「……二杯の予備、全部使っちゃったね」
「……うん」
キラは、少し疲れたように笑った。
「……でも、ちゃんと三十杯で収まったから」
「……そうだね」
そこへ。
「キラさん!」
弥子が、嬉しそうに声を掛けた。
「ごちそうさまでした!」
「……あ、うん」
「すっごく美味しかったです!」
キラは、ほっとした。
「……良かったね」
「はい!」
弥子は、満面の笑みだった。
「やっぱり会津まで来て良かったです!」
「……うん」
キラも、微笑んだ。
これだけ喜んでもらえたなら、予約した甲斐があったというものだ。
……そう思った、その時。
「……あの、キラさん」
「……何?」
弥子が、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「……これ、次に来た時も食べられますよね?」
「…………」
キラは、目を瞬かせた。
「……え?」
「次は、厚切りの方をもっと食べたいなって」
「…………」
Xiが、思わず口を挟んだ。
「次回の話?! もう?!」
「だって、美味しかったんだもん!」
弥子は、嬉しそうに笑った。
「また来たいなぁ!」
すえぞうも、元気よく鳴いた。
「カツドン!!」
ラキシスも、にっこり微笑んだ。
「ふふ。私も、またいただきたいです」
ソープが、嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、またみんなで来ようよ!」
「…………」
キラは、静かに天井を見上げた。
「……うん」
そして。
「……次に来る時は、もう少し多めに相談しておこうかな……」
Xiが、思わず叫んだ。
「キラ?! 学習の方向が違うよ!!」
ネウロが、愉快そうに笑った。
「ククク……准将も、なかなか良い飼育係になったものだ」
「誰が飼育係だよ!!」
◆ ごちそうさまでした
食事を終えた一行は、店員に丁寧に礼を述べた。
「ありがとうございました!」
キラが、頭を下げる。
「おかげさまで、皆さん大変喜んでいます」
店員も、笑顔で答えた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
そして、弥子を見た。
「桂木さん、今回もたくさん召し上がっていただいて、ありがとうございます」
「はい! 本当に美味しかったです!」
「またぜひ、お越しくださいね」
「はい!! 絶対また来ます!!」
弥子は、満面の笑みだった。
ラキシスも、丁寧に礼を述べる。
「とても美味しいお食事でした。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
すえぞうも、元気よく鳴いた。
「ウマイ!!」
店員が、思わず笑った。
「まあ。ありがとうございます」
Xiは、少し安心した。
すえぞうも、ちゃんと挨拶できた。
……ただし。
「……すえぞう」
「うっす!」
「……器、全部残してくれてありがとうね」
「うっす!」
「……うん」
Xiは、苦笑した。
「……普通は当たり前なんだけどね」
カイエンが、大笑いした。
「ハハハッ! ま、良かったじゃねぇかヨ!」
「……そうだね」
キラは、支払いを済ませた。
事前の取り決めどおり、基本となる食費と個人的な追加注文分は区分して記録する。
バクスチュアルも、会計内容を確認していた。
「精算、確認」
「……ありがとう」
キラは、少し疲れたように笑った。
だが。
店を出る時。
弥子が、嬉しそうに呟いた。
「……ああ、美味しかったぁ……!」
ラキシスも、微笑んだ。
「本当に、素敵なお食事でしたね」
すえぞうが、元気よく鳴いた。
「カツドン!!」
その様子を見て。
キラは、少しだけ笑った。
「……うん」
何だかんだ言っても。
皆がこれだけ喜んでくれるなら、頑張った甲斐はあった。
……たぶん。
◆ 次の目的地は、芦ノ牧温泉
昼食を終えた一行は、次の目的地へ向かっていた。
「……さて」
カイエンが、伸びをした。
「腹もいっぱいになったことだし、いよいよ稽古だナ」
「…………」
Xiが、足を止めた。
「……師匠」
「ん?」
「……ちょっと待って」
「何だヨ?」
「今、カツ丼を食べたばっかりだよ?!」
「だから何だヨ?」
「この状態で稽古するの?!」
アウクソーが、穏やかに口を開いた。
「マスター。まずは宿泊先へ移動し、チェックインと休息を済ませてからです」
「おう。分かってるヨ」
Xiは、ほっと息を吐いた。
「……良かったぁ」
ソープが、楽しそうに言った。
「温泉もあるんだよね!」
「……うん」
「じゃあ、稽古が終わったら温泉だね!」
「……そうだね」
ラキシスも、嬉しそうに頷いた。
「ふふ。楽しみです」
弥子が、元気よく声を上げた。
「夕食はビュッフェですよね!」
キラが、頷いた。
「うん。そうだよ」
「やったぁ!」
すえぞうも、鳴いた。
「ゴハン!!」
「…………」
Xiが、ゆっくりと振り向いた。
「……ねえ」
「……何、Xi?」
キラが、首を傾げた。
「……この人たち」
「……うん?」
「昼にカツ丼三十杯食べたばっかりだよね?!」
「…………」
キラは、少し考えた。
そして。
「……うん」
「…………」
「……でも、夕食までには時間があるから」
「キラまで順応しないで!!」
カイエンが、愉快そうに笑った。
「ハハッ! いいじゃねぇかヨ! 元気があって!」
Xiは、呆れたように師匠を見た。
「……師匠」
「ん?」
「……稽古の時は、ちゃんと真面目にやってよ?」
カイエンは、にやりと笑った。
「……任せとけ」
「……うん」
「オマエが自分で選んだ合宿だからナ」
「…………」
Xiは、少しだけ表情を変えた。
そうだった。
これは、誰かに命令された旅行ではない。
シックスに押し付けられた仕事でもない。
ログナーに無理やり決められた任務でもない。
自分で選んだ。
アウト・ミラージュを使えるようになるために。
自分の力を、自分の意思で扱えるようになるために。
「……うん」
Xiは、ゆっくりと頷いた。
「……そうだね」
カイエンが、笑った。
「ま、気楽にやろうゼ」
「……うん」
Xiも、少しだけ笑った。
その時。
「Xiくーん!」
弥子が、元気よく手を振った。
「早く行きましょう!」
「……うん!」
Xiは、歩き出した。
その隣を、バクスチュアルが歩く。
「Xiサン」
「……何?」
「稽古、ガンバッテ」
「……うん」
Xiは、微笑んだ。
「……ありがとう」
そして。
皆と一緒に、芦ノ牧温泉へ向かった。
これから始まるのは、剣聖による本格的な剣術稽古。
そして、温泉と美味しい料理を楽しむ、二泊三日の旅行である。
……だが。
Xiは、まだ知らなかった。
この合宿には、もうひとつ。
剣聖ダグラス・カイエンにとって、想定外の試練が待っていることを。
岸辺露伴。
脳噛ネウロ。
この二人と、同じ部屋で二泊するという試練が。
……それは、もう少し先のお話。