守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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旅館の夕食会場で会席料理を前にした4人

夜。

 

温泉旅館の夕食会場。

障子越しのやわらかい灯り、控えめな話し声、品よく並べられた会席料理。

 

先付、前菜、椀物、造り、焼き物。

器はどれも美しく、季節の花まで添えられている。

 

本来なら、心を落ち着けて味わうべき場だ。

 

だが。

 

「……お願いだから、今日は静かに食べようね」

 

席についた瞬間、キラ・ヤマトは念を押していた。

 

向かいには空条承太郎。

斜め向かいにはダグラス・カイエン。

そして、いかにも何かやらかしそうな顔で料理を眺めている脳噛ネウロ。

 

キラは一人だけ、すでに疲れていた。

 

「風呂場でああなった直後なんだから、せめて夕食くらい平和に……」

 

承太郎は湯呑みを持ったまま短く言う。

 

「料理は逃げねぇ」

 

「そういう話じゃないよ!」

 

カイエンは浴衣姿のまま、料理の並びを見て感心したように言った。

 

「ほう……

なかなか丁寧じゃないか」

 

やはり似合う。

和装も、旅館の夕食も、妙に絵になる。

気だるげなのに品があるのがずるい。

 

キラが少しだけ救われた顔になる。

 

「カイエンさんが普通に楽しんでくれてると安心する……」

 

「普通とは失礼だな」

カイエン。

「ぼかぁ厄介事は苦手なだけで、飯まで雑に食うつもりはない」

 

「いや本当にそのままでいてください……」

 

そのとき、ネウロが箸を手に取り、先付をじっと見つめた。

 

「ふむ」

 

キラの顔が曇る。

 

「……何?」

 

「量が少ない」

 

「会席料理だからだよ!」

 

「人間はこれで満足するのか?」

ネウロは真顔だった。

「皿の余白ばかり広く、実質はひと口だぞ」

 

「美しさとか順番とか季節感とかを味わうんだよ!」

 

「面倒な種族だな」

 

承太郎が刺身を見ながらぼそりと言う。

 

「少なく見えても、最後にはそこそこ腹に溜まる」

 

キラが驚く。

 

「承太郎、会席料理の経験あるんだ……」

 

「飯は飯だ」

承太郎。

「出されたもんを食うだけだ」

 

カイエンが小さく笑う。

 

「この不良、意外と場に順応するな」

 

「騒がねぇだけだ」

承太郎。

 

キラがほっとした、その瞬間。

 

ネウロが椀物の蓋を開け、立ちのぼる湯気を見つめながら言った。

 

「ククク……

なるほど。これは“香りで食わせる”類の罠か」

 

「罠じゃないよ!!」

 

「しかも量を惜しみ、器と演出で満足感を上乗せする。

実に人間らしい欺瞞だ」

 

「欺瞞って言うな!」

 

カイエンが椀を持ち上げる。

 

「まあ、言いたいことは分からんでもないが……

こういうのは“そういうもんだ”と思って楽しむもんさ」

 

「マスター、それ今のアウクソー枠ですよね絶対」

とキラが言いそうになったが、ぐっと飲み込んだ。

 

ネウロはなおも不満そうだ。

 

「吾輩なら、あと三倍は具を入れる」

 

「魔界基準で会席を語らないで……」

 

そこへ仲居さんが次の料理を運んできた。

焼き物だ。

香ばしく焼かれた川魚に、季節の野菜が添えられている。

 

「どうぞごゆっくりお召し上がりください」

 

「ありがとうございます」

キラは最速で答える。

この場で唯一、旅館の良心を守っている自覚があった。

 

仲居さんが去ると、

ネウロが魚の頭を見て、ふっと笑った。

 

「骨まで含めて食わせるつもりか。人間にしては挑戦的だな」

 

「魚料理に妙な対抗心燃やさないでよ」

 

承太郎は無言で、きれいに身をほぐしていく。

やたら手際がいい。

 

キラがまた驚く。

 

「承太郎、魚食べるの上手いね……」

 

「別に普通だ」

 

カイエンは焼き魚を前にして、少しだけ目を細めた。

 

「川魚か。

悪くない。酒が欲しいところだが」

 

「出た」

キラ。

 

「旅館の会席で飲まんのは、むしろ不自然だろう」

カイエン。

 

「それはそうですけど!」

 

その横で、ネウロが小皿の酢の物を見ている。

 

嫌な予感しかしない。

 

「ネウロ、今度は何」

 

「酸味で舌を洗うのは理解できる」

ネウロ。

「だが、この場における最適解は別にある」

 

「ないよ」

 

「先に甘味を出すべきだ」

 

「絶対ない」

 

「味覚の起伏は大きいほど――」

 

「会席料理をコース理論で改造しようとしないで!」

 

承太郎が茶をひと口飲む。

 

「うるせぇな」

 

「ほんとそれなんだけど、今回は僕じゃなくてネウロに言って!」

 

「おまえにも言ってる」

承太郎。

 

「えぇ……」

 

カイエンがそこで少しだけ楽しそうに言う。

 

「だいぶ息が合ってきたじゃないか」

 

「合ってないですよ!」

 

そのときだった。

 

広間の一角で、小さな音がした。

 

カタン。

 

全員の視線がそちらへ向く。

 

離れた席にいた初老の男が、箸を取り落としていた。

だが様子がおかしい。

顔色が悪い。

汗をかき、苦しそうに喉元を押さえている。

 

キラがすぐ立ち上がる。

 

「大丈夫ですか!?」

 

周囲がざわめく。

仲居さんたちも駆け寄る。

 

だがネウロは、その男ではなく、

男の席に並んだ料理を見ていた。

 

「ほう」

 

承太郎が低く言う。

 

「何かあるのか」

 

ネウロの目が細くなる。

 

「ただの体調不良ではないな。

あの男、最初に口をつけたのは椀物だ。

だが異変が出るまでが早すぎる」

 

カイエンも席を立ち、男の膳を見る。

 

「料理か、器か、あるいは別口か」

 

キラは男を支えながら、鋭く振り向いた。

 

「毒!? そんな――」

 

「まだ断定は早い」

カイエン。

「だが、悠長に飯を食ってる場合じゃなくなった」

 

承太郎はすでに広間全体を見ている。

客の反応、仲居の動き、出入口の位置。

いつもの無言の観察だ。

 

「厨房に繋がる動線が二つある」

承太郎。

「逃げるなら裏だな」

 

「もう逃走前提なの!?」

キラ。

 

ネウロは、苦しむ男の膳の中の一品を指さした。

 

「違うな。

逃げる者がいるとすれば、今この場で最も“静か”な人間だ」

 

カイエンが口元だけで笑う。

 

「会席料理ってのは、静かなぶんだけ悪意も映えるな」

 

キラが眉をひそめる。

 

「楽しそうに言わないでください!」

 

「楽しそうなのはあっちだろう」

カイエンは顎でネウロを示した。

 

たしかにそうだった。

ネウロは、もうすっかり機嫌がいい。

 

「ククク……

味、香り、順番、形式。

美食の器に仕込まれた悪意とは、なんとも上等ではないか」

 

「だから食レポみたいに言わないで!」

 

承太郎が一歩前に出る。

 

「いいぜ。

犯人がいるなら、吐かせる」

 

「お店で穏便にね!?」

キラ。

 

「保証はできん」

承太郎。

 

「承太郎まで!?」

 

カイエンは浴衣の袖を少し直しながら言う。

 

「ぼくが厨房側を見る。

料理人が全員シロとは限らんしな」

 

「似合いすぎる浴衣姿で物騒なこと言わないでくださいよ……」

 

ネウロは立ち上がり、

広間にいる客たちをゆっくり見回した。

 

「この場の誰かが、順番を乱した。

ならば、その乱れを辿ればよい」

 

キラは苦しむ男を仲居さんに任せ、息を吸う。

 

「……せっかくの夕食だったのに」

 

「諦めろ」

承太郎。

 

「慣れろ」

カイエン。

 

「味わえ」

ネウロ。

 

「最後のは絶対違う!!」

 

そして四人は、

美しく整えられた会席料理の湯気の中、

またしても“食事どころではない何か”へ向かって動き出した。

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