守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 ――キラ、承太郎、カイエン、ネウロのごった煮会話劇 作:ギアっちょ
◆ 芦ノ牧温泉、二日目の朝
福島県会津若松市、芦ノ牧温泉。
大川の渓谷に、静かな朝が訪れていた。
山あいには薄く朝霧が漂い、川の流れる音が、まだ静かな温泉街に響いている。
怪物強盗Xiの剣術合宿、二日目。
昨日は会津名物の煮込みソースカツ丼を堪能し、午後には剣聖ダグラス・カイエンによる本格的な稽古。
夜には温泉と夕食ビュッフェ、そして温泉卓球大会まで開催された。
なかなか充実した一日だった。
……もっとも。
参加者の全員が、安らかな夜を過ごせたわけではない。
特に、A室の宿泊者のうち一名。
星団最強の騎士、剣聖ダグラス・カイエンは。
「…………」
午前六時。
布団の中で、天井を見つめていた。
「……眠ィ……」
剣聖の、切実な呟きだった。
その脳裏には、昨夜の出来事が蘇っていた。
『……ところで、カイエン』
『……何だヨ』
『昨日の稽古で、相手の動きを誘導した時のことなんだが』
『……ああ』
『あれは視線による誘導か? それとも重心の変化を利用したものなのか?』
『……両方だヨ』
『なるほど! では、さらに聞きたいんだが』
『まだあるのかヨ?!』
岸辺露伴。
天才漫画家にして、好奇心の塊。
取材対象を前にすると、時間という概念がどこかへ飛んでいく男である。
昨夜も、最初はごく普通の質問だった。
それが、ひとつ答えるごとに新しい疑問が生まれ、さらに新しい質問が飛んでくる。
ようやく話が終わったと思えば。
『……ところで、あのMBTという技についてだが』
『その話はもう終わりにしろヨ!!』
『おいおいおいおい! 生身でMHを破壊できる剣技だぞ? 気になるに決まっているじゃあないか!』
『……もう寝るゼ!』
『だったら、ヘブンズ・ドアーで君の経験を読ませてもらえば、質問する手間も省けるんだが』
『それは話が違うだろうが!! オレの人生全部が取材資料になるじゃねぇかヨ!!』
『……残念だが、本人が嫌がるなら仕方ないな』
露伴は、渋々引き下がった。
……ところが。
『ククク……では、別の質問はどうだ?』
今度はネウロが口を挟む。
『剣聖よ。相手の足場を崩すために、自らの機体を行動不能に追い込むような攻撃を選択する。その判断基準とは何だ?』
『……勝つためだヨ』
『ほう。それは興味深い』
露伴の目が、再び輝いた。
『なるほど! では、その判断に至った経緯を詳しく……』
『テメェ!! 余計な話を振るんじゃねぇヨ!!』
『ククク……』
……そんな夜だった。
「…………」
カイエンは、布団から身体を起こした。
部屋の反対側では、露伴がぐっすりと眠っている。
ネウロは、既に起きているのか姿が見えなかった。
「……ったく」
カイエンは、頭を掻いた。
「……オレ、何でこの二人と同じ部屋になったんだヨ……」
初日の部屋割りを、今さらながら後悔していた。
……星団最強の騎士が、まさか温泉旅館の部屋割りで苦戦するとは。
本人にも、予想外だったに違いない。
◆ 朝風呂にて、剣聖発見
一方。
B室では、Xiが目を覚ましていた。
「……ん……」
障子越しに、朝の光が差し込んでいる。
隣の布団では、キラ・ヤマトが静かに眠っていた。
ソープの布団は、既に空になっている。
「……陛下、早いなぁ……」
Xiは、ゆっくりと身体を起こした。
その瞬間。
「……あいたた……」
太腿に、鈍い痛みが走った。
「……うわぁ」
昨日の河原での稽古。
砂利の上で何度も重心を移動し、踏み込みを繰り返した。
平らな床での稽古とは、使う筋肉が少し違ったらしい。
「……ちゃんと効いてるなぁ」
Xiは、小さく笑った。
筋肉痛はある。
けれど、不思議と嫌な疲れではなかった。
昨日、師匠から教わったことが、まだ身体に残っているような気がする。
「……よし」
Xiは、立ち上がった。
「……朝風呂、行こうかな」
キラを起こさないように部屋を出る。
そして、大浴場へ。
朝の温泉は、昨夜とはまた違った雰囲気だった。
大きな窓の向こうに、緑の山々と渓谷が広がっている。
湯気の向こうから、静かな水音が聞こえた。
「……わぁ」
Xiは、思わず声を漏らした。
「……気持ち良さそう」
身体を洗ってから、ゆっくり湯船へ浸かる。
「……はぁぁぁ……」
温かな湯が、疲れた身体を包み込む。
「……これはいいねぇ……」
思わず、笑顔になった。
すると。
「…………」
湯船の端に、見覚えのある人物がいた。
長い髪。
鍛え上げられた身体。
そして、どこか疲れ切った表情。
「……あれ?」
Xiが、声を掛けた。
「……師匠?」
「……おう」
「おはよう」
「……おはようだナ」
「…………」
Xiは、カイエンの顔を見た。
「……師匠?」
「……何だヨ」
「……なんか、疲れてない?」
「…………」
カイエンは、静かに目を閉じた。
「……疲れてるヨ」
「……え?」
「……眠ィんだヨ」
「…………」
Xiは、少し考えた。
そして。
「まさか、露伴先生?!」
「…………」
カイエンは、深く頷いた。
「……ああ」
「……やっぱり」
「夜中まで質問攻めにしやがってヨ!!」
Xiは、思わず苦笑した。
「……大変だったね」
「やっと終わったと思ったら、今度はネウロの野郎が余計な話題を振りやがる!」
「……ああ」
「あの二人、ぜんっぜん寝る気にならねぇんだヨ!!」
「…………」
Xiは、心から同情した。
「……師匠、お疲れさま」
カイエンは、湯船の縁に頭を預けた。
「……ったく。敵の大軍を相手にした方が、まだ気楽だゼ……」
「……それは言い過ぎじゃない?」
「……いや、そうでもねぇヨ」
その声には、妙な説得力があった。
Xiは、少し笑った。
「……でも、師匠」
「……ん?」
「……露伴先生、本当に師匠のことが気になるんだよ」
「……分かってるヨ」
「……うん」
「……分かってるから、付き合ってやってんだ」
カイエンは、ため息をついた。
「……けどナ」
「……うん?」
「限度ってもんがあるだろうがヨ!!」
「……それは、そうだね」
Xiは、声を出して笑ってしまった。
その時。
「おはよう、二人とも!」
ソープが、嬉しそうにやって来た。
「……あ、陛下」
「おはよう!」
Xiが、笑顔で挨拶する。
「……早いね」
「うん! 朝の景色を見てきたんだ!」
「……そっか」
ソープは、カイエンを見た。
「……あれ?」
「……何だヨ」
「カイエン、なんだか眠そうだねぇ」
「…………」
カイエンが、じろりとソープを見た。
「……誰のせいだと思ってんだヨ」
ソープは、目を丸くした。
「……僕?」
「違うよ、陛下!」
Xiが、慌てて口を挟んだ。
「露伴先生とネウロさんのせい!」
「ああ、そういうことかぁ」
ソープは、納得したように頷いた。
「昨夜、取材してたもんね」
「……ああ」
カイエンは、深いため息をついた。
「……こりゃ、部屋割り考え直した方がいいかもナ」
Xiが、少し驚いた。
「……師匠?」
ソープは、にっこり笑った。
「だったら、僕たちの部屋に来る?」
「…………」
カイエンは、少し考えた。
「……そうだナ」
「……え?」
「……考えとくヨ」
Xiが、目を丸くした。
「師匠が本気で検討してる?!」
カイエンは、真面目な顔で答えた。
「……オレだって、夜は寝てぇんだヨ」
「…………」
Xiは、静かに頷いた。
「……そうだね」
さすがに、それには反論できなかった。
◆ 怪しいシャンプー……ではありません
湯船から上がる頃。
Xiは、浴場の洗い場に置かれた小さな袋を見つめていた。
「…………」
袋には、見覚えのある名前が記されている。
ヘキサクス。
「…………」
Xiは、少し警戒した。
「……あれ?」
すると、カイエンが声を掛けた。
「……どうした?」
「……師匠」
「ん?」
「……このシャンプー……」
カイエンは、袋を見た。
「ああ。ジョーイが持たせてくれたヤツじゃねぇか」
「……ああ!」
Xiは、思い出した。
合宿の前に、ジョーイ・ヘキサクスが個人的に差し入れてくれた、シャンプーの小袋。
かつて商品在庫の正常化に苦労したジョーイが、きちんとした製品として選んでくれたものだった。
そして。
シックスは関与していない。
その旨が、わざわざ添えられていた。
「……そうだった」
Xiは、ほっとした。
「……でも、ヘキサクスって書いてあるだけで、つい警戒しちゃうんだよね」
カイエンが、笑った。
「ハハッ! 気持ちは分かるゼ!」
「……でしょ?」
「ま、これは普通のシャンプーだヨ。オレも前に試したしナ」
「……うん」
Xiは、少し笑った。
「……ジョーイさんには悪いけど、確認したくなるよね」
ソープも、袋を見た。
「へぇ。ちゃんとした製品なんだねぇ」
「……陛下」
「何?」
「……成分を解析して改良したりしないでね?」
「……えー?」
「普通に使おうよ!!」
カイエンが、大笑いした。
「ハハハッ! ソープ、オマエも信用されてねぇナ!」
「……ひどいなぁ」
ソープは、少し不満そうだった。
だが。
Xiは、真面目な顔で頷いた。
「……陛下が作る『至高のシャンプー』とか、ちょっと怖いからね」
「そんなもの、まだ作ってないよ?」
「『まだ』って言った!!」
朝の大浴場に、笑い声が響いた。
……今回の合宿では、普通のシャンプーが普通に使える。
それだけでも、かなり幸せなことなのかもしれなかった。
◆ 女湯にも、穏やかな朝
一方。
女性陣も、朝風呂を楽しんでいた。
早起きしたラクスとラキシス、アウクソー、バクスチュアル。
そして泉京香が、朝の景色を眺めながら湯に浸かっている。
ちなみに、すえぞうは部屋で朝寝坊中。
弥子が、その様子を見守ってから、遅れて合流する予定だった。
「……はぁ」
泉が、満足そうに息を吐いた。
「朝の温泉って、いいですねぇ……」
ラクスも、微笑んだ。
「ええ。昨夜とはまた違った景色が楽しめますわね」
ラキシスも、窓の外を眺めている。
「ふふ。朝霧がとても綺麗ですね」
アウクソーが、穏やかに頷いた。
「はい。心が落ち着きます」
その隣で、バクスチュアルも静かに湯へ浸かっていた。
「……キモチ、イイ」
ラキシスが、嬉しそうに笑った。
「バクスチュアル姉様も、温泉を気に入られたのですね」
「ウン」
「良かったです」
しばらく、静かな時間が流れる。
やがて。
アウクソーが、バクスチュアルに声を掛けた。
「バクスチュアル姉様」
「……ウン?」
「昨日のXiさん、とても頑張っていらっしゃいましたね」
バクスチュアルは、静かに頷いた。
「ウン」
そして、少し考えた。
「Xiサン。前ヨリ、強クナッタ」
ラキシスも、微笑んだ。
「ええ。カイエン様も、嬉しそうにしていらっしゃいました」
バクスチュアルは、窓の外へ目を向けた。
「Xiサン。自分デ、選ンダ」
「……ええ」
「剣、学ブ。強クナル。自分デ、決メタ」
ラクスが、優しく頷いた。
「そうですわね」
ラキシスも、微笑んだ。
「誰かに命じられたからではなく、Xiさんご自身の意思ですものね」
「ウン」
バクスチュアルは、小さく頷いた。
「ダカラ、私モ、支エル」
その言葉に、アウクソーが穏やかに微笑んだ。
「……姉様」
「……ウン?」
「私も、精いっぱいお手伝いします」
「アリガトウ」
姉妹たちは、静かに微笑み合った。
その様子を見て、ラクスも少し嬉しくなった。
「……素敵ですわね」
やがて。
泉が、ふと思い出したように口を開いた。
「……そういえば」
ラクスが、振り向く。
「はい?」
「……昨日のカイエンさん、大丈夫だったんでしょうか?」
「……カイエン様?」
「はい。露伴センセとネウロさんと同じ部屋だったので……」
「…………」
アウクソーが、少しだけ困ったように微笑んだ。
「……マスターでしたら、きっと大丈夫だと思いますが」
泉は、少し考えた。
「……露伴センセ、取材を始めると止まらないんですよね」
「……そうなのですか?」
ラキシスが、首を傾げた。
「はい。夜中まで原稿を描いていることもありますし……」
「まあ……」
泉は、苦笑した。
「……昨日も、カイエンさんにいっぱい質問していましたから」
アウクソーが、小さくため息をついた。
「……マスター、きちんとお休みになれたでしょうか」
バクスチュアルが、ぽつりと呟いた。
「……チョット、心配」
……女性陣の心配は、残念ながら的中していた。
◆ 朝食会場、再び
午前七時半。
旅館の朝食会場。
昨夜の夕食と同じく、朝食もビュッフェスタイルだった。
焼き魚。
卵焼き。
煮物。
漬物。
サラダ。
味噌汁。
そして、炊きたてのご飯。
パンや果物、ヨーグルトなども並んでいる。
朝らしい、優しい料理の数々だった。
「……わぁ!」
最初に声を上げたのは、もちろん弥子だった。
「美味しそう!!」
Xiは、思わず笑った。
「……弥子ちゃん、朝から元気だね」
「はい!」
「……昨日、あんなに食べたのに」
「え?」
「……いや、何でもない」
弥子は、嬉しそうに料理を眺めた。
「朝ご飯って、いいですよねぇ!」
その横で、ラキシスも微笑んでいる。
「ええ。どれも美味しそうです」
すえぞうも、朝寝坊から目を覚まし、すっかり元気を取り戻していた。
「ゴハン!!」
ラキシスが、優しく笑う。
「ふふ。すえぞうも楽しみなのですね」
「うっす!」
キラは、そんな一同を見て、少し微笑んだ。
「……昨日も、みんなよく食べたね」
Xiが、頷いた。
「……うん」
「……今日も、元気そうで良かった」
「……そうだね」
キラは、少し考えた。
そして。
「……弥子ちゃん」
「はい?」
「……今日は、まだ朝だから……」
弥子が、にっこり笑った。
「もちろん、軽くにします!!」
「…………」
キラは、少し安心した。
「……良かった」
その瞬間。
Xiが、勢いよく振り向いた。
「キラ!!」
「……え?」
「その言葉を信じちゃ駄目だ!!」
「……えっ?!」
弥子が、不思議そうに首を傾げた。
「……Xi君?」
Xiは、真剣な顔で弥子を見た。
「……弥子ちゃん」
「はい?」
「……『軽く』って、どのくらい?」
弥子は、少し考えた。
そして。
「……そうですねぇ」
にっこり笑った。
「まずは、普通の朝ご飯くらいで!!」
「…………」
Xiは、目を閉じた。
「……キラ」
「……何?」
「……今、『まずは』って言ったよね」
「…………」
キラも、静かに頷いた。
「……うん」
その間にも。
弥子は、元気よく料理を取りに行った。
◆ 桂木弥子の「軽い朝食」
数分後。
「お待たせしましたー!!」
弥子が、嬉しそうに戻ってきた。
その手には、大きなトレー。
上には、いくつもの皿が並んでいた。
焼き魚。
卵焼き。
煮物。
サラダ。
漬物。
そして、ご飯。
ご飯。
ご飯。
「…………」
Xiは、黙って見つめた。
「…………」
キラも、黙って見つめた。
泉が、思わず声を上げた。
「……弥子ちゃん?」
「はい?」
「……それ、全部食べるの?」
「はい!」
弥子は、当然のように答えた。
「……美味しそうだったので!」
ラクスは、少し驚いたように微笑んだ。
「まあ。たくさん選ばれましたのね」
「はい!」
Xiは、ゆっくりと口を開いた。
「……弥子ちゃん」
「はい?」
「……軽く、だよね?」
「もちろんです!」
「…………」
Xiは、トレーを指さした。
「……これで?」
「はい!」
「……ご飯、いくつあるの?」
弥子は、嬉しそうに答えた。
「とりあえず、三つです!」
「…………」
キラが、小さく呟いた。
「……とりあえず……」
Xiは、静かに尋ねた。
「……弥子ちゃん」
「はい?」
「『とりあえず』って何?!」
「え?」
弥子は、きょとんとした。
「だって、まだ一周目ですから!」
「一周目?!」
キラとXiの声が、見事に重なった。
弥子は、少し不思議そうだった。
「……え? 皆さん、おかわりしないんですか?」
「……いや、するけど」
Xiは、額に手を当てた。
「おかわり前提の量が違うんだよ!!」
弥子は、少し考えた。
そして。
「でも、今日はお昼にお蕎麦を食べるんですよね?」
「……うん」
「だから、朝は控えめにしておきます!」
「…………」
Xiは、深く息を吐いた。
「……キラ」
「……うん?」
「……僕、弥子ちゃんの『控えめ』が分からなくなってきた」
「……僕もだよ」
キラは、少しだけ遠い目をした。
その横で。
弥子は、元気よく手を合わせていた。
「いただきまーす!!」
ぱくっ。
「……んー!!」
満面の笑み。
「この卵焼き、美味しい!!」
その表情を見て、Xiは思わず笑ってしまった。
「……まあ、楽しそうで何よりだよ」
キラも、少し笑った。
「……うん」
……量の問題さえ考えなければ、とても幸せな朝食風景だった。
◆ ラキシス姫様も、いつもどおり
ところが。
問題は、弥子だけではなかった。
「ふふ。弥子さん、とても美味しそうですね」
ラキシスが、にこにこしながら戻ってきた。
その手には、美しく盛り付けられた料理の皿。
そして。
その後ろから、アウクソーが追加の皿を運んでくる。
「……姫様」
Xiが、少し驚いた。
「……それ、全部ですか?」
ラキシスは、微笑んだ。
「ええ。まずはこちらからいただこうかと」
「…………」
Xiは、静かにソープを見た。
「……陛下」
「何?」
「……姫様、朝から結構食べるんだね」
ソープは、嬉しそうに頷いた。
「うん! ラキシス、朝ご飯も大好きだからね!」
「…………」
Xiは、少し考えた。
「……陛下」
「何?」
「……驚かないんだね」
「え?」
ソープは、不思議そうに首を傾げた。
「……いつもどおりだよ?」
「それがいつもどおり?!」
カイエンが、隣で大笑いした。
「ハハハッ! 今さら驚くことじゃねぇだろうがヨ!」
「……師匠も慣れてるんだね」
「おう!」
ラキシスは、少し不思議そうに首を傾げた。
「……何か、おかしかったでしょうか?」
「……いえ!」
Xiは、慌てて首を振った。
「……姫様が楽しそうなら、それでいいです!」
「ふふ。ありがとうございます」
ラキシスは、嬉しそうに微笑んだ。
その横では、すえぞうの朝食も始まっていた。
事前に旅館と取り決めた場所へ、ラキシスが取り分けた料理を運ぶ。
「ゴハン!!」
「はい。どうぞ、すえぞう」
すえぞうは、嬉しそうに食べ始めた。
「ウマイ!!」
バクスチュアルが、その様子を見て頷いた。
「すえぞう、元気」
アウクソーも、微笑む。
「はい。良かったですね、バクスチュアル姉様」
「ウン」
すると。
すえぞうが、顔を上げた。
「……ろっくんろーる!!」
「…………」
Xiが、固まった。
「……すえぞう」
「うっす!」
「……それ、まだ覚えてるの?」
「ろっくんろーる!!」
弥子が、思わず笑った。
「すえぞう、ほんとに気に入っちゃったんだね!」
カイエンも、笑った。
「ハハッ! いいじゃねぇかヨ!」
その瞬間。
アウクソーが、静かにカイエンを見た。
「……マスター」
「……ん?」
「……昨日のことは、反省していらっしゃいますね?」
「…………」
カイエンは、箸を止めた。
「……ああ」
「……よろしいですか?」
「分かってるってばヨ!!」
Xiが、呆れたように笑った。
「……師匠、朝から怒られてるね」
「誰のせいだと思ってんだヨ!!」
「……師匠でしょ?」
「…………」
カイエンは、黙って味噌汁を飲んだ。
◆ 旅館の厨房、二日目の警戒態勢
一方。
朝食会場の奥では、料理人たちが忙しく働いていた。
昨夜の夕食ビュッフェ。
その補充記録は、既に厨房内でちょっとした話題になっていた。
「……料理長」
「ん?」
「昨日のお客様方、今日もお揃いです」
「……ああ」
料理長は、静かに頷いた。
「……確か、十二名様と、特別にお預かりしている……」
「……はい。すえぞう様です」
「……そうだったな」
料理長は、少し考えた。
「……昨夜は、随分喜んで召し上がってくださったそうじゃないか」
「はい!」
スタッフが、嬉しそうに答えた。
「食べ残しもほとんどなく、皆さん美味しいとおっしゃっていました」
「……それは何よりだ」
料理長は、微笑んだ。
「料理人としては、嬉しいことだな」
そして。
「……ただし」
「……はい?」
「今朝は、補充を少し早めにしておこう」
「……はい!」
「温かい料理は温かいうちに。切らさず、慌てず、順番にな」
「承知しました!」
スタッフが、元気よく頷いた。
その時。
会場の方から声が聞こえてきた。
「すみませーん!」
「……はい?」
「この焼き魚、もう少しいただいてもいいですか?」
「もちろんです!」
「ありがとうございます!!」
料理長は、少し笑った。
「……元気なお客様だな」
スタッフも、頷いた。
「……はい」
そして。
数分後。
「すみませーん!」
「……はい?」
「卵焼きが、とっても美味しかったので!」
「ありがとうございます!」
「もう少しいただいてもいいですか?」
「もちろんです!」
料理長は、静かに頷いた。
「……良いことだ」
さらに、数分後。
「すみませーん!」
「…………」
料理長は、少しだけ顔を上げた。
「……同じお客様か?」
「……はい」
「…………」
料理長は、しばらく考えた。
そして。
「……よし」
静かに言った。
「焼き魚と卵焼き、次の分を用意しておこう」
「はい!」
こうして。
旅館の厨房は、二日目の朝も無事に料理を提供し続けた。
……ただし。
スタッフの一人が、後にこう漏らしたという。
「……あのお客様、昨日のお昼も相当食べていらっしゃったそうですよ」
料理長は、目を丸くした。
「……そうなのか?」
「ええ。煮込みソースカツ丼を……」
「……何杯だ?」
「……九杯だそうです」
「…………」
料理長は、しばらく黙っていた。
そして。
「……なるほど」
深く頷いた。
「昨日は、昼食に助けられていたのかもしれんな……」
……料理長の勘は、鋭かった。
◆ 漫画家だけは、朝から絶好調
その頃。
朝食会場には、少し遅れて露伴とネウロが姿を現していた。
「……おはよう」
露伴は、実に爽やかな顔をしていた。
「いい朝だな」
泉が、嬉しそうに挨拶した。
「露伴センセ! おはようございます!」
「ああ。泉くん」
「昨夜は、よく眠れましたか?」
「もちろんだ」
露伴は、当然のように答えた。
「取材も順調だったし、実に良い夜だった」
「……そうですか!」
泉は、嬉しそうに微笑んだ。
ところが。
その言葉を聞いた人物が、一名。
「…………」
カイエンである。
箸を持ったまま、露伴をじっと見つめていた。
「…………」
露伴は、その視線に気づいた。
「……何だ?」
「…………」
カイエンは、静かに尋ねた。
「……オマエ、よく寝られたのかヨ?」
「当たり前だろう」
「…………」
「取材が終わってから、ぐっすり寝たよ」
「…………」
カイエンの額に、青筋が浮かんだ。
「……そりゃ、良かったナ……」
Xiが、隣で小さく呟いた。
「……師匠」
「……何だヨ」
「……落ち着いて」
「……分かってるヨ」
露伴は、料理を皿に取りながら続けた。
「しかし、昨日の話は面白かったな」
「…………」
「剣聖が、あれほど細かく相手の動きを読んでいるとはね」
カイエンは、黙って味噌汁を飲んだ。
露伴は、さらに続けた。
「……そういえば」
「…………」
「昨夜、ひとつ聞きそびれたことがあるんだが」
「…………」
カイエンは、箸を置いた。
「……露伴」
「何だ?」
「朝飯ぐらい静かに食わせろヨ!!」
露伴が、目を丸くした。
「おいおいおいおい!!」
「……何だヨ!」
「朝から元気だな!」
「元気じゃねぇから言ってんだヨ!!」
Xiが、顔を覆った。
「……先生」
「何だ?」
「……師匠、昨日ほとんど眠れなかったみたいだから」
「……ほう?」
露伴は、少し驚いた。
「そうなのか?」
「……うん」
「……なるほど」
しばらく、考える。
そして。
「だったら、今日は取材を少し早めに終えた方がいいな」
カイエンが、思わず顔を上げた。
「……おっ?」
Xiも、ほっとした。
「……先生、分かってくれたんだね」
露伴は、頷いた。
「ああ」
そして、当然のように続けた。
「夜までに、聞きたいことを全部聞いておけばいいんだからな」
「…………」
カイエンが、固まった。
「…………」
Xiも、固まった。
ネウロが、愉快そうに笑った。
「ククク……実に合理的だな」
カイエンが、勢いよく振り向いた。
「テメェも黙ってろヨ!!」
露伴は、少し不満そうだった。
「おいおいおいおい! 何をそんなに怒っているんだ?」
泉が、慌てて口を挟む。
「露伴センセ! 朝食中くらい、取材はお休みにしましょう!」
「……泉くん?」
「せっかくの温泉旅行ですし、先生もちゃんと朝ご飯を召し上がってください!」
「…………」
露伴は、少し考えた。
そして。
「……まあ、それもそうだな」
ようやく、手帳を閉じた。
カイエンは、深く息を吐いた。
「……助かったゼ……」
Xiも、笑った。
「……泉さん、ありがとう」
泉は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「いえいえ!」
……こうして。
朝食会場に、つかの間の平和が戻った。
◆ 「軽く」の定義
ところが。
平和が戻ったのも、ほんの数分だった。
「ごちそうさまでしたぁ!」
弥子が、満足そうに手を合わせた。
Xiは、ほっとした。
「……弥子ちゃん、満足した?」
「はい!」
「……良かった」
キラも、微笑んだ。
「……美味しかったね」
「はい! すっごく美味しかったです!」
弥子は、嬉しそうに頷いた。
そして。
「……さて」
椅子から立ち上がった。
Xiが、首を傾げる。
「……弥子ちゃん?」
「はい?」
「……どこ行くの?」
弥子は、にっこり笑った。
「パンも美味しそうだったので、ちょっといただいてきます!」
「…………」
Xiが、固まった。
キラも、固まった。
「……弥子ちゃん」
「はい?」
「……さっき、ごちそうさまって……」
「はい!」
「……言ったよね?」
弥子は、きょとんとした。
「……え?」
そして。
「和食は、ごちそうさまでした!」
「…………」
Xiは、ゆっくりと目を閉じた。
「……キラ」
「……うん」
「……どうやら、次は洋食らしいよ」
「…………」
キラは、静かに頷いた。
「……そうだね」
その横で。
ラキシスも、立ち上がった。
「ふふ。弥子さん、私もご一緒してよろしいですか?」
「もちろんです!」
「ありがとうございます」
ソープが、嬉しそうに笑った。
「ラキシス、パンも食べるんだね!」
「はい、ソープ様」
「いいねぇ!」
Xiは、思わず尋ねた。
「……陛下」
「何?」
「……姫様も、まだ食べるの?」
「うん!」
「…………」
ソープは、にっこり笑った。
「朝はしっかり食べた方がいいからね!」
「…………」
Xiは、静かに頷いた。
「……そうだね」
もはや、反論する気力もなかった。
すると。
露伴が、興味深そうに呟いた。
「……なるほど」
Xiが、振り向く。
「……先生?」
「桂木弥子にとって、和食と洋食は別の食事として認識されているわけか」
「…………」
「実に興味深い食習慣だな」
泉が、慌てて声を掛けた。
「露伴センセ!」
「……何だ?」
「それは取材しなくていいです!!」
「おいおいおいおい!! なかなか面白い題材だと思うんだが?!」
ネウロが、愉快そうに笑った。
「ククク……その家畜の胃袋に、常識など通用すると思うなよ」
弥子が、振り向いた。
「ネウロ!! 聞こえてるわよ!!」
「ほう。食べながらでも聞こえるのか」
「まだ食べてないわよ!!」
Xiは、思わず笑ってしまった。
……結局。
朝食ビュッフェも、いつもどおり賑やかな時間になったのだった。
◆ 剣聖、師匠の顔に戻る
やがて。
全員の朝食が終わった。
弥子も、ラキシスも、すえぞうも、満足そうな顔をしている。
キラは、ほっと息を吐いた。
「……今日も、美味しかったね」
ラクスが、微笑んだ。
「ええ。とても素敵な朝食でしたわ」
ソープも、満足そうに頷いた。
「うん! いい朝だねぇ!」
その隣で。
「……さて」
カイエンが、ゆっくりと立ち上がった。
先ほどまでの眠そうな表情は、少し和らいでいた。
「……よし」
Xiが、顔を上げる。
「……師匠?」
「……何だヨ」
「……もう大丈夫?」
カイエンは、にやりと笑った。
「おう。飯も食ったしナ」
「……そっか」
Xiは、少し安心した。
カイエンは、窓の外へ目を向けた。
「……天気も良さそうだナ」
「……うん」
「……午前中は、昨日の続きだ」
その一言で、Xiの表情が変わった。
「……うん!」
カイエンは、楽しそうに笑った。
「昨日は、足場の悪い場所での踏み込みをやったナ」
「……うん」
「相手の動きを誘うことも教えた」
「……うん!」
カイエンは、Xiを見た。
「……今日は、もう一歩進むゼ」
「…………」
Xiは、少し緊張した。
「……もう一歩?」
「おう」
カイエンは、にやりと笑う。
「昨日より、ちっと厳しく行くからナ」
Xiは、木剣を振る感覚を思い出した。
踏み込み。
重心移動。
間合い。
相手の視線と動き。
まだまだ、自分には足りないものがたくさんある。
……けれど。
「……うん」
Xiは、しっかりと頷いた。
「……望むところだよ!」
カイエンは、嬉しそうに笑った。
「……ハハッ!」
そして。
「その意気だゼ!!」
ソープも、楽しそうに頷いた。
「うん! 今日も頑張ろうね、Xi!」
「……はい、陛下!」
アウクソーも、穏やかに微笑んだ。
「本日も、よろしくお願いいたします」
バクスチュアルが、Xiを見つめる。
「Xiサン。ガンバル」
「……うん!」
Xiは、微笑んだ。
「……ありがとう」
昨日よりも、少しだけ強くなる。
昨日よりも、少しだけ上手くなる。
そのために、今日も自分で選んだ道を進む。
そんなXiを見つめて、カイエンは満足そうに頷いた。
……ところが。
「……ところで、カイエン」
背後から、露伴の声がした。
「…………」
カイエンが、振り向く。
「……何だヨ」
露伴は、手帳を開いていた。
「今日の稽古で、昨日の足場の話をもう少し詳しく……」
「…………」
カイエンは、深く息を吸った。
そして。
「露伴!!」
「……何だ?」
「今から稽古だって言ってんだろうがヨ!!」
露伴は、少し不満そうだった。
「おいおいおいおい! だから、その稽古を取材したいと言ってるんじゃあないか!」
「少しは静かに見てろヨ!!」
ネウロが、愉快そうに笑った。
「ククク……今日も賑やかになりそうだな」
キラが、思わず苦笑した。
「……カイエンさん、今日も大変そうだね」
Xiは、深く頷いた。
「……うん」
そして。
「……でも」
「……何?」
Xiは、少し笑った。
「……稽古中の師匠は、本当に格好いいんだよね」
キラも、微笑んだ。
「……そうだね」
そんな二人の会話をよそに。
カイエンは、まだ露伴とやり合っていた。
「だから、取材は稽古が終わってからにしろヨ!!」
「おいおいおいおい! それでは肝心の瞬間を見逃すじゃあないか!!」
「見学は勝手にしろ! 質問は後にしろって言ってんだヨ!!」
「……なるほど。そういうことなら、分かった」
「……ったく」
カイエンは、ため息をついた。
そして、Xiに向き直った。
「……さ、行くゼ!」
「……うん!」
Xiは、笑顔で頷いた。
昨日の疲れは、まだ少し身体に残っている。
けれど、気持ちは前向きだった。
今日もまた、剣聖から新しいことを学べる。
そんな期待に、胸が躍る。
……その時。
「ろっくんろーる!!」
「…………」
Xiが、足を止めた。
カイエンも、足を止めた。
すえぞうが、元気よく胸を張っていた。
「ろっくんろーる!!」
Xiは、ゆっくりとカイエンを見た。
「……師匠」
「……何だヨ」
「……今日こそ、あの掛け声の出番はないよね?」
「…………」
カイエンは、少し考えた。
そして。
「……ねぇヨ」
「……本当?」
「ねぇってばヨ!!」
アウクソーが、穏やかに微笑んだ。
「マスター。お願いいたしますね」
「分かってるって!!」
Xiは、思わず笑ってしまった。
芦ノ牧温泉、二日目の朝。
美味しい朝食と、温泉。
賑やかな仲間たち。
そして、頼もしくも少々困った師匠。
こうして、怪物強盗Xiの剣術合宿は、新たな一日を迎えた。
……なお。
桂木弥子は、朝食会場を出る直前。
「お昼のお蕎麦、楽しみですねぇ!」
と、満面の笑みで言っていた。
Xiは、それを聞いて深く頷いた。
「……うん。そうだね」
そして、キラへ小さく囁いた。
「……キラ」
「……何?」
「……さっきの朝食、本当に『軽く』だったみたいだね」
「…………」
キラは、静かに答えた。
「……うん」
少しだけ、遠い目をした。
「僕も、そう思い始めてるよ……」
……コンパス准将の、食事に関する常識が。
また少し、書き換えられた朝だった。