守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
レディオス・ソープがそう言った時、カイエンは心底嫌そうな顔をした。
カフェテラスの端の席。
午後の光。
テーブルには紅茶と、まだ手をつけていない小さな焼き菓子。
カイエンはカップを持ったまま、ため息をつく。
「今度は誰だ」
「空条承太郎くん」
「……承太郎か」
「うん」
ソープはにこやかに頷く。
「君たちの合宿にもいた、あの寡黙な男だよ」
「“スタンド”というものを使うんだってね」
カイエンは片眉を上げた。
「誰から聞いた」
「君」
「言ったか?」
「言ったよ」
「覚えがないな」
「それは都合が悪いからじゃないかな」
カイエンはしばらく黙ったあと、ぽつりと言う。
「やれやれ……」
「また領収書か」
ソープはにっこり笑った。
「今回は最後だよ」
「彼を紹介してくれたら、例の件は“注意つきで処理済み”まで持っていく」
「全部か?」
「全部ではないね」
「さすがに“山菜採取後の鹿肉関連雑費”は無理だった」
「まだ言うか」
「ログナーが言ってる」
「君も言ってるだろ」
「少しだけ」
カイエンは紅茶を置いた。
「で、承太郎に何を聞きたいんだ」
「スタンドを見たい」
「見世物じゃないぞ」
「分かっているよ」
ソープ。
「でも、精神の発露が形を持って外に出るなんて、普通の技術体系ではありえない」
「機械でも、ファティマでも、魔法でもない」
「騎士の力とも違う」
「なら、それが何なのか見てみたい」
カイエンは少しだけ黙った。
「承太郎は簡単には見せんぞ」
「だろうね」
ソープは楽しそうだった。
「だから、君に頼んでいるんだ」
「ぼくが頼んだところで、あの男は動かん」
「動かなくてもいい」
ソープ。
「話だけでもできれば」
カイエンは肩をすくめた。
「やれやれ」
「これで最後だぞ、ソープ」
「うん、経費の件では最後」
「含みのある言い方をするな」
ソープは答えず、ただ笑った。
承太郎との対面は、意外にもあっさり実現した。
場所は、いつものカフェではなかった。
少し人気の少ない、川沿いの遊歩道にあるベンチ。
カイエンが「人目の多い場所でスタンドの話はやめておけ」と言ったからである。
そこに空条承太郎はいた。
黒い帽子。
無駄のない姿勢。
黙っているだけで、周囲の空気が少し静かになる男。
承太郎は近づいてきたカイエンとソープを見て、帽子のつばを押さえた。
「……今度は何だ」
カイエンが片手を上げる。
「悪いな、承太郎」
「こいつがどうしても会いたいそうだ」
ソープは一歩前へ出て、穏やかに頭を下げる。
「はじめまして」
「レディオス・ソープだよ」
承太郎はソープを見た。
一拍。
「……線が細ぇ奴だな」
ソープは少し笑った。
「よく言われる」
カイエンが横から言う。
「そこは喜ぶな」
「褒め言葉かもしれないだろう?」
「承太郎がそんなつもりで言ったとは思えんがな」
承太郎は二人のやり取りに興味なさそうだった。
「で」
「用件は何だ」
ソープの目が、ほんの少しだけ真剣になる。
「君のスタンドを見たい」
その瞬間、承太郎の目が細くなった。
空気が変わる。
カイエンが肩をすくめる。
「言い方が直球すぎる」
承太郎は低く言った。
「……その言い方は気に入らねぇな」
ソープはすぐに表情を改めた。
「失礼」
「見世物にしたいわけじゃない」
「ただ、君の力がどういうものなのか、知りたいんだ」
「知ってどうする」
「考える」
ソープ。
「理解する」
「僕は、知らない構造を見ると、どう成立しているのか知りたくなる」
承太郎は黙っている。
ソープは続けた。
「君の肉体とは別にある」
「でも、君自身でもある」
「機械ではない」
「ファティマでもない」
「魔法とも違う」
「それなら、それは何なのか」
承太郎はしばらくソープを見ていた。
「……誰から聞いた」
カイエンが視線をそらす。
「ぼくではない……と言いたいところだが、まあ、ぼくだな」
「やれやれだぜ」
カイエンは悪びれず笑う。
「経費の件でね」
「くだらねぇ理由だな」
「まったくだ」
ソープは微笑む。
「僕からも頼む」
「無理にとは言わない」
承太郎はしばらく何も言わなかった。
やがて、短く息を吐く。
「少しだけだ」
カイエンが少しだけ目を細める。
ソープは、黙って頷いた。
その瞬間。
承太郎の背後に、何かが立った。
紫がかった巨体。
鋭い目。
圧倒的な力の気配。
しかし同時に、恐ろしく精密な静けさ。
スタープラチナ。
ソープは、言葉を失った。
見えた。
はっきりと。
承太郎の背後に立つその存在を、ソープは確かに見ていた。
カイエンが横目で見る。
「見えるのか」
ソープは小さく答える。
「見える」
承太郎の目がわずかに動く。
「……スタンド使いじゃねぇな」
「違うよ」
ソープ。
「でも、見えている」
「どういう理屈だ」
ソープは少しだけ笑った。
「脚本上の都合、かな」
カイエンが吹き出しかける。
「それで済ませるのか」
「済ませよう」
ソープ。
「でないと説明が長くなる」
承太郎は少しだけ不機嫌そうにしたが、それ以上は追及しなかった。
スタープラチナは静かに立っている。
ソープはその姿をじっと見た。
「……美しいね」
承太郎が即座に言う。
「美術品じゃねぇ」
「分かっている」
ソープ。
「でも、これは美しい」
「人の精神が、ここまで明確な形と力を持つのか」
カイエンは腕を組む。
「どう見る、ソープ」
「力だけじゃない」
ソープは目を細める。
「反応速度、精密性、手指の制御」
「単なる破壊力の発露ではない」
「むしろ、極端に高い精密作業能力を持った力だ」
承太郎は黙っている。
ソープはさらに見る。
「騎士の肉体能力とも違う」
「ファティマの演算補助とも違う」
「これは、君自身の“形”だ」
「君の精神が、君の外へ出て、君の意志で動いている」
承太郎の目がわずかに鋭くなる。
「……よく見てるな」
「整備士だからね」
カイエンが小さく笑う。
「便利な言葉だな、それ」
「便利だよ」
ソープ。
「だいたいのことはそれで説明できる」
「できんだろ」
「できることにしておいて」
スタープラチナが拳を軽く握る。
その動作ひとつに、ソープはまた目を奪われた。
「指先の動作まで、ここまで細かく出るんだ」
「しかも、肉体側の筋肉に依存しない」
「君の意志が、そのまま別の身体を動かしているように見える」
承太郎は低く言う。
「見せるのはここまでだ」
ソープは素直に頷いた。
「ありがとう」
「十分だよ」
「十分には見えねぇ顔だな」
ソープは笑った。
「本当は、まだ見たい」
「けれど、これ以上は踏み込みすぎだ」
カイエンが意外そうに見る。
「自制できるんだな」
「できるよ」
ソープ。
「たまにはね」
承太郎がスタープラチナを消そうとした時、ソープがふと言った。
「ただ……」
承太郎の動きが止まる。
「君のそれ」
ソープ。
「まだ何か隠しているね」
空気が、また少しだけ重くなった。
カイエンがソープを見る。
「……そこまで分かるのか」
ソープは首を横に振る。
「分からない」
「でも、形が全部を語っていない」
「このスタンドには、まだ奥がある」
承太郎は静かに言う。
「さあな」
「今は聞かないよ」
「そうしろ」
スタープラチナが消える。
その場には、川の音と風だけが戻った。
ソープはしばらく、スタープラチナがいた場所を見ていた。
「……すごいものを見た」
承太郎は帽子を押さえる。
「大げさだな」
「大げさじゃない」
ソープ。
「君の世界の人間は、自分の精神であれを作るのか」
「全員じゃねぇ」
「だろうね」
ソープ。
「全員が持っていたら、世界の構造が変わる」
カイエンが言う。
「変わってるさ」
「たぶんな」
承太郎はカイエンを見た。
「おまえに言われたくねぇ」
「違いない」
少しだけ、空気が緩んだ。
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その頃。
少し離れた場所で、岸辺露伴と泉京香が隠れるでもなく立っていた。
承太郎は最初から気づいていた。
カイエンも気づいていた。
ソープも気づいていた。
泉だけが、こっそり来ているつもりだった。
「センセ……」
「やっぱり見に来ちゃいましたね……」
露伴は真剣だった。
「当然だ」
「承太郎のスタンドを、ソープがどう見るか」
「そんなもの、見逃す理由がない」
泉は額に手を当てる。
「もう止めませんけど……」
露伴はスケッチブックを開いている。
「精神の形」
「肉体とは別の身体」
「力と精密性の同居」
「隠された奥の手」
「非常にいい」
泉が小声で言う。
「先生、承太郎さんに怒られますよ」
「もう怒っているだろう」
「自覚あるんですか」
「ある」
承太郎が遠くから低く言った。
「露伴」
露伴はスケッチブックを閉じた。
「分かっている」
「近づかない」
泉が驚く。
「珍しく聞いた……」
カイエンが笑う。
「やれやれ」
「承太郎に怒られるのは避けたいらしいな、漫画家先生」
露伴は少し不満そうに言う。
「怒られるのが嫌なんじゃない」
「今は、これ以上邪魔をしないほうが見えるものがある」
泉が小声で呟く。
「それもそれで怖い……」
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ソープは最後に承太郎へ向き直った。
「見せてくれてありがとう」
「君の力は、たぶん僕が理解できる範囲を少し越えている」
承太郎は短く答える。
「だろうな」
「でも、ひとつだけ分かった」
ソープ。
「君は、それを見せびらかすために持っているんじゃない」
「必要な時に、必要なだけ使う」
「奥の手は、奥に置いておく」
「そういう人間だ」
承太郎は、ほんの少しだけ目を細めた。
「……当たり前だ」
ソープは笑った。
「その当たり前が、なかなか難しいんだよ」
カイエンが横で頷く。
「それはそうだな」
承太郎はカイエンを見る。
「おまえはもう少し隠せ」
「ぼくは十分隠してるさ」
「隠れてねぇ」
「手厳しいな」
ソープがくすっと笑う。
「二人とも、隠し方が違うんだね」
カイエンが言う。
「ソープ」
「それ以上言うと、承太郎が帰るぞ」
「もう帰る」
承太郎。
本当に歩き出した。
ソープはその背中に軽く声をかける。
「また機会があれば、話を聞かせてくれ」
承太郎は振り返らずに言った。
「気が向いたらな」
カイエンが笑う。
「それは、ほぼ断り文句だ」
ソープは楽しそうに言う。
「でも、完全な拒絶ではない」
「前向きだな」
「好奇心は大事だからね」
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承太郎が去ったあと、ソープは少しだけ空を見上げた。
「ストライクフリーダム」
「魔人」
「スタンド」
「どれも、僕の世界とは違う答えだ」
カイエンが隣に立つ。
「満足したかい」
「まだ」
ソープは笑う。
「でも、かなり刺激になった」
「ろくでもないことを考えるなよ」
「考えるよ」
「考えるなと言ったんだがね」
ソープはカイエンを見る。
「ファティマなしで、機体を動かす」
「人の精神が形を持つ」
「魔界の存在と人間の隣に立つ女子高生」
「どれも、僕にとっては無関係じゃない」
カイエンは少しだけ真面目な顔になる。
「……おまえ、また何か作る気か」
「いつも何か作ってるよ」
「そういう意味じゃない」
ソープは答えなかった。
ただ、柔らかく笑った。
その笑みを見て、カイエンは深くため息をつく。
「やれやれ」
「やっぱり紹介するんじゃなかった」
「でも、経費の件は少し良くなるよ」
「本当だろうな」
「たぶん」
「たぶんか」
ソープは楽しそうに歩き出した。
「帰ろうか」
カイエンも後に続く。
少し離れたところで、露伴がその背中を見送っていた。
泉がそっと言う。
「センセ」
「これで一段落ですか?」
露伴は首を横に振った。
「いいや」
「ですよね……」
露伴はスケッチブックを開く。
そこには、三つの言葉が並んでいた。
機体。
魔人。
精神。
その下に、もう一行。
レディオス・ソープは、すべてを構造として見る。
露伴は静かに呟いた。
「面白い」
「彼は、世界を整備しようとしている」
泉はその言葉の意味を、完全には分からなかった。
けれど、分かってしまったこともある。
岸辺露伴は、また深い沼を見つけた。
そしてたぶん、レディオス・ソープもまた、
こちら側の世界に何かを見つけてしまった。
「……帰りましょう、センセ」
「もう少しだけ」
「またそれ!」
川沿いの道に、泉の声が響いた。
その向こうで、承太郎は振り返らずに歩いている。
奥の手は、まだ奥にしまったまま。
それでいい。
見せるものと、見せないもの。
それを分けられるからこそ、空条承太郎は空条承太郎なのだ。