守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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この4人で温泉旅館

山あいの温泉旅館。

 

時刻は夕方。

外は静かな渓流の音、館内には畳と木の匂い。

廊下には間接照明が柔らかく灯り、いかにも「日頃の疲れを癒してください」と言わんばかりの落ち着いた空気が満ちていた。

 

――そのはずだった。

 

「……なんでこうなるんだろう」

 

部屋に通された瞬間、キラ・ヤマトは早くも頭を抱えていた。

 

和室。

広い窓。

座卓。

床の間。

丁寧に畳まれた浴衣。

そして部屋の中央には、

 

無言で立つ空条承太郎。

面倒くさそうに座椅子へ沈むダグラス・カイエン。

やたら愉快そうに部屋を見回す脳噛ネウロ。

 

どう考えても、旅館側が想定した客層ではない。

 

仲居さんがにこやかに説明する。

 

「お夕食は午後六時半からでございます。

大浴場は二十四時まで、朝は五時からお入りいただけます」

 

キラがほっとしながら頷く。

「ありがとうございます」

 

「なお、露天風呂は源泉かけ流しでございまして」

 

その瞬間、ネウロの目が光った。

 

「ほう」

 

キラの顔が曇る。

 

仲居さんは何も知らず微笑む。

「大変ご好評をいただいております」

 

「ククク……なるほど」

ネウロは低く笑った。

「一億度の業火に耐える魔界生物の吾輩に、地上の“源泉”とやらがどこまで通用するか――」

 

「源泉かけ流しってそういうのじゃないから!!」

 

キラのツッコミが、旅館の静寂をぶち抜いた。

 

仲居さんが固まる。

 

承太郎は帽子を少し押さえ、

カイエンは座椅子にもたれたままぼそりと呟いた。

 

「もう始まったか」

 

キラは慌てて笑顔を作る。

 

「あ、すみません、大丈夫です!

この人ちょっと表現が大げさなだけで!」

 

「ちょっとではないだろう」

ネウロ。

 

「お願いだから今は黙ってて!」

 

仲居さんはやや引きつった笑顔のまま、お辞儀して去っていった。

 

襖が閉まる。

 

沈黙。

 

キラがその場で崩れ落ちそうになる。

 

「……ほんとにお願いだから、旅館では静かにしてよ」

 

「静かだろう」

承太郎。

 

「承太郎は静かだけど! 問題はそこじゃないよ!」

 

カイエンは浴衣をつまんで見た。

 

「ふむ……

これは悪くないな。楽でいい」

 

「カイエンさんはこういうの似合いそうですね」

キラが言う。

 

「そうかい?」

カイエンは気だるげに肩をすくめる。

「ぼかぁ厄介事は苦手なんだが、こういう“何もしなくていい空間”は嫌いじゃない」

 

「何もしなくて済めばいいんですけどね……」

キラは遠い目をした。

 

ネウロはすでに窓際に立ち、外を眺めている。

 

「この旅館、妙だな」

 

キラの顔が死んだ。

 

「始まった……」

 

「川の音、廊下の足音、湯気の流れ、人間の気配。

どれも整いすぎている」

ネウロは振り向く。

「いかにも“事件が起きそう”ではないか」

 

「起きなくていいよ!」

キラ。

「なんで温泉旅館をミステリーの舞台扱いするの!」

 

承太郎が窓の外を一瞥する。

 

「……古い旅館だな」

 

「え?」

キラ。

 

「増築を繰り返してる」

承太郎。

「廊下の幅が場所で違う。階段の位置も妙だ」

 

キラがゆっくり顔を覆う。

 

「なんで承太郎までそういう方向に鋭いの……」

 

「気づくだろ、普通」

承太郎。

 

「普通じゃないから!」

 

カイエンが少しだけ笑った。

 

「やれやれ。

善良な坊やひとりが、ずいぶん苦労を背負い込んだもんだ」

 

「誰のせいだと思ってるんですか……」

 

大浴場前

 

しばらくして、四人は大浴場へ向かった。

 

暖簾。

木の脱衣かご。

湯上がり用の冷水機。

 

いかにも“温泉旅館”な空間だが、

四人が並ぶと場の説得力が急になくなる。

 

キラが注意する。

 

「いい? 普通に入るんだよ?

普通に服を脱いで、かけ湯して、静かに入るの。

能力とか使わない。変な分析もしない。お湯にケンカ売らない」

 

「最後のは誰向けだ」

カイエン。

 

「全員にです!」

 

ネウロが鼻で笑う。

 

「心配性だな、キラ・ヤマト。

吾輩とて入浴法くらい理解している」

 

「ほんと?」

 

「まず熱源の特定だ」

 

「違う」

 

「次に泉質の分析」

 

「まだ分かる」

 

「必要なら湯脈を辿って――」

 

「途中から絶対違う!!」

 

承太郎はすでに無言で暖簾をくぐっていく。

 

「やれやれだぜ」

 

カイエンも続く。

 

「まあ、湯が熱すぎなけりゃいい」

 

キラは最後まで不安そうにネウロを見る。

 

「ほんとに大丈夫?」

 

ネウロはにやりと笑った。

 

「吾輩を誰だと思っている」

 

「それが一番不安なんだよ!」

 

湯船にて

 

大浴場は広かった。

 

内湯は湯気に包まれ、

奥には岩造りの露天風呂。

夜風が涼しく、虫の声が遠くから聞こえる。

 

キラは少しだけ肩の力を抜いた。

 

「……ああ、これは気持ちいいかも」

 

承太郎は壁際で静かに湯に浸かっている。

カイエンは半眼で露天の縁にもたれ、

いかにも「ここなら寝られる」と言いたげな顔だ。

 

一方。

 

ネウロは湯に片手を入れたまま、真顔で止まっていた。

 

キラが嫌な汗をかく。

 

「ネウロ?」

 

「……ぬるいな」

 

「その感想は絶対言うと思った!」

 

ネウロは湯面を見つめたまま言う。

 

「魔界の溶岩湖を知る吾輩には、地上の湯浴みなど児戯――」

 

バシャッ。

 

次の瞬間、

ネウロの顔面に湯が飛んだ。

 

キラが固まる。

 

承太郎が、何事もなかったように湯を払う。

 

「うるせぇ」

 

「今、顔にお湯かけましたよね!?」

キラ。

 

「手が滑った」

承太郎。

 

「絶対わざとだよね!?」

 

ネウロは濡れた前髪をかき上げ、目を細める。

 

「貴様……

湯場で吾輩に手を出すとは」

 

承太郎は静かだ。

 

「店でも風呂でも、騒ぐやつは止める」

 

カイエンは露天の縁にもたれたまま、目も開けずに言う。

 

「ぼくとしては、静かになるならどっちでもいい」

 

「止めてくださいよ、誰か!」

キラ。

「というかカイエンさん、さっきから全部“見てるだけ”じゃないですか!」

 

「止めようと思えば止められる」

カイエン。

「でもまあ、まだ平和だろう」

 

「平和の基準がおかしいよ!」

 

ネウロはふっと笑った。

 

「なるほど。

この不良、反応速度は認めよう。

だが吾輩を抑え込めると思うなよ?」

 

「風呂場で張り合わないで!」

 

そのときだった。

 

露天風呂の奥、

岩陰の先にある、立入禁止の札が風で揺れた。

 

カタ、カタ、と妙な音。

 

全員の視線がそちらへ向く。

 

承太郎が先に言う。

 

「……誰かいるな」

 

カイエンがようやく目を開ける。

 

「客か従業員か、それとも別か」

 

キラが立ち上がる。

 

「まさか、のぞきとか……?」

 

ネウロは口元を吊り上げた。

 

「ククク……

やはりあったか。“湯煙の向こう側”が」

 

「うれしそうに言わないでよ……!」

 

すると今度は、

岩陰の向こうから小さく声がした。

 

「……見つけた」

 

低い。

人間の声だが、妙に感情が薄い。

 

キラの表情が引き締まる。

 

「誰だ!」

 

承太郎が湯から立ち上がる。

 

カイエンもゆっくり立つ。

その動作は気だるげなのに、隙がない。

 

ネウロだけが、まるで夕食が運ばれてきた子供みたいな顔をしていた。

 

「よい。

実によい。

静寂、温泉、隠し通路、そして謎。

旅館とは、かくも完成された器だったか」

 

「感心してる場合じゃないから!」

 

キラが叫ぶ。

 

だがその直後、

立入禁止の向こうから人影が走った。

 

承太郎が即座に反応する。

 

「逃がすか」

 

キラも続く。

 

「待って!」

 

カイエンは一歩遅れて、それでも余裕のある足取りで湯から上がる。

 

「……やれやれ。

やっぱり厄介事になったか」

 

ネウロは最後に、

湯気の向こうへ目を細めた。

 

「この謎は、もう吾輩の舌の上だ」

 

キラが振り返って怒鳴る。

 

「だからその台詞、温泉で言うとすごく嫌なんだってば!!」

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