守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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山から別荘へ戻る頃には、
空はすっかり夕方の色に染まっていた。

採ってきた山菜の袋。
少し疲れた足取り。
そして、まだ身体のどこかに残る
熊と遭遇した時の緊張。

だが、別荘の玄関をくぐると、
その空気は少しだけ変わる。

人間は危機のあとでも、腹が減る。
そして腹が減れば、次に考えるのは夕食だった。

弥子が真っ先に言う。

「で!」
「今夜は山菜と鹿肉で決まりなんでしょ!?」

泉が靴を脱ぎながら言う。

「切り替え早いなあ……」

キラも苦笑する。

「いや、でも僕も正直それは楽しみかも」

アウクソーは荷物を受け取りながら淡々と確認する。

「では、採ってきた山菜を先に仕分けます」
「洗うもの、下処理が必要なもの、すぐに使えるものを分けましょう」

ラクスがすぐに頷いた。

「お手伝いいたしますわ」

承太郎は玄関の壁にもたれたまま、
ひとことだけ言う。

「……まずは落ち着け」

ネウロがにやりとする。

「ククク……
人間どもは熊に遭っても、最終的には食へ回帰するのだな」

弥子が振り向く。

「だってそうでしょ!」
「怖かったけど、おなかは空くの!」

「強いなあ……」
泉。

その時、カイエンが靴を脱ぎながら、
いかにも当然という顔で言った。

「やれやれ」
「おれ、今日一番活躍したよね?」

沈黙。

キラが顔を上げる。

「えっ」
「それ自分で言うんですか」

弥子はすぐに乗った。

「いや、それはそう!」
「今日はカイエンさんでしょ!」

泉も苦笑する。

「まあ……熊の件は間違いなく……」

承太郎が帽子を押さえて言う。

「くだらねぇ自己申告だな」

カイエンは少し笑う。

「何だい」
「事実確認だよ」

露伴がすかさず割って入る。

「そこは否定できない」
「今日の主役は明らかに君だ」

カイエンが露伴を見る。

「ほう」
「漫画家先生にまで言われるとはね」

「だが、そこで満足されると困る」
露伴。
「今日ので、むしろまた描ききれなくなった」

「知らんがな」
キラ。

「知ったことかい」
カイエン。

アウクソーが静かに言った。

「マスターのお働きが大きかったのは事実です」
「ただし、今は手洗いをお願いします」

弥子が吹き出す。

「そこで現実に戻すの強い!」

カイエンは肩をすくめた。

「やれやれ」
「活躍した男への扱いが雑だな」

「熊を追い返したあとも生きるには、衛生が必要です」
アウクソー。

「その通りだ」
泉も頷く。
「まずは手洗い!」


岸辺露伴は招いてしまう その11

しばらくして、

キッチンには採ってきた山菜と、冷凍庫から出した鹿肉が並んでいた。

 

ふきのとう。

こごみ。

うるい。

せり。

うど。

そして処理済みの鹿肉。

 

弥子が目を輝かせる。

 

「うわぁ……」

「なんか今日、すごくちゃんと山のごはんっぽい!」

 

キラも食材を見ながら頷く。

 

「ほんとだ」

「昨日のカレーもよかったけど、今日はまた別の意味で贅沢だね」

 

ラクスが山菜へ手を伸ばす。

 

「こちらは天ぷらが良いでしょうか」

 

アウクソーがすぐに返す。

 

「はい」

「ふきのとう、こごみ、うどは天ぷら向きかと」

「うるいは和え物でも」

「せりは汁物へ入れてもよいかもしれません」

 

泉が感心する。

 

「すごい……」

「もう献立が完成してる……」

 

ネウロが横から言う。

 

「ククク……

人間の“山の恵み”という表現は、なかなか傲慢でよいな」

 

「今それ要る!?」

キラ。

 

「要る」

ネウロ。

「山に脅かされ、山に食を求め、最後は山を“恵み”と呼ぶ」

「実に勝手だ」

 

露伴が真顔でメモし始める。

 

「いい」

「今のはかなりいい」

 

「センセは拾わなくていいです!」

泉。

 

承太郎が低く言う。

 

「食う前にうるせぇな」

 

「いや、ほんとに……」

キラ。

 

追加買い出しの小ネタ

 

鹿肉の解凍を待つ間に、

キラがふと思い出したように言った。

 

「そういえば」

「明日の朝の分、少し買い足しておいたほうがいいかも」

 

泉がはっとする。

 

「あっ、そうですね」

「パンとか牛乳とか、今日でだいぶ減ってるはず」

 

ラクスが自然に言う。

 

「でしたら、今のうちに少し見てまいりましょうか」

 

キラが頷く。

 

「うん」

「僕も行くよ」

 

カイエンがすぐ反応する。

 

「酒は?」

 

「朝食の話です!」

キラと泉が綺麗に揃った。

 

アウクソーが確認する。

 

「では、卵、パン、牛乳、飲み物を少し補充で」

「必要でしたら、ヨーグルト類も」

 

キラが一瞬だけ間を置いてから言う。

 

「……あと」

「例のやつも」

 

弥子がすぐに笑う。

 

「うわ、ついに自分から言った!」

 

キラが少し照れたように言い返す。

 

「いや、だって」

「ふつうに美味しかったし!」

 

泉が吹き出す。

 

「味で継続した!」

 

ラクスがやわらかく微笑む。

 

「ええ、良いお味でしたものね」

 

アウクソーも頷いた。

 

「補充しておきましょう」

 

ネウロがくつくつ笑う。

 

「ククク……

ついに自発的に腸内環境へ歩み寄ったか」

 

「その言い方やめて!!」

キラ。

 

露伴がまた書き留める。

 

「最初は支給されていたものを、今度は自分から補充しようとする」

「非常にいい」

 

「そこも観察対象にしないでくださいよ!」

キラ。

 

承太郎がぼそりと言う。

 

「必要なんだろ」

 

キラが一瞬止まる。

 

「……そうだけど」

 

カイエンが笑う。

 

「やれやれ」

「認めたな、坊や」

 

「認めざるをえないでしょこの環境は!」

 

______________________________

 

買い出しはキラとラクスへ任せ、

別荘組は夕食準備に入る。

 

今夜のメインは、

山菜料理と鹿肉。

 

役割は自然に決まった。

 

アウクソーが全体指揮。

泉が補助。

弥子が味見と盛り上げ担当。

承太郎は必要な時だけ動く。

ネウロと露伴は基本的に見ている。

カイエンは気が向いた時だけ手を出す。

 

泉が鹿肉を見ながら言う。

 

「これ、どういうふうにするんですか?」

 

アウクソーは落ち着いて答える。

 

「焼きにいたしましょう」

「香草と塩を強くしすぎず、肉の味を見ます」

 

弥子が目を輝かせる。

 

「うわ、絶対うまいやつ!」

 

ネウロが言う。

 

「騒音娘の語彙が、食の前では急速に単純化するな」

 

「うるさい!」

 

そこへカイエンがふらっと近づいてきて、

鹿肉の状態を見た。

 

「悪くないな」

「筋も少ない」

 

泉が思わず言う。

 

「カイエンさん、そういうの分かるんですね」

 

「まあね」

カイエン。

「食う側としても、作る側としても多少は」

 

「多少どころじゃない気がするんだよな……」

キラがいないのに、なぜかそのツッコミだけは空気にあった。

 

露伴がじっとその横顔を見ている。

 

「やはり君は、こういう時も様になるな」

 

「やれやれ」

カイエンは呆れたように笑う。

「熊を追い返したあとに、鹿肉を前にしてもそれかい」

 

「だからこそだ」

露伴。

「“本物”を見たあとに日常へ戻る顔」

「そこがまたいい」

 

「褒め方が面倒くさいな」

カイエン。

 

「今さらだろう」

承太郎。

 

「違いない」

カイエン。

 

______________________________

 

 

やがて、食卓へ料理が並ぶ。

 

ふきのとうやこごみの天ぷら。

うるいの和え物。

せりを入れた汁物。

香ばしく焼かれた鹿肉。

 

昨日のカレーとはまた違う、

山へ行って帰ってきた夜の食卓だった。

 

弥子が思わず立ち上がりかける。

 

「うわぁぁ……」

 

泉がすぐ言う。

 

「座ってから喜んでください!」

 

「だってすごいんだもん!」

 

キラとラクスも、追加の買い出しからちょうど戻ってくる。

 

キラがテーブルを見て目を見開いた。

 

「うわ……」

「すごい」

「ほんとに山菜と鹿肉になってる」

 

ラクスも微笑む。

 

「とても美味しそうですわ」

 

アウクソーが静かに言う。

 

「お帰りなさいませ」

「ちょうどよい頃合いです」

 

キラが買い物袋を置く。

 

「こっちも補充してきたよ」

「パンと牛乳と、ヨーグルトと……」

一拍。

「あと、ふつうに美味しかったから、あれも」

 

弥子がすぐ袋を覗き込む。

 

「うわ、ほんとに買ってきてる!」

 

鹿肉の香りが漂う中、

テーブルの端に並ぶ乳酸菌飲料。

 

泉が笑いをこらえきれない。

 

「すごい絵面だなあ……」

 

露伴が静かに言う。

 

「いい」

「山菜、鹿肉、そして腸内環境」

「非常に現代的だ」

 

「そのまとめ方やめてください!」

キラ。

 

______________________________

 

 

「いただきます」

 

今夜の食卓も、

昨日とはまた違う意味で賑やかだった。

 

弥子が天ぷらを口へ入れる。

 

「うまっ!!」

「なにこれ、春が揚がってる!!」

 

「語彙が急に詩的になった」

泉。

 

ラクスは鹿肉をひと口食べて、静かに目を細めた。

 

「……とても上品ですわね」

 

アウクソーが確認する。

 

「硬くはありませんか?」

 

「ええ、大丈夫ですわ」

ラクス。

 

キラも頷く。

 

「ほんとだ」

「思ってたよりずっと食べやすい」

 

承太郎は相変わらず黙って食べているが、

その静けさ自体が高評価を示していた。

 

ネウロは山菜を見ながら言う。

 

「ほう……」

「人間の山菜にしては、悪くない」

「少なくとも罠ではなかったな」

 

弥子が即座に言い返す。

 

「だから魔界の基準で語るなっての!」

 

カイエンは鹿肉を食べながら、

どこか満足そうに言った。

 

「悪くない」

「今日一番活躍した男にふさわしい夕食だな」

 

「まだ言う!?」

キラ。

 

露伴が真顔で言う。

 

「そこは認めていい」

「今日は君が主役だった」

 

「うわ、また本気の評価だ」

泉。

 

カイエンは少し笑う。

 

「やれやれ」

「だったら領収書にもそう書いておいてくれ」

 

キラが即座に止める。

 

「書けるわけないでしょ!?」

 

アウクソーが静かに補う。

 

「費目欄には収まりません」

 

「そこ、真顔で返すところなんだ……」

泉。

 

ラクスが小さく微笑む。

 

「でも、何に費用がかかったのか確認にいらっしゃる方は、もしかするとおられるかもしれませんわね」

 

カイエンが肩をすくめる。

 

「やれやれ」

「その時はその時さ」

 

露伴の目が、またしても少しだけ光る。

 

「……いいな」

「“後から見に来る上の者”」

「非常にいい」

 

承太郎が深く息を吐く。

 

「やれやれだぜ」




こうして、
二日目の夕食もまた、無事に終わった。

無事、ではある。
だが、
熊に遭い、山菜を採り、鹿肉を食べ、経費精算の話まで出ている。

それを“無事”と呼んでいいのかは、
もう誰にも分からなかった。

ただひとつ確かなのは、
別荘生活はまだ終わっていないということだった。

露伴はその夜のメモへ書き足す。

・山菜料理、良
・鹿肉料理、良
・カイエン、自分で主役宣言
・キラ、自発的に乳酸菌飲料補充
・上からの確認フラグ継続
・二日目、濃い

最後に、ひとこと。

――三日目も、たぶん静かではない。
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