守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
朝食を終えた別荘には、
出発前の少し浮き立った空気が流れていた。
行き先は、別荘の裏手から続く小高い丘。
目的は、春の山菜採り。
アウクソーがキッチンの作業台に並べたのは、
人数分のおにぎりと、簡単なサンドイッチ、水筒、それに小さな包みの塩。
弥子が目を輝かせる。
「うわっ」
「おにぎりだ!」
「しかもサンドイッチもある!」
キラが思わず感心する。
「準備よすぎる……」
アウクソーは淡々としている。
「長時間になるかもしれませんので」
「念のためです」
泉が本気で頷く。
「こういうの、ほんと助かります……」
ラクスも微笑む。
「とてもきれいですわね」
そこへ弥子がじっとアウクソーを見て、ぽつりと言った。
「……ねえ」
「はい?」
アウクソー。
「アウクソーさん、うちの事務所に来ない?」
沈黙。
キラが止まる。
泉が止まる。
ラクスがきょとんとする。
カイエンが面白そうに目を細める。
ネウロは一瞬だけ黙ったあと、にやりとした。
露伴が即座に割って入る。
「いや、来るならウチだろう!」
「なんでですか!?」
弥子。
「決まってる」
露伴。
「このレベルの補佐能力は創作環境の維持に最適だ」
「しかも観察眼もある」
ネウロが鼻で笑う。
「ククク……
人間どもが揃って吾輩の玩具へ勧誘を始めたぞ」
「誰が玩具よ!」
弥子。
アウクソーは少しだけ目を伏せて言った。
「恐縮です」
「ですが、私はマスターのおそばにおりますので」
カイエンが肩をすくめる。
「やれやれ」
「そういうことだ」
露伴が真顔で言う。
「残念だ」
「残念で済ませるんですね……」
泉。
弥子も素直に引き下がった。
「まあ、そうよね」
「カイエンさんのとこ、抜けたら困りそうだし」
キラが小さく頷く。
「それはほんとにそう」
アウクソーは静かに、しかし少しだけ柔らかく言った。
「お気持ちはありがたく受け取ります」
弥子がにっと笑う。
「うん!」
「じゃあ今後も遊びには来てね!」
「その言い方だと完全に友達なんだよなあ……」
泉。
準備を整え、
九人は別荘の裏手から丘へ向かった。
先頭はアウクソー。
次にキラとラクス。
その後ろに弥子、泉、露伴。
少し離れて承太郎とカイエン。
最後尾気味にネウロ。
山道はそこまで険しくない。
春の草が柔らかく、
木漏れ日が斜面に揺れている。
弥子はさっそく前のめりだった。
「ねえねえ、どこにあるの?」
「ふきのとうは!? タラの芽は!? わらびは!?」
泉が慌てて言う。
「落ち着いてください!」
「“ありそう”で採るの危ないですからね!?」
アウクソーが振り返る。
「確認しながら進みましょう」
「まずは足元にご注意ください」
「はーい!」
弥子。
露伴はすでにスケッチブックを片手に歩いている。
「いい」
「山へ入った瞬間に、隊列が自然に決まる」
キラがすぐ反応する。
「書かなくていいよそんなの!」
「いや、重要だ」
露伴。
「誰が前に出るか、誰が真ん中へ寄るか、誰が後ろで見るか」
「共同行動の本質が出る」
承太郎が後ろから低く言う。
「転ぶなよ」
「今のところ一番普通の注意がそれなの、ありがたいです」
泉。
カイエンは周囲の木々を眺めながら言った。
「悪くない山だな」
「少なくとも、静かだ」
ネウロがくつくつ笑う。
「ククク……
静かなのは今だけだろう」
「嫌な予告するなよ……」
キラ。
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しばらく進むと、
アウクソーが足を止めた。
「ありました」
弥子がすっ飛んでくる。
「どれ!?」
「こちらです」
アウクソーは地面の一角を示す。
「ふきのとうかと」
弥子がしゃがみこみ、
目を輝かせる。
「おおー!」
「ほんとだ!」
「食べられる春!」
「表現が雑だなあ……」
泉。
ラクスもそっと近づく。
「可愛らしいですわね」
露伴がその光景を見て言う。
「いい」
「“食べられる春”は非常にいい」
「そこ拾うの!?」
キラ。
アウクソーは慎重に採り方を示す。
「根を荒らしすぎないように」
「必要な分だけにいたしましょう」
「はい先生!」
弥子。
「先生になってる……」
泉。
そこからしばらくは、
ちゃんとした山菜採りになった。
ふきのとう
こごみ
うるい
せりらしきもの
うどの若芽
見つけるたびに、
弥子が食べ方を言い、
泉が本当に大丈夫か確認し、
アウクソーが見分け、
ラクスが覚え、
キラが袋を持ち、
露伴がそれを観察し、
カイエンが時々妙に良い場所を見つけ、
承太郎は無言で必要分だけ摘み、
ネウロは笑っている。
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山道を歩きながら、
弥子がしみじみ言った。
「アウクソーさんってほんとすごいよね」
キラも頷く。
「分かる」
「見分けるの早いし、段取りもいいし」
泉も言う。
「朝もキッチン回して、山でもナビして、ほんと何者なんですか……」
露伴が真顔で言う。
「だからウチに来るべきだ」
「まだ言うんですか!?」
泉。
弥子も負けじと言い返す。
「いやいや、うちの事務所でしょ!」
ネウロが鼻で笑う。
「ククク……
どちらも断られていたぞ」
カイエンが少し笑う。
「やれやれ。
君たち、諦めが悪いな」
アウクソーは静かに言った。
「恐縮です」
「ですが、そう言っていただけるのはありがたいです」
その返しがまたきれいだったので、
露伴は本気で悔しそうだった。
昼が近づく頃には、
みんなそれなりに山菜を採っていた。
弥子は袋を見て満足そうだ。
「よし!」
「天ぷら! おひたし! 和え物!」
「食べ方しか言ってないな」
キラ。
その時、
カイエンがふと足を止めた。
「……ん?」
承太郎も同時に顔を上げる。
ネウロの目が細くなる。
アウクソーも静かに周囲を見る。
キラが気づく。
「どうしたの?」
カイエンはすぐには答えず、
少し先の斜面へ目を向けた。
そこには、草が不自然に倒れた跡がある。
アウクソーが低く言う。
「何かが通った跡でしょうか」
泉が急に不安になる。
「えっ……何かって……?」
ネウロが楽しそうに笑った。
「ククク……
どうやら山が、ようやく牙を見せる気らしいな」
「その言い方やめて!?」
泉。
承太郎が短く言う。
「騒ぐな」
「まだ分からねぇ」
露伴の目が、すっと鋭くなる。
「いい」
「非常にいい」
「よくないです!!」
キラ。
ラクスが静かに言った。
「いったん、皆でまとまって動いたほうがよろしいかもしれませんわね」
アウクソーが頷く。
「はい」
「この先は、少し慎重に」
弥子だけは、まだ完全には空気を読めていない。
「えっ、何?」
「なになに?」
「鹿とか?」
キラが袋を持ち直しながら言う。
「……たぶん、ここから先は“山菜採りハイキング”だけじゃ済まない気がする」
露伴はスケッチブックを閉じた。
その顔は、完全に次のページを待っている顔だった。