守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
六壁坂。
その地名だけで、泉京香の胃は少し重くなる。
露伴は、机の上に参加予定者の名前を書いた紙を並べていた。
カイエン。
ソープ。
アウクソー。
承太郎。
キラ。
ラクス。
泉。
そして、少し離れたところに――
弥子。
ネウロ。
泉はその配置を見て、眉をひそめた。
「先生」
「何だ」
「弥子ちゃんとネウロさんだけ、なんでちょっと離してあるんですか」
露伴はペンを置かずに答える。
「正式な招待枠ではないからだ」
「でも名前は書いてるんですね」
「来る可能性が高いからな」
「じゃあもう招待してるのと同じでは?」
「違う」
露伴は即答した。
「僕は呼んでいない」
泉は深いため息をついた。
「責任逃れの準備が早い……」
露伴は紙の端に、さらに文字を書き加える。
食材持ち込み制。
泉はそれを見て、少しだけ安心した。
「それはいいですね」
「前回、だいぶ食費かかってましたし」
「当然だ」
露伴。
「今回は、全員がある程度持ち込む」
「特に、食べる量が多い人物には明確に伝える」
泉は嫌な予感がした。
「それ、弥子ちゃんのことですよね」
「主にそうだ」
「もう少し言い方を……」
露伴は真顔で言った。
「彼女が来るなら、食料も来るべきだ」
「名言っぽく言わないでください」
露伴はまず、キラへ連絡した。
通話がつながるまでの数秒、泉は横で不安そうに立っている。
『はい、キラ・ヤマトです』
「キラ・ヤマト」
露伴は挨拶を飛ばした。
「六壁坂へ行く。君も来い」
通話の向こうで、数秒の沈黙があった。
『……露伴先生』
『それ、招待じゃなくて召集ですよね?』
「似たようなものだ」
『違います』
泉が横から慌てて口を挟む。
「あ、キラくん、すみません!」
「今回は、露伴先生の別荘で取材を兼ねた合宿というか……」
『合宿……』
キラの声が、一段警戒した。
『またですか?』
露伴は淡々と言う。
「今回は前回とは違う」
「六壁坂だ」
『……それは、普通の場所なんですか?』
泉は露伴を見る。
露伴は答えた。
「土地に少し癖がある」
通話の向こうで、キラが小さく息を吐いた。
『その言い方が一番怖いんですけど……』
「安心しろ」
露伴。
「承太郎も呼ぶ」
『安心材料としては強いですけど、同時に危険度の証明にもなってませんか?』
泉が小さく頷いた。
「キラくん、すごく正しい……」
露伴は続ける。
「カイエン、ソープ、アウクソーも来る予定だ」
『……またすごいメンバーですね』
「君とラクス・クラインも必要だ」
露伴。
「君は場を調整する」
「ラクス・クラインは場を静める」
「非常に有用だ」
『人を機能扱いしないでください』
「事実だ」
『だから困るんです……』
キラは少し考えたあと、諦めたように言った。
『分かりました』
『ラクスにも相談します』
『ただ、今回は食材とか飲み物、事前にちゃんと持っていきますね』
泉の顔が明るくなる。
「助かります!」
露伴も頷く。
「そうしてくれ」
「保存食、飲料、パン、米、乳製品あたりがいい」
キラはさらに少し間を置いた。
『……あと、例の乳酸菌飲料も持っていきます』
泉は吹き出しかけた。
露伴は真面目に言う。
「君には必要だろう」
『否定できないのが嫌です』
そこへ、遠くからラクスの声が聞こえた。
『キラ? どなたからですの?』
キラの声が少し遠くなる。
『露伴先生。六壁坂で合宿だって』
ラクスの声は、少しも慌てていなかった。
『まあ』
『楽しそうですわね』
キラがすぐ戻ってくる。
『ラクス、楽しそうで済むかな……』
露伴は短く言った。
「来るということだな」
『たぶん……はい』
「よし」
通話を切ったあと、泉はぽつりと言った。
「ラクスさん、強いですね……」
露伴は当然のように答えた。
「だから呼ぶんだ」
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次に、露伴はスマホを泉へ渡した。
泉は嫌な予感しかしない。
「先生?」
「桂木弥子には、君から連絡してくれ」
「なぜ私が?」
「僕が直接連絡すると、食事の話になる」
「私が連絡しても、たぶんなりますよ」
「では任せた」
「任せ方が雑!」
結局、泉は弥子に電話をかけた。
数コールでつながる。
『はい、桂木弥子です!』
「弥子ちゃん、泉です」
「今度、露伴先生の別荘で――」
『ごはん出る!?』
泉は目を閉じた。
「早い!!」
露伴が横で小さく頷く。
「予想通りだな」
泉は受話口を押さえて言う。
「先生、黙っててください」
電話の向こうでは弥子のテンションが上がっていた。
『別荘? 山? 合宿?』
『またカレー? 鹿肉? ソフトクリーム?』
『温泉ある? おやつ持ってっていい?』
「待って、弥子ちゃん」
「今回はまだ何も決まってないから」
露伴が横から口を挟む。
「食材持ち込み制だと伝えろ」
泉は仕方なく伝えた。
「あのね、今回はある程度、各自で食材や飲み物を持ってきてもらうことになってて」
『えっ』
『参加費制!?』
「前回の反省です」
『誰の!?』
露伴が横から言った。
「主に君だ」
『聞こえてる!!』
泉は慌てる。
「先生!」
「弥子ちゃん、そういうわけで、持ってくるなら日持ちするものとか、みんなで食べられるものにしてね」
「お菓子だけじゃなくて」
『分かった!』
『じゃあ、お菓子とカップ麺とレトルトと缶詰と、お米と、パンと、あと非常食と――』
泉は嫌な予感を覚えた。
「弥子ちゃん」
「“山のような荷物”はやめようね」
『えっ』
「えっ、じゃないの」
『でも山に行くんだよ?』
「山に行くから山のように持ってくる必要はないの!」
露伴がメモする。
「山に行くから山のように持ってくる必要はない」
「悪くない」
泉が睨む。
「メモしないでください」
通話の向こうで、別の声がした。
『ククク……』
『六壁坂か』
泉の背筋が少し冷えた。
「……ネウロさん?」
『その土地、なかなか香ばしい匂いがする』
弥子が電話の向こうで叫ぶ。
『ちょっとネウロ! 勝手に横から入らないでよ!』
ネウロは気にしない。
『吾輩が招待状を必要とすると思うか?』
露伴は、泉の手からスマホを取った。
「脳噛ネウロ」
「僕は君を招待していない」
『ならば勝手に行く』
「食費は払え」
『断る』
「では来るな」
『断る』
泉は顔を覆った。
「会話が成立してない……」
弥子の声が戻る。
『じゃあ、あたしがネウロの分も何か持っていくから!』
露伴は即座に言った。
「持ってきすぎるな」
『分かってる!』
露伴は通話を切った。
少しだけ沈黙。
泉が言う。
「絶対、分かってないですよね」
「分かっていないな」
露伴も認めた。
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次に、露伴は承太郎へ電話をかけた。
通話はすぐにつながった。
『何だ』
挨拶はなかった。
露伴も挨拶しない。
「承太郎」
「六壁坂へ行く」
『行かねぇ』
即答だった。
泉が小声で言う。
「早い……」
露伴は眉ひとつ動かさない。
「まだ何も説明していない」
『おまえが行く時点でろくでもねぇ』
「今回は取材だ」
『なおさらだ』
「カイエンが来る」
沈黙。
露伴は続ける。
「ソープも来る」
「アウクソーもだ」
「キラとラクスも来る予定だ」
「おそらく桂木弥子とネウロも来る」
通話の向こうで、承太郎が深く息を吐いた。
『……やれやれだぜ』
露伴は少しだけ笑った。
「来るな」
『誰が来ないと言った』
「今、行かねぇと言った」
『状況が変わった』
泉が小声で言う。
「承太郎さん、完全に保険役だ……」
承太郎は低く言った。
『露伴』
『何か起きる場所なんだな』
露伴は、少しだけ間を置いた。
「何かある土地だ」
『だろうな』
「怖いのか?」
『くだらねぇ挑発をするな』
「では来るんだな」
『必要ならな』
「必要だ」
『……時間と場所を送れ』
露伴は満足そうに頷いた。
「送る」
通話を切ると、泉が少し安心した顔をした。
「承太郎さんが来てくれるなら、ちょっと安心ですね」
露伴は言った。
「そうだな」
「取材の継続性が上がる」
「安全性って言ってください!」
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その後、露伴と泉は、参加者ごとの持ち込み予定を整理した。
泉がノートに書く。
「キラくんとラクスさんは、パン、飲料、保存食、乳酸菌飲料」
露伴が付け足す。
「乳酸菌飲料は多め」
「キラくん用ですか?」
「おそらく全員飲むことになる」
「不穏な予想やめてください」
泉は続ける。
「弥子ちゃんは、お菓子、レトルト、缶詰、非常食……」
「量は制限」
露伴が言う。
「制限しても無駄だろうな」
「先生、最初から諦めないでください」
「ネウロは?」
泉は首をひねる。
「持ってこないと思います」
「だろうな」
露伴。
「食費は弥子に上乗せだ」
「ひどい」
「現実的だ」
「ひどい現実です」
泉はさらに書く。
「カイエンさんとソープさん、アウクソーさんは?」
露伴は少し考えた。
「アウクソーが何か用意するだろう」
「すごい信頼ですね」
「前回の実績だ」
「否定できないです」
露伴は付け加える。
「ソープは何か珍しいものを持ってくる可能性がある」
「フローズンヨーグルト関連かもしれない」
「六壁坂にフローズンヨーグルト持ってくるんですか?」
「彼ならやる」
「やりそう……」
露伴は最後に言った。
「承太郎は、おそらく最低限だ」
「だが最低限はちゃんとしている」
「それも分かります」
泉はリストを眺めた。
なんだかんだで、食材は十分に集まりそうだった。
十分すぎるかもしれない。
特に弥子が。
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泉はふと思い出した。
「先生」
「参加費はどうします?」
露伴は即答した。
「徴収する」
「いくらですか?」
「一人三千円」
「現実的ですね」
「前回の反省だ」
泉は少し驚いた。
「先生が反省している……!」
露伴は真顔で言う。
「主に食費についてだ」
「やっぱりそこなんですね」
露伴は紙に書く。
参加費:一人三千円。食材持ち込み歓迎。怪異による破損は別途協議。
泉が最後の一文を見て固まった。
「先生」
「怪異による破損は別途協議、って何ですか」
「必要だろう」
「必要になる前提なんですか!?」
「六壁坂だからな」
「怖いことを事務的に書かないでください!」
露伴は平然としている。
「修繕費の請求先は、事前に曖昧にしておく」
「一番揉めるやつじゃないですか!」
露伴は指折り数えた。
「スピードワゴン財団」
「コンパス」
「A・K・D」
「岸辺露伴本人」
泉は最後に即反応する。
「先生本人が一番筋通ってますよね!?」
露伴は聞こえないふりをした。
「まあ、その時に考えよう」
「絶対揉めます……」
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すべての連絡を終えた頃には、すっかり夕方になっていた。
泉は椅子に座り込み、肩を落とす。
「……先生」
「まだ出発前なのに、もう疲れました」
露伴は平然としている。
「いい段取りだった」
「段取りだけでこの疲労です」
「リアリティがあるな」
「取材にしないでください」
露伴は、机の上の参加者リストを見た。
ソープ。
カイエン。
アウクソー。
承太郎。
キラ。
ラクス。
弥子。
ネウロ。
泉。
そして自分。
十人。
人数としては多い。
だが、六壁坂という土地に置くには、まだ足りない気さえする。
いや。
足りないのではない。
何が起きるか分からないから、足りるかどうかも分からないのだ。
露伴は、地図の六壁坂の文字を見下ろした。
「さて」
泉が恐る恐る聞く。
「何ですか」
露伴は静かに言った。
「これで、役者は揃った」
泉は、心の底から嫌そうな顔をした。
「先生」
「そういう言い方をすると、本当に何か起きますよ」
露伴は少し笑った。
「起きるだろうな」
「言い切らないでください!!」
その夜。
弥子は本当に、山のような荷物を準備し始めた。
キラは、乳酸菌飲料を箱で買うべきか真剣に悩んだ。
承太郎は、必要最低限の荷物を黙ってまとめた。
ラクスは、キラの様子を見て微笑んだ。
アウクソーは、非常用の食材と薬品、そして簡易調理器具のリストを整えた。
カイエンは、ソープが何を持ってくる気なのかを考え、少しだけ嫌な予感を覚えた。
ネウロは、どこか遠くを見るように笑った。
そして岸辺露伴は、地図の上に一言だけ書いた。
六壁坂。
その下に、もう一行。
生活の中に、怪異は入り込む。