守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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三日目の朝。

別荘のリビングは、二日目までとは違う空気に包まれていた。

昨日ほどの緊張はない。
一昨日ほどの騒がしさも、まだない。

だが、妙な達成感がある。

山菜を採った。
熊にも遭った。
カイエンがソニックブレードで追い返した。
鹿肉も食べた。
キラはついに男子部屋からリビングのソファへ退避した。

つまり、全員それなりに疲れていた。

そして、全員それなりに慣れていた。

一番早く起きていたのは、やはりアウクソーだった。

キッチンではすでに湯が沸き、
トースト用のパン、ヨーグルト、卵、昨日キラとラクスが追加で買ってきた飲み物が並んでいる。

その中には、当然のように例の乳酸菌飲料もあった。

ソファで眠っていたキラが、少しだけ身じろぎする。

「……ん……」

目を開ける。

最初に見えたのは、天井。
次に、毛布。
そして、静かにカップを並べているアウクソーの背中。

キラは数秒かけて状況を思い出した。

「……あ」
「僕、リビングで寝たんだった」

アウクソーが振り向く。

「おはようございます、キラ様」

「おはようございます」
キラは起き上がり、少し驚いた顔をした。
「……寝られた」

アウクソーは静かに頷く。

「よろしゅうございました」

「いや、本当に」
キラは少し笑った。
「男子部屋よりずっと寝られたかも」

「合理的な判断でしたね」

「また合理的って言われた……」

その時、階段のほうから弥子が降りてきた。

「おはよー……」
「朝ごはんの気配がする……」

泉がその後ろから顔を出す。

「弥子ちゃん、今日もそれで起きたんですね……」

弥子は堂々と言う。

「早起きは三文の徳!」

キラが苦笑する。

「朝食先取りの徳だよね、それ」

「キラまで言う!?」


岸辺露伴は招いてしまう その13

朝食は、昨日買い足したもので十分に整っていた。

 

パン。

卵。

ヨーグルト。

サラダ。

飲み物。

そして乳酸菌飲料。

 

ラクスが静かに席へつく。

 

「おはようございます」

「キラ、よくお休みになれました?」

 

キラは少し恥ずかしそうに頷く。

 

「うん」

「昨日よりはだいぶ」

 

「それは何よりですわ」

 

弥子がすかさず言う。

 

「やっぱり男子部屋が悪かったんじゃん!」

 

承太郎がちょうど降りてきて、短く言った。

 

「騒がしいな」

 

弥子が指を差す。

 

「ほら、本人来た!」

 

「俺は何もしてねぇ」

承太郎。

 

「承太郎さんはたぶん本当に何もしてない」

キラ。

「でも、空気が濃いんだよ……」

 

その後ろからカイエンが現れる。

 

「やれやれ」

「坊や、よく眠れたかい」

 

「はい」

キラ。

「おかげさまで」

 

「それは良かった」

カイエンは席につきながら笑う。

「今日の帰り道で倒れられても困るからな」

 

「そこは心配してくれてるんですか?」

 

「半分はね」

 

「半分……」

 

露伴は少し遅れて現れた。

目は冴えているが、どこか不満そうでもある。

 

「リビングで寝るキラ・ヤマトの顔を描けなかった」

 

ラクスが静かに振り向く。

 

にこり。

 

露伴は言い直した。

 

「……描かなかった」

 

泉が小声で言う。

 

「言い直した……」

 

ネウロは最後に降りてきた。

 

「ククク……」

「人間ども、三日目ともなると生活の形ができてきたな」

 

キラがトーストを手に取る。

 

「おまえが言うと嫌な分析に聞こえるんだよなあ……」

 

アウクソーが飲み物を配りながら言う。

 

「本日は、朝食後に出発準備」

「別荘の片づけを済ませ、昼前には出発」

「近くの牧場へ寄る予定でよろしいでしょうか」

 

弥子が目を輝かせる。

 

「牧場!」

「ソフトクリーム!」

 

泉も少し嬉しそうだ。

 

「最後くらい平和な寄り道がいいですね」

 

露伴がすぐ言う。

 

「平和な寄り道ほど、人間の油断が出る」

 

「センセ、最後までそれなんですね……」

 

______________________________

 

 

カイエンがヨーグルトを食べながら、ふと思い出したように言った。

 

「牧場の冷菓か」

「地球ではソフトクリームが定番なのかい?」

 

弥子が即答する。

 

「定番!」

「牧場行ったらソフトクリームでしょ!」

 

キラも頷く。

 

「まあ、そうですね」

「観光地だとだいたいありますし」

 

カイエンは少しだけ首を傾ける。

 

「ジョーカーだと、冷凍スイーツはアイスやソフトクリームより、フローズンヨーグルトが流行りだがね」

 

露伴の目が光った。

 

「ほう」

「それは本当か?」

 

カイエンが軽く笑う。

 

「本当だよ」

「この手の話まで嘘をつくほど暇じゃない」

 

アウクソーが静かに補足する。

 

「はい」

「フローズンヨーグルトは、ジョーカーでもよく見かけます」

 

弥子が悩ましげな顔をする。

 

「フローズンヨーグルト……」

「それもおいしそう……」

「でも牧場ソフトも捨てがたい……!」

 

泉が笑う。

 

「両方食べる気ですね?」

 

「なぜ分かった!」

 

「顔に出てます」

 

ネウロが鼻で笑う。

 

「ククク……」

「冷えた乳製品を前に、騒音娘の欲望は単純化する」

 

「うるさい!」

 

ラクスは上品に微笑んだ。

 

「牧場でしたら、牛乳の味を楽しめるものがよさそうですわね」

 

キラが言う。

 

「じゃあ、ソフトクリームかな」

 

カイエンは肩をすくめる。

 

「地球式に付き合うか」

「まあ、悪くないだろう」

 

露伴がメモする。

 

「異星文化の冷菓観」

「非常にいい」

 

「朝から何でも拾いますね……」

泉。

 

承太郎はただ一言。

 

「食えば分かるだろ」

 

弥子が大きく頷いた。

 

「それ!」

「承太郎さん、たまにすごく正しい!」

 

「たまに、は余計だ」

 

______________________________

 

朝食を終えると、全員で別荘の片づけに入った。

 

ここでも、自然と役割が分かれる。

 

アウクソーは全体指揮。

ラクスは食器と布巾の整理。

泉はゴミの分別。

キラはリビングの寝具をたたむ。

弥子は忘れ物確認という名目で、冷蔵庫と棚を見ている。

承太郎は重い荷物を黙って運ぶ。

カイエンは時々手伝うが、基本的には余裕のある顔をしている。

ネウロは見ている。

露伴は描いている。

 

泉がすぐ言った。

 

「センセ!」

「描いてないで手伝ってください!」

 

露伴はスケッチブックから目を離さない。

 

「片づけ中の人間は非常にいい」

「名残惜しさ、疲労、解放感が同時に出る」

 

「手伝いながら見てください!」

 

キラが毛布を畳みながら言う。

 

「でも、これで本当に最後なんだなあ」

 

弥子が冷蔵庫を確認しながら振り向く。

 

「最後って言うなー」

「まだ牧場あるでしょ!」

 

「そこはもちろん楽しみだけど」

 

ラクスがキラのほうを見て微笑む。

 

「昨日よりお顔が楽そうですわね」

 

キラは少し笑った。

 

「うん」

「リビングのソファ、思ったより良かった」

 

カイエンが横から言う。

 

「やれやれ」

「合宿で一番の収穫がそれかい」

 

「大事ですよ」

キラ。

「睡眠の確保」

 

アウクソーが静かに頷く。

 

「非常に大事です」

 

「アウクソーさんが言うと説得力が違う」

泉。

 

ネウロが口元を吊り上げる。

 

「ククク……」

「結局、人間は寝床ひとつで随分と変わる」

 

「それも正しいけど、言い方が嫌なんだよ」

キラ。

 

______________________________

 

 

出発前、アウクソーがリストを確認する。

 

「忘れ物確認をいたします」

「各自、荷物をお確かめください」

 

弥子がすぐ言う。

 

「山菜は?」

 

「夕食で使い切りました」

アウクソー。

 

「鹿肉は?」

 

「残りはございません」

 

「おにぎりは?」

 

「本日は不要かと」

 

「えー」

 

泉が苦笑する。

 

「牧場で食べるんでしょ」

 

弥子が一瞬で元気になる。

 

「そうだった!」

 

露伴が窓際で、別荘全体を見ていた。

 

「……悪くない場所だったな」

 

泉が少し驚く。

 

「センセ、普通に名残惜しそうですね」

 

「名残惜しいわけじゃない」

露伴。

「取材対象として、まだ使える」

 

「言い方!」

 

承太郎が荷物を肩にかける。

 

「もう出るぞ」

 

カイエンも立ち上がる。

 

「やれやれ」

「二泊三日にしては、ずいぶん濃かったな」

 

キラが即座に返す。

 

「濃すぎましたよ」

 

ラクスがやわらかく笑う。

 

「でも、楽しい時間でしたわ」

 

アウクソーも静かに言った。

 

「ええ」

「皆さま、お疲れさまでした」

 

その一言で、

全員が少しだけ落ち着いた。

 

本当に、よく回った。

それは誰もが薄々分かっている。

 

そしてその中心にいたのが誰かも、

全員がよく分かっていた。

 

弥子が突然アウクソーを見る。

 

「ねえ、やっぱりうちの事務所に――」

 

カイエンが即座に言う。

 

「駄目だ」

 

露伴も言う。

 

「ではウチに――」

 

カイエンが重ねて言う。

 

「もっと駄目だ」

 

アウクソーは少しだけ困ったように言った。

 

「恐縮です」

 

泉が笑う。

 

「最後まで人気ですね、アウクソーさん」

 

キラも頷く。

 

「ほんとに助かりました」

 

ラクスも静かに続ける。

 

「ええ、とても」

 

承太郎が短く言う。

 

「よくやったな」

 

カイエンが少し得意そうに笑う。

 

「だろう?」

 

アウクソーではなく、カイエンがなぜか誇らしげだった。

 

弥子がすかさず突っ込む。

 

「なんでカイエンさんが得意げなのよ!」

 

「ぼくのファティマだからな」

 

アウクソーは静かに言った。

 

「マスター、出発の準備を」

 

「はいはい」

 

______________________________

 

 

別荘の鍵が閉められる。

 

山の空気が、少しだけ名残を残している。

庭の向こうには、昨日行った丘の稜線が見える。

 

熊に遭ったことも、

山菜を採ったことも、

今となっては少し現実味が薄い。

 

だが、全員の荷物の中には、

この二泊三日の疲れと記憶がしっかり詰まっていた。

 

露伴は最後に別荘を振り返る。

 

「……まだ描けるな」

 

泉がすぐ言う。

 

「また来る気ですか?」

 

「必要なら」

 

「必要にならないでください……」

 

キラは苦笑しながら車へ向かう。

 

「とりあえず、今日は牧場で平和にソフトクリーム食べましょう」

 

弥子が拳を上げる。

 

「賛成!」

 

カイエンが軽く言う。

 

「地球式の冷菓、見せてもらおうか」

 

承太郎が低く呟く。

 

「くだらねぇ」

だが、ついてくる。

 

ネウロはくつくつ笑っている。

 

「ククク……」

「甘味で締めるとは、人間らしい」

 

ラクスが静かに言った。

 

「良い締めになりそうですわね」

 

アウクソーが全員の様子を見て、最後に一言。

 

「では、出発いたしましょう」

 

こうして一行は、別荘を後にした。

 

行き先は、近くの牧場。

 

目的は、ソフトクリーム。

 

――そして、まだ誰も知らない。

帰り際の最後に、一通のメールが待っていることを。

 




露伴のメモ・三日目朝

・キラ、リビングでよく眠れた
・朝食、安定
・フローズンヨーグルト文化、興味深い
・アウクソーへの依存度、全体的に高い
・片づけにも性格が出る
・別荘、まだ使える
・次は牧場

最後に一行。

――まだ締まっていない。
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