守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
昼下がりのカフェテラスで、レディオス・ソープはにこやかに言った。
「今度は、あの女子高生探偵に会いたいんだけど」
ダグラス・カイエンは、紅茶のカップを持ったまま止まった。
「……今度は何だ、ソープ」
「女子高生探偵」
ソープは当然のように繰り返す。
「桂木弥子さん、だったかな」
カイエンは目を細める。
「なんでまた弥子なんだ」
「気になるじゃないか」
ソープ。
「魔界の住人と一緒にいて、あの空気で平然と食事していた子だろう?」
「平然というか、だいたい食ってるだけだがね」
「そこが気になるんだよ」
カイエンは深く息を吐いた。
「やれやれ……」
「ストライクフリーダムの次は女子高生探偵か」
「君もずいぶん忙しいな」
ソープは紅茶をひと口飲んだ。
「好奇心は大事だよ」
「それに、あの魔人にも興味がある」
カイエンの表情が、少しだけ面倒くさそうになる。
「ネウロか」
「そう」
ソープは楽しそうだった。
「人間ではないものが、人間の世界で人間と行動している」
「その隣に、普通の女の子がいる」
「これは見ておかないと」
「“普通”かどうかは怪しいぞ」
「そこも含めて」
カイエンは、露骨に嫌そうな顔でカップを置いた。
「断る」
ソープは微笑む。
「そう言うと思った」
「だったら聞くな」
「ところで、例の経費だけど」
カイエンの眉が動いた。
「……またそれか」
ソープは端末を取り出す。
「食材費と飲料費は、親睦費として処理できそうだよ」
「ただし、注意つき」
「ほう」
「でも、“山菜採取後の鹿肉関連雑費”は無理」
「ケチだな」
「無理」
ソープ。
「そこはログナーが通行止めにしている」
カイエンは少し黙った。
ソープはにこやかに続ける。
「でも、君が紹介してくれるなら」
「もう少し柔らかく処理できるかもしれない」
「どれくらいだ」
「半分より少し上くらい」
「微妙だな」
「ログナーが怒らない範囲では最大限だよ」
カイエンはしばらくソープを見ていた。
それから、諦めたように肩をすくめる。
「やれやれ」
「領収書一枚で、ずいぶん人を使うじゃないか」
「一枚じゃないよ」
ソープ。
「君が増やしたんだ」
「てめぇソープ、そういうところは細かいな」
「整備士だからね」
「関係あるか、それ」
ソープは笑うだけだった。
数十分後。
カイエンは、桂木弥子がよく顔を出すというファミレスへ向かっていた。
隣にはソープ。
少し離れて、当然のように岸辺露伴。
さらにその横に、編集の泉京香。
カイエンは振り返った。
「漫画家先生」
「なぜ君までいる」
露伴は即答する。
「見逃す理由がない」
「聞いたぼくが悪かった」
泉が申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません……」
「先生が“これは逃せない”って……」
「だろうな」
ソープは露伴をちらりと見て、楽しそうに言った。
「彼も面白いよね」
「面白がるな」
カイエン。
「こじれる」
露伴は静かに言った。
「もうこじれている」
泉が額を押さえる。
「自覚あるなら控えてください……」
ファミレスの窓際席には、すでに弥子がいた。
テーブルの上には、ドリンクバーのグラスと、ポテトと、パフェ。
そして向かい側には、脳噛ネウロが当然のように座っている。
弥子はパフェを食べながら、カイエンに気づいた。
「あ、カイエンさん!」
「何、またごはん?」
「違う」
カイエン。
「今日は紹介だ」
弥子の視線が、ソープへ移る。
そして止まった。
「……えっ」
「誰、この美人!?」
泉が小声で言う。
「私と同じ反応だ……」
ソープはにこっと笑った。
「はじめまして」
「レディオス・ソープだよ」
弥子はソープの声を聞いて、さらに目を丸くした。
「……え」
「声、男の人?」
「え、男性なの!?」
「女性じゃないの!? ほんとに!?」
ソープは少し嬉しそうに笑う。
「よく言われるよ」
カイエンが横から言った。
「喜ぶなソープ」
「褒められたら嬉しいだろう?」
「だからそういうとこだぞ」
弥子はまだ混乱している。
「えっと……」
「すごい美人の男の人……?」
「カイエンさんの知り合い?」
ソープは椅子に座りながら答えた。
「そうだね」
「僕はMHマイスター」
「わかりやすく言えば、整備士だよ」
「カイエンとは、そういう付き合い」
弥子がカイエンを見る。
「ほんとに?」
カイエンは目をそらした。
「……そういうことにしておけ」
露伴がすかさず言う。
「また言ったな」
「“そういうことにしておけ”」
泉が小声で言う。
「センセ、今日はもうそこ拾わなくても……」
「拾う」
露伴。
弥子が露伴を見て言う。
「露伴先生までいるし」
「なにこの集まり」
「私も同じことを思っている」
泉が疲れた声で言った。
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その時、ネウロが初めてソープを真正面から見た。
さっきまで、興味がないふりをしていた。
だが、その目は最初から外していなかった。
ネウロは、ゆっくり口元を吊り上げる。
「ほう……」
「貴様……なかなかの『謎』の匂いがするぞ」
ファミレスの空気が、少しだけ変わった。
弥子がスプーンを止める。
「ネウロ?」
ソープは微笑みを崩さない。
「そうかな?」
「僕はただの整備士だよ」
ネウロの笑みが深くなる。
「ククク……」
「その“ただの”は、ずいぶん厚く塗られた化粧だな」
泉が小声で震える。
「何この会話……」
「怖い……」
露伴はメモ帳を開いた。
「いい」
「非常にいい」
「よくないです!」
泉。
ネウロはさらに続ける。
「人間の形をしている」
「声も匂いも、人間の枠に収まっている」
「だが、その奥が不自然だ」
「貴様、何を隠している」
カイエンが低く言った。
「ネウロ」
「そのへんにしておけ」
ネウロはカイエンを見る。
「何だ、剣聖」
「この美人を守るつもりか?」
ソープが軽く笑う。
「美人だって」
「喜ぶな」
カイエン。
弥子が慌てて言う。
「ちょっと待って」
「今の、普通にやばい空気だったよね!?」
「なんでそこで喜ぶの!?」
ソープは紅茶を注文しながら、のんびり言った。
「褒め言葉は受け取る主義だから」
「そういう問題かなあ!?」
ネウロは笑っている。
だが、その目は鋭い。
「ククク……」
「面白い」
「貴様の謎は、今すぐ喰うには少々深い」
ソープは目を細めた。
「喰う?」
弥子がすぐに割り込む。
「あー、そこは深く聞かなくていいです!」
「聞くと面倒だから!」
露伴が言う。
「いや、聞くべきだ」
「“謎を喰う”という表現は――」
「先生も黙っててください!!」
泉。
カイエンは椅子に深く座る。
「やれやれ」
「予想はしていたが、やっぱり面倒な顔合わせになったな」
ソープは楽しそうだった。
「でも、来てよかったよ」
「まだ何も始まってないだろう」
「始まってるよ」
ソープ。
「彼は、僕を“謎”として見た」
「彼女は、そんな彼の隣でパフェを食べている」
「十分だ」
弥子がスプーンを握ったまま言う。
「それ、あたしの説明雑じゃない!?」
「雑ではないよ」
ソープは弥子を見る。
「むしろ、一番興味深い」
弥子が眉をひそめる。
「あたしが?」
「うん」
ソープ。
「君は、彼の隣にいながら壊れていない」
ネウロが鼻で笑う。
「壊れぬどころか、よく喰う」
「そこは余計!」
弥子。
ソープは続けた。
「魔界の住人と一緒にいて、まだ人間のまま食べて、怒って、笑っている」
「それは、かなり強いことだと思うよ」
弥子は一瞬、言葉に詰まった。
「……え」
「褒めてる?」
「褒めてる」
「そ、そう……」
弥子は少し照れたようにパフェをつつく。
「なんか、変な褒め方だけど……ありがとう」
ネウロが横から言う。
「勘違いするな、騒音娘」
「貴様は壊れぬのではなく、壊れても腹が減るだけだ」
「台無しにするな!!」
露伴は、ソープと弥子を交互に見ていた。
この男は、技術を見る時と同じ目で人間を見る。
構造を見る。
どこが壊れず、どこに負荷がかかっているかを見る。
……整備士。
なるほど、これは嘘ではない。
だが、やはりそれだけではない。
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ソープはネウロへ視線を戻す。
「君は、人間ではないんだね」
ネウロはにやりとした。
「今さら確認か」
「確認は大事だよ」
ソープ。
「僕は、見たことのないものを見た時、まず構造を知りたくなる」
「構造」
ネウロ。
「魔界の構造を、人間の整備士風情が知ろうというのか?」
ソープは笑った。
「整備士は、知らない構造を見ると分解したくなるものだよ」
泉が小声で言う。
「今の、ものすごく怖い発言では……?」
露伴が即答する。
「怖い」
「そして非常にいい」
「よくない!」
ネウロは、愉快そうに笑った。
「ククク……」
「よい。貴様、見た目よりずっと質が悪いな」
「それはよく言われる」
ソープ。
カイエンが呟く。
「てめぇソープ、自覚あるなら少しは隠せ」
「隠してるよ」
「どこがだ」
「かなり」
「嘘をつけ」
弥子はそのやりとりを見ながら、ぽつりと言った。
「なんかさ」
「カイエンさんとソープさんって、昔からこうなの?」
カイエンとソープが、同時に弥子を見た。
弥子はぎょっとする。
「え、何その反応」
ソープが先に笑った。
「そうだね」
「昔から、かな」
カイエンは嫌そうに言う。
「余計なことを言うな」
「何も言ってないよ」
露伴が身を乗り出す。
「今の“昔から”は重要だ」
泉が露伴の袖を引っ張る。
「先生、座ってください」
「前のめりすぎます」
ネウロがくつくつ笑う。
「ククク……」
「人間どもが、たった一言に群がる」
「謎の匂いに飢えているのは、吾輩だけではないようだな」
露伴はネウロを見た。
「おまえと一緒にするな」
「同類だろう」
「違う」
弥子が即座に言う。
「いや、ちょっと似てるとこあるかも」
露伴が固まる。
「……どこがだ」
「人の内側を見たがるところ」
泉が小さく頷く。
「それは少し……」
「泉くんまで?」
ソープが楽しそうに笑った。
「いいね」
「この女子高生探偵、思ったよりずっと見ている」
弥子が少し照れる。
「えっへん」
ネウロが即座に言う。
「調子に乗るな」
「乗るわよ今くらい!」
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しばらくして、ソープは席を立った。
「今日はありがとう」
「面白かったよ、弥子さん」
「え、もう帰るの?」
「うん」
ソープ。
「長居すると、彼が本気で僕を調べ始めそうだから」
露伴が真顔で言う。
「もう始めている」
「だろうね」
カイエンも立ち上がる。
「行くぞソープ」
「これ以上いると、面倒が増える」
「君が紹介してくれたんだろう?」
「領収書で脅したくせに、よく言う」
「交渉だよ」
「脅迫寄りだ」
ソープは弥子へ軽く手を振った。
「また会えたら、その時はもう少し話を聞かせてね」
弥子はにっと笑った。
「いいけど」
「その時は何かおごってね!」
「いいよ」
カイエンがすぐ言った。
「AKD経費にはするなよ」
ソープが笑う。
「君じゃないんだから」
ネウロは最後に、ソープを見て言った。
「レディオス・ソープ」
「貴様の謎、いずれ味見してやる」
ソープは振り返り、やわらかく微笑んだ。
「その時は、僕も君を少し分解してみたいね」
一瞬だけ、場の温度が下がった。
ネウロの笑みが深くなる。
「ククク……」
「いいだろう」
弥子が悲鳴を上げる。
「よくない!!」
「どっちもやめて!!」
泉も叫ぶ。
「本当にやめてください!!」
露伴はその空気を、逃さず記録していた。
「いい」
「最後まで非常にいい」
「先生もやめてください!!」
カイエンは呆れたように笑う。
「やれやれ」
「この組み合わせは、しばらく近づけないほうがいいな」
「そうかな」
ソープは楽しそうだった。
「僕はまた会ってもいいけど」
「だから駄目なんだよソープ」
二人は、そのまま店を出ていった。
残された弥子は、しばらくドアの方を見ていた。
「……なんか」
「すごい人だったね」
ネウロが鼻で笑う。
「人、という括りで済ませてよいかは疑問だがな」
「えっ、やっぱりそういう感じなの?」
「さあな」
ネウロ。
「ただの整備士にしては、ずいぶん濃い匂いだった」
露伴がメモ帳を閉じる。
「レディオス・ソープ」
「やはり、ただ者ではない」
泉が疲れた声で言う。
「今日それ、何回目の結論ですか……」
弥子はパフェの最後のひと口を食べながら言った。
「でも、悪い人じゃなさそうだったよ」
ネウロが笑う。
「貴様の“悪い人ではない”判定ほど当てにならんものもないな」
「うるさい!」
露伴は、さっきのソープの言葉を思い返していた。
“君は、彼の隣にいながら壊れていない。”
その視点は、やはり普通ではない。
技術者の目。
支配者の目。
神の目。
そのどれでもあり、どれでもない。
露伴は静かに呟いた。
「……沼が深いな」
泉が即座に言った。
「自分で入ってますからね?」
「分かっている」
「分かってて入らないでください!」
ファミレスの席に、弥子の笑い声と泉のため息が混じった。
ネウロだけが、少しだけ楽しそうに口元を歪めていた。