守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

42 / 174
「カイエン」

カフェテラスの席で、レディオス・ソープはにこやかに言った。

「このあいだの経費の件だけど」

カイエンは露骨に嫌な顔をした。

「またその話かい」

「まだ終わってないからね」
ソープは紅茶をかき混ぜながら、柔らかく笑う。
「“避暑地における共同生活費”」
「“山菜採取後の鹿肉関連雑費”」
「“飲料費”」
「それから……」

「やめろ」
カイエン。
「昼下がりの茶がまずくなる」

「僕としては、ちゃんと説明してもらえればいいんだよ」
ソープ。
「ただ、ログナーはまだ納得してない」

カイエンは小さく舌打ちした。

「ログナーめ……」

「でね」
ソープはそこで、少しだけ目の色を変えた。
「その件は一旦置いておくとして」

「置いておけるのか?」

「置いておけるよ」
ソープ。
「君が、キラ・ヤマトくんを紹介してくれるなら」

カイエンの動きが止まった。

「……坊やを?」

「うん」
ソープ。
「彼の機体に興味がある」

カイエンは少しだけ眉を上げる。

「ストライクフリーダムか」

「そう」
ソープの笑みが深くなる。
「ファティマなしで、あの巨体を制御しているという話だろう?」
「しかも、人間の入力とOSで」
「遠隔誘導兵装まで扱う」
「興味がないわけがない」

カイエンは、やれやれと肩をすくめた。

「てめぇソープ」
「結局それが本命か」

「経費の件も本命だよ」

「そこは嘘でも否定しろ」

ソープは笑った。

「で、紹介してくれる?」

カイエンは黙る。

ソープはにこにこと続ける。

「紹介してくれたら、例の請求について、僕からログナーに少し柔らかく言っておく」

「柔らかく?」

「“悪質な私的流用”ではなく、“やや説明不足な親睦費”くらいに」

「悪化してないか?」

「してないよ」

「してるだろ」

その横で、岸辺露伴はすでにメモを取っていた。

「いい」
「経費を人質にした技術者の交渉」
「非常にいい」

泉京香が隣で頭を抱える。

「センセ、そこ拾います!?」

カイエンは露伴を見ずに言った。

「漫画家先生」
「君も来る気かい」

露伴は即答した。

「当然だ」
「“ファティマなしで制御する機体”という単語だけで、もう面白い」

泉が小声で呻く。

「また変なところに同行する流れだ……」


レディオス・ソープは機体を見たい

数時間後。

 

港。

 

巨大な白い船体が、静かに停泊していた。

 

戦艦アークエンジェル。

 

ご都合主義と言えばそれまでだが、そこにあった。

そして格納庫には、ストライクフリーダムもある。

 

キラ・ヤマトは、カイエンから連絡を受けた時点で嫌な予感がしていた。

 

そして実際、嫌な予感はだいたい当たる。

 

「……カイエンさん」

キラは格納庫前で待ちながら言った。

「紹介したい人って、誰ですか?」

 

カイエンは気だるげに言う。

 

「面倒な整備士だ」

 

「整備士?」

 

「そうだ」

カイエン。

「ただし、普通の整備士と思うな」

 

その横から、レディオス・ソープがひょいと顔を出す。

 

「はじめまして」

「君がキラ・ヤマトくんだね」

 

キラは一瞬、言葉を失った。

 

美人だ。

 

まずそう思った。

 

だが声は男性。

雰囲気は柔らかい。

けれど、目が普通ではない。

 

キラはすぐに姿勢を整えた。

 

「はい」

「キラ・ヤマトです」

 

ソープはにこりと笑う。

 

「僕はレディオス・ソープ」

「MHマイスターだ」

「わかりやすく言えば、整備士だね」

 

キラが少し困惑する。

 

「えむえいち……マイスター?」

 

「君たちの世界で言えば、機体の設計や整備に関わる人間だと思ってくれればいい」

ソープ。

「今日は、君の機体を見せてもらえると嬉しい」

 

キラはカイエンを見る。

 

カイエンは目をそらした。

 

「……領収書ですか?」

 

「坊や、勘がよくなったな」

カイエン。

 

「嫌な成長だなあ……」

 

そこへ露伴が当然のように入ってくる。

 

「僕も見る」

 

キラがぎょっとする。

 

「露伴先生まで!?」

 

泉が後ろで手を合わせる。

 

「すみません、止めきれませんでした……」

 

「でしょうね……」

 

格納庫の扉が開く。

 

そこに、ストライクフリーダムが立っていた。

 

黄金の関節。

青と白の装甲。

背部に広がる翼のような機構。

静止しているだけで、戦うために作られたものだと分かる。

 

ソープは、しばらく何も言わなかった。

 

ただ、見ていた。

 

その沈黙が、むしろ一番雄弁だった。

 

「……なるほど」

やがて、ソープが静かに言った。

「これを、人間が一人で制御しているのか」

 

キラは少しだけ居心地悪そうにする。

 

「完全に一人というわけではありません」

「OSや補助システムがありますし、火器管制も機体側が支援します」

 

「だとしてもだよ」

ソープはストフリの足元から頭部へ視線を上げる。

「ファティマがいない」

「機体と騎士をつなぐ、独立した判断補助が存在しない」

「それで、この推力、この火器、この反応を扱う」

 

カイエンが横から言う。

 

「ジョーカーの常識とは違うだろう?」

 

「違う」

ソープは素直に頷いた。

「でも、これはこれで美しい」

 

キラが少し驚く。

 

「美しい、ですか?」

 

「うん」

ソープ。

「思想が違う」

「MHは、騎士とファティマと機体が一つの系として成立する」

「これは、機体とパイロットとOSが一つの系を作っている」

「不足を別の技術で埋めている」

「そこが面白い」

 

露伴がものすごい勢いでメモを取る。

 

「いい」

「“不足を別の技術で埋める”」

「非常にいい」

 

泉が小声で言う。

 

「センセ、どこまで理解してるんですか」

 

「理解はあとで追いつかせる」

 

「危ない言い方……」

 

______________________________

 

ソープは歩きながら、細部を見る。

 

「関節部はかなり露出しているように見えるけど、ここは駆動効率優先かな」

「装甲材は?」

「フェイズシフト系?」

「エネルギー供給は核動力だったね」

「この翼状ユニットは推進とドラグーンの母艦機能を兼ねている?」

 

キラが徐々に真面目な顔になる。

 

「……はい」

「背部のスーパードラグーンは、分離後に遠隔操作で展開します」

「空間認識能力とリンクして――」

 

「空間認識能力」

ソープの目が輝く。

「なるほど」

「ファティマではなく、パイロット自身の認識拡張に依存しているわけだ」

 

キラが頷く。

 

「そうですね」

「ただ、誰でも扱えるわけではありません」

 

「だろうね」

ソープ。

「この機体、普通の人間には過剰だ」

 

カイエンが笑う。

 

「坊や、言われてるぞ」

 

キラが困ったように言う。

 

「褒められてるんですか?」

 

ソープは即答した。

 

「かなり」

 

キラはますます困った。

 

「ありがとうございます……?」

 

露伴が横から言う。

 

「評価され慣れていない善人の顔だ」

 

「そこ拾わないでください!」

 

______________________________

 

ソープはさらにキラへ向き直った。

 

「君は、OSを自分で調整したと聞いた」

 

キラが少しだけ苦い顔をする。

 

「最初にストライクに乗った時は、まともに動かせなかったので」

「戦闘中に書き換えました」

 

ソープの笑みが消えた。

 

「戦闘中に?」

 

「はい」

 

「初搭乗で?」

 

「……はい」

 

「実戦中に、機体制御OSを?」

 

「そうです」

 

ソープは数秒黙った。

 

カイエンが楽しそうに笑う。

 

「どうだい、ソープ」

「地球にも変なのがいるだろう」

 

ソープは小さく息を吐く。

 

「変だね」

「かなり変だ」

 

キラが軽くショックを受ける。

 

「そこまでですか」

 

「褒めてるよ」

ソープ。

「普通、機体制御で詰まったら、パイロットは死ぬ」

「君はその瞬間に、死なないためにプログラムを書き換えた」

「それは技術者としても、パイロットとしても異常だ」

 

露伴がまた書く。

 

「死なないためにプログラムを書き換えた」

「いい」

 

泉が言う。

 

「いい、じゃないです……」

 

キラは少しだけ目を伏せる。

 

「必要だっただけです」

 

ソープはその言葉に、少しだけ目を細めた。

 

「必要だったから、やった」

「なるほど」

「君もカイエンに似たところがあるね」

 

キラがぎょっとする。

 

「えっ」

 

カイエンも眉を上げる。

 

「おいおい、てめぇソープ」

「どこをどう見たら、ぼくと坊やが似てるんだ」

 

ソープは柔らかく笑った。

 

「必要な時に、当たり前みたいに一線を越えるところ」

 

その場が少しだけ静かになる。

 

キラは言葉に詰まった。

カイエンも、一瞬だけ笑みを消した。

 

露伴は、その一瞬を見逃さない。

 

いい。

ソープは、見る場所が違う。

技術者として見ているようで、人間の芯を見ている。

 

泉が小声で言う。

 

「センセ、今、すごい顔してます」

 

「分かっている」

 

「分かってるんだ……」

 

______________________________

 

 

ソープはストライクフリーダムを見上げる。

 

「この機体は、機械としては粗いところもある」

「でも、使う人間に合わせて研ぎ澄まされている」

「君のための機体だね」

 

キラは静かに答える。

 

「……そうかもしれません」

 

「だから見たかった」

ソープ。

「ファティマなしで、ここまでパイロットに寄せた機体」

「面白いよ」

 

カイエンが言う。

 

「満足したかい」

 

「少しね」

ソープ。

「でも、まだ足りない」

 

露伴が即座に反応する。

 

「それは僕の台詞だ」

 

ソープが笑う。

 

「じゃあ、似た者同士かな」

 

「やめろ」

カイエン。

「漫画家先生に餌をやるな」

 

露伴は真顔で言う。

 

「もう遅い」

 

キラが小声で呟く。

 

「この人たち、ほんとに全員面倒くさい……」

 

泉が優しく頷いた。

 

「分かります……」

 

______________________________

 

 

格納庫を出る頃、

ソープはキラへ言った。

 

「ありがとう」

「良いものを見せてもらった」

 

キラは少しだけ照れたように答える。

 

「いえ」

「僕も、違う世界の機体の考え方を聞けて面白かったです」

 

「今度は、こちらの機体も見せられるといいね」

ソープ。

 

カイエンがすぐ言う。

 

「やめとけ」

「坊やの胃が持たん」

 

「なんでですか!?」

 

「ジョーカーの機体は、見るだけでも面倒だ」

 

ソープが笑う。

 

「ひどい言い方だなあ」

「でも、否定はしないよ」

 

露伴が言う。

 

「待て」

「今度はそちらの機体を見せる?」

「それはつまり、シュペルターか?」

 

カイエンが顔をしかめる。

 

「余計なことを覚えてるな、君は」

 

「覚える」

露伴。

「必要だからだ」

 

ソープが楽しそうに言った。

 

「本当に面白いね、彼」

 

「面白がるな」

カイエン。

「こじれる」

 

泉が深く頷く。

 

「もうだいぶこじれてます」

 

キラも頷いた。

 

「はい……」

 

 




露伴のメモ

・ストライクフリーダム
・ファティマなし
・パイロット+OS+機体
・遠隔誘導兵装
・空間認識能力
・キラ、戦闘中にOSを書き換える
・ソープ、技術ではなく“必要で一線を越える人間”を見る
・カイエンとキラの類似
・シュペルター、再浮上

最後に露伴は書いた。

――技術体系が違えば、人間の見え方も変わる。

そしてその横に、もう一行。

――ソープは、やはりただの整備士ではない。

泉がそれを見て、深くため息をついた。

「先生」
「また沼が深くなってます」

露伴は答えた。

「いいことだ」

「よくないです」

カイエンは肩をすくめた。

「やれやれ」
「坊や、悪いことは言わん」
「あの二人には深入りするな」

キラは少し遠い目をした。

「もう遅い気がします……」

ソープは、そんな会話を楽しそうに見ていた。

そして、ストライクフリーダムの立つ格納庫をもう一度だけ振り返った。

「ファティマなしで、ここまでやるか」

その声は、ただの興味ではなかった。

敬意が混じっていた。

キラはそれに気づいて、少しだけ表情を和らげた。

その瞬間を、露伴は当然のように見ていた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。