守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
いや、見た目だけなら何もおかしくない。
昼下がりのカフェ。
白いテーブル。
並ぶケーキと紅茶。
金髪の美少女と、淡い色の髪をした歌姫が、向かい合って穏やかに微笑んでいる。
平和そのものだった。
ただし、事情を少しでも知っている者からすると、平和どころではなかった。
キラ・ヤマトは、やや引きつった顔で座っていた。
横にはラクス・クライン。
向かいには、レディオス・ソープ。
ただし今のソープは、以前キラが会った時の“美しい男性のMHマイスター”ではない。
完全に女性の姿だった。
キラは、何度目か分からない確認をした。
「……えっと」
「ソープさん、なんですよね?」
ソープダッシュは、にこりと笑った。
「ええ」
「レディオス・ソープよ」
キラは横のラクスを見る。
ラクスは微笑んでいる。
「そうですの」
その微笑みが、いつもより少しだけ静かだった。
キラは思った。
これは説明が難しい。
少し離れた席では、カイエンが紅茶を飲みながら、露骨に面倒そうな顔をしていた。
「やれやれ……」
「とうとう歌姫にまで会いに来たか」
ソープダッシュは首を傾げる。
「だって、気になったんだもの」
「キラくんの大切な人で」
「歌姫で」
「組織を背負う側の人なのでしょう?」
キラが軽く咳き込んだ。
「ちょ、ソープさん」
ラクスは静かに言った。
「まあ」
「そのようにお聞きになって?」
ソープダッシュは優雅に紅茶へ手を伸ばす。
「聞いたというより」
「見れば、少しは分かるわ」
ラクスの目が、ほんの少し細くなる。
「そうですか」
カイエンが小声で言う。
「始まったな」
キラが同じく小声で返す。
「何がですか」
「巨頭会談だよ、坊や」
「やめてくださいよ、そういう言い方……」
その時、後ろからアウクソーが静かに現れた。
いつの間にかいた。
彼女は泉京香に向かって、低く落ち着いた声で言った。
「泉様」
「今、二大巨頭会談中です」
「失礼のないように」
泉は一瞬、意味を理解できなかった。
「はぁ?」
横で岸辺露伴がすでにメモ帳を開いている。
「いい」
「実質的な首脳会談を、スイーツの席で行う」
「非常にいい」
泉が叫ぶ。
「先生も何を言ってるんですか!?」
ラクスは、改めてソープダッシュへ向き直った。
「はじめまして」
「ラクス・クラインです」
ソープダッシュも丁寧に微笑む。
「レディオス・ソープよ」
「今は、こういう姿で失礼するわ」
「とてもお美しいですわね」
キラの背筋が一瞬伸びた。
ソープダッシュは嬉しそうに笑う。
「ありがとう」
「あなたも、とても綺麗」
「ありがとうございます」
二人は微笑み合っている。
表面上は、非常に穏やかだった。
だが、キラは何となく分かっていた。
これは、ただ褒め合っているだけではない。
ソープダッシュがラクスを見る。
ラクスがソープダッシュを見る。
互いの服装、姿勢、声の置き方、相手の言葉の受け止め方。
そのすべてを、静かに測っている。
キラは小さく呟いた。
「……なんか、すごく静かなのに緊張する」
カイエンが紅茶を飲みながら言った。
「分かるぞ、坊や」
「分かるんですか」
「分かるとも」
カイエンは肩をすくめる。
「上に立つ女と、上に立つ神様が向かい合っているんだ」
「そりゃ、空気も変わる」
キラが反射的に言った。
「神様って言っちゃってますけど!?」
ソープダッシュがにこりと笑う。
「カイエン」
「何だい」
「余計なことを言わないの」
「今さらだろう」
アウクソーが静かに言った。
「マスター」
カイエンは目を逸らした。
「はいはい」
泉が震える声で言う。
「え、ちょっと待って」
「いま神様って言いました?」
「神様って、比喩ですよね?」
「比喩ですよね!?」
露伴は真顔で言う。
「比喩ではない可能性が高い」
「先生ぇ!!」
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ソープダッシュはラクスへ視線を戻した。
「あなた、声で場を整える人なのね」
ラクスは、わずかに瞬きをした。
「声で、ですか?」
「ええ」
ソープダッシュ。
「命令ではなく、納得させる」
「力で押さえるのではなく、流れを作る」
「でも、必要な時にはちゃんと決める側に立つ」
ラクスは穏やかに微笑んだままだ。
「そう見えますか?」
「見えるわ」
「優しい顔をして、かなり強い」
キラが小声で言う。
「……的確すぎる」
カイエンも頷く。
「ソープはこういうところが嫌なんだ」
ソープダッシュが横目で見る。
「嫌なの?」
「痛いところを見るからな」
「整備士だもの」
ソープダッシュ。
「歪みや負荷は見えるわ」
露伴が即座に書く。
「歪みや負荷は見える」
「これは人間にも適用される」
「非常に重要」
泉が小声で言う。
「先生、もう完全に研究メモになってますね……」
ラクスは、今度はソープダッシュを見つめた。
「あなたも、多くのものをご覧になってきた方なのですね」
ソープダッシュの笑みが、少しだけ深くなる。
「あら」
「そう見える?」
「ええ」
ラクス。
「軽やかに振る舞っておられますけれど」
「軽いだけの方ではありませんもの」
カイエンがぼそりと言う。
「見抜かれてるぞ、アマ公」
ソープダッシュは即座に返す。
「ソープよ」
アウクソーがまた静かに言う。
「マスター」
「分かった、分かった」
キラは頭を抱える。
「なんで初対面の場で、そんな危ない呼び方を……」
弥子がいれば突っ込んでくれたかもしれない。
だが今日、この場に弥子はいない。
その代わり、泉が限界を迎えかけていた。
「すみません」
「私、今どのくらい失礼のないようにすればいいんですか」
「普通のカフェですよね、ここ!?」
アウクソーは真顔で答える。
「可能な限りです」
「可能な限り!?」
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ラクスは、今度はキラへ顔を向けた。
「キラ」
「はい」
「こちらの方とは、以前お会いになっていたのですね」
「……はい」
「その時は、このお姿でしたの?」
キラは固まった。
「えっと……」
「その時は、男性の姿で……」
「でも、同じソープさんで……」
「ストライクフリーダムを見てもらって……」
ラクスは静かに微笑む。
「そうでしたの」
その「そうでしたの」が、やけに柔らかい。
しかしキラには、少しだけ分かった。
柔らかいけれど、圧がある。
ソープダッシュが楽しそうに言った。
「キラくん、困っているわね」
「困ってますよ!」
キラ。
「説明が難しすぎるんです!」
ラクスはやさしく言った。
「責めているわけではありませんわ」
「それは分かってるけど……」
ソープダッシュがラクスを見る。
「嫉妬しているの?」
キラが完全に固まった。
「ソープさん!?」
ラクスは少しだけ目を伏せて、微笑んだ。
「どうでしょう」
「キラが困っている姿を見るのは、少し珍しいものですから」
カイエンが吹き出しかける。
「ははっ」
「坊や、遊ばれてるな」
キラが恨めしそうに見る。
「カイエンさん、助けてくださいよ」
「無理だ」
「ぼくもこの二人の間には入りたくない」
「でしょうね!」
露伴は一言一句を記録している。
「キラ・ヤマトを中心にした静かな圧」
「歌姫と神の化身」
「非常にいい」
泉が顔を覆った。
「先生、もうタイトルみたいなこと言ってます……」
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ソープダッシュは、ケーキをひと口食べた。
「美味しいわね」
「地球のスイーツは素直でいい」
ラクスも紅茶を口にする。
「穏やかな時間には、よく合いますわ」
「穏やかな時間」
ソープダッシュは少し笑った。
「そうね」
「穏やかな時間ほど、守るのが難しい」
ラクスの表情が、ほんの少し変わった。
「ええ」
「平和は、そこにあるだけでは続きませんもの」
キラは、黙った。
この会話は、ただの雑談ではない。
ソープダッシュは紅茶の水面を見る。
「人は、望むものを間違えることがある」
「自由を望みながら、誰かに決めてほしいと思ったり」
「平和を望みながら、自分の正しさを押し通したくなったり」
ラクスは静かに答える。
「それでも、人は選ばなければなりません」
「選ばないこともまた、ひとつの選択になりますから」
「そうね」
ソープダッシュ。
「だから、上に立つ者は嫌われる」
「決めれば責められ」
「決めなければ失われる」
ラクスは微笑む。
「それでも、誰かが背負わなければならない時もございます」
ソープダッシュは、ラクスをまっすぐ見た。
「あなたは、背負うのね」
ラクスもソープダッシュを見る。
「あなたも、そうではありませんの?」
その瞬間、カイエンが小さく息を吐いた。
「……やれやれ」
「本当に始まっちまったな」
キラは小声で言う。
「これ、僕が聞いていていい会話なんですか?」
「おまえは当事者側だろう」
「そこがつらいんですよ……」
アウクソーは静かに立っている。
「お二人とも、非常に高度な会話をなさっています」
泉が小声で返す。
「私はもう、紅茶の味が分かりません……」
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ラクスは、ふとソープダッシュへ言った。
「あなたは、とても自由に見えます」
ソープダッシュは笑う。
「そう?」
「ええ」
「けれど、その自由さは、何も背負っていない方の自由とは違いますわ」
ソープダッシュは、少しだけ黙った。
ラクスは続ける。
「背負いすぎているからこそ、軽やかに見せている」
「そのように感じます」
カイエンが思わずラクスを見る。
「……お嬢ちゃん」
「なかなか言うじゃないか」
キラも驚いていた。
ソープダッシュは、楽しそうに笑った。
「本当に、よく見る人ね」
「歌姫というより、王様みたい」
ラクスは静かに微笑む。
「王様ではありませんわ」
「でも、王族のクセがある」
キラが目を丸くする。
「王族のクセ?」
ソープダッシュは軽く肩をすくめた。
「身のこなし、言葉の置き方、相手との距離」
「そういうものには、どうしても出るのよ」
カイエンが皮肉っぽく笑う。
「おまえがそれを言うか、ソープ」
ソープダッシュはカイエンを見た。
「言うわよ」
「昔、似たようなことを言われたもの」
露伴のペンが止まらない。
「王族のクセ」
「身のこなし」
「言葉の置き方」
「背負っているから軽く見せる」
「……非常にいい」
泉がついに諦めた声で言う。
「もう、この会話、普通のカフェでする内容じゃないです……」
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ソープダッシュとラクスの会話が続く中、
キラとカイエンは少し離れた席で、同じように疲れた顔をしていた。
「……カイエンさん」
「何だい、坊や」
「こういう時、どうしたらいいんですか」
「黙って見守る」
「それだけですか」
「下手に入ると火傷する」
「分かります……」
カイエンは紅茶を飲む。
「おまえの歌姫も、なかなかだな」
キラは少しだけ苦笑した。
「ラクスは、優しいですけど強いですから」
「知ってる」
「え?」
「見れば分かる」
キラはソープダッシュの方を見る。
「ソープさんも、すごい人ですね」
「すごいで済むなら楽なんだがね」
「ですよね……」
二人は、しばらく同じ方向を見ていた。
珍しく、キラとカイエンの間に妙な連帯感が生まれていた。
露伴はそれも見逃さない。
「いい」
「強い女たちの会話に、男たちが横で消耗している」
「非常にいい」
カイエンとキラが同時に言った。
「よくない」
露伴が一瞬、満足そうに笑った。
「今の同時反応もいい」
泉が小声で言う。
「先生、無限に拾いますね……」
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しばらくして、ソープダッシュは立ち上がった。
「今日は会えてよかったわ、ラクスさん」
ラクスも立ち上がる。
「こちらこそ」
「とても興味深いお話でした」
ソープダッシュは少し笑う。
「次は、もう少し気楽な話もしましょう」
「スイーツの話とか」
ラクスが微笑む。
「ええ」
「それも楽しそうですわ」
キラは少しほっとした。
「次は気楽にお願いします……」
ソープダッシュがキラを見る。
「キラくん」
「はい」
「大切な人を大切にするのは、とても大変なことよ」
「でも、あなたはちゃんと見ている」
「そこは、悪くないわ」
キラは一瞬、言葉に詰まった。
「……ありがとうございます」
ラクスは、キラの横顔を見て、少しだけ微笑んだ。
カイエンが立ち上がる。
「そろそろ行くぞ、ソープ」
「これ以上いると、坊やの胃がまた悪くなる」
「そうね」
ソープダッシュ。
「でも、いい会談だったわ」
泉が小声で言う。
「会談って言っちゃった……」
アウクソーが静かに言った。
「実質的には、その通りかと」
「やっぱり!?」
露伴は最後まで書いていた。
「レディオス・ソープとラクス・クライン」
「二人とも、柔らかく強い」
「場を支配するのではなく、場の流れを変える」
「……非常にいい」
ソープダッシュは去り際、露伴へ目を向けた。
「露伴先生」
「何だ」
「あまり書きすぎると、分からなくなるわよ」
露伴は少しだけ眉を上げた。
「どういう意味だ」
「見ることと、分かることは違うでしょう?」
それだけ言って、ソープダッシュは笑った。
カイエンがその後に続く。
「ほらな」
「餌をやるなと言ったろう」
「今のは餌なのか?」
「餌だよ」
露伴は二人の背中を見送った。
そして、静かにメモ帳を閉じる。
泉が恐る恐る聞いた。
「センセ」
「今日はもう、帰りますよね?」
露伴は答えた。
「泉くん」
「はい」
「僕は今日、初めて分かったことがある」
泉が身構える。
「何ですか」
露伴は、ソープダッシュとラクスが向かい合っていた席を見た。
「本当に強い者同士の会話は」
「声が小さい」
泉は、しばらく黙った。
そして、深くため息をついた。
「……それは、ちょっと分かります」
キラも小さく頷いた。
ラクスは、ただ静かに微笑んでいた。