守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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デルタ・ベルン。

AKDの中枢は、妙に静かだった。

静かすぎる、と言ってもいい。

いつもなら、何かしらの騒ぎが起きている。
書類が増え、命令が飛び、誰かが誰かの尻拭いをする。

だが今日は、妙に平和だった。

ログナーは執務室で書類に目を通しながら、ふと呟いた。

「……最近、平和だな」

その横で、イエッタが淡々と答える。

「陛下が城にいませんので」

ログナーの手が止まった。

「……そうか」

「はい」

「それは平和にもなるな」

「はい」

沈黙。

ログナーはもう一度書類へ目を落とす。

だが、眉間の皺は少し深くなっていた。

「で」
「陛下はどこだ」

イエッタは、少しだけ視線を逸らした。

「地球方面かと」

「またか」

「はい」

ログナーは深く息を吐いた。

「……カイエンか」

「おそらく」

「経費の件は処理したはずだが」

「処理したからこそ、陛下が気になったのでは」

ログナーは無言で天井を見た。

「……平和とは、長く続かんな」

イエッタは静かに頷いた。

「はい」


岸辺露伴は二度取り違える

その頃、地球。

 

午後のカフェテラス。

 

ダグラス・カイエンは、一人で茶を飲んでいた。

 

正確には、ヒューア・フォン・ヒッター子爵の顔で。

 

もっとも最近では、その仮面もだいぶ雑になっている。

熊をソニックブレードで追い返し、露伴に剣聖の片鱗を見られ、

ソープまで現れられてしまった以上、

いまさら「ただの気さくな色男」で通すのは無理がある。

 

それでも本人は、涼しい顔で紅茶を飲んでいた。

 

「やれやれ……」

「ようやく静かになったか」

 

そこへ、当然のように岸辺露伴が現れた。

 

「また会ったな」

 

カイエンはカップを持ったまま、視線だけを向ける。

 

「また見つけた、だろう」

「君は本当にしつこいな、漫画家先生」

 

露伴は向かいの席に座る。

 

「取材熱心と言ってほしいな」

 

「ものは言いようだ」

 

少し遅れて、泉京香もやってくる。

 

「先生!」

「勝手に先に座らないでくださいってば!」

 

「泉くん、君は僕の行動を止められたことがあるのか?」

 

「ないですけど!」

「ないからって開き直らないでください!」

 

カイエンは、少しだけ笑った。

 

「相変わらずだな」

 

露伴はすぐに本題へ入った。

 

「今日は一人か?」

「あの謎の整備士はいないのか」

 

カイエンは眉を少し上げる。

 

「ソープか」

 

「そうだ」

露伴。

「レディオス・ソープ」

「MHマイスター」

「整備士」

「そして、明らかにただの整備士ではない男」

 

泉が小声で言う。

 

「先生、並べると怪しさが増しますね……」

 

カイエンは紅茶を一口飲んでから、気だるげに言った。

 

「もう用は済んだってさ」

「ストライクフリーダム、女子高生探偵、魔人、スタンド」

「見たいものは一通り見ただろう」

「そう言って“地元”に帰ったよ」

 

露伴がすぐ食いつく。

 

「地元?」

 

「深く聞くな」

カイエン。

「面倒になる」

 

「面倒なものほど知りたい」

 

「だろうな」

カイエンは呆れたように笑う。

「だが今日は無理だ」

「ようやくアマ公も――」

 

言いかけて、止まった。

 

露伴は見逃さない。

 

「今、アマと言ったな」

 

カイエンは答えない。

 

露伴がさらに覗き込む。

 

「おい」

「どうした」

 

カイエンの視線は、交差点の向こう側へ固定されていた。

 

露伴と泉も、つられてそちらを見る。

 

信号の向こう。

 

人混みの中に、ひときわ目を引く少女が立っていた。

 

白い服。

長い金髪。

華奢な手足。

大きな瞳。

どこか現実離れした美貌。

 

泉が息を呑む。

 

「……え」

「誰、あの美少女……」

 

カイエンは固まったままだった。

 

「……帰った、はずなんだがな」

 

露伴が目を細める。

 

「知り合いか」

 

「知り合いと言えば知り合いだが」

カイエンは低く言う。

「今日は特に会いたくなかった部類だ」

 

信号が青になる。

 

その少女がこちらへ歩いてくる。

 

そして、カイエンに気づくと、ぱっと明るく笑った。

 

「はーい、カイエン!」

 

カイエンは頭を抱えた。

 

「おい」

「アマ公!!」

「デルタ・ベルンに帰ったんじゃなかったのか!?」

 

少女は少し眉を寄せる。

 

「失礼ね」

「あたしはそんな名前じゃないわ」

 

そして、にこりと笑う。

 

「あたしの名は、レディオス・ソープよ」

 

沈黙。

 

泉が先に崩れた。

 

「……え?」

「レディオス……ソープ……?」

 

露伴が椅子から少し立ち上がる。

 

「待て」

 

少女は露伴を見る。

 

「あら、あなたが岸辺露伴先生?」

「話は聞いてるわ」

 

露伴は、彼女を上から下まで見る。

 

「この前のレディオス・ソープとは別人……いや、違う」

「目の奥が似ている」

「表情の作り方も」

「だが骨格が違う」

「重心が違う」

「声が違う」

「女装ではない」

「変装でもない」

「何だこれは」

 

カイエンがぼそりと言う。

 

「その件名みたいな反応やめろ」

 

泉は完全に混乱していた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

「ソープさんって、あの美人の男性の……」

「えっ、でも今度は女性?」

「本当に女性?」

「そんな……性別まで変わってる……」

 

ソープダッシュはにっこり笑った。

 

「変わってるというより、切り替えているの」

 

「切り替えるものなんですか!?」

 

カイエンが紅茶を置く。

 

「こいつに常識を当てはめるな」

「疲れるだけだ」

 

ソープダッシュは不満そうに言う。

 

「ひどいわね、カイエン」

「あたし、そんなに変?」

 

「変だろ」

「全部が」

 

露伴が静かに言った。

 

「レディオス・ソープ」

 

「ええ」

 

「この前の男は?」

 

「あたしよ」

 

「……」

 

露伴が黙った。

 

泉が小声で言う。

 

「先生が処理落ちしてる……」

 

カイエンが少しだけ笑う。

 

「珍しいものが見られたな」

 

だが数秒後、露伴の目が輝き始めた。

 

「……いい」

「非常にいい」

 

泉が頭を抱える。

 

「やっぱりそこに行くんですね!」

 

______________________________

 

 

ソープダッシュは、当然のように席へ座った。

 

「それで、何を話していたの?」

 

カイエンがすぐ言う。

 

「おまえが帰ったって話だ」

 

「帰ったわよ」

 

「じゃあ何でここにいる」

 

「戻ってきたの」

 

「理由になってない」

 

「気になることがあったのよ」

 

露伴が即座に反応する。

 

「何がだ」

 

ソープダッシュは露伴ではなく、カイエンを見る。

 

「ソフトクリーム」

 

カイエンは一瞬、理解を放棄した顔になった。

 

「……は?」

 

「地球の牧場ソフト」

ソープダッシュは真面目な顔で言う。

「請求明細にあったでしょう」

「あなたが食べたって聞いてたの」

 

泉が吹き出しそうになる。

 

「そこ!?」

 

カイエンは目を閉じた。

 

「おい、レシートを読むな」

 

「読むわよ」

ソープダッシュ。

「請求に上がってたんだから」

「“牧場ソフトクリーム”」

「“プレミアムソフトクリーム”」

「“飲料費”」

「“山菜採取後の鹿肉関連雑費”」

 

「最後のを読むな」

カイエン。

 

露伴は真顔でメモを取っている。

 

「請求明細から食文化に興味を持つ神の化身」

「非常にいい」

 

泉が震えた声で言う。

 

「先生、いま何かすごいこと言いました?」

 

カイエンが即座に言う。

 

「聞かなかったことにしろ」

 

ソープダッシュは気にしていない。

 

「ジョーカーではフローズンヨーグルトが流行りだけど」

「地球では牧場ソフトが定番なんでしょう?」

「カイエンも食べた」

「なら、あたしも食べたいわ」

 

カイエンが呆れる。

 

「なんだその理屈は」

 

「あなたが食べたんでしょう?」

 

「食ったが」

 

「じゃあ、あたしも食べる」

 

泉がぽつりと呟く。

 

「理屈がかわいい……」

 

露伴はまだソープダッシュを観察している。

 

「この前のソープとは言動が違う」

「いや、根は同じか」

「好奇心の向きが変わっているだけだ」

「これは人格の切り替えなのか?」

「それとも出力の切り替えか?」

 

ソープダッシュが楽しそうに笑う。

 

「露伴先生は、本当に見るのが好きなのね」

 

「仕事だ」

 

「それだけじゃないでしょう?」

 

露伴は一瞬だけ黙った。

 

カイエンが横から言う。

 

「やめとけ、ソープ」

「漫画家先生に餌をやるな」

 

「あら」

ソープダッシュ。

「今日はソープって呼んでくれるのね」

 

「アマ公って呼んでほしいか?」

 

「ソープよ」

 

「はいはい」

 

泉は頭を抱えた。

 

「この会話、普通に成立してるのが怖い……」

 

______________________________

 

 

その時だった。

 

「カイエンさーん!」

 

通りの向こうから、元気な声。

 

桂木弥子だった。

 

手にはコンビニ袋。

中には、おそらく菓子か何かが入っている。

 

その後ろにネウロもいる。

 

ネウロは相変わらず、面白そうな顔で歩いていた。

 

弥子はカイエンを見つけて近づいてきたが、テーブルに座るソープダッシュを見て足を止める。

 

「……え」

「誰この美少女!?」

 

泉が小さく言う。

 

「分かる……」

 

ソープダッシュは弥子へ手を振る。

 

「こんにちは、弥子さん」

 

弥子がさらに混乱する。

 

「え、あたしの名前知ってるの?」

「……って」

「もしかして、ソープさん!?」

 

「正解」

 

「えええええ!?」

「今度は女の子!?」

 

ソープダッシュはにこっと笑った。

 

「レディオス・ソープよ」

 

弥子はカイエンを見る。

 

「カイエンさん」

「これどういうこと?」

 

カイエンは遠い目をした。

 

「ぼくにも説明が面倒だ」

 

ネウロがソープダッシュを見て、口元を歪める。

 

「ククク……」

「姿どころか、性の器まで変えてきたか」

「つくづく謎の多い存在だな」

 

ソープダッシュはネウロを見て微笑む。

 

「あなたも相変わらず失礼ね」

 

弥子が小声で言う。

 

「でも、ネウロにしては褒めてる方かも」

 

「褒めてはいない」

ネウロ。

 

露伴が低く呟く。

 

「性の器……」

「いい表現だな」

 

泉が即座に止める。

 

「先生、拾わないでください!」

 

______________________________

 

 

ソープダッシュは弥子へ身を乗り出した。

 

「ねえ、弥子さん」

「地球のソフトクリームって、そんなに美味しいの?」

 

弥子の目が輝いた。

 

「美味しいよ!」

 

即答だった。

 

カイエンが横から言う。

 

「おい、即答か」

 

弥子は当然のように言う。

 

「即答でしょ」

「牧場ソフトは正義!」

 

「出た」

泉。

 

ソープダッシュは嬉しそうだった。

 

「カイエンが食べたって聞いてたの」

「牧場のソフトクリーム」

 

「食べた!」

弥子。

「あれはうまかった!」

「濃かった!」

「牛乳が本気出してた!」

 

ソープダッシュは真剣に頷く。

 

「牛乳が本気……」

「いい表現ね」

 

「でしょ!?」

 

カイエンが頭を抱える。

 

「妙な方向で意気投合するな」

 

弥子はもう立ち上がっていた。

 

「よし、行こう!」

 

泉が驚く。

 

「どこへ!?」

 

「ソフトクリーム!」

 

カイエンが即座に言う。

 

「やめろ」

「またレシートが増える」

 

ソープダッシュが振り向く。

 

「今度はあたしが払うわ」

 

カイエンが眉を上げる。

 

「本当か」

 

「ええ」

 

「経費か?」

 

「違うわよ」

 

ネウロが鼻で笑う。

 

「ククク……」

「神の化身が人間の乳菓子に釣られるとは、実に愉快だな」

 

ソープダッシュがにこりと返す。

 

「あなたは食べないの?」

 

ネウロは一拍置いて言った。

 

「……味見程度なら許してやる」

 

弥子が指を差す。

 

「結局食べるんじゃん!」

 

露伴が立ち上がる。

 

「行こう」

 

泉が悲鳴を上げる。

 

「先生まで!?」

 

「当然だ」

露伴。

「性別を切り替えたレディオス・ソープが、地球のソフトクリームをどう評価するか」

「そんなもの、見逃す理由がない」

 

カイエンは深く息を吐いた。

 

「やれやれ……」

「ソープ、おまえ本当に何しに戻ってきた」

 

ソープダッシュは楽しそうに笑った。

 

「気になるものを食べに」

 

「それだけか」

 

「それだけよ」

 

カイエンは、しばらくソープダッシュを見ていた。

 

そして諦めた。

 

「……まあ、おまえらしいか」

 

______________________________

 

 

一行は、近場の牧場風スイーツ店へ向かった。

 

本物の牧場ではない。

だが、牧場直送の牛乳を使ったソフトクリームを出す店である。

 

弥子が勢いよく注文する。

 

「あたし、プレミアム!」

 

ソープダッシュも迷わず言う。

 

「あたしも同じものを」

 

ネウロは少し遅れて言う。

 

「味見用に一つだ」

 

「普通サイズじゃん」

弥子。

 

露伴はバニラ。

泉もバニラ。

カイエンはしばらく迷ったあと、結局バニラを頼んだ。

 

ソープダッシュがそれを見て笑う。

 

「あなた、前にも食べたのにまた食べるのね」

 

カイエンはそっぽを向く。

 

「比較だ」

 

「気に入ってるんじゃない」

 

「比較だ」

 

弥子が笑う。

 

「カイエンさん、牧場ソフト好きなんだ!」

 

「違う」

 

「照れなくてもいいのに」

 

「違うと言ってる」

 

泉が小声で言う。

 

「平和だなあ……」

「さっきまで性別が変わるとか神がどうとか言ってたのに……」

 

露伴はソフトクリームを受け取りながら言う。

 

「平和な状況ほど、異常が際立つ」

 

「その視点がもう怖いです」

 

______________________________

 

ソープダッシュは、ソフトクリームを一口食べた。

 

少し目を見開く。

 

「……なるほど」

 

弥子が待ちきれず聞く。

 

「どう!?」

 

ソープダッシュはもう一口食べてから言った。

 

「フローズンヨーグルトとは違うわ」

「酸味よりも、甘味と乳の濃さが前に出ている」

「でも重すぎない」

「これは……まっすぐ甘い」

 

弥子が嬉しそうに笑う。

 

「でしょ!?」

 

カイエンが横で言う。

 

「同じことを前にも言った気がするな」

 

ソープダッシュがカイエンを見る。

 

「あなたも同じ感想だったの?」

 

「まあな」

 

「いいじゃない」

「感性が合ってるわ」

 

「やめろ」

カイエン。

 

ネウロもソフトクリームを食べる。

 

「ふん」

「人間の甘味にしては悪くない」

「だが魔界の乳菓子は、食した者の記憶を一晩ほど反芻させる」

 

弥子が嫌な顔をする。

 

「反芻させるな!」

 

ソープダッシュは少し興味を持つ。

 

「記憶を反芻するの?」

「面白いわね」

 

カイエンがすぐ止める。

 

「興味を持つな」

 

露伴は両方をメモしている。

 

「地球のソフトクリーム」

「ジョーカーのフローズンヨーグルト」

「魔界の記憶反芻乳菓子」

「非常にいい」

 

泉がもう諦めた顔になる。

 

「ジャンルが分からない……」

 

______________________________

 

食べ終わる頃には、弥子とソープダッシュはすっかり打ち解けていた。

 

「ソープさん、次はパフェ行こうよ」

 

「いいわね」

 

カイエンが即座に言う。

 

「行くな」

 

「なぜ?」

 

「収拾がつかん」

 

弥子は不満そうだ。

 

「えー、いいじゃん」

「女子同士のスイーツ巡り!」

 

泉が小声で言う。

 

「女子同士……でいいのかな……?」

 

ソープダッシュはにっこり笑う。

 

「今はそれでいいわ」

 

「今は!?」

泉。

 

露伴がまた反応する。

 

「今は、という表現は重要だ」

 

カイエンが露伴を見た。

 

「漫画家先生」

「今日はもうその辺にしておけ」

 

「無理だ」

 

「だろうな」

 

ソープダッシュは、そんなやりとりを楽しそうに見ていた。

 

「あたし、地球もなかなか好きよ」

 

カイエンが呆れる。

 

「食い物で判断するな」

 

「重要でしょう?」

 

弥子が大きく頷く。

 

「重要!」

 

カイエンは二人を見て、心底面倒そうに言った。

 

「……気が合うな、おまえら」

 

ネウロがくつくつ笑う。

 

「ククク……」

「騒音娘と神の化身が、甘味で結託するとはな」

 

弥子が笑う。

 

「いいじゃん!」

「平和で!」

 

ソープダッシュも笑った。

 

「ええ」

「平和でいいじゃない」

 

その瞬間だけ、カイエンは少しだけ目を細めた。

 

平和。

 

その言葉が、なぜか少しだけ重く聞こえた。

 

だが次の瞬間には、ソープダッシュがまた笑う。

 

「じゃあ次は、パフェね」

 

「行かん」

カイエン。

 

「ケチ」

 

「誰がケチだ」

 

「ログナー?」

 

「そこでログナーを出すな」

 

露伴が静かに言う。

 

「いい」

「この平和は、かなり危うい」

 

泉が小声で言った。

 

「先生、そういう締め方やめてください」

 

だが露伴は、すでにスケッチブックを閉じていた。

 

その日のメモには、こう書かれていた。

 

レディオス・ソープは二度現れる。

そして、二度ともこちらの常識を壊していく。

 

その下に、もう一行。

 

――岸辺露伴は、二度取り違えた。

 

 

 

 

 

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